【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 85話 【侵略篇⑥】 クーデター勃発
「ついに、元首がアイローラ提督と密談をしたとの事です。」
「報告をありがとう、コリンズ大佐。」
コリンズ副長からそう報告を受けたチートス特使は、短い言葉でコリンズ副長を労った。
「いかが致しますか? 準備が不足していますが、決起致しますか?」
チートス特使は深く息を吸った。彼らの今後のキャリアは今この瞬間の判断に掛かっていた。かつて植民星系総督として失敗した彼は、十人委員会の狗になる事で政治生命を繋いでいる状態にある。チートス特使が十人委員会の命に逆らえるはずがない。それに、人類銀河帝国において威勢を誇る航宙軍には思うところがある。
「元首は軍事政権の樹立に肯定的だ。アイローラ提督による政権樹立の可能性は見過ごせない。バグスの件も落ち着きつつある。このような情勢で彼女のような急進派に、人類の全てを委ねるのは危険でしかない。」
チートス特使の言葉に、コリンズ大佐も頷く。情報部はカルラ・アイローラ提督の性格を惑星管理AIにより徹底的に分析していた。本人の自覚以上に彼女の性格傾向は掴んでいる。変革や抜本的な改革に肯定的な彼女を首座に据える事は、アデル政府の統治に不可逆な影響を及ぼす可能性が懸念されていた。
これは個々人の能力の高低の問題ではない、むしろアイローラ提督に能力があるからこそ生じる問題なのだ。情報部は統治の安定化の為に、能力がありつつも革新的で変化を好む軍人を排斥するのが主な目的である。有能な者は宙兵隊に送り込んで現場で摩耗させる。政治であれ軍事であれ、AIによるサポートがあれば致命的な失態は生じにくい。ならば軍人は現場の尻拭いに徹しさせ、致命的な破綻が起きないようにAIを活用すればいい。
組織のトップは適度な無能に治めさせ、不相応な地位を維持するのに全力を尽くさせる。それこそがアデル政府の既定方針である。一般に「能ある鷹は爪を隠す」という。隠された爪さえ暴き立てるのが情報部の役割である。そしてそれは、現在の支配体制を維持する上で必要な事と見做されていた。
「準備は整っている筈だな?」
「はい、私の階級が将官に留まったままなのが悔やまれますが。」
「階級など後からどうとでもなる。元首の油断を誘うには必要な措置だったろうよ。稼いだ時間で、委員会の大勢も元首交代に傾いた。」
「では、遂に?」
「ああ、〈エーテルリンク〉を確保する。ニコラス少佐に連絡を取りたまえ。作戦を開始せよと。」
ニコラス少佐の宙兵隊はアデル政府直属である。彼らは功績を上げた古参兵を中心に、志願者を選抜して構成された。上が無能でも成立するように集められた現場力の結集である。サイボーグ化された彼らの本質は、ナノムにより強化された宙兵をも速やかに鎮圧する更なる武力である。
「十人委員会の命を奉じ、この艦を制圧する。この艦の乗員は貴重な人材だ、殺傷は許されない。全て生け取りにせよ。」
ニコラス少佐の檄が飛ぶ。〈エーテルリンク〉で反乱を取り締まるべき宙兵隊は、元首に忠誠を誓うアイローラ提督の派に属する者にとって反乱の尖兵となった。
『・・・本艦では人類銀河帝国に対する重大な陰謀が進行している。星系防衛の司令官を人類全体の統治者に昇格させる試みは元首の愚行に他ならない。政治において文民統制の原理は絶対である。懸命なる諸君は事態を正常化させる宙兵隊に協力をするように。繰り返す・・・』
コリンズ大佐によるそのアナウンスは
(エーテルリンク少佐、この不快な艦内放送を停止して)
(はい、艦内放送を停止します。)
艦内にあれば提督の命令は通信により艦載AIに伝達される。艦載AIの権限により、瞬時に放送が停止した。
(私は本星系防衛艦隊司令としての権限でコリンズ大佐の権限を停止し、〈エーテルリンク〉副長の任を解きます。)
(不可能です。コリンズ大佐の職務は十人委員会により保護されています。この決定を覆すには、提督と本艦の艦長であるカース艦長の合意が必要です。)
(それなら、カース艦長を通信で呼び出しなさいっ!)
イライラとしたアイローラ提督は語気を強めた。今回の留守はカース艦長に委ねた。である以上、コリンズ副長による反乱など発生させて欲しくは無かった。だがカース艦長は他艦から引き抜いた
(提督、お呼びでしょうか?)
音声だけだが、のそりといった具合にカース艦長は通信に応じた。彼はこの状況をどう認識しているのだろうか。
(カース艦長、一体どうなっているのです。いつからこの艦は委員会の手先に・・・いえ、まず今はコリンズ大佐の権限を停止させましょう。)
(その件でしたら再考を検討願います。閣下の
カース艦長の言葉も終わらぬうちに、
(この会話も〈エーテルリンク〉によりコリンズ大佐に筒抜けです。慎重な発言を願います。)
雪崩こむ宙兵隊に
「私を防衛艦隊司令、アイローラ提督と知っての狼藉なのでしょうね?」
「はい。十人委員会が提督にクーデターの嫌疑で出頭を求めています。」
宙兵をかき分けて姿を現したニコラス少佐はそう言うと薄く笑った。
「惑星側の準備が整うまで、提督の身柄は宙兵隊が拘束します。・・・連れて行け」
「・・・提督の捕縛にご協力ありうがとうございました、カース艦長」
この部屋の主であるチートス特使はねっとりとした視線をカース艦長に向けた。
「少し意外でしたよ、あなたはアイローラ提督側に与するかと」
「自分はアデル政府の命令に従う軍人です。」
「ふむ、結構。今後の正式な対応を委員会が決定するまで、対バグス戦の指揮はこれまで通り艦長に委ねましょう」
「ありがとうございます」
チートス特使とコリンズ副長は視線を交わし合った。二人がカース艦長を引き入れたのは、艦載AIを従える権限をもつ艦長に動かれると厄介な為である。艦内の主要な武力は宙兵隊が抑えたとはいえ、艦への命令権はそれ自体が武器となり得る。それに提督も艦長も相手取るのは、委員会の命令を持ってしても
問題はカース艦長が委員会の要請に従うかだったのだが、情報部の分析ではカース艦長は保守的で愚直な軍人という評価だった。アイローラ提督に従う現状も、カース艦長の愚直な面の表れであると分析が出た。部下が上官に従うのは当然のことであり、アイローラ提督の思想的な共鳴者でないなら協力者とみなす事ができる。
断れば宙兵隊に処刑されるという剣呑な状況ではあったが、カース艦長はチートス特使を介した委員会の要請に応じた。『委員会の要請に従い、アイローラ提督の捕縛に協力します』という言葉は、情報部の精密な真贋判定を潜り抜けた。その点がカース艦長を信頼するベースとなった。
「・・・では失礼します」
チートス特使の部屋を退室すると、カース艦長は制帽を被り直した。特使の部屋は中も外も宙兵隊で囲まれている。廊下に出たカース艦長を問いただすように、ギロリと宙兵の視線が向けられた。その視線を背中で受け流すようにして、カース艦長は拘束室のあるエリアに足を向けた。
「貴方は、どの面下げて私に会いにきたというの?」
艦長としての特権を振り翳し、面談したアイローラ提督はキッとカース艦長を睨みつけた。
「委員会の命令は正当なものです、自分には逆らうことなどできません」
「元首の権限は、十人委員会の権限を上回るのよ。」
その言葉をカース艦長は受け流す。
「本艦は委員会の管理下にあり、艦隊の他の艦との通信は遮断されています。バグス出現までその状況は覆らないでしょう。今は委員会が元首に審判を下すのを待つ状況です。提督の職位や階級まで剥奪されたわけではありませんが、移送が決まるまでは虜囚として大人しくしていただきたい。」
「ほら、これはやっぱり明白な元首への反乱じゃないの」
そのカース艦長の言葉に静かになったアイローラ提督とは対照的に、カース艦長はやや乱雑に力を込めて拘束室内の備品を確認して回った。
「問題が、ありますな。」
「何をしているの?」
独居房の柵越しにアイローラ提督はカース艦長と言葉を交わす。
「この拘束室は建造して初めて使用されるのです。使用実績がない部屋は不備があってもおかしくはない。バグスとの戦闘中に空気の供給が絶たれるなどあれば一大事ですからな。こうして見回りに来たという訳です。」
戦闘中は不測の事態が起きても許容される。艦内の一部区画が空気漏れするなどよくある話なのだ。設備の具具合に見せかけて暗殺されかねない状況にアイローラ提督はゾッとした。裁判で裁くより、現場で事故に見せかけてケリをつける方がチートス特使やコリンズ大佐には後腐れがないだろう。
「やはり機器の反応が悪い。確認したな、エーテルリンク少佐?」
カース艦長はアイローラ提督を放置して、艦載AIに語りかける。アイローラ提督の呼びかけには反応しない艦載AIは、カース艦長の声にはすぐに反応して下層表示でその場にいる全員の前に姿を現す。
「はい、機器の不具合を確認しました。空気漏れが発生した場合、内部の人員が生命を脅かされる状況です」
「では、艦長として人数分の宇宙服の運び入れを命令する。これは保全措置である。命令を確認し、受領せよ」
「はい。艦長の命令を確認し、受領しました。」
「よろしい。」
カース艦長はアイローラ提督に向き直った。
「不測の事態か起こらないように、人数分の宇宙服を運ばせます。」
今は暗殺が怖い。アイローラ提督は黙って頷いた。義理堅いカース艦長は、これまでの関係からアイローラ提督が命まで失うのは良しとしないのだろう。
「さて、アイローラ提督。これは本心からの忠言なのですが。」
そう言って本題を切り出すカース艦長に、彼もまた脅しをかけるのかと暗い気持ちでアイローラ提督は言った。
「言うだけは言って見て、聞いてあげるわ。」
「本艦の指揮権を私に正式に移譲してください。」
「・・・既にエーテルリンク少佐は、私の指示を聞いてくれないようだけれど?」
「私に言わせれば、それ事態が問題ではないのですか。アサポート星系にいる将官はアイローラ提督、貴方だけではありません。実態を伴わない命令権であれば、委ねてしまう方が生命が脅かされる可能性はなくなるはずです。」
アイローラ提督は素早く考えを巡らせた。確かに元首の任命した提督の命令を艦載AIが聞かない点は気に掛かる。委員会の正式な介入だけでは成立しない。何らかの介入があるのだろう。ただし、それも限界があるのだとしたらどうだろうか。
カース艦長には元々、艦長として自分に次ぐ権限がある。カース艦長に権限を委譲しても、権力の独占は起こるかもしれないが無かった力を振るう結果にはならない。それに指揮権を有する限り、命を狙われる状況にはなりにくいだろう。空気漏れという身近な危機に対して、打てる対策としては悪い内容とは思われなかった。
「いいわ、アサポート星系を去るときはそうするつもりだったし。」
「エーテルリンク少佐、アイローラ提督の命令を記録せよ。」
「はい、艦長。記録します。」
「私カルラ・アイローラ提督は、アサポート星系防衛艦隊司令の任を〈エーテルリンク〉のカース艦長に引き継ぐ。これにより私の〈エーテルリンク〉の指揮権も消失するものとする。これは元首の決定に従う内容である。以上内容を確認し、受領せよ」
「アイローラ提督の指示を確認し、受領しました。」
アイローラ提督はフーッと息を吐いた。これにより彼女は防衛艦隊の司令の地位を自ら降りた。しかし表面的とはいえ、これは元首の決定そのままである。元首側に立って見る限り、命令の齟齬はない。
そしてバグスが次にいつ現れるかは予測できない。エーテルリンク少佐が彼女の指示に従うのは限定的である以上、対バグス戦の指揮はカース艦長に委ねるしか無かった。
「約束します、宇宙服は必ず運び込ませますよ」
そう言って拘束室を去るカース艦長を、アイローラ提督は無言で見送った。
カース艦長の計らいで拘束室には宇宙服がすぐに運び込まれた。アイローラ提督も宇宙服に仕掛けされている可能性を検討したが、その可能性は低いと判断した。その地位を降りた彼女を急いで殺す必要はないだろう。
宇宙服をチェックするナノムを欺くのは容易ではないし、そもそも殺そうと思えば他に方法はある。独居房が狭くなるが、命に換えられるものでは無かった。
諸般の事情により公開が30分遅れて申し訳ありません。分量も少なめですが、エアコンが故障した関係でバタバタして、あまり集中できる環境でなかったのでご容赦ください。