【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 68話 【対イリリカ戦争編①】 進軍開始

Ⅲ 統一戦記 68話 【対イリリカ戦争編①】 進軍開始

 

人類スターヴェイク帝国とイリリカ王国との戦争は静かに開始された。アレス発行の新聞誌面に踊る『戦争開始』の見出しが、両国の不戦期間の終了を告げる。

 

混乱する旧ザイリンク帝国支配領域への介入を名目とし、バーリント皇太子を庇護する人類スターヴェイク帝国はイリリカ王国へと開戦を通告したのだ。

 

最初に動いたのは宣戦布告して三日間の猶予期間の後、大陸の東方である。セリーナとシャロン、人類スターヴェイク帝国を代表する二人がアロイス諸侯の兵を率いて旧ザイリンク帝国領にそれぞれ攻め込んだのだ。

 

 

 

 

「出迎えご苦労。」

 

ミクローシュ将軍は、迎えに出た同僚のレーナルト将軍にそう声をかけた。

 

「まさか、人類スターヴェイクの派兵がこれほどの規模とは。」

 

「夜半に現地入りした。当地の軍勢と併せて3ヶ所の総数が十万近いな。」

 

半数は人類スターヴェイクのアロイス兵、半数はザイリンク帝国兵である。

 

「バーリント皇太子は、コリント卿と港を確保する事で合意されている。」

 

そう説明されたレーナルト将軍はミクローシュ将軍に尋ねた。

 

「大陸の東海岸に港は3箇所ある。どれが狙いだ?」

 

「全てだよ、レーナルト。コリント卿は全ての港を落とせと仰せだ。そしてそれは不可能ではないと。」

 

シャロンの軍勢は大陸東部最北端の港町、ファールン攻略。セリーナの軍が南方のルレオ攻略。ザイリンク帝国軍が両都市の中間のカルマルを担当する。

 

「当地に集結した我らはカルマルが狙いだ。」

 

「なるほどな、最大の港を我らが担当するか。」

 

ミクローシュ将軍は何も言わなかったが、カルマルを狙うのはそこが最大の港という理由ではない。単に地理的にセリーナとシャロンの支援を受けやすいからだ。

 

人類スターヴェイク帝国の計画は、ザイリンク帝国軍より先にセリーナとシャロンが港の制圧を完了すると予測している。彼らの計画は、二人がザイリンク帝国軍を支援する前提で立てられた。そして、全軍でここから一路帝都に攻め上がる腹なのだ。

 

「我らは試されているのだ、どの程度の実力かな。」

 

「だが、五カ国の話は決まっているのだろう?」

 

「報酬が確定しているからやる気を出さなくて良いという事にはならん。むしろ、力を証明しておかなくては、以後の統治もままならないかもしれん。」

 

「なるほどな。」

 

「ザイリンク帝国は人類スターヴェイクにおんぶに抱っこなのだ。せめてこの戦力は本物であると見せておかなくてはな。」

 

 

 

 

 

「降伏勧告の交渉はどうなったかしら?」

 

シャロンが副官役のルートに問う。

 

「『人類スターヴェイクがバーリント皇太子を擁立しているとは信じられない』との回答です。」

 

実際に交渉を担当したルートが結果を伝える。

 

「そう、よかった。いずれにせよ当地の貴族には消えてもらう必要があるもの。」

 

シャロンが担当する港湾都市ファールンは、戦後は人類スターヴェイク帝国に帰属する事となる。直轄地にするなら、在地の勢力は邪魔になる。

 

「では、始めましょう。パウルゼン辺境伯の軍勢を前に。」

 

シャロンの指示で、アロイス諸侯の最大部隊であるパウルゼン辺境伯の軍勢がファールンの正門に攻めかかる。堂々たるその姿に、敵はその部隊こそが主攻であると疑わないだろう。

 

「では行くわよ。」

 

シャロンはそう言ってルートと共に魔力を解放する。ナノムを通じてリンクしている二人の仮想画面では、作業の予定が表示される。それに沿って魔法を展開するのだ。

 

土魔法。事実上アランが編み出したその魔法は、工兵に置き換わるような働きを示す。正門とは別の城壁の前で土が大きく盛り上がる。シャロンとルートが惜しみなく魔石を投じて土を隆起させ、傾斜路を形成しているのだ。

 

城壁は高低差があって初めて機能する。登る為の道が出来てしまえば、そこは単なる坂道でしかなくなる。

 

「ルートは傾斜路の維持をお願い。私は部下と攻め上がります。」

 

「了解しました。」

 

一息ついたシャロンは頭を切り替え、部下を招集した。アロイス王都攻め以来の麾下の最強集団、灰狼隊である。本来は防寒の為に着せたグレイハウンドの毛皮をトレードマークにしたその部隊は、セリーナとシャロンの鍛え上げた精兵集団である。

 

「ゆくぞっ!」

 

シャロンの号令一下、グレイハウンドの毛皮を纏う集団が傾斜路を駆け上がる。アロイス諸侯の兵を手足として使いながらも、最後は最も信頼する兵と共に自ら動くのがシャロンの流儀だった。

 

戦いの喧騒に晒されていると、土魔法の行使などまず気がつかれない。そんな大規模な魔法の発動が可能などとは警戒されていないのだ。そして城壁の下は覗き込まなければ確認しづらい。

 

港湾都市ファールンの守備兵は、いつの間にか完成した道を駆け上がってくる人類スターヴェイク帝国の兵に驚愕した。しかし、彼らが不意を突かれなくても結果は変わらなかっただろう。

 

傾斜路に迎撃に出た勇敢な敵兵をシャロンの爆裂魔法(ファイアグレネード)が排除する。爆炎は盛り上がった土にあまり被害を与えずに、その上の兵だけを器用に吹き飛ばした。敵兵が宙を舞い、部隊の進行方向の障害が排除される。

 

「一気に制圧せよ!」

 

城壁を超えてしまえば、後は数で優る人類スターヴェイク帝国の勝利である。抵抗を諦めて潰走する兵、踏み止まって抵抗を試みる兵。どちらも等しくシャロンの魔法剣の前に蹂躙される。

 

(ルート、侵入路に陣取って後続を城中に引き入れて。私は正門を内から確保します。)

 

(了解しました、中尉)

 

シャロン率いる灰狼兵は難なく正門の敵を排除した。パウルゼン辺境伯軍が正門から雪崩れ込む。

 

「民に危害を加えるなよ。この地は人類スターヴェイクとなるのだ。」

 

パウルゼン辺境伯ルッツが、シャロンの意を体現して麾下の兵に指示を飛ばす。

 

(中尉、降伏の使者があそこに。)

 

ルートが通信でシャロンの注意を引く。見れば降伏を示す白旗を掲げた敵兵の集団が、都市の中枢から辺境伯軍が確保した正門へと向かっていた。

 

(彼らはこの地の司令官で間違いないのね?)

 

(はい、開戦前の降伏を拒否した顔ぶれで間違いありません)

 

ルートは自信を持ってそう断言した。

 

「彼らには私が対応します」

 

シャロンは周囲にそう宣言した。パウルゼン辺境伯軍が入城している正門を確保したのはシャロンである。シャロンは素早く部下をまとめると、降伏に訪れた使者と対面すべく素早く移動を開始した。

 

 

 

 

 

「当地を去るか、降伏して人類スターヴェイクに仕えるか選びなさい。私財の運び出しは認めましょう。」

 

彼らは新たな領主に任命されたイリリカ王国の貴族と、それを支える在地の貴族の連合軍であった。

 

「・・・本当に部下と共に立ち去ってよろしいのか?」

 

「ええ、二言はないわ。」

 

イリリカ王国から当地に派遣された貴族は撤退を選択した。帝都が陥落していない以上、東方の勝敗はこの一戦では決まらない。である以上は、兵力を温存して逃してくれるシャロンは女神に等しい温情を敵に示している事になる。

 

「我らは人類スターヴェイク帝国に忠誠を誓います。」

 

在地の者の立場は複雑である。彼らにとっての本来の主はザイリンク帝国なのだ。だがそもそも論で言えば、この地はザイリンク帝国ではなかった。であるならば、人類スターヴェイクに仕える方がマシと考える層もかなりいる。人類スターヴェイク帝国に所属すれば、この地を去る必要はないのである。

 

「我々はザイリンク帝国のバーリント皇太子を皇帝として即位させる為にこの地に来ました。皇太子の軍勢に合流したい者は受け入れましょう。」

 

シャロンのその声に、少なくない者が呼応する。この地の行政や守備に携わっていたザイリンク帝国に忠実な官僚や軍人達である。ファールンを支配する勢力に使われていた彼らは、帰属するべきザイリンク帝国への復帰を望んだ。

 

「では後はあなたに委ねるわ、ユリアン。」

 

「はい、この地は責任を持ってお預かりします。」

 

統治担当として遅れてこの地に到着したユリアンの隊が、後方基地としてのファールンの整備にあたる。ユリアンはザイリンク帝国の国が並ぶ大陸東海岸において、唯一の人類スターヴェイクの直轄支配地の代官に任命されていた。

 

「まず、攻められることはない筈だけれど。油断だけはしないように。」

 

ユリアンの手勢は少ない。反乱を起こされても、ユリアン単独で武力で都市を維持するのは難しいだろう。

 

「はい、降伏した敵兵は港の機能回復に回します。予定通り物資を積んだ船団が入港すれば、都市の住民は人類スターヴェイク帝国に心から服属する筈です。」

 

後方拠点となるこの地に多数の兵を駐留させるのは現実的ではない。天空城といえども、輸送可能な兵の数には限界がかかる。移動にそれなりの時間がかかるのだ。

 

それよりも、多数の物資で人心を絡めとる方がいい。いずれにせよ、この地は人類スターヴェイク帝国となるのである。その地の住民に食料を分け与えて労っても、損はないだろう。

 

「ええ、いざとなれば宙兵隊が駆けつけます。でも、それは本当に最後の手段だから。」

 

宙兵隊、コリント卿肝入りの精兵集団としてその名を知られつつあった。新機軸の魔導甲冑に天空城の移動よりも高速な上陸艇(エアシップ)と呼ばれる乗り物を用いる少数精鋭の部隊なのだ。

 

「はい。この地を安定させて、コリント卿のお手を煩わせないように努めます。」

 

目の前にしているシャロンも、ユリアンが仕えるコリント卿の妻である。つまりはユリアンの主君とほぼ等しい。

 

「ええ、アランは貴方を信頼しているわ。この地は頼んだわね。」

 

言い終えるとシャロンは素早く頭を切り替えた。ファールンの事はもうシャロンの手を離れた。後は素早く兵をまとめ、帝都に攻め上がる算段をつけなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 

序盤戦は戦いにすらならなかった。事前に下交渉を行なった残党軍の影響力、正統なるザイリンク帝国の後継者と、それを庇護する人類スターヴェイク帝国の大軍。

 

ミクローシュ将軍とレーナルト将軍はカルマルを素早く降伏させる事に成功していた。ザイリンク帝国皇太子が人類スターヴェイク帝国の大軍と共に帰還した事は、東方に大きなうねりをもたらしていたのだ。東部は忽ちザイリンク帝国と人類スターヴェイク帝国の旗で埋め尽くされていた。

 

「これ程までに早く、祖国の地を踏めるとは。」

 

異国で亡命生活を余儀なくされていたバーリント皇太子の感慨は言葉で形容し難い。人類スターヴェイク帝国での待遇は帝国の後継者に相応しいものであったが、日が経過する事に実効支配するイリリカ王国とロージャ将軍との支配力は強まる筈である。簡単には祖国に帰れないものと、そう思い定めていたのだ。

 

「風が、まさに殿下のために吹いております。」

 

バーリント皇太子に近侍するミクローシュ将軍がそう言上する。事実、バーリント皇太子の率いる軍勢はどんどん膨れ上がっていた。ザイリンク帝国に忠誠を尽くす者、イリリカ王国の支配をよしとしない者、そして人類スターヴェイク帝国を勝ち馬と見て呼応する者達である。

 

「しかし、この勢いは我らだけの力で生じた訳ではありませんぞ。」

 

「そんな事、分かっているさ。」

 

バーリント皇太子とミクローシュ将軍、そしてレーナルト将軍の両脇はセリーナとシャロンの軍が固めている。それは彼らを守護する存在であると共に、もしザイリンク帝国軍が裏切る事があれば即座に息の根をとめに来る監視者でもある。

 

「コリント卿はあれで容易に人を信用して脇が甘いところがある。だが、彼女達は違うな。常に見透かされているようだ。」

 

コリント卿の旗揚げ以前から付き従うこの姉妹は、帝国宰相を務める姉のイーリスと共にコリント卿の両腕に等しい。そんな彼女達は、油断なくコリント卿周囲を警戒していた。

 

妻でもある彼女達がコリント卿を裏切る事はあり得ない。そして彼女達が悪と断じれば、人類スターヴェイクはその対象を全力で排除しにかかるであろう。

 

「精々、彼女達に気に入られるように務めるほかないですな。」

 

「参考までに聞くが、貴卿ならあの二人に勝てるか?」

 

「無理でしょう。」

 

ミクローシュ将軍は断じた。

 

「指揮ぶりに乱れがなく、兵の士気も高い。武将としての才覚はそれで知れます。同数の兵を率いたとしても、片方にも勝てないでしょう。二人が息を揃えて打ち掛かってくれば、勝てる筈などありません。」

 

「そのような強力な軍勢を、コリント卿はこちらに差し向けてくれたのだな。」

 

「はい。ロージャの率いる軍はこちらの倍はおりましょう。しかし、レーナルトと合流し東海岸を全て押さえた今、軍の勢いも正義も我らにあります。」

 

 

 

 

「東海岸の主要な都市は全て陥落し、脱出した部隊は帝都に集結をさせています。」

 

バルスペロウはカレイド卿と共に、敵勢力の情報の分析にあたっている。人類スターヴェイク帝国は長い国境を有するが、その全ては乱れずに安定していた。この軍議の場で、状況報告にあたっているのはカレイド卿の副官のミューレル士爵である。

 

「それで、人類スターヴェイク帝国の防衛網には綻びなしか。」

 

「はい、セシリオ国境を守るのはモレル大将軍です。スターヴェイク・アロイスはそれぞれヴァルター将軍、ダルシム将軍が固めております。」

 

東部に大きく楔を打ち込まれた現在も、人類スターヴェイク帝国の主力は温存されていた。大陸東部へ侵攻したのは旧アロイス諸侯の兵と皆が承知している。彼らはザイリンク帝国の残兵と加わって、早くも勢力圏を形成しつつあった。バーリント皇太子と〈コリントの双子の悪魔〉の組み合わせは実に厄介だった。しかもこの別働隊だけで敵主力を構成できる程に強力な為、主力となるコリント卿が何処から来るか読ませないのだ。

 

「敵の首都アレスの守備状況はどうか。」

 

カレイド卿の質問に、ミューレル士爵が答える。

 

「以前と変わらないようです。ザイフリート子爵が五千人に増強された兵を率いて駐留しています。後はコリント卿やクレリア女王が率いる近衛部隊がいるくらいでしょうか。」

 

「ふむ、我らとしてはアレスを狙いたいところだが。これは誘われているようにも見えるな。」

 

バルスペロウがそう呟いた。ザイリンク皇帝を仕留めたのは、硬式飛行船により上空から首都侵攻を果たしたからである。コリント卿相手に用いるならその戦術となる筈だが、コリント卿やクレリア女王が首都に滞在して手薄な瞬間でないと成功は見込めない。

 

「アラム聖国は変わりなしか?」

 

「はい。アラム聖国から、他の戦線に戦力を振り向けた様子は見られません。」

 

アラム聖国は聖騎士の軍勢が聖女ルミナスの元で健在である。ここに動かれると厄介だが、今のところ動きはないらしい。

 

諸事情によりイリリカ王国側がルミナスを攻める事は考えられなかった。彼らはルミナスの臣下のようなものである。ルミナスが様子見に徹するなら、それがお互いの最良であった。

 

「しかし、今の所は人類スターヴェイク帝国からは直接イリリカ王国を狙う動きを見せないな。」

 

そうカレイド卿が呟く。イリリカ王国側がどう一歩を踏み出すべきか考えあぐねているのだ。

 

彼らの規定の方針は、イリリカ王国に向けてセシリオ国境から進軍するであろうコリント卿を食い止める。そしてその間に最後のアレスを落とす事である。その為、ザイリンク帝国の裏切り者であるロージャ将軍を含めて大兵力をイリリカ王国周辺に集結させていた。

 

ロージャ将軍に前線を支えさせて、イリリカ王国最強のカレイド卿がアレスを陥落させる。後はカレイド卿が背後からコリント卿を襲う計画である。だが、東方への上陸と人類スターヴェイク帝国本軍の守勢によって、その構想は完全にその裏をかかれたのだ。

 

「そもそも転送門もなしに、どうやって東方に軍を派遣した?」

 

イリリカ王国が驚愕したのは、人類スターヴェイク帝国の輸送力である。どうやって港もろくにない人類スターヴェイク帝国が、大陸の東岸に到達したのか。そこに海洋大国デグリート王国の影響を見る者もいる。

 

「海洋大国の艦隊を総集結させれば、人類スターヴェイクの軍勢を大陸東海岸に運びうるでしょう。」

 

最終的にそう判断したのはカレイド卿である。それが正解か否かであるかは分からない。しかし大陸の覇者を決める戦いが予想に反して大陸の東部からスタートしていたのは、海洋大国を味方に説けなかったイリリカ王国側の失態があるだろう。

 

「で、どうするかね。」

 

ミューレル士爵も含めて皆が一斉にジノヴァッツを見る。だがジノヴァッツは戦況に全く興味なさそうに肩をすくめてみせた。

 

「仕方ありませんね。」

 

カレイド卿がため息をつく。

 

「私が動いて正解でした。手筈通りに西方に火花を起こします。その上でコリント卿が動けばよし、動かなければアレスを強襲しましょう。」

 

「では、そのように。」

 

バルスペロウも承知して、戦略会議が終結した。

 

 

 

 

(艦長、作戦は全て順調です。)

 

俺は報告を終えたイーリスに応えた。

 

(ここまでは全て想定通り、いや想定以上だ。しかし、ここからの敵の出方が気になるな。)

 

セリーナとシャロンの軍は、事実上の主力である。将としての二人の力に加えて、温存したアロイス諸侯の戦力は高いのだ。もちろん余力が消失した訳ではなく、アラム聖国の兵は手付かずだし、他の地域の兵も同様である。

 

ただ、人類スターヴェイク帝国も西方を警戒している。この為、エルナとオデットは西方を統括するコリントスに配置していた。無駄に終わるかもしれないが、後方に動揺されるよりはマシである。敵の煽動の能力は高い以上、西の安全は確保すべきだった。

 

(後は敵の攻め口がどこか、だな。)

 

今はまだ、イリリカ王国の攻め口が見えなかった。まさかこのままストレートに勝たせてくれる程、甘い相手ではないだろう。

 

(恐らくアレスに直接侵攻をかける筈だ。)

 

イリリカ王国もまた硬式飛行船という航空戦力を持つという。飛行船には本来、天空城ほどのアドバンテージはない。しかし転送門がある事で、飛行船が到達した地点にはイリリカ王国は主都から大兵を現地に素早く送り込めると判明していた。

 

(いやはや、兵の数が増えても気が抜けないな)

 

(艦長は少し気を張りすぎです。少し休まれては。)

 

それはもう少し睡眠を増やすようにとのイーリスからの誘いだった。だが、後悔しない為にも今できる事はしておくべきだろう。

 

(今はやめておこう。戦況が落ち着いたらだ。)

 

(ふふふ、約束しましたよ)

 

イーリスが含み笑いする。彼女はAIの筈なのだが、どうしたってこれほどまでに人間的な振る舞うのだろうか。

 

 

 

 

 

「バルスペロウ、あれはないでしょう。」

 

バルスペロウはカレイド卿の牙城たる大都督府に呼び出されていた。明らかにジノヴァッツは無能な置物と化している。その前後策を練る必要があった。

 

「実は・・・。」

 

バルスペロウは一切の事情を隠し立てなくカレイド卿に打ち明けた。

 

「・・・我らが女神ルミナスと共にこの地を訪れたサイヤン帝国の末裔だと?」

 

「そして我らはルミナス様の僕であり、その代理人であるイザーク様に従う立場だ。今のジノヴァッツはそのイザーク様の容れ物だな。」

 

バルスペロウがそう捕捉する。

 

「なぜ元のままのジノヴァッツにしておかなかったのです。」

 

「遺跡のアクセス権が必要だったのだ。人格が融合すれば、ジノヴァッツの才覚も備えた筈だった。だが、イザーク様が拒否をしてな。我らの上に立つお方だ、逆らえん。」

 

バルスペロウの言葉がカレイド卿の関心を惹く。

 

「その話確かなのですか。つまり、我らがイザークの命令には逆らえないと?」

 

「形式的な事だ。つまり女神の代弁者には逆らえない以上、イザーク様には逆らうべきでないというな。」

 

そのバルスペロウの言葉は、カレイド卿にある発案を促した。

 

「つまり女神ルミナスが直接命じたら別ですが、イザーク単体の指示ならどうなるか試しましたか?」

 

「我らがこの会話をしているのが答えだ。」

 

「つまり?」

 

「イザーク様はかつてルミナス様の代理人であった。今もその地位を解かれたとは聞いてないが、なにせ二千年前の事だ。」

 

「彼の発言に強制力はないのですね?」

 

カレイド卿がバルスペロウの顔を覗き込む。

 

「そうなるな。」

 

カレイド卿はニヤリと笑った。

 

「では、その融合とやらの手順を教えてください。我らの手でそれを引き起こせば、ジノヴァッツの問題は解決しそうではありませんか。」

 

 

 

 

「彼らが抵抗した最大の理由は、食料を奪われると警戒したからだったようね。」

 

三千程のイリリカ王国正規兵が立て篭もる港湾城市ルレオをあっさりと陥落させてセリーナが言った。彼らはシャロンとは異なり、多量の爆薬で城壁の一角を吹き飛ばしていた。

 

「え、それがどうして分かるのですか?」

 

セリーナの副官を務める候補生のカーヤが問いかける。

 

「陥落後の兵糧倉庫の備蓄状況を確認したの。既定の備蓄量はかなり供出させられたようだった。次の収穫まで食い繋ぐギリギリの量だったわ。」

 

「なるほど。大軍を維持するのにも兵糧が必要ですものね。」

 

最初はイリリカ王国への遠征軍を支える為、以後はザイリンク帝国の残党とイリリカ王国の双方に兵糧をせびられていた様子である。ザイリンク帝国内は、ここルレオに限らず悪化していた様子である。南方の方が温暖で食料が多い為か、北より収奪が重かった傾向まである様子だった。

 

「だから、こちらから少し支援をしてあげましょうか。」

 

セリーナがそう提案する。

 

「大丈夫なのですか? アレスの食料とはいえ無尽蔵ではない筈ですが。」

 

カーヤが驚く。この地はこのままザイリンク帝国に組み込まれる土地である。人類スターヴェイクにそこまでする義理があるだろうか。

 

「三千の兵の数食分よ。我々が食料を与えたという事実を作っておくの。そうすれば以後の抵抗が弱まる筈だわ。」

 

ザイリンク帝国に帰属する事になろうと、食料が必要ならその請求先は当面は人類スターヴェイク帝国になる。なら直接施す方が、反感や敵意を和らげる事になるだらう。食料を与えられる、それこそは人類普遍の相手を気遣う文化である。本能を刺激する分、反感を和らげる上で効果がある筈だった。

 

 

 

人類スターヴェイク帝国が攻勢に出た割に、イリリカ王国やその周辺国との国境は静かなものである。それがより一層、外堀を埋められていく恐怖を掻き立てている。

 

「実に息苦しいな。」

 

バルスペロウも軍議で弱音を吐くようになっていた。元々、イリリカ王国は劣勢なのである。有利に立ち回るべく確保したザイリンク帝国領を喪失すると、忽ち重苦しい空気に覆われるようになった。

 

イリリカ王国は旧ザイリンク帝国に向けて支配地を拡大して来た。特に先の先の戦闘で寝返ったロージャ将軍の活躍は目覚しい。元々ザイリンク帝国兵である彼らは土地を熟知しており、全ての抵抗を削いで行った。が、ある時から事情が一変した。

 

人類スターヴェイク帝国の潤沢な物資が、ザイリンク帝国残党軍を潤し始めたのである。しかも残党軍は正面決戦を避けて逃げ続けた。

 

それと同時にこの半年間でイリリカ王国は急速に疲弊していた。全ての問題は食料供給だった。

 

大軍を動かすのには金も必要だが、何より兵糧が必須である。兵の数で勝るイリリカ王国側の泣きどころは食料だった。そもそもイリリカ王国の体力で、ザイリンク帝国の降伏兵を養うのは無理である。その無理を押し通そうとした所に悲劇があった。

 

それでもザイリンク帝国の機能が健在なら、食料はどうにでもっただろう。しかしザイリンク帝国の本丸は既にイリリカ王国が潰している。これによって帝国全体の物流は機能不全に陥った。

 

それだけならまだよかったのだが、人類スターヴェイク帝国に食料供給を約束されたザイリンク帝国残党軍は息を吹き返した。

 

「これでは半年前に開戦した方がマシでは無いですか。」

 

カレイド卿があれほど苦労した外交成果も、イリリカ王国は結実させる事ができなかった。

 

「それをいうな。どちらの道でも人類スターヴェイク帝国は自らの有利となるように誘導した筈だ。」

 

「やはり手が足りません。」

 

カレイド卿のいう通り、イリリカ王国は手が足りない状況にある。ジノヴァッツが居れば、天秤はもう少し水平だった。一方的な展開とまではいかなかったろう。

 

「例の計画を進めましょう。」

 

「承知した。」

 

「私は自らアレスに乗り込み、雌雄を決します。」

 

カレイド卿が敗北する時、彼女はコリント卿の大陸統一を飾る最後の蒐集物(トロフィー)としてコリント卿の前に引きずり出される事になる。そのような状況に陥った時こそ、カレイド卿の魅力が最大限に発揮される筈だ。

 

コリント卿は間違いなくカレイド卿に手を出さずにはいられない。それこそ彼の統一を確信させる行為であり、イリリカ王国の象徴となったカレイド卿を屈服させたと内外に示すにはそれが最適な方法だからだ。

 

その時、カレイド卿はコリント卿の心を虜に出来る。もちろん、カレイド卿がコリント卿に勝つ未来こそが素晴らしい。しかし全力で敵に立ち向かい力及ばすというのも、それはそれで最上の味わいなのだ。いずれにせよ彼女は、自分がいずれ大陸を支配する立場となる事を微塵も疑っていなかった。

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