【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅲ 統一戦記 71話 【対イリリカ戦争編④】 人質
「もう終わりだ。」
ロージャ将軍は頭を抱えていた。商業ギルドの通信網により、既にイリリカ王都とザイリンク帝都が同時に包囲されていると判明していた。予定していたように長大な国土に引き込んで持久戦を展開する事は叶わないし、互いに救援を発する事も不可能である。
「なぜ、あの人類スターヴェイク帝国に喧嘩を売ってしまったのか。」
国力の差は著しい。こうなってしまえば何が敗因か判別し難いが、バーリント皇太子を仕留め損ねた事は間違いなく劣勢の理由として挙げられる。だが、それも全てコリント卿の手腕だろう。
「やはりコリント卿こそが勝ち馬だったか。しかしまあ、束の間の夢は見られた。」
ロージャ将軍が裏切ったのは、カレイド卿とのときめく一夜があったからである。心の枯れた中年男に、カレイド卿は潤いと生気をもたらしてくれた。惚れた女の為に叛く。それも野心といえば野心なのだろう。
カレイド卿に惚れ込んでしまった以上、分が悪い賭けとはいえ挑むしか無かったのだ。もしカレイド卿と出逢わなければ、彼は未だザイリンク帝室に忠実なる軍人のままであっただろう。
カレイド卿が率いるイリリカ王国側の戦線はまだマシな情勢である。彼らは自国の民の支持を得ているのだし、いざとなれば降伏だってできるだろう。カレイド卿が降伏して生き残る可能性は、今のロージャ将軍にとっては慰めになる。
寝返ってザイリンク帝国を実効支配したロージャの達成した政治は、自国民も力で押さえつけたのみである。旧来のザイリンク帝国もそこはそう大きく変わらない。だが人類スターヴェイク帝国の
こちらを包囲するのは、そのバーリント皇太子と〈コリントの双子の悪魔〉である。正統なる後継者が人類スターヴェイク帝国の兵と共に帰還した事で、一度は自軍に抱え込んだ帝国兵達の動揺も酷い。裏切り者であるロージャに降伏の道は残されてはいないが、裏切りを強要された麾下の兵は皇太子に帰順する手がある。
『開戦前に寝返る方が条件が有利になる』
そんな流言飛語が帝国兵の中で飛び交い、収拾がつかなくなったのだ。
そして〈コリントの双子の悪魔〉はその苛烈な戦ぶりから『コリント卿より凶悪』と畏れられている。彼女達が鍛えたアロイス将兵が別人のような強さに様変わりしたとも聞く。ロージャ将軍の反乱軍の現状では、対抗しうるとは考えられない強敵である。
「既に外壁は突破されました。宮殿に敵が迫っています。」
その報告にロージャ将軍は嘆いた。
「やはり今の我が軍の状態でな。一日も、持ち堪えられなかったか。」
ザイリンク帝国の帝都中央に位置する宮殿は、イリリカ王国軍を指揮するジノヴァッツの襲撃によりボロボロに傷んでいる。帝都の外壁は損耗が見られないので防衛線にしていたのだが、こう早くも突破されるともはや打つ手が限られる。
ロージャ将軍の幕営には今、人材がいない。それなりには幕僚と呼べる存在もいたのだが、増えた兵を統御する為に各部隊に散らして帝都の防壁の防衛に配置した。結果としてロージャの周囲は酷く手薄になっている。
前線に配備したこれらの部下の半数とは連絡がつかない。単に連絡がつかないだけの者もいるだろうし、既に敵に倒されたかもしれない。しかし可能性が高いのは、本人の寝返りだ。また或いは寝返る兵の手土産にされたかである。ロージャの指揮する軍勢は、今まさに崩壊の危機に瀕している。
「やむを得ん。人質を宮殿の外周の目立つところに並べろ。」
ロージャ将軍は忠実なる部下達に指示を飛ばした。ザイリンク帝国の帝都には、少なからずザイリンク帝室の関係者がいる。後宮にいる先帝の側室やら、バーリント皇太子の異母弟姉妹やらである。
ここは立て直す時間を稼ぐ為にも、これらの人質を活用する他なかった。優勢な敵を食い止めるには、詭道を用いて不意をつくしか手はないのだから。
「敵が宮殿の壁に人質を並べているそうよ。それも帝室に縁のある美人や子供ばかり、と。」
報告を受けたセリーナがシャロンと相談する。彼女達は帝都の過半を難なく制圧していた。正統なる君主の帰還は、民に歓迎されたのである。今は宮殿を包囲しつつ、接収した軍の建物を本営として前後策の協議している。
こうして包囲網を完成させた以上、最後の仕上げは皇太子自らが臨席する必要がある。そのバーリント皇太子の軍の攻撃体勢が整うのを待って、小休止していたところであった。
「それは、とてもよくない流れね。」
シャロンが眉を顰める。
「ええ、凄くまずい。」
彼女達の意見は一致する。属将として彼女達に仕えるアロイス諸侯は、一体どのような判断が下されるのかと畏れの表情さえ浮かべながら二人のやり取りを注視している。
「このままでは、アランにまた新たな嫁が増えかねない。」
「そうね。女性の人質はまずこちらで確保しましょう。そして早めに彼女達の嫁ぎ先をこちらで決めてしまいましょう。」
人類スターヴェイク帝国が大陸を統一した暁には、ザイリンク帝国は五カ国相当の規模になる。人類スターヴェイク帝国に比べればその領域は小さいが、
妃として暦とした地位にあるセリーナとシャロンであるが、新たな嫁の出現は未然に防いでおく方が良さそうな危機とそう見做していた。正室であるクレリア女王も、もう一人の妃であるエルナも間違いなく同じ考えの筈である。
「それでは人質の救出作戦を実行します。手筈はこの通り。未婚の者は、貴重な嫁取りの機会とそう心得なさい。」
アロイス諸侯を集めた会議の場で、手早く段取りを説明したセリーナがそう宣言する。
「コリント卿に相応しい家柄の娘を娶るチャンスを貴方達に与えるわ。チャンスは自らの手で掴み取るのよ。」
セリーナに続いてシャロンが檄を飛ばす。今回は本陣の御留守居役に選ばれたパウルゼン辺境伯ルッツが少し呆れ顔で見守る中、熱意あふれる若手貴族を中心に選抜された救出隊はやんごとなき家柄の女性達の救出作戦を開始した。
「人質を迂闊に傷つけるなよ、彼女達が今の生命線なのだからな。」
ロージャ将軍は部下に念入りに指示を与えていた。実際、人質を盾に使う作戦はうまくいっている。今のところは宮殿に対する敵の攻撃は止み、その間を利用して兵の再編と防衛体制構築が整いつつあった。
(この調子なら、もうひと戦できるか。まずは今夜を超える事だ。)
ザイリンク帝国の支配領域は広大である。土地は余っている筈なのだ。人質を確保し、ザイリンク帝室の秘宝の数々も添えてコリント卿に恩赦を願い出る。ロージャ将軍は今に至るまで、人類スターヴェイク帝国に直接逆らった訳ではない。どのような形でも戦線を維持しておきさえすれば、いずれコリント卿と交渉する機会もあるだろう。
(コリント卿に、カレイド卿を与えてくれと願いでよう。イリリカ王国側の情勢も良くないようだ。カレイド卿も上手く立ち回ってくれていれば、コリント卿とてあの美女を殺しはすまい。俺は彼女さえ得られれば、後はこの国がどうなっても良い。)
ロージャ将軍が都合の良い夢想は、部下の声にかき消された。
「ドラゴンです、ドラゴンが出ました!しかも二頭います。」
「なんだと。」
コリント卿がドラゴンを乗りこなすとは聞いている。しかし、〈コリントの双子の悪魔〉までもがドラゴンを持ち出すとはロージャ将軍は予想だにしていなかった。
「グローリア、いくわよ」
セリーナの声にグローリアが咆哮で答える。セリーナはグローリアと共に、人質が並ばされている城壁に着地した。
着地と同時に再び放たれた地を震わすドラゴンの咆哮に、その場の兵も人質も耳を押さえて座り込んでいる。圧倒的な質量の生物に恐れ慄く人の本能は止め難い。
シャロンもヴァレリウスと共にその後に続く。城壁の上に並べられている人質達は、逃げられないようにということもあって階段からは少し離れた位置である。
セリーナは階段と人質の間を塞ぐように、シャロンは人質を挟んで反対側に着地させる。突然舞い降りたドラゴン二頭に挟み込まれて敵兵も人質も狂乱状態となる。
人質が害されなかったのはロージャ将軍が予め命じていたからでもあるが、人質をこの際ドラゴンから身を守る盾にしようと敵兵が考えた為でもあるだろう。
「援護はするわ、行きなさい。」
グローリアとヴァレリウスの鞍にはそれぞれ五人の選抜メンバーが同乗している。指揮官級として魔法鎧を着込んだ彼らは、半年の間研鑽を積んだコリント流を駆使して人質を見張る兵を駆逐した。
「降参だ、降伏する!」
セリーナとシャロンの魔法の援護の下で、半数ほど倒されると残りの兵は武器を投げ捨てて助命を懇願し始めた。
「これで、ざっと済んだわね。」
人質を見張る兵に強者はいないな、とシャロンが周囲を見渡す。グローリアもヴァレリウスも魔法の一つも放っていない。人質を見守る敵兵を駆逐するのに、ドラゴンは過ぎた力なのだ。
連れてきたアロイスの若手貴族はここぞと捕虜を拘束し、人質を助けている。女性の前でよく思われるように格好をつけているのだ。
ザイリンク帝室の人質は数が多い。皇帝の為に後宮に納められた美女、後宮にとどまる事を許された皇女達。極少数いる幼い少年達は、バーリント皇太子の異母弟達だろう。
セリーナとシャロンが連れてきた男性陣の反応が良いのは見目良い女性に集中している。あの辺りは年齢に関わりなく、先帝の側室の類に見えるがそれで良いのだろうか。やや疑念を持ちながらその様子を眺めているシャロンに、セリーナが声をかけた。
「シャロン、ここは任せるわ。」
シャロンは瞬時に分担された役割を理解する。
「ええ、私は後で合流するわね。」
セリーナが本陣に戻れば、兵を派遣してこの周囲を固められる。その間、敵を近づけないように振る舞うのはシャロンとヴァレリウスには容易な事だ。人質が敵に奪い返される恐れはもうないと言っていい。
「これで、片がつきそうね。」
「まだ、この帝都の地下に大遺跡がある筈だけれどそちらに踏み込むのはアランを待ってになるかもしれないわね。」
そう返したセリーナは、地下に彼女達を待ち構える者の存在など知りもしなかった。
イリリカ王都はコリント卿が直々に率いる軍勢に包囲されていた。
「もはや猶予はなし、か。」
カレイド卿は摩天楼から都市の外にひしめいている敵の大軍を眺めた。コリント卿は、国境の防衛に充てていた部隊を攻撃に用いたのだろう。ダルシム将軍やヴァルター将軍、バルテン子爵にプレル子爵といったコリント卿の手勢がここに集結していた。
「ロージャ将軍の方も辛いだろが、耐えてもらう他ないな。」
調子が万全でありさえすれば、コリント卿の部下などに負けるカレイド卿ではない。なんなら男性の将軍でさえ、フェロモンを駆使すれば戦場で虜にする自信さえある。
しかしルミナスに能力を封じられたようになっている現在、極めて不利な情勢であった。破滅は彼女の足元に潜んでいる。
「やはり、来るとしたら下からか。」
イリリカ王都の大遺跡は既に敵の手に落ちている。大遺跡を占拠したのは少数の精鋭集団だった。兵数で勝るなら囲んでしまえばダメージを与えられるだろう。だが、人類スターヴェイク帝国も〈小門〉を経由すれば追加の兵は移動できる。今は大遺跡の出入り口を部下に包囲させているが、そこから敵軍が溢れ出るのは時間の問題だろう。破滅の刻は迫っていた。
「この苦境、脱してみせる。」
部下を引き連れたカレイド卿は評議員の詰めかける議会の扉を開ける。ようやく姿を現したカレイド卿に、評議員達が詰め寄る。
「戦況はどうなっているのかね。」
「我々はどうなるのだ。」
殺到する彼らにカレイド卿は冷ややかである。
「我らは人類スターヴェイク帝国に敗れつつある。イリリカ王国はもはやこれまでである。」
冷徹なカレイド卿の声に悲鳴が上がる。最後の期待を打ち砕かれて評議員達は項垂れる。彼らとて迫る敵の大軍は見えている。だが、何か策を弄して潜り抜けられないかを期待していたのだ。
「貴殿では話にならない。ジノヴァッツだ。ジノヴァッツはどこだ!」
イリリカ王国の苦境をこれまで幾度となく救ってきたのはジノヴァッツである。彼の策謀なら、この情勢からの逆転さえ果たせたかもしれない。ジノヴァッツの存在を熱望しているのはカレイド卿である。だがジノヴァッツはもういない。
「ジノヴァッツもバルスペロウも既にこの地にいない。最後まで王国を守るのは、大都督たる私カレイド卿のみである。その事は、皆様お忘れなきよう。」
議場がしんと静まり返る。この状況をどうするのか。皆、カレイド卿の出方を伺っていた。
「皆様に贈り物がある。パロリオン卿、ここへ。」
カレイド卿に促されて姿を現したのは、クーデターを起こされ失脚した旧政権の生き残りのパロリオン卿であった。
「生きていたのか。」
「そうか外交の巧者はパロリオン卿であった。」
評議員達の呟きが議場に満ちる。
「コリント卿は鬼ではない。いよいよの時は、私が降伏の為の使者となろう。」
それはこれまでパロリオン卿を庇護したカレイド卿との約束である。イリリカ王国の親スターヴェイク貴族といえばパロリオン卿である。パロリオン卿は本来は反クーデター派でしかないが、コリント卿は敢て『親人類スターヴェイク帝国派である』と認定した。彼こそがカレイド卿、ひいてはイリリカ王国の命綱である。
評議員達の期待と視線が、カレイド卿からパロリオン卿に移動する。後はパロリオン卿に任せてしまえばいい。カレイド卿は誰の注目も集めずにそっと議場から去っていった。
イリリカ王国を何とか持ち堪えさせる責任はパロリオン卿に委ねた。カレイド卿が受け持つのは意地の部分である。先の事は考えずに、目の前の敵に全力で挑む。それは武門の誇りである。
政治の責任から解き放たれたカレイド卿は、最後のイリリカ王国軍人としてコリント卿に全力で挑もうとしていた。
「時刻になったら一斉攻撃を開始し、大遺跡から麾下の精兵が飛び出す。後はイリリカ王国の摩天楼を占拠するまで戦いを続ける。」
俺は転送門を用いて、各陣地を視察し作戦を説明した。それぞれの軍勢には士官候補生を残していく。表向きは回復魔法要員だが、ナノム経由で通信が可能な彼らは何か異常があればこちらに伝える連絡役でもある。
「カロット、準備はいいか。」
イリリカ王都の大遺跡に戻った俺の問いかけにカロットが頷く。俺の副官としてかつてはアダーが、ここ最近ではカロットが取りまとめた兵は俺が各陣地を巡る間に大遺跡に移動している。俺が戻るまでに、この部隊の兵の移動も完了したのだ。
「では、我々も行こうか。」
「閣下、お気をつけて。」
大遺跡を掌握する為に、現地入りしているイーリスと宙兵隊指揮官のユーミ少尉に見送られる。宙兵隊は遺跡の防衛の為に駐留させる事にしていた。余力はある筈だが、既に十分活躍してくれているからでもある。
「俺が先行する。少し間を置いてついて来てくれ。」
「閣下、それでは余りにも。我々が先行します。」
カロットがそう口を挟む。だが俺は彼の好意を知りながらもその提案を断った。
「大丈夫だ。最初に魔法を使う。危ないと見えたら助けに来てくれればいい。」
俺ならばまずやられる事はない。だが敵が待ち構えているのだ。他の兵なら、少なからず被害を被るだろう。
新婚早々のテリス子爵夫人に、カロットが死んだと告げるのはごめんだ。こちらには魔石式のパワードスーツもあるし、俺は魔法も使える。
「魔法を使われると、そういう事でしたら。」
カロットが大人しく引き下がる。彼も俺が強力な攻撃魔法を使えると知っているのだ。
「では行く。そうだな、君達はゆっくりと十数えてからこちらに来てくれ。」
そう言い終えると、俺は大遺跡からザイリンク帝都に向けた細長い階段を一気に駆け上がった。
『来たぞ!』
警戒にあたるイリリカ王国の兵の声が聞こえる。次々と突き出されたミスリルの槍を、俺は飛び上がり回転しながら躱していた。
魔法により強化された反応速度、パワードスーツにより強化された脚力。その二つを組み合わせて、ミスリルの槍の突き出された遥か上を乗り越えていく。
ミスリル製の武具は特別製である。魔力を入れて魔法剣や魔法槍としても使えるが、それ単体でも効果がある。ミスリルの槍に貫けないものはまず考えられない。パワードスーツに用いる外装材もミスリルである。刺突に有利な槍の穂先に加工されたミスリルは、流石にパワードスーツでも無傷ではすまない。
「カレイド卿に伝令を走らせろ」
視界の隅で、場を去ろうとする兵の存在を知覚する。空中で回転しながらも俺は用意した魔法を解き放った。
「ライトアロー!」
魔法で作られた光の矢が、その敵兵の背中に突き刺さる。命中の衝撃でその男の体が吹っ飛ぶ。ミスリルの鎧を着用している相手なら死ぬ事はない筈だが、とりあえずの伝令は防いだ。
いずれ情報は伝わる筈だが、目の前で呼びにいくのを見過ごせば無駄に相手の士気を高めるだけである。逆に目の前でこうやって阻止して見せれば、敵の心を折る役に立つ。
「ええい、化け物め!」
着地したタイミングを見計らって突き出されたミスリルの槍を、俺は危なげなくかわして引き抜いた魔法剣を叩き込んだ。
敵もここが正念場と承知しているのだろう。やはり中々の手だれが揃っているようだ。俺が槍を避けられたのは魔法により加速していたからだ。そうでなければ剣で受けるなどして手間を取り、その間に周囲の敵に袋叩きにされるリスクを生じさせていただろう。
「遅いな。」
魔法剣の腹で軽い一撃を叩き込む。パワードスーツにより加算された筋力が敵兵を吹き飛ばす。彼は仲間の兵をボーリングのピンのように派手に巻き込んで倒れていった。死んではいない筈だが、あの様子では仲間共々戦線離脱だろう。
周囲から次々と繰り出されるミスリルの槍を掻い潜る。そうして魔法剣で剣呑なミスリルの穂先を軸から切り離しながら、俺は魔法の準備を開始する。そろそろカロットが部下と共にこちらに来る頃合いだ。場所を確保する必要がある。
「《ライトニング・キャノン》っ!」
久々の大技を繰り出す。収束された光攻撃魔法の束、その高威力を俺は周囲を薙ぎ払うのに用いる。
高威力の魔法を喰らって周囲の敵兵がたまらずに吹っ飛ぶ。ミスリルの鎧を着ている者も多い。恐らくだが、誰も殺してはいない筈だ。しかし回転しながら派手に吹っ飛ばされたのだ。脳震盪でもう戦闘どころではないだろう。
そんな様子を下から見ていたのだろう。俺が魔法を行使した以上、頃合いよしと見てカロットが兵と共に慎重に上がってくる。
「カロット、何名かに倒れている兵の無力化をさせてくれ。武器を奪って拘束だ。」
「承知しました。」
カロットに指示を出す間も俺は敵をいなしていた。すぐに味方の兵が駆けつけて、俺の横に並ぶ。こうなって仕舞えば、有利なのはこちらだ。
「まずはこの建物を占拠するぞ。罠に気をつけて慎重に進め。」
待ち構えていた敵兵を一蹴する。この勢いのまま一気に行こう。
『ご自慢の兵器を自分達で喰らえ』
物陰から現れた数名の兵が火炎瓶を投擲してきた。
「《ウインド》っ!」
咄嗟に放った風魔法が突風を巻き起こす。魔法の発生した中心付近の火炎瓶は押し戻される。幾つかの火炎瓶を押し戻すには風力が足りなかったようだ。
俺はナノムの指摘する火炎瓶を魔法剣の腹で叩いた。風魔法で浮いたようになっていた火炎瓶は、俺のスイングを受けて敵に押し戻される。
火炎瓶の直撃を喰らい、或いは俺のスイングで空中で割れた火をモロに被って敵兵が悲鳴を上げてのたうちまわる。哀れな死に方だが、向こうが殺しに来たのだ。こればかりは仕方がない。回復魔法を使えば助けられるかもしれないが、命のやり取りの場で行う事ではないだろう。
「誰か手の空いた者は、可能なら火を消して助けてやれ。」
背後の味方にそう声をかける。哀れな味方の様子に敵は完全に怯んでいた。
「さあ、行くぞ。今日中に片をつける。」
俺の声に部下達は喚声で応えた。
グローリアと共に本陣に引き上げたセリーナは、留守を預かっていたパウルゼン辺境伯ルッツに出迎えられた。
「ここからもお二人のご活躍は良く見えましたぞ。手筈通り、既に我が方の兵の攻撃を再開させています。」
パウルゼン辺境伯は、自分の仕事をこなしてアロイスの兵を指揮したようだ。セリーナはその仕事ぶりに満足する。元々、アロイスを代表する大貴族である。一度セリーナのやり方を呑み込んでしまいさえすれば、能力のある武将だけに簡単に合わせてくれるのだろう。
「ありがとう。バーリント皇太子の方はどうかしら?」
「側近と共に奥でお待ちです。」
パウルゼン辺境伯に案内された先では、バーリント皇太子が御付きを従えて到着していた。皇太子の両脇を固める彼女達はクリスティーナ・シャーンドール卿とフランツイシュカ。共に四駿四狗である。
「失礼していますよ、ええとセリーナ殿。」
「ええ、私はセリーナよ。無事の到着歓迎するわ。」
セリーナとシャロンは一卵性双生児であり、よく知らない相手からは判別は難しい。この為、セリーナだけ兜に羽飾りをつけていた。最初に
「部下の将軍達は兵の指揮を執らせています。四駿四狗たる彼女達は、いずれコリント卿に差し出す事になります。しかし貴重な戦力ですのでこうして我が護衛を務めて貰っています。」
言い訳がましいバーリント皇太子の話に、シャーンドール卿が居心地悪そうにしているのは『コリント卿は女好き』という評判が広まったせいだろう。
敬愛する主君を離れて、それを支援する別の男の持ち物になると聞かされるのは耳障りの良い話ではないだろう。セリーナは彼女達に同情した。
「四駿四狗が仕えるのは聖女であるルミナスよ。アランは紳士よ、女性が望まなければ手を出す事はあり得ないから安心して欲しい。」
シャーンドール卿とフランツイシュカは心なしかホッとした様子を見せる。アランの真意と関係なく、周囲にそれとなくコリント卿の相手をするようにと仕向けられる事例も存在するのだろう。
実際、アランが新たにフェアファクス卿の子女を新たな嫁として押し付けられたと内輪では話題になっていた。アランは顔を見た事もないらしいが、西方の安定には不可欠だから決めたと聞かされていた。
クレリアやセリーナ、シャロンはそういう話に良い気はしない。だが大陸をまとめ上がるのに不可欠と言われれば反論も出来なかった。
「それで人質の事はもう聞いているかしら?」
「ええ。我が親族が宮殿の外に繋がれているので味方は手出しが出来ないと。間も無く夜になりますが、彼らはそのままでしょうか。」
バーリント皇太子は心配する素振りを見せた。帝室は後継者争いが絶えないとされるが、早々に立太子された事でバーリント皇太子は親族とは良好な関係だったのだろう。
「私とシャロンが並ばされていた人質は全て救出しました。他にいる可能性もありますが。恐らく今後はもう障害にならないでしょう。」
バーリント皇太子が喜ぶの表情を見せる。
「おお、流石ですね。これでロージャ将軍を討ち取るのに何の障害もない。部下を走らせ、麾下の将軍に攻撃を指示しましょう。」
「そうしてくださると助かるわ。それと人質の受け取りの為に、誰か人を貸して欲しいの。」
「それでは私が。」
フランツイシュカが進み出る。彼女の得意な武器は弓である。護衛という事であれば、クリスティーナ・シャーンドール卿の方がより的確なのだろう。
「人質の処遇については後で話しましょう。」
「それはつまり、救出の代価を支払う必要があると?」
身代金はよくある風習である。捕虜の解放にも捕虜の救出にも用いられる。
「いいえ、そうではないわ。彼女達が余りにも美しいので、救出を担当した部下達にのぼせ上がってしまう者がいるの。それでもし可能なら・・」
「なるほど、そういうお話ですか。」
バーリント皇太子は理解を示した。目の前のセリーナはコリント卿の妻である。今回共に戦った事で、普通なら連絡を取り合えない他国の妃である彼女達に伝手が出来た。
ザイリンク帝室から適当な姫をコリント卿に送り込む事は可能な筈だが、クレリア女王は当然としてセリーナやシャロンを上回る地位を得られるとは限らない。
ならばむしろここはセリーナやシャロンに恩を売り、彼女達との関係を良好に保つ方が良いだろう。バーリント皇太子にとり問題なのは先帝の残した側室達である。
暇を出すか、後宮で飼い殺すか。どちらにせよ金は掛かる。一度敵の手に渡った女達である。被害が生じたかはさておき、友好の印にアロイス諸侯に娶らせるのは選択肢としては悪くない。
セリーナやシャロンを通じて最終的な了解を取っておけば、コリント卿も反対はしないだろう。もし反対されれば引っ込めれば良い。バーリント皇太子は、実質的にはセリーナやシャロンの指揮下である。向こうからの提案を受けてコリント卿の意思を確認する姿勢を示せば、責任を負わされる事はまずない。
「彼女達の意向次第ですが、本人達がそう望めば希望する相手と添わせる事を検討しましょう。」
「ありがとう。そうして貰えると助かるわ。」
セリーナとバーリント皇太子はコリント流の握手を交わす。こうして人質の処遇は両者の満足する形で道筋がつけられた。
アランの妻の数は多すぎるのだ。ここで彼らが手を組む事は、互いの信頼を得るだけでなく全員に共通する利益となる筈だった。