【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 87話 【帰還篇①】 ラーダ星系の戦い

Ⅳ 対バクス戦争の終結 87話 【帰還篇①】 ラーダ星系の戦い

 

大破した〈イーリス・コンラート〉が人類銀河帝国圏に帰還するにあたっては、障害が幾つか考えられた。

 

当初の問題は、〈イーリス・コンラート〉がその機能の大半を喪失した事にあった。船体の断裂と遺棄されたセクジョンの剥離、搭乗員の死亡、搭載兵器の喪失、ジェネレーターや超光速(FTL)通信装置の破損。

 

どこから手を付けて良いのか見当もつかないほどだが、艦載AIであるイーリスは困難な修復を成し遂げた。

 

まず、船体については大遺跡の技術を用いて全体を金属殻で包み込んだ。これを小惑星をベースにした人工天体の中に埋め込む。

 

ジェネレーターについては重力操作により質量を圧縮した恒星を用いる。活用する段になるとエネルギーの変換効率については目覆う程の数値の低さだが、元となる恒星の出力が甚大な為に変換効率はまるで障害にはならなかった。艦隊を養ってもお釣りが来るほどのエネルギー値である。

 

そもそも船体を金属殻で覆った時点で既存の兵器は使用できない筈だ。甚大なエネルギーも、今はまだ特に使い道はないだろう。

 

武装もスラスターさえも無い宙を漂うだけの巨大な人工天体である。このままであれば、バグスと遭遇すれば戦う事も逃げる事も出来ずに上陸され放題となる。

 

「イーリス、やはり武装面に不安があるな。BG-X型戦列艦に対抗可能とは思えない。BG-I型巡洋艦相手でも現状では勝てないんじゃないか。」

 

航宙艦では速度が命なのだ。一般にバグス艦に比べて人類の艦は高速である。それに慣れ親しんでいると、スラスター制御すらまともに出来ない人工天体を艦とみなすことさえ違和感が強い。

 

「艦長、そこはある程度は割り切って頂かなくては。艦の現状に即して戦い方を変える必要があるのです。」

 

「しかし、ギャラクシー級として残されていた武装を改装で全て喪失したに等しい。機関セクションの代わりに恒星のエネルギーを抽出するにしても、だ。船体を埋め込んでしまったら、主砲と副砲どころかレーザー砲もシールドも使えないじゃないか。スラスターがないと姿勢制御さえも困難だろう。」

 

「閣下には、遺跡で使われたエネルギー砲があります。あれをご利用になれば良いのです。それに主砲も副砲も光子魚雷(フォトンビート)も使用可能ですわ。」

 

俺は暫しイーリスの顔を見つめて本心を探ろうとした。そして気がついた。

 

「転送門の応用か。」

 

「ええ。〈イーリス・コンラート〉が破壊された攻撃自体が転送門を通じて3方向から同時に浴びせられたものです。この攻撃は既存の兵装についても実現可能です。」

 

イーリスは仮想表示上にイメージを投影する。光子魚雷(フォトンビート)は主砲と副砲の一斉射撃と共に何物にも遮られずに敵の中枢に直接同時に叩き込まれた。エネルギー兵器と実弾兵器の精密な同時着弾とは凄いな、これは。

 

「人工天体の厚い外殻に包まれていても、中から放った攻撃は転送門経由で確実に敵艦に到達するゼロ距離射撃となります。しかもエネルギー供給面に不安はなく、連射可能です。ギャラクシー級として残された武装は建造当初と比較して僅かですが、命中率地と発射回数の差を考慮すれば火力は圧倒的に強化されたとさえ言えます。」

 

「攻撃を全て転送門に仲介させるとは、どれほど精緻な操作なんだ。単なる着弾予測とは訳が違うだろう。」

 

驚く俺に対してイーリスは軽やかに言い放った。

 

「問題ありません。艦載AIとしての私の演算性能は、魔石を用いて大幅に強化されていますから。」

 

「魔素の操作か、そうだったな。」

 

「ええ、魔素こそが全ての鍵です。この巨体とテクノロジーを維持するのには、内部を魔素で満たす必要があります。」

 

人工重力をはじめとする構成や外殻となる小惑星の重力の維持、恒星によるエネルギー供給ですら魔素が不可欠である。魔素こそ、惑星アレス外では本来は入手困難なのだが、大遺跡を占拠した人類スターヴェイク帝国は潤沢に魔素を生み出す魔獣を調達出来る環境にあった。

 

「しかし流石の君でさえ、魔素の全容の解析は出来なかったな。」

 

「ええ。ですが魔素の獲得工程は確立してあります。惑星アレスを離れての魔素の運用に支障はないでしょう。」

 

人工天体の中に大陸にも等しい面積の陸地を用意し、魔獣を解き放つ。一見すると非合理極まりない方法だが、人類の手で魔素の循環を実現するには他の方法がなかった。

 

当然ながら、魔獣は間引く必要がある。生命活動を通じても魔素は放出されるが、死ぬ時に大気内に放出される魔素の量が最も激しい。魔石の回収も見逃せない点である。

 

魔獣を狩る頂点捕食者として、イリリカ王国の戦犯を主体とした開拓民を予定し既に移住を完了していた。彼らは宇宙を航行する人工天体のいわばメンテナス係となるのだが、本人達はそんな事は知らされていない。

 

ただ惑星アレスの中にある列島に流刑となり開拓に従事する。彼らが理解しているのはそれだけだった。

 

首都アレスで構築した対策を用いれば、人類が魔獣による被害を心配する必要はほぼない。魔獣を実際に狩る際には危険は伴うが、回復魔法(ヒール)を使用可能な宙兵隊を応援に差し向ける事も出来る。元は兵士なのだし、武装も許した。

 

「開拓の成功で魔素の循環と食料供給も含めて長期航行がどうにかなるとしよう。しかしこれだけ巨大だと推進装置に難があるのではないか?」

 

「問題ありません。人工重力を用いて全体を加速させます。そもそも、星系間の移動には〈転送門〉を使用しますので加速の必要もない程ですが。」

 

イーリスが自ら思い描く理想の航行方法を仮想空間に表示させる。そこには文字通り体当たりでバグスの艦艇を蹴散らしながら進む〈イーリス・コンラート〉の姿が投影されていた。被弾面積が巨大で転送門さえ用いた自由な軌道でバグスの艦艇はなすすべもなく破壊されていった。

 

「スラスター推力に慣れ親しんでいると、小型の敵艦とその破片を突き飛ばしながら進む暴走直進航行には違和感があるな・・・。」

 

「本艦はもはや並の小惑星よりは巨大な人工の月ともいうべき天体です。ギャラクシー級の戦艦いえバグスのBG-X型戦列艦と正面から衝突しても、機能に一切の支障はありません。今は体当たりさえ、戦術的に有効な選択肢です。」

 

「こちらの表面に、傷跡位は残すんじゃないか?」

 

「表面の岩盤に一定の影響は出ると思いますが、そもそもの絶対的な質量差がありますから。上陸艇(エアシップ)に鳥がぶつかるほどの衝撃も感じさせないでしょうね。」

 

自信満々に言い放つイーリスに、俺は疑問をぶつけてみた。

 

超光速(FTL) 通信装置の復旧は難しいだろうか?」

 

超光速(FTL) 通信は原理は開示されていますが、特定の星系でのみ生産可能です。これらの重要技術は隠匿され、部品の製造については艦載AIである私にも情報が開示されていません。バクス側も人類から入手して類似する装備を持っているはずですが、独自で複製や製造はしていないと考えられます。」

 

バグスは超光速(FTL)通信技術を持たない。厳密には稼働する通信装置を所有はしているだろう。遺棄された人類の惑星や艦艇から回収した装置を使用していると示唆されているのだ。だがバグスが独自に生産できないのは重要な点だった。奴らはセキュリティの甘い古い装置を利用しているだけなのだ。

 

「やはり、人類圏に〈イーリス・コンラート〉で直接転移して接触を図るほかないか。」

 

「ええ。近傍用の通信装置は健在なのです。そして私は正式なギャラクシー級戦艦の艦載AIであり、私以上の身分保証は存在しません。」

 

「外見は、だいぶ様変わりしているけどな。」

 

「造物主の貴重な遺産を持ち帰ったと説明するのには、これくらい派手な方が良いでしょう。しかし人類銀河帝国への接触は慎重にする必要があります。」

 

「分かっている。第一級非常事態を宣言した指揮官は例外なく特級軍法会議にかけられ、無実を証明できない限り銃殺刑だったな。」

 

〈イーリス・コンラート〉の再建が進んだ今、問題の焦点は俺自身の処遇に移っていた。残された航宙軍士官として、戦力維持の為に必要なことを成し遂げた自負がある。

 

しかしクローンの製造や第一種非常事態の宣言など重要な一線を超えてしまっている。以後の行動計画は慎重にならないといけないだろう。

 

「大丈夫です。これだけのテクノロジーをアデル政府が必要としない訳がありません。全員の身分と惑星アレスの人類銀河帝国の編入はアデル政府に間違いなく追認される事になるでしょう。」

 

 

 

 

 

「アランは人類銀河帝国への帰還の際、私達を置いていくつもりだって?」

 

俺はセリーナとシャロンの二人に正面から圧を掛けられていた。

 

「イーリスが説明しただろう。アデル政府は将官には一種の強制力を持つ。通常なら問題にならないと思うが、君達は、その特別だから。アデル政府が何を要求するか分からない。」

 

「私達がクローンだから、ということね。」

 

改めてクローンだと本人達に言わせたのは申し訳ないな。言いにくい言葉を口にさせてしまった。俺はため息と共に口を開いた。

 

「そうだ。この件では肝心の俺自身が信用できない。対策は講じたが、保護されるべき人権を持つ対象と見做されるかは賭けだ。可能なら二人とも連れていくべきではないと思っている。」

 

将官に対する洗脳は、本来なら洗脳対象者もそうと気が付かないものだろう。俺の場合はイーリスが偶々丁寧に説明してくれたし、セリーナとシャロンにも開示してくれた。

 

通常の軍人なら知り得ない機密だし、配偶者であっても軍人でなければ情報は制限される。しかしセリーナとシャロンの“配偶者でありかつ軍人である”という地位を利用して、イーリスはセリーナとシャロンに必要な情報の大半を伝達する事に成功していた。

 

「ねぇ、アラン。考えて見て。アランを一人で行かせても、何があったか分からないまま音信が途絶える事になるかもしれない。私達のどちらが残っても夫と同時に姉妹も失う事になりかねない。そんな事は我慢できないわ。」

 

シャロンが俺の横に擦り寄ってきながらそういう。間近で感じる彼女の魅力に圧倒されながらも、俺は言うべきことを伝えた。

 

「この問題については、これまで有用だった人類銀河帝国の技術が信頼ならないんだ。正直、自分の事が1番信じられない。」

 

シャロンのいる反対側からセリーナが俺にもたれかかる。

 

「それなら、おかしな言動をした際に私とシャロンがアランを取り押さえるわ。」

 

「私達のコンバットレベルを忘れたの?私達はアランより高いわ。」

 

左右から雌虎に挟み込まれたような気分になる。美しいが、容赦なく自分を食い殺せる存在に挟まれる感覚。この殺気は本物でないと信じたいが、自分たちが勝てる事を示すために意図して放たれているのだろう。

 

「・・・二人がかりで来られると敵いそうにないな、分かったよ。二人とも同行を認めよう。」

 

「ありがとう、アラン。みんなでこの危機を乗り越えましょう。」

 

 

 

 

 

惑星アンネット近傍に展開中のサテライト級駆逐艦〈パイオーン〉艦内は、重苦しい雰囲気に包まれていた。アデル政府から超光速(FTL) 通信でもたらされた最新の情勢が、彼らの心を暗くしていたのだ。

 

「艦長、アデル政府は増援の派遣を断ってきました。しかも、こちらに好意的だった艦隊司令のアイローラ提督は失脚したとの事です。」

 

女性士官の報告に、艦橋の空気は更に悪くなる。『人類の危機を理解してないんじゃないのか?』そんな陰口が飛び交う。惑星アンネットはワープポイントの要衝というべき位置にある。ここを等閑にすれば、アデル政府のあるアサポート星系の裏口がガラ空きになるに等しい。

 

ただ人類は既にアサポート星系まで幾たびか攻め込まれている。裏口どころか表玄関から堂々とバグスに乗り込まれているのが現状だ。そのような観点から言えば、裏口が開いていても主屋が落ちれば意味はないと考えるものなのだろう。

 

最終防衛ラインさえ守れば良いというのは亡国の道になり得る。そんな胸中の様々な感慨を振り切り、努めて冷静な口調を維持してシェアリング艦長は女性士官に問い返した。

 

「そうか、それでアイローラ提督の後任は誰かな。」

 

「〈エーテルリンク〉の艦長と副長が、代理で防衛作戦の指揮を取ったとのことです。」

 

どうやら名前も有名ではないらしい。現場叩き上げの人物達で、華々しい戦歴など無縁の人物なのだろう。

 

「艦長、意見具申を宜しいでしょうか?」

 

艦橋クルーのガードナー中尉が手を挙げる。内容は分かっていたが、無視する事も出来ない。シェアリング艦長は努めて落ち着いた口調を保って尋ねた。

 

「何かな、ガードナー中尉。」

 

「我々は充分働きました。そろそろ転進を検討しても良いのではないでしょうか?」

 

「ふむ」

 

シェアリング少佐は、その意見を検討する素振りを示した。流石に士気の低下は覆い難い。

 

「アデル政府は『本星系で活動するバグスの情報収集と遅滞工作』を本艦隊の目標と定めた。撤退するには、何か適当な理由が必要となる。」

 

「理由は補給の遅れです。既に我々は食料を使い果たしました。今はコールドスリープを用いて人員を最低限にまで減らし、その僅かな人員で再生食料にまで手を出して食い繋いでいるに過ぎません。」

 

熱のこもった艦橋クルーの視線がシェアリング艦長に集中する。まともな食事など久しく摂取出来ていない。ここでいう再生食料とは、一定の処理工程を経た汚物の再利用に他ならない。

 

栄養素毎に錠剤化しているが、正直言って気持ちいいものではない。しかも必要量にはまるで足りないのだ。再生食料だけでなく水耕栽培した芋類を軸にしているので想像するほど酷い食事ではないものの、食事は仮想空間内で摂取して見た目だけでも自分を誤魔化そうとする者も多かった。

 

緩慢な飢餓がこの小艦隊を襲っている。小惑星帯の基地や漂流する味方艦の漂流する貨物までかき集めているものの、餓死の影は忍び寄っていた。

 

「アデル政府は現地調達を命じてくるが、バグスに占領された惑星アンネットからの食料調達は不可能だからな。パイオーン少尉、食料は後どれくらい保つ?」

 

答えは承知していたが、敢えてシェリング艦長は艦載AIのパイオーン少尉に尋ねた。既に何度も確認済みだった。しかしこの答えをまずは事実として艦橋クルーと認識を共有させる必要がある。

 

「食料の残量から見て、現在の作戦展開を継続できるのは後三日間です。」

 

艦載AIであるパイオーン少尉の言葉が、シェアリング艦長の背中を押す。彼は覚悟を決めると口を開いた。

 

「よし。アイローラ提督が降板させられたのなら我々もここらが限界だろう。後三日間が過ぎたらアサポート星系方面に引き上げよう。こちらが撤退を決断しても、アデル政府にはもう追求する余裕はないかもしれないしな。」

 

艦橋に小規模な歓声が上がった。バグスに蹂躙される惑星を見守るのも苦行である。バグスの鈍足な貨物船などは仕留めるようにしている。そのお陰で惑星上の人類が大量に搬出される事態は避けているが、増援が派遣されないなら時間の問題だろう。どの道大規模なバグスの艦隊が集結すれば、こんな小艦隊で対抗できる筈もない。

 

そんな時、パイオーン少尉が警告の声を発した。

 

「艦長、多数のバグス艦艇がワープアウトしてきます。BG-X型戦列艦だけで、既に三隻です。」

 

艦載AIの緊迫を帯びた声に先程まで活気に満ちていた艦橋が静まり返った。BG-X型戦列艦は単艦で運営される事などあり得ない。必ずBG-I型巡洋艦を引き連れる。つまりBG-X型戦列艦は事実上、バグスの艦隊旗艦を意味する。

 

「直ちにアデル政府に超光速(FTL) 通信で状況を報告するんだ。」

 

シェアリング艦長の指示は、続くパイオーン少尉の声にかき消される。

 

「バグスの艦隊は更に増大しました。BG-X型戦列艦は既に十隻を突破、さらに増えます。その数二十隻。」

 

BG-X型戦列艦は必ず十二隻から十六隻のBG-I型巡洋艦を随伴している。つまり定数なら現時点での敵の総数は三百隻を優に超える事になる。

 

「百倍以上の戦力差なんて」

 

「そんな大軍で。奴ら、何が目的なんだ。」

 

ガードナー中尉が拳でコンソールを叩いた。誰も何も答えなかった。BG-X型戦列艦一隻でもこの小艦隊が対抗できる戦力ではない。集結したバグスの大艦隊は、アデル政府の誇るエーテル級の防衛艦隊さえ凌駕しそうな大戦力に思われた。

 

「バグスはこの宙域を、人類銀河帝国内部侵攻への集結拠点にしようとしていると推測します。」

 

パイオーン少尉の声が響く。その意味するところは明白だった。それぞれの宙域に展開したバグスの艦隊は、人類の本拠地であるアサポート星系に大規模侵攻するにあたって集結点を定める必要がある。最もアサポート星系に近く、多数のワープポイントを保持するのはこの星系なのだ。

 

しかも人類側の戦力はサテライト級駆逐艦が三隻という分艦隊にも満たない小艦隊でしかない。バグス側が各個撃破される可能性など万に一つもない。そして惑星アンネットの人口は億を超える。それはつまりこれまで何とか生き延びた惑星アンネットの住民も、艦隊に乗って押し寄せた大量のバグスの食料とされる事を意味していた。

 

 

 

 

 

「三日間は星系内で戦い抜く。この惑星で何が起こるかを記録できるのは我々だけだ。」

 

シェアリング艦長の言葉に、仮装空間に展開した作戦会議に参加した全員が頷いていた。各艦の艦長を集めた全体会議の場である。小艦隊を構成する他の二人の艦長達はシェリング艦長の作戦案を支持してくれた。

 

サテライト級駆逐艦は十分に高速であり、速度を維持する限りはバグスといえども簡単に補足は出来ない。最終的なバグスの総戦力は、ここで掴んでおくべき数値である。

 

問題は艦隊が逃げ続ける限り、惑星の防衛など不可能な事にある。だが艦隊の目的が記録である限りは、それで支障はなかった。そう戦い抜くなどと景気の良いことを言っても、実態は逃げ続けるのみである。

 

「ワープポイントをバグスに占有される恐れはないでしょうか?」

 

〈パイオーン〉の僚艦である〈エペイオス〉のサリダ艦長がそう疑問を口にする。

 

「それはバグスの既存戦術にない以上、考えにくい。それにこの星系には複数のワープポイントが存在する。こちらが速度を維持する限り、脱出に問題はないだろう。」

 

努めて明るい口調でシェアリング艦長は意見を述べた。人類の持つワープ技術は重力波の安定したワープに最適なポイントまでの自力航行を必要とする。ワープポイントからは星系間の“何もない”真空の宙域を飛び越える事が可能だった。

 

それも最適なワープポイントを用いれば飛び越えられる星系は一つに留まらない。それだけにワープポイントは何もない宙域とはいえ争奪地点になりやすい。

 

しかし多方面からバグスの艦隊が押し寄せてこない限り、まず危険はなかった。その筈だったのだが。

 

「その件ですが艦長、既にアサポート星系に通じるワープポイントを含め、全てのワープポイントからのバグス艦隊の出現を確認しました。」

 

まだ作戦会議は継続している。そんな短時間の内にも、パイオーン少尉の報告に彼らは追い詰められていた。

 

「バグスの戦力がこれほどまでとは・・・」

 

この星系に集結するに辺り、途中経路の人類の惑星は全て蹂躙されたのだろうか。ワープアウトしてくる艦艇はバグスの艦船しかない。途上で阻止しようとした人類側の艦隊は殲滅されただろう。

 

「我らの運命も風前の灯ですな。」

 

〈パイオーン〉の僚艦である〈エペイオス〉のサリダ艦長がそう口にする。

 

「今は会議ではなく、生存を優先すべきです。方針は全て支持します。可能なら脱出を。」

 

〈アイトーロス〉のクリシュナ艦長の発案で会議が終了した。

 

シェアリング艦長は最悪を覚悟した。ただ超光速(FTL)通信はバグスに阻害される恐れはない。仮にこの星系内から脱出できなくとも、貴重な情報は人類に伝えられる筈だった。

 

 

 

 

 

しかし仮想空間を抜けたシェアリング艦長に、驚くべき報告が寄せられた。

 

「シェアリング艦長、バグスのBG-X型戦列艦が次々と破壊されていきます。撃破数、既に四隻です。」

 

「ついに、救援が来たか。」

 

アイローラ提督が失脚したというのは何かの間違いだったのだろうか。或いは提督はアデル政府から離脱し、自分に従う者達を引き連れて救援に来てくれたのではないか。

 

「それで、味方の艦隊は何隻か?」

 

敵バグスの戦力はこれまでと違うワープポイントに到着した艦艇を全て合算してBG-X型戦列艦が三十隻、総数は五百隻に近づいている。しかしエーテル級の性能が噂通りなら、半数もあればバグスを殲滅可能かもしれない。いや、バグスは複数のワープポイントに分散配置している。各個撃破すれば、それより少ない数でも勝利可能だろう。

 

人類は遂にここから反攻するのだ。艦隊が到着したのなら、劇的な勝利も夢ではないだろう。しかし艦載AIであるパイオーン少尉の回答は、驚くべきものだった。

 

「一隻です。」

 

「一隻、単艦で作戦行動しているのか?」

 

信じ難い思いでシェアリング艦長はバグスの被った被害に視線を落とす。間違いない。BG-I型巡洋艦などではなく凶悪なBG-X型戦列艦が次々と血祭りに上げられていた。

 

「エーテル級は凄いな。或いは我々の知らされていない新型艦か?」

 

そこまで考えてシェリング艦長は、ゾッとする考えを抱いた。

 

「まさか人類ではなく、新たな異星生物なのか?」

 

「いいえ、BG-X型戦列艦を撃破しているのはギャラクシー級戦艦〈イーリス・コンラート〉と表示されています。」

 

 

 

 

 

「艦長、本当に宜しいのですか?」

 

「人類が襲われているのを見過ごす事は出来ない。それに、駆逐艦のFTL通信装置を経由すればアデル政府への報告もそれだけ早く行える事になる。」

 

ラーダ星系、ワープポイントを複数擁する交通のハブであるこの惑星が〈イーリス・コンラート〉の転送門使用航行実験の最初の目的地だった。

 

アデル政府のお膝元であるアサポート星系への直接侵入は避けたかった。それでは事態がエスカレートする可能性がある。

 

ワープポイントが複数あるラーダ星系を選んだのは、交通量の多い星系ならこちらに都合の良い相手が見つかると考えたのだ。

 

我々の目的はアデル政府への連絡である。しかしながら、最初は報告書という形で連絡を行うのが良いと結論を出していた。

 

適当な軍艦に超光速(FTL) 通信経由で報告を行なってもらい、詳細な報告書は託して直接アサポート星系に向かってもらう。日時を予告した上でアサポート星系に乗り込むのが最も適切だろう。何より相手に方針を協議する時間を与えるべきと考えたのだ。

 

人工天体ごと直接アサポート星系に乗り込んだのでは、脅威と見做されかねないとイーリスからも警告を受けていた。

 

またワープポイントが多数あるラーダ星系なら、人類銀河帝国から逃げる展開になっても多数の行き先があると思わせる為でもある。実際は転移すればワープポイントなど使用しないのだが、どこから来たのか分かりにくくする労力は必要に思われたのだ。

 

「しかし人類銀河帝国のこれほど奥深くまで、これほど多数のバグスに入り込まれているとは予想外だったな。」

 

航宙軍の艦船が星系内に存在すれば、状況は艦載AIを通じてアップデートされる。到着した直後から、我々は詳細な敵の配置を入手していた。

 

「シャロン大尉、君を砲術長に任命する。主砲でバグスのBG-X型戦列艦を狙い撃て。」

 

「了解!」

 

かつて〈イーリス・コンラート〉が大破し、超空間から引き摺り出される原因となった造物主の超兵器は主砲として利用できるように環境を整えてある。

 

「イーリス大尉、他の搭載兵器は君に一任する。優先度の高い脅威から排除を開始しろ。」

 

「了解しました。」

 

〈イーリス・コンラート〉の残存兵器、副砲やレーザー砲塔はイーリスに権限を委ねた。本当なら人類が操作したいところだが、現在の〈イーリス・コンラート〉は人工惑星の奥底に埋まっている。

 

放たれた攻撃を転送門を通じて標的に命中させるなど、人類には不可能な操作なのだ。それは恒星のエネルギーを抽出して転送門経由で三方向からエネルギー波を叩きつける「恒星砲」も変わらない。しかしこちらは専用の操作用インターフェイスを実装していた。

 

欣喜雀躍しながら、シャロンが恒星砲でバグスの撃破を開始する。

 

「逃げようとしても、無駄よ。」

 

シャロンのしなやかな指の動きが、バグスのBG-X型戦列艦を追い詰めていく。また一つのBG-X型戦列艦がエネルギー波に晒されて周囲を巻き込み轟沈する。

 

予期せぬ攻撃にバグスの艦隊は慌てふためいてワープポイントに殺到している。到着したばかりの連中は、この星系から離脱しようと反転してバクス艦同士で押し合っている。しかしこちらの存在が見えていない以上、すぐには反応できない筈だった。

 

「近傍のバクス艦がこちらの位置を発見したようです。私の方で迎撃します。また、ワープポイントに配備されていた艦は離脱を開始しました。」

 

「早いな。」

 

「どうも、友軍の艦載AIには孔があるようです。情報がバグス側にダダ漏れていますね。」

 

仮想表示されるイーリスが眉を顰める。性能が大幅に向上したAIであるイーリスにとって、情報漏洩は明白に感知できるものらしい。

 

「その孔は塞げそうか?」

 

「ご命令があれば。」

 

「では、バグスに利用されているラーダ星系の友軍の艦載AIのセキュリティーホールを全て除去せよ。」

 

「了解しました!」

 

イーリスが笑顔と共に敬礼すると姿を消す。作業に集中しようというのだろう。戦闘中の味方艦の艦載AIのアップデートなど前代未聞だろう。そもそもそれが可能な艦載AIの性能など聞いたことも無い。

 

「これでまた、軍事裁判の材料が増えたかもしれないな。」

 

しかしバグスに位置情報が筒抜けなのは困る。転移すれば簡単に座標移動できるが、その度にすぐに居場所を掴まれるとこちらの優位は崩れるだろう。

 

新生〈イーリス・コンラート〉の戦闘にはまだ慣れない。不用意なリスクを冒すと、人工惑星内部にバグスが乗り込んできかねない。いや、それを想定してバグスに乗り込まれる対策はするべきか。

 

「セリーナ大尉、宙兵隊の準備をさせてくれ。必要なら指揮を頼めるか。」

 

「任せてください。」

 

非番の為、オブザーバーシートで観戦していたセリーナが快諾し瞬時に反応する。本来彼女は次の当直に備えて寝ていなければならない立場だが、ラーダ星系到着の瞬間を見届けると言って聞かなかったのだ。

 

バグスと大規模な戦闘になると、人手が欲しい。セリーナもすぐに参加してくれたのは僥倖だろう。

 

「艦長、味方の艦隊指揮官から通信が入っています。」

 

もう味方艦の艦載AIのアップデートを終えたのだろう。セリーナから振り返ると、イーリスの仮想表示が再び姿を現していた。

 

「繋げてくれ。」

 

「メインスクリーンに表示します。」

 

『〈イーリス・コンラート〉こちらサテライト級駆逐艦〈パイオーン〉のシェアリング艦長です。聞こえますか?』

 

「こちらは〈イーリス・コンラート〉、コリント艦長です。」

 

 

 

 

 

ギャラクシー級戦艦〈イーリス・コンラート〉、それは探索任務に従事して連絡を絶った艦だった。大型艦が壊滅した現状では、残存する可能性のあるギャラクシー級として注目を集めていた。

 

「コリント艦長、救援を頂きありがとうございます。」

 

シェアリング艦長は、スクリーン表示された目の前の人物に頭を下げてみせた。ギャラクシー級でこんな大規模なバクス艦隊を単艦で凌駕する戦いが出来るとは思えなかったが、今も目の前では次々とバグスのBG-X型戦列艦が仕留められていく最中である。その撃破速度は、一分に一隻とかなり早い。

 

どのような手法を用いるのかは不明だった。いや、本当に人類か確かめたくて通信を試みたのだ。

 

「人類を救うのは当然の責務です、シェアリング艦長。」

 

頭を下げられた事にちょっと驚きを見せながら、コリント艦長と名乗った人物は肩をすくめてみせた。戦艦の艦長の方が明らかに上席なのだが、その若者は丁寧な口調は崩さなかった。

 

金髪でグレーの目をしておりまだ若い。艦橋クルーには珍しくガッチリした体格をしていた。傍に立つ副官役の女性もかなり若かった。こちら下手したら十代にしか見えない。

 

こちらの物といたげな視線に気がついたのだろう、コリント艦長が弁明するように口を開く。

 

「そちらの艦載AIの情報網には孔があるようです。バグスに位置情報が筒抜けと本艦の艦載AIから警告を受けた為、修復を指示しました。無断で実行して恐縮ですが、寸暇を惜しむ必要があったのです。ご了承ください。」

 

「そのような事、バグスに対抗する上では当然です。」

 

コリント艦長はにこりと微笑むと、艦載AIに何か指示を出してこちらに向き直った。

 

「本艦の事情はアデル政府への報告書のドラフトという形でそちらにお送りしておきます。バグスの対処は〈イーリス・コンラート〉で行います。戦闘終了後に、交信を再開しましょう。」

 

「了解しました。」

 

双方敬礼とともに通信を終える。

 

「どうやら本当に人類のようだ。」

 

まだ狐につままれたような思いだったが、シェアリング艦長は自分達の命が救われたことを悟った。




特に理由はなく純粋に木曜には出来上がりませんでした。遂に人類銀河帝国に復帰となり感慨深いですね。
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