【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 88話 【帰還篇②】 エクソダス計画

Ⅳ 対バクス戦争の終結 88話 【帰還篇②】 エクソダス計画

 

「ラーダ星系にバグスの大群が出現したようです。」

 

「BG-X型戦列艦だけで三十隻?総数五〇〇隻はとても駐留艦隊が持ち堪えられる数ではないな。」

 

アデル政府の要人達を、絶望の陰が覆う。十人委員会では、初期報告を元に以後の対策が検討されていた。

 

「・・・直近のエーテル級での戦績は?」

 

「本星系の駐留艦隊は五隻のBG-X型戦列艦を含んだバクス艦隊に対し、やや苦戦を見せました。こちらは主に指揮官の交代が原因ですが。プラネット級の軽巡洋艦が三隻、アステロイド級に至っては十二隻を喪失しました。」

 

「今回のラーダ星系の、このバグス大艦隊の目的は何だ?」

 

「この大規模集結はバクスによるアサポート星系への本格侵攻の為と、AIは予想しています。」

 

「こんな大群が、この星系まで来るのか。」

 

「撤退だ。勝てる訳がない。」

 

戦うには時期が悪かった。これまでの元首の政権から、情報部を軸に十人委員会の主流派がクーデターを指示し軍事主導権を奪取したばかりである。

 

BG-X型戦列艦十隻、BG-I型巡洋艦艦一六〇隻はアイローラ提督なら問題なく勝ってみせた事がある。アイローラ提督の仕切った時代と比べて、現在のアサポート星系駐留艦隊は指揮も劣れば、艦隊の意欲も減退しているのだ。BG-X型戦列艦二十隻程度までならギリギリ勝てるかもしれない。

 

だが三十隻のBG-X型戦列艦に率いられた艦隊に一塊で攻められると、まず今の体制では無理だろう。それが戦歴から予測される結果である。

 

「指揮官をアイローラ提督に戻すか?」

 

「政局の勝ちを投げ捨てるのか?今更その選択肢はないだろう。」

 

「それならば、撤退で決まりだな。」

 

十人委員会の主流派を構成する八名の委員達は互いに頷き合った。元より計画を策定し、これまで実行時期を計っていた所である。

 

「これまでの議論の通りだ。アデル政府はトレーダー星系に移転させる。今の政府はアサポート星系を支える余裕などない。リストに従い、我々の政府に必要な人員の収容を進めさせろ。」

 

アデル政府にとってアサポート星系は首都があるというだけに過ぎない。産業力や農業力、そして人口で上回る惑星はまだ他にもある。他の星系への退避は、彼らには現実的な選択肢だった。

 

物流を絶たれたアサポート星系の食料事情は急速に悪化している。高度に工業化された惑星は、食料供給を他の星系に依存する。平穏な時代は依存先を複数抱えてバランス調整すれば事足りたが、バグスによる騒乱で物流が途絶えがちになると忽ちに窮した。

 

どこの惑星も無事に貨物が届くかどうか、そしてリターンが得られるか分からない為に物質出し惜しみするようになっているのだ。ならば食のある場所に艦隊と共に移動する方が賢い選択である。

 

これまでにない規模の大型艦であるエーテル級は、複数のコンテナ船を繋ぎ合わせた形状をしている。雑多な民間貨物船であるアステロイド級を空母として収容するにあたり、積載量こそが命題だと考えられていた為だ。

 

その設計意図は空母としての機能に留まらず、その巨体は膨大な人員の収容も可能としていた。アデル政府が必要とする人員を収納しての脱出船、それがエーテル級の真の建設意図に他ならない。ギャラクシー級では不可能な人口と物資の搭載は、政府機能を他の星系に移転させるのに最適であった。アステロイド級の損耗率の高さでさえ、空いた収納場所を人員の収容に転用する為に活用される。

 

「それではエーテル級には我らの収容を指示したまえ。バグスはすぐにでも本星系にまで押し寄せる。政府移転と決まれば、早く移るに越したことはない。」

 

「これはまさに“エクソダス”ですな。」

 

「では作戦名はエクソダス計画としよう。」

 

おもねるようなジョコビッチ委員の発言に、キッドマン委員は機嫌良くそう答えた。反対者がなく万事思うままに決まるというのは、彼らに一種独特の高揚感をもたらす。

 

委員会の原則である採決も取らず全てが決まったかのように振る舞う委員会の主流派に対して、それまで沈黙を守っていた元首が異議を唱えた。

 

「私は、反対だ。アデル政府はアサポート星系を離れるべきではない。」

 

場が一瞬沈黙した。元首の発言で委員達のエクソダス計画への熱中が水をさされたのだ。理想を語ればキリがない。しかし人類の存続が危ぶまれるときに、一つの星系に固執するべきではない。彼ら十人委員会の構成メンバーさえいれば、そこが人類銀河帝国の中枢を占めるアデル政府たりえるのだから。そのような想いを背景に、十人委員会の多数派を牛耳るキッドマン委員は元首へと向き直った。

 

「我々も元首を欠くのは本意ではない。〈エーテルリンク〉には、もちろん君とスタッフの席は用意させるが?」

 

「アサポート星系には一億を超える人類がいるのだ。彼らを見捨てる選択肢はあり得ないだろう。」

 

「自分もそう思います。」

 

静かに手を上げたのは、これまで沈黙し中立派を決め込んでいたデップ委員である。

 

「それでは8:2、という事で良いのかな。」

 

キッドマン議員が先に座ったままで他の委員を睨め回す。デップ委員の他には、元首の派閥だった者達を含めて同調する者はいない。彼らは確保した自分達の脱出船の席を失う事を恐れているのだろう。

 

「新たな元首の再選には、議会の招集が必要となる。だがバグスとの戦闘による現職死亡という事なら、後継者指名は十人委員会に一任されている。」

 

ジョボビッチ委員がキッドマン委員に向かい発言する。元首にも丸聞こえであったが、艦隊を離れてバグスの押し寄せるアサポート星系に留まろうとする者など既に死体の扱いなのだろう。

 

「そういう事なら、我らは残留する方々の健闘を祈ろう。無論、その方が歴史書の記載も映える。“船長は船と運命を共にする”か。」

 

キッドマン議員はそう締め括ると、手を振って元首とデップ委員に委員会質からの退室を促した。

 

「市民には出発までは何も悟らせるな、それだけは守ってくれ。」

 

最後に元首がキッドマン委員に向けてそう希望を述べる。その言葉にキッドマン委員は頷いて見せた。

 

「分かっているよ、無用な混乱は我らも望まない。こちらの出発の妨げだからな。」

 

定数を満たして開催された最後の十人委員会は、このささやかな利害の一致で最後の合意を得た。そして冷ややかな視線を背に浴び、元首とデップ委員は立ち上がると委員会室を退室した。

 

「本当に勝算はあるんでしょうね?」

 

委員会本部を出て、元首の専用車に乗り込んだデップ委員が元首に囁く。

 

「勝算?、そんなものはないさ。」

 

その返答にデップ委員は驚いた。気が変わったと委員会室に戻ろうかと逡巡する。しかし、乗り込んだ車はもう宙に浮いて走行を開始していた。

 

それに委員の中にはバクスと通じる存在がいる可能性が極めて高かった。デップ委員としては、バクスに利する位なら死を覚悟する方がマシであった。やや逡巡を見せたデップ委員に、元首は得意げに付け加えた。

 

「勝算はない。ただ、確固たる事実のみがある。十人委員会の他のメンバーは誰も知らないが、ラーダ星系のバグスは既に撃退された。」

 

「なんですって、確かなのですか?それこそバグスの情報工作の可能性があるのでは?」

 

驚くデップ委員に、元首は笑って見せた。この情報は何度も確認をして、間違いないとの確証を得ていた。少なくともラーダ星系においては、人類は間違いなく勝利していた。

 

「ああ、間違いない。行方不明だったギャラクシー級の〈イーリス・コンラート〉が成し遂げたのだ。果たしてそんな大多数の敵、どうやって実現してのけたかまでは分からないがな。」

 

「まだ、この世に現存するギャラクシー級があったとは。」

 

「ラーダ星系からの追加情報は全て私が伏せさせた。委員会の他のメンバーは第一報の内容から、既に結末を知ったと錯覚している。何せ超光速(FTL) 通信は光速を超えるんだからな。それが沈黙する時は、報告者がバクスにやられたとそう考えた筈だ。しかし各宙域の艦隊の報告先は、彼ら委員会ではなく元首である私なんだよ。」

 

ようやく手品の種を悟り、デップ議員はため息をついた。現場の掌握は現職の強みである。自分だけが握る情報を意図的に止め、敵対する他の委員に決定的に誤った判断を行わせたのだ。

 

「つまりアサポート星系の人類の存続を願う我らの運命は、この〈イーリス・コンラート〉という戦艦の動向次第なのですね。」

 

「そうだ。願わくば新たなる指揮官の人格が、我らのアイローラ提督のようにまともな人物であって欲しい。だが何より重要なのは、バグスに勝利するガッツを示した事だ。我らが今必要とするのは、ただバグスに対する勝利だけなのだ。」

 

 

 

 

 

艦載AIを未実装の〈エーテル・ゼルダ〉は未完成ながらも稼働させられている。予定されていた多数の人員が艦内に乗り込み、エーテル級を動かす為の作業や訓練に従事している。本来、AIはサポート役に過ぎない。航宙艦は艦載AIがなくても、人類の手で航行可能なように設計されているのである。

 

来るべきバグスとの戦闘に備えて、乗組員(クルー)は誰もが準備に余念がなかった。

 

しかし、〈エーテルゼルダ〉は艦載AI以外にも重要な要素を欠いていた。責任者の存在である。

 

「何処かに艦長の候補者はいないかしら。」

 

アイローラ提督につけられた元首補佐官のブルワジットはため息をついた。彼女の手元には対象未記入の任命書と命令書がある。航宙軍の佐官以上の上級士官であれば誰でさえ、彼女は徴用して〈エーテルゼルダ〉の艦長と為す権限を与えられていた。

 

しかしながらアイローラ提督が拘束された現在、航宙軍の大勢は十人委員会の主流派の影響下に置かれていた。ちょっと協力してやろうという物好きな士官などいるはずがない。

 

そもそも上級士官は払底している。誰の手も空いていないのである。航宙軍の艦長経験者は、既に星系内の有資格者全員を有力艦に振り分けた後であった。

 

緊急可決されたクローン技術による士官教育法案に沿った解決策でも用いなければ士官の総数は増えないし、それとて未経験者は少尉から経験を積ませるしかないのである。この急場、〈エーテルリンク〉から何かいちゃもんがつけられる前にアサポート星系を去り目的地に向かう為にはとても時間が足りなかった。

 

「すみません。アサポート星系で佐官以上の階級は皆、既に自分の艦をあてがわれていまして。」

 

ブルワジットの右には女性士官が座っている。申し訳なさそうにしているアイローラ提督の副官であるクラリス・フェラン中尉の顔を見ると、ブルワジットは再びため息をついた。

 

フェラン中尉にせめて少佐の階級があれば問題は解決するのだが、現在の彼女は資格を満たしていない。

 

「文句は言わないわ。どんなに無能な佐官でも、自発呼吸してさえいれば後はこちらで上手くやるのに。」

 

艦載AIがなくても操作用の端末は搭載されている。そしてこのような完全な操作端末は非常に融通が効かない。艦載AIならば、搭乗中の最高位の士官を艦長に任命してくれたりするのだが、操作端末というのはアクセスする人間の審査を行い、不適格者を弾くだけの機能しかない。

 

「なんとかならないのかしら、人類存亡の危機なのよ?」

 

ブルワジットは今度は彼女の左に座っている男性士官に水を向けた。男性士官の名はケンジントン技術大尉。エーテル級の造船責任者である彼もまた、〈エーテルゼルダ〉を完成させる為に作業チームを率いて乗り組んでいた。彼の技能は多岐に渡るが、階級は技術士官を航宙軍士官として認められたとしてもやはり大尉でしかない。

 

「本来はアイローラ提督が指揮されるはずだったのです。提督が座乗出来ないなら、このまま荷物として回送するほかありませんな。」

 

ケンジントン技術大尉の反応は冷たい。というのも、艦載AIがなくとも自力航行可能な迄に完成させたのは彼のチームの功績である。にも関わらず予定した人員が拘束された為に出発できないというのは、完全に彼の責任の範囲外なのだ。回送される予定なら、それはそれで作業の段取りも変わっていたのである。だが誰も彼に最新の情勢など教えてくれないのだった。こうして耳だけ最新の情勢に拾おうと傾けつつ、今もまた作業チームの進捗を確認している所なのである。

 

「現在でも、乗組員(クルー)の生存に必要な諸条件は満たしています。このままシャイア星系のセンタナには到着可能です。まあ回送される貨物としてですが。」

 

〈エーテルゼルダ〉は既に出航し、シャイア星系に向かう最適なワープポイントに移動中である。しかし星系内の移動でさえ、惑星の管理AIに誘導される脆弱な存在だった。

 

誘導タグをつけて惑星管理AIの思うままに動かされるのは、マスドライバーで打ち上げられた貨物コンテナとほぼ同じ扱いである。惑星管理AIから別の惑星管理AIに受け渡され、複数の宙域にまたがり回送される貨物というのは鈍行のようなものなのだ。

 

その行程は着実であっても極めて遅い。しかも牽引されているだけで、自力航行している訳ではない。という事はバグスが出現すれば完全にお手上げなのだ。

 

「早く〈エーテルゼルダ〉に艦載AIを搭載し、アイローラ提督の座乗艦として整備しなければ。」

 

センタナ政府との折衝はブルワジット首席補佐官が、組み込みの実務はケンジントン技術大尉の作業チームが、道中の細々とした処理は副官のフェラン中尉が処理できる。

 

しかし肝心の艦長役がいない。艦長がいなければ、艦載AIを欠いたこのエーテル級空母は始動させられないのである。精々が生命維持装置を作動させてホテル代わりにするのが関の山だった。

 

一度ジェネレーターを始動させてしまいさえすれば、艦長代理やら艦長の後任襲名やらは可能なのだ。しかしながら軍艦の始動は、必ず佐官以上を艦長として登録して開始しなければならないのである。

 

「どこかに適当な少佐はいないかしら、贅沢は言わないけれど。」

 

貨物として運ばれる彼らは、外部の通信からも隔絶されている。要は目的地到着まで、外部に働きかける事もろくにできないのだ。

 

このまま低速でワープポイントに到達し、低速で超空間に入ればシャイア星系に到着するのも予定より遅れそうである。気ばかり焦る中、ダラダラと〈エーテルゼルダ〉は貨物としてゆったりとワープポイントに進んでいた。

 

 

 

 

「エクソダス計画、ですか。」

 

カース艦長が計画の詳細を聞かされたのは、実際に十人委員会の主流派が艦に乗り込んで来た後の事である。大人である彼は、感情を表に出さない。今回も不愉快感を一切示さずに乗り切った。

 

指揮官は常に冷静沈着であるべきなのである。カース艦長の軍人としての人生の大半は、不本意ながら才覚ではなくそのような人格の抑制で成り立っている。軍もまた人の集合体である以上、上に立つ者が冷静で思慮深く見える事はまた重要な資質たり得るのだ。

 

同僚や部下に不信感や反発心を抱かせては、そもそも組織での仕事など出来ないのである。圧倒的な才覚で他者をねじ伏せられる天才でない以上、カース艦長の振る舞いは常に穏やかで良識の範疇に身を置いている。そしてその第一歩は、内心を外に漏らさぬ点にある。上司であれ部下であれ、反感を抱かせるのは得策ではないのだ。節度を保ち、与えられた命令を遂行する。面白くはないが、それが周囲に軋轢を産まない秘訣である。

 

「バグスの大群を前にこの星系に止まるのは死を意味する。無論、みんなこの計画に賛成してくれると思う。選ばれた諸君は、人類が生き延びる為に励んでほしい。以上だ。」

 

チートス特使は乗組員(クルー)を前にそう説明を打ち切った。〈エーテルリンク〉は委員会派が全て掌握している。事情を説明したところで、もうどこにも漏れる心配はなかった。その事実が、乗組員(クルー)に対するチートス特使の説明をやや雑なものにしていた。

 

 

 

 

 

ラーダ星系における戦闘は、〈イーリス・コンラート〉がバグスを圧倒していた。当初は数を頼りに人類の小艦隊に接近を図っていたバグスの艦隊だが、その試みは〈イーリス・コンラート〉の出現で破綻していた。

 

「艦長、バグスがこちらへの攻撃を諦めたようです、一斉に反転し、逃亡の為にワープポイントに向けて撤退しつつあります。」

 

駐留の小艦隊とバクスとの中間地点に立ち塞がるように出現した人工惑星とそこから繰り出される攻撃に押され、接近攻撃さえ不可能な展開にバグスもついに攻撃続行を断念したのだ。

 

イーリスの報告と共に一塊になって逃げるバグスの艦艇が映し出される。人類に狙われるBG-X型戦列艦は中央に隠して温存し、周囲にBG-I型巡洋艦を配置して盾にしようというのだろう。

 

「密集体型をとられたか。対策が案外と早いな。」

 

これだけ撃破してやれば、流石にBG-X型戦列艦を狙い撃ちにしていると気が付かれたらしい。密集されると視認しづらい。照準という点でBG-X型戦列艦だけに狙いをつけるのが難しくなったようで、シャロンが操作する恒星砲によるBG-X型戦列艦を撃破速度が低下する。

 

「転送門を経由した攻撃は、知覚出来ないほど高速な攻撃という認識なのでしょうね。」

 

イーリスがバグスの様子をそのように評する。俺は唸った。

 

「だから周囲を覆う、か。」

 

BG-I型巡洋艦で覆われても攻撃が遮られる訳ではない。だが、視界外になればどこにいるのか特定しづらくなる。単純だが攻撃の手を遅らせる上で効果的な手法だった。

 

「こちらの攻撃で周囲のBG-I型巡洋艦を剥ぎます。シャロン、連携して進めましょう。」

 

イーリスの提案に沿って、シャロンの操作する恒星砲とイーリスの操作する副砲やレーザー砲を連携した攻撃が繰り広げられる。

 

イーリスが集中攻撃するポイントが判明すれば、そこにBG-X型戦列艦がいると分かる。時間はかかるようになったが、それでも〈イーリス・コンラート〉は一方的にバクス艦を殲滅していく。

 

こちらの攻撃は転送門を通じたピンポイントなものだけに、破壊されたバグス艦は失速して群れから取り残される展開となる。多数の残骸を撒き散らしながら、バクスの艦隊は急速に崩壊していった。

 

「それでも撃破したBG-X型戦列艦は、まだ十八隻か。」

 

残るBG-X型戦列艦は十二隻だ。BG-X型戦列艦はここで確実に殲滅しておきたい。単艦でバグスに挑む〈イーリス・コンラート〉には敵が集結した今こそがチャンスなのだ。敵を逃して、今回の経験を拡散されるのは避けたいところである。

 

「このままだと一隻か二隻のBG-X型戦列艦に逃げられてしまうわ。先頭集団のBG-I型巡洋艦も多数取り逃してしまう。」

 

コンソールを操作しながらも、シャロンが心配する声を漏らす。

 

「セリーナに支度をさせたのが活きたな。転送門を開け、まず奴らの鼻先に出現しよう。」

 

「了解。」

 

高速で飛翔する〈イーリス・コンラート〉は、一瞬で転送門を潜り抜けだ。その巨体がワープポイントに殺到するBG-I型巡洋艦の航行を遮る圧倒的な障害物として出現する。

 

画面越しでも、バグス艦隊の驚きぶりは手に取るように分かった。最初の〈イーリス・コンラート〉の出現は偽装して潜伏していたのを見落とししていたと納得していたにしても、これだけ巨大な人工惑星が瞬時に移動をして見せたのだ。バグスに航宙艦を操作する知能がある以上、この事実に気が付かない訳はないだろう。

 

速度を出して逃亡するバグスの航宙艦が、急に進路を変更出来るはずがなかった。ワープポイントにほぼ差し掛かっていた先頭集団のBG-I型巡洋艦が、〈イーリス・コンラート〉を包む外殻に衝突して派手な火花を散らす。それでも大半は進路を変えて衝突を反転して衝突を回避した。人工天体の面積はバグス艦隊から見ても、衝突回避するには大きすぎ近すぎるのだ。バグス艦同士でぶつかり合う例も散見されるが、聳り立つ壁のようなこちらに直撃するよりはマシだろう。バグスにしては良い判断だ。

 

「敵が〈イーリス・コンラート〉の進入路に殺到します。」

 

「これだけ接近すれば、バグスにも弱点が丸見えか。」

 

人工惑星は全体を厚い金属と岩石で覆われている。が、しかし出入り口として活用する為にそのような防御のない箇所もある。宇宙港として整備した空間があり、そこはシールドで覆っているだけなのだ。

 

連絡艇(シャトル)上陸艇(エアシップ)或いは人類側の艦艇を受け入れる為の空間だが、当然ながらバグス艦も通行可能だろう。内部に艦隊毎入り込まれたら厄介な事この上ない。

 

こちらの内部突入しようとバグスの艦艇がより密集して突き進んでくる。それはもうほぼ一塊になったようなものである。だが、それはこちらの想定内だった。既に対抗策は策定済みである。

 

「ありったけの光子魚雷(フォトンビート)をあの集団にぶち込め。出し惜しみは無しだ。」

 

「了解。」

 

予めイーリスには光子魚雷(フォトンビート)の温存を指示していた。その為、副砲とレーザー砲しかこれまで使用させていない。

 

惑星アレスでは光子魚雷(フォトンビート)を製造出来ないので温存させる意図だが、恒星砲で問題なくBG-X型戦列艦を相手に優位に戦えると分かった以上はここで使い切っても問題ない。ラーダ星系内のバグスを殲滅すれば、惑星アンネットから調達出来るかもしれなかった。

 

光子魚雷(フォトンビート)は命中すればBG-X型戦列艦の防御をも貫き大打撃を与える。爆発範囲が広いので、密集させた敵艦隊には効果的な筈だった。

 

「3、2、1、着弾します。」

 

流石に近傍宙域だけに、イーリスは慎重に距離を測って爆撃を設定したようだ。それでも光子魚雷(フォトンビート)の爆発で〈イーリス・コンラート〉の巨体も微かに揺れる。それは外部を監視するカメラの映像が揺れるので判明するのであって内部には振動は全く伝達されない。イーリスのこの配慮で、中で暮らす開拓民達には何の兆候も伝わらないだろう。

 

バグスの艦隊は先頭集団から光子魚雷のもたらす破壊の渦の中に飛び込み、防御を引き裂かれてズタズタになって爆散していく。

 

それでもバグス艦の破片と共に恐るべき執念深さで、飛び出した生身のバグスや装甲虫兵が真空内を〈イーリス・コンラート〉にとりつき中に潜入しようと迫っていた。

 

バグスの怖さはこれだ。艦の性能は人類には及ばない。しかしその執着心と肉体の強さは人類を凌駕する。乗っていた艦を破壊されても、生命ある限り敵艦に乗り込んで人類を滅ぼそうとするのだ。

 

「シャロン、攻撃の手を止めるな。大型艦から順に全て破壊するんだ。俺はセリーナと共に迎撃に向かう。」

 

「了解!」

 

「イーリス、セリーナの元へ送ってくれ。」

 

「分かりました。」

 

イーリスが手を掲げると、人間大の転送門が開通する。これとて魔素を消費するのだ。俺は腰に下げた愛用の魔剣の存在を確認すると、素早く〈転送門〉を潜り抜けた。

 

 

 

 

 

「アラン。」

 

兵を率いたセリーナが俺の元に駆け寄ってくる。ここは港の内側、空気と重力の用意されたエリアである。宙兵には魔石式のパワードスーツを装備させていた。パワードスーツのない兵は控えに回している。

 

残念ながら真空に耐える魔道パワードスーツは生産できていない。今はまだ外に出て戦う事は不可能で、その辺りは今後の課題となる。それでも二百名を超え、三百名近い宙兵がこの場に集結していた。

 

進入口はここで長いトンネルに変化している。大型艦用のハッチも用意してあるが、漏斗の様にこのトンネルの入り口に誘導する様な仕掛けになっている。バグスはおそらくここに殺到する筈だった。外壁は特別に厚くしてある。派手に暴れて問題のない空間だった。

 

「宙兵は対バグスの仮想訓練は終えているが、実戦はどうなるかな。」

 

迎撃にあたるユーミ中尉以下の居並ぶ宙兵達は、流石に緊張した面持ちだった。全員が実戦経験者とはいえ、高度に発達した肉食の異星人という化け物と戦うのだ。

 

人類銀河帝国の宙兵とバグスの装甲虫兵との対戦成績は悪くない。ただそれはサンダーボルトSB-10(ディスラプター)の様な先進的な携行火器があっての事だ。惑星アレスでは無敵を誇るパルスライフルも、装甲虫兵の装甲までは貫通突破出来ない。それでもパルスライフルを装備した宙兵が多いのは、今の我々にパルスライフル以上信頼できる火器が無い為でもある。装甲虫兵には効果がなくとも、その武器や羽を破壊するなど使い道はあるのだ。

 

「大丈夫だ。このパワードスーツの出来は保証する。全員が無傷で切り抜けるぞ!」

 

俺が励ましの声を出すと、ユーミ中尉も声を上げた。

 

「皆、目の前の敵だけでなく仮想表示される戦術情報にも注意するように。閣下の指示を見落とすな!」

 

俺は腰の愛剣を引き抜いた。今回は惑星アレスで作られた武器が、バグス相手にどれだけ通用するかテストする意味合いもある。

 

イリリカ王国を制した今、魔剣の製造工程は全て取得した。イリリカ王国の品質と同じ物が製造出来るので、宙兵全員に魔剣を行き渡らせている。尤もイリリカ王国の魔剣量産技術は、職人の技とそれを複製するアーティファクトを組み合わせ内容だった。純然たる技法ではなく些か拍子抜けはしたが、アーティファクトという理外の力だけに長期化したら苦労していただろう。

 

「来るぞ!」

 

防御兵器が撃ち漏らしたバグスが続々とトンネル内に侵入してくる。実は宇宙空間でもバグスは飛翔する。広げられた羽は空気を押し出す以外にエネルギー波を受けて推進する事も可能らしいのだ。

 

艦と艦の間を移動する際にバーニアのような働きをするらしいが、バグスの航宙艦から放射されるエネルギー波に乗って人類の艦へと渡ってくるのだ。空気と重力のあるこのエリアに差し掛かっても、バグスの飛翔は止まらなかった。

 

「パルスライフルで、装甲虫兵以外を撃ち落とせ!装甲虫兵は白兵戦を好む。そこを利用して複数名で囲め!」

 

ユーミが指示を飛ばす。パルスライフルの発砲がバグスの群れを襲う。装甲の無いバグスは簡単に撃ち抜かれ、床に落下して汚いシミを作る。簡単すぎる。イーリスは、テストをする為に意図して防御兵器の照準を緩めたのだろう。

 

(イーリス、わざと通過可能なバクスを増やしたな。)

 

(はい、全滅も可能でしたが実戦テストをご希望と考えましたので。)

 

本来ならバクスはこのエリアまで到達できなかったという事か。イーリスがこれだけ余裕を見せているという事は、彼女の中では人類戦力が圧倒的に優勢と結論が出ているのだろう。艦載AIである彼女は、不必要に人間を危険に晒す真似はしない。

 

実際、パルスライフルは装甲虫兵以外のバクスを悉く撃ち落としていた。呆気ない程だ。ならば、魔剣を抜いて待ち構える俺達は装甲虫兵を確実に仕留めよう。

 

「数はこちらが有利だ。ペアを組んだ者から装甲虫兵に対処しろ。」

 

俺は指示を飛ばすと、セリーナを誘って前に出た。ユーミが少し寂しそうな表情を浮かべる。きっとセリーナと共に前に出られると考えていたのだろう。悪いな、だが妻であるセリーナのサポートは俺の仕事だ。

 

こちらに向かって飛翔してくる特別大きな装甲虫兵が目標だ。羽をパルスライフルの閃光に貫かれた為に、そいつは地を這っている。それでも地を這うそいつは恐るべき速度で迫っていた。ビートル型だ。前線に出てくるという事は、精々タイプⅡだろう。知性よりは暴力に特化した凶暴なやつだ。

 

「セリーナ、こちらに続いてトドメを頼む。」

 

その言葉と共に俺は魔剣に魔力を込めた。魔力を注がれた魔剣が光を放つ。

 

「了解!」

 

俺は振り上げられた装甲虫兵の脚を、魔剣の一振りで薙ぎ払った。魔法で強化された速度で、敵に武器を振るう間も与えなかった。次の一振りで別側面の脚を全て奪う。そして胴体をキックしてビートルの態勢を崩した。脚を全て失った奴は、簡単に転がる。俺はこのキックの反動で少し後ろに飛ぶ。

 

「セリーナ!」

 

俺と入れ替わりにバグスに接近したセリーナが魔剣を引き抜き光らせると、装甲虫兵に斬りかかる。最も恐るべきバグスの武器、獲物を咀嚼する為の大顎がセリーナに向けて開かれる。

 

「遅いわ。」

 

セリーナの魔剣の一振りがバグスの装甲虫兵を真っ向から一刀両断していた。セリーナも、やはりバグスの大顎を警戒して逃さずに処理したらしい。

 

「見事だ。しかし魔剣がバグスの装甲を貫けなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

俺は素早くセリーナに近寄り彼女の背後をカバーする態勢に入ると、次の獲物を探しながら問いかけた。

 

「あら、アランが装甲虫兵の関節を一撃で切り裂いたのだもの。この剣で問題があるはずがないわ。」

 

そういうとセリーナは機会を狙っていたかのように、素早く俺にキスを浴びせかけた。戦場でバクスを前に油断など出来ない。それでも、少し楽しんでも良いかと思うくらいの、それは脳が痺れるくらいの強烈な甘いキスだった。

 

「今はダメ、続きは後で。」

 

甘くそう囁き、セリーナはそっと俺を押し退ける。そして隙を見せた俺達に迫る別の装甲虫兵の迎撃に向かった。今度のビートル型はタイプⅢ、あれは指揮官クラスじゃないか。セリーナに遅れて俺も飛び出す。

 

「セリーナ、指揮官型だ。可能なら生捕りにする。」

 

「了解。」

 

下からバクスを切り上げてバグスの脚を飛ばしたセリーナが、その一撃で敵の体勢を崩させる。俺はよろめいたビートルⅢ型バグスの大顎を魔剣の薙ぎ払いで切り裂くと、袈裟斬りで胴体を切り裂いた。重傷を負い、切断されたバグスの体内から何かどろりとした物が溢れ出す。

 

「生捕りじゃなかったの、アラン?」

 

近寄ってきたセリーナが警戒しながらも、バグスを大きく切り裂いた俺に質問を投げかける。

 

「バクスは複数の急所を破壊されない限りは死なない。その上で手脚を全て落として、顎を砕いて、体を切断しておく。それくらいでようやく、バグスの危険性が八割減というところだ。」

 

俺はそこまで話してから、周囲にも警戒を促す事にした。

 

「バクスは簡単には死なない。手脚を飛ばしても無効化できたと思うな。死んだふりするやつも、蘇生するやつもいる。頭か顎を切り落とし、胴体は2箇所以上を切断しろ。ナノムの表示に注意しながら、確実に重要な臓器を狙って破壊しろ。」

 

俺の指示を受けた宙兵が、再度警戒を強める。

 

「コイツ、まだ生きている。」

 

「口が残ると食い付かれるぞ、距離を空けて処理するんだ。」

 

幸い、バグスの顎もミスリル装甲の魔道パワードスーツは砕けないらしい。不意を突かれてバグスに噛みつかれても、軽傷で済んだ宙兵は少なくない。回復魔法(ヒール)を使える今、四肢を失わなければ全ての怪我は回復可能なダメージでしかない。

 

「皆、最後まで気を緩めるな。」

 

そう言いながらも、俺は勝利を確信していた。妹のカーヤ中尉と組んだユーミ中尉が綺麗な剣捌きでセンティピード型のバグスの頭部を切り飛ばす。目立つ大物は今のバグスで最後だった。後は死にかけているか、そうと擬態しているバグスにトドメを刺していくだけだ。これはもう大丈夫だろう。今回の経験で、宙兵隊は問題なくバグスと戦える筈だ。

 

今回のバグスも数だけならこちらの倍以上いた。人工惑星内部のように、魔素が充満して魔法が使える環境なら、もう少しバグスの数が多くても圧勝出来そうだ。遂に、この場には身動きするバクスは居なくなった。鍛え上げた宙兵隊と惑星アレスの装備は、問題なくバグスを駆逐したのだ。

 

(こちらシャロン、バグスの艦隊は殲滅しました。逃亡したバクス艦は存在しません。最後のBG-I型巡洋艦の群れはほとんどこちらが体当たりで倒しましたが。)

 

(こちらも今終わった所だ。しかし、衝突の衝撃はまるで感じなかったな。)

 

〈イーリス・コンラート〉は航宙艦だが、巨大な人工惑星に包まれている。衝突した箇所が何千キロメートルの彼方なら、衝撃を感じなくても不思議ではないのだろう。衝突と言っても重力操作やトラクタービームを駆使して相対速度は落としてある。衝撃のインパクトはかなり減殺され、こちらの圧倒的な質量にただ標的が簡単に押し潰されていくだけなのだ。

 

「負傷者の手当が終われば引き上げるぞ、欠員はいないな?」

 

「はい、こちらに離脱者はおりません。」

 

ユーミ中尉が素早く返答する。今回の戦果は圧倒的じゃないか。周囲にはバグスの悪臭だけが残されていた。青臭いバグス本来の生物臭に、悪食な彼らが食らった獲物の残滓が放つ悪臭である。彼らの衛生観念は人類とは全く異なる。腐敗や汚物が大好きな汚れた連中なのだ。

 

(イーリス、全員で引き上げる。ドローンは引き続き警戒にあたってくれ。バグスは生きていても、恒星の中に放り込め。面倒はごめんだ。)

 

(捕虜とするバグスはどうしますか?)

 

俺は悩んだ。本当は捕虜など取るつもりはなかった。バグスは全て人工太陽に放り込み焼却処分するつもりしかなかったのだ。しかしいざ指揮官と思しきバクスを目撃すると、つい捕獲に動いてしまった。任せるべき研究者もいないが、敵の実態を探るのは戦争の定石だ。こんな所で手を抜いて、それで勝てる相手でもないだろう。

 

(価値があると判断した場合に限り、厳重に隔離して拘束だ。必要と判断したサンプルの取得も認める。捕虜は治療も最低限にして、死んでも構わない。何か情報が引き出せそうなら、試してみてくれ。)

 

(了解しました。)

 

仮想表示されたイーリスが敬礼すると共に転送門が開かれる。ユーミ中尉が宙兵を素早く整列させる。

 

「さあ、引き上げるぞ!」

 

バグスを相手に勝利して見せた宙兵は、凱旋した。列の最後尾でカーヤ中尉が油断なく警戒にあたっていた。今夜は勝利を祝し、何かお祝いをしなくてはならないだろうな。

 

 

 

 

 

現在、〈エーテルリンク〉の拘束室に隔離されているのはカルラ・アイローラ提督だけである。他の者は追放されるか、解放されて任務に復帰した。面会も制限されている為に訪れる者もいないが、カース艦長はアイローラ提督が話をする気分になれる唯一の例外だった。遠くから響く鈍重な足音がカース艦長の来訪を告げる。

 

「提督、ご無沙汰しています。」

 

そう声をかけてから、カース艦長はアイローラ提督の前に姿を見せた。

 

「直近の戦闘には勝ったようですね、まだこの艦が無事という事はそういう事なのでしょうけれど。」

 

下着姿でベットの上に横たわるしどけない姿のままで、アイローラ提督は応じた。残る手段は色仕掛けくらいしかないと考えたのだ。多少なりとも相手に付け入る事ができれば、逃げる機会も生まれるかもしれなかった。

 

「はは、副長の指揮を試す場としました。流石に戦闘の気配が伝わりますか。」

 

そう言いながらもカース艦長は礼儀正しく顔を背ける。どうやらお色気作戦は失敗したらしい。アイローラ提督は大人しく服装を整えようと、椅子の上に放り出した制服に手を伸ばした。

 

「ちょうど良かった、こちらに着替えてください。」

 

そっぽを向いたままのカース艦長により、鉄格子越しに別の制服が投げ込まれた。女性士官の物であるが、アイローラ提督の物では無い。

 

そして正確に制服を投げ込んでベットの上に着地させた手際から、カース艦長はある程度視界を得ているとアイローラ提督は判断した。今も彼女の体を鑑賞しているのだろう。本当に油断も隙もない相手だ。

 

「あら、私の制服ではないわね。」

 

拾い上げた制服は中尉の肩章がついている。ご丁寧に制帽も付属している。これなら上手くかぶればカメラから顔も隠せるかもしれない。

 

「提督の副官のフェラン中尉の物です。無断で借用しました。提督の為なら許してくれるでしょう。」

 

艦長と副長には査察の為に乗組員(クルー)の私室に立ち入る権限がある。信頼関係を損なうので乱用される事はあまり無いが、部屋の主が既に拘束されて移動した後なのだ。目的を考えると立ち入るのに遠慮する必要はないとそう考えたのだろう。

 

「なぜ、私がこれを着用しなければならないのかしら?」

 

下着姿のまま腰に手を当てて、堂々とアイローラ提督は問うた。階級が下の制服を着る事は、多少現場を混乱させるにしても別に違法ではない。しかし、中尉の制服を着せるカース艦長の思惑は知っておきたかった。

 

「この艦から脱出して頂きます。その為の目眩しですよ。」

 

「あら、私の色仕掛けにも効果があったのかしら。」

 

アイローラ提督の発言に、カース艦長は声をあげて笑って見せた。

 

「元から逃げていただくつもりでしたからな。私に色仕掛けを試されるのは、今度時間の猶予がある時にゆっくりとお願いします。」

 

 

 

 

 

アイローラ提督が身なりを整えると、そこには将官ではなく女性士官が出現した。残念ながら制服は着用済みで皺が多かったが、幸いにして体のサイズは適合した。アイローラ提督もフェラン中尉もプロポーションの維持には熱心なのだ。

 

「大丈夫そう、ですな。」

 

無遠慮にジロジロと制服姿を見聞しながらカース艦長が断定する。どうして下着姿の時より、こうして正面から制服姿をジロジロ見られる方が気恥ずかしいのだろうか。

 

「いいから計画を教えて。」

 

カース艦長の披露した計画は単純な物だった。航宙軍の艦内の監視は艦内から人が出られない前提で成立している。その裏をかくというのだ。

 

「それで、どうやって裏をかくの?」

 

「艦長には、艦隊内の恋愛を推奨させる為に乗組員(クルー)を目立たないように移送させる権限があるんですよ。」

 

「まあ、呆れた。」

 

「ご存知なかったのは意外でしたな。」

 

人類銀河帝国は人類の繁殖を奨励する。それは軍人とて例外ではない。むしろ抑圧される軍人だからこそ、そういった面での発散が奨励されているのだ。

 

現在、クローンを創造する事を想定された培養槽も本来は受精した胎児を預かり軍務に集中させる為の人工子宮である。重症者の治癒に使われる事もあるが、胎児の育成の方がより健全な目的と見做されていた。人である以上、子を産むのは当然の事なのだから。

 

同じ艦内に配偶者がいるのは憚られたが、同じ艦隊内なら夫婦が別の艦で勤務しても支障がない。艦長達の密やかな職務には、このような夫婦や恋人達の逢瀬を手助けするキューピッド役も含まれていた。

 

実際は登録された男女を対象に、停泊先などで物資の交換を名目として人員を交流させるのだ。連絡艇(シャトル)乗りであれば、大なり小なりそのような任務を言いつけられる。艦隊の三分の一は実際には非番なのだから。

 

「逢瀬を支援するモードに入ると、艦載AIは察しが悪くなります。恋人の逢瀬というのは秘匿事項ですからな。艦内に登録された人員であれば、自由な行き来を認めるのです。」

 

「それって悪用し放題ではないの?」

 

アイローラ提督が眉を顰める。

 

「流石に航宙軍に被害を与えるような行為は行えませんよ。単に記録を残さずに、艦隊内で許可を与えた人物を移動させるだけです。」

 

確かにそれなら問題は少ない、かもしれない。自分が指揮を取っている場合でも、ひっそりと続けられて来たしきたりなのだろう。

 

「どうして私は知らされないのかしら?」

 

「艦隊内に公的に認められた恋人がおられない限り、必要がないからでしょう。或いはギャラクシー級のように単艦任務が主体の艦に乗り組まれていたか。」

 

実際の移動を担当させるパイロットには有名だが、乗組員(クルー)の大半は知らない事が多いらしい。そもそも条件が合致しない限り、知る必要が無い事なのだ。

 

あくまでも夫婦や婚約者といった間柄にだけ、認められた特例である。元々は同じ艦隊内で密かに付き合い、露見したカップルに対するケアが発端である。露見した以上は同じ艦で勤務を続けさせられないが、艦隊内に配置換えして便宜を図るのである。

 

「それではやって見せましょう。制帽で顔を隠しておいてください。艦載AIは気にしないはずです。」

 

「分かったわ。」

 

アイローラ提督が制帽を深く被ると、カース艦長は艦載AIを呼び出した。

 

「エーテルリンク少佐。」

 

「はい、艦長。」

 

艦載AIのエーテルリンクが拘束室前にその姿を投影させる。

 

「こちらの女性士官を、夫婦交流プログラムに沿って交流させる。行き先はスター級重巡洋艦の〈アイネイアース〉だ、階級は制服で確認のこと。これは艦長命令だ。拘束室の扉を開き、命令を復唱したまえ。」

 

「女性士官一名のスター級重巡洋艦の〈アイネイアース〉の移動を了解しました。階級は中尉で登録されます。それでは拘束室の扉を開きます。」

 

「よろしい。」

 

カース艦長のその言葉に、エーテルリンク少佐が姿を消す。それと同時に拘束室の電子錠が外れた。

 

「慣れ親しんだ航宙軍でも、知らない事があるものね。」

 

アイローラ提督はため息をついた。艦載AIは明らかに彼女を捕虜でも提督とも認識していない。

 

「ざっとこんなものです。まあ、艦載AIを扱うのにはコツがあります。クーデターを起こした彼らは委員会の権威を背景にしていますが、実のところ提督への逮捕命令は出ておりません。艦載AIは、出されていない命令を空気を読んで解釈する事はないのです。となれば中の人物は艦載AIにとって拘束対象では無い。艦長命令で閉じられた扉が、艦長命令で開かれただけなのですよ。」

 

「なるほどね、貴方達みたいな古参の艦隊士官はそういうやり方をして愛人と会う時間を確保するのね。まさか私がカース艦長の女として、この艦を去ることになるとは。」

 

「今は褒め言葉として受け取っておきましょう。」

 

カース艦長は仮想表示でシャトルベイの状況を確認した。目的のシャトルは既に到着している。指示通り待機しているようだった。

 

「今は、十人委員会が乗り込み、彼らが引き連れた人員で艦内はごった返しています。見慣れぬ人物でも、今だけは誰も奇異に思われる事はありません。」

 

「十人委員会がここに、何故?」

 

拘束室にはチートス特使の演説は中継されなかったらしい。カース艦長は素早くエクソダス計画について説明した。アデル政府は、この星系を見捨てるのです、と。

 

「だから宙兵は総出で駆り出されています。ここは扉を開けられるものが限られる以上、問題なしと判断されたのでしょう。」

 

「乗り込んだ政府高官の中に、元首の姿はなかったのね?」

 

「乗らなかったのか、乗れなかったのか。『船長は船と最後を共にするのだ』とそのように説明されましたな。」

 

「恐らく元首は反対なのでしょう。つまり、この私にも脱出しさえすればまだ役割があるのでしょうね。」

 

カース艦長と女性士官の制服を着込んだアイローラ提督は艦内通路をシャトルベイに向けて急いだ。ちょうど乗り降りする人の流れに逆流する形となる。

 

たまに艦長に気がつき、視線を向ける者がいても女性士官を連れ歩いている姿を見て慌てて目を背けた。こういった行為は艦長の愛人であれ、或いは誰かの配偶者を送り出すのであれ口にするのは禁忌なのだ。いつ自分がこの特権を利用するか分からない以上、艦長という最高権力者を面白半分で逆らう者などいるはずがない。

 

「私はここまでです。3番に駐機しているシャトルに進んでください。後は、〈アイネイアース〉のサーラ艦長が取り計います。」

 

〈アイネイアース〉はカース艦長の以前の乗艦であり、サーラ艦長は元の副長である。

 

「ありがとう、貴方は移動しないの?」

 

「もし万が一露見した時に、私が発砲を抑えます。シャトルの移動は見咎められる可能性があります。」

 

事態はそこまで深刻なのだ。束の間の自由を味わったアイローラ提督は、忘れていたその現実に引き戻された。

 

「次に会う時は敵味方かしら。」

 

「そうならないように、私も努力します。さ、気づかれないうちに。」

 

カース艦長に促されて、制帽を目深に被ったアイローラ提督は3番に駐機している連絡艇(シャトル)に向かった。彼女が乗り込むと、中に待機していたパイロットが即座に扉を閉じる。

 

「ホーク中尉です、よろしくお見知りおきを。カース艦長からはよく言われています。どちらにお運びすれば良いのでしょう?」

 

「スター級重巡洋艦〈アイネイアース〉へ」

 

アイローラ提督は迷わずにそう答えた。ホーク中尉は黙って頷くと、パイロットシートに座り直した。

 

「管制室、どうやら行き先が間違いだったらしい。スター級重巡洋艦の〈アイネイアース〉が正しい目的地だそうだ。離陸の許可をくれ。」

 

思いの外、早くに離陸の許可が出される。

 

「管制室はお偉いさんが大量に乗り込むので、大慌てなんです。今日に限っては、駐機スペースが空くなら大歓迎なんですよ。」

 

ホーク中尉はそう説明するとアイローラ提督に促した。

 

「それでは離陸して、〈アイネイアース〉にお連れします。席に座って身体を固定してください。油断すると舌をかみますからね。」




予想に反して、セリーナの魅力が溢れる回になりました。アイローラ提督の脱出シーン、予定していたのとは少し違う形になりましたがこれしかなかったと思います。

恋人交流については、戦時と平時の折り合いとしてはありそうだなと。人工子宮で出産の負荷軽減ははかられているでしょうし、バクスとの戦争が継続していると考えると人類の繁殖についての意識はかなり違うと思っています。

 ※投稿日時設定間違えました
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