【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 90話 【帰還篇④】 ノヴァミサイル

Ⅳ 対バクス戦争の終結 90話 【帰還篇④】 ノヴァミサイル

 

アサポート星系に再びバグスが現れた。BG-X型戦列艦だけでも百隻を超える数である。BG-I型およびBG-Ⅲ型巡洋艦を加えた総数は二千隻に迫る。その数はアサポート星系の人類を絶望させた。

 

『どうすれば良いのだ。』

 

慌てて十人委員会に報告に訪れたチートス特使はなんと進言するべきか困り果てていた。数で勝る相手には勝てないと分かっている。しかしここで後退する事は、人類の決定的な敗北に繋がりかねない。そんなチートスとは異なり、新たな座長役のキッドマン委員だけはこの事態に対処する為の確固たる考えがあった。

 

「今こそ、エクソダス計画を発動するのだ。そしてアサポート星系にノヴァミサイルの飽和攻撃を行う。」

 

「何ですと。アサポート星系を滅ぼすのですか!?」

 

惑星に一発でもノヴァミサイルが命中すれば、その惑星は破壊される。かつてノヴァミサイルの飽和攻撃が、敵対するサイヤン帝国の母星系の全ての惑星を破壊した。アデル政府の戦略兵器であるノヴァミサイルの構造は秘中の秘である。その詳細は航宙軍にすら、これまで全く伝えられていない。

 

「我々がワープアウトする直前にノヴァミサイルを撃つ。ノヴァミサイルはどんなバクス艦よりも速い。問題なくこの星系の全てを焼き尽くすだろう。」

 

「・・・しかし、本来はバグスの母星系を破壊する為の秘策です。温存すべき兵器なのでは?」

 

ノヴァミサイルの製造と保持が認められているのは、人類のバグスに対する最終勝利の為である。人類銀河帝国の中枢いうべきアサポート星系を人の手で破壊する為ではないだろう。

 

「人類がこれほどまでに追い詰められた事はない。そしてバグスがこれほどの大艦隊を集結させたこともない。ノヴァミサイルを使う機会はもう今しかないだろう。」

 

「本当に、そうすべきでしょうか?」

 

チートスは今回のノヴァミサイルの使用に政治的闘争の影を、元首と十人委員会との権力争いの気配を感じていた。政敵を消し、過去の全てを葬る為に破滅的な超兵器を用いようとしているのではないのか?

 

そんなチートスの怪しむ気配に気付いたのか気付いてないのか、キッドマン委員は自信満々で委員を集めた会議室の席上でこう豪語した。

 

「歴史は勝者により作られる。かつてのあの攻撃で、サイヤン帝国は過去となった。アサポート星系も、人類の為の礎となるのだ。それにこの星系の住民にとっても、バグスの餌と成り果てるよりはよほどマシな死に方だろうよ。」

 

チートスを除き、委員は誰一人発言すらしなかった。

 

「ノヴァミサイルで、本当にバグスを殲滅できますか?」

 

チートスはなおも言い募る。彼は全てを正当化する免罪符を探していた。

 

「ああ、殲滅できるさ。アサポート星系内のバクスは、な。それにバクス艦はノヴァミサイルの存在を知らないだろう。自分たちに直撃しない限り、ミサイルの行方など気にも留めないはずだ。」

 

 

 

 

 

 

『艦隊はトレーダー星系のランセルに向かう』

 

チートス特使の宣言に、艦隊の乗組員(クルー)達は大きくどよめいた。彼ら艦隊に所属する軍人はアサポート星系こそが人類銀河帝国の中心地と信じてこれまで戦って来た。乗組員(クルー)の家族もここに暮らしている。突然この人類の主星を放棄すると言われても、簡単に納得出来るはずがない。

 

『・・・我々の意見など蔑ろにされている。』

 

『アイローラ提督はまだ政府と交渉していたが、政府直々に艦隊に乗り込んでくるとはな。』

 

通信に艦長達はじめ上級士官の私語が混ざる。チートス特使は、或いは委員会はどんな権限でこれほどの重大事を簡単に決めてしまうのか。政治の暴走は由々しき問題だった。文民による統制といえば聞こえはいい。しかしこれは文民による独裁ではないのか。バグスが出現したからと言って、星系を明け渡していって最後はどうなるというのか。

 

人類銀河帝国は元首こそ厳密に再選や任期が設定されているものの、その選出母体である委員については詳細が非公表である。そもそも非常時と言って交代や再選を拒めば、幾らでも寡頭独裁が可能だった。アデル政府の元首にしてから、名前すら公表されていないのだ。こうなるとそれは、一族での統治の占有さえ行っていそうである。そもそもが人類銀河帝国は『帝国』と名乗っているのだから。

 

だが、チートス特使は全て黙殺した。戦力的に勝てないと語るわけではなく、今の状態は継続できないと説明するわけでもなく、秘策があると伝えることもせず、私語を嗜める事もしない。ただ完璧に聞こえないものとして扱った。その頑なさは、艦長達を更に煽る効果に繋がる。

 

(軍人は、どうも事態の深刻さを理解しない。)

 

チートス特使は毒付いた。現実とは常に非情である。バグスは勝てない数なのだ。そして食料がなければ人は戦えない。食糧事情の良いトレーダー星系に政府を移転する、それは当然のことではないのか。それにノヴァミサイルというバグスを倒す為の策もある。ノヴァミサイルの使用については艦隊内に対しても一切公表できない。使用した事実さえも伏せなければならない。だが、これだけのバグスの大艦隊を星系の破壊と共に道連れにすればどうだ。バグスに傾いた戦況の天秤を、再び人類優位に戻す事は可能ではないのか。

 

ここでチートス特使が麾下の艦長達を上手く懐柔できれば、彼は人類の危機を救ったリーダーの一人として後世に名を残しただろう。しかし彼の選んだ道は黙殺だった。語る必要なし、である。それはチートス特使の意図した以上に、航宙軍士官達を苦悩に追い込んだ。

 

 

 

 

「艦隊を離れ、我々だけがアサポート星系へ残留するのですか。」

 

サーラ艦長は鸚鵡返しにアイローラ提督に問い返した。

 

「ええ。チートスの方針説明を私も見ました。あれは私達が付け入る隙になるわ。ワープポイントに移動中に私が残留を呼びかけます。元首の後ろ盾があれば、艦隊内部からもこちらに同調してくれる者も出てくるでしょう。」

 

アイローラ提督は自信ありげにそう告げた。スター級重巡洋艦も貴重な戦力である。カース艦長の元部下であるサーラ艦長がアイローラ提督を支援してくれるのは幸運だった。

 

ただ、アイローラ提督から相談を受けたサーラ艦長はこのプランに懐疑的だった。アイローラ提督の能力は認めるにせよ、彼女もまた航宙軍を構成する一人にすぎない。現場の感覚としては、航宙軍を離れて彼女を推戴するほどのカリスマであるようには見えないのだ。元首にしても、それは単に政府の代表でしかない。身近な人間を除き、心酔するほどの魅力を感じる者はいるだろうか?

 

(アイローラ提督は人類同士の政治的な駆け引きは苦手なのでは?)

 

これまで人類はバクスという単一の敵と戦ってきた。アイローラ提督も人類同士の戦闘の指揮の経験はないだろう。

 

そもそもアイローラ提督が乗組員(クルー)に崇拝される程のカリスマであるのなら、今の窮地に陥ってはいない筈である。やはり政治的な状況について、アイローラ提督任せにはできない。提督に任せれば、これまでと同じ失敗を繰り返す事になる。

 

サーラ艦長は意を決した。直言は得意ではないが、ここには自分しかいない。彼女がアイローラ提督を説得し、思いとどまらせる他ないだろう。

 

「果たしてどうでしょうか。確かに、元は同じ分艦隊だった顔ぶれは賛同してくれると思います。ただ、エーテル級の威力を知ってしまうと、他の艦長の説得は難しいのではないかと思います。」

 

エーテル級の優れた火器管制能力、これは軍人には魅力だった。艦隊が一つの有機物として機能する様は、快感とさえ言える。今前線において必要な物は、そのような物質的な力なのだ。そして力は束ねて結束させてこそ意味を持つ。艦隊を率いるエーテル級に勝る権威は、今の人類銀河帝国の中に見当たらないのではないだろうか。

 

しかしながら、指揮官の能力もまた重要である。対バグス戦におけるアイローラ提督の研鑽もまた、人類の武器である。その指揮はカース艦長を含め、現在〈エーテルリンク〉に乗り組んだどの士官よりも優秀だろう。カース艦長やサーラ艦長は、アイローラ提督の信奉者ではない。ただ彼女の才能が人類に必要と考え、それを活用する可能性を流すべく動いていた。

 

「アサポート星系の食料危機は本物です。そこにバグスの本格侵攻まで抱えては危機的状況に陥るのも確かでしょう。なんとか事態を、折衷案の形に持ち込まないでしょうか。」

 

「そうねぇ。」

 

アイローラ提督は悩んだ。軍人として、ここで堂々と名乗りをあげたい気持ちが強い。しかし〈エーテルリンク〉の指揮官を縛る理性の鎖は『同じ航宙軍の士官』というか細いものだ。敵対する委員会派閥はクーデターを起こすほどなのだから、向こうも退路がない。

 

戦力的に有利と判断したら、同じ人類同士でも容赦なく正面から叩き潰されない。エーテル級が率いる艦隊に対し、スター級重巡洋艦では話にならない。到底目的を達成する事など覚束ないだろう。

 

「艦隊の半数がワープアウトしたところで、アサポート星系守備を名目に残留を志願しましょう。提督のお名前はまだ伏せておく。それくらいの方が、生き残るのには有利です。」

 

「貴方が、そういうのなら。」

 

アイローラ提督は渋々折れた。今のところ、軍事の大権は彼ら十人委員会が握っている。味方を募るのは、彼らと完全に別れた後で良いだろう。それまでは目立たぬようにやり過ごすしかない。それはアイローラ提督も、首を縦に振るしかない話であった。

 

 

 

 

ノヴァミサイルは、事情を知る情報部の人員の手で密かに準備された。当初の想定よりもノヴァミサイルの発射弾数は大きく減らされている。情報を秘匿する為には準備に余り人手を割くことは出来ないし、バグスの母星系に向けて温存するとの思惑も働いたのだ。それでもカーゴコンテナ型の発射装置に搭載された数十発のノヴァミサイルが発射される計画である。一度発射されれば、アサポート星系内の全ての惑星は破壊される。ミサイルより高速なビームといえど、その射程は限られるのだ。

 

「第三惑星アデルの防衛システムは優秀だ。ノヴァミサイルを撃ち落として生き残るかもしれんな。」

 

そんなキッドマン委員の問いかけにチートス特使は答えた。

 

「その頃にはバグス艦がアデルの空を埋め尽くすはずです。とてもノヴァミサイルの迎撃どころではありますまい。」

 

 

 

 

 

隊列を組み、艦隊はトレーダー星系方面に繋がるワープポイントに向かって進んでいた。それは一見すると、出現したバグスへの迎撃に見える。しかしワープポイントは星系の外縁部に沿って複数存在する。艦隊が惑星アデルを離れてしまえば、他のバグス艦隊からの惑星防衛は難しくなる。今の位置まで進出すると、守り切れるかは微妙だった。

 

「このまま行けば、バグスとの交戦は回避できないでしょう。戦闘する想定で宜しいですかな?」

 

キャプテンシートに座るカース艦長が尋ねる。彼の質問に、チートス特使は鼻を鳴らして答えた。

 

「ああ、最小限の交戦で切り抜けろ。」

 

「エーテル級の火力管制といえど、敵が多すぎます。開幕はこちらが有利でしょうが、一撃で倒せぬ敵には食いつかれましょう。」

 

カース艦長はそう指摘した。ワープポイント突入にはバグス艦隊とすれ違う必要がある。それは星系内の全バクス艦隊というわけではない。全体の半数に満たない四割程度だが、それでも敵が多い以上は完全撃破は難しかった。追い縋られると艦隊の活動に支障が出そうである。

 

「ならば、バクスに食いつかせる為の囮艦を使うか。」

 

チートス特使の発案に、コリンズ副長も流石に良い顔をしなかった。カース艦長だけに任せては置けないと横から口を出す。

 

「志願でもさせなければ、そのような任務は難しいのではないかですか。」

 

アサポート星系の放棄ですら、艦隊の乗組員(クルー)の不満は限界まで溜まっている。更に囮を用いるとなると、艦隊の統一行動さえ危ぶまれる。使い捨ての犠牲にされると知って、同行を願う艦がいるだろうか。

 

「しかしな。全体を活かす為にはやむを得ん。戦闘に犠牲はつきものだろう。」

 

なおも主張するチートス特使を半ば遮るように、カース艦長が場を制する発言した。

 

「では、私が〈アイネイアース〉に後ろ備えを命じましょう。」

 

思わぬカース艦長の発言に、チートス特使もコリント副長も驚いた。しかし脳内で検討し、両者ともすぐに頷いた。エーテル級を除けば、スター級重巡洋艦の〈アイネイアース〉は最後の大型艦である。そして単艦としては、エーテル級よりも防備も火力も厚い。後備えを命じるのに相応しい艦は、他にはない。スター級重巡洋艦とは、元々より防御に適した艦種なのだから。

 

「〈アイネイアース〉はサーラ艦長か、彼女はこの役目を引き受けるだろうか?」

 

チートス特使はサーラ艦長の顔を思い浮かべた。地味で真面目そうな女性士官で、全体に埋没する類の個性だった。会議で何か発言した記憶もない。副長から艦長に昇格した経験者だと知らなければ、頼りにならない士官と見た目で即座に判断しそうな相手だった。今は経験者が貴重だからこそ、大型艦艦長という重責にいるだけの存在に思われる。惜しむ人材とは思われなかった。

 

「私から話してみましょう。単艦での派遣ではなく、分艦隊とすれば正統な任務です。遅れてワープポイントに突入するまでの時間稼ぎであると、作戦目的を明快にすれば引き受けるでしょう。」

 

コリンズ副長は何か言いかけたが、チートス特使は目で押し留めた。カース艦長はノヴァミサイルについて知らされていない。知らせずにサーラ艦長を説得させる方が、万事好都合というものだろう。それは、そんな意志を秘めた目配せだった。

 

 

 

 

「・・、このような事情で、後ろ備えの戦隊を君に頼みたい。無論、戦隊の指揮権は委ねる。」

 

『了解しました。この情勢です。こちらからも最後まで残り艦隊のワープアウトを支援する役回りを願い出ようかと考えていました。』

 

チートス特使やコリンズ副長の予想に反し、カース艦長とサーラ艦長の会話はあっさりと終わった。まともな艦隊士官であれば、正当な命令には従う、本来はそれだけの話なのだ。

 

僅かでも生存の可能性の高い作戦に、航宙軍士官はその命を張る。予想される被害が甚大だからと言っても、怯んで居竦まったりはしないものなのだ。勝利に向けて命を賭ける覚悟こそ、職業軍人には欠かせぬ資質なのだろう。

 

ただ、カース艦長とサーラ艦長の両者共に〈アイネイアース〉に匿ったアイローラ提督の存在が念頭にある。アイローラ提督に活躍の余地を残すには、ここで平和裡に艦隊を割くのが最上である。その為のお膳立ては、周囲のカース艦長やサーラ艦長の役目であるだろう。そういう点からも願ったりの話であり、多少の危険はやむを得ないと考えていた。

 

「私がアサポート星系を去る際、自動的に星系防衛司令の職がスター級重巡洋艦〈アイネイアース〉に委ねられる。これが私に出来るせめてもの配慮だ、苦労をかける。」

 

『了解しました』

 

敬礼をしながらサーラ艦長はニヤリと笑ってみせた。当然、この会話を監視されている。この会話を見ている者たちには、サーラ艦長の反応は単なるカース艦長への親しみ、或いは軍人としての戦意の表れにしか見えないだろう。カース艦長とサーラ艦長の間に、アイローラ提督という秘密がある事は悟られない筈だった。

 

「あれだけのバグスの大艦隊への対抗は困難だろう。救援の見込みはない。無理をせずに、エーテル級に続いてワープポイントに突入して良いとの事だ。」

 

『ありがとうございます』

 

ワープポイントは隣接している場合もある。本隊の離脱まではエーテル級の支援もある。上手く戦えば、隣のワープポイントに移動も可能だろう。

 

「幸運を祈る。」

 

敬礼と共にカース艦長は通信を終えた。余計な横槍を避ける為に、あくまでも〈アイネイアース〉にこちらが命じたという体裁が重要である。〈エーテルリンク〉の為の後衛として最後まで留まる役回りこそが委員会の希望である以上.それに沿った体裁であれば〈アイネイアース〉の行動は全て容認されるだろう。

 

(無事、生き残るといいが。)

 

当然ながらカース艦長はアイローラ提督の思惑までは分からない。アサポート星系に固執せず、〈アイネイアース〉が生存を選択すると信じる他なかった。

 

 

 

 

「バクス艦隊の出現に対し、駐留艦隊は撤退を決定したようです。また、惑星アレスの人類銀河帝国入りについても委員会より『否決する』との回答が届きました。」

 

元首補佐官ゲインズブールの報告に、元首は甲高い笑い声を上げた。腹を抱えてひとしきり笑うと、取り出したハンカチで目尻に溢れた涙を拭う。ゲインズブール補佐官が『ついに狂ったか』という視線を向けてくるが、こればかりは止められない。

 

「・・・やれやれ、こちらの依頼事項は徹底拒否の構えですか。まあ想定通りですが。」

 

惑星アレスの人類銀河帝国入りは通信経由で申請したものだ。それが拒否されたのは不思議ではなかった。そもそも元首がコリント司令官を懐柔する意図の強い措置で、通常の審議に割り込みをかけたような対応を求めたものだ。

 

委員会側としては所在の不確かな惑星の加入を認める必要がない。認めるのであれば、何か適当なみかじめ料を委員会に対して設定してからでいい。惑星を利権としか見なさない委員達は、元首のみ得をするように見える決議には常に反対をするのである。

 

「ここでアラン・コリント司令官に恩を売るのが正解だというのに。だからあの人達はダメなんです。これで我が陣営にあの強力なカードが手札として揃いました。・・・まあ、他の委員はまだ〈イーリス・コンラート〉を単なるギャラクシー級と認識しているのでしょうからね、仕方ない点もあります。」

 

ラーダ星系における戦闘報告の詳細を握りつぶした元首の方針によって、エーテル級をはじめ〈イーリス・コンラート〉の詳細は公表されていない。艦隊の航宙軍士官に至っては、あの艦が生還した事さえまだ知らない。今まで元首の言動をじっと観察していたゲインズブール補佐官は、仕える相手はどうやらまだ正気を保っていそうだと判断し懸念を口にする。

 

「元首、それより喫緊の課題はバグスの大艦隊の対応ではないでしょうか。スター級重巡洋艦〈アイネイアース〉の分艦隊が迎撃に回るとの説明です。しかし数が足りるとは思えません。ここは、〈イーリス・コンラート〉に救援を依頼するべきかと。」

 

〈イーリス・コンラート〉、あの艦には謎が多い。これまでの全ての報告内容が正しければ、アサポート星系の防衛にも駆けつけられる筈である。なんと言っても、『ワープ航法に頼らず瞬時に遠距離に転移できる』という話なのだ、それが半分でも事実ならば、このアサポート星系の危機を救えるのはあの艦しかない。

 

「それでは〈イーリス・コンラート〉側と話を詰めておくように。タイミングの誘導は任せました。危機だからこそ、速すぎても遅すぎてもいけません。」

 

「かしこまりました。」

 

元首の決断に、ゲインズブール補佐官は頷いた。このまま〈イーリス・コンラート〉の性能を秘匿するのなら、その到着は〈エーテルリンク〉が率いる艦隊が本星系から離脱した直後が望ましい。艦隊に見捨てられた彼らは死地にいる。無理やり命を賭けさせられるのなら、リターンが大きくなるように動くのは当然であった。そうでなければ釣り合わないのだ。

 

元首とゲインズブール補佐官は、〈イーリス・コンラート〉を招き寄せる最適なタイミングを確認しあった。上手くやれば、〈エーテルリンク〉はアサポート星系が救われたと気が付かずにワープアウトするだろう。それこそ、元首が委員会を出し抜く好機となる筈である。敵対派閥をリードする好機を得る為には、この星系の人類の命を危険に晒すのもやむを得ない。既に何もしなければ、星系の人類の命運は危ういのだから。そして権勢とは、常に競い合い勝たなければ維持できないものなのである。

 

 

 

 

 

「艦長、アデル政府から緊急の支援要請です。」

 

〈イーアデル政府からの緊急の超光速(FTL) 通信が届いたのは、惑星から退避し損ねた集団を上陸艇(エアシップ)とドローンを飛ばして捜索していたそんな頃合いである。〈イーリス・コンラート〉は惑星アンネットからの避難民受け入れの最終日を迎えていた。

 

「アサポート星系に、バクスの大艦隊がワープアウトしたとの事です。総数は二千隻、百隻のBG-X型戦列艦が含まれています。」

 

イーリスの報告に俺は驚いた。よりによってアサポート星系か。バグスに対する人類側の苦境は、もはや俺の目にも疑う余地がなかった。

 

「確かアサポート星系は、最新鋭艦のエーテル級空母が防衛にあたっていた筈だな?彼らはどれだけ時間を稼げるだろう。」

 

「それが元首からの連絡では、『駐留艦隊はワープポイントに進行しており、逃亡の可能性が高い』と。」

 

「一体、何をやっているんだ。」

 

俺は思わずキャプテンシートの肘掛けを叩いていた。航宙軍の原則は、バクスからの人類の庇護である。それが人類の主星とというべき惑星アデルを見捨てるなどあり得ないだろう。

 

「いつから航宙軍は、そんな腑抜けの集団に成り下がったんだ。」

 

口調に怒りが滲むのは抑えきれなかった。人類銀河帝国の中枢だからこそ、鉄壁の防御で守られているべき場所なのだ。『エーテル級があるから万全』、人類の多くが今もそう信じている筈なのだ。航宙軍はその思いを裏切ってはならないだろう。

 

「バクス艦隊の未曾有の大集結なのです。大型艦を欠いた現状では、勝算がないと判断したのでしょう。」

 

イーリスがこちらを少し嗜めるように、そう口にする。俺はイーリスの言葉で、資料として見ただけの大型艦喪失について思い出していた。

 

〈イーリス・コンラート〉が失踪している間に起こった偽造アップデート事件の影響で、人類銀河帝国の大型艦はバグスに残らず撃破されたという。辺境星系ではギャラクシー級が隠匿されているという噂があるらしいが、現在アデル政府の管理下にはスター級重巡洋艦一隻しかないらしい。

 

「すまない。大型艦の脆弱性を突いたバグスのハッキング行為に対して、本艦の対策は万全だと言っていたと思うが?」

 

「はい。過去の艦長の命令に沿って裏口は全て塞いであります。麾下の艦船も全て対策済みです。たとえアデル政府であれ本艦への不法な干渉は不可能です。」

 

「了解した。」

 

俺の記憶では、イーリスにその手の命令を発したのはかなり昔のことになる。あれ以来、イーリスがずっと人間らしくなったと感じていた。今も言外にこちらに情報を伝える配慮を欠かさない。

 

なんの気無しに発した命令が、イーリスのある種の制限を解除していたようだ。今のイーリスは、かなり人間に近しい。間違いなく、魂が宿っている存在と言える。

 

「それでは、アサポート星系への転移はもう可能だろうか?」

 

「人員収容に出た上陸艇(エアシップ)を呼び戻します。また、収容作戦の中断で現時点で最大3%程度の生存者を取り残す可能性があります。」

 

生存者の3%か。避難シェルター内にいてこちらの呼びかけを警戒して反応しなかったり、そもそも情勢が変化したと気がつかない者もいるだろう。或いは救援されないと身動きが出来ない者もいるかもしれない。惑星全域の捜索を予定していたが、今のままでは諦める他ない。

 

「降下した偵察用ドローンは全て残す。ドローンによる救援と捜索は継続させ、アサポート星系での戦闘後に回収しよう。それで出発までの時間を短縮しよう。」

 

「了解しました。」

 

「提案があります。」

 

セリーナが手を挙げて発言を求めた。俺は頷いてみせて、セリーナから発言を引き出す。

 

上陸艇(エアシップ)もこのまま残して離脱すれば、大幅な時間の節約になります。それに宙兵を乗せた上陸艇(エアシップ)の存在は、惑星上に取り残された住民に対する最適な支援を与える事にもなります。」

 

俺はセリーナの発案に圧倒された。しかし一度気付かされると、このアイディアはそれ以上ない妙案に思えた。

 

「・・・それは可能なのか、イーリス?」

 

「はい。上陸艇(エアシップ)には既に宙兵隊が乗り込んでいます。食料や燃料も充分です。新たなバグスの艦が現れなければ、推定されるバグスの戦力に問題なく対処可能です。2週間程度であれば何も問題ありません。」

 

俺は表示された資料に素早く目を通した。

 

「ユーミ中尉が乗り込んでいるのか。」

 

「ええ。だからこそ戦力としては申し分ないわ。」

 

セリーナが天塩にかけて育てた部下を自信ありげに推す。パイロットはユッタ中尉だ。俺は決心してセリーナに伝えた。

 

「よし、最短で3日間あれば戻れるだろう。長くとも一週間という条件でユーミ中尉と話してみてくれ。もし彼女が引き受ければ、この形で進めよう。」

 

「了解!」

 

自信ありげにセリーナが返答する。既に彼女の中では、ユーミ中尉もユッタ中尉も応じると確信があるかのようだ。もしかしたら、俺と話をする前に予めユーミ中尉とは既に話を詰めていたのかもしれないな。

 

 

 

 

 

光子魚雷(フォトンビート)、放て!」

 

カース艦長の号令一下、麾下のサテライト級が進行方向に向けて光子魚雷(フォトンビート)を一斉射出する。放たれた光弾は狙い違わずワープポイント近傍に布陣するバグスの艦艇の列に大穴を開けた。バグス艦の多くは爆破に巻き込まれまいと回避行動を取る。攻撃が切り開いた大穴が、更に人類に有利な形に拡大された。

 

「〈エーテルリンク〉の誘導に従い、各艦は個別に進路の妨害を排除せよ。」

 

ワープポイントに向けて高速で突き進む人類の艦隊が近寄るバクス艦をビームの嵐で撃退する。人類の反応速度を超えた高速なすれ違い戦闘はAIの管制射撃の独壇場である。

 

更に各艦の艦載AIを束ね、無駄のない効率的な射線の構築に最適化されたのがエーテル級である。必要な火力の厚みを維持しながらカバーする面積を拡大させる事で、優れた火器管制能力というエーテル級の真価を十全に発揮していた。

 

「凄い、これほど簡単に前に進めるのならバクス艦隊にも勝てるのでは?」

 

傍で思わずそう声を漏らすコリンズ副長の発言を、カース艦長は首振って否定して見せた。

 

「残念ながらこれでも火力が足りない。」

 

エーテル級により艦隊の火力はバターをパンの上で広げるように薄く均一に伸ばされている。艦隊の火力はこれ以上ないほど最適化されているが、一箇所で破綻すれば全体が危機に陥るようなやり方なのだ。

 

「外縁部から空いた空間にバクス艦が殺到している。その攻撃を押し留め回避するので精一杯だ。ワープアウト出来なければ、背後から喰いつかれる。いずれこちらが力尽きて仕留められてしまう。」

 

艦隊の正面方向は、人類が火力優勢で大きく押し込んでいる。しかしその矛先が逸れたところから、多数のバクス艦隊が接近していた。光子魚雷(フォトンビート)も有限である。使い所を選ばねばならない。特に背後から迫る敵に対して、その行手を阻むのは脆弱なシールドと速力を活かした逃げ足の速さしかない。人類の航宙艦の火力が優勢なのは正面方向だけなのだ。

 

結局のところ、数の差には勝てない。ワープポイント到達までの目測を誤れば、人類の艦隊はパクスに簡単にすり潰されるだろう。しかも今対峙している敵は、この星系内のバグス艦隊の半数に満たない数なのだ。

 

「やはり、人類はこの星系から逃げ出すしかなかったんだな。」

 

乗組員(クルー)の誰かがポツリとそう漏らした。敵の力はなかなか認められないものの、実際に対峙すると実態が伝わる。今回の撤退は艦隊の汚点となるかもしれないが、戦力の全滅は回避せねばならない。撤退はやむをえない選択なのだ、ようやくその実感が艦隊を覆いつつあった。

 

「胸を張れ。人類は再びこの地に戻る、絶対にだ。」

 

その声を拾い上げたコリンズ副長がそう檄を飛ばす。ノヴァミサイルを使えば、バグスの艦隊は撃破できるはずである。破壊の程度の確認になりそうだとは言え、アサポート星系に戻るのも可能となるだろう。

 

「先頭艦、間も無くワープポイントに到達します。」

 

艦載AIとしての職務を果たすべく、エーテルリンク少佐が声を上げる。

 

「計画に従い、可能な艦から順次ワープさせろ。」

 

カース艦長の指示は明快だった。巡航速度を維持し、航宙軍の艦艇が次々にワープアウトする。

 

「本艦はギリギリまで踏ん張る、それでいいですな。」

 

「無論だ」

 

カース艦長の問いかけに、チートス特使も大きく頷いた。エーテル級の支援がなければ艦隊の火力効率は半減する。その防衛網は簡単に破綻するだろう。

 

この為、エーテル級と直掩の艦は大きく旋回してワープポイント近くに止まらねばならない。チートス特使としてはそのような艦の運用を見越して、ノヴァミサイルの発射を予定している。こちらはカース艦長に詳細を知らせてはいないが、コリンズ副長が廃棄コンテナの投下を指示すれば後は自動で展開する手筈だった。

 

「では、離脱に備えて艦隊司令権限を〈アイネイアース〉に委ねる。エーテルリンク少佐、艦隊のワープアウトに支障がない限り、〈アイネイアース〉の指示に沿って火力支援を展開するように。」

 

巡航速度を維持した〈エーテルリンク〉をワープポイント近傍でうまく周回させると、カース艦長は指示を下した。もう、指示を与えればいつでもワープアウト可能な位置にいる。後は順番が来るまで、〈アイネイアース〉に迫り来るバグス艦を支えさせればいい。

 

「了解しました、カース艦長。」

 

艦載AIであるアイネイアース少佐が全てを整える。以後、艦隊の火力は〈アイネイアース〉が指定する宙域に振り分けられる。

 

「アステロイド級を投入せずに済みましたな。後は、本艦の離脱のタイミングを見計らいましょう。」

 

カース艦長は前のめりになっていた身体を落ち着かせるように、ドカリとキャプテンシートに座り直した。

 

「ん、ご苦労だった。離脱のタイミングはこちらで指示を出す。」

 

これまでの仕事ぶりをオブザーバーシートで見守っていたチートス特使が短く労う。

 

「承知しました。」

 

そう答えるとカース艦長は制帽を被り直すと正面の大スクリーンを眺めた。この星系におけるカース艦長の役割は、もう全て終わっていた。

 

 

 

 

 

「〈エーテルリンク〉から本艦に艦隊の火器管制が移行されました。」

 

「あら?何も表示されないけれど。」

 

アイローラ提督は大スクリーンを見上げて怪訝そうな顔を浮かべていた。

 

「目線を下に落としてください。大スクリーンではなく、お手元のコンソールです。本艦の艦載AIはそこまで高性能ではありませんので、エーテルリンクの演算力の支援があっても大スクリーン表示や仮想表示を行う余力が無いんです。」

 

「分かったわ。」

 

アイローラ提督は頷いた。一度操作形態を飲み込むと、アイローラ提督の指示は早く的確だった。指を素早く走らせ、エーテル級の艦載AIと連携して攻撃対象を各艦に割り当てていく。艦隊の砲撃がワープポイントの周囲から、〈アイネイアース〉の逃走経路の構築に切り替わる。バグスにそう悟らせないように、あくまで目につく敵を排除する体裁で全ては進行する。多くの人類艦が既にワープアウトした為、今指揮する艦艇数は全盛時の2/3にすぎない。それでも、再び艦隊を指揮する事が出来る高揚感は何事にも変え難い。

 

「ざっと済んだわ。これでいつでも飛び出せる。エーテルリンクが離脱するタイミングで、光子魚雷(フォトンビート)を撒き散らしましょう。それを援護射撃として、隣のワープポイントに逃げられる筈。」

 

一息ついたアイローラ提督は、手櫛で長い髪を整えると大スクリーンに視線を向けて惑星アデルの状況を眺めた。バグス艦隊の六割がアデルは向かっている。先頭集団は、間も無く惑星表面に降下するところだった。

 

防御システムが作動しているが、単独降下する装甲虫兵の排除が主たる役割である。射程にも火力にも限界がある。BG-I型巡洋艦を数隻仕留められれば上出来だろう。大半は、兵器を発射して所在を把握され次第バクス艦に砲台ごと吹き飛ばされるのだから。

 

「そろそろ頃合いね。光子魚雷(フォトンビート)の発射は既にエーテル級のとシンクロするように指示を終えたわ。光子魚雷(フォトンビート)が着弾したタイミングで、転進して隣のワープポイントに全速で移動を開始しましょう。」

 

「了解しました、提督。」

 

ワープポイントの変更はささやかな作戦の変更である。だが最後まで残って戦う以上、予定とは異なる星系に至るワープポイントに逃げ込んでも文句を言われる筋合いではないだろう。

 

 

 

 

「サーラ艦長の指揮は、実に見事なものだな。」

 

珍しくチートス特使がそう褒め言葉を口にした。カース艦長の知るサーラ艦長の戦闘指揮は、どうにか及第点というものである。明らかに〈アイネイアース〉はアイローラ提督の指揮で動いていたが、チートス特使はそれを見ても特に何も気が付かないらしい。

 

コリンズ副長は、アイローラ提督が指揮している事にそろそろ気がついているのではないか。カース艦長はそう怪しんだ。この所、コリンズ副長は指揮官としての特訓の成果が出ていた。元々、士官学校を優秀な成績で出た男なのだ。一度コツを掴むと上達が早い。今のコリンズ副長なら、アイローラ提督の特徴的な指揮を見破っても不思議ではない。

 

「〈アイネイアース〉より『準備完了』との事です。本艦も離脱しますか?」

 

「そうしよう。」

 

エーテルリンク少佐の問いかけに、チートス特使が素早く答える。コリンズ副長が口を挟んだ。

 

「エーテルリンク、予定通り離脱を開始しろ。廃棄予定のコンテナは予定通り投擲するように。」

 

コリンズ副長の指示はノヴァミサイル発射を伝えるものである。そうと気がついたチートス特使がコリンズ副長に大きく頷いて見せる。

 

「了解しました。進路を変更し、本艦のワープアウトを〈アイネイアース〉に伝達します。」

 

エーテルリンク少佐のその言葉を完全に言い終わる前に、ワープポイントに到達した〈エーテルリンク〉は超空間入りを果たしていた。

 

 

 

 

 

〈エーテルリンク〉のワープアウトに伴い、殺到するバグス艦に最後の光子魚雷(フォトンビート)の一斉射撃が着弾する。爆発により大きく開いた空間に、〈アイネイアース〉は飛び込んだ。隊列を乱さず、分艦隊が付き従う。その様子を離脱した〈エーテルリンク〉が見ることはないだろう。異変は、その時に生じた。

 

「〈エーテルリンク〉の投擲したカーゴコンテナから、多数の大型ミサイルが発射されました。」

 

艦載AIの放つ声に、アイローラ提督は即座に反応した。

 

「そんな計画とは聞いていないわ。全く、あの男達は陰謀が多い。・・・標的はどこなのかしら、アイネイアース?」

 

「本星系の各惑星を目指しています。その形状から、大規模破壊兵器の可能性が考えられます。」

 

今度こそアイローラ提督は驚愕し凍りついた。そして掠れ声を漏らす。

 

「まさか、ノヴァミサイル・・・」

 

「我々もワープアウトして待避しますか?」

 

サーラ艦長は素早く確認した。今すぐ〈アイネイアース〉を転進させれば、〈エーテルリンク〉と同じワープポイントに到達できるだろう。それがどのような規模の兵器であれ、この艦も助かるはずである。

 

「いいえダメよ。可能な限り惑星に向かう全てのミサイルを撃破します。転進してミサイルへの攻撃を開始して、アイネイアース」

 

「了解しました」

 

〈アイネイアース〉をかつてない急制動が襲う。〈アイネイアース〉は人間の耐えられるギリギリの加速で転進してみせた。そして即座に三割程度のノヴァミサイルを破壊する。

 

しかし人類に耐えられない速度で加速する加速するミサイルは、すぐにビームの射程を外れる。アイローラ提督が失敗に気がついたのはその時である。アイネイアースの進路は、より多くのミサイルを破壊する為の進路をとっている。AIの選択は人類の価値を反映しない。それはつまり、第三惑星アデルに向かうノヴァミサイルは阻止不可能であることを意味していた。

 

「政府に緊急で連絡を。惑星の防衛施設をフル稼働させ、あのミサイルを破壊するように伝えて。」

 

乗組員(クルー)は祈るような気持ちで、ノヴァミサイルの航跡を追った。無理な転進でワープポイントから遠ざかった彼らは、バグス艦に囲まれつつある。追い縋る分艦隊の構成艦が、必死に迫るバクスを撃退していた。

 

しかしそれ以上に気になるのは、惑星アデルの命運だけだった。迎撃が間に合うにしても、惑星近傍での迎撃はどうなのだろうか。その爆発力は、惑星に甚大な影響を与えてしまうのではないのだろうか。

 

「2発のミサイルが阻止限界点を超えました。」

 

あくまでも冷静なアイネイアースの声が艦内に響いた。分艦隊の全員が、惑星アデルの崩壊を覚悟した。惑星周囲のバグス艦隊もただでは済まないだろう。しかし惑星アデルを破壊して得られる代償としては、それはあまりにささやかな獲物にすぎるのではないか。

 

惑星アデルの無事を祈る時間が流れた。そして予定された時間を過ぎても、惑星アデルに異変は生じなかった。

 

「・・・ミサイルの消失を確認しました。どこにも見当たりません。」

 

「バグス艦と衝突したのでは?」

 

艦橋内の誰かがそう口にした。

 

「そんな事あり得ないわ。油断せずに衝撃に備えなさい。」

 

アイローラ提督はあくまで冷静にそう指示を下す。既にバグスの艦隊の重囲下にいる。異変のタイミングで飛び出したワープポイントを目指すつもりでいるが、爆発が生じないので逃げ出す隙がない。ワープポイントはもう離れてしまっている。もう、ワープポイントを経由してこの星系から逃亡するのはとてつもなく難しいだろう。

 

「今は頭を切り替えて、バグス相手に生き残りを図るべきね」

 

ここからの逆転は難しい。しかし、惑星アデルが破壊を免れたのだ。防御兵器が効いたのだろうか、あるいはアデル政府に何か奥の手があったのか。それ自体は奇跡のような吉報である。ならばこのまま足掻けば、彼らにも何か別の未来が開かれるかもしれなかった。

 

「火力を集中してこの包囲を切り抜けます。まずは目の前のあのBG-X型戦列艦に集中なさい」

 

アイローラ提督は素早く指示を出した。目の前のBG-X型戦列艦は進路を塞ごうとしている。あれを撃破しなければ、あっという間に彼らは袋叩きに合う。アイローラ提督が指差し乗組員(クルー)を鼓舞した瞬間、そのBG-X型戦列艦は爆散した。艦載AIが、バグス艦の消失で開いた航路に艦の進路を変更する。

 

「味方艦です」

 

「この状況で味方ですって?」

 

アイローラ提督は目を凝らした。気がつけば、先程までは存在していなかった何か巨大な物体がある。その物体は、猛追するバグス艦隊から〈アイネイアース〉を守る壁のように存在していた。周囲のバクス艦が次々と破壊され、殺到していたバグスは反転して逃亡を開始した。

 

「いつの間に味方が、でもどこかに隠れていたにしては大きすぎる。」

 

突如としてそんな巨大物体が出現するなど、計器の故障でもなければ有り得ないだろう。なんと言っても、それはちょっとした惑星に匹敵するほどの大きさなのだ。或いは、ついに過負荷によって艦載AIが狂ったのだろうか。オッカムの剃刀に照らして考えるなら、巨大な天体が瞬時に出現するよりも艦載AIが狂う方があり得る話である。彼らはAIの狂気が生み出した仮装現実に呑まれたのではないか。

 

「あれは、ギャラクシー級戦艦〈イーリス・コンラート〉です。」

 

アイネイアースは重々しくそう告げる。

 

「・・・『艦長』の名を冠した戦艦。」

 

サーラ艦長が呆然とそう呟いた。その目から涙が溢れているのを、アイローラ提督は目撃する。

 

「ありえないわ。何もかもありえない。現実とは思えない。この艦載AIは狂ってる。」

 

サーラ艦長まで理性的でないおかしな反応をする様子を見て、限界を超えたアイローラ提督が惑乱する。自分達はノヴァミサイルによって破壊され、今はもう死後の世界にいるのではないか。

 

「大丈夫です、提督。我々は確かに〈イーリス・コンラート〉に助けられたようです。これは味方の救援で間違いありません。」

 

サーラ艦長が声を上げる。涙ぐむ彼女の目の前のコンソールには、あの懐かしいイーリス・コンラート中佐の姿が通信相手として映し出されていた。




〈イーリス・コンラート〉はようやく帰還を果たしました。イーリスを知るサーラ艦長が〈イーリス・コンラート〉に救われる展開は望んでいた展開でした。

今回は盛り上げ役に回った感じのアイローラ提督ですが、彼女は人類が対バグス戦に特化した時代に最適化した指揮官です。人間同士の戦闘や駆け引きには不慣れなのでしょうね。

今回は人類側の決戦兵器のノヴァミサイルが登場します。原作でサイヤン帝国を滅ぼした超兵器が伏線になるのは、おそらくこれは原作でも予定されていたんだはないかと考えています。
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