【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅲ 統一戦記 76話 【間話②】 残存
「プラネット級軽巡洋艦とサテライト級駆逐艦の大半はなんとか生き残ったか。」
戦闘後、カース艦長はサーラ副長に声をかけた。
「ええ、惨憺たる有様ですね。アイネイアース中尉、大型艦の喪失はそれこそ10年ぶりではないかしら?」
サーラ副長は艦載AIに問いかけた。サテライト級駆逐艦は被害に遭いやすい。しかしギャラクシー級やスター級が大破ではなく、完全喪失するのは彼女の記憶にない。人類がその宙域を支配している限り、バグスは殲滅し大破した艦船は復旧される。
人類はバグスに技術面では優位である。大型艦を動員する場合、余程の数の差がなければまず負けない。そもそも、勝ち目がなければ撤退するだけの話である。ギャラクシー級が完全に不意を突かれ破壊される、このような事態はまず起こり得ない事なのだ。
「ええ。ご指摘の通りスター級重巡洋艦[テオ]の喪失が帝国暦2248年です。ですので前回は約10年前と言えます。」
その事件にはカース艦長もサーラ副長も関係している。カース艦長は、サテライト級駆逐艦の艦長として次席指揮官を務めていた。そしてサーラ副長は以前は自爆した[テオ]の副長だったのだ。
2人は暫し、今は亡き[テオ]のイーリス・コンラート艦長に思いを馳せた。スター級重巡洋艦の艦長として中佐だった彼女は、英雄となり死後二階級特進して准将の階級で呼ばれている。
昇進したカース艦長はスター級重巡洋艦を任され、結婚し子育てに専念したサーラ副長は今回の作戦で旧知のカース艦長の艦への副長としての受け入れを認めてもらった。これも英雄イーリス・コンラートと共に戦った余録のような物である。
「そういえば、ギャラクシー級戦艦として[イーリス・コンラート]が建造されていましたね。」
「ああ、惜しくも私では実績が足りず艦長になる事が出来なかったが、今はもうどこかの戦場に派遣されただろうな。」
二人はしばし感慨に耽った。
「それでは私は、アイネイアースと今回の艦載AIの不具合の追及を行います。当面は艦隊は動かせません。艦長は御休憩ください。」
「そうか、各艦とも生き残った将兵の収容と被害状況の確認中だったな。」
バグスに潜入されかかった艦もある。艦隊唯一の眼となった[アイネイアース]のセンサーによる艦隊のスキャンは全力で実行しているが、宙兵による艦内捜索は必須と考えていた。脱出に成功した将兵の収容も急ピッチで進める必要がある。
半舷当直は艦隊運用の基本である。戦闘時を除き、艦隊要員は交互に休みを取る。艦長と副長、どちらかが起きていればいい。戦闘指揮を執ったのが艦長である以上、先に仮眠をとるのは艦長他の主要スタッフであるべきである。次にバグスが現れた時のために、準備整える事もまた艦長としての責務なのだから。
「それでは、先に休ませてもらう。副長も無理をしないようにな。」
敬礼と共に、労りの言葉をかけるカース艦長にサーラ副長は答礼して答えた。
「はい。当直時間を使い、アイネイアース中尉と共に事態究明します。私が今回のAI誤作動の原因を、必ず突き止めてご覧に入れます。」
「艦隊司令の権限で[アイネイアース]に僚艦のAIを精査させた結果です。」
眠そうに目を擦りながらサーラ副長はカース艦長に報告書を提出した。サーラ副長はAIのエキスパートである。その彼女が[アイネイアース]に乗り合わせた事は、アイネイアースのAIが異常化しなかったのに匹敵するもう一つの幸運だった。彼女が、今回の異常事態の原因の特定したのだ。カース艦長や他の士官では、この謎を解く糸口さえ掴めずにお手上げだっただろう。
[テオ]喪失事件の後、早々に結婚したサーラ副長は一年ほど勤務した後で二年間の出産育児休暇を取得した。そして出産育児休暇の終了と同時に、AI運用の専門家育成口座の受講者資格テストに合格した。
艦隊士官には出産と育児の為の休暇が認められているが、期間は最長二年に限定される。しかし入学試験に合格し、AI運用の専門家育成コースへの入学が認められれば話は別だ。履修を終えるまで三年間はほぼ学業に専念できる期間が延長される。
艦隊士官としての経歴を維持する為、三ヶ月と短期間の艦隊士官としての勤務は必要となる。それを除けば三年の殆どの期間を惑星上の教育と子育てに充てる事が出来た。
更に成績優秀を認められ、追加で3年のエキスパート教育を受けている。それ以降は子供が小学校に入学し、子育てもひと段落して副長として軍に復帰せざるをえなくなった。だがこの期間の教育で、サーラ副長はAIの専門家として一線級の人材に仕上がっていた。
カース艦長は提出された報告書を一読し、呻いた。眠気覚ましにガブ飲みした珈琲が食道を逆流しそうなムカつきを覚える。
「これは。この内容が本当なら艦隊司令部が敵の手に落ちている事になるが。」
サーラ副長の仕上げた報告書には、“艦隊本部による艦載AIのアップデートの際に意図的なセキリュティホールが実装された痕跡がある”と記載されていた。
「優れたスター級の艦載AIであるアイネイアース中尉と私の見解が一致しています。FTL通信で送り込まれたアップデートにAIの機能を阻害するプログラムが混入されていました。これはまず、揺るがない結論だと専門家として私はそう考えます。」
ワープ空間を抜けた軍艦はすぐに僚艦や艦隊本部との交信を行い、最新の情報の取得に努める。これはワープ先の周辺情報の把握の為の索敵実施という戦術面と、FTL通信による軍全体の情報更新という戦略面の二つの理由による。
この時、FTL通信でもたらされる戦略情報には、アデル政府からの優先指令の有無の確認も含まれる。だが、最も一般的なのは艦載AIの大量アップデートの受信である。
それはセキュリティの向上を意図した措置である。そのようなアップデートファイルを異常と感じる者など、人類銀河帝国の艦隊には存在しないだろう。AIのエキスパートのサーラ副長でさえ、異常が発生後の検証でようやく原因を特定出来たレベルなのだ。
アップデート後も、各艦の艦載AIは通常通りに動いていた。慎重な艦隊司令なら作戦決行前のアップデートは控えさせる。しかし、どれほど慎重でもアップデートの未実施はそれ自体がリスクとなる禁止事項である。
特定の艦だけ先行させて問題がないと確認できたアップデートの場合はどうか。数日間は様子見をし、問題なければ後日実行される事となる。
「今回、艦隊司令のシンプソン准将は数隻のサテライト級で先行アップデートさせました。ギャラクシー級やスター級がアップデートを実行したのはつい三日ほど前です。」
サーラ副長が解説する内容に、ようやくカース艦長の理解が追いつく。
「つまりバグスと遭遇するのがもう三日早ければ、これ程の被害にはならなかったのか。しかし本当にアップデートファイルに不信な点はあったのか?これらは偶然の一致とは考えられないのか。」
カース艦長は偶然の一致と考えたかった。FTL通信の接続先は艦隊本部である。航宙軍の中枢が敵の手に渡り、他の兆候が何もないなどと言うことは考えづらい。
「残念ですが、検証でこの疑惑の確認が取れました。仮想シュミレーション環境でアップデートファイルを実行した結果、問題の事象が再現されます。」
今回実装されたアップデートは、表面上は何も問題がなかった。しかし実際にはバグスに与するような改変が堂々と実装されていた。
偽造タグを実装したバグスの艦の接近を、艦載AIは認識できないように阻害されてしまう。たったそれだけの事で、戦力的には格下のバグスのBG-I型巡洋艦の艦隊にギャラクシー級の戦艦を筆頭にした第二百二十二艦隊は殲滅されかかった。
どのような戦いも『敵がそこにいると知覚』できなければ勝負にならない。人類は索敵活動を艦載AIの働きに委ねていた。艦載AIが敵を知覚できなかった以上、人類銀河帝国側の敗北は必至だったのだ。
スター級重巡洋艦[アイネイアース]が生き残ったのは、艦のFTL通信に異常が発生したからだった。これは本来なら放置できない由々しき故障の筈だった。
しかし、艦隊本部との連絡が取れなくても作戦遂行上での支障はない。[アイネイアース]は艦隊を構成する中の1隻として活動している。
旗艦[イリアス]より送られる行動指令は、FTL通信よりデータの転送幅の大きい近距離用の通信経路を使用する。
命令系統上、[アイネイアース]は旗艦[イリアス]の作戦指示を受けて行動すれば良いだけである。ギャラクシー級戦艦の[イリアス]がスレーブ状態で僚艦を指揮する限り、周辺宙域のセンサー情報も共有される。この為、スター級重巡洋艦[アイネイアース]のFTL通信装置の不具合はさして深刻な事態を産まない。そう、受信ファイルによる艦載AIのアップデートのような後回しに出来る瑣末な問題を除けば。
航宙軍の艦隊本部と独自に連絡をする必要性は殆どないのだ。この為、艦隊司令のシンプソン准将は[アイネイアース]のFTL通信機の不具合を瑣末な事と見做した。だから[アイネイアース]には、引き返さず引き続き艦隊に同行するように求めた。それが今回の結果に繋がったのだから、同行を求めた艦隊司令シンプソン准将の判断は正しかったと言える。
度重なるサーラ副長の説明に、ようやくカース艦長もこの結論を受け入れた。
「なるほどな。まさかこれほどの事態とは。我々はFTL通信が故障して不運だと考えていたが、むしろこれほどの幸運は無かったわけか。」
「はい、私も背筋が凍る思いです。一体、何が起こっているのでしょうか。」
戦力としてギャラクシー級戦艦に準じるスター級重巡でしかない[アイネイアース]だが、ただ一隻だけアップデートを免れていたことが第二百二十ニ艦隊の壊滅を免れさせたのだ。
「我々は、かなり際どい事態をすり抜けたようですね。」
「ここまでやられたら、普通なら艦隊は壊滅しても不思議では無かったな。」
そして[アイネイアース]が艦載AIのアップデートを行わなかったのは幸運だったが、[アイネイアース]のカース艦長はその幸運を最大限に活かした。これが別の指揮官、例えばテイラー艦長ならカース艦長のように事態を正しく処理できたかは疑わしかった。
幸運といえば、バグスの艦隊はBG-I型巡洋艦の1個艦隊と小規模だった事も人類に有利に作用した。位置の特定さえ行えば、本来二隻もの戦艦と五隻もの重巡洋艦が沈むような敵ではない。
幸運と指揮官による適切な対処、この組み合わせによりスター級[アイネイアース]は僚艦を救って生き残ったのだ。どちらかの要素が欠けていても、[アイネイアース]はこの危機を乗り越えられなかっただろう。
艦隊のギャラクシー級戦艦と補給艦は全て喪失している。残存するスター級重巡洋艦は[アイネイアース]のみ。バグスは大きい艦から優先して標的にしたのだ。それは内部に侵入して、生きたまま乗員を食い荒らす為である。
「・・・艦隊の他の艦載AIのアップデートの差し戻しは可能なのか?」
「はい。本艦の艦載AIが支援すれば、艦載AIのロールバックを順次進める事は可能です。」
僚艦の索敵も全て通常通りになれば、この厄介な事態はかなりの改善が見込める。しかしながら艦隊から戦艦も重巡洋艦も補給艦も欠いた今、作戦の続行は困難だろう。
「では、本艦を除く艦隊の全ての艦のシステムのロールバックを順次実行しよう。以降のアップデートは艦隊司令の権限で禁止とする。各艦には自動アップデートのオフを徹底させる事にしよう。だが、全ては艦長達を集めたミーティングを終えてからだ。これほどの重大事、皆の了解を得ずに進める訳にはいかない。」
「了解しました。早速、会議招集の通知を送ります。」
「まずは航宙軍の艦隊本部に概要をFTL通信で報告を入れよう。しかし、本艦のFTL通信装置は故障中だったな。」
「僚艦に依頼しましょう。カース艦隊司令の報告をそのまま伝送してくれる筈です。」
「しかし、酷いものですな。ギャラクシー級二隻、スター級に至っては五隻の喪失ですか。」
プラネット級軽巡洋艦〈ナウシカアー〉の艦長がそう溢した。仮想空間上で各艦の艦長を一堂に介した会議の場である。艦隊の立て直しの為に、早急に前後策を練る必要があった。
「この百年でこれほどの大敗は記録にない。だが、立て直しは可能な筈だ。」
列席した艦長達はカース艦長の言葉に頷く。艦隊の人員の7割を占める駆逐艦と軽巡洋艦は全て生き残った。スター級重巡洋艦も[アイネイアース]が健在である。
脱出カプセルの収容と人員の振り分けはひと段落した。負傷者の治療や応急修理は終え、回収した遺体は恒星に向けて射出した。もう、今後の予定を話し合い方針を決定する頃合いだった。
サーラ副長により[アイネイアース]が健在だった理由を聞けば、艦載AIのアップデート差し戻しによる正常化措置に反対する者は誰もいなかった。
「AIのウイルス感染を免れた唯一の艦が、大型艦で幸いでした。これがもし旗艦であれば、リンク機能により艦隊は損害なく敵を殲滅できていたでしょうが。」
そう発言したのはサテライト級駆逐艦[プシケー]の艦長である。その横に表示される[レプディネ]の艦長も同意を示すように頷いている。
「このような事態は想定外だ。ここは引き返すべきだと思うが、今後はどうするべきか。皆の意見を聞きたい。」
カース艦長が本題を切り出した。カース艦長の艦隊司令就任はすんなりと認められていた。そもそも他の大型艦は残存していない上に、シンプソン准将の指名もあったのだ。カース艦長の艦隊司令就任には異議を挟む余地はなかった。
「同意します。[イリアス]のクルーを始め、脱出出来た多くのクルーを救出出来ました。それ事態は大変喜ばしい事ですが、艦の人員は超過傾向にあります。」
サテライト級駆逐艦[レプディネ]の艦長が賛同する。ギャラクシー級の定員は一二二〇名である。各艦に分散させるとはいえ、他の艦の生き残りも存在する。スター級重巡洋艦でさえ定員は三五五名なのだ。サテライト級に至っては定員一五五名である。分散配置させるにしても、人が通路に溢れ出している。食料や水のリサイクルなど環境面で不安がある。艦隊の出港地に引き返すしかない状況だった。
「異議なし。」
「まずは帰還して補給と再編を済ませましょう。」
現状では大型艦が少なすぎる。バグスの戦列艦に対抗するのは並大抵の戦力では難しい。艦船の数こそ多いとはいえ、大型艦を有する艦隊と合流しなくては効果的な艦隊運用は見込めない。
「では決まりだな。艦載AIの差し戻しを実行する。作業完了後に検証を行い、問題がなければ航路を引き返す。まずは出発地点に戻ろう。それ以後の方針は、艦隊司令部からの指示を待つ。」
会議に出席した一同は頷いた。やはり選択の余地などない。彼らは帰還を選択した。
これまで登場機会の無かった原作登場人物である、カーク艦長とサーラ副長が登場しました。彼ら原作勢を直に,人類銀河帝国側の視点が語られる事になります。