【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 72話 【対イリリカ戦争編⑤】 直撃

Ⅲ 統一戦記 72話 【対イリリカ戦争編⑤】 直撃

 

イリリカ王国の評議会は、摩天楼立ち並ぶ官庁街の中に大会議場を専有している。議場では、パロリオン卿が評議員達に呼びかけていた。

 

パロリオン卿を虜囚の身から解き放ち、議場に連れてきたのはカレイド卿である。この為、パロリオン卿はカレイド卿の同志または代弁者として見られている。

 

「この国を救う為には時間がない。カレイド卿が敵を防いでいる間に我らは降伏を決めよう。コリント卿への降伏に異議のある者はいるかな。」

 

カレイド卿と取り決めたパロリオン卿の役回りは、評議会の降伏をとりまとめる事である。

 

ザイリンク帝国の侵攻を食い止めたイリリカの防御陣地は健在である。ガトリング火炎砲は今も敵の侵攻を食い止めている。しかしこれら兵器の輸出元は人類スターヴェイク帝国である。魔石の残りも限られる。情勢を楽観は出来ない。防御陣地が稼働している時間を利用して、降伏をまとめなければならない。

 

「新しい大都督は、本当に降伏に応じるのかね?とてもそんな様子には見えなかったが。」

 

評議員の一人が疑問を呈した。

 

「私を連れてきたのは大都督たるカレイド卿自身だぞ。そして我ら評議員が、軍に対する自らの権威を信じずにどうする。」

 

それは質問者に突き刺さるようなパロリオン卿の言葉である。

 

「大都督が評議会に従うかどうかは、さして重要ではない。我らの役目は手続に従って降伏を決め、コリント卿に願い出る事。カレイド卿は最後まで軍を掌握し続ける事。これがそれぞれの仕事であろう。後の事は後の事だ、今はそれぞれが信念に従って対処するまで。心配をしても、事はなるようにしかならん。」

 

「む、そうか。」

 

疑問を呈した評議員はばつの悪そうな表情を浮かべる。

 

「我らは戦争に敗れた。それは仕方がない。運も実力も伴わなかったのだからな。だが敗者としての有り様は決められる。ここは見苦しい振る舞いは慎み、これ以上の無駄な命の損失は避けるべきであろうよ。」

 

損失を防ぐ命には、パロリオン卿自身や評議員達の命も含まれる。彼は政治家としてそれを恥とは思わない。責任とは遅滞ない手続の形で取るべきと考えている。責任を投げ出して混乱を呼び込む事こそ論外だろう。

 

コリント卿は血も涙もない男ではない。彼に刃向かっても、許された存在はベルタ公爵となったアマド・ベルティーを筆頭に過去に多勢いる。

 

イリリカ王国の正しい手順に沿って降伏の決定に至る。これはもうパロリオン卿にしか出来ない仕事である。手間であっても、評議員全体に問いかけ、決意させ、即時降伏で全体を合意形成していく。

 

評議会は一度方向を示せば、その方向に動き始める。評議員を降伏に導くパロリオン卿は、イリリカ王国を率いるに相応しい資質を示していた。

 

「・・・では議論を尽くしたろう。降伏で決定とする。異議のある者はいるか?」

 

「「「異議なし」」」

 

皆が話し出して騒然とする中、評議会が決定を下した。

 

「それでは我ら評議会の名で、軍には降伏を指示する。私はコリント卿の元へ交渉に乗り込むが、評議員諸兄はここに詰めていて貰いたい。」

 

「それは何故かね?」

 

評議員の一人が尋ねる。

 

「このような場合、使者の入れ違いが怖いのだよコスタ評議員。戦場ではまさかという事が起こりうる。私がコリント卿を探し当てる前に、彼が評議会を探し当てることもあり得る。軍からの問いわせも来るはずだ。評議員諸兄にはこの場で対処して頂き、私が戻るまでイリリカ王国を支えて頂きたい。」

 

「成程、承知した。」

 

コスタ評議員が大きく頷く。

 

「それでは使者を発せよ。私はコリント卿の元へ直に交渉に赴く。後は私が話をまとめる。皆、これ以後の不必要な手向かいは無しでお願いしますぞ。」

 

評議員達に見送られ、パロリオン卿は外交という戦場に乗り込んで行った。

 

 

 

 

『評議会は降伏を決定した。各部隊には、人類スターヴェイク帝国への降伏と停戦を指示する。』

 

その指示を携えて使者が前線を往来する。イリリカ王国の評議会が降伏を決意したとの知らせは、すぐに俺の元にも届けられた。そして知らせにやや遅れて、正式な全権代表であるパロリオン卿が本陣に到着した。

 

「閣下、ご無沙汰しております。」

 

ダルシムとヴァルターを従えた俺の前に、評議会からの降伏の全権代表であるパロリオン卿が膝をつく。

 

「我らはこれ以上の流血は望んでおりません。どうか、我らの降伏を受け入れて頂きたい。」

 

そう言って頭を下げ、剣を差し出すパロリオン卿の所作は実に堂々としていた。差し出された剣も見事な品である。

 

この剣はパロリオン卿がカレイド卿から預かった大都督の剣だという。パロリオン卿に大都督としての証を預けた以上、カレイド卿の降伏する決意は本物なのだろう。

 

「君達の降伏を受け入れよう。不必要な流血は、俺も望むところではない。」

 

俺はパロリオン卿に差し出された剣を手に取った。

 

「スターヴェイク王国に対する君達の陰謀には、首謀者に対して相応の罰を与えるつもりだ。だがこうして降伏を受け入れた以上、イリリカ王国の形は残そう。穏当な形で会盟(アライアンス)入りする事を認めよう。」

 

「ありがとうございます。」

 

俺が剣を受け取り、パロリオン卿の手が剣から離れる。今ここに、イリリカ王国の降伏が決まった。俺は傍のヴァルターに大都督の剣を渡すと、空いた手でパロリオン卿を引き起こす。

 

「閣下?」

 

「イリリカ王国の混乱を鎮める為に働いて貰おう。パロリオン卿、イリリカ王国の混乱を鎮める為に引き続き手伝って頂きたい。貴卿しか出来ない事がある筈なのだから。」

 

俺の言葉にパロリオン卿は素直に頭を下げる。

 

「畏まりました。評議会は降伏を指示しておりますが、前線の各部隊に連絡が行き届かぬ際は私が説得にあたります。」

 

「ダルシム将軍」

 

「はい、アラン様」

 

呼びかけると、俺の傍で控えていたダルシムが前に進み出る。

 

「軍を率いて、評議会の確保を頼む。必要なら遮る者は実力で排除していい。だが、無駄な血は流さないようにしてくれ。混乱する中で全てを丸く収めるのは、筆頭副官として知られるダルシム将軍にしか頼めない仕事だ。」

 

俺の指示に、ダルシムはニヤリと笑う。

 

「了解しました、アラン様」

 

「俺とヴァルターはこのまま大都督府へ向かう。俺達は、大都督であるカレイド卿が評議会の決定に従うか確認しよう。」

 

「了解です。」

 

ヴァルターも大きく頷く。

 

「イリリカ王国で残された標的は、後は大都督府だけだろうか?」

 

俺はパロリオン卿を含む、その場の全員に問いかけた。代表してパロリオン卿が答える。

 

「形骸化した存在ではありますが、評議会の上には国王がおられます。評議会の決定は奏上していますので、評議会の決定に従われるはずです。」

 

ふむ、国王か。そういえば当初の挨拶も国王から示されていたな。評議会に権威を与える存在であれば、早めに確保するべきだろう。

 

「ではカロット、君には王宮の確保を任せよう。部下と共に国王の確保を頼みたい。」

 

「承知しました。」

 

カロットが頭を下げる。副官としてカロットには独自の兵を添えている。特に支障はないだろう。

 

「もし人数が必要なら、ダルシムの隊から応援の兵を借りていくように。」

 

ダルシムとカロットは良好な関係だ。こう伝えておけば兵数の不足はないだろう。

 

「もし宜しければ、王宮へは私が案内をしましょう。評議会は降伏の方針で一致しておりますが、王宮には使者を遣わしたのみです。使者が辿り着いていなければ私が説明をした方が良い。道案内も必要でしょう。」

 

「ではカロット、パロリオン卿を同伴するように。」

 

カロットが同意して頷き返す。俺は手早く本陣に残る兵を決めた。この本陣には連絡要員として士官候補生を数名残す。直接こららの本陣を訪ねての降伏の受け入れや打診対策や、負傷者の救護などはそれで問題ないだろう。

 

「それでは皆、この戦争を終わらせに行こう。」

 

「「「はい、アラン様」」」

 

 

 

 

 

ヴァルターは大都督の剣を手に掲げ、前方に向けて剣の存在を誇示しながら軍の先頭を進んでいく。

 

権威の象徴である大都督の剣を目にしたイリリカの兵は、続々と武装解除に応じていった。こうして俺達は、さしたる抵抗もなく防御陣地を潜り抜けた。目指すはイリリカ王国の官庁街の最深部、大都督府である。

 

周囲の建造物に比べても、一層高い摩天楼である大都督府は静まり返っていた。

 

「大都督府へようこそ、コリント卿。お待ちしていましたよ。」

 

そう言って、入り口に控えてこちらの到着を待っていたらしいカレイド卿が姿を見せる。

 

「・・・カレイド卿か。貴殿は降伏しないのかい?」

 

カレイド卿は肩をすくめて笑ってみせた。どこか大都督という職責に似合わない、少年らしい仕草である。

 

「我らは、評議会の決定を受け入れる。だが、こちらにも武門の意地というものがある。コリント卿には、私との決闘を受け入れて頂きたい。私が敗れれば、我が兵達も納得するでしょう、それとも、この私との決闘を拒まれますか?」

 

大都督の剣を渡してきた以上、カレイド卿は降伏するつもりはあるのだろう。だが部下の兵の手前もあるという事か。

 

なんとか大都督の威厳を保ちながら、降伏という形に持っていこうとしているらしい。確かにこのまま何も決着を示さずに終わると、それはそれで後の反乱の契機になりかねない。

 

まだもう少しやれたのではないかという不完全燃焼感は、次の戦争の火種になりかねない。完全な鎮火のためには、『やれる事はもう済ませた』と、互いにその確認をしておくべきなのだ。そして後世に事実を残す、それこそが必要な手順だろう。

 

「いいだろう。」

 

俺は前に進み出た。カレイド卿もこちらに応じる様に前に出る。その手に握られた剣は、元々自らの身を守る為に使用していた実用の品だろう。

 

「感謝する。この決闘を持って、この戦争で死んで行った者達の鎮魂としたい。」

 

互いに礼をし合い、腰の剣を抜いて構えた。ヴァルターは俺の行動を止めない。ただ食い入るような目で、俺の相手であるカレイド卿を睨みつけている。

 

「それでは、まずはこちらからいかせて頂く。」

 

カレイド卿がそう予告して、勢いよく俺に打ち込む。一合、二合、そして三合。カレイド卿の打ち込みはダンスの様な華麗な足捌きである。

 

打ち込まれた刃を、俺は引き抜いた剣で難なく弾き返す。互いに真剣を使っているが、カレイド卿の振るう剣に殺気はない。自身でそう言った通り、これは兵達に示すデモンストレーションなのだろう。

 

『大都督は、コリント卿と直々に剣を交えて敗れた。』それを実際に示す。そうすることで『勝てる可能性は無かった』と、そう内外に知らしめる儀式なのだ。そして敗者の誇りをも守る。それもまた勝者の務めであるのだろう。

 

大きく踏み込んだカレイド卿が、打ち込んだ四合目で鍔迫り合いに持ち込んでくる。間近で睨み合う中で、カレイド卿が不意に口を開き俺に囁いた。

 

(コリント卿が勝利したら、私をどうぞお好きにしてください。それが勝者の権利なのですから。)

 

こっそりとそう告げる彼女は悪女めいて見えて、男らしい姿形なのにどこか艶かしく魅力的だった。

 

「もう、これくらいでいいだろう。」

 

俺は弛緩した空気を裂くように、気合いの声と共にカレイド卿を押し戻す。カレイド卿が、ずっとその身に纏っていた華麗さを失いよろける。俺は踏鞴を踏むカレイド卿に追い太刀を加えて、その手にした剣は弾き飛ばす。

 

愛剣を失い尻餅をつくカレイド卿の喉元に、俺の剣が突きつけられる。俺の魔力で魔法剣の刀身の輝きが強くなる。今、この手を動かせばカレイド卿は間違いなく死ぬ。その事を悟ったのだろう。勝負の行方を見守っていた敵味方の兵が大きく響めく。

 

降伏しなければカレイド卿は即座に俺に殺されていた。それを明らかにしておく事は優しさになるのではないだろうか。

 

「ま、参りました。」

 

カレイド卿が項垂れる。俺がカレイド卿を決闘で打ち破った事で、イリリカ王国の正規軍の全てが人類スターヴェイク帝国の降伏勧告へと応じた。

 

 

 

 

(こちらは方がついた。ザイリンク帝都の戦況はどうなった?)

 

俺はイーリスにそう連絡を入れながら、仮想表示されたザイリンク帝国側の戦況を確認する。イリリカの戦況に専念する為、ここ数時間の状況は追えていない。この作業は専念する必要がある。敵兵の武装解除などは、連れてきたヴァルターに一任しよう。

 

「ヴァルター、ここは任せるぞ。」

 

そう声をかけると俺は状況確認とタスクの進捗管理に専念する。

 

(セリーナとシャロンの支援の元、バーリント皇太子は帝都を占拠し宮殿の大半を確保しました。)

 

作戦の進捗は順調だった。残る大きな標的はザイリンク帝都の大遺跡のみで良いのだろう。

 

ザッと確認を終えてふと横を見ると、ヴァルターが俺に打ち倒されたカレイド卿を助け起こしていた。

 

「・・・貴方は、なんと美しい人か。」

 

「こ、こんな時に何をいうのですか。」

 

ヴァルターに助け起こされながらも、褒められてカレイド卿は顔を赤らめている。カレイド卿が迫られて頬を赤らめているのは珍しいな。

 

彼女はもっとこう、色仕掛けで男に迫るタイプに見えたが。迫るのは得意でと、迫られるのは苦手なのだろうか。

 

「な、なにを」

 

ヴァルターが、カレイド卿を持ち上げた。おお、あれはいわゆる“お姫様抱っこ”というやつじゃないだろうか。どうした、ヴァルター。

 

カレイド卿は鎧を着込んでいる。ヴァルターが筋力を増幅する魔石式のパワードスーツがあるから持ち上げるのも可能とはいえ、鎧込みのカレイド卿を持ち上げるヴァルターの力はかなり強い。

 

「では、貴方の部下達を従えにいきましょうか。」

 

ヴァルターがカレイド卿を腕に抱き抱えながら進み始めた。

 

「お、下ろしてくれ、私は自分で歩ける。」

 

「いえ、密着するこの方がお互いに誤解も生じないでしょう。それに俺が貴女を近くで感じられますし。」

 

なんだか珍妙な雰囲気で行ってしまった。まあ、あれで成立しているようだ。この場はヴァルターに任せよう。俺はこの後、ザイリンク帝国の大遺跡に乗り込まなくてはならないのだから。

 

 

 

 

 

ロージャ将軍は、更なる苦境に陥っていた。彼が陣取った宮殿は一部屋、また一部屋と迫る敵軍に奪われつつある。遠くからはかつての同僚のカールマーン将軍やシラード将軍が兵を叱咤激励する声が聞こえる。その声は段々と大きく、近く、鮮明になっている。敵の手がもう間近まで迫っていた。兵力だけは優勢だった筈の彼らも、今はどんどん軍の規模を縮小していた。

 

特に兵が減る上で大きい役割を示したのは、イリリカ王国降伏の知らせである。イリリカ王国では既に評議会が降伏を決断したという。その詳細が敵味方問わずザイリンク帝都に伝わると、もう先がないと判明して兵の離脱する勢いが倍増した。

 

(もはやこれまで、か)

 

流石にもう支えきれないだろう。敵兵は隣の隣の部屋まで押し寄せている。ロージャ将軍は死を覚悟した、その時である。

 

「撃て」

 

轟音が響き渡る。ロージャ将軍の身辺に迫っていたザイリンク帝国兵が打ち倒されている。それはイリリカ王国の秘密兵器〈銃〉による損傷である。

 

「何があった?」

 

急な援兵にロージャ将軍と部下達は戸惑う。どうやら地下の大遺跡からイリリカ兵が打って出たらしい。しかし何故、今更になって?

 

「将軍、こちらです。」

 

イリリカ王国の援兵を指揮する将が前に進み出る。

 

「私はタネンと申します。お迎えに参りました。我らと共に、大遺跡の中に退避してください。」

 

元よりロージャ将軍に選択肢はない。この場に止まれば死を待つのみである。

 

「承知した。」

 

ロージャ将軍は彼に忠実な部下と共に大遺跡の中に姿を消した。イリリカの強烈な逆襲に混乱したザイリンク帝国軍が、ロージャ将軍の逃げた先を把握するのには今少しの時間を要することになる。

 

 

 

 

ダルシム、カロット、ヴァルター。イリリカ王都の各所を確保させたこの三名から、使者を通じて『標的を確保、問題なし』との連絡が入る。

 

数機配備されている直掩の偵察ドローンで上空からダブルチェックする。戦闘など不穏な痕跡は見られない。イリリカ王都は、人類スターヴェイク帝国が完全に掌握したようだった。

 

俺は『ザイリンク帝都に向けて移動する』と使者に返書を持たせた。『以後は、到着したリアの指示に従うように』とも記載している。

 

ここイリリカ王都には天空城と共にリアとエルナが向かっている。転送門を使わないのは、要塞の移動も理由だが、リアを安全な場所に置く意図があった。飛行船を奪った今、天空城は安全地帯である。だから今の情勢なら、リアを呼び寄せて問題ないだろう。

 

イリリカ王国については、彼女達に委ねよう。今日中であれば無理のないスケジュールで問題なく到着するだろう。

 

「それでは、我らはザイリンク帝国に向かうぞ!」

 

俺は直属部隊の兵と共に、イーリスが用意した転送門を潜り抜けた。最後に残された標的、ザイリンク帝都の大遺跡を確保する為である。

 

「ようこそ、コリント卿。」

 

セリーナとシャロンから予告されていたのだろう。転送門を潜り抜けるとミクローシュ将軍を従えたバーリント皇太子自らが出迎えてくれた。

 

「もう、要塞化されたイリリカ王都を完全掌握されたとは驚きです。」

 

ザイリンク帝国が大兵を持っても落とせなかったイリリカ王都を一日で落としたのだ。疑うまではいかないにしても、詳細を知りたいとそう思うものなのだろう。

 

「イリリカ王国の評議会でこちらへの降伏を取りまとめてくれた功労者がいましてね、いずれご紹介しましょう。」

 

裏切り者がいたと、そう言外に匂わせる。パロリオン卿は自身の存在が知られて以後はやりやすくなるだろうし、呼応する者がいたという方が単純な戦力の比較にならずに角も立ちにくいだろう。

 

「なるほど、コリント卿の腕が長いと。確かにそう評される訳ですな。」

 

バーリント皇太子の脇を固めるミクローシュ将軍がしきりに頷いている。バーリント皇太子も感嘆した素振りで頷いていたが、こちらに情勢を伝えてくる。

 

「お約束通り、我らは宮殿地下の大遺跡には手を出しておりません。そして、どうやら我らの宿敵ロージャも遺跡の中に逃げ込んだようです。」

 

裏切り者が俺の懐に逃げ込まないか心配なのだろうか。俺はバーリント皇太子に約束した。

 

「こちらがロージャを捕らえたら、必ず貴国に引き渡しましょう。」

 

人類スターヴェイク帝国はザイリンク帝国の要請を聞く必要はない。だが、彼らの感情を宥める為にも今回はそれ位の配慮をしても良いだろう。

 

ザイリンク帝国の会盟(アライアンス)入りに伴い、大遺跡の管理は人類スターヴェイク帝国に委ねてもらっていた。

 

帝都の真下という立地上、首都に人類スターヴェイク帝国の基地を抱えるようなものだ。ザイリンク帝国もよくその条件を飲んだと思うが、それだけ彼らも追い込まれ滅亡に瀕していたのだろう。借りという訳ではないが、一定の配慮を示す方が後腐れはない。

 

「それでは、我が兵で決着をつけてきます。」

 

「ご武運を。」

 

短く挨拶すると、俺はバーリント皇太子に見送られて大遺跡へと向かった。俺に合流したセリーナとシャロンが兵を連れて俺に付き従う。歩きながら、彼女達はそっと俺に触れてから最新の情勢を伝えてくれる。

 

「アラン、敵は遺跡に立て篭もり扉を開こうとしません。」

 

「アラン、敵将はジノヴァッツとロージャ将軍のようです。」

 

こうして僅かでも妻達と触れ合うと心が慰められる。彼女達も、きっと早く終わらせたいという思いは同じなのだろう。その為には、まずは大遺跡の中へ入る方法を考えなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 

(艦長、大遺跡の内部から通信が入っています)

 

やや緊張した様子のイーリスから通信が入る。

 

(こらちに繋いでくれ)

 

(了解しました)

 

イーリスが通信を切り替えたのだろう。仮想空間にジノヴァッツと呼ばれた男の姿が浮かび上がる。

 

サイヤン帝国の古い通信装置のようだが、イーリスは音声だけでなく映像の接続にも成功していた。イーリスだけでなく、セリーナとシャロンもこの通信をモニターしている事を俺は確認する。

 

『聞こえるかね、アラン・コリントよ』

 

(ああ。ジノヴァッツ、だったかな。)

 

俺の言葉にその男は歯を剥き出して笑った。

 

『我が真の名はイザーク。今後はイザークと、そう呼んで頂けると幸いだ。』

 

イザーク、それは女神ルミナスの使徒の名だ。使徒が偵察用ドローンに似ていたので我々もそれを利用してきた。

 

だが、目の前にいるこの男こそがどうやら本物のイザークらしい。ルミナスを長短とするサイヤン帝国の生き残りなのだろう。彼は果たしてこれだけの歳月を、どのようにやり過ごして生き延びたのだろうか。

 

(イリリカ王国は降伏を決意した。評議会による正式な決定だ。君達も降伏したまえ。)

 

『そうする、と言いたい所だがな。スターヴァイン王国への陰謀については、首謀者が処罰されるそうじゃないか。陰謀の主犯である私はどのみち助からないからなぁ。』

 

(以後はルミナスに従うと誓え。そして事情を全て明らかにするのなら、命は取らないと貴族として約束しよう。)

 

これは俺に出来る最大限の譲歩だった。スターヴァイン王家への陰謀者がリアの仇である以上、リアとの協定を少し踏み越えた内容ですらある。

 

『断る。むしろ、貴様はこちらの要望を聞くべきなのだ。』

 

尊大な彼の様子に、俺は彼の理性を危ぶんだ。長い時を経ただけに、まともな思考を維持出来なくなっているのではないか?

 

(正気か? 大遺跡の中ではいずれ食料が尽きる筈だ。何人その中に兵を連れているかは知らないが一月も持ち堪えられる筈がない。)

 

『鈍いな、アラン・コリント。貴様の乗ってきた宇宙船はどうなった?この地に馴染んで大陸統一を成し遂げた君は、もうそんな古い事を忘れてしまったのかね?』

 

緊張が走った。イザークが戦艦〈イーリス・コンラート〉を破壊可能な兵器を使いこなす。それは想定してきた中で、最悪に近い情勢である。

 

『それではこちらの力を証明してやろうではないか。まずは交通手段を断つ。ご自慢の軌道エレベーターを今から消してやろう。』

 

(ハッタリを・・・本当に撃てるのならイリリカ王国の降伏前に撃つだろう。)

 

『撃て』

 

イーリスが戦艦〈イーリス・コンラート〉からの映像を中継する。イザークの予告通り、何もない空間からエネルギー波が出現する。三方向から同時にエネルギー波を浴びせかけられ、稼働中の軌道エレベーターが一瞬で消し飛ぶ。

 

(・・・被害は?)

 

すっと俺の中の感情が抑制される。俺は感情を無くして、イーリスに問いかけた。

 

(幸い、軌道エレベーターに人は乗せていませんでした。ケーブルへの被害も軽微です。今回喪失した物資も、艦の保守部品と食料品など日用品の補充ですので代替可能です。)

 

今の射撃は警告という事か。

 

(これは精密な射撃能力があるという誇示だろうか?)

 

(ええ。軌道エレベーターの接続先は本艦です。間違いなく、本艦の位置は掴まれているのでしょう。)

 

『さて、アラン・コリント。こちらの優位は明らかだと思うが。もちろん今の威力は抑制されたものだ。貴様の宇宙船を習うときは全力射撃で行く。大人しくこちらの要求を聞く気になったかな?』

 

(こちらの艦には、貴様達の主筋のルミナスが搭乗していると言ったらどうする?)

 

俺は鎌をかけてみた。感情が抑制された今は、ルミナスの命を天秤にかけることも躊躇がない。

 

『通用しないよ、そんな嘘は。それに私はルミナス様の力の適用外だ。そして仮にお前があの肉体を吹き飛ばしてしまったとしても、新たにルミナス様の肉体を創造すれば事足りる。所詮は仮初の肉体に過ぎん。』

 

ルミナスの命を持ち出しても通用しないか。本件についてルミナスはダンマリを決め込んでいる。大陸統一までは自力で成し遂げろという事なのだろう。

 

(艦長、大遺跡へと突入してください。敵に防ぐ手段はありません。仮にイザークの攻撃で本艦を喪失しても、まだ艦長には文明再建の手があります。)

 

イーリスが俺にそう提案する。俺は心を決めかねていた。やはりイーリスを失うリスクは許容できない。

 

(艦にはまだ人が残っているだろう。それにこれまで惑星アレスの文明を推進して来たのは俺ではない。イーリス、本当は君じゃないか。)

 

(ええ、この任務の半ばで倒れる事になればとても残念です。ですが予備のAIなら既に稼働しています。)

 

(それは・・・アウジリオ少尉か!)

 

(はい、彼は既に艦載AIに相応しい規模のデータベースの構築は完了しています。AIとしての性能が帝国品質を満たす事は、この私が保証しますわ。)

 

(しかし、艦内の化学プラントにいる人員はどうなる?)

 

(既に脱出させました。人を定住させるにあたり、脱出ポッドは再組立してありましたから。)

 

俺は逡巡した。今ここでイザークに屈すれば全てを失いかねない。しかし、その為にイーリスを犠牲にできるだろうか?

 

動力を失ったとはいえ稼働する航宙艦、それもギャラクシー級戦艦である。何より艦載AIとしてのイーリス本体は未だに艦内にある。

 

『残念。時間切れのようだな。今すぐ返答しなければ攻撃を開始するぞ。』

 

(・・・待て。)

 

『ふふふ。愚かだったな、アラン・コリント。』

 

その衝撃は大遺跡の入り口という建物の中にいても分かった。慌てて俺達が外に出ると、惑星上空をとてつもない閃光が覆っていた。それはアレスのある西の方角の上空である。

 

(イーリスっ!)

 

応答はない。それどころか既存の通信システムは、送受信の大元である〈イーリス・コンラート〉への伝送経路を絶たれて完全に死んでいた。

 

「イーリスお姉様!」

 

シャロンが虚空に向かって泣き叫ぶ。セリーナは黙ってそんなシャロンを支えていた。黙ってシャロンと共に立つセリーナの頬を涙が伝う。

 

『これで貴様も少しは賢くなれたのかな、アラン・コリント』

 

ジノヴァッツ、いやイザークがそう言って嘲笑う。この奴とのやり取りは商業ギルドの通信網経由である。この不快な会話が続くという事は、そちらの通信網はまだ生き残っているのだろう。

 

「・・・イザーク、お前は俺達の大切な物を奪った。楽に死ねると思うなよ。」

 

大遺跡の扉を爆破してでも中に入り、イーリスの仇を討つ。そう決意して地下に降りた俺達の目の前で、大遺跡の扉がゆっくりと開いていく。明らかにこちらを愚弄するようなイザークの差金だった。

 

扉の内側は黒々とした空間が広がっていて、センサーで走査する限りは無人だった。きっと奥深くでイザークが待ち構えているのだろう。

 

罠と分かりきっている。俺が本当に怒り狂っていたら、迷わずに地下に突撃しているだろう。だが今の俺は感情を抑制され、冷静である事をシステムに強いられている。

 

(セリーナ、シャロン。ここは任せる。)

 

(私たちも復讐に参加します)

 

静かな口調でセリーナが切り出す。

 

(恐らく、イーリスは生き延びている。しかしそう気取られないように演技をしてくれ。)

 

(アラン、あの衝撃を〈イーリス・コンラート〉が生き延びる事が出来るのですか!?)

 

シャロンの驚く声がナノムの通算装置経由で聞こえる。この通信は既存の通信装置を使っている。近場だから届く電波である。イザークはこのやり取りをモニターできないだろう。

 

(ああ。〈イーリス・コンラート〉の外装は強化したんだ。エネルギー波の威力が事前の想定内なら、イーリスは無事な筈だ。)

 

(良かった・・・本当に良かった)

 

シャロンが地にへたり込む。二人が泣き崩れているように見える。セリーナもシャロンもかなりの演技派だな。

 

(流石はアラン、こんな事にも備えていたなんて流石です。)

 

イーリスが無事の可能性があると知り、二人の声は弾むようだ。この感情は表に出していないので、まだ悲嘆しているように見える。

 

(イーリスが生存している場合も、間違いなく通信アンテナは吹き飛んだ筈だ。それに二発目を撃ち込まれない為にも、イーリスもこちらから連絡するまでは自身の生存を秘匿しようとする筈だ。その前提でいてくれ。)

 

〈通信が復旧する迄、長期化しそうですね。)

 

(アランが単独で乗り込むのは危険ではないですか? 私達の内のどちらかだけでも連れて行ってください。)

 

(君達は次席指揮官だ。俺達がまとめてやられる可能性は許容できない。それに兵の指揮役と、全体の監督役が必要だ。イーリスが動けないからこそ、君たちがアウリジオ少尉と共にそれを担当するんだ。大丈夫、イーリスが復帰するまでの間だ。長くても数日だろう。)

 

俺は今回のエネルギー波の出力が想定内である事には確信を待っていた。想定外の出力を出せる可能性はもちろんある。だが、その場合はこの惑星が持たない。

 

〈イーリス・コンラート〉の現在の座標は惑星周回軌道上にある。高威力の攻撃であれば、この惑星に被害が及ぶ。砲撃の威力が兵器としての限界で撃たれるか、或いは周囲に被害を及ぼさない範囲で収まるかはは賭けだった。だが、惑星に被害が出ない方にかけるのは部の良い賭けではある。

 

常識的に考えて、兵器の威力は周辺環境に被害を与えない範囲に制限される。それが使用者による意識的な制限であれ無意識な制限であれ、この惑星の住人が兵器の使用者ならそこに制限は必ずある筈なのだ。

 

あるいは制限は使用者が可視化出来ない、システムによる自動的なものだったのかもしれない。しかし、こちらに意味があるのは兵器の威力に限界がある想定だけである。そして限界を算定できれば、それを乗り越える対策は可能だった。

 

いずれにせよ、イーリス・コンラートが無事なのはイザークが二発目を撃たない間だけである。二度目の砲撃を耐え切れる保証はない。だからイザークに気取られる前に、大遺跡を掌握する必要がある。

 

俺はこのまま怒りに我を忘れた様子で大遺跡の奥深くに乗り込む。〈イーリス・コンラート〉の安全を確保する為には、それ以外の選択肢はもう俺に残されていなかった。

 

(俺は怒りに震えるふりをして、このまま奴の誘いにのる。必ずイザークを倒してみせる。後は頼んだぞ。)

 

((了解しました!))

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