【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 91話 【帰還篇⑤】 切所
〈イーリス・コンラート〉がアサポート星系に到着した時、星系の駐留艦隊はワープポイントから続々と消えゆく所だった。ワープアウトする艦艇を表示して、イーリスが俺に問う。
「あの艦隊と連絡をとりますか?」
「もう離脱する所だ。こちらからはやめておこう。」
少数の艦艇がワープポイントに踏み止まって迫るバグスと戦っていた。ワープポイントの防衛を命じられたのだろう。その中心は中小の艦艇に囲まれたスター級重巡洋艦だった。また惑星アデルにもバグスの別動隊が迫っている。
「まずは残存艦艇を支援する。最適な位置に移動しよう。」
転移する宙域を指示しようとした矢先、ワープアウトした艦隊が廃棄した貨物用コンテナから大型ミサイルが多数飛び出した。踏み止まっていたスター級重巡洋艦が唐突に逆進を始めた。置いてかれた他の艦艇が慌てた様子で追尾する。それは明らかにあの大型ミサイルを阻止する動きに見えた。
「イーリス、コンテナから発射された大型ミサイルを全て転移するか破壊しろ」
「こちらでもやります」
イーリスが副砲やビーム砲を、シャロンが主砲を操作して大型ミサイルの撃破を行う。
「・・・これは、恐らくノヴァミサイルですね」
最後のミサイルを破壊してから発せられたイーリスの言葉に俺はゾッとした。イーリスの推定は,ほぼ確定に近い。断言しないのは、よりアップグレードされて名称が変更しているなどの可能性を考慮しているに過ぎない。兵器としての本質は同じものなのだ。
ノヴァミサイル、サイヤン帝国を滅ぼした超兵器は今も人類に語り継がれている。それは航宙軍の兵器リストに掲載されてはいないが、アデル政府の保持する抑止力として常に存在していた。逆らえば惑星ごと吹き飛ばされるかもしれない。それこそは、主星を喪失した旧サイヤン帝国の諸惑星が、最初期の人類銀河帝国に組み込まれた契機なのだから。
「アデル政府が、人類銀河帝国の中枢の惑星アデルを攻撃したのか?」
「何か彼らにとっての理由があるのでしょう。そう、派閥争いのような。」
「バグスに占領されるなら、滅ぼす方がマシと考えたのではないかしら。」
イーリスとセリーナがそれぞれ別の見解を口にする。最後にシャロンがポツリと呟いた。
「或いは,その両方かもしれないわ。」
俺はため息を吐いた。
「後で必ず事情は確認しよう。あのような行動は航宙軍ではどのように罰せられる?」
「間違いなく反乱相当の重罪です。銃殺される対象となります。もちろんアデル政府による正当な命令があった場合は別です。ただ、元首はあの離脱した艦隊ではなく惑星アデルに存在しているようですが。」
「ふむ」
俺たちは今、反乱の発生を目の当たりにしたのだろうか。人類銀河帝国の政治は混沌としているようだ。駐留艦隊の逃亡と惑星アデルの破壊を意図する行為、いやアサポート星系全体だろうか。いずれにせよ、駐留艦隊を指揮する者は卑劣極まりない存在のようだ。
「引き続き、先程の残存艦艇の救援に入る。彼らを追尾する位置に転移し、周辺のバグス艦を全力で排除しろ。」
「「「了解!」」」
イーリス、セリーナ、シャロンが口々に返答する。それは完璧なユニゾンを構成していた。〈イーリス・コンラート〉は、ワープポイントに向けて進もうと足掻く人類の艦艇の背後に出現する。追尾中のバグスの大艦隊は突如出現した〈イーリス・コンラート〉を避けきれず激突する。ちょっとした衛星のサイズの天体が突如出現するのだ。避け切れるものではない。多数のバグス艦が表面に衝突して爆散する。進路ベクトルも相対速度もかなり近い。〈イーリス・コンラート〉が受けた衝撃や被害は無視できる範囲だ。
「進路後方は〈イーリス・コンラート〉自体を盾に使う。前方の敵を全力で排除しろ。速度を維持すれば、側面方向からの攻撃は命中率が著しく低下するはずだ。」
バグスがこちらの進路に接近しようとする場合、正面や背後から接近する以外は進路ベクトルがどうしても異なる。高速で戦闘を行う場合、これは著しく不利なのだ。AIが計算すれば補正可能ではあるが、運動方向のベクトルが大きく食い違う。この為、ビームを放つバグス艦は正面や背後から攻撃を加える事を好む。
また先行する艦への接近はどうしてもどこかで交差してそれ以降は追跡となるパターンが多い。巨体を活かして〈イーリス・コンラート〉が背後を塞ぐと、AIを持たないバグスが有効打を命中させ得るのはほぼ正面方向のみとなる。
「何とかこれ以上の離脱をさせずにあの艦艇を救えそうだな。イーリス、彼らに連絡して適当な進路へと誘導しろ」
今の状態ならワープポイントに到達させる事も不可能ではない。しかし〈イーリス・コンラート〉がいれば、大量のバグスを相手にしてもあの艦艇は生き残れる。それなら進路を変えさせて、バグスの少ない宙域に離脱させる方が安全性は高い。バグスを駆逐すればワープアウトは安全に行えるだろうし、そもそもワープアウトした先が安全とは限らないからだ。
「接続します」
特に支障なくスター級と接続できたらしい。スクリーンにスター級重巡洋艦の艦橋が表示される。その途端、イーリスが「あっ」と声をAIらしからぬ声を漏らした。
サーラ艦長は艦載AIが接続したモニターを見て驚愕していた。それは自然に頬を伝わる涙にも気がつかない程である。どこからか『あっ』と驚く声が聞こえる。サーラ艦長は、その声を漏らしたのが自分かと考えたほど同じ気持ちだった。
「・・・艦長。」
絞り出された言葉はそれだけである。モニター内のその人物は敬礼した。
「こちらはギャラクシー級戦艦〈イーリス・コンラート〉艦載AIのイーリス・コンラート大尉です。ノヴァミサイルはこちらで全て迎撃しました。バグスの対処に伴い、そちらの艦隊の進路をこちらの指示する進路に切り替えてください。」
サーラ艦長は手で涙を拭った。今の彼女は提督座乗艦の艦長であり、この艦は星系駐留艦隊の指揮艦でもある。個人的な感情は別にして、立場に相応しい言動というものがあった。
「・・・救援を感謝する。だが、まずはそちらの詳細を知らせるのが筋だろう。スター級重巡洋艦〈アイネイアース〉はアイローラ中将の座乗艦だ。本来、星系駐留艦隊の指揮権が優先される。全体の指揮権はこちらにあるのではないか。」
イーリス・コンラート大尉はチラッとサーラ艦長を見た。こちらの泣き顔に驚いているのだろうか。或いはまさか、こちらに見覚えがあるのだろうか。その視線は、知己同士が見せる秘めやかな視線に思われた。その様子は艦載AIの合成された映像とは思えない。生身の人間として蘇った様子に見えた。
「本艦はギャラクシー級であり、スター級の率いる貴艦隊を救援した立場です。艦種も上なら火力もこちらが優れている以上、今はこちらに従っていただきます。・・・こちらの事情は別途お知らせします。」
ずっとサーラ艦長を見守っていたアイローラ提督が頷いた。
「その案を承認するわ」
サーラ艦長は色々な言葉を飲み込んで告げた。個人的な質問を、今は発すべきタイミングでも立場でもない。
「了解した。そちらの指示に従い進路を変更する。」
絞り出されたサーラ艦長の言葉と同時に、〈アイネイアース〉の艦載AIが進路を変更した。既に艦載AI同士の意思疎通は終わっていたのだろう。忽ち,人類の艦隊に対するバグスの圧が緩むのを感じる。
「
勝機を掴んだアイローラ提督の指示が飛ぶ。艦隊はなけなしの
正面方向の火力は優勢であり、これならバグスの包囲を突破出来そうである。艦隊は大きく切り破られたバグスの包囲網の孔に突入した。
「これは、夢でも幻覚でもないんだな?」
アイローラ提督がサーラ艦長に問う。サーラ艦長も、未だに状況の好転が信じられなかった。
「はい。先方から報告書が送られてきています。アデル政府に報告された内容の要約版のようですね。」
「つまり、だ。政府はこの全てを知っていたのか。」
画面に表示される〈イーリス・コンラート〉の姿を見ながらアイローラ提督が呟く。元首と近しいと自認する彼女にとって、伏せられていた事が衝撃なのだろう。
「資料によれば直前までラーダ星系にいたようです。また、あのような巨大な物体が瞬時に星系を跨いで移動して見せたのです。報告されただけでは、アデル政府も真贋を判断しかねたとしても仕方がないかと。」
一時間前の過去の自分は『行方不明のギャラクシー級戦艦が救援に訪れる、それがあの〈イーリス・コンラート〉だ。』とそう告げられても決して信じないだろう。相手が気が触れたとそう考えるはずだ。
「確かにな。こうして実際に目の当たりにしても信じ難い。彼らに救われたからには信じる他ないとはいえ、な。」
〈イーリス・コンラート〉の戦いぶりは圧倒的だった。その巨体を活かして、敵の攻撃を遮るだけでなく敵艦を押し潰すのである。更に何らかの遠距離攻撃手段を有しているらしく、艦隊の火力以上に進路方向の敵艦が排除されていく。
「バグス艦隊、逃走を開始しました。」
気がつくと艦載AIであるアイネイアース中尉の声が聞こえた。サーラ艦長はドッと気が緩むのを感じる。バグスとの距離も稼いだ。彼らはもうこれで安泰だろう。
「各艦は被害状況の確認を急げ、追撃は〈イーリス・コンラート〉に委ねる。バグスに侵入されていないか入念に確認しろ。」
アイローラ提督が声を張り上げる。〈アイネイアース〉によってのアサポート星系の戦いは、このようにして終了した。
反転した〈イーリス・コンラート〉は羊を追い立てる牧羊犬のようにバグスの艦隊をワープポイントに押し立てていた。背後ではアイローラ提督の率いる残存艦隊が安全圏に到達していた。
惑星アデルに接近するバグス艦隊と接触しない限り、彼らは安全だろう。そう判断した俺は、イーリスに問いかける。
「バグスが反転しても当面は大丈夫だな?」
「はい。味方の艦隊はこのまま問題なく逃げおおせるでしょう。」
「では、惑星アデル周辺のバグスを排除する。最適なポイントに転移せよ。」
二つに分裂したバグスを識別するのに、何か適当な名前が必要だろう。
「何か適当な識別名は無いだろうか。」
「では、最初に交戦した集団をアルファ群。これから交戦する惑星アデル近傍の集団をベータ群と称してはいかがでしょうか。」
「そうしよう」
イーリスが素早く仮想表示を一変させる。これで分かり易くなった。
「アルファ群の監視は委ねる。味方艦の艦載AIとも連携して、動きがあれば知らせてくれ。」
「了解しました」
こうして指示しておけば、AIであるイーリスの見落としはまずあり得ない。アルファ群は逃亡継続を選択したようだ。彼らにすれば、ベータ群を囮に逃げるような感覚だろうか。
「ベータ群を惑星アデルに降下させるな。全力で排除しろ。」
「「「了解」」」
最後の指示にはイーリスだけでなく、セリーナとシャロンも声を合わせて応答する。揃って返答されるのは気持ちがいいな。気持ちが一つになるのを感じる。
「休暇を出していたサテライト級の乗員だが、休暇は取り消せるか?」
「はい。戦況はリアルタイムで伝送しています。それを受けて各艦とも艦長判断で待機状態に入ったようです。」
俺はざっと状況を確認した。問題はないようだ。破損箇所の修復は概ね完了している。後の不具合は先端部品が補充されないと難しいだろう。食糧事情と健康状態は一気に改善していた。途中で切り上げたとはいえ、休暇は三、四日はあった筈だ。幸にして本艦は内部に海も陸もある。大気に触れ、太陽を浴びながらまともな食事をして睡眠を取るだけでも回復出来ただろう。
「このままアルファ群、ベータ群をワープアウトさせた場合は監視が必要だ。彼らサテライト級の各艦をそれに当てたい。」
「サテライト級でバグスを追尾させるのですか?生還は見込めませんが。」
ワープする敵を追尾するのは定石である。だからこそ人類に戦術をバグスも多大なる犠牲を払って学習した。今回のような撤退戦においては、機雷などによる宙域封鎖を行うし追尾されても問題ないように砲門をそちらに向けておくくらいはする。単艦のサテライト級では即座に餌食になるだろう。
「いや、〈転移〉を使って移動先の星系内の少し離れた位置に送り込む。潜伏させればバグスからも容易に発見されないだろう。
ラーダ星系に残した宙兵隊のように、ケアする対象が増えるのは本意ではない。〈イーリス・コンラート〉は同時に1箇所にしか存在できない。同時に複数の箇所に駆けつける事が不可能な以上、危地に陥った味方の救援には制約があるだろう。
だが、超空間の移動には時間がかかる。バグスの艦隊がどこに向けて移動したか把握している今は奴らの首に鈴をつける絶好の機会なのだ。転移すれば即座に目標地点に到達できる。それはつまり、常に先回りする事でバグスの艦隊位置を捕捉し追尾できるという事だ。
「バグスの移動の先回りができるなら、バグスの母星を突き止める事も不可能ではないだろう。」
そう付け加えると、シンと静まり返った。
「バグスの母星を突き止められるなら、リスクを冒す価値はある筈だわ。」
セリーナが熱意を秘めた声で意見を述べる。イーリスとシャロンも同意見のようだ。
「・・・イーリス、バグスの対処と並行して可能な限り作戦案を起こしてくれ。各方面にそれで調整をかけよう。ベータ群の闘争開始と共に作戦を実行したい。サテライト級の参加は志願とするが、問題なくやってくれるのではないか。」
バグスの首に鈴をつけるメリットは今更述べるまでもない。更に母星系を突き止められるなら、人類の英雄となる未来は夢ではない。この任務を断るなら、航宙軍士官は務まらないだろう。
「バグスの母星を発見する任務、やってみたいわ。」
「間違いなく、人類の歴史に名を刻む事になる。」
シャロンとセリーナが口々にそう意見を述べる。
「バグスの母星を破壊する名誉の方が上さ。そして〈イーリス・コンラート〉ならそれが可能だ。」
俺の言葉に二人とも頷いて見せた。バグスに人類が本拠地の陥落間際まで追い詰められた事はない。〈イーリス・コンラート〉が到着しなければ、今頃アサポート星系は廃墟と化していた筈だ。
しかし今の人類は、同時にバグスを根絶する可能性を手に入れた。今回の群れがバグスの母星に戻るかは確実ではない。しかしこのやり方を続ければ、バグスの勢力は衰退していく。そしてもし運命が人類の味方をすれば、バグスの母星を突き止めるのはそう遠くない未来となる。そうすればこの長いバグスとの戦争も、遂に終わる日が来るのだ。
連休の余波で作業時間を確保出来ず、直前に書いた内容の上に短い更新となります。そしてようやく今回で、本章のタイトルでもある「バクス戦争の終結」に向けた道筋が見えてきました。
<追記>
前回と今回の冒頭との感情的なつながりが甘かったので一部書き直しをしています。