【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 94話 【内戦篇①】 元首公邸
▫️惑星アデル▫️
アイローラ提督に連れられて、俺は人類銀河帝国の元首公邸を訪れていた。
「ようこそ。」
公邸正面の車寄せでは、警備担当を差し置いてゲンイズブールと名乗る元首補佐官が車のドアを開けて出迎えてくれる。
「本日は以後の航宙軍の作戦内容の協議すると共に、惑星アレスの処遇についての話し合いとなります。」
ゲインズブール補佐官の予告に俺は驚いた。
「アレスについての話し合い、ですか?」
俺はゲインズブール補佐官に聞き返す。アレスの処遇について正式な決定が行われたなら、早く知っておきたい。だがゲインズブール補佐官は、そこで車から降り立ったアイローラ提督に嗜められた。
「今大切なのは、現在の危機にどう対処するか。その為の航宙軍の体制構築だ。それに、コリント准将はまず先に挨拶すべき方がいるだろう?」
「そうでした。私とした事が気が急いて。」
ゲインズブール補佐官はそういうと、元首の待つ公邸の応接室へと招き入れてくれた。上層に上がり長い廊下を抜けて、ゲインズブールが隣接する執務室のドア越しに声をかける。
「元首閣下、アイローラ提督ならびにコリント准将がお見えです。」
「・・・入り給え。」
アイローラ提督と俺は執務室に入室し、敬礼を行う。元首は痩せ方の中肉中背の中年男だった。特徴のない平凡な顔である。群衆の中にいれば、たちまちその中に紛れてしまうだろう。
「やあアイローラ提督、そして初めましてコリント少将。君達の活躍には礼を言わなくてはならないね。ノヴァミサイルを迎撃してくれた事には、惑星住民を代表して深く感謝していますよ。」
元首は立ち上がり、掛けていた執務用の卓から離れると俺の方に歩み寄って手を差し出した。促されるままに、俺は元首の手を握り返す。
「人類銀河帝国建国後最大の国難にあって、アイローラ中将と共にコリント少将に助けて貰える私は果報者だ。・・・掛けてくれたまえ。」
「・・・つまり、君は昇進したのだ。」
傍のアイローラ提督がそう囁くと、華麗に身を翻し応接用の机と椅子に向かう。制服の長く垂れた裾が、鳥の尻尾のように翻る。
「失礼します。」
身軽なアイローラ提督が率先して腰を下ろす。後を追って俺はその横に座り込んだ。ナノムに確認すると、確かに俺の階級が少将位になっている。
正面にはどかりと元首が座り、傍にはゲインズブール補佐官が立つ。察するに、そこが元首補佐官である彼の定位置なのだろう。
「まず、残念な知らせからだ。十人委員会の活動停止前の最後の拒否権が発動され、惑星アレスの最短での人類銀河帝国加入については拒否された。」
「加入拒否、ですか。」
良くないニュースだった。新規に発見された惑星の加入拒否の事例というのはあまり聞いたことがない。
「惑星アレスの加盟申請をすんなり受理したら話は単純だったのだがね。現在の政治的な位置付けとしては、私が元首の人類銀河帝国と君の率いる人類スターヴェイク帝国はそれぞれ独立した政治体制となった。」
このままだとマズイと思ったのだろう。ゲインズブール補佐官が横から言葉を添えた。
「勿論、再審査を経ての加入は可能です。これは一種の差し戻しであり、現在は議会における審議を前提とした加入申請段階にあるとお考えください。元々、通商条約の審議に時間も必要でした。」
ゲインズブールに補足させると、再び元首が話を引き取る。
「政治的統合については即時決着は難しくなった。となると惑星アレスから外交使節団を派遣して貰い、議会に陳情して貰う形となる。形式的なもので審議拒否はまず無いが、非常に手間と時間が掛かる。だがそれが惑星加入の正式な形だ。」
元首が言い終えるとアイローラ提督が質問を投げる。
「喫緊の課題は、航宙軍の戦力維持です。〈イーリス・コンラート〉の活用についてはいかがでしょう?」
この点は、俺も気掛かりだな。結局のところ、軍を動かす上でどう支障が出るかが軍人としては気になる。それ以外のことは、担当者任せにすれば良い。
「人類銀河帝国と惑星アレスは別の国と言わざるを得ない。この問題を解決する為、我が人類銀河帝国と惑星アレスの人類スターヴェイク帝国の同盟を提案したい。コリント少将には異議があるかな?」
俺は暫し考えた。俺に対する軍事法廷は時間がかかるかもしれないと考えていた。そちらの解決が早かった分、時間はある。それにこの手の国のあり方を巻き込んだ話し合いに難しさを伴うのは理解できる。
「同盟部隊として協調関係を取れるなら、その形でよろしいのではないでしょうか。」
この場合、俺の発言は部下の航宙軍士官の発言であると共に人類スターヴェイク帝国の代表の発言ともなる。元首は俺の同意を得て満足そうだった。場に安堵した空気が流れる。俺は回答を終わってから、彼らにとってこの質問は重要な意味をみっていたのだと気がついた。
「よし、決まりだな。惑星アレスは我々人類銀河帝国の同盟国として扱う。アイローラ提督とコリント提督はそれぞれ独立した方面艦隊を率いるものとしよう。互いに尊敬すべき同僚として互いに支援してくれ。政治的にはコリント少将の立場は些か特殊だが、緊密な協調関係でこの問題に対処しよう。補給などは我々も全面的に手助けする。」
アサポート星系に到着した際、俺は漠然とアイローラ提督の指揮下に入るのだと考えていた。だが、アレスの事情を知らない存在に頭ごなしに指示されることに全面的に従うとは約束し難い。元々のギャラクシー級戦艦は、人類銀河帝国が建造した。今の艦の大半は、新たに設計されたもので別物と言える。そういう点から考えても、協調し合う別の艦隊というのはしっくりくる。こちらの許容範囲だった。恐らくは慎重にこちらの受け入れるラインを見定めての提案なのだろう。それだけ、俺がどう出るかを恐れられてもいるのだろう。
「同盟に基づいた艦隊運用という原則は良しとして、精算すべき事柄も含めて国家間の外交問題として処理しよう。惑星アレスの人類銀河帝国加入までの繋ぎの筈だが、事前に処理すべき問題もある筈だ。」
「処理すべき問題と言いますと?」
元首は破顔した。
「コリント少将は自分の事が見えないのかね。惑星アレスの住民から皇帝位に就任する事を期待されているのだろう?」
報告書には『皇帝になりたい』と記載したつもりはない。しかし、政治家から見ると軍人である俺の思惑などダダ漏れのようなものなのだろう。その点を餌に懐柔する意図のようだった。
「これまで支えてくれた妻や部下達に対する処遇を明確化する為にも、惑星アレスを統べる地位につきたいと考えていましたが。」
「問題ないだろう。人類銀河帝国にも王政の国はある事だしな。」
「そうなのですね。」
出身であるトレーダー星系は植民星だったこともあり、ごく普通の星だったと思う。しかし人類に連なる者の文化形態は様々である。王政が当然の地域では、それが前提とされてもおかしくはないらしい。
「人類銀河帝国に寄与する為の統一なのだ。議会にはそう伝える。異論はあるにせよ、君の貢献でその声は小さくなる筈だ。」
実に政治家らしい元首の返答だった。つまるところ、俺の皇帝という地位を公認する代わりに人類銀河帝国の為に働かせる意図らしい。そう気がつくと、政治家が使うよくある手口ではある。
「いずれにせよ、議会による加入審議中に帝位に就かれるのが良いでしょう。交渉の窓口を明確化する事にもなります。」
ゲインズブール補佐官がそう捕捉してくれる。つまり俺はなるべく早くに惑星アレスに帰還し、皇帝に即位してから使節団を派遣しなくてはならないのか。その間にバグスが襲撃するようなら、当然撃退にも力を貸す事になるだろう。今の俺は実態として惑星アレスの最高権力者である。祖国にその地位を公認される事は俺には大きな意味があるが、惑星アレスの得る代償としてはささやかにも思える。名を与えて実をとる、政治家としての巧妙なやり口なのだろう。
「さて、政治的な懸念に見通しが立ったところで航宙軍の問題に戻ろうか。」
「それで、元首閣下は戦力の拡充をいかがお考えですか?」
待ってましたとばかりにアイローラ提督が口を挟む。艦隊司令官である彼女にしてみれば、惑星アレスの事は関心の外なのだろう。ここからが本題というわけだ。
「私はアイローラ提督の元に航宙軍の艦隊を再編するのが急務だと、そう考えている。コリント少将には、同盟軍としてその為の作戦協力を頼みたい。」
「どのような事でしょうか?」
「まず、最優先すべきはエーテル級の奪還作戦だ。私の座乗艦がコリント少将の帰還直前に奪われている。」
アイローラ提督が力を込める。俺は仮想表示された資料に目を通す。回送中の艦とはいえ、少数の宙兵が艦に乗り込んで奪取したらしい。この敵は、内戦相手の十人委員会の兵か。
「最大戦力がスター級の私では成功は覚束ないが、コリント少将の支援があれば〈エーテルゼルダ〉を奪い返せるとそう私は考えている。」
アイローラ提督が、作戦目標をぶち上げる。元首は目で合図して、ゲインズブール補佐官に関連情報を表示させた。
「宙兵隊による軍事作戦ですか。」
「そうだ。敵は特殊部隊で回送中の〈エーテルゼルダ〉を奪取した。これを解放したい。協力してくれるな?」
「お引き受けしましょう。しかし、敵とはバクスでしょうか?」
「想定しているのは解体された十人委員会の指示に従う艦隊だ。」
ああ、ノヴァミサイルを撃った勢力か。それが惑星アレスの人類銀河帝国加盟を阻んだのか。やはり上手い話には裏があるというか、人類銀河帝国の政治情勢は一筋縄ではいかないようだった。
▫️惑星アデル 屋外▫️
「標的は動かない、いつでも排除可能だ。」
元首公邸は惑星アデル屈指の防備体制を誇っている。しかし公邸に隣接するビルの屋上では、元首に仕える特殊部隊が特別警戒にあたっていた。
狙撃手の構える特製のライフルの照準は来訪者であるコリント少将に向けられていた。その防備体制を知悉している者達には、それを破る手段もまた明白だった。ここしかないという絶好の狙撃ポイントに、狙撃手と観測主のペアが潜んでいた。
彼らはコリント少将が敵対的だった時のための備えである。いつでも射殺出来るように控えていた。指揮官のガリクソン少佐は部下に注意を与える。
(コリント少将の言動には注意せよ。宙兵上がりでコンバットレベルは85あるぞ。元首を盾にしようとするかもしれん。射殺については交渉の展開次第だが、指示があれば即座に排除する。)
特殊部隊の誰かが口笛を吹く。コンバットレベル85は単なる宙兵にしておくには勿体無いほどに高い。コンバットレベルだけで特殊部隊にスカウトされるには90は必要だが、特殊部隊入りは他の技能でも補える。大体の隊員は複合的な能力で判断される。実際に90ある特殊部隊員は教官役くらいだろう。
「なるほどな。その数値で特殊部隊入りしていないのが不思議だったが、情報処理担当士官か。」
隣で観測手を務めるワドナー中尉がそう呟いた。情報処理担当士官は特殊部隊には引っ張られにくい。戦場での必要度が高いからとも、特殊部隊に必要な要件を満たしにくいからとも言われる。理由としては恐らく両方なのだろう。なんだかんだ言って、バグスという得体の知れない存在を相手にする上で情報処理担当は重視される役割だった。
狙撃を担当するのはレオナルド中尉である。彼らは特殊部隊でも腕利きのユニットだった。特別性のナノムを注入され、装着するボディスーツの秘匿性も高い。
(いよいよだ。標的に照準を合わせろ。)
特殊部隊指揮官のガリクソン少佐が指示を下す。場に緊張が走った。その時、レオナルド中尉は首筋に押し当てられる刃を感じた。既に刃が皮膚を裂き、一筋の血が滴り落ちる。
「落ち着いて、狙撃銃から手を離して。」
若い女の囁き声が聞こえた。傍のワドナー中尉もレオナルド中尉と同じように刃を突きつけられていた。電磁ブレードナイフである。彼らの首は簡単に切り落とされるだろう。
「2人ともゆっくりと仰向けになりなさい」
指揮官らしい女の声がした。レオナルド中尉とワドナー中尉はゆっくりと体を回転させる。電磁ブレードナイフの刃は素早く顎下に押し当てられた。彼らは1人の女性士官に見下ろされていた。いつでも放てるようにレーザーガンを手にした女性士官は、真新しい少佐の階級章をつけている。彼らを組み伏せている兵もいるので、敵は少なくとも3名いるらしい。
「その引き金はひどく軽いわ。気をつけて行動してね。」
「・・・どうして、ここが分かった?」
「貴方達は慎重にコリント少将を追い込んだと思ったのでしょうけれど、惑星上空を制しているのは〈イーリス・コンラート〉なの。宇宙からは全てが丸見えだわ。」
レオナルド中尉はため息をついた。彼らの専門は惑星内である。上空から監視されるのは責任の範疇ではない。
「俺たちはコリント少将の敵と決まった訳ではない。ただの元首の警護部隊だ。」
「私達も敵ではないわ、今の所はまだね。でも、こちらの指揮官に銃の照準を合わせられたら頭に来る部下はいるの。怒りで暴走して、ただでは済まさないかもしれない。お互い平和的に別れられる事を祈っているわ。」
ナノムが相手の風貌と階級章から正体を導き出す。彼女は人類スターヴェイク帝国軍のシャロン・コンラート少佐だった。
「少佐、無礼はお詫びします。しかし政治外交問題となる前に解放してもらえませんか。上官からも連絡が来るはずです。この件を大事にはしたくない。」
ワドナー中尉の言葉に、シャロンの目が煌めく。
「あら、大事にするか判断するのは私達の方なのよ?」
ワドナー中尉の顔の真横がレーザーで灼かれた。恐ろしい事にシャロン少佐もその部下たちも発砲していなかった。こちらの警戒ドローン網を掻い潜れる偵察用ドローンか、或いは他の兵なのか。彼らの戦力が3名だけでないのは明白だった。
「この部隊の指揮官のガリクソン少佐とは別の担当が話をつけています。貴方達は,このままアランの交渉がつつがなく終わるのを見守ってもらうわ。何事もなければ、今日はお互い何もなかったものとして無事に帰れる。理解できたかしら?」
「・・・理解した」
先程から彼らの耳にはナノムを経由し、何か強烈な殴打音とガリクソン少佐の漏らす呻き声が聞こえていた。きっと指揮官は、命令に従うだけの今の彼らより遥かに手荒な歓迎を受けたのだろう。
▫️ラーダ星系▫️
ラーダ星系に残された、ユーミ中尉率いる人類スターヴェイク帝国の宙兵隊残留部隊では一つの問題が生じていた。
「バグスも、まだこの惑星に生き残っていたのね」
宇宙からの偵察だけではやはり限界があったらしい。ドローンの捜索も短時間では行き届かなかったようだ。軌道爆撃を避けて、地下深くに潜伏していたバグスが活動を再開したのだ。
ユッタの操縦する
幸い、アレス製の
「回避します。高度を上げるわ。」
ユッタの操作する
「どうして〈イーリス・コンラート〉の不在を知ったのかしら。バグスが索敵に使う波長の電波は観測されていないし、軌道爆撃でまともな地上施設がバクスに残っている筈ないのに。」
バグスの墜落した方向を見ながら妹のユッタが不思議そうに尋ねると、姉のユーミは簡潔に答えた。
「単純に目で見たんじゃないかしら。〈イーリス・コンラート〉って、強いけど大きくて物凄く目立つから。」
ラグランジュポイントに留まるとはいえ、小惑星並みの質量の〈イーリス・コンラート〉はよく目立つ。実際に地上に降りるユーミは感覚でそのことを知悉している。
「そうか。〈イーリス・コンラート〉って惑星からでも目視可能で目立ちすぎるのね。それは意外な弱点だわ。」
照明を落としたサテライト級の駆逐艦なら、人が肉眼で捜索するのはまず不可能だろう。バグスの視力が人間より優れているかは分からないが、バグスでも上空に展開するサテライト級の位置は掴めない筈だ。
「こちらは避難民を乗せている。まず安全なポイントまで下がりましょう。」
バクスによるそれ以上の追跡はなかった。しかし本格的な活動を再開したらしい。巣穴の上は多数のビートル型バグスが飛んで警戒にあたる。
「迂闊に近づけないわね。」
姉のユーミがドローンの偵察映像を見てそう呟いた。
「このまま救援した民と共に〈イーリス・コンラート〉の帰還を待ってもいいと思うわ。」
ユッタの返答にユーミは首を振る。
「それは出来ないわ。この周辺にはまだ人が多い。あれだけいるって事は、巣穴の中に連れ込まれた人もいるかもしれない。」
バグスの食欲の旺盛さと悪食ぶりは身をもって知っていた。バグスは代謝のサイクルが早く、あの巨体を維持する為に常に飢えている。
「長期戦に備えるという事は、生存者もいるかもしれない。中に潜るわ。」
「ちょっと大丈夫なの、姉さん?」
「武装していくのだもの、大丈夫だわ。パワードスーツを装備すれば、あんな奴らはこちらに手出し出来ないわ。」
▫️惑星アデル 屋内▫️
「さて、これが我々の指示に従う航宙軍の全容だ。」
元首が表示させた仮想映像を俺とアイローラ提督は覗き込んだ。
「・・・少ないですね。」
表示されている戦力はほぼアサポート星系にあるのみである。最大戦力は当然ながら〈イーリス・コンラート〉だが、ギャラクシー級としてカウントされている。この辺りでも力の計り方は変わるのだろう。
「コリント少将は奇妙に思うだろうが、切り札である〈イーリス・コンラート〉がギャラクシー級のままであるのは敵を欺く為でもある。こちらが敵の十人委員会側だ。」
アサポート星系からトレーダー星系に向けて超空間を航行中の艦隊を含めて大艦隊が敵として表示された。
同じく超空間航行中の〈エーテルゼルダ〉も敵として表示される。〈エーテルリンク〉〈エーテルゼルダ〉エーテル級の二隻が共に敵の手にあるのか。
艦隊数としては戦力が隔絶している。〈イーリス・コンラート〉が無ければ早々に元首側の負けが決まりそうだ。十人委員会という存在は、何故これほどの優位を得ているのだろう?
アイローラ提督は俺の疑問に気がついたようだ。
「今回のクーデターは、主に情報部が引き起こした。情報部は委員会の直轄だ。そして航宙軍を監督し指揮する立場でもある。」
「つまり、委員会に従う航宙軍の士官は忠誠心で従っている訳ではないのですね。それならば説得で帰参することを呼びかけられるのではないでしょうか。」
アイローラ提督は元首と顔を見合わせた。
「その答えはイエスでもありノーでもある。私は艦隊に我が指揮下に戻るよう呼びかけるつもりだ。ただ最低限、それには彼らと同等の基幹戦力を保持する必要がある。エーテル級の確保はその大前提となるだろう。」
アイローラ提督の考えは頷けるものだった。航宙軍は権力闘争の手段ではない。指揮官が誰であれ、バグスという人類の敵に振るわれるべき力なのだ。その点では航宙軍士官の大半の意識は変わらないだろう。彼らは人類同士の内戦の為ではなく、バグスと戦う為に命令に従っている。だがそれはそれとして、負け戦には参加しづらい。
バグスに対して同等の優位を維持できない限り、艦隊を割る行為は嫌悪されるだろう。その点は実際に艦隊を握っている委員会が有利な点だった。バグスに対処可能な戦力維持の為、艦隊を細分化させずに維持するのは極めて自然な行為なのだ。
「自分はアデル政府の内部事情に詳しくありません。卒爾ながら、可能な範囲で敵と言われた十人委員会の支持母体をお教えください。」
「ふむ、いいでしょう。コリント少将には把握してもらう必要があります。」
元首は振り向くと、傍に立つゲインズブール補佐官に視線を向けた。
「それでは、私からご説明しましょう。」
元首の意を受け、ゲインズブール補佐官が進み出る。
「アデル政府はこの惑星アデルおよびその植民惑星を統括する政府からスタートし、人類銀河帝国全域を支配する形に組織改編しました。その際、既存の内閣を拡張して帝国全域を支配する形と定めました。その為に導入されたのがセクター制です。」
セクター制はエリア毎に監督者を定めるシステムである。内閣、つまりは各省を率いる大臣がセクターを仕切る政体なのだろう。
「人類銀河帝国における区分けは、地理や地縁関係を排除しました。地理的な要件は惑星内に限れば人類の発達において自然なものですが、宇宙にまでそれを持ち込む必要はない。」
「惑星内であれば、道がどう繋がるかは発展の重大な要素です。ワープポイントも同様かとは思いますが。」
俺の言葉にゲインズブール補佐官はニコリと笑う。
「それはその通りです。しかし統一された政体の中で管理する上では異なります。帝国の細分化を促す要因として警戒したのです。個々の星系は星間距離こそ近いものの、実際にはそれぞれ文化的には断絶しています。それよりも惑星のタイプを必要な要素別に分けてそれぞれを個々にまとめる事で、分裂を阻止しようと考えました。」
分かりにくい説明だな.という顔をする俺を見て元首が横から口を挟む。
「つまりは、主要産業で支配領域を区分したのだ。艦船を製造する重工業の発達した惑星を有するなら運輸委員会。農産の進んだ惑星は農産委員会という風に。」
なるほど。宇宙艦を製造するに足る文明の星だけをひとまとまりにすれば、他の星系の脅威度は低く見えるだろう。こういった星系の重要度は高くなる筈だ。
「委員会は主要な惑星の基幹産業に沿って星系を分け合いました。惑星はそれぞれ議会に議員を送り込んでいますが、その議員の票は実際のところ、星系を統括する委員会の意向に左右されます。そして各委員会は、その委員長の影響下にある。」
俺はゲインズブール補佐官にそこまで説明されてようやく気がついた。
「つまりアデル政府による帝国の支配方針は、指導機関という名目で十の委員の下に各星系を分割配置する事だったと。」
「その通り。加えて縦割り行政とする事で、人類にとって欠かせない主要な技術を区分したのです。それぞれが単独では人類の完全な文明を再現する技術を保持しない以上、各委員会は協調する必要がある。それこそが帝国をまとめ上げる原動力と期待されたのですよ。」
元首の落ち着いた声でそう説明されると聞こえはいい。しかし、人類銀河帝国発足時の内閣がそれぞれ管理する惑星を選び取ったようにも聞こえてしまう。
「この時、組織上では元首閣下の下には航宙軍が配置されました。統一された航宙軍の存在は、アデル政府の下で各星系が結束するのに最適と考えられたのです。」
ゲインズブール補佐官が説明を再開する。航宙軍が元首直轄であり、アレス政府直轄というのは馴染みがある。暗黙の了解ではあるが、航宙軍に武力を集結させることで帝国の分散を防いでいるのだ。サイヤン帝国との戦争における、ゆるい政体という過ちを繰り返さない為である。
「それがなぜ、私でなく委員会に従う航宙軍が多いのかコリント少将も不思議そうだね?」
ゲインズブール補佐官に説明させた元首が再び口を挟む。
「はい。監督組織の指示に従うというだけで彼方についた航宙軍を敵と認識する事は危ういように思われます。大半の兵は罪なく指示に従うだけなのではないでしょうか。」
俺の返答に元首は頷いて見せた。
「その点も説明しよう。十人委員会にはもう一つ特権がある。それが元首の指名権だ。その為に元首を監視する権限がある。その実行役となるのは航宙軍の情報部だ。」
「情報部。」
「委員会が仕切る情報部は組織構成上、航宙軍の監督能力がある。そういう意味でも、委員会はアデル政府の中枢であり安全装置であると言える。」
俺には益々謎が増えた。元首の任命権を十人委員会が所持するのなら、今の元首は罷免されたのだろう。そうなれば、こちらに正統性はないのだろうか?
「十人委員会には、元首の罷免権はありません。罷免権があるのは議会であり、本来議会は委員会の影響下にあります。しかし、議会はノヴァミサイルを撃った委員会の影響を脱しました。」
なるほど。ややこしいが、ミサイルの発射を契機に元首派が巻き返したという事で良いらしい。
「十人委員会、元首、議会は権力を分け合い監視し会う関係にある。その中で元首の任命権を持ち、議会の影響力が強い委員会に権力が集約されていた。そしてその委員会の議長が元首という関係だ。」
なるほど。その結果として議会は承認装置となり、元首と委員会に権力が集中したのか。
「各委員長は誰が指名するのですか?或いは各委員はどう選任されるのでしょうか。」
「委員長及び委員は終身制であり、欠員の補充は委員会内部の規定に従う。内情は委員会毎に異なるが、通常は能力があるもののスカウトという形態を取るようだ。」
俺は今まで人類銀河帝国は民主的な政体と教えられていた。各惑星が議員を派遣し、住民の意思は議員という代表を通じて政治に反映されると。
しかしながら人類銀河帝国のトップにこう説明されると、人類銀河帝国の成体は委員という名の門閥貴族の支配に近い印象さえ受ける。あからさまでないのは取り柄だが、資金力と権力が絶大なら庶民と異なる世界に住んでいて接する機会がないだけなのだろう。
「さて、話を戻そうか。今となっては十人委員会は我らの明白な敵だ、その事に異論のあるものはあるかね?」
元首はアイローラ提督と俺を見据えていた。アイローラ提督は、十人委員会にクーデターを起こされて忠誠心を示した士官の手引きとして脱出したと語っていた。当然ながら、十人委員会は敵と認識しているようである。
俺としてもノヴァミサイルを発射した行為は許し難い。少なくともその事実が偽りでない限り、人類の敵と見做して良いと思える。
「私は委員会より艦隊を取り戻す事が任務と心得ています。」
「自分も、ノヴァミサイルをアサポート星系に向けて射出した者は犯罪人であり、司法で裁かれるべきとそう考えます。」
元首はふうっと息を吐いた。元首はようやくコリント少将から内戦における支援の約束を引き出していた。
「では、元首たる私に従うという事で良いのですね?」
「「はい」」
アイローラ提督と俺は口を揃えて回答する。
「航宙軍を代表する指揮官である君達の忠誠に、各惑星の代表を務める議会も喜ぶでしょう。」
コリント少将は来るべき内戦での支援を誓約した。これでもう、コリント少将の警戒にあたる特殊部隊に警戒を緩めるように伝えられるだろう。
▫️惑星アデル 屋外▫️
「・・・アランの方も話がついた。もう、彼らを立たせてもいいわ。」
元首とアランの会議の内容をモニターしていたと思しきシャロンが、指示を出す。ルートとカーヤは頷くと、それぞれ組み伏せて喉首に電磁ブレードナイフを押し当てていた相手を引き起こした。
「精々、仲良くしましょう。どうやら私達は同盟国同士というだけでなく、内戦においても緊密な協力態勢となったようだから。」
レオナルド中尉に奪った狙撃銃を返しながら、シャロンは微笑んで見せた。しかしレオナルド中尉には、もうその若い女性士官は優美な猛獣が笑顔を見せているようにしか見えなかった。
レオナルド中尉は埃を払うと狙撃銃を受け取った。首の周りがほんのりと熱い。まだ切り裂かれた皮膚から血が流されているのだろう。
「ああ。・・・いえ、そうでありますね。」
レオナルド中尉は素早く言い直した。事態が急速に沈静化しつつある今、相手に対する言葉遣いから改める必要がある。それにどう見ても心証を害して良い相手ではない。
「少佐は、随分とコリント少将に入れ上げておられるようですね?」
「それは当たり前でしょう? 私達はアランの為に生み出された存在なのだもの。アランが何よりも1番大切だわ。」
「・・・我々の間に、何もなかった事に感謝します。」
「アランを狙うのはこれきりよ、二度目はないわ。次はこちらも手を緩めない。」
「はい。元首にお仕えする我々にとってコリント少将は明確な味方です。もうこのような事態にならない事をお約束します。」
コリント少将を親しげにアランと呼ぶ仕草から、『シャロン少佐はあの有名なイーリス中将のクローンだ』とようやくレオナルド中尉は気がついた。
コリント少将は自分に心酔するクローンと、人類銀河帝国に馴染みのない惑星住民で構成された部隊で身を固めている事になる。人類銀河帝国の中で、これほど強力な信奉者に守られている集団が他にあるだろうか?
(元首閣下はとんでもない相手と取引をして、味方にされたのではないか?)
レオナルド中尉には、そのような疑念が生じていた。しかし、それは末端の彼が考えても仕方のない問題でもあった。
▫️ラーダ星系▫️
ユーミとユッタは素早く作戦を決めた。
「つまり、私の
「適当に遊んで、私が脱出したら海の上に逃げればいい。バグスはそう長くは飛べないだろうし、海を超えて追跡する気力はないだろうから。」
「そちらはどうするの?」
ユッタの問いかけに、ユーミは自信ありげに断言した。
「厄介なのは羽があるやつだけよ。中に潜入して、巣穴をパージする。もし生存者がいるようなら、中でビートルを迎え撃つわ。飛んで助走しなければ、そこまで厄介な敵でもない。」
計画通りユッタが地表に出たバグスを呼び寄せる。バグスは簡単に追跡を選択した。人類の惑星上の戦力は限られている。ここで目障りな人類の
「行くわ」
ユーミは部下を率いて、トンネルの一つを選ぶと偵察ドローンを送り込んだ。偵察ドローンがバグスに対してどれほど有用かは分からなかった。仮にドローンを透明にしても、バグスは目で知覚しているとは限らない。むしろ狭いトンネル内では、触覚による索敵の方が適しておりバグスは簡単にドローンを見つけ出すかもしれない。
しかしドローンが破壊されれば、それはユーミに伝わる。その時は敵がそこにいると判明しているのだ。敵のいる場所に発砲してから雪崩れ込んで占拠すれば良いとそう考えていた。
▫️〈エーテルリンク艦内〉▫️
『俺は、なんという事をしてしまったのだ。』
超空間に突入した〈エーテルリンク〉の中でコリンズ中佐は懊悩していた。ノヴァミサイル発射の実行犯は彼である。
(他に、取るべき道はあったのではないか?)
そんな想いが脳裏から消えない。体調を崩して仕事も碌に担当できなくなった。チートス特使とカース艦長は、そんなコリンズ副長を複雑な想いで見守っていた。
事情を知るチートス特使にとって、コリンズ副長が苦悩する原因は明白であった。ノヴァミサイルで人類銀河帝国の中心部を焼き払ったのだ。アサポート星系にはコリンズ副長の家族もいた。生真面目なコリンズ副長がおかしくなるのは無理からぬ事である。
ノヴァミサイル発射の事実を知らないカース艦長と
いずれにせよ、コリンズ副長に仕事をさせると艦全体を危険に晒す事になる。幸い、超空間航行中は大半の
「それではアイネイアース少佐、頼んだぞ。」
カース艦長もコールドスリープに入った。艦載AIはこんな時に艦の航行を見守るのも職務である。アイネイアース少佐には暇を持て余す時間である。通信はチートス特使の命令で封鎖されている。彼女は持て余した時間の消化を、廃棄されたコンテナの調査から始めた。彼らの後押しを受ける俺も、すっかりその絡みあった政治の糸に巻き込まれてしまったようだった。
今回も大変でした。場面転換が多い為、各シーンの場所を記載するようにしています。
▫️惑星アデル▫️
元首とアランの会談成功。
シャロンのエスコート作戦成功。
▫️ラーダ星系▫️
バグスの残存を確認。巣穴に潜入する作戦開始。
▫️超空間航行中の〈エーテルリンク〉▫️
コリンズ副長がノヴァミサイル発射の後悔で体調不良。
大きくはこのような情勢です。