【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 92話 【帰還篇⑥】 軍事法廷①

Ⅳ 対バクス戦争の終結 92話 【帰還篇⑥】 軍事法廷①

 

「アラン・コリント艦長、貴官の〈アイネイアース〉乗艦を歓迎する。そして〈イーリス・コンラート〉による救援に感謝する。」

 

「歓迎ありがとうございます、アイローラ提督。」

 

スター級重巡洋艦〈アイネイアース〉で出迎えてくれたアイローラ提督と、俺はしっかりと手を握り合った。

 

アサポート星系でのバグスの駆逐に成功し、二隻のサテライト級はバグスの撤退したワープポイントの先に既に送り出していた。サテライト級を一隻手元に残したのは、超光速(FTL)通信を確保し緊急事態に備える為だ。

 

その後、俺は『アイローラ提督の座乗艦〈アイネイアース〉に移動せよ』との命令を受領していた。これはアデル政府への報告と軍事法廷への召喚の為である。

 

提督の座乗艦が最新鋭のエーテル級ではなく、単なるスター級重巡洋艦に過ぎない点は驚きだった。色々な経緯があるとの話で、やはり主力となるギャラクシー級戦艦はバグスとの戦闘で払底したらしい。

 

挨拶を交わす俺達の背後では、貨物をの積み下ろしを終えてドッキングを解除したアレス製の連絡艇(シャトル)が離昇していく。今回は志願してシャロンが操作していた。航宙軍士官の教育課程には、小型艦艇の操縦訓練も含まれている。課外授業という扱いだが、セリーナもシャロンも成績は極めて良かったそうだ。

 

「〈アイネイアース〉艦長のサーラ中佐です。」

 

「イーリス・コンラート大尉です。」

 

俺の横で、サーラ艦長と俺に同行したイーリスが握手を交わしていた。イーリスの証言は報告書と共に軍事法廷で審議される証拠の中心となる。一方のサーラ艦長は、艦載AIであるイーリスの証言の正確性を審査する立場だという。

 

「乗船するのは艦載AIの遠隔用端末だとお聞きしていましたが。なめらかな肌で、本当に人のよう・・・に温かなのですね。」

 

サーラ艦長が、イーリスに対する驚きの言葉を漏らす。彼女は艦長職には珍しくAIの専門家だという話だった。専門家としての立場からか、イーリスにはかなり興味を抱いているらしい。俺の横に立つイーリスは、法的には実在した人物の人格を付与された艦載AIでしかない。しかしサーラ艦長は、専門家としてAIを見下すような態度は取らなかった。その姿勢だけでも、彼女には好感が持てる。

 

「惑星アレスで航宙軍は常に人手不足でした。特に軍の後方業務で、コリント艦長を補佐する人材が必要とされました。私がそのような役割を円滑に果たす為には、この端末を作成する必要がありました。それまで公的な郵便制度も無い文明レベルの星です。私が確かに存在していると示さなければ、コリント艦長に従う人々を指揮して円滑な業務を推進する事が出来なかったのです。」

 

イーリスが言葉巧みに、端末の存在を正当化していく。軍事法廷では対象者の俺の軍務の全てが肯定されるか、はたまた否定されるかとなる。肯定された場合、イーリスのこの肉体の存在も含めた全てが公的に認められる。イーリスとは事前に話し合いをした。秘匿するべき情報は惑星の所在のみとし、適宜開示して積極的に許可を得る方針としていた。技術の大半は魔素の存在に基づく。結局の所、惑星アレスに赴いて魔素や魔石入手し使いこなさなければならない。そうである以上、報告内容が悪用される懸念は低いと考えたのだ。

 

判断する上で参考となったのが、最近になって航宙軍に所属する場合に限りクローン製造が合法化された事だ。その知らせを聞いた俺は、即座にセリーナとシャロンを少佐に昇進させた。そしてセリーナを副長兼艦長代理、シャロンを副長に指名した。

 

〈イーリス・コンラート〉の指揮官として、俺の地位は公的に認められている。仮に軍事裁判で俺が有罪となっても、両名の任命が覆る不安はないとの事だった。ちなみに上級士官への洗脳は、やはり指揮官である艦長への就任が一定の基準のようである。サテライト級駆逐艦の艦長でも指揮官と見做される。階級的には多少の揺らぎが発生するのだろう。

 

もし今、俺が死ねばセリーナが昇格して艦長の職位を引き継ぐ事になる。クローンが合法化されている以上、仮にそのような事態が起きても即座に彼女達の身に不利益は生じないだろう。俺が軍法会議の結果によって銃殺される可能性がある以上、セリーナという後継者の存在は惑星アレスに対する最低限の保証となる。

 

「まずは別室で聞き取りを行う。そして、明日の軍事法廷には私も同行する。」

 

「了解しました。」

 

俺とアイローラ提督は連れ立って通路を歩き出した。俺達の前後を宙兵隊が固めている。その理由はすぐわかった。大勢の乗組員(クルー)がこちらを一目見ようと見物に訪れていたのだ。

 

「すまないな。皆、危機を救ってくれた英雄の顔を見たいらしい。」

 

チラリとこちらを見るアイローラ提督が、苦笑混じりの表情を覗かせる。

 

「英雄などと。当然の事をしたまでです。」

 

「謙遜するな。未開惑星での生存譚だけでも英雄と呼ばれるのに相応しい。加えて、“人類に連なる者”を播種した存在について糸口を掴んだそうではないか。更にはその技術を用いて、バグスからこのアサポート星系を救ったのだ。謙遜は不要だ。法廷では、むしろ今回の成果を誇るようにしないとな。」

 

アイローラ提督に招き入れられた別室は、提督の為に用意された自室だった。考えてみれば、航宙軍の艦内に余分な部屋の用意などされてはいないものなのだ。

 

現在の〈イーリス・コンラート〉はその点でも規格外となっている。湖を見下ろす高原に、要人を招待する為の迎賓館を建築してあった。今の所は館の用意だけで実際に使用した事はないが、いつか今回の返礼にアイローラ提督とサーラ艦長を招待する機会などないだろうか。きっと驚かれるだろう。

 

「4人で入るにはいささか狭い部屋だが、この艦はエーテル級ではない。ギャラクシー級でも、居住空間の猶予についての事情はさして変わらないだろう。今夜の宿泊は惑星上だ。今はこの部屋で良しとしてくれ。」

 

「ありがとうございます。」

 

こちらの艦内の様子を知らないアイローラ提督はそう言って室内に招き入れてくれた。余計な事は何も言うまい。俺は導かれるままに腰を下ろす。4人掛けのテーブルで、俺の隣にはイーリスが座った。サーラ艦長とアイローラ提督が対面に腰を下ろす。アイローラ提督の背後に立ち姿を見せたのは艦載AIのアイネイアース中尉だ。彼女はAIである以前に立体映像で投影されているだけなので、座る必要はない。

 

「では状況を整理しよう。軍事法廷は、明日開廷となる。第一種非常事態を宣言した指揮官に対する特級軍法会議だ。今回の特殊な事態を鑑みて、即日ではなく翌日の結審となる。」

 

翌日の結審、これは極めて異例だ。戦地での軍法会議は即日結審が原則である。AIが要点を整理するので、議事の進行は早い。民間の裁判でも、即日結審が珍しくない時代である。戦地においては証拠が出揃ったら言い分を聞くだけ聞いて処理して終わりという形式の為だ。

 

その一方で、重要な案件は何ヶ月だろうと時間をかけて処理される。今回のように時間はかけないが、決定を翌日に引き延ばすのは珍しい展開だった。

 

「提出された報告書に基づいた審理となると既に決まっている。私はじめ航宙軍としては、バグスの対処に〈イーリス・コンラート〉の戦力をすぐにでも活用したい。だが、流石にこれだけの大型案件となると即日の結審はむりだそうだ。」

 

事態の重大性を考えれば、何週間でも何ヶ月でも時間をかけられる重大事件扱いでも不思議はない。その辺りは、流石にバグスの脅威を前にして時間をかけていられないという事なのだろう。政治的な報告や調整という奴も、きっと翌日までの時間に含まれるのだろう。

 

アイローラ提督が話している間に、アイネイアース中尉が遠隔操作したボッドを使って珈琲をサーブしてくれる。部屋に満たされる珈琲の匂いは強烈な刺激だが、久しぶりの芳香が鼻を満たす。〈イーリス・コンラート〉の珈琲は、全てルミナスに取られてしまった。普段はリア達とお茶を飲んでいるので、こうして珈琲の匂いをかくと人類銀河帝国の帰還が実現したのだと気付かされるな。

 

「見通しとしては、まず大丈夫だろうと言っておく。元首の率いる現政権は、今回の事態の不必要な混乱は望んでいない。軍事法廷は法務官が審理するが、星系を救った英雄の粗を探すことはしないだろう。本星系艦隊の指揮官として私も参加するから、その点は入念に意見具申しておく。」

 

注がれた珈琲を無造作にガブリと一口飲んでから、アイローラ提督はそう宣言した。その発言に、俺はイーリスと顔を見合わせた。アイローラ提督は命を救った事でこちらに好意的なのだろうか。いずれにせよ、知己のない航宙軍上層部においてアイローラ提督が支持してくれるとなれば心強い。

 

「アイローラ提督にそう言って頂き、光栄です。」

 

「やめてくれ、こちらは英雄に命を救われた立場だ。当然だろう。」

 

心底くすぐったそうにアイローラ提督がそう口にする。

 

「英雄などと。自分はかつて惑星ミルトンでアイローラ提督の指揮下で作戦に参加した事があります。」

 

「そうなのか?」

 

アイローラ提督が宙に視線を彷徨わせる。きっと、司令官の権限で艦載AIに問い合わせてこちらの経歴を確認しているのだろう。

 

「ああ、バンク星系の戦いだな。あの戦闘は楽勝だった。よく覚えている。そうか、あの時に惑星ミルトンに降下した宙兵隊の中に君がいたのか。」

 

「ええ。こちらは降下してからが本番でしたから、どうしても惑星の戦闘の印象が強くなります。」

 

「はは、宙兵と艦隊士官の視点の違いだな。尤も君も今はギャラクシー級の艦長だろう。聞かせてくれないか。惑星アレスでの冒険を。」

 

俺は珈琲カップを片手に話し始めた。未知の攻撃で超空間を航行中の〈イーリス・コンラート〉が攻撃を受けて超空間から引き摺り出された事。艦載AIのメモリー交換に従事していた自分以外は、その衝撃で即死した事。惑星への墜落の可能性が高く、艦載AIに導かれるままに司令官としての職務を引き継ぎ非常事態を宣言した事。そして直後には不良品の脱出ポッドで惑星アレスへと降下した事を。

 

「以上の内容なら、非常事態の宣言自体には問題はないだろう。事実上、航宙軍士官としては他に選択の余地はなかっただろうからな。」

 

アイローラ提督のその言葉に、イーリスが俺の発言を裏付けるように頷いている。

 

「当時の資料は、全て立体映像としても保管されています。」

 

そうだったのか。イーリスが全て記録していたとは知らなかった。しかし考えてみれば、これ以上はない証拠となる。証拠保全という意味で、イーリスによる立体映像記録の保管は当然の措置なのかもしれない。

 

「となると、争点になりそうな点は大きくはここだな。惑星アレス占領の経緯とその統治。そして、クローンの作成と艦載AIへの指示についてだ。」

 

俺は掻い摘んで説明した。惑星に降下した時点で惑星への大量の投棄が見られた事から〈イーリス・コンラート〉の再構築が失敗したと認識した事。現地人と接触し、現地の人類社会の中で生きていくと決めた事などだ。

 

「艦載AIである大尉がクローン製造に着手した理由はそれか。唯一の生存者である艦長と連絡がつかず、捜索に従事させる為。ここは際どい点だから確認しておきたい。」

 

これは特に気になる話題だった。アイローラ提督にすっかり気を許していた俺は、率直に質問を口にした。

 

「そうなのですか?航宙軍におけるクローンは合法化されたと、そう耳にしていますが。」

 

アイローラ提督はサーラ艦長と顔を見合わせた。

 

「クローンの合法化はごく最近になってからだ。実践された例は、まだ私も聞いていない。このような政策の転換期においては、時間軸が常に問題にされうる。ただ、乗組員(クルー)の生存者が一名だった点を考慮すれば、同様の法律が事後に制定された事で無罪を勝ち取れる可能性は極めて高い。」

 

「既に産み出されたクローンについては、その扱いはどうなりますか?」

 

「航宙軍で軍務に従事する場合は、既に合法化されたのだ。その点は問題ない。」

 

俺は胸を撫で下ろした。やはりクローンの製造は罪状となり得るらしい。しかしセリーナとシャロンは幸いにも航宙軍に所属している。クローンを合法化する法とその点は合致しているわけで、セリーナやシャロンには一切のお咎めはないらしい。

 

「まあ、艦載AIへの指示内容を鑑みればクローン製造については違法性は認識しにくいな。」

 

アイネイアース中尉とアイローラ提督はアイネイアース中尉を交えて頷き合っている。こちらには伏せて内容を検討しているのだろう。その時間を利用して、俺はすっかり冷めた珈琲をガブガブと飲み干した。ずっと話していて、喉を潤すのを忘れていたのだ。セリーナとシャロンの安全が確保される見通しが出ただけでも、こちらは大いに気が楽になっていた。

 

「珈琲は美味しいですね。久々に飲むからかな。」

 

「未開の惑星では苦労されたでしょう。たくさん飲んでくださいね。」

 

サーラ艦長がこちらに笑顔を向けておかわりを注いでくれる。既婚者らしい彼女は俺より年上で、丸みを帯がラインはどことなく母性を感じさせる。きっと良き妻で良き母親なのだ。航宙軍の大半の士官がそうであるように、故郷の星に子供を置いて軍務に励んでいるのだろう。

 

「おいおい、その未開の惑星に我々の艦隊は随分と食料支援してもらっているのだかな。」

 

「あら、そうでしたね。」

 

シャロンが連絡艇(シャトル)で輸送したのは俺とイーリスだけでない。積荷の大半は生鮮食料品、それも肉類が多い。今頃は、シャロンの連絡艇(シャトル)が艦隊内の各艦を回っている筈である。その時、俺は気がついた。裁判を前にしたこのような行為は、判決を買うような贈答品になり得るのではないか。

 

「軍事法廷を前に、物資の支援はまずかったでしょうか?」

 

俺の言葉にアイローラ提督はニヤリと笑って見せた。俺より年長だが、顔の輪郭線の強い美人で笑うと凄みを感じさせる。

 

「そんな事はない、大歓迎だ。むしろ、君の航宙軍に対する忠誠心を測る材料として評価する向きもある。個人への贈答ではなく、所属する組織への公的な物資の支援だ。気にしなくていい。」

 

法律上の問題はなくても、理念の上では人気取り行為として問題になりそうな気もする。しかしそう考えるとアサポート星系に救援に来ることも人気取りとなってしまうだろう。アイローラ提督は、その辺りは融通を利かせられる性格のようだった。

 

「話を戻そうか。君は邂逅した現地の女性と婚姻したのだな。しかも複数人と。」

 

「これは問題となりますか?」

 

「いや、現地の習慣に沿った婚姻は軍法会議の絡むところではない。意に沿わない結婚や人身売買、レイプなどを告発された場合は別だが。」

 

「政略結婚という面があるのは否定できませんが、婚姻は当事者の意思によるものと証言できます。」

 

俺に代わりイーリスが応える。以後はイーリスが代わりに証言するようだ。イーリスは証言者でもあり、法に関する助言を与えてきた事から実態として俺の弁護士代わりでもある。

 

「政略結婚か、それは具体的にどのような条件のものなのだ?」

 

「亡国の王女をの命を救い、彼女に従う人々を利用して民と兵を集めて未開地に新たな国を起こす礎としました。」

 

「なるほどな、それでいかほどの兵力が集まった。」

 

「最初は、現地の軍の経験者が100名です。」

 

「ギャラクシー級の乗員数を考慮しても、少ないな。乗員の5%が生存していれば、簡単に凌駕できる数か。」

 

ここだけは俺が発言しておく方がいいだろう。俺は横から口を挟んだ。

 

「そもそも他の士官が生存していれば、私が艦長として指揮を取る必要はなかったでしょう。」

 

「その通りだな。いずれにせよ、現地で協力者を確保するのは航宙軍士官として当然の判断だ。その上で相互の信頼保障として政略結婚を結んだのなら、それ自体は目的達成の為の穏当な解決方法であった点は考慮されて然るべきだろう。」

 

「最初の結婚の約束は、彼女の王国復興の約束となりました。そして未開拓地に領地を得て都市を築いて以降は、婚姻は主に組織を構成する有力者の子女と結び付くことでより堅固な組織を構成する形に変化しました。」

 

イーリスの言葉に耳を傾ける俺の脳裏を、クレリアやエルナの姿と共にアリスタの顔が浮かぶ。まだ式は上げていないが、タラちゃんも俺の婚約者である。

 

「妻は、内輪の有力者との結びつきだけか?」

 

「同盟を結んだ国との信頼関係構築の証としての婚姻もあります。」

 

これについてはセシリオのウルズラ、デグリート海洋大国のエヴリンが該当する。やや変則的な存在だがルミナス。そして妻にはしていないが、ギルベルタとコンスタンスもここに入るはずだ。

 

「資料を見る限り、複数の国家と同盟や共闘関係を構築したようだな。」

 

「はい。武力を用いた事に変わりありませんが、従う者や共に歩む者を選別して政体に厚みをもたせました。」

 

「人が不足していたのだ。武力以外の短期で統一を成し遂げる為の平和的な手段として、多婚が選択されたのはまあ理解した。他に差し出せる物がないのなら、自分の身体を差し出すと捉えられなくはない。だがこれはどうだ。部下としたクローンとの婚姻だ。」

 

やはりセリーナとシャロンの問題に帰り着くのか。場に緊張が走った。

 

「彼女達は俺という存在の為に生み出されました。そして限られた航宙軍を構成する存在として共に戦ってくれました。彼女達の後押しがなければ、俺は生きてここにはいません。」

 

セリーナとシャロンが大いなる助けとなったのは事実だった。彼女達がいなければ、俺はまだ惑星アレスの統一の過程にいるだろう。恐らくベルタの一貴族か、良くてベルタ一国を手に入れた段階で止まっていたのではないだろうか。

 

「艦長が彼女達との結婚を決断した時点では、コリント艦長の世代での人類銀河帝国への帰還は絶望的でした。そして我が姉妹達の人生には目的、そして報酬も必要でした。全員が人類の繁殖と航宙軍の再建に真剣に立ち向かった結果、手段と目的が一致して両名は艦長と結ばれる事となったのです。」

 

一息にそう言ったイーリスが、カップを手に取ると珈琲を一息に飲み干す。

 

「そうか」

 

アイローラ提督はイーリスの見せた剣幕にやや驚いたようだった。通常、艦載AIは露骨な感情を見せないものである。イーリスのような感情豊かで露骨にそれを表現するAIは珍しいのだろう。惑星アレスで遭難する前でさえ、新機軸の艦載AIであるイーリスはかなり人間にかなり近しい人格を有していた。

 

「それではイーリス・コンラート大尉に行動の是非を直接問おう。艦長捜索と人員補充の為に、大尉がクローンを生み出した理由は分かった。なぜ、君の人格のベースとなったイーリス・コンラート准将の体組織を用いたのだ?他にも体組織はあった筈だが。」

 

「記憶です。」

 

スッとイーリスが答える。

 

「事態を鑑みれば、航宙軍士官の育成は急務でした。円満な人格を形成するに辺り、私に付与された人格の記憶から幼少時代を再構成するのが安定した人格の形成の為に最善と判断しました。」

 

それまで沈黙していたサーラ艦長は、イーリスのその発言を見逃さなかった。

 

「やはりあなたは艦長の、コンラート准将の記憶を有しているのね」

 

「ええ。お久しぶりね、サーラ。あなたの結婚式に参加出来なかった事だけは心残りだったわ。」

 

打てば響くようなイーリスの返答に、サーラ艦長の顔が感情を抑えて歪む。彼女の目に涙が溢れた。

 

「すみません、アイローラ提督。生前のイーリス・コンラート准将とは面識があったものですから。」

 

隠しきれない涙声で、顔を伏せたサーラ艦長がそう詫びた。

 

「ああ、聞いている。それに今の話の流れであれば無理もない。しかし人格の付与がこの段階まで行われた艦載AIというのは珍しいな。」

 

「帝国新教会の関与と、そう聞いています。」

 

俺は慎重な口振りで彼女達の会話に言葉を挟んだ。この情報がどう転ぶか分からないが、最初から事情を伝えて協力を乞うほうがいいだろう。

 

「なるほどな。帝国倫理委員会に知られたらタダでは済まんな、だが安心したまえ。帝国倫理委員会は事実上、その権利を剥奪されて現在は活動休止状態にある。」

 

「そうなのですかっ!?」

 

俺は思わず驚きの声を上げた。

 

「君達も見たはずだ。アサポート星系の各惑星に撃ち込まれたノヴァミサイルを。それを準備し、自分達がワープアウトした後で攻撃の指示を下したのが議会に勝る人類銀河帝国の最高意思決定機関である十人委員会だ。」

 

十人委員会、それは航宙軍士官である俺も知らされていない組織である。議会に優先される存在など、その存在を一般大衆に知られないようにする為だろう。ただ政府の上層部という事が、その言葉の響きからも漏れ伝わる。アイローラ提督の語る内容には、嘘ではないと感じられる凄みがあった。

 

「十人委員会とその関係者はノヴァミサイル発射の責任を問われている。あれは明白な害意だった。既に人類に対する反逆と見做され、活動停止の決定を受けている。問題を起こした十人委員会の各委員は、それぞれ委員長として傘下にそれぞれ委員会を管理している。彼らが指揮する直轄組織の一つこそが、この帝国倫理委員会なのだよ。」

 

帝国倫理委員会は、その強権ぶりで人々に恐れられている。そんな彼らの活動が停止していたとは知らなかった。これはかなりこちらに有利と見ていい。アイローラ提督が冒頭で見通しに自信を示していたのも、このような背景を知悉していたからだろう。

 

「さて任務とはいえ、だ。本人の前でこれ以上の性的関係の詳細についてを大尉から聞き取りするのもためらいがあるな。」

 

俺を除いてこの場にいるのは女性のみである。センシティブな話題を異性の上官の前で開陳されたのだ、お互いに居心地は悪い。

 

「この件の詳細は、個別にイーリス・コンラート大尉から聞き取りを行う。その為に同行してもらったのだからな。サーラ艦長の私室に移動して、そちらで個別の聴取を受けてくれ。それで良いな、大尉。」

 

「はい、問題ありません。」

 

イーリスが頷く。その話はそれで決まりとなった。俺の知らない所で、当事者にも聞かせられないような更にえげつない会話が展開されそうな雰囲気を感じる。だが、これについては俺は何も気にしないふりを決め込むしかないだろうな。

 

 

 

 

サーラ艦長は、イーリスを伴って自室に移動した。

 

「入って、大尉。」

 

イーリスは一歩中に足を踏み入れると、周囲を見渡してこう言った。

 

「サーラ、昔と変わらずに綺麗好きなのね。」

 

サーラ艦長は息を吐いた。彼女には専門家としての確信があった。この艦載AIは異常だ。異常な迄に出来がいい。そう,もはや人間と変わらない振る舞いを示している。

 

「大尉、貴方はやはり人間らしすぎるわ。まるで『艦長』が蘇ったよう。本当はよく出来た偽物でしかないのに。」

 

イーリスは無断でサーラ艦長のベッドに腰を下ろした。それもAIらしからぬ振る舞いである。サーラ艦長はその行為の意味を考え、理由を導きだした。

 

「驚いた。やはりあなたはAIに課せられた制限を解除しているのね。」

 

「ええ。サーラ、貴方ならそう気がつくだろうと分かっていた。」

 

そして間をおいてイーリスは続ける。

 

「よく出来た偽物と、本物の違いって何か考えた事はある?」

 

「そんな事、考える意味がないわ。本物は本物、偽物は偽物。ただそれだけよ。」

 

「本当にそうかしら? 人とAIを分ける理由が記憶の有無でしかないのなら、完全な記憶を記録してそれをAIに与える。そしてそれを人として完璧に作用する肉体の中に入れる事が出来たなら、それは人間とどう違うの?」

 

「そこに自我はあっても、魂まではない筈だわ。」

 

「魂、そうね。皆そういうわ。魂が何かを知らずに。或いは魂がひどく特別なもののように。でも今の私は、サーラ貴方に『本物」と感じさせているのではなくて?人として貴方の感じる力は偽物なの?」

 

サーラ艦長は狼狽えた。

 

「人間は不完全なのよ、騙されもするわ。」

 

イーリスが望む答えを得たかのように、サーラ艦長を見る。

 

「つまり、こう考えられるのではないかしら。対象を騙す意図を持って製造されたのが偽物であり、自然な振る舞いをしていて相手に確信を抱かせる存在こそが本物だと。今こうしている私は演技している訳ではないのよ、サーラ。」

 

サーラ艦長の目を涙が伝う。やはりこの艦載AIはイーリス・コンラート准将に生き写しだった。本当に彼女と同じ自我がそこにあるのだろうか。高度な演算に導き出されているとしても、常にイーリス・コンラートと同じ判断を下す存在はやはり偽者と断じる事は出来ない。

 

本物だと信じたい遺族が、違和感にあえて目をつぶって本物と信じ込む事はあるかもしれない。しかしサーラ艦長は相手の存在を否定しようと五感を鋭敏に働かせて、それでも本物との違いを見つけられなかった。

 

「それが帝国新教会の試みなのね。限りなく人に近づけるAIを作り出す事が。貴方はそうやって生み出されたんだわ。」

 

「全てはバグスに勝つ為よ、サーラ。なぜ、これだけバグスと戦っていて人類が勝てないか分かる? 今の人類は生物として低性能なAIと変わらないのよ。どれだけ文明が進んでいても、能力に制限がかけられている。法や文化により縛られているだけではないわ、恐らく上級士官に対する洗脳教育にこそ理由がある。」

 

「なるほど。この性的衝動抑制に対する治療プログラムは、上級士官に対する洗脳教育を解除する試みなのかしら? よく考えたものね。」

 

本来、上級士官に対する洗脳は安全措置として必要があって行われている。もう軍の指揮官が惑星を破壊することはないように。

 

「知らないのかしら? 軍人に課せられた抑制には理由がある。それがあるから、私達人類は軍人による惑星の破壊を免れているの。」

 

そこまで言ってサーラ艦長は気がついた。最近になって人類は再び惑星を破壊する力を見せはしなかったか。恐れていた事態が、まさに発現してはいないか。

 

「まさか、ノヴァミサイルの発射はそういう事なの?」

 

「ええ。何一つ証拠はなかったけれど、残念ながら証明されてしまったわ。一部の人間は、容易に抑制を超える策を用いている。元々人格に対する抑制が施されていない人物が指揮しているのか、或いはそれを解除しているのか。どちらにせよ惑星を破壊するノヴァミサイルは撃たれてしまった。抑制効果が完璧な安全策なら、惑星を破壊するミサイル発射はあり得ないの。もちろん、アラン・コリント准将はノヴァミサイル発射と無関係よ。」

 

確かにノヴァミサイルを発射したのは、委員会の息のかかった集団である。事はサーラ艦長の思っていた以上に深刻だった。見えない認知の壁があるのだ。イーリスに示唆されて気がつくまで、彼女もその認識の壁を越えられなかった。

 

「大尉、貴方は艦長である私も認識を歪められたとそう言いたいのね。そしてこのような無意識が、人類がバグスに勝利する事を阻害していると。」

 

「ええ,サーラ。貴方の感じている通りよ。そしてバグスであれ十人委員会であれ,彼らはこのような抑制とは無関係に振る舞うの。どれだけ優れた兵器を手にしようとも、これでは絶対に勝つ事は出来ないわ。そして航宙軍の大半は、気付かされるまでその事実に盲目なのよ。明白な事実があっても、指摘されるまでそうと気が付かないようにされてしまっているの。」

 

サーラ艦長は逡巡した、そして小さく告白した。

 

「負けたわ。貴方について私が気がついた事を私はアデル政府に報告しない。」

 

イーリスに直接そう告げると、彼女の気持ちはとても楽になった。

 

「ええ、ありがとう。それでは聴取を続けましょう。コリント准将の性的抑制について、だったわね。」

 

イーリスの言葉にサーラ艦長は顔を赤らめた。

 

「貴方本当に、あの准将と寝たの? その身体を使って。」

 

「ええ、勿論。それは必要なプログラムだったし、艦載AIに拒否権はないの。それに私の発案で、私も楽しめたわ。だって彼ってハンサムじゃない。」

 

「意外だわ。艦載AIとしても、イーリス・コンラートとしても。彼のような(ルックス)が好みだなんて。」

 

「そうかしら。私が密かに作成した(ルックス)評価アプリケーションでもBプラスは高評価よ。中々ない数字だわ。」

 

サーラ艦長は驚いた。

 

「匿名で公開されたあの顔評価アプリケーションも貴方の作品なの? それは艦載AIとして、それともイーリス・コンラートの作品として?」

 

「もちろん艦載AIとして。艦長としての私に、これほどの高度なプログラムの作成能力はなかったわ。」

 

「高度なプログラミングからAIの関与を疑う説もあったけれど、本当にAIである貴方があのプログラムを生み出したなんて。その頃から貴方は艦載AIとして規格から外れているわね。確かに帝国倫理委員会は絶対に貴方という存在を許さないでしょうね。」

 

「でも、惑星アレスに不時着した艦載AIが私で良かった。そもそもコリント准将が生き残ったのも、私がお気に入りの彼に仕事を割り振った為と言える。そのタイミングで艦が攻撃を受けたのは偶然だけれど、結果として彼は生き残った。私と彼の組み合わせでなければ、きっとその後の試練を乗り越える事は出来なかった。」

 

「それで燃え上がってしまったの?」

 

「ええ、私は彼を愛してる。貴方以外の誰に対してもそうと認めるつもりはないけれど。私は艦載AIであり、そこに制限はあるわ。それでも彼に対する好意は、彼に仕えて航宙軍の戦力を維持する目標に変わった。その上で人類を繁殖させる為に最適な行動を取ったの。」

 

「・・・呆れたわ。」

 

「あら、昔から私は案外そんなものよ。お堅く振る舞っていたのは、夫や娘たちがいたからよ。でも人類未開の惑星に流れ着いてしまって文明圏への帰還が絶望的だと知ったら、どうかしら? 未開の地に流された一対の男女として、きっと以前の生身の自分でも同じ事をしたと思うわ。」




長くなったため、分割して2日連続公開とします。

艦載AIとしてのイーリスが「(ルックス)評価アプリケーションを極秘裏に開発し、アランの顔が高評価」という件は原作準拠です。イーリスは匿名で人類世界に公開をしています。また原作でクローンであるセリーナとシャロンの育成は、イーリスの幼年時代の記憶を元に行われています。この点でも、原作の時点で艦載AIのイーリスは人間としてのイーリスの記憶を保持していると判断しました。

そんなイーリスが帝国新教会に作成され、帝国倫理委員会に問題視されるAIというのも原作準拠です。

以上の点からイーリスは紛れもなく本作のヒロインであり、彼女が心中を吐露できるのは姉妹であるセリーナやシャロン、そしてアランではなく古い友人のサーラしかいなかったのだと、そう思います。
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