【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅲ 統一戦記 70話 【対イリリカ戦争編③】 叛乱終息と転送門占拠
海洋大国として知られるデグリート王国、その護国卿であり艦隊の全てと総兵力の九割を握って蜂起したのがフェアファクス卿である。彼は今、待ちかねていた人類スターヴェイク帝国の出現を配下より聞かされていた。
「コリント卿の乗る天空城が現れました。敵は正門を開き、布陣を整えつつあります。すでに先ぶれが我が陣に到着しております。」
「そうか、我が方も迎え撃たねばなるまいな。」
フェアファクス卿の腹は決まっていた。野戦である。デグリート王国の過半の兵を指揮するとはいえ、総兵力が四万では人類スターヴェイク帝国に対抗するのは難しい。敗れるにせよ、ここは堂々と立ち向かって侵略者である相手の非を鳴らすべきなのだ。
先にオンフルールを訪れたジノヴァッツ、或いは後から訪れたカレイド卿と名乗ったイリリカ王国の使者そのいずれもが持久戦を望んでいた。
『敵を引き付け、戦いを長引かせよ』という訳だ。
フェアファクス卿はイリリカ王国を利する気はない。そもそも、フェアファクス卿は勝つ必要はない。開戦すれば、後は祖国が彼に続きコリント卿を苦しめ続けるとフェアファクス卿は信じていた。
海洋大国は陸の覇権国とは相容れない筈なのだ。彼の役割は口火を切る事であり、ここで折れなければコリント卿は海という厄介な地形でデグリート王国と戦う事を余儀なくされる筈である。それは人類スターヴェイクの国力を大いに損耗させるだろう。
コリント卿の変革を望まない層は一定数いる。海洋大国という核が残り続ける限り、
「それが、コリント卿が直々に当方を訪れ、コリント卿付き添いの兵が我が国の護国卿の紋章を掲げております」
「コリント卿がデグリート王国の護国卿だと、まさか。」
フェアファクス卿は大陸統治をベアトリス女王に委ねられた。とはいえ、その権力の源泉は護国卿という役職による。これは女王により任命された役職だが、一度権力を握って同志を募れば女王に対する叛乱さえ可能にした。
しかし、だ。護国卿は複数の任命可能である。そこでコリント卿とベアトリス女王は、護国卿の任命権を用いてフェアファクス卿を出し抜いて見せたのだろう。
「
フェアファクス卿は素早くしこうをめぐらさるが、答えは導き出せない。デグリート王国の大陸側がベアトリス女王に叛く可能性も予見して予め護国卿に任じされる事も出来たのだろうし、兵を率いて空を飛べるならオンフルールに来るより先にベアトリス女王に会談できただろう。
恐らくコリント卿はどちらも可能だっただろう。どちらでの経路も大した違いはない。結果は今ここ、デグリート王国の王権を翳したコリント卿が乗り込んで来た時点で敗北なのだ。
重要なのは「コリント卿は人類スターヴェイク帝国という他国の支配者である」というフェアファクス卿の前提が崩れた点にある。女王には護国卿を任命する権利があるのだし、
「・・・・いずれにせよコリント卿と面談する。全てはそれからだ。くれぐれも、こちらから仕掛けるでないぞ」
「コリント卿、貴殿の目的は何か。我らデグリート王国をどうするつもりなのだ。」
そう問いただすフェアファクス卿に、俺は答えた。
「俺は君たちの群島を大陸に加える。その為に海峡に橋を作るつもりだ。」
「群島と大陸の間に橋をかける、ですと?」
俺の返事はフェアファクス卿の意表をついたらしい。先を聞きたがっているようだ。これは見込みがあるかもしれない。
「ああ、人類スターヴェイク帝国の力ならそれが可能だ。群島の中のそれぞれの島も橋で繋げば群島内に鉄道網を構築できるだろう。」
俺はオンフルールでフェアファクス卿と対峙していた。互いに兵を率いているが、空から大軍勢を引き連れて乗り込んだ俺の会談要請を向こうも断らなかったのだ。王政を支持する側から見ると、彼はベアトリス女王に叛いた叛徒である。しかし彼の実態は、デグリート王国の大陸を支配する実務派の首魁である。
ここで彼らに説くべきなのは正統性ではない。デグリート王国をどう富ませていくか、その国家運営の視点だろう。
「群島をもう一つの大陸と考えたまえ。汽車による輸送は群島内の移動や輸送を劇的に改善する。」
フェアファクス卿が考え込む素振りを見せた。彼の背後には数十人の支持者がいる。彼らはデグリート王国の大陸領の統治を担う官僚であり、統治の現場担当者である。彼らの一定の理解を引き出す。それが今回の勝利には不可欠だろう。
「疑問があれば聞いてくれ。フェアファクス卿からでなくても構わない。」
議論を活発化させるのには適度な質問が必要となる。俺はフェアファクス卿の背後も含めて質問を募った。
「ではコリント卿にお尋ねします。コリント卿のプランではデグリート王国を富ます富はどこから持ってくるのでしょうか?」
早速、若手官僚という見た目の人物が手を挙げる。
「良い質問だ。策は3つある。」
俺は目の前に指を掲げて見せた。
「一つは南洋諸島の開発。デグリート王国だけが大陸から遠く離れた南洋諸島を所有し開拓している。今は単なる無人の荒地にしか見えないだろうが、気候が異なる環境は非常に重要だ。既にこちらからベアトリス女王にも南洋諸島に適した作物の苗を渡している。」
人類スターヴェイク帝国の本命とする作物はルミナスの愛する嗜好品の珈琲だが、他にも南方ならではのフルーツの候補はある。そしてゴムの木など、食用でなくても有用な栽培種もあるだろう。
「稀少な苗が根付けば、それがデグリート王国に富をもたらす事になるだろう。独占こそ、富を生じさせる基本だ。新たな作物が世界に受け入れられるまで時間がかかるが、市場が形成される迄は人類スターヴェイク帝国が相応の値段で全品買い取ろう。」
「・・・それは、人類スターヴェイク帝国の小作人となるだけではないのですか?」
「売る売らないの権利は生産者のものだ。価格を含めて君たちが納得出来る条件になるように努力したまえ。品質が良ければ必ず売れる。そもそも市場を世界に開かれたものとする、それが我ら人類スターヴェイク帝国の目的だ。」
俺の発言に若手官僚は押し黙った。不服そうには見えないから、それなりに納得したのだろう。続けよう。
「二つ目は群島の開発。これは南洋諸島ではなく群島独自の開発だ。君達の群島にも開発の余地はたっぷりある。ハーブなど群島固有の栽培種もあるようだしな。」
「そのような事は我々も進めています。しかし、ハーブなど全く金にはならないのでは。」
先程より年長の、少壮の紳士が口を挟む。彼もまた官僚なのだろう。
「商品化と市場の開拓次第だろう。群島のハーブを売るなら、ハーブを用いた最適な料理法を開発してやればいい。腸詰にハーブを刻んで入れるのが当たり前になれば、世界の全ての腸詰にハーブを入れるのが目標になる。まあ市場を全て制するのは無理かも知れないが、仮に市場シェアの半数でも世界を相手に商売すれば莫大な量の価値を生む筈だ。」
群島は荒地が多いが、土そのものに課題がある。それこそハーブくらいしか育たない環境だが、ハーブの類は栄養価が低いので食糧生産には含まれていない。まずはハーブを換金できれば
「そして荒地を耕し、肥沃な土地に変える魔法もある。アレスが輸出する肥料を使えばいい。
肥料の価格表は最近は常に持ち歩いている。俺の副官として傍に立つカロットに合図して皆に配らせた。各国には耕地化出来ずにいる荒地は案外と多い。戦争は肥沃な土地をめぐる争いであるが、肥料があれば荒地の大半は新たな農地として活用可能になる。農地を巡り争う必要性は大幅に減る筈なのだ。
「これは余談だが、俺は肥料を用いて世界全体の農業生産を倍増させる。君達の計画は、農作物を今の値段で計算している筈だ。それはこの数百年間はほぼ変わらなかった信頼できる数字なのだろう。しかし、だ。作物が安定的に倍増すれば当然値段は下がるはずだ。そうすれば君たちの国家運営の前提条件となる数字が変わる事になる。」
アレスをはじめとした人類スターヴェイク帝国の領内では列強との不戦期間に作付した農産物が収穫を迎えた。農家のやる気の維持の為にも買取価格は据え置いているが、初期投資分を各農家が回収した頃を見計らって徐々に市場価格もより安く誘導する予定である。
「当面は農産物の価格は変えない。急な価格変動は誰も得をしないからな、その為に政策的に価格は維持する。その仕組みもある。しかしアレスが輸出する安価な肥料は人類スターヴェイク帝国内で大量の農産物を生み出している。現在我々が抱えている戦争が終われば、食物の価格は遥かに低下するはずだ。それもこの大陸がかつて経験した事のない安値となるだろう。」
収入の中で食料の購入に充てる割合をエンゲル係数という。イーリスの計算では、現在のセリース大陸の民のエンゲル係数は七割近いようだ。群島は特に酷くて八割を超えるらしい。収入の八割を五割以下に引き下げるのが当面の目標だ。
人類銀河帝国の水準ではエンゲル係数は二割である。バグスの被害の多い惑星さえ三割は超えない。農業や畜産での生産革命と輸送コストの低下が組み合わせればここまでは達成可能と見込んでいた。三割の目標でさえ、おそらく数年で達成できる。
現在の民の支出の七割が食料調達なら、可処分所得が三割である。その三割から六割に増えれば、民の可処分所得は実質倍増する。民の購買力が増大すれば、珈琲のような嗜好品が巨大な市場を形成しても何ら不思議ではない。
少しその辺りを喩えながら説明する。更なる俺の補足説明に少壮の官僚は唸った。
「閣下はそこまでお考えなのですか。まさに女神の如き視点ではないですか。」
それは俺が先行した人類文明の歴史情報を我々が有するからだ。そしてそのデータを活用するのは、人類屈指の性能を誇るAIであるイーリスなのだ。イーリスが導き出す政策方針は、まさに神の如き視点だ。そして人間には不可能なまでに細部まで細密であるだけでなく、何重にも考え抜かれた政策となるだろう。
「それも人類スターヴェイク帝国の強みだ。我が宰相イーリスの率いる宰相府は、統治において最適を常に実現している。諸君も我が宰相府を訪れれば、その結論に至るだろう。」
俺は自信満々にそう言い切った。フェアファクス卿の部下達は一様に感銘を受けたようだ。『計算が間違っている』と言われたら彼らも反発しただろう。
だが、『計算に用いた元の数字が今後は変わる』と言われたらどうか。俺でもやはり強く興味を惹かれると思う。これは別にレトリックを意識した発言ではなかったのだが、図らずも今はそのような効果を産んでいた。
「農産の倍増による市場価格低下まで織り込み済みとは、脱帽致しました。」
少壮の官僚は文字通り被っていた帽子を脱いでみせた。
「そして三つ目の策は、群島周辺海域の開発だ。」
俺の声に周囲はどよめいた。
「海域の開発、海の中を開発するのですか!?」
荒唐無稽な話と思われたのだろう。年配の行政官という雰囲気の人物が声を上げた。
「そうだ。群島は広大な海に囲まれているな。人類スターヴェイク帝国の技術なら、海岸付近の開発は可能だ。君たちはどれほど多くの資源が海底に眠っているか知っているか?」
海洋開発というのは多岐に渡る。それこそ海水から黄金を濾過するやり方などもあるのだが、ここは古典的な海底からの化石燃料の採取で良いだろう。
「俺の見るところ、群島の周辺海域は化石燃料の宝庫だ。化石燃料とは、汽車の動力源になる。」
汽車の燃料と知り、年配の行政官の目が煌めく。
「石炭が取れるのですか。石炭が国内で採掘できるなら、鉄道網の構築も意味を持ちます。」
俺はイーリスの表示する仮想表示に視線を落とした。
「言い忘れていたが、石炭だけならば海底を開発せずとも群島内に鉱脈が存在するようだ。だが、固体の石炭と異なりより不純物が少なく効率の良い液体の石油、さらに気体の天然ガスなどより効率的な資源を求めるなら群島の周辺海域を開拓するべきだろうな。」
年配の男性はもうそれ以上何も言わなかった。群島の中に石炭の鉱脈があるなら、それだけで充分なのだろう。新技術による開発の余地などこれまで彼らの念頭になかったのだろう。海の中の資源なら尚更彼らの視界には無かった筈だ。
彼の頭はすでに算盤を弾いているはずだ。船で大陸沿岸に石炭を輸出できるのはメリットである。距離が伸びれば伸びるほど、石炭で動く鉄道で石炭を輸送するのはアホらしくなる。群島が橋で大陸と接続する前から、
鉄道が大陸中を駆け回るなら、樹海近郊はノイスの石炭が潤すにしても周辺国の石炭はでグリート王国の艦隊が格好の供給源になり得る。彼の頭はどれほどの財源になるか計算しているようだった。
「だが、肝心の答えがまだですな。」
ずいっとフェアファクス卿が前に出る。
「代価です。コリント卿の提案はどれもこれも開発や建造に酷く金がかかる。その開発資金をどこから持ってくるのか。」
そんなもの幾らでも融資しますよ、そう言いかけて俺は発言を取りやめた。フェアファクス卿が尋ねているのはもっと本質的な事なのだろう。
俺が融資する金をどこから持ってくるのか、という質問にとどまらないのだ。彼が聞きたいのは理想や題目ではない。こちらの懐事情の、資金源の実態が彼らにも共有されるかなのだろう。或いはもっと根源的な、富の創出への疑問ということか。
「民だよ、フェアファクス卿」
そういうと彼は酷く失望した顔をした。
「民からの収奪か。」
「そうではない。農業の改革と仕事の創出で、金を持つ民を増やす。増加した購買力は新たな産業の育成を可能にする。新たな産業は、民にさらなる購買力を追加させる。」
「民の購買力・・・」
「そうだ。既に俺の作った都市アレスの購買力は、大陸の他の都市を上回っている。アレスの作り出した製品の代価を考えれば、君たちにも簡単に計算できる筈だ。」
フェアファクス卿と官僚達は沈黙した。彼らは彼らなりの国家観を持って祖国を運営しており、それは遺跡の力に頼り切ったイリリカ王国やザイリンク帝国よりも優れた計算に基づいている。列強とは別の形で近代化しつつある国がデグリート王国なのだ。大遺跡という大いなる歪みがなければ、彼らこそが本来の惑星の文明の牽引者だったのだろう。
「このような金と製品の流れはアレスだけの現象ではない。大陸の他の全ての都市で実現可能な事だ。ただお互いが同じ製品を作っても意味がない。農業であれ工業であれ、必要な製品を各地で分担し合い、補完する。そうやって我々全員で、この惑星の文明を前進させるのだ。」
「文明を、推進させると。」
フェアファクス卿は畏怖に打たれた表情を浮かべている。
「そうだ。俺の目的は文明そのものだ。そして文明が進展するのは民が平和で豊かに暮らしている時だけだろう。違うかね?」
フェアファクス卿は下を向いてしばし押し黙っていたが、顔を上げるともうその表情は晴れやかだった。
「この惑星の人類の文明までもが視野にあるのか。恐れ入った。それでこの始末をどうつけるのかね。」
ここオンフルールでは、彼らと我々の兵が睨み合っている。開戦は容易だし、俺が彼らに勝つのも容易だろう。しかし戦えば相互に遺恨が残る。それは文明の停滞を招く。俺の代での大陸統一は遠のくだろう。
「俺は君達が欲しい。この惑星では軍事増強のみに明け暮れるイリリカ王国やザイリンク帝国よりも、君達のその経済感覚こそが最も優れている。」
褒められたフェアファクス卿とその部下達は当然という顔をした。
「やはり我らと戦って、大陸側の全てを奪い取るのか?」
叛いた以上は仕方がないな、そうフェアファクス卿は言いかける。
「いや、戦う必要はない筈だ。血が流れていない今なら、話し合いで全て収められる筈だろう?」
俺は片手をフェアファクス卿に差し出した。
「この手を握りたまえ。君達が講和に応じるなら、これで終わりにしようじゃないか。」
フェアファクス卿が躊躇いがちに俺の手を握る。
「確かに。ならば証として、我が娘を差し出そう。どのような形であれ、側仕えに使って欲しい。」
俺達は握手し合った。今。フェアファクス卿が余計な条件を付け加えた気がする。しかし人質としてこちらに引き渡すという意図なら、これ以上はない手打ちの形となる。西方の動乱を鎮めるのには、分かりやすい形を内外に示す事も必要だろう。
「娘の名は、エヴリンだ。私に似て美人と言われている。コリント卿のお眼鏡にも叶うだろう。」
フェアファクス卿の部下達が俺に羨望の眼差しを向けている。どうやらフェアファクス卿の秘蔵の娘なのだろう。通常通り、リアの侍女になってもらおうか。
「了解した。こちらでお預かりしよう。クレリア女王の侍女という形でどうだろうか。」
「役回りなどはお任せするが、是非、貴殿の妻として頂こう。」
「私には既にクレリア女王をはじめ、数名の妻がいるとご承知か?」
「ああ、その中に我が娘を是非加えて欲しい。」
俺の目を離さぬまま、こちらを見据えてフェアファクス卿は言う。目が笑っておらず、怖いな。
「・・・承知した。」
今は時間が惜しい。嫁が一人増えて西方が収まるのなら、ここは受け入れるべき所なのだろう。フェアファクス卿の娘の顔までは調査していない。
並行してイリリカ王国の大遺跡を狙って宙兵隊が動き始めた今、こちらはなるべく平静を保って早くイリリカ王国を侵攻する部隊と合流したい。フェアファクス卿の娘が、あまりとんでもない女性でなければ良いのだが。
イーリスがドローンを多重展開するその空間は、静寂に満ちていた。そこはイリリカ王都の下に眠る大遺跡の内部である。室内は無人ではなく僅かばかりの当直の兵はいたが、室内からは偵察ドローンの一斉射撃で無効化されていた。
どんな簡単な操作でも転送門が封鎖されないとも限らない。イーリスの余裕のなさがそんな所にも表れてきた。床に両手両足を釘付けにするなどしてまだ殺害はしていないのは、何か重要な情報をもたらす可能性があるからである。
ドローンが《小門》用の転送室内の当面の安全を確保すると、ユーミが《小門》を抜けて姿を現した。続々と宙兵がユーミに続く。彼らは遺跡全体の制圧を開始した。
この部屋を出た廊下は既に偵察ドローンの群れが確保している。更に透明化したドローンは大遺跡内のマッピングを急スピードで行っていた。
ドローンは信号が途絶すると活動が不可能になる。最初に有線のケーブルを放り込んで通信を確保していたが、商業ギルドの通信網を用いれば遺跡に遮られても通信は可能だった。
ユーミのナノムがイーリスからの通信を受信する。これは宙兵隊の指揮官用チャンネルである。ユーミとイーリスの他、同行する数名の候補生が登録されていた。
(ユーミ少尉、通信は可能なようです。しかし、商業ギルドの通信網は相乗りしている段階です。敵により閉鎖リスクがあります。有線でのアンテナ線の構築は怠らないように。)
(了解しました、大尉。)
そもそも大遺跡は通常の電波が通らない。特に今回は地下にいきなり出てしまっているので、転送門が閉じればアンテナも切断される。現在は転送門を通じてアンテナケーブルを伸ばしているし、商業ギルドの通信網も活用している。
しかしこれは脆弱なのだ。転送門はまだ掌握していないから敵に切断されうるし、商業ギルドの通信網も同様である。
その対策として転送門のコントロールルームの占拠と、地上へのルートを確保して偵察ドローン操作の為の中継回路構築の両方が必要だった。
(信号が切断した場合、偵察ドローンは宙兵隊以外は攻撃するようにセットしています。士官権限でコントロール出来ますので把握しておいて。通信手段の確保は、誰か候補生を選んで専任で任せると良いでしょう。)
(では、イサオム候補生頼んだわ)
士官候補生の中で、宰相府勤務組は皆が優秀である。今回は難民出のイサオム候補生など五名がユーミ少尉に同行していた。特に固定した役割のない十名ほどの残りはコリント卿の周囲に固めて配置してある。ユーミやルートとそりの合わない連中だ。
あちらはすぐに人が必要になるし、ガンツ伯家由来の者などベルタやスターヴェイク貴族の子弟が多かった。第一期の士官候補生は、ほとんどがベルタの関係者でイサオムなど数名がスターヴァインの難民組として参加していた。
(了解しました、ユーミ少尉)
イサオム候補生がユーミに返答する。
「では、我らはこれよりコントロールルームを制圧する。私に続け!」
ユーミ少尉の号令一下、宙兵隊は進撃を開始した。大遺跡の占拠こそ、宙兵隊の設立目的である。彼らはなんとしても大遺跡を確保しなくてはならなかった。
カレイド卿とバルスペロウはルミナス出現の衝撃に打ちのめされていた。なんといっても、彼らは一度は勝利すると確信していたのだ。
「もう少しだったのだがな。」
コントロールルームから転送室に設置された《大門》を眺めながらバルスペロウが言う。現在はアレスからの兵の引き上げの最中である。コントロールはガラス窓を通じて、下に位置する大門用の転送室をモニター出来るような構造である。眼下の転送室では、カレイド卿が《大門》を通じてアレスから撤退する部下を監督していた。
ルミナスが戦闘を停止させたのでさしたる影響はない。大半の兵は既に収容していた。今は防備を固めていた最後の兵の引き上げである。
(以後、どうするかだな。)
カレイド卿は先程から混乱していた。遠くからとはいえルミナスと見えて以来、能力の出力がうまく行えないでいた。そのせいで兵達の統制もままならない。
その時、爆発音と共に人類スターヴェイク帝国の兵が転送室に雪崩れ込んできた。
「まさか、《小門》からこの大遺跡に来たのか。」
硬式飛行船が占拠されなければ、そのような事は起こらない。そして飛行船は着陸していたにしろ、簡単に手出しできるようなものではない。撤退を見れば部下達がすぐ離昇させる手筈なのだ。そもそも、ミューレル士爵が飛行船を担当していた筈なのだ。
「そうか、人類スターヴェイク相手に目を離した隙をつかれたか。」
バルスペロウはルミナスの脅威に意識を奪われていた自分を恥じた。しかし彼らにとってルミナスの存在とはそれほどに大きい。手持ちの札を全て晒して勝ちを攫いに行ったところで、ルミナスに待ったをかけられたのだ。それさえなければ、今勝利していたのは彼らだったに違いない。
「いや、それこそがコリント卿の思う壺か。」
コリント卿はまだ手持ちの札を全て晒してはいない。それに彼らが対抗する手段は、もうイザークしかない。
『カレイド卿、私はザイリンク帝都に向かうぞ。』
バルスペロウは拡声器を使い、コントロール室から見下ろす先のカレイド卿に声をかけた。
『おう。ここは私が防ぐ。行け。』
マイクを経由してカレイド卿の声が伝わる。防護ガラス越しに、カレイド卿はバルスペロウを見据えて短くそう言った。自らの不調は隠し通す。それは大都督としての彼女の誇りである。
バルスペロウは素早く卓を操作した。このコントロールルーム内に《大門》を開き直す。《小門》の転送室が占拠された今、《大門》を開く必要がある。幸いにして、迅速な兵員の輸送の為に《大門》を開く準備は出来ていた。《小門》を相互に開通した大遺跡だけは、相互にロックした状態でいつでも《大門》を開通できる。
『頼んだぞ。』
バルスペロウは素早く《大門》へと走り込んだ。コントロールルーム内の部下達が後に続く。このコントロールルームは、転送室からしか入れない構造になっている。
「我らはここで遺跡を守るぞ。」
カレイド卿が声を上げる。しかし士気を燃え上がらせるいつもの指揮ぶりとは異なり、彼女の声に応じる者は少ない。
親衛隊を率いるミューレル士爵すら、今はこの場にいない。残された兵達もフェロモンの効果が消えて戸惑っていた。
まだ騙されていたとまでは考えないものの、カレイド卿の纏う魅力が今は剥ぎ取られているのを感じる。普段熱狂に晒されているだけに、醒めてしまった時の反動はカレイド卿が計算していたよりも重い。
「チッ、動きが鈍い。」
カレイド卿は部下の動きの鈍さに舌打ちする。頼りになるジルベール将軍も倒れ、身を守る最後の盾のミューレル士爵も既に側にない。カレイド卿の兵は弱体化している。
大きいとはいえ、遺跡の中で敵とは遺跡の中で乱戦になっている。イリリカ王国側は兵数、人類スターヴェイク帝国は装備が優れている。遺跡内の為、兵力差をうまく活用する事が出来ないでいた。
魔法鎧で身を固めた敵兵に、士気の振るわないイリリカ王国側はジリジリと押し込まれている。鋭敏なカレイド卿には、もう先が見えていた。そもそもルミナスを見てから、彼女の戦意も振るわない。
カレイド卿は決意すると兜を脱ぎ捨てて前に進み出た。兵達が驚きの目で彼女の行動を見守る。
「私はイリリカ王国軍を指揮する大都督のカレイド卿だ。指揮官との一騎打ちを所望する。二人で決着をつけようではないか。負けた方がこの場を去るのだ。どうだろう?」
カレイド卿とて四駿四狗の一人である。その肉体は本来より大幅に強化されている。見たところ敵兵の中に同類はいない。ならば、勝つ可能性はこれしかないだろう。転送門を閉じさえすれば、この戦闘をリセットできる。
だがカレイド卿の計算は瞬時に打ち砕かれた。人類スターヴェイク帝国の指揮官の返答は、思いもしないものだったからだ。
「私が指揮官のユーミです。」
一人の少女が進みでた。その時カレイド卿は気がついた、自分たちが相手にしているのがまだ子供と言って良いような年齢の若者ばかりという事に。
「予めコリント卿より、『決闘に応じてはならない』と指示を受けています。しかし貴方達が大人しく大遺跡から立ち去るのなら、この場は見逃しましょう。どうしますか?」
その痩せた貧相な少女は、非力そうでとても兵士が務まるような身体つきには思われない。それでも指揮官としての威厳を持ってその場に臨んでいた。
「一騎打ちを避ける? 貴殿には騎士としての誇りはないのかな?」
カレイド卿は敢えて挑発するようにそう言った。
「コリント卿に救い上げられ仲間に加わるまで、単なる孤児だった私達にそんなものはないわ。」
ユーミが短い言葉でカレイド卿の挑発を一蹴する。
「それでどうしますか?撤退するのなら、早く意思表示して欲しいのだけれど。」
ユーミの恫喝に、カレイド卿は左右を見渡した。劣勢の時に頼りになるジルベール将軍は、引き連れて行った幕僚と共に死んだ。親衛隊をまとめたミューレル士爵も消息が不明だ。バルスペロウさえザイリンク王都に去った。今カレイド卿がこの場で死ねば、さらなる混乱がイリリカ王国を襲うだけだろう。
「・・・ならば撤退する。だが我々が簡単にイリリカ王国を明け渡すとは思うな。兵を整えて取り戻しにくるぞ。」
カレイド卿の最後の言葉は、自分自身と部下に聞かせる言葉である。話をまとめると、床に投げ捨てた兜を拾い上げたカレイド卿は撤退を指示した。
ユーミが頷いてみせ、それを受け入れたと敵味方に示す。そして部下に指示を出して、少し下がらせた。混乱を鎮めたイリリカ王国の兵達が撤退を開始する。
魔法鎧は同等だとしても、武器が全く異なっていた。イリリカ王国軍はミスリルの穂先のついた槍を優先している。
しかし肝心の穂先が相手の魔法鎧に阻まれてしまう。そうすると槍を振り回して物理的に相手を叩きのめす事になるが、遺跡内の限られた空間ではそのような行動を取りづらい。
対する人類スターヴェイク帝国は、数は少ないながらも魔法鎧を貫通する強力な魔道具を備えていた。装備も短槍など、遺跡内の戦闘に合致した物を用いていた。
遺跡内の戦闘を想定しなかったイリリカ王国側の不利は明らかだった。立て直しは必要だろう。
「そう簡単に遺跡を操作できまい。遺跡を囲み、装備を整えて奪い返す。」
撤退しながらも、カレイド卿は部下に指示を飛ばしていた。得られた時間を立て直しに使う。ここはイリリカ王都の真下である。カレイド卿が最前線に居合わせた事が今回の不幸である。一度退いて建て直せば、どうとでも出来る筈だった。
イリリカ王国の兵が引いていく。その背後を透明化を維持した偵察ドローンの大群が追尾していった。カレイド卿が退かなければ、ドローンによる飽和攻撃の準備は出来ていた。『敵兵を殺しすぎるな』とユーミは指示を受けていた。
特に四駿四狗でもあるカレイド卿は生存リストに入っていた。もしそうでなければ、大遺跡の重要性を鑑みてドローンに攻撃を指示していただろう。
ユーミはナノムを通じてイーリスに連絡を取った。
(終わりました、イーリス大尉)
(こちらでもモニターしていました。引き続き警戒に努めてください。私もすぐにそちらに向かいます。)
イーリスとの通信状態は良好だった。きっとイサオム候補生の班は問題なく通信経路を確保したのだろう。
《小門》を潜り抜けてイーリスの義体が姿を現す。大遺跡の解析には彼女の力が必要である。ドローン経由より、慣れ親しんだ義体を用いる方が確実なのだろう。そういえば、イーリスの義体も母船から遠隔操縦だなとユーミはぼんやりと考えた。通信経路の確保は、偵察ドローンだけでなくイーリスの義体操作の為でもあったのだろう。
「お疲れ様、ユーミ少尉。よくやりましたね。」
イーリスがユーミに笑顔を向ける。
「遺跡の解析には時間がかかりますか?援軍の到着予定を知りたいのですが。」
ユーミはイーリスに尋ねた。ドローンを展開しているとはいえ、大兵力が損耗無視で攻めてきたら宙兵隊でも支えきれない。先程は敵の指揮官であるカレイド卿が近くにいたから敵は退いたのだ。こちらが不意をついたからだが、次回は相手もその対策を怠らないだろう。
「既にこの大遺跡の機能の解析は終えました。」
イーリスの義体は卓を操作し、新たな転送門を次々と各地に生み出していく。
「総司令は既に西方を安定化させました。これから各地の軍勢を集結させます。ここからが終盤戦ですよ。」
ユーミの眼前にイーリスが軍の配置予定を仮想表示させる。
「凄い、もうこんな配置計画が出来ているなんて。」
「それは配置計画ではないわ。今のリアルタイムの戦況です。」
「え、もうここまで進行をしているのですか?」
ユーミは戦闘に専念していた。その間に、味方の配置は着々と進んでいたのだろう。
「ええ、セリーナ中尉とシャロン中尉の隊は転送門を経由してザイリンク帝都を包囲しつつあります。ここ、イリリカ王都はダルシム将軍とヴァルター将軍の隊が総司令の到着を待つ手筈です。要塞マルコ・アウジリオはクレリア女王と共に遅れて到着する事になりますね。」
イーリスの指し示した手は、士官教育以外では特にこれといった経験のないユーミから見ても詰みの盤面に見える。残る懸念材料は、もはや最後の大遺跡の確保くらいだろう。
「私達、勝ったんですね。」
「ええ、そうです。私達の人類スターヴェイク帝国が、この惑星を統一する時が遂に来たのです。」
嬉しそうな表情を浮かべたイーリスは、声高らかにそう宣言した。