【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 73話 【対イリリカ戦争編⑥】 暗黒

Ⅲ 統一戦記 73話 【対イリリカ戦争編⑥】 暗黒

 

「宇宙船を破壊してしまっては、なんの成果も得られないではないですかっ!」

 

ロージャ将軍の目の前で、バルスペロウはイザークに詰め寄っていた。

 

「おいおい、バルスペロウ。」

 

イザークが宥めようとしても、バルスペロウはまるで聞く耳を持たない。

 

「貴重な文明の産物の数々、それらがどれほど有益だった事か。その事を理解できない訳ではないでしょうっ!」

 

「だがな。人類銀河帝国の艦載AIは甘くはないぞ。必ずこちらを出し抜く方法を見つけ出す。移動手段として機能しないのなら、我らがリスクを犯す必要はない。だから最初に始末する。それより他に道はないだろう。」

 

イザークがそう言って、詰め寄るバルスペロウをいなしてみせる。バルスペロウが多少なりとも冷静さを取り戻したのは、滅亡を回避する重要さにようやく思い至ったからであろう。

 

「・・・では、どうやってコリント卿に勝利するのですか?」

 

勝ち筋、それこそが彼らの課題である。大遺跡の力は、こんな惑星上の戦争で用いるのには強力すぎるのだ。特に大陸のどこかに照射する場合、惑星に被害の及ばぬように使うのは不可能である。

 

となれば、昔ながらの手段に頼る他ない。強兵をより多く揃える事、それこそが課題となる。そしてイリリカ王国の全てとザイリンク帝国のほぼ全てを失った今、彼らには敵に打ち勝つだけの戦力はもはや存在し得ないように見える。

 

「しれたこと。アラン・コリントの身体を私が乗っ取る。」

 

この世界の全てをコリント卿に支配させ、それを横から奪い取る。その計画でなければ、イザークのこれまでの行動は説明がつかない。しかし、本当にそんな事が可能なのだろうか。バルスペロウの頭脳が検証する。

 

「精神侵略ですか。しかしあれは本来、次の肉体に精神融合する為の技術です。一度、精神融合をしたならば、それから数年間は使えませんよ・・・。」

 

その時、ようやくバルスペロウの思考がイザークの発案に追いつく。

 

「そうか。だから、これまでジノヴァッツと精神融合をしなかったのですか!」

 

イザークは『ようやく気がついたのか』という顔をして見せた。

 

「そういう事だ。我はただこの手でアラン・コリントに触れさえすればいい。そして精神融合すれば、奴の肉体は永久に我の物。奴の持つ全てが我が物になる。」

 

人類スターヴェイク帝国は大陸統一をほぼ成し遂げている。そして、その支配者はコリント卿である。コリント卿に成り代わるイザークは、この惑星アレスを支配する絶対の支配者となる。

 

「ほう。それがイリリカ王国も、滅びるままにまかせた理由ですか。」

 

何やら魔法の話は理解できないが、政治の話に及んでようやくロージャ将軍の理解が追いつく。

 

「そうだ。アラン・コリントは大陸の全てを支配した。そして船を破壊された怒りに駆られて、ノコノコとこの大遺跡に乗り込んでくる。この狭い空間の中で、私に触れられないなんて事はまず不可能だ。」

 

「本当に全てが,そううまくいきますか?」

 

コリント卿に触れる、バルスペロウにはそれはかなりの難事に思われる。コリント卿は鬼神の如き強さを誇る。文字通り、イリリカ王国の全軍を上げても勝てなかった相手なのだ。

 

「全ての扉を閉じ、逃げ場を無くそう。なんだったら奴の靴を舐めると申し出ても良い。触れられる事に警戒されなければ、必ずこちらにチャンスはある。」

 

「そうすれば世界はイザーク様の物、という訳ですな。」

 

後ほんの一手で、イザークは完全勝利を遂げられる。そうと気がついたロージャ将軍は、イザークと笑い合う。

 

イザークの勝ち筋は、既存の計画の中でも一番確実性がある。懐疑的なバルスペロウも、この点は認めざるを得なかった。流石はイリリカ王国随一の知謀の持ち主、かのジノヴァッツのオリジナルとなる存在である。

 

だが、バルスペロウはそれでもまだ完全に納得は出来なかった。彼は科学技術しか愛せない男である。そんな彼が諦めていた過去の幻影、自分の記憶がどうかすら定かでない遠い記憶の中の銀河を翔ける宇宙船の実在を知ってしまった。

 

星々を渡ってこの地に来たあの船に秘められた人類銀河文明の叡智とは、果たしていかほどのものだったのか。もしこの宇宙船の存在をバルスペロウが知っていたのなら、コリント卿に土下座してでも彼らの仲間に加わっていたに違いない。

 

文明とは概略ではなく、その細部が重要なのである。二千年以上を経た人類銀河帝国の進化の果実を、バルスペロウは余すところなく味わいたい。失われた人類世界の遺産はあまりに大きい。彼ならばあの宇宙船を何があっても喪失させなかっただろう。あの船の中に積まれた数々の製品、それこそが文明の果実なのだ。

 

そしてジノヴァッツは、バルスペロウが進んだ科学技術に触れる為ならば敵に降伏しかねない男だと知っている。つまりイザークは、バルスペロウを危険視している。だからイザークは最後の最後まで、この計画をバルスペロウに明かさなかったのだろう。

 

今、イザークがロージャ将軍を懐柔しているのも、カレイド卿に代わる武力の盾が必要だからだろう。バルスペロウという脅威から身を守る為に。しかし宇宙船を喪失した今、イザークの計画こそが勝利する唯一の策である。バルスペロウとて、その事を見失うほど愚かではなかった。

 

 

 

 

 

軌道上の〈イーリス・コンラート〉から大気圏降下した脱出ポッドは、大気圏上層でユッタの操縦する上陸艇(エアシップ)に収納された。

 

「ユッタ、〈イーリス・コンラート〉が。」

 

通信で泣きながらそう訴えるマリーを、ユッタは笑い飛ばす。

 

「マリー、泣きべそかかないの。〈イーリス・コンラート〉は健在よ。」

 

ユッタは素早く画面を操作して光学観測中の〈イーリス・コンラート〉の姿を画面で共有した。

 

上陸艇(エアシップ)は戦艦〈イーリス・コンラート〉の光学観測任務を負っている。〈イーリス・コンラート〉は健在だった。高出力のエネルギー波に第一層と第二層の装甲を大きく削られていたが、対エネルギー波用に開発した第三層が耐えていた。

 

「アンテナは吹き飛ばされたから、惑星への信号伝達は難しそうね。最新の情勢を伝えるこちらからの信号パッケージは多分受信できていると思う。」

 

それでも、艦が健在ならイーリス大尉がどうとでも通信手段を回復できるだろう。

 

「収納と観測を終えた上陸艇(エアシップ)は一旦降下します。しっかり掴まって口を閉じていないと舌を噛むわよ。」

 

再び自由落下し始める上陸艇(エアシップ)の挙動にマリーが悲鳴を上げる。わざわざ空中で回収せずとも良かったのではないかとこの時のマリーは恨めしく思った、

 

だが、この時の空中で回収しないと大海に一人放り出されて回収が困難になる恐れがあった。後からそうと聞かされたマリーはユッタに深く感謝する事となる。

 

 

 

 

俺は、兵達と共に大遺跡の中に踏み込んだ。彼等はグレイハウンドの毛皮を纏っているセリーナとシャロンの最精鋭部隊である。

 

『せめて、私達の最強の兵を同行して欲しいわ』

 

そうセリーナから強く勧められたのだ。それは部下や後継者ではなく、彼女達の妻としての心遣いである。

 

指揮を取るのは候補生だったカーヤとルートだ。今回突入するにあたり、候補生だった二人は正式に少尉に任官させていた。

 

セリーナやシャロンには、俺が不在となる地上の情勢をまとめて貰う。地上に伏兵が現れて大遺跡内で挟み撃ちになることは避けなければならないし、最悪なのは艦隊指揮官である俺達三人が全滅する事だった。

 

次席指揮官の使命はまず生き残る事である。アウジリオ少尉に命じれば、転送門を利用してのザイリンク帝都からの移動も可能だろう。

 

ただ、俺達の中の誰かがイザークと決着をつけなくてはならない。俺が直々に乗り込むという点について、彼女達は条件付きながら同意してくれた。最強の兵と偵察ドローンによるバックアップ。最良と思える力で敵地に乗り込む。

 

俺はルート少尉とカーヤ少尉に回線を繋いだ。彼女達は俺に同行する指揮官であると共に、大遺跡内の偵察ドローンの運用も担当する。

 

(偵察ドローンは細かな動きに対応しない。標的の指示に留めろ。いざとなればフルオートで放置してかまわない。)

 

((了解しました!))

 

イーリスによる補佐がない為、偵察ドローンの動きも硬い。マニュアルで精密な動作をするなら一人一機が良いところである。アウジリオ少尉に任せても良いのだが、やはり通信経路が難点だった。今回は〈イーリス・コンラート〉の存在に気が付かれない内に遺跡を占拠する必要があるのだ。

 

味方の兵は、水が水路を流れ込むように大遺跡の通路を総当たりで突き進んで行く。鍛え上げられ勇敢な彼らは敵兵を圧倒した。大遺跡の各所で火の手が上がる。

 

火の使用は黙認していた。造物主の文明の遺産は堅牢なのだ。火炎瓶や火魔法如きでは傷もつかないし、地下とはいえ酸素の供給は安定していて酸欠の心配もない。むしろ炎は遺跡に堆積した埃を焼き尽くし、遺跡が本来あるべき姿を取り戻すのに一役買っていた。

 

 

 

 

 

「セリーナ中尉、シャロン中尉。〈イーリス・コンラート〉は健在です。イーリス大尉はご無事ですよ!」

 

ユッタの報告を受けたセリーナとシャロンは深く安堵した。

 

「問題はイザークが〈イーリス・コンラート〉の健在に気がつくかね。その点はどうなのかしら、アウジリオ少尉。」

 

暫定指揮官であるセリーナの問いかけにAIのアウジリオ少尉が会話に参加する。〈イーリス・コンラート〉がアンテナを喪失した現在、通信網は二番手のAIである彼を軸に再構成されていた。

 

「イザークが、〈イーリス・コンラート〉の健在に気がつく可能性は低いと推察します。」

 

大陸西方では見慣れぬ浅黒い肌、バリトンの声にユッタは見惚れる。

 

「イザークの攻撃で岩石主体の第一層と金属主体の第二層は完全に破壊されました。それらの質量は過去のイーリス・コンラートの重量を上回ります。敵が撃破を誤認する質量です。それにより生じた閃光は惑星からも観測可能なほど明らかで、直視した人間は盲目になっても不思議ではありません。その二点を参照すれば、私が敵AIでも撃破の判定を下します。」

 

「それでも現在の〈イーリス・コンラート〉の姿を私達のように見てしまえばわかりませんか?」

 

マリーは不思議そうに問う。

 

「はい、私達は接近して居場所を特定した上で“見て”います。しかし〈イーリス・コンラート〉の第三層は光学以外のセンサーによる探知を免れます。そして今回、イーリス大尉が周回軌道を変更しています。ザッとしたセンサー走査では〈イーリス・コンラート〉の位置を特定する事はできないでしょう。」

 

撃破した質量と閃光、そしてセンサー走査による不在の確認。これだけ揃えばAIによる撃破判定が出る可能性は高い。そもそも軍事タスク管理のAIは処理の単純化の為に用いられる。厄介な状況に対処し穴が無いかを探るのは人間の役回りである。このような場合は、人間がAIの捜索手法を確認した上で追加指示を出すのだ。

 

「問題はイザークがそこまで執念深い性格かどうかね。過去の通信映像を見る限りは蛇のように執念深そうな性格に見えるのだけれど。」

 

セリーナが意見を述べる。

 

「執念深い性格である事は間違いないでしょう。しかしイザークの発想はあくまで民間人のそれです。具体的な手順について知り得なければ、『システムに何度も確認する』という方向でその執念深さが発揮されたのではないでしょうか。」

 

アウジリオ少尉がイザークの経歴を仮想表示させる。

 

「通常、軍人であれば十分時間を取り、様々な手法を試しながら捜索するべきところです。しかしイザークの経歴に軍事的な教育を受けた記録も軍務についた経歴もありません。自分で探す技能がない場合、担当者おそらくこの場合はシステム担当AIと推察しますが、そこに何度も確認し同じ手順で再実行を求めるだけになると考えられます。」

 

アウジリオ少尉は、ルミナスの証言とイーリスのアーカイブにあるサイヤン帝国の記録の照合をしている。結果として、イザークが想定しているよりも多くの情報が人類スターヴェイク帝国側にもたらされていた。

 

「それで、イザークとは何者なのかしら?」

 

思い切り泣いて、まだ目が赤いシャロンが尋ねる。

 

「彼はルミナスに仕える廷臣であり、惑星アレスにおいてはルミナスを擁した旧サイヤン帝国の残存勢力をまとめて宰相を名乗った人物のようです。」

 

そして今のイザークは、アラン・コリント総司令に攻められている真っ最中である。彼の計画がなんであれ、エネルギー波が直撃した戦艦が健在かを確かめる余力があるとは思われない。

 

「分かったわ。いずれにせよ装甲の第三層が健在なら第二射は防げる筈ね。」

 

セリーナがそう結論を出す。会議の参列者も皆頷いた。

 

「それでは私たちは、突入したアランのサポートに全力を尽くしましょう。」

 

 

 

 

 

「厄介だな、これは。」

 

ロージャ将軍に忠実なザイリンク帝国兵は、既にその数を大いに減らしていた。その理由は明確だった。兵士にとっては、勝つ戦略が不明瞭なままである。こうなると単なる負け戦なので、士気が上がるはずがない。

 

イザークの勝ち筋をロージャ将軍が把握しても、その内容を兵に漏らすわけにはいかない。無理に士気を上げた所で、イザークの所にコリント卿を誘導するのが長引くだけである。

 

かくしてロージャ将軍は順調にイザークの元に敵を導いていた。実態としては、四方八方から無様に追い立てられているだけであったが。

 

「仕方ない、味方と合流する。大広間に逃げ込め。」

 

なんともやる気の出ない指示を下したところで、ロージャ将軍は彼の背後にもはや味方の兵がほとんどいない事に気がつかされた。この場の殆どは彼の護衛の兵のみである。

 

いつのまにか属将達に付属させた兵は倒され、或いは降伏していたのだ。人類スターヴェイク帝国の殲滅速度はそれほど速かった。

 

彼らを追撃してくる敵の先頭の将が進み出る。アレス特製の魔法鎧を身につけたその姿は男女の判別はしづらい。ただ、ひどく小柄に見えた。

 

「ロージャ将軍とお見受けしました。私はコリント卿に仕えるこの部隊の隊長のカーヤ少尉です。貴方に決闘を申し込みます。この剣を、受けて立つ勇気はありますか?」

 

見ればまだほんの小娘、小便臭い餓鬼でしかない。

 

(この娘を人質に、この場は後退するか)

 

魔法鎧を着用している以上、この小娘も自分で名乗ったように将校なのだろう。あまり聞かない階級名だったが、歩兵を束ねる曹の上の位が尉である筈だった。

 

コリント卿は女好き、特に若い女を好むと聞く。このような女性兵を指揮官クラスに用いるのは、人類スターヴェイクが大兵力を誇るからだとロージャ将軍は邪推した。自分の女で将校を固めても、戦の勝敗には影響が出ない程に兵力が絶大なのだろう。

 

コリント卿が手を出したか否かに関わらず、自分に心酔させる少女で周囲を固めるのは裏切りを警戒する支配者が好みそうな措置である。

 

ロージャ将軍はザイリンク帝室伝来の魔法武具甲冑で身を固めている。カーヤと名乗る小娘が実力でなく容姿や忠誠心で選ばれたコリント卿の女であるなら、魔法鎧を着用していいれば装備の条件は互角だ。同条件なら、手だれの武将である自分がこんな小娘に負ける要素はないと、そう判断した。

 

「良かろう。ザイリンク帝国の支配者として、その決闘を受けて立つ。」

 

敢えて決闘と明言したのは、双方の兵達から邪魔が入らないようにする為である。袋叩きにされてはたまらないからだ。

 

必要ならこの決闘はズルズルと引き延ばす。最後に立っていればイザークが勝利する瞬間に立ち会える。生存の確率が増すこの状況は、ロージャ将軍には実に好都合に思われた。

 

「他の者は手出し無用です。」

 

「決闘だ、そこで控えて待て。」

 

カーヤとロージャのそれぞれが率いる兵に指示を下す。そして二人は剣を構えて礼を交わすと、互いに打ち合いを開始した。

 

 

 

 

(厄介な敵だわ)

 

ロージャ将軍に決闘を申し込んだカーヤは葛藤していた。“バーリント皇太子に引き渡す為、ロージャ将軍を殺してはならない”コリント卿より課せられたその条件の履行が、今のカーヤには難しすぎるのだ。

 

カーヤが習ったコリント流は、手数の多さに特徴がある。非力なカーヤでは、訓練の際はどの技も威力がかなり限定されていてたので思い切って技を振るう事が出来た。だが魔法剣と魔石式パワードスーツの装着により、事情が一変した。

 

魔法剣の切れ味はとんでもなく鋭いし、魔法鎧の装着効果で力は増している。正直どれだけ力を抜いていても、ふと気を緩めると相手を殺してしまいそうになる。

 

(まずいまずい、気をつけないと殺しちゃう。)

 

今もうっかり敵を一刀両断しそうになるのを剣を横に流して敵に受け流させている。しかしながら敵がドヤ顔でさも得意げに剣を受け流しているのを見ると、返す刀でその顔を叩き割ってやりたくなる。

 

今のカーヤなら技能的にも体力的にも、あまり容易くこの敵を殺せる。だからこそ感情任せに動く事は出来ない。今は力の加減が難しい。まるで壊れやすい卵を相手に、魔法剣の練習をしている気分だった。

 

流石にこの男の顔を叩き割っては、回復魔法(ヒール)でも治療困難である。カーヤとしてはとにかく自重するしかない。

 

(こうなったら腕の一本くらい切り落として、回復魔法(ヒール)で治しちゃおうか。)

 

力に優る者が相手に与えるダメージを最小限に留めて無力化する。その困難さに挫けそうになりながらも、カーヤは次第に相手を追い詰めていった。

 

 

 

 

敵の鎧の最も硬い箇所を、剣の腹で殴ればいいんだ。その事にカーヤが気がついてからは展開が速かった。

 

カーヤに鎧の上から強打され、ロージャ将軍は足の踏ん張りで支えられずに横転した。カーヤは手の届かない場所に、敵の剣を蹴り飛ばした。そして倒れたところを鎧の上からカーヤが滅多打ちにする。全身を隈なく剣の腹で殴られ続けて、ロージャ将軍は遂に悲鳴を上げて降参した。

 

「参った、参った。降参する。」

 

「いいわ。」

 

短く敵の降伏を受け入れたカーヤは、部下に指示を飛ばす。

 

「武器を奪って、縛り上げなさい。バーリント皇太子に引き渡す捕虜です、絶対に殺さないように。」

 

激しい運動をして上気した頬で、カーヤは見物に徹していた敵兵を睨みつける。

 

「さあ、貴方達はどうするの? 降伏するのなら、これが最後のチャンスよ。」

 

僅かに残っていたロージャ将軍の部下達は、もう抵抗する必要はないとばかりに続々と降伏した。カーヤがふと気がつくと、傍で拍手する音が聞こえる。

 

「まるで、セリーナ中尉かシャロン中尉のような活躍ぶりでした。」

 

いつの間にか合流していたルート少尉がそう評価する。実際、カーヤの剣術の成績は良い。候補生の中では上位の腕前である。

 

「いやだずっと見ていたの、ルート?」

 

「ええ。総司令が“邪魔者が入らないように見守るように”と。でも、全く心配要らなかったようですね。」

 

という事は総司令にも試合の展開は見られていたのだろう。偵察ドローンを使えば、戦場の様子は離れていても把握できる。カーヤとしてはやや複雑な気分ではあるが、手柄は手柄である。イザークを除く大物の一人を捕らえたのだ、これは恩賞に値するだろう。

 

「ともあれ、敵将の一人を捕らえ部下を降伏させたわ。これで兵の数はだいぶ減らせる筈。」

 

イリリカ王国は既に滅びた。残る大遺跡の中の主な敵はザイリンク帝国兵だった筈である。残る敵は半分以下の筈だ。ロージャの部隊を下したルートとカーヤは、早くも味方の勝利を確信していた。

 

 

 

 

 

「おい、どうする。」

 

ハブがマンバに話しかけた。イザーク直属の兵として、大広間の入り口を固めるのは蛇の氏族の誇る精鋭部隊である。それを指揮するのはアダーの身内のハブとマンバであった。

 

「どうすると言われましても、我らの心情的にもイザーク様の指示からしても敵を見かけたら即座に降伏でしょう。」

 

マンバが鼻を鳴らして答えた。

 

自分達蛇の氏族がその昔、サイヤン帝国の情報部員の家系であったと知らされたのはつい数日前である。イザークは、かつてサイヤン帝国で情報部を束ねる存在だったらしい。つまりはイザークこそが、蛇の氏族を支配する存在であった。

 

そういう過去の事情が影響しているのだろう。蛇の氏族はイザークの指示には逆らえない。だからこそのハブとマンバの重用である。それは裏切る事のない存在こそ、傍で使うべき兵であるからだ。

 

「しかし与えられた任務が、“必要ならば敵の靴を舐めてでも命乞いし降伏せよ”とはな。」

 

「我らはアダーの身内です。そこはまず、普通の降伏打診で良いのではありますまいか。」

 

マンバのその発言を聞いたハブは嘆いてみせた。靴舐め指示をイザークより直々に受けたのはハブなのである。実行するのも、ハブという事になる。

 

「蛇の氏族はイザーク様に近い。近ければ近いで、色々と漏らせぬ苦労があるものだな。」

 

宮中の奥向きを担当し、そのままルミナスに付き従ってこの惑星に至ったのが猿の氏族。警備兵上がりで護衛を務めるのが犬の氏族。行政を司ってきたのが鳥の氏族。艦隊乗員の末裔が魚の氏族である。

 

他の氏族に比べて、優遇されたのは蛇と猿の氏族だった。ルミナスとイザークの復活に備え、代々恩恵を与えられて生かされてきたのだ。

 

「しかしイザーク様に連なる蛇の氏族とはいえ、我らをここまで重用されるのはいささかおかしいような?」

 

マンバは頭を捻っている。彼らは知らないが、イザークの真意はアラン・コリントの油断を誘うことにある。この場合、人類スターヴェイクに走ったアダーの身内を用いるのは敵の油断を誘うのが狙いだった。

 

「カレイド卿が敵に捕らわれたのだ。今回の一連の戦争に限れば、我ら以上の兵はもう残っていないのだろう。」

 

マンバとしては、ハブは実力より自己評価が高いのだと思っていた。だからこそ、自らが優れていると胸をそらして誇らず、優れた者が消えたからとハブが分析してみせたのには少なからず驚いた。

 

「叔父上、ごく偶に良いことを言われますな。」

 

斥候の兵が、敵の接近を知らせたのはその時である。

 

「敵が一つ先の通路まで接近しております。」

 

憂い顔のハブはマンバに告げた。

 

「頃合いだ、行くしかあるまいよ。」

 

いざとなれば見苦しいまでの命乞いをして見せる。頭を下げ、それで一族の命が助かるなら安いものである。やや悲痛な決意を固めて、ハブとマンバはじっと敵の訪れを待っていた。

 

 

 

 

「アダー殿の身内が、兵を率いて降伏を?」

 

大広間に迫っていたルートとカーヤは顔を見合わせた。アダーの事は勿論知っている。アダーはコリント卿の副官を務めているのでその地位は高い。艦隊士官としても一応は先任にあたる。任務内容からしても、降伏しても不思議ではない。

 

「私が対応するわ。武装解除するのなら、受け入れて問題ないでしょう。後は、総司令が判断されます。」

 

ルートは通信で総司令の了解を取ると、部下の兵が誘導してきた降伏者へと向き直った。

 

「あなた方は?」

 

「アダーの叔父にあたるハブと申します。こちらはアダーの従兄弟のマンバです。」

 

武器を人類スターヴェイクの兵に取り上げられ、大広間の床で部下達と共に平伏したハブとマンバが懸命に訴えかける。大広間には、降伏した彼らの他にもう人影はなかった。

 

「我らは降伏致します。必要でしたら貴方の靴を舐める事も厭いません。」

 

ハブが代表してそう訴える。ナノムによる真贋の判定は、真実と出た。イーリスの行う真贋判定に比べて簡易的なものだが、降伏する意思に嘘はないだろう。

 

ここでアダーに中継出来ればより身元の確認についてはハッキリしそうだが、大遺跡の外とは円滑な通信が行えない。想定通り、捕らえておいて後で総司令に処遇を判断してもらう他ないだろう。

 

「現場の私の判断で降伏を受け入れます。貴方達の処遇は、総司令が判断されます。それでいいですね?」

 

ルートの説明にハブとマンバは互いに顔を見合わせた後、ハブが尋ねた。

 

「ありがとうございます。・・・それで貴方様の靴はいつ舐めればよろしいので?」

 

「え、イヤ。汚いから、必要ないわ。」

 

ルートにキッパリ断られた事にハブが『汚いのは靴か、俺か?』と狼狽える中、マンバが小さい声でルートに告げる。

 

「我らはイザーク様の指示には逆らえません。どうか、我らに油断されることがないよう。」

 

「・・・分かったわ。」

 

ルート・バールケは今マンバよりもたらされた情報をナノム経由で伝達した。話しながらも、彼女は周囲を油断なく警戒している。そんな彼女が、通り過ぎる振りをしながら自らに近づく二人の存在に気がついた。

 

「貴方、どうしたの?」

 

油断なく丸腰のその相手に抜き放った剣を向ける。

 

「我らはイザーク様に命じられております。せめて靴を舐める素振りだけでもお許しください。」

 

「そう、貴方達にも事情があるのでしょう。振りだけならいいわ。」

 

ルートは不用意にその存在を近づけた。ザイリンク帝国兵に続き、イリリカの兵も降伏した事。降伏者がアダーの身内という事。そしてハブやマンバの少し間が抜けたやり取りに、些か彼女の気が緩んでいたのかもしれない。

 

ふとルートは気がつく。今、自らの前に平伏するこの男はハブでもマンバでもない。ルートは名を尋ねた。

 

「そういえば、貴方の名前は?」

 

「はい、イザークと申します。」

 

イザークの手がルートの足を持ち上げ、装甲のわずかな隙間から指が入り込みルートの肌に触れる。

 

「え? いま」

 

その言葉は最後まで紡がれなかった。電流の走ったような衝撃と共に、ルートの意識はイザークに乗っ取られそのまま暗黒へと沈んだ。

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