【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅲ 統一戦記 77話 【間話③】 侵略
ギャラクシー級戦艦[イリアス]を軸とした第二百二十ニ艦隊は、センサーに異常を抱えたままバグスの攻撃を受けた。[イリアス]はじめ大型艦が多数撃破される中、FTL通信装置が破損したスター級重巡洋艦[アイネイアース]はバグスの接近を正しく認識し分艦隊を救う事になる。
彼らは艦隊本部による艦載AIのアップデートこそ、今回の異常をもたらした原因と判断した。対策として直近で実装されたアップデートを差ロールバックし、以降のアップデートを禁止した。そしてFTL通信で警告を発しながら、来た経路を引き返して出発した星系に帰り着いた。
「・・・なんなのですか、これは。駐留艦隊はどうしたのです。」
ワープ空間を抜けて出発地のトレーダー星系に帰り着いた時、彼らが目にした光景はこの世の地獄だった。サーラ副長が絞り出した声に、艦載AIの[アイネイアース]が反応する。
「星系内に浮遊する瓦礫の総量は、スター級重巡洋艦一隻、サテライト級駆逐艦三隻に相当します。これは惑星管理AIの記録する星系駐留防衛艦隊の総数と一致します。」
[アイネイアース]艦載AIの声が無感情に駐留艦隊の全滅を告げた。唯一の人類居住惑星のランセルは、既にバグスの揚陸部隊に蹂躙されていた。惑星上において、生身の民間人では絶対にバグスに勝つ事は出来ない。そしてバグスによる人類の殲滅速度は、驚異的な速さである。
「・・・我々は、今為すべき事をしよう。」
カース艦長は、指揮する艦隊に素早く攻撃隊形を取らせる。バグスは人類の抵抗を排除した事に気をよくしたのか、既に艦隊を分散配置させている。
人類を迎撃する為、こちらに向かってくるバグスの艦隊は現実には存在しない。人類の艦載AIが騙されている幻の艦隊である。せいぜい人類の武器弾薬を無駄に浪費させようとする思惑が見え見えだった。
サーラ副長の手で、バグスの偽装表示は仮想空間上に再現されている。その動きに騙された振りをする事は、人類には容易い事である。
「このまま敵の策に嵌った振りをして、惑星に接近するぞ。幻の動きに反応すれば、バグスもますます油断するはずだ。」
カース艦長は幻の動きに艦隊を細かく反応させて見せた。間違いなく幻影に引っかかっている、人類の艦隊には幻しか見えていないのだとバグスはカース艦長に信じ込まされた。
バグスの意識はもう完全に惑星の掌握に向いていた。彼らは主に食欲で判断する。そして人の数が多いのは艦隊ではなく惑星である。
バグスの艦隊は複数の上陸地点を支援するように惑星の軌道に沿って各艦が配置されており、それぞれが惑星の陰に入る為に連携も取りづらい。
それでも人類から艦影が見えていないと思い込んでいるバグスは、惑星という獲物に夢中で人類の新たな艦隊に対する最適な迎撃体制を取る手間さえ惜しんだ。
迎撃に差し向けたのは全体の半数の艦である。バグスは全戦力も人類より少数なのに、見えていないと信じ切って人類銀河帝国の艦隊の包囲を開始する。
「人類などもはや敵ではないとう訳か。バグスは油断し切っているな、一気に仕留めるぞ。」
バグスへの復讐に燃える人類の艦隊は騙された振りを止める。カース艦長の指示で、そして猛禽のようにバグスの艦隊に襲いかかった。人類を出し抜いていると信じ込まされたバグスの半個艦隊など、敵の位置が見えていれば何の障害にもならない。
人類の放つ光子魚雷がバグスの巡洋艦に突き刺さる。バグスの巡洋艦十六艦を軸とした一個艦隊が瞬時に半減する。
圧倒的な数と質の違い。揚陸を行っていた残る八隻のバグス艦はもう逃げる間も無い。
「残りを仕留めるぞ。逃すなよ。」
続々と放たれる光子魚雷の餌食となり、バグスの全艦が爆発四散した。残された残存艦隊を人類が一掃するのに、それから三分もかからなかった。
「・・・さて、どうするか。」
惑星に取り憑いていたバグスの艦隊は壊滅させた。問題は惑星への対応である。今回の出発地となった惑星は艦隊の起点でしかない。恐らく今艦隊にこの星系の出身者は少数派だろう。
それは幸か不幸か。人類はバグスによる脅威を分散する為、惑星あたりの人口を制限していた。つまり惑星一つを喪失しても数百万から数千万の損失で済む。逆にいえば細分化された人類の居住圏は小規模な敗戦を繰り返した先に絶滅する危機に瀕している。
「艦隊司令、僚艦が受信したFTL通信が[アイネイアース]に転送されました。」
戦闘が終了し、頃合い良しと見たサーラ副長がカース艦長に報告する。スター級重巡洋艦[アイネイアース]のFTL通信装置は故障している。それなりの規模の航宙軍基地に出向いて、部品を交換しないと修理は不可能である。しかし僚艦のFTL通信は健在だ。
「・・・私は在アサポート星系駐留艦隊の総司令に就任したカルラ・アイローラ中将です。人類銀河帝国の防衛網は重大な損傷を受けました。戦線の立て直しと艦載AIの総点検の為、各艦はアサポート宙域に集結してください。今いる宙域に留まれば、バグスによる各個撃破の対象となります。これは危機的な状況です。繰り返します・・・」
アデル政府から受信したFTL通信は全艦船のアサポート星系総集結を指示していた。人類銀河帝国のこの劣勢を覆すべく、アデル政府のお膝元での総力戦が企図されていた。
「どうされますか。」
サーラ副長はカース艦長に尋ねた。眼下のこの惑星をどうするかである。バグスの艦隊を駆逐した今でも、宙兵隊だけではこの惑星上に降下した全てのバクスを駆逐するのは難しい。そして、いつ敵の増援が押し寄せてくるかも分からない。
仮にバグスの惑星からの駆除を成し遂げたとしても、この惨状では基盤産業も壊滅的である。今は艦隊の装備も乏しい。食料だけでなく、光子魚雷などは補給も必要だ。率直に言えば、バグスの地上部隊に蹂躙されて壊滅しかけている惑星をこんな小艦隊が支援する余力はないのである。
艦隊の維持には、それなりの規模で無傷の文明を維持した惑星が絶対に必要である。兵器も食料も、人的資源でさえ全てが有限なのだ。人類の組織は、無補給でいつまでも戦えるようには出来てはいない。
「アデル政府の指令に従い、アサポート星系での総集結に参加する。この状況では本艦以外の大型艦を欠いた我々でさえ、人類にとって貴重な戦力の可能性がある。」
それはこの惑星の住人には非情な決断の声だった。だが艦橋には安堵した空気が流れる。この艦隊の乗員は家族がアサポート星系に在留している者が多い。艦隊士官はアデル星系のお膝元であるアサポート星系への居住が義務づけられていた。
それは艦隊の反乱防止策の一つだったが、このような事態に際してアデル政府を最優先で防衛する行動に繋がっている。ともあれアサポート星系にある最先端の工廠さえ守れれば、人類はまだバグスに対して踏ん張れる筈だった。
「・・・この星系を去る前に惑星政府に状況の連絡を行い、地表のバグス集結地点への軌道爆撃だけは行おう。」
「了解しました。」
軌道爆撃は惑星上の敵を一方的に殴り続ける無敵に近い戦術だ。バグスの後続艦隊がない限り、惑星上の人類は相当有利に戦いを展開出来るはずである。
だがバグスの戦闘力は侮れない。一匹でも逃せば、その一千倍は民間人が殺傷される。軌道爆撃では降下したバグスの殲滅は難しい。それでも爆撃を実行しないより、この惑星の人類にとっては状況が遥かに改善するだろう。
「アイネイアース中尉、目標の算出を実行して。艦隊にとって最適な作戦プランの作成をお願いします。」
「了解しました。」
サーラ副長が艦載AIに攻撃計画立案を指示する。入り組んだ攻撃計画も、艦載AIの性能を持ってすれば瞬時に組み立てられる。
「惑星上での活動を観測できたバグス個体と、僅かでもバグスが上陸した形跡のある箇所を表示します。」
カース艦長とサーラ副長は作戦案のダブルチェックを並行で行う。最後は必ず人が確認し、爆撃範囲を修正する。民間人を巻き込む場合は特に慎重に対処する必要がある。それが指揮官としての責任だった。
「では、艦隊には私から伝達しよう。サーラ副長、君は爆撃予定地点に警告を発してくれ。精密爆撃が自分の所に向かってこないと分かるだけでも、惑星住民は安心できるだろうからな。」
「はい、艦長。」
サーラ副長は頷いた。これは軌道爆撃の予定地点にいる者には死の宣告である。しかし、軌道爆撃を行わないよりは遥かに被害は抑えられる。辛い役回りだが、これも必要な措置だった。
カース艦長は艦隊各艦に攻撃計画を通達する。アイネイアースにより立案されたそれは、各艦に攻撃対象を振り分けた攻撃パッケージである。爆撃の標的は数千箇所を超える。それは精密爆撃で破壊する為に威力を絞り込んだ為である。
アイネイアース中尉を経由して各艦の艦載AIに共有された計画は、問題なく受信され全艦に準備完了のグリーンシグナルが点る。
幸い、艦隊に多数配備されている駆逐艦は対地上攻撃能力が高い。数千箇所の爆撃でも、問題なく処理できる筈だった。艦隊が数日張り付けば、惑星のバグスのかなりの割合を爆撃で対処できるだろう。だが、他に同様の規模の襲撃を受ける惑星も存在する筈である、その時その時で最善を尽くし、余力を残して次の惑星に向かう他ない。次の補給がいつになるか全く読めないのだから。
「対象地域の通達と、避難勧告を終えました。」
サーラ副長が報告する。彼女のコンソールからは通信先の悲鳴や怒号が聞こえていた。バグスに今侵攻されつつある惑星と連絡を取るのは、生半可な仕事ではない。
バグスの目的は人間の捕獲なのだ。バグスの降下地点は例外なく人口密集地である。バグスを狙う爆撃予定地点が無人のはずがない。サーラ副長は心を鬼にして、必要な事をやり切ったのだ。
「それでは作戦案に従い、全艦は軌道爆撃を実行しろ」
カース艦長の指令で艦隊の全艦が攻撃パッケージを実行する。地上にいるバグスへ、圧倒的な死の雨が降り注ぐ。周辺にいる民間人、バグスに襲われている最中の彼らももちろん巻き込まれる。しかしこの艦隊には、そのやり方しかない。惑星に乗り込んでバグスと直接対峙する為には、絶望的な迄に艦隊の保持する兵数が足りない。
質量弾が次々に惑星に着弾する。それらは注意深く軌道と速度を計算して送り出された大小の金属塊でしかない。しかし与えられた速度と惑星の重力が、単なる金属塊に十分な威力を授ける。
「目標達成率は99.8%です。」
結果を観測した艦載AIのアイネイアースの声が告げる。
「それでは離脱を開始する。転針せよ。」
事前に定められた計画に沿って、艦隊がワープに入る為の陣形を整える。ワープアウト先に敵の存在が懸念される場合、攻撃隊形を整えてたからワープするのは鉄則だった。
「この惑星の残された住民は大丈夫でしょうか。」
サーラ副長が呟く。バグスの増援が来ない限り、彼らは生き抜ける筈である。バグスの残存個体は精々数体と見積もられていた。
しかし惑星の人口や産業を含めると際どい。今の艦隊の爆撃は幾つかの惑星のインフラを破壊している。
ダムや発電所のように、重要性故に除外せざるを得ない建築物もある。甚大な被害をもたらすものは対象から外しているが、それがバグスの残存率を高めていた。バグスも分かっていて、そのような建物を占拠するのだ。インフラを人類が取り戻す為には、文字通り血みどろの戦いが展開される事になるだろう。
「この星の運命は、神の手に委ねられたのだ。我々はただ、我々の最善を尽くす他ない。」
「そうですね。少なくとも破滅までの時間を稼ぐ事は出来ました。」
艦隊の物資も有限である。敵艦の撃破や爆撃を行った分、収支は赤字である。安定した拠点を確保しなければ、艦隊の維持は難しい。
本格的な救援を行うには、人類銀河帝国が動かなければならない。一つの惑星の救済には、まだバグスに蹂躙されてない別の人類の惑星の支援が必要である。
「さあ、アサポート星系へ向かうぞ。我らの戦場はそこだ。」
「はい。」
カース艦長の指示で、艦隊は星系からの離脱を開始する。幸にして今回は光子魚雷の消費だけで済み、それも最小限である。アサポート星系には、まだバグスとひと戦するのには十分な戦力で到達する事が出来そうだった。
カルラ・アイローラ中将も原作登場人物(間話 惑星ミルトンの戦い)です。彼女は、当時のアランの乗り組んだスター級重巡洋艦[テオII]を含む赤色艦隊第二百十艦隊の艦隊司令としてバグス相手に鮮やかな勝利を決めた人物です。
また作中登場するトレーダー星系は、アランの故郷です。