【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 67話 【列強戦編⑨】 不協和音

Ⅲ 統一戦記 67話 【列強戦編⑨】 不協和音

 

その名を知られた海洋大国デグリート王国、その大陸側の最大拠点がオンフルールである。オンフルールを統括するフェアファクス卿は、人類スターヴェイク帝国を束ねるコリント卿直々の訪問を受けていた。

 

「ご来訪を歓迎しますぞ、コリント卿。」

 

さして歓迎する雰囲気を出さずに、フェアファクス卿は歓迎の口上を口にした。そのまま相手に着席を促し、交渉に入る。

 

「先日、部下のカトルが貴国にご提案した件はいかがでしょうか。」

 

手土産を差し出した後で、コリント卿は穏やかな口調で尋ねた。人類スターヴェイク帝国の会盟(アライアンス)入りの件である。フェアファクス卿は戦わずに屈する道はないと決めていた。イリリカ王国と手を携えて抵抗する方が良い。そう祖国にも報告をしている。

 

「まず、難しいでしょうな。」

 

あっさりとそう言った。

 

「一度私が貴国に出向いて、他の首脳の皆様と直接面談の機会を頂きたいのですが。」

 

コリント卿の申し出をフェアファクス卿は快諾した。

 

「ええ、構いませんとも。外交の使節は歓迎します。しかし目下、我が方の艦船は全て遠方に出払っておりましてな。」

 

大陸の西海岸は全てデグリート王国の息が掛かっている。主要な港には通達を出して、人類スターヴェイク帝国が船を借りられないように手配済みだった。つまり受け入れを表明しつつも船は出さない。これは体の良いお断りである。

 

「コリント卿お一人、いやおつきの数名を乗せるくらいの手配はつくやもしれませんが、少しお時間を頂きます。それ以上は難しいですな。」

 

コリント卿はドラゴンにまたがり自由自在にどこにでも現れるという。フェアファクス卿はその噂を信じてはいない。だが、ドラゴンに乗れるくらいの人数なら受け入れてやってもいい。しかし兵を率いての威圧を受け入れる気はなかった。

 

コリント卿は剣呑な男である。百人の部下で三千の敵を撃ち倒したと聞く。多少なりとも兵を率いて海峡を越えさせてはならないだろう。

 

「良かった、では我が訪問が受け入れられるのですね。」

 

コリント卿が笑顔を見せた。フェアファクス卿はどきりとする。

 

「では、こちらがコリント卿と側近の方だけを運ぶ船を手配すればよろしいですかな?」

 

「船は必要ありませんよ。」

 

「まさか泳いで海峡を渡られる訳ではないでしょう?」

 

フェアファクス卿は冗談めかしてそう尋ねた。人類スターヴェイク帝国は内陸の国家である。その領内にはセシリオのカッシネッタなど港もある。しかし自前で大洋に出る船を有しているとは聞こえてこない。

 

海洋大国のデグリート王国は、自国の船以外の接岸を認める気はない。仮に人類スターヴェイク帝国を統べるコリント卿とて、王都のある群島に近づくなら海の藻屑と消えてもらっても構わないのだ。むしろその方が、後々の手間が省けるというものだろう。

 

「乗り物はこちらで用意します。では、訪問の予定を貴国の皆様にお伝えください。」

 

そう言い置いてコリント卿は爽やかに去っていった。

 

 

 

 

「許可は得た。では行こうか。」

 

「本当に大丈夫かしら?」

 

リアが心配そうに尋ねる。

 

「何も海洋大国を攻め滅ぼすつもりはない。ただ、イリリカ王国を討つにあたって背後の安全は確保したい。」

 

「それもそうね。」

 

バルテン子爵とプレル子爵が率いる二万の兵とと共に海峡を渡る。海洋大国の艦隊などその上を飛び越えてしまえば手も足も出ない。そのまま空からデグリート王国の王都に到達する。それが今回の作戦である。

 

コリントスの占領は引き続き、行政をカトル、防衛を傭兵集団であるアレマンの山岳兵に任せてある。オデットを残してあるので、軍事指揮する人材にも不安は無かった。

 

 

 

 

『近頃、ジノヴァッツ殿は精彩を欠いているのではないか』

 

イリリカ王国の評議員達は、あまりに進展のない本国の情勢をそのように噂していた。権力を握ったは良いが、その途端にジノヴァッツが怠け者と化した観がある。

 

一方で、新たに大都督に就任したカレイド卿の評判は極めて良い。元々が人気者であるし、先代の大都督は不人気だったので落差が大きいのである。加えてザイリンク帝国の侵攻軍を蹴散らし、イリリカ王国に安寧をもたらした赫赫たる実績がある。

 

外交面でもカレイド卿は活躍した。人類スターヴェイク帝国との不戦“維持”を確保したのだ。後は半年以内に、旧ザイリンク帝国の取り込みをどれだけ進められるかである。どれだけイリリカ王国の国力を積み上げられるか、その点に戦争の段階は進展していた。

 

対するジノヴァッツはどうか。政権を確保して以降、全く動きが見えてこないのだ。ふんぞりかえり、まるで国王に即位したかのように傲慢に振る舞うのみである。

 

人類スターヴェイク帝国との戦争に対し、イリリカ王国はザイツ王国という盾しかもたない。東方に広大な後方地を確保する必要がある。これはジノヴァッツが担当する領域である。ザイリンク帝国に支配されていた貴族を唆し、蜂起させる役回りだった。本来であれば、ジノヴァッツが最も輝くであろう役回りである。

 

また人類スターヴェイク帝国の背後に、同盟相手が必要となる。それは海洋大国デグリート王国との同盟しかあり得ないのだが、これについてのジノヴァッツの交渉は不調に終わっていた。

 

 

 

 

「海洋大国デグリート王国が同盟を断ってきた、だと。」

 

その報告にカレイド卿はカッと怒った。ジノヴァッツ、カレイド卿、バルスペロウの三人が集う会議の席である。事実上、この会議が今のイリリカ王国を動かしている。

 

「どうするのです、ジノヴァッツ。それで何か策は」

 

問い詰められてもジノヴァッツはゆっくり首を振る。

 

「他に策などない。奴らのたかが木造船の2個艦隊など味方にせずとも人類スターヴェイク帝国とやり合うのに差し支えないだろうよ。」

 

カレイド卿とバルスペロウは顔を見合わせた。これまではジノヴァッツを介した関係でしかなかったが、ジノヴァッツが不調の今となってはお互いだけが頼りである。

 

「しかし、無策で人類スターヴェイクと渡り合うわけにもいかないでしょう。我ら三名の首がコリント卿の前に晒される事になりますよ。策を出すのは、貴方の役目ではないですか。」

 

「外交交渉を買って出て、コリント卿を籠絡できなかったカレイド卿にそう言われたくはないな。」

 

ジノヴァッツの言葉に、カレイド卿は苛立つ。アロイスの件で顔を見られたジノヴァッツが人類スターヴェイク帝国相手の交渉を担当できないにしても、以前に副使を務めたバルスペロウが担当する手はあった。

 

だが、近頃のジノヴァッツの様子を見るにカレイド卿も危うさを感じたのだ。バルスペロウを残して自分が出向いたのは、ジノヴァッツを一人にさせない為の用心でもある。

 

「私が直に対面すれば、コリント卿を口説き落とせると考えたのは事実です。手応えもあったのですよ。私が裸で迫れば、恐らくはコリント卿とて落とす事は可能です。しかし女であると先に見抜かれた事で、二人きりになる口実を失いました。ならば今回は不戦の継続で良しとしようと自重したのです。」

 

「惜しいことよ、そこで我らの勝利が確定していればな。今回の成果は、我らが敗れてもカレイド卿がコリント卿の愛妾に収まる可能性が出ただけではないか。」

 

「そもそも私の体当たりに頼るなど、策などとは言えないでしょう。」

 

カレイド卿は鼻白む。これについてはバルスペロウも同意見である。

 

「確か、コリント卿に再び寝返った男に暗殺者をつけていたのではなかったかな、ジノヴァッツ。」

 

バルスペロウが二人の仲を取りなすように尋ねる。

 

「アダー殿の件ですね。」

 

アダーが寝返った経緯はカレイド卿も承知していた。明らかにジルベール将軍の失態を取り繕う為である。

 

カレイド卿の能力は軍事的には発揮する為にはイリリカ王国正規軍の存在を必要とする。カレイド卿に呼応して手足のように動く兵は簡単には作れない。フェロモンの浸透に時間がかかる為、年単位の準備が必要なのだ。

 

正規兵を温存し、暗殺者を送り込むアダーの行為をカレイド卿は評価していた。仮に本心から敵に寝返ったのだとしても、助けられた面がある以上は悪くいう気にはなれない。

 

カレイド卿は女子であり、真に心から男達が好きなのである。彼女の本質は武将フェチというべきであり、しかもコレクター気質である。コリント卿もアダーもそしてかつてのジノヴァッツも、それぞれが彼女の眼鏡に叶う男達だった。

 

「おう。確かにやつの婚約者のマシラに暗殺を命じてはいる。しかし、これだけ月日が経って報告が無いことを見るに恐らく失敗したのでは無いかな。」

 

「・・・まるで他人事のように。」

 

苛立つカレイド卿の言葉も、今のジノヴァッツには届かない。どこ吹く風という様子である。

 

「それで、海洋大国デグリート王国が同盟を断ったというのは確かな話なのでしょうな?」

 

バルスペロウの問いに、ジノヴァッツはゆっくりと頷いた。

 

「そう報告を受けている。」

 

カレイド卿はため息をついた。

 

「海洋大国を味方に出来なかった事は諦めましょう。元から確実な話という訳ではない。しかし現状に即した策を練るのは軍師である貴方の役目です。」

 

以後は頼みましたよ、そう言い捨ててカレイド卿はドスドスと足音を響かせて退室する。後にはジノヴァッツとバルスペロウだけが取り残された。

 

「・・・イザーク様、もう少し上手く進めてくださらないと。」

 

チクリ、とバルスペロウが上司を注意する。

 

「だがな、二千年以上経過しているのだ。最初から上手く回らなくても仕方がないだろうよ。」

 

「ジノヴァッツとの人格の融合をされていないのですかっ?」

 

思わずバルスペロウの音量が跳ね上がる。バルスペロウがイザークを復活させたのは、人格の融合には時間を要するからである。

 

帝都を落としたあの瞬間なら、ジノヴァッツが数日外れてもどうとでもなった。しかしながら現在の状況はどうか。今目の前にいるのはジノヴァッツと同じ肉体でも、中身が違う別人のままなのである。政治の面でも、積み上げられた時間的猶予をいたずらに消費するばかりであった。

 

「人格を融合されなくては、今の情勢に対応できますまい。」

 

「何、この肉体の記憶には触れられるのだ。それでどうにかして見せる。」

 

そのイザークの反応にバルスペロウは心底呆れた。

 

「記憶を見るのと、それを我が物にするのではまるで違いますぞ。何を言ったかは記憶していても、その意図は当人でなければ分からんのです。」

 

イザークとジノヴァッツの人格が融合していないなら、イリリカ王国の行政は頭が二千二百年前で止まってる人物に牛耳られるままなのだ。流石にバルスペロウも吐き気がした。

 

「まあ見ていろ。我が知謀が尽きていないところをな。それに最後の大遺跡のアクセス権は私だけが所持している。つまり、勝つのは我々だ。それに変わりはない。」

 

高笑いするジノヴァッツ、いやイザークにバルスペロウは冷静な目を向ける。大遺跡の力は強すぎる。惑星全体を滅ぼしかねない。何よりその過程で営々と築き上げてきた文明を破壊されてはたまらない。彼らはイリリカ王国あってこそ快適に生存可能なのだ。

 

ジノヴァッツに求められている役割はイリリカ王国が大陸を統べる形での統一である。主要な産業を吹き飛ばし、僅かな生き残りたちの支配者として君臨する道ではないだろう。

 

(これは、早々になんとかせねばならんな)

 

 

 

 

 

軌道上のギャラクシー級戦艦〈イーリス・コンラート〉では、外装の艤装が進行していた。大遺跡の技術も活用し、潤沢な資材を用いて新造された多数の汎用ポッドが作業に従事している。

 

そんな喧騒に満ちた艦内で、士官候補生のマリーは化学プラントでの作業に従事していた。

 

「各所からの要求をリスト化したのだけれど、どうかしら?」

 

仮想表示された制服姿のイーリスが、実務を担当するマリーに問いかける。

 

「帰順したザイリンク帝国軍が装備する火炎瓶の製造については、これだけの期間があれば問題なく製造できると思います。工事用という名目で渡す予定の火薬の方も問題ありません。」

 

「そう。訓練用に使用する分だけでも、先渡しでお願いね。」

 

「了解しました、大尉。」

 

火炎瓶は輸送の問題があるので、瓶詰めは現地で行う。軌道上で作成するのは瓶に封入する可燃性の混合液体のみだった。実際は地上でも作れるのだろうが、なんだかんだで設備の整った軌道上で行う方が楽である。

 

「後、これもお願いね。」

 

イーリスがそっとメモを差し込む。軌道上に彼女の肉体はないが、イーリスは汎用ポッドの上に自らを投影している。メモは実際にマリーに向けて差し出された。

 

「これは・・・新しいレシピと原料ですね。」

 

マリーが途端にウキウキ顔になる。

 

「四番目の試作品も好評だったわ。五番目の試作品では、是非これを試して欲しいとルミナスが。」

 

イーリスが差し出したのは香水のレシピである。新たな生物相の惑星が発見されて、新原料で潤うのは食品に限らず香水の世界も変わりない。

 

既存の香水に近い、しかしほんの僅かに新たなフレーバーの追加されたより魅力的な香水を作り出す為に彼女達は空き時間を利用して研究を進めていた。

 

「しかし、これって艦の設備の私的流用になるのでは?」

 

マリーが少し心配そうな表情を浮かべる。だが、イーリスは朗らかに否定してみせた。

 

「私が艦長から許可を取っていますから、大丈夫ですよ。この惑星が人類銀河帝国に復帰した際の貴重な収入源になる筈の研究です。安心して進めてください。」

 

「はいっ!」

 

満面の笑顔でマリーが答えた瞬間、厄介事をイーリスが持ち出した。

 

「それでナノムの通信を、商業ギルドのタキオン通信網に中継させる計画の進捗はどうかしら?」

 

難解な話に途端にマリーの顔が曇る。必要な科学知識は転写して人類銀河帝国の最先端の技術に追いついたとはいえ、雲を掴むような厄介な作業なのだ。

 

「あれは・・・アンテナとなる素材と最適な形状の特定がまだ手が回らなくて・・・。」

 

「では、こちらで引き取ります。製造と実機テストの方をお願いしますね。」

 

人間は直感による閃きに優れる。イーリスがマリーに期待したのは目星をつけるという事なのだが、今回は無理らしい。となるとしらみ潰しに総当たり式でやるしかない。それはAIであるイーリスの得意とする領分である。

 

「ザイリンク帝国の敗戦で、商業ギルドの通信網が閉鎖されるという話はないんですか?」

 

マリーの質問にイーリスは答える。

 

「通知をよく読んでいませんね。既に新たな通信網を立ち上げ済みですよ。今、古い商業ギルドの通信網を流れている我々の通信は全てそれらしい偽情報です。」

 

「そ、そうなんですね。」

 

通達を読んでいないことが露呈して、マリーがアタフタとする。しかしイーリスにも、香水作りにマリーを加担させた後ろめたさがあるのか追求はしない。

 

「管理していたザイリンク帝国さえ、通信技術の根幹はよく理解していません。通信網を接収したイリリカ王国は、ザイリンク帝国と同じ手順を再現し通信網を覗いているだけで満足しているようです。こちらに騙されていると、最後まで気が付かないかもしれませんね。」

 

「なるほど。では情報を制した我々が勝つんですね、大尉。」

 

マリーが笑顔を見せる。

 

「ええ。艦長は大陸統一では人命の消耗を抑えた完全勝利をお望みです。その為の短期不戦ですから、開戦迄に我々も全力で備えましょう。ナノムの通信を商業ギルドの通信網にアクセス可能にすれば既存の経路より通信範囲が惑星全体に拡大されますし、経路のバックアップにもなります。では、準備を頼みましたよ。」

 

イーリスが姿を消すとマリーはため息をついた。毎週末はアレスに戻っているものの、今日も深夜までの作業になりそうだった。

 

「増員、して欲しいなぁ・・・」

 

 

 

 

デグリート王国、その王都は緊張に包まれていた。他国の軍勢が未だ踏み込んだ事のない王城に、異国の軍勢が集結していたからである。

 

その数は二万。一糸乱れず行進する精兵の集団に、デグリート王国の民は震え上がった。表向き、友好親善の使いである。しかし、派遣された軍勢の意図するところ(我が意に従え)は明白だった。

 

『前日までオンフルールにいたというのに、一体どうやって海峡を跨いだのだ。』

 

『コリント卿は天空城を持つという。その力で麾下の兵団を丸ごと運ぶ事が出来るのだそうだ。』

 

『そんな相手、戦う前から勝ち目などないではないか。』

 

『護国卿は何をしていたのだ、会盟(アライアンス)入りするにしても、もう少し方法があったろうに。』

 

事態を見誤ったフェアファクス卿の声望は地に落ちていた。勝てない相手なら、王都に踏み込まれる前に手を打つべきなのである。

 

デグリート王国の総兵力は五万しかいない。そしてその大半は大陸領土にある。三万がオンフルールに,一万が二つの艦隊に配置されている。残る一万が群島内に散っており、王都周辺の兵の多くが海峡の守護兵でオンフルールの対岸の港を固める為に用いられている。王都にいる兵力は二千かそこらであった。海軍だけが祖国防衛の頼みだった。二万の兵に上陸されては、勝てる筈などない。

 

「ベアトリス女王、お会いできてよかった。ぜひ、アレスへもご訪問ください。」

 

「ええ,それはもちろん。」

 

名残惜しそうな素振りでクレリア女王が声をかける。相手のベアトリス女王は、クレリアの母親どころか祖母くらいの年配の貴婦人だった。しかし今の彼らは国家元首として対等である。いや、むしろ人類スターヴェイク帝国の会盟(アライアンス)に加盟した以上、序列はベアトリス女王が下になるだろう。

 

ベアトリス女王の側近は珈琲の種子が詰まった袋を持たされていた。デグリート王国の領内にはさらに南方、赤道に近い島も存在する。彼らはそこでアラム聖国のある特定の人物(ルミナス)に向けた珈琲の製造も委託されていた。

 

「また連絡を取り合いましょう。皆様が我らの会盟(アライアンス)に参加頂いた事で、西方は安定しましょう。」

 

「お仲間に加え頂き、感謝しておりますわ」

 

コリント卿の挨拶に、慎重な口調でベアトリス女王は応える。僅か数日間のコリント卿とクレリア女王の滞在だったが、デグリート王国は到底太刀打ちできないと学んでいた。血気盛んな青年貴族たちが、試合という形でコリント卿に勝負を挑んでも丸で歯が立たなかったのだから。

 

幸い、コリント卿は王家の血を流さぬ事で有名である。会盟(アライアンス)入りすれば、全ての物事は穏当に解決する。勝てない相手に勝負を挑むほど、老練の女王は愚かではなかった。

 

「彼らがどのように島を去るのか、それを見届けさせなさい。」

 

密かにベアトリス女王は王室間諜の長官に指示を与えていた。本当に天空城なるものが存在するか、である。

 

その答えはすぐに分かった。海上に、見た事のない巨大な城が立っていたからである。桟橋沿いに城に乗り込む兵を彼らは黙って見守った。桟橋だと思っていた、木製の橋が城の中に引き込まれる。微かに振動をしてから、滑らかな動きで城が垂直に上昇した。城のあった間隙に海水が入り込み、海面が荒く波立つ。しかし目立つ変化はそれだけだった。

 

城はもう、彼らの視線の遥か上に到達していた。そしてそのまま東へと移動を開始する。その速度は、鳥でさえ追いつけない程に早い。

 

「・・・会盟(アライアンス)入りした私達も、いつかあれ程の力を手にする機会があるのでしょうか。」

 

ベアトリス女王の問いかけに、臣下は誰も答えなかった。兵力以上に隔絶した力の差を、彼らはまさに今思い知らされていた。

 

「その豆は大事に扱いなさい。そして南方で必ず栽培を成功させるのです。我が国の運命が、その豆の栽培の成否にかかっているのですよ。」

 

ベアトリス女王は改めて側近に念押しをすると、年齢相応のゆったりとした動きで王宮へと引き返して行った。

 

 

 

 

その頃、艦内に新造された練兵場ではユーミ少尉が麾下の宙兵隊のパワードスーツ訓練を行っていた。候補生の中で最初に任官したのはユーミである。志望先が宙兵隊となった為、複数の任務出動を経て繰り上げての任官が認められたのだ。

 

資格的にはセリーナとシャロンの救出作戦の従事で問題なかったのもの、そこにアトラス教会の救援任務が加わったので作戦後に正式な少尉任官となった。救援機を飛ばした妹のユッタも同時に少尉に任官している。

 

「今回配備されたのは試作品。けれど生身の身体に比べたら格段に動ける筈です。」

 

指揮官であるユーミが宙兵に声をかける。今回試作したパワードスーツは惑星アレスの生体部品を多数使用している外骨格型の品だ。動力源と管理用チップとして魔石を用いており、ベースは魔物の骨とバネといった生体素材で構成されている。バネは馬車の振動を抑える為のスプリングと同一素材だった。

 

その上に装甲板としてはミスリルを採用し、傍目には金属鎧で身を固めた大柄の騎士といった所だ。だがフレームに使用している魔物の骨が露出しているので見た目も雰囲気も騎士の鎧とは異なる。指先の防護などはまだ耐刃手袋くらいなので弱点は多々あるが、生身では不可能な速さや筋力を達成していた。

 

「装備が優れていても、他国の兵より動きが悪ければ意味がありません。魔石パワードスーツはまだ秘密だから、軌道上で特訓する他ありません。体力も剣技も、一般の兵に負けないように鍛えるようにとの事です。」

 

若年の冒険者や学生などから体力を自慢として宙兵隊に応募して採用された若者達がやけっぱちな歓声を上げる。彼らは訓練用の木剣や模擬槍を手にすると、二チームに分かれて模擬戦を再開した。

 

パワードスーツの制御は魔石で行っている。しかし滑らかに動かすとなると、その為の管理プログラムが課題だった。宙兵隊員はナノムが使えるので、イーリスの用意した基礎プログラムに独自の改良を加えて最適な動きを模索している。

 

成績優秀者の動きを組み合わせて、イーリスが改めて最適なプログラムを組む事になっていた。つまり現在のパワードスーツは運用法とソフトウェアが未完成であり、宙兵隊は自ら動きを研鑽して実用化レベルに完成させる必要がある。

 

人類スターヴェイク帝国のサテライト以上に配布される予定の完成したパワードスーツは、ナノムを使わずとも魔石の交換だけで稼働し続ける完成度を目指していた。

 

「人工重力の稼働で、訓練フィールドは軌道上でも地上とほぼ変わりありません。この重力を味方につけて、我々は増加した筋力を使いこなしてみせましょう。」

 

 

 

 

ユッタ少尉は上陸艇(エアシップ)を飛ばして大陸の東海岸に到達していた。一見遠回りにも見えるが、弾道飛行つまり軌道上に到達してそこから目的地までの直接降下で最小の所要時間での移動を果たしている。

 

「目的地に到着しました。」

 

「快適な飛行でした、機長。」

 

座席に座ってまだ目を剥いているミクローシュ将軍を尻目に、すっかり上陸艇(エアシップ)に乗り慣れた様子のアダーが声をかける。ナノムを注入されたアダーは、少尉相当官の階級を得ていた。

 

「少尉はこの場で待機してください。自分は、当地のザイリンク帝国軍に挨拶してきます。」

 

そう言ってミクローシュ将軍とその護衛のフランツイシュカを伴って上陸艇(エアシップ)から離れるアダーをユッタ少尉は見送った。

 

彼女の中で一仕事を終えた満足感がムクムクと首をもたげる。彼女はシートベルトを外すと大きく伸びをした。

 

「今日の横Gも、最高だったなー」

 

反重力エンジンは、使用すると空中に固定されたようになる。ほどんど揺れる事がない。ユッタの好みからすると、それは揺れなさすぎるのである。

 

その点、降下はいい。特に速度を出す為のフリーフォールは最高だ。反重力装置の座標固定がないので、気流の乱れにも影響されたりする。

 

「課題は、大気圏内の軌道が綺麗になりすぎる事か。戦闘で予測が容易な綺麗な軌道は簡単に敵の迎撃の対象になると総司令に言われても、一体どうしたらいいのか。」

 

揚力を発生させる航空機は簡単に高度を上下させる。反重力機は安定感に優れるが、単調な動きは攻撃を仕掛ける予測されやすい。最近、アレスで開発された鉛筆を片手にユッタは考え込んだ。

 

「パイロット、私しかいないもんなー。他のパイロットと空中戦出来たら、もっと色々変わるんだろうな。やっぱり増員、してほしいなー。」

 

 

 

 

 

アダーとフランツイシュカを伴ったミクローシュ将軍は、無事にカールマーン将軍の軍に合流を果たした。

 

「本当にミクローシュなのか」

 

そう言って出迎えてくれたのは、この軍を指揮するカールマーン将軍本人である。

 

「おう、久しいな。」

 

「お主がバーリント皇太子殿下を無事に人類銀河帝国まで送り届けてくれた事、改めて礼を言おう。こちらはロージャの裏切りで酷い有様だったからな。」

 

そう言ってカールマーン将軍は周囲を見渡してみせた。ザイリンク帝国の兵は皆薄汚れて痩せている。それでも目は炯々と光っていた。依然、帝国兵は士気が高い状態を維持しているのだろう。その辺りは、率いる将の統率力の高さが感じられた。

 

「兵だけでなく、お主も痩せたな。」

 

ミクローシュ将軍は同僚にそう声をかける。

 

「やつれていないお主の顔を見るだけでも,人類スターヴェイクでの待遇はそう悪くないと分かるな。」

 

カールマーン将軍はそう軽口で返す。

 

「コリント卿の使者を伴ってきた。アダー殿だ。」

 

ミクローシュ将軍の紹介に、傍に立っていたアダーが一礼する。

 

「誤解の生じないように先に伝えておくが、アダー殿はコリント卿の指示でイリリカ王国軍に潜入していた密偵だった。我らが帝国軍人の中には、これまでに敵としてアダー殿と対峙した者もいるはずだ。」

 

「ほう」

 

カールマーン将軍の目が糸のように細くなる。

 

「我が忠誠心は、コリント卿に捧げております。」

 

カールマーン将軍が息を吐いた。

 

「・・・信じよう。イリリカ王国に通じているなら、今もわざわざ危険な役回りを務める必要もないだろうしな。部下にも伝えておく。敵陣にいたアダー殿を見知った者がいても、騒ぐなとな。」

 

「感謝します。」

 

カールマーンに誘われ、一同は天幕の中に移動した。

 

「さて,早速だが皇太子殿下とコリント卿の会談はどうなったのか。」

 

「簡単に言えば、ザイリンク帝国は本国を含む五カ国を安堵された。皇帝位もそのままで良い。」

 

五カ国、とカールマーン将軍の属将の間でどよめきが広がる。

 

「五カ国あれば帝国と名乗るに足りるが、最盛期を思えばいささか少ないな。」

 

カールマーン将軍はそう呟いた。最盛期のザイリンク帝国は十数カ国を併合していた。それを考えれば半減どころか三分の一にもなる。

 

「滅国を免れ、帝政を維持できる。体面も守ってくれるのだから断れぬ。無理に併合した地を領地と言い張るのも難しい。実効支配できているのも、今は精々が三カ国相当だろう。」

 

カールマーン将軍、シラード将軍、レーナルト将軍は現在はそれぞれ帝国各地に分散している。帝都の陥落した今となっては、本国の維持も危うい。

 

そこで帝国に所属した時期が古く、政情の安定した地域の確保を最優先としていた。もはや後方の補給路が存在しない以上、ザイリンク帝国が支持されている地域に軍を分散して勢力を回復するほかない。

 

「今と比べれば、本国を回復して戦争が終結できるだけまだマシか。それが皇太子殿下のご決断なら、我ら臣下は従うのみ。」

 

「無論、人類スターヴェイクが勝たなければこれも空手形に終わる。だが、勝つ為の方策はある。人類スターヴェイク帝国は我らを支援もしてくれる。アダー殿」

 

そうミクローシュ将軍に呼びかけられて、指標を携えたアダーが前に進み出た。

 

「両国の合意事項の詳細はこちらにまとめられております。」

 

アダーが卓上に書類を積み上げる。

 

「人類スターヴェイク帝国は、イリリカ王国とまだ半年近い不戦条約を残しています。その間、皆様には独力で耐えて頂く必要があります。」

 

「これは法外な要求だな。我らは追い詰められて青息吐息だぞ。」

 

カールマーン将軍がそう悪態をつく。ミクローシュ将軍は、黙ったまま視線を向ける。そうやって話の続きを聞くようにらカールマーン将軍に目で促した。アダーがそのやり取りに敢えて気付かぬ様子で話を続ける。

 

「イリリカ王国を倒し、五カ国を間違いなく引き渡す迄の補給は全て我らが賄います。」

 

今度は皆がどよめいた。補給こそ、全軍が飢えつつある現在の彼らの最大の関心事になっている。

 

「それが可能なのかね?我らは各地に散っているし、今いる場所も東海岸に近いとはいえ港を押さえた訳ではない。」

 

「カールマーン、我らを運んだあの乗り物。飛行機というそうだが、あれに二万人の一週間分以上の食料が積まれている。」

 

「総数は六十万食あります。」

 

傍でアダーが正確な数字を述べた。

 

「そんなにか。二万の兵の十日分じゃないか。一日二食なら、ニ週間は食いつなげるぞ。」

 

カールマーンのその口調からは、兵糧に苦労している様子が滲み出ていた。

 

「流石に毎日支援を行う訳にははいきませんが、毎週必ずそれだけの量を届けます。余剰は人員の増員や、何かの際の備えとしてください。」

 

「おい、凄いな。」

 

興奮したカールマーンがアダーの肩を叩く。

 

「俺も試したが、味も中々のものだ。この後の話は、現物を食べながら詰めるか?」

 

機嫌良くカールマーンは頷いた。

 

「では、そうさせてもらおう。兵も殺気だっている。食い物があるなら、早く皆に分けてやりたい。」

 

 

 

 

 

「素晴らしい完成度になりましたね。」

 

新たにアレスの魔術ギルド長に就任したカーラさんが、俺の横でうっとりと魔石パワードスーツを眺めていた。

 

「俺からすると、まだ期待するレベルではないとしか。」

 

鎧の進化系と考えると、魔石のパワードスーツはパワーアシストがついた事で進化している。ただミスリルの鎧は元々の完成度が高い。パワードスーツとしての差分がパワーアシスト程度だと、今後の戦闘活動で不安はあった。

 

(気密性は無いに等しいし、NBC兵器への対策が甘いよな)

 

カーラさんに人類銀河帝国の製品との差を述べても仕方ないのだが、パワードスーツを名乗るなら真空対策は必要だろう。スラスターをつけて、機動力も確保したい。いや、惑星上の事であれば、重力制御で空を飛べるのだろうか。

 

パワードスーツのあるべき姿に想いを馳せていると、カーラさんの手がスッと俺の手に伸びる。

 

「閣下、私興奮してしまいました。」

 

熱を帯びた指先が俺の手に絡みついた。振り解くべきだろうか。

 

「そこまでです。」

 

セリーナとシャロンが姿を見せる。チッっと大きく舌打ちする音が聞こえた。

 

「アラン、駄目ですよみだりに女性を側近くにおいては。御用はセリーナと私が務めますので。」

 

俺はやんわりと、二人に注意されてしまった。マシラの暗殺阻止以来、こうして二人が密かに警護してくれているのだ。

 

「私を、アラン様のお側に置いて頂いても・・・・。」

 

「手順を踏めばよいのです。あなたがすべき事はアランへの直接のアプローチではありません、然るべき所に筋を通す事です。」

 

シャロンが澄まし顔で説明を開始する。それはなんだか意外な成り行きだった。セリーナもシャロンも、カーラさんを取り込もうとしているように見える。

 

(アラン、今は信頼出来る相手は多い方がいいですよ。)

 

なんだか妙な成り行きながら、妻であり部下でもある二人がこちらを見てちょっとニヤニヤと笑っているのだった。

 

 

 

 

『我等は人類スターヴェイク帝国の傘下入りを果たした。以後はそのように行動するように。』

 

商業ギルドの通信網を経て送られたその知らせは、フェアファクス卿の祖国デグリート王国が人類スターヴェイク帝国の傘下に降った事を意味した。

 

「何故だっ!」

 

フェアファクス卿は理解出来ない。何故、これほど重大な決定が自分を無視して行われたのだと。しかしそこには何の説明も無かった。

 

仮にコリント卿のドラゴンの話が本当でも、祖国の地を踏んだのはたかだか数名の筈である。祖国が易々諾々とコリント卿に降る理由などない筈なのだ。或いはコリント卿の寝技士としての才は、ベアトリス女王にまで及んだというのか。

 

「あのベアトリス女王も老いては、こんなものか。」

 

フェアファクス卿の顔に主君を嘲笑する表情が浮かんだ。

 

「このままにさせぬ。見ていろよ。」

 

フェアファクス卿は文字通り通信文を握り潰し、火に焚べた。

 

「海洋大国はより優秀な者が率いる必要がある。祖国をあるべき姿に押し上げる為に。」

 

フェアファクス卿はデグリート王国の艦隊と大陸側の全てを支配している。後は彼が決断するだけである。

 

つまり、上に何も戴かずに己が祖国の全てを支配する。そうすると決める、フェアファクス卿の意志の問題だけであった。




次回更新は今週後半になると思います。

WEBコミック版の更新は注視していますが、あちらでもゴダニアの魔法ギルド長のカーラさんが登場しましたね。その登場の仕方が話のクローズの前振りに思えてしまいます。アロイス王国とベルタ王国を一度に相手にして終わる、という展開に見えますね。さて、どうなるのでしょうか。
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