【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 82話 【侵略篇③】 それぞれの事情
アイローラ提督とカース艦長は、昼食を共にする事が増えた。部下に聞かせるには少し憚られる類の会話をするのに、指揮官同士のランチミーティングの形式を取るのが無難であった為である。
「コリンズ副長も誘いますか?」
とカース艦長は尋ねた事がある。しかしアイローラ提督はコリンズ副長との同席を嫌がった。
「艦で何かあった時の為に、我々三名の誰かは当直を担当しないと。・・・それに情報部出身のコリンズ副長であれば、この会話も勿論聞いていると思うわ。」
その回答はこの艦の些か特殊な事情を示唆していた。カース艦長のような純粋な軍艦乗りには、これまで無縁だった政治の世界との濃密な繋がりである。
この艦は既に政争の場の一部なのである。艦は実質的にはもはや歴史物ホロドラマの舞台装置であり、彼らを含めた
「今日もあまり楽しい話題ばかりではないわ。食欲をなくすといけないから、先に食べてしまいましょう。」
提督が二人分の食事の用意されている卓にカース艦長を誘う。その献立はあまり変わり映えしない上級士官用の食卓である。
外観だけは立派な人造肉のステーキ、数年前に工場で大量に製造された長期保存のパン、付け合わせはミックスベジタブルと称される数種の野菜をブロック状にカットした冷凍品である。高価そうなグラスに注がれているのは冷えた再生水だった。
「さ、頂きましょう。」
「宇宙では焼きたてのパンが食べられないのが残念ですな。」
カース艦長がガサゴソと保存袋からパンを取り出す。艦隊の食糧はどうしても長期保存可能なものが前提となる。工場製造のパンは長く保管可能で安全に食べられる。しかし香りは少なく、どこか風味が乏しい。
「軍艦は匂いがするものを嫌うというけれど、宇宙で生活すればむしろ匂いこそが大切に感じられるわね。」
二人はしばし無言で食事を楽しんだ。艦の航行時間の大半は冷凍睡眠で眠りながら過ごす想定となっている。
今回のような惑星近傍で迎撃の為に大量の人員を艦に張り付かせる態勢もこれまでにないではない。だが惑星からの大量の食糧調達が大前提である。バグス艦隊の跳梁跋扈により、輸出入に影響が出ている。工業化の進んだ惑星は食糧の輸入割合が高い。
先を見越して、艦隊内でも食事量の制限は始まっていた。だからこの食事も、この艦の中では最上等の部類だった。乗組員の大半はこのパンだけの食事でさえ大喜びするだろう。保存食は温存され、
「・・・“それ”は、食べてしまう方がいいわ。」
アイローラ提督は、フォークの先でカース艦長が取り除いたグリーンピースを指す。
「これはお恥ずかしい。子供の頃に苦手だった物は、どうも苦手でして。」
「人の食べ物として認められる物は、今はもう粗末にしないほうがいいわ。地上はもっと酷いから。」
さり気ないアイローラ提督の口調に、カース艦長はハッとさせられる。そして黙って肉片と共にグリーンピースを口に押し込んだ。よく噛んでから嚥下する。ガブガブと飲み込んだ水で、舌の上の豆の味を押し流した。
「・・・それで、地上はいかがですか?」
アイローラ提督は最後の一口を食べ終え、口元をナプキンで清める。そして発せられたカース艦長の問いかけに、ため息を吐いてからこう答えた。
「良くないわ。輸入食料が途絶えた事で食料の購入制限と配給制度がスタートしている。カロリーベースで言えば今日の食事は一人分が二人前、いえ三人前に相当するかもしれない。」
エネルギーや食料品の高騰は惑星を混乱に陥れていた。対抗策として戦時経済に移行し、配給制が導入されていた。早くも闇市場が盛況となっているという。
「
「戒厳令とは、惑星の状態がそこまで?」
「統治よりも政体のデザインの話が主となります。これまで大半の人類が意識しなかったバグス対策が喫緊の課題です。だからこそ軍、いえ艦隊に決定の主導権を委ねる話です。」
アイローラ提督のその回答にようやくカース艦長の理解が追いつく。
「確かに艦隊が主導権を持てば、艦隊の維持存続を最優先に人類圏の防衛計画を練ることができます。・・・しかし、本当にそれは可能なのでしょうか?」
「分からないわ。樹立要件は大統領府が詰めるでしょう。しかし、『艦隊の指揮官こそが国家の主権を持つべきだ』という声は日に日に大きくなっています。」
「その場合、アイローラ提督が軍政のトップになられるのですか?」
「私が候補の一人である事は確かです。そしてエーテルリンクの艦長である、貴方も候補者です。」
ジッと見つめるアイローラ中将の目は穏やかだが、カース艦長にはその目が恐ろしかった。
「自分は単なる佐官です、大佐ですよ。」
「エーテルリンクの艦長就任と共に、カース艦長は政府により准将に昇進しています。ただそれが正しく反映されたのは、私が政府に掛け合った最近の事よ」
カース艦長は慌てて画面を確認する。確かに現在の階級は准将に改まっていた。副長と呼んでいたから気が付かなかったが、コリンズ副長も大佐に昇格している。艦の就航時点では二人の階級は以前のままだった。いつの間に変化したのだろう。
「エーテル級の艦長職については、これまで規定が無かった。だから艦載AIにより自動処理出来ずに、提督である私と政府の決定の両方を待つ必要があった、だから貴方達の昇進が遅れてしまった。」
エーテルリンク級は従来の規定を外れる存在である。あくまでも緊急事限定の柔軟な運用とされるべきものなのだろう。
「ありがとうございます。なるほど、本艦は異例尽くしの存在ですからな。」
謝辞を示すカース艦長の言葉に、アイローラ提督は『いいのよ』と言いたげに手を動かした。
「ギャラクシー級の艦長職と同等なのは仕方ないと思って、エーテル級艦長職についてら今後とも規定されるかも分からないわ。」
「無論、不満などありません。しかし自分も将官として軍事政権樹立者の候補とは。政治には無縁に生きて来ましたが。これでは軍事政権に反対する者も多いでしょうな。」
「確かに軍政に反対し、文民統制こそ守られるべきだという声も政府内に強いのです。そのような意見の人々は、[エーテルリンク]に政府の代表を送り込んで統制しようとしています。」
「今は艦隊がようやく機能し、せっかく防衛戦が上手く運び出しています。それが政治の影響で乱される事がなければ良いのですが。」
「上手くいっている時こそ、嘴を突っ込む人が多い物です。それに防衛はこの星系に限らない。広く他の星系を守らなければ。」
アイローラ提督はそういうと再生水を口に含んだ。
「・・・自分はどうすれば良いのでしょうか?」
「私からどうしろとは言えないわ。ただ、私も貴方も艦隊士官として求められる規範に沿った行動を心がけましょう。」
「了解致しました。」
アイローラ提督はこの会話はコリンズ副長にも筒抜けと言っていた。当然、会話の内容を聞いたコリンズ副長は政府に報告を上げるのだろう。
カース艦長としては、ただ提督から話を聞かされただけという意識である。そうであるものの、とんでもない事態に巻き込まれている自分を自覚せずにはいられなかった。
セリーナとシャロンが、大陸東方の戦線からアレスに引き上げてきた。それぞれ副官として連れ歩いているカーヤ少尉とルート少尉も同行させている。
戦塵を落としてから俺の所に報告に来てくれたのだろうか、全員が戦地帰りにしてはさっぱりとした様子だった。きっと着替えるだけでなく先に風呂まで済ませてきたのだろう。
「アラン、大陸東方はもう私達が抜けても問題ありません。」
代表してセリーナが説明してくれる概要に耳を傾ける。現在、大陸東端の湾岸部の諸国は制圧が完了している。今は海に接していない内陸の国々を、東西から挟み込むように味方の軍が展開していた。
バーリント皇太子に安堵した五つの国々の再占領はザイリンク帝国に任せている。これと連動して大陸東側に展開するのはダルシム将軍の部隊とグラハム卿が率いるアラム聖国軍である。ザイリンク帝国軍を含めた兵站の管理はエルヴィンの甥のユリアンに委ねていた。
ユリアンの起用には二つの意味がある。元々、ユリアンは兵站担当として育ててきた。大陸東端の港町にユリアンを配するのは、補給を円滑に進めさせる為である。
もう一つの理由は、ユリアンとカリファ伯の関係にある。カリファ伯はユリアンの舅になる予定であり、今回はカリファ伯を占領国の治安維持の為に送り込んでいた。ユリアンの仕事ぶりを実際に近くでカリファ伯に見せる方が、ユリアンがサンドラの婿となった後の関係に生きるだろう。
カリファ伯と同様に旧アロイス諸侯のパウルゼン辺境伯も占領軍の一員として送り込んでいる。パウルゼン辺境伯、そしてカリファ伯はいずれ国分けの際に大陸東部に移す予定でいる。それぞれをセリーナとシャロンに与える国の筆頭重臣とするつもりでいた。今回の措置はその為の前準備となる。
より西側、人類スターヴェイク帝国国境側に展開するのはヴァルター将軍の部隊とカレイド卿が率いるイリリカ王国軍である。イリリカの戦犯達の処分が決まった事で、イリリカ側の大陸平定作戦参加をパロリオン卿が提案してくれたのだ。
「イリリカ王国軍が人類スターヴェイク側として参戦した事で、反乱に呼応した貴族達は次々に降伏を開始しました。」
「そうか。やはり、そうなるよな」
イリリカ王国軍こそが反ザイリンク帝国活動の最大の支援者だったのだ。イリリカ王国が支援する話だからこそ、ザイリンク帝国に対して蜂起した国が多い筈である。味方であったイリリカ王国とザイリンク帝国に挟撃される展開は、蜂起した者には悪夢でしかないだろう。
「それで、イリリカ王国軍の方は問題ないかい?」
カリファ伯とパウルゼン辺境伯らは東に、対応する形でセリーナとシャロンはイリリカ王国が担当する西側の戦線に配置していたのだ。彼女達の報告も主としてそちらの内容となる。
「ええ、大人しくしています。やはり人類スターヴェイク帝国からの処罰に死罪が無かったことが評価されたようです。」
ここからはシャロンが補足してくれた。開拓従事という条件付きながらも戦犯達が許された事で、パロリオン卿は対人類スターヴェイク帝国との交渉役としてイリリカ王国内の信望を深めたらしい。それが後押しとなって人類スターヴェイク帝国との更なる連帯を示す為、今回の派兵に繋がったのだという。
「平定の暁にはイリリカ王国側にも、何か謝意を示す事になるかと思いますが。」
「イーリスから聞いたよ。開拓に従事する戦犯達の流刑期間の短縮が主な願いだそうだな。」
「ええ。罪を償う為に貢献するのは、この星の貴族にとっての基本原則のようですから。」
イリリカ王国側がこれ以上の軋轢を望まない限り、人類スターヴェイク帝国の
「貢献に応じてイリリカ王国の旧来の支配地域も、なるべく彼らの意に沿うように調整しよう。・・・それで本当にもう問題ないんだよな?」
イリリカ王国全軍を率いるカレイド卿はルミナスに忠誠を誓った。正規軍を心服させているカレイド卿がルミナスに逆らえないのだから、安心できる状況の筈である。しかし、イリリカ王国とはつい最近まで敵国だったのだ。
「問題ありません。イリリカ王国側の監視をしましたが、敵意は感じませんでした。」
セリーナの回答にシャロンも口を開く。
「ヴァルター将軍とカレイド卿の蜜月ぶりが激しくて、イリリカ王国兵の関心はもっぱらそこに集中しています。」
この発言にはセリーナだけでなく、カーヤ少尉とルート少尉も肯定するように頷いている。彼女達まで知っているという事は、全軍に丸分かりの事実なのだろう。
元々、カレイド卿の処遇はヴァルターに預けていた。本来は監視者という意味合いである。その後、『イリリカ王国の軍人との恋愛は問題があるか』それを探るような質問がヴァルターから寄せられていた。
俺は悩みながらも『女性側の自由意志に基づく関係なら、当人達の良識に任せる』と回答したのだ。案の定というか、しっかりヴァルターはカレイド卿に手を出したらしい。許可を出した以上、本人達の自由意志に基づくなら良いとは思うのだが・・・。
「イリリカ王国と人類スターヴェイク帝国の両軍の指揮官が馬に乗って手を繋いでいるので、兵達は度肝を抜かれていましたね。」
カーヤ少尉が少し口を滑らせる。
「おいおい、将が人前それも兵士の前でイチャイチャするのはどうなんだ。」
「私は、手を繋ぐ位の事は許されて良いと思います。私達とも気にせずに手を繋いでいいですよ。」
そう言ってセリーナが、俺のそばに近寄るとそっと俺の座る椅子の肘掛けにもたれ掛かる。甘いセリーナの体臭が香る。
「そうですよ、アラン。他の妻達に比べて、セリーナや私は接触が足りません。」
シャロンがセリーナの反対側から俺に話しかける。予め打ち合わせ済みだったかのように、セリーナとシャロンの二人はいつの間にか標的を挟み込むように俺の真横に接近していた。
「もっとイチャイチャしていいんですよ、アラン。」
気がつくと横にいたシャロンの手が俺の手の甲に触れる。焦らすような素振りで、シャロンは指先を皮膚の表面に滑らせた。
「それでは、報告は以上です。」
セリーナが報告終了を宣言した。シャロンが部下に最後の指示を下す。
「カーヤ少尉にルート少尉、ドアを閉めて。そしてもしもこのまま見ていきたいなら、私達は見られても構わないわ。何か、貴方達の参考になるかもしれないし。」
「・・では、私達はこれで失礼します。」
いちゃつき出した上官の姿に、目を丸くして硬直しているルート少尉の手を引いて慌てた様子のカーヤ少尉が逃げ出す。
「失礼しました」
「失礼します。」
彼女達の声と共にドアの閉まる音が聞こえた。
「・・・アラン。では、ここからは大人の時間です。」
セリーナが椅子に座る俺の膝の上に乗ると、真正面から抱きついた。
「おい、勝手に。それにまだ昼前だぞ。」
「私達、ずっと我慢していたんですから。」
うっとりと俺の瞳を見つめる少し上気したセリーナの表情は実に色っぽかった。
「夫としての責任、ちゃんと取ってくださいね。」
シャロンが背後から俺に覆い被さった。
ヴァルター将軍は人生の絶頂にいた。旗揚げ以来、祖国解放から大陸統一と良い事尽くめである。中でも極めつけは、彼と共に馬を進める美女の存在であった。
少し前まではダルシムと馬を並べて東へ西へと軍を進めさせたものだった。結婚ではダルシムに先を越されたヴァルターだったが、今ではこうして愛する女性と共に軍を引き連れて馬を進めている。
「ヴァルター。お願いだから、そんなに見つめないで。」
少し恥ずかしそうにカレイド卿が告げる。その伏せた横顔と長いまつ毛、少し厚い唇が昨夜の痴態をヴァルターに思い起こさせる。
手を握り合った二人を、周囲の兵は熱を帯びた視線で見守っていた。カレイド卿に心酔するイリリカの兵にとって、人類スターヴェイク帝国の将軍にカレイド卿が取られたのは衝撃ではあった。
しかしカレイド卿も多数の男性と浮き名を流してきた女性である。どちらかといえば、男を前に恥じらう様子を見せるカレイド卿を見て楽しむ気持ちが勝っていた。応援したい気持ちもないではないが、それ以上にカレイド卿が女らしくしているのは兵達にはなかなか貴重な機会なのである。
カレイド卿が女らしく振る舞う方が、目で見て楽しめるものである。両軍の主将自らそんな感じである。両国の軍勢に軋轢や緊張感などはもう無かった。イリリカ王国軍を従えた人類スターヴェイク帝国軍の前にもう敵はない。だが軍の緊張感はやや、いや大いに緩んでいた。
「私のカレイド卿が、他の男の手に。」
カレイド卿とやりとりしている手紙の束を抱えて嘆いているのは、かつてカレイド卿の副官を務めたミューレル士爵である。
ミューレル士爵と共に卓を囲む二人の男は、この問題を相手に押し付け合うように視線を交わした。
「元々、カレイド卿は副官と結婚するような珠ではないだろう。あれは野心しかない女だ。貴様も食い物にされていたんだぞ。」
ジノヴァッツのその無遠慮な発言に、ミューレル士爵は更に嘆いた。バルスペロウはあちゃーというように顔を顰めて見せた。
彼らはコリント卿の用意した流刑地に移動する為に呼び集められていた。ここはアレス周辺の開拓地にある移動用の拠点である。周囲を警戒する人類スターヴェイクの兵はいるが、比較的身軽に行動できていた。敷地から出なければ、概ね自由に振る舞う事を許されている。
「まあ、何だ。手紙に返事をくれるのは救いがあるではないか。」
とりなす様にパルスペロウが述べる。その励ましに、ミューレル士爵が少し自信を取り戻し顔を上げた。
事実、カレイド卿がミューレル士爵に返信を継続しているのは事実なのである。比率としては返信が来るのは十通の手紙に一通というところであったが、相手も戦地にある以上は致し方あるまい。
「自分は、あの人の為なら地獄の果てまでついていこうと、そう決意していましたから。」
「・・・そして共に地獄に堕ちるつもりが、自分だけが地獄に送られたわけか。」
冷酷なジノヴァッツの言葉の刃が、またもミューレル士爵に突き刺さる。
カレイド卿は人類スターヴェイク帝国の聖女たるルミナスに隷属する事となった。大都督の地位に今もある以上、一見すると過去の罪を全て許されたかに見える。
しかし筆頭副官であったミューレル士爵はしっかりと流罪を宣告されていた。これはミューレル士爵がカレイド卿の罪を一人被らされているような塩梅である。
「あの方が、誰と番おうとも良いのです。ただ自分はどんな時もお側にいて、どんな時もあの方を眺めていたかった。」
ミューレル士爵は再びカレイド卿からの手紙の束に顔を埋めた。まるで手紙の束からカレイド卿のフェロモンを摂取しようとでもいうかの様な行動である。
「・・・若いねぇ、青いねぇ。」
呆れた様にジノヴァッツはいう。ジノヴァッツの精神性は、ミューレル士爵とはかけ離れた遠いところにあるのである。
「そういうジノヴァッツも、女を多数侍らせているではないか。」
バルスペロウの指摘に、ジノヴァッツはしたり顔で頷いた。
「女共が離してくれないのでな。まあ、あれでも女の数は半数近く迄に減っているのだがな。」
かつてのジノヴァッツは女を道具とみなし、スターヴェイク王国をはじめとした占領地で好みの美女をかき集めたものである。だがジノヴァッツに攫われた或いは献上された中で、少なくない割合の女性がジノヴァッツの元に残留を希望した。
ジノヴァッツに貞操を捧げた以上、相手に尽くすというこの星の貴族女性ならではの価値観が背景にあるとはいえる。だがジノヴァッツがそれなりに女性に受ける存在であるのも事実であった。流刑先の開拓地にまでついてこようというのだから、女性陣のその熱意は本物と言える。
去った者は、復権したスターヴェイク貴族が取り戻しに来た事例が多い。残留組の中にはジノヴァッツが高位高官に返り咲くという打算もあるようだが、それを含めても実に大勢がジノヴァッツに従っていた。どうせ当面の食費は人類スターヴェイク帝国持ちである。ジノヴァッツも彼女達の好きにさせていた。
(おい。もう放置していいんじゃないか。)
ジノヴァッツがバルスペロウに囁く。
(流刑地を取り仕切るのはこの三人なのだ。我らが楽する為にも、ここはカレイド卿の元副官を立ち直らせる必要があるだろう。)
こう見えてバルスペロウは老獪である。単なる研究バカに見えて、自分が楽をする為の労力は惜しまない男なのだ。
「チッ」
ジノヴァッツは面白くないとばかりに舌打ちした。大体ジノヴァッツにしてみれば、バルスペロウはイザークに体を乗っ取られたきっかけである。恨みがないといえば嘘になる。
しかしそのおかげで、過去の悪行の大半がイザークの責任とされてもいる。共に流刑された身なら、古馴染みと協力し合う方が得策だとは判断していた。
「・・・その、なんだ。女の一人や二人、俺から回してやってもいいんだぞ。」
ジノヴァッツがそう切り出す。彼にしてみれば、やはり女は道具である。開拓地という特殊性を考えれば活用するべきなのだ。そうと判断すれば、ジノヴァッツに執着は無かった。
「・・・今はまだ、大丈夫です。後で、お願いするかもしれません。」
カレイド卿のフェロモンを摂取したばかりのミューレル士爵はきっちりと断らずに保留した。流石な開拓地には、ミューレル士爵を相手にしてくれるようなそんな都合の良い存在がそうそういる筈がない。ジノヴァッツが美女をあてがってくれるというのなら、それはそれで有難い話なのだろう。
「そうか、無理するな。いつでも言え。気持ちの溜め込み過ぎは良くないぞ。」
ジノヴァッツはミューレル士爵にそう声をかけ、鷹揚なところを見せた。長らく部下を統率してきたから、こういう態度は得意な方である。それにしても、ジノヴァッツにはカレイド卿の高すぎる人気は不可解であった。
ジノヴァッツは、カレイド卿の様な計算高い存在は自分の同類として見る。それはカレイド卿としても同様だろう。共に色恋の道は相手を餌食にする場と心得る以上、カレイド卿とジノヴァッツは互いに結びつかないと承知し合う仲である。ジノヴァッツには、ミューレル士爵の気持ちは全くと言って良いほど理解する事が出来なかった。
カレイド卿とヴァルター将軍という主将の二人が職務放棄をしているのに等しい今、ヴァルター、カレイド卿に次ぐ第三軍を構成するアダーはにがり切っていた。
「・・・これで何かあれば、コリント卿に叱られるのは自分です。」
信頼と考えると嬉しいが、『できる筈だ』と看做した相手にはハードルを上げるのはコリント流である。コリント卿の副官を務めていたアダーなどは、無能と見做されたくない為になんだかんだで踏ん張ってしまうのだ。
それに軍人としてはコリント卿の両腕であるセリーナとシャロンの目が光る内は、ヴァルターとカレイド卿の蜜月ぶりはまだしも抑制されていたのだ。
『やっていられないし、担当は終わらせたからアレスに帰る』と宣言した二人が部隊を連れて離脱すると、残されたアダーの肩に全てが委ねられた。
「ダルシム将軍とマルチェロ卿は、もう少し人目を気にしていたなぁ。」
ヴァルターとカレイド卿はどちらも周囲に見せつけるような姿勢なのだ。そういう変な所でウマがあってしまった恋人同士なのか。しかし蜜月ぶりを周囲に晒して、本人達だけが色恋を楽しんでいる。軍を預かる主将としては、職務放棄も甚だしい。
だが、カレイド卿の属将には優秀な者が多かった。偶にカレイド卿が対面して褒めてやるくらいで、どんどんと平定作業が進んでいく。多少なりともアダーが緩み過ぎだと危険を感じるのは、本陣が移動する今回のような局面だけであった。
「早く終わらせて、私もアレスに戻りたい。」
アダーにも婚約者がいる。やはりこの場にいるとヴァルターとカレイド卿の二人に当てられるのだ。早く仕事を終わらせて、婚約者の顔くらいは見たいとそんな気持ちになっていた。
エーテル級空母〈エーテルリンク〉はバグスの襲撃を軽微な損害で切り抜ける平穏な日々を過ごしていた。二度目、三度目の迎撃戦を潜り抜けて、最近は
副長のコリンズ中佐が非番の時間を見計らったかのように、独居房で拘束されている囚人から艦載AIを通じてカース艦長に面会の要請が入ったのはそんな頃合いだった。
「私に面会要請が?」
カース艦長は指名をやや意外に感じたが、囚人が艦長を指名するというのは無い話では無い。平時の形式的措置とはいえ
「少し囚人と会ってくる。」
エーテルリンクと当直士官にに声をかけると、カース艦長は環境から牢獄のある区画に足を伸ばした。艦長との面会は
面会を希望して来た囚人はパイロットのホーク中尉である。『艦を守る盾としてバグスの爆撃を
「・・・私に用かね」
カース艦長は檻房区画に到着し、囚人に声をかける。金属の格子越しに見た顔は普通の短い金髪の若者である。ホーク中尉は本当に艦長がふらりと檻房を訪れた事に驚いたように硬直していた。
「何も私に用がなければ、帰るが。」
それは本当に帰るつもりではなく、相手から言葉を引き出す為の発言だった。その言葉にホーク中尉はパッと姿勢を正し、敬礼をしてみせた。
「・・・俺に、バグス殺させて欲しい。」
「何?」
カース艦長は驚きに打たれた。生き残りたいというから、どれほど臆病な男と対峙するのかと考えていたのだ。しかし今の一言には、ホーク中尉の気持ちが込められていた。
「俺は無駄死にはごめんです。死ぬならバグスを少しでも道連れに死にたい。その為に腕を磨いてきたのに、敵の攻撃を防ぐ盾にされるのは真っ平ごめんだ。」
カース艦長はようやく理解した。確かに戦場で「死ね」と命令されても、敵と戦って死ぬのか、或いは単に味方の為の犠牲になれというのかでは死ぬ意味がまるで異なる。
戦場では個々の人の命など消耗品でしかない。だからこそ、その使い道は個人の裁量に委ねられていた筈であった。「死ね」という命令には、死に方を選ばせる権利が付随しているべきなのである。
敵を倒す為に腕を磨いた者に、母船への直撃を防ぐ盾を強いるのは命令者が履き違えているだろう。死という結果は同じでも、プロセスがまるで異なる。これはつまり、戦士としての矜持の問題なのだ。
「なるほどな、そう来たか。」
カース艦長はじっくりと相手を観察した。改めてその表情から真意を探っても、目の前の相手は本当の気持ちを吐露したように思えた。
こうして見ると、ホーク中尉は根っからの戦士なのだろう。パイロットとして適性があるのは上品な
この時代にもっと攻撃的な機体があれば、そちらを志望していたに違いない。しかし人類が耐えられる程度のGでは、小型の艦載機は敵バグス艦の砲撃の的でしかない。
「言いたい事は分かった。そのような任務があれば中尉を候補として考えてやる。」
カース艦長は、どうして自分の口からそのような言葉が出たのか分からなかった。しかし本来、志願を必要とするような危険な任務というのは幾らでもあるのだ。
「命令不服従の件では、私には何も出来ないぞ。コリンズ副長の担当だし、命令不服従は罰を受けて当然だろうからな。」
少しでも希望が叶えられそうな可能性を見出して、ホーク中尉は態度を改めてニヤリと笑った。
「処罰は覚悟の上です。」
「それならば、上官を敬う態度を示せ。士官らしい言葉遣いを心がけろ。何といっても、我々全員が誇りある帝国艦隊の一員なのだからな。」
矜持そして誇り、その言葉を口にしたのは久々だった。それらは何なら人としての体裁や意地と言い換えてもいい。しかし政治という得体の知れない巨大な存在に巻き取られていたカース艦長に取って、実に久々の感覚だった。
サテライト級駆逐艦というのは、ホーク中尉の考えるような敵と差し違えてでもトドメを刺す運用に近い。長らくサテライト級の艦長を務めたカース艦長としては、どこかホーク中尉の想いに共鳴するものがあったのだ。
「話は終わった。・・・何か格好な死場所があればパイロットの選択肢に入れておいてやろう。」
そう言い捨てるとカース艦長は話は終わったとばかりに檻房を後にした。やはり自分には、政治より前線で兵を鼓舞する方が向いているとそう考えながら。
一方のホーク中尉は、カース艦長の姿が見えなくなるまで敬礼をしていた。彼は敬礼をしながら、去っていくカース艦長の背中をただ黙って見送っていた。
「・・・お手数を、おかけしましたか。」
艦橋に入り敬礼を終えたコリンズ副長は、どこか探るようにそう口に出してカース艦長に問うた。
「いや、なに。副長の仕事の邪魔をするつもりではなかったのだが。まあ、艦長への面会は
少し口籠るようになってしまったのは、提督から『
「ええ、大丈夫です。失礼ながら職責を果たす為に檻房での艦長の会話は確認しています。」
そのコリンズ副長の発言は、アイローラ提督の語った嫌な話を思い起こさせた。『情報部出身ののコリンズ副長は、アイローラ提督とカース艦長の私的な会話でさえ聞いているだろう』と。
「それなら既に聞いてもらった通りだ。ホーク中尉はもうしばらく本艦に留めておいてくれ。バグスに直接被害を与えられる任務なら、あの男も喜んで命を賭けるようだからな。」
「はい、了解致しました。そうしましょう。」
コリンズ副長は素早く同意する。二人の士官は、互いに相手の言動に満足して頷きあった。
「アラン、話があります。」
エルナが俺の元をわざわざ訪ねてきたのは午後の遅い時間だった。先日の出来事の後だけに、エルナの訪問を俺はやや警戒して見つめた。俺は妻達をちゃんと満足させられているのだろうか。
「珍しいな、どうしたんだい?」
「これを兄が送って来たのです。」
エルナが部下に運び込ませて天井まで積み上げさせたのは、小麦を入れるような大袋である。
「マックス殿が?」
エルナの兄のマックスとは結婚式で顔を合わせている。ノリアン子爵家は旧アロイス王国側に屈服していた家だが、ダルシムの軍に早くから参加してくれていた。その恩賞も兼ねて、子爵家継嗣であるマックスには樹海の中の油井を一つ任せている。
「ノリアン子爵領で栽培している救荒作物なのですが、誰も食べなくなり余ってしまったようで。」
エルナがサンプルを取り出すと、俺の手の上に載せる、その穀物の黒っぽい外皮の内側を割ると、甘皮に包まれた白い内側が顕になる。俺は殻を割って中を指で擦り潰すと、匂いを嗅いでナノムに確かめさせた。
「・・・これは、蕎麦じゃないか。」
「ソバ? アランの故郷ではソバというのですね。麦と違い、痩せた土地でも少しの水で育つので重宝していたのですが。」
エルナの話では、この様な救荒作物の存在は南の貴族には知られていなかったらしい。味に馴染みがないことから、家畜の飼料の一つとみなされてアロイス王国の統治下では課税されなかったそうだ。ノリアン子爵領が飢餓を生き延びる上で、蕎麦は有用だったらしい。
「これがなければ多くの領民が餓死していたでしょう。だから兄も領内の作付けを奨励したのです。しかし、それはそれとして平時に食べたいものではありません。麦が手に入るなら、人はわざわざ救荒作物を食べたりはしないものなのです。」
それで料理の才がある俺という夫のいるエルナの所に『美味しい調理法を伝授頂きたい』と蕎麦が運ばれてきたらしい。
「ふむ、折角の蕎麦が余ってしまったのか。国元ではどんな食べ方を?」
「元々は、轢いた粉を水に溶いて薄く伸ばして焼きます。」
「クレープのようなものか。」
蕎麦を使ったクレープは地球料理ではメジャーな食材だ。肉など挟めば美味しく食べられそうだが、飢饉の際とあっては肉も不足していただろう。気持ちの上でも、食材を組み合わせて美味しく食べる余裕なかったのだろう。
また殻を入れて引くか、殻から取り出した内側の白い身だけを使うかで味も食感も変わる。飢饉の際は食べられる量を嵩上げしようと殻ごとすり潰したのだろうし、そうすると麦の代用品としてはより良い印象を持たれなかっただろう。小麦でも全粒粉と小麦粉では好みが分かれるのだ。
「分かった、俺に任せてくれ。何か良い調理法を考えようじゃないか。」