【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

97 / 129
Ⅳ 対バクス戦争の終結 95話 【内戦篇②】 〈エーテルゼルダ〉奪還作戦

Ⅳ 対バクス戦争の終結 95話 【内戦篇②】 〈エーテルゼルダ〉奪還作戦

 

▫️〈イーリス・コンラート〉艦内▫️

 

「ほう、これが〈イーリス・コンラート〉か。」

 

俺はアイローラ提督を〈イーリス・コンラート〉艦内に導き入れていた。ただそれは、俺がスター級のブリッジに搭乗する形で行われている。俺は連絡艇(シャトル)を呼び寄せ、元首公邸から〈アイネイアース〉に移動したのだ。

 

人工惑星とも言える〈イーリス・コンラート〉は大きい。スター級どころか艦隊でも楽に収容可能だった。今回は〈エーテルリンク〉を取り戻す為に、〈アイネイアース〉とのみ行動を共にする事になっていた。

 

「ラーダ星系の難民の収容が拒否されたので、思いの外早く出発出来そうです。」

 

俺はイーリスに伝達された内容を、そのままアイローラ提督に伝えた。

 

「そうか。アサポート星系は食料事情が悪いからな。」

 

「ホテルやモールの品揃えは普通でしたからね。意外でした。」

 

「辺境から戻って気がつきにくいかもしれないが、物価が上がっているのさ。」

 

アイローラ提督がそう呟く。

 

「アレスからの食料の買い入れをゲインズブール補佐官より打診されましたよ。」

 

「そうか。」

 

アイローラ提督も連絡艇(シャトル)の搭乗体験で装備を熱望していた。食料にせよ、装備にせよ良い商談になりそうである。

 

「それでは自分がブリッジに戻り次第、転移します。」

 

「よろしく頼む。」

 

俺はアイローラ提督と別れると、連絡艇(シャトル)に戻る。ブリッジに戻れば、シャイア星系のセンタナに向けて出発する手筈だった。

 

 

 

 

 

▫️惑星アデル▫️

 

「・・・それでコリント少将の兵に遅れをとったというのかね?」

 

「申し訳ありません。」

 

特殊部隊指揮官のガリクソン少佐は、土下座せん勢いで元首とゲインズブール補佐官に謝罪した。

 

「コリント少将と拗れれば、本星系の人類は滅亡していたところです。」

 

ゲインズブール補佐官が冷たくガリクソン少佐を突き放す。〈イーリス・コンラート〉の戦力は余りにも異質であり、その活躍は常識を超える。特殊部隊には手出しをしないよう伝えていたのだが、内輪の作戦指示のやり取りですら漏れていたのは問題だった。

 

それも「惑星アレスの人類銀河帝国加入申請の拒否通告」から「軍事同盟」宣言の受諾までの間である。互いの関係性の不確かさを推測っているタイミングで衝突してしまっていた。こちらが先に動いている分、相手を咎めるのも難しい。銀河帝国側もアラン・コリントの返答を警戒しての備えだったからだ。

 

「今後、コリント少将と関わる際の警備は先方に通告します。その方が外交儀礼にも則るでしょう。間違っても要人に照準を合わせるなどという事は、二度としないように。」

 

元首がそう言って、ガリクソン少佐に釘を差す。抑止力とは実際に効力があってこそである。無意味な挑発にしかならないなら、力の行使は避けるべきであろう。そもそも、手段を問わずに必ず味方としなければならない相手なのだ。

 

「惑星アレスの住民がどうして多婚を推奨するか、理解しましたよ。やはりあれはコリント少将を縛る鎖だ。」

 

力で圧倒するのが困難である以上、コリント少将と個人的な繋がりを得る事は有効な手段だろう。やはり搦手から攻めるしかないか、と元首は思考を巡らせる。

 

「まずは外交関係を進めましょう。全ての局面をコリント少将が担当出来るわけではない。彼の信任する代表者が認めた事を、コリント少将に認めさせれば良いのです。人の組織同士の対話なら、話の持って行き方はあります。」

 

ゲインズブール補佐官とガリクソン少佐は、そんな元首の決定に黙って頭を下げた。

 

 

 

 

 

▫️シャイア星系 惑星センタナ▫️

 

〈イーリス・コンラート〉はシャイア星系センタナへの転移を完了した。艦が出現した位置は主要惑星からもワープポイントからも離れている。こちらの到着は、まず敵に気が付かれていない筈だった。

 

〈エーテルゼルダ〉が超空間を抜けてた時間は予想できる。そこから計算して、作業が終わる最短予想時間から6時間後を到着予定時間とした。何もかも順調なら、緊張が切れて寝入っている頃合いであるとイーリスが予測する。

 

敵、十人委員会に従う航宙軍士官については『帰順した場合は罪に問わない』という約束を元首から取り付けてある。やはりバグスの脅威を前にして、航宙軍士官を半減させる愚は避けたい。

 

「惑星管理AIとの接続を開始。星系内の航宙軍最上位指揮官の確認を行います。」

 

イーリスの声が艦橋に響く。艦橋の戦術モニターの表示も目まぐるしく変化していた。惑星管理AIから必要な情報をイーリスが抽出して表示しているのだ。

 

「星系内の最上位指揮官がアイローラ中将であると、星系主星の惑星管理AI との確認が取れました。こちらの要求が承認され、星系内の航宙軍の戦力について表示されます。」

 

戦術モニター表示が更新される。〈エーテルゼルダ〉は惑星センタナの軌道上の仮設プラットフォームに係留されていた。仮設プラットフォームは惑星上空の造船所に接続されている。表示によると、艦載AI搭載作業はつつがなく進行しているようだ。すでに最終試験段階とある。

 

惑星管理AIと話がついた時点で、シャイア星系の駐留艦隊との衝突はほぼ無くなった。彼らにはこちらが味方艦であると表示される筈だ。

 

現在の強化されたイーリスの能力なら、惑星管理AIを説得するより早く完全に屈服させられる。ハッキングを伴うそれはお行儀の良いやり方ではないし、アイローラ提督の部下達にその能力を晒すのは適切ではないだろう。特にサーラ艦長は専門家だ。不要な刺激はしないよう、予めイーリスには言い含めていた。後はエーテル級の奪取を考えれば良い。

 

『造船所内にいるケンジントン技術大尉に、私の音声を繋いでくれ。』

 

〈アイネイアース〉艦橋のアイローラ提督から指示が飛ぶ。イーリスの表示した星系内の航宙軍配置状況から、〈エーテルゼルダ〉と少し離れて作業している部下の作業チームの存在に気がついたようだ。

 

「接続しました。」

 

イーリスの声が艦橋に響く。このイーリスの声は〈アイネイアース〉の艦橋にも伝達されている筈である。

 

『ケンジントン技術大尉、聞こえるか? こちらはアイローラ中将だ。』

 

『アイローラ中将!?もうシャイア星系にご到着されたのですか?』

 

『そうだ。我が艦を取り戻しに来た。〈エーテルゼルダ〉の稼働状況はどうだ?』

 

『作業は全て順調です。最終確認と称して艦載AIの始動と出発を引き延ばしていますが、〈エーテルゼルダ〉はもう完成させています。』

 

『良くやってくれた。』

 

アイローラ提督がケンジントン技術大尉を短く労う。それは〈エーテルゼルダ〉の完成についてだけでなく、出発を遅らせた妨害工作(サポタージュ)をも含めての褒め言葉なのだろう。

 

『これから〈エーテルゼルダ〉に味方の兵を派遣し、奪還する。先行する形で諸君には回収部隊を差し向ける。すぐ離脱出来るように準備を開始したまえ。荷物は上陸艇(エアシップ)に積める範囲で、だ。』

 

『了解しました。』

 

『以上で交信を終了する』

 

最後の指示は通信相手のケンジントン技術大尉だけではなく、こちらの主にイーリスに聞かせる事を意図した発言なのだろう。

 

「ルート中尉、そしてカーヤ中尉。」

 

『『はい!』』

 

俺は作戦に備えて予め待機させていたルート中尉とカーヤ中尉を呼び出した。彼女達は元々の予定では突入を支援する予備部隊である。ルート中尉にはケンジントン技術大尉のチームの回収を任せよう。カーヤ中尉は全体の支援だ。

 

「ルート中尉の隊には、造船所のケンジントン技術大尉のチームの回収を任せる。同行希望者がいれば連れてきて宜しい。カーヤ中尉は特殊部隊と共に〈エーテルゼルダ〉周囲に展開せよ。質問がなければ、すぐに取り掛かりたまえ。」

 

『『了解しました!』』

 

返答と共に準備を終えていた2機の上陸艇(エアシップ)が接近警報以下の低速で射出される。ルート中尉とそれを支援するカーヤ中尉の隊だ。そしてすぐに惑星軌道上の造船所近傍に転移した。そのまま慣性で接近し、僅かな噴射でドッキングを果たす。造船所や〈エーテルゼルダ〉からの攻撃はない。センサーの検出範囲を超えた低速の為、まだ何も気が付かれてはいないのだろう。

 

『コリント少将、こちらの存在にはまだ気づかれていないようだな。』

 

〈アイネイアース〉から状況をモニタリングしている間にアイローラ提督に話しかけられる。

 

「ええ。先に造船所から人員を避難させれば、〈エーテルゼルダ〉が緊急脱出を行なったとしても人的被害は最小限で済む筈です。」

 

ケンジントン技術大尉はまだ〈エーテルゼルダ〉の艦載AIを始動させていなかった。そうである以上、〈エーテルゼルダ〉が動く事はまずない。ただ艦橋からは艦載AIに頼らないマニュアル操作自体は可能な筈である。

 

艦を占拠している宙兵隊指揮官がそんな専門外の手段に頼るとは考えにくいが、予め予想される被害に対しては対策を講じる必要があった。ルート中尉が造船所から人を避難させ、カーヤ中尉が艦外を見張る。突入前に取れる予防的措置としては、この形で良いだろう。

 

『コリント少将、そのまま進めてくれ。君の率いるアレスの宙兵の実力に期待している。』

 

「セリーナ、シャロン。アイローラ提督の言葉が聞こえたな。ルート中尉の回収作業が完了次第、作戦開始だ。」

 

『『了解!』』

 

〈エーテルゼルダ〉にはセリーナとシャロンという麾下最強の2人を送り込む。敵の大凡の人数も把握していた。あの二人に倍の数の兵をつけて二箇所から同時に侵攻させれば、こちらの敗北はない。侵攻部隊を乗せた2機の上陸艇(エアシップ)が先ほどと同じセンサーの検出速度以下の低速で射出される。転送するのは、ルート中尉の離脱後だ。

 

『こちらはルート・バールケ中尉です。ケンジントン技術大尉のチームと接触しました。10分、いえ5分を目安に回収を終えて撤退します。」

 

「よし。造船所内の抵抗は特に問題なしか?」

 

『はい。少数の監視役はもう無力化しています。』

 

「よくやった。監視役もそのまま連行しろ。聴取する必要がある。」

 

『了解しました』

 

俺は黙って進捗を見守った。ルート中尉の回収部隊は5分からやや遅れて上陸艇(エアシップ)を造船所から離脱させた。少し遅れたのは監視役の兵の積み込みというタスクが増えた為だろう。

 

上陸艇(エアシップ)の造船所からの離脱を確認しました。魔素の注入を開始し、内部のセンサー情報を撹乱します。)

 

イーリスが身内にだけコッソリとナノム経由で通信をくれる。

 

『こちらセリーナ・コンラート少佐。突入を開始する。』

 

『同じくシャロン・コンラート少佐の部隊も突入します。』

 

セリーナとシャロンから相次いで報告が入る。挟撃可能とする事を想定して、突入口は艦の搭乗口の2箇所を設定した。しかし今回のこの作戦の布陣には実は弱点がある。

 

「カーヤ中尉、そちらの展開はどうか?」

 

「展開は順調です。間も無く全ての配置を完了します。」

 

アレス製のパワードスーツは真空対応していない。この為、白兵戦はこれまで〈イーリス・コンラート〉艦内に限ってきた。まだ俺達は無重量や真空と言った要素への対応は甘い。

 

真空の克服は今後アレスで解消すべき技術的課題の筆頭だが、そこを補うのが元首の遣わした特殊部隊である。宇宙服装備のカーヤと共に宇宙空間に展開した彼らは、狙撃態勢で〈エーテルゼルダ〉を取り囲む。よし、ちゃんと〈エーテルゼルダ〉の進行方向は避けて配置しているな。これなら艦が急発進しても、被害は最小限で済むだろう。

 

彼らが担うのは艦外に逃れた兵を狩る役割だ。そして特等席からセリーナとシャロンの働きを見せる意図もある。こちらの戦いぶりは、余さず元首に報告されるだろう。

 

造船所の権限でドアの開閉機能を上書きし、〈エーテルゼルダ〉の入り口が二つとも開かれる。セリーナとシャロンの率いる兵は、滑るような滑らかさで続々と艦内に吸い込まれるように突入を果たした。彼らが装着するのは真空対応していないアレス製のパワードスーツだ。単なる装甲服なので真空対策に不安はあるが、やるしかない。

 

「イーリス、いざという時は。」

 

「はい。分かっています。」

 

これ以上の対応としては〈エーテルゼルダ〉を〈イーリス・コンラート〉艦内に丸ごと転移させれば済む。真空への対応はそれで可能だ。だがこちらの手の内は、味方であるアイローラ提督にさえあまり見せたくなかった。

 

 

 

 

 

 

ニコラス少佐は敵の気配を感じ、浅い眠りから覚醒した。素早くシャツを羽織りズボンを履く。艦の搭乗口の警戒に立たせた部下の反応がナノムの仮装表示から綺麗に消えている。明らかに敵兵が艦内に侵入していた。ニコラス少佐がベッドを抜け出し身支度をする気配で、傍に眠っていたブルワジットも目を覚ます。〈エーテルゼルダ〉奪取後、ニコラス少佐と元首補佐官である彼女は深い仲になっていた。

 

「どうしたのですか?」

 

目を擦りながらブルワジットが尋ねる。

 

「間違いなく敵だ。侵入されている。」

 

ニコラス少佐の返答に、ブルワジットが怯えたように身をすくませる。

 

「私、何も聞いていません。」

 

その発言で『そういえば彼女は元首の側の人間だったな』と、ニコラス少佐は思い出した。

 

「アサポート星系はバグスの侵攻で酷い事になっている筈だ。それでも超光速(FTL)通信は使える。元首陣営が動くとしたら、シャイア星系駐留の部隊に依頼をかけたのだろう。航宙艦は出払っていても、この惑星の陸戦兵力には余裕があるはずだ。」

 

「どうするのですか?」

 

「俺は艦長だ。艦橋を目指す。上層部に報告だけでもしなければなるまい。君はここにいろ。この静かさ、敵はバグスではないだろう。非武装のアデル政府の人間に、危害を加える心配はないはずだ。今は俺と共にいる方が却って危ういだろう。」

 

「私達、また逢えますか?」

 

ブルワジットの潤んだ瞳がニコラス少佐を見つめていた。

 

「大丈夫だ。俺と部下はサイボーグ化されている。普通の宙兵は十人束になったって勝てんよ。」

 

そう豪語すると、笑顔を見せてニコラス少佐は廊下に飛び出した。この場に止まれば、ブルワジットを危険に晒す恐れがある。愛する彼女を危険に巻き込む事だけは避けたかった。

 

 

 

 

 

艦内の廊下は静まり返っていた。ニコラス少佐のナノムは何も異常を感知しない。しかしニコラス少佐の武人としての本能は、敵の存在を強く示唆していた。大体が、部下の存在が全て感知されないというのは極めて異常なのだ。高度なジャミングか、あるいはサイボーグに特化した対策が存在するのだろう。奇襲されたという点を割り引くにしても、部下達が単純な力負けしたとまでは考えたくない。どこかで奮戦している筈だ。艦内通路を走り抜ける。時間的な猶予は、さして残されていないだろう。

 

「・・・姿を見せたらどうだ?」

 

大広間に差し掛かって、ニコラス少佐は声を発した。敵が包囲するのに適したこの広い空間は、敵の姿を確認するのにも最適な筈だった。彼は両手に何も持たず非武装に見える。しかし、両腕には武装が仕込まれていた。どんな敵が襲ってくるのであれ、簡単にやられるつもりはない。

 

「・・・別働隊が既に艦橋を制圧したわ。貴方以外のサイボーグももう全部排除した。残っているのは貴方だけ。」

 

そう言いながら、暗闇から幽霊のように現れたのは金髪の若い女だった。背後に兵を引き連れている。彼らの骨を意匠したその装甲服にニコラス少佐はゾッとする。前時代的で、1000年も文明から隔絶していたような異質な美意識に思えたのだ。そんな装束を纏う彼らは、明らかに元首の特殊部隊などではない。

 

「・・・何者だ?」

 

「コリント少将麾下のアレスの宙兵よ、投降しなさい。悪いようにはしないわ。」

 

「ふんっ。アレスという惑星など、これまで聞いたこともない。」

 

「まもなく、人類圏でも最も有名な場所になるわ。」

 

ニコラス少佐は内心舌打ちした。どうも敵はこれまで公的に存在を把握されていなかった勢力のようである。人類銀河帝国の中枢たるアサポート星系が衰退すると、有象無象が地下から湧き出てくるものなのだろう。誇りある航宙軍士官が、そのような胡乱な存在と馴れ合うつもりはない。

 

「俺は誇り高い航宙軍士官だ。俺を信じて戦った部下の為にも、降伏はせん。」

 

「あら奇遇ね。私も同じ航宙軍の士官なの。」

 

そう話す女目掛けて、ニコラス少佐は突進した。周囲はすっかり敵兵に囲まれている。だが指揮官を捕らえれば、活路はあると踏んでいた。それにこの女の手にしている武器はパルスライフルである。対人殺傷能力が高い優秀な兵器だが、サイボーグ化されたニコラス少佐には効果が薄い。突進したニコラス少佐を、あっさりと女はバックステップで躱した。

 

「まだまだぁっ!」

 

タタラを踏みそうになるところを押さえて足が自動で体勢を安定させる。サイボーグ化の恩恵で、ニコラス少佐は簡単には転ばない体を得た。人間には不可能な速さで体勢を立て直して、回頭したニコラス少佐は女を掴みにかかる。

 

「・・・しつこいわね」

 

女がニコラス少佐にパルスライフルを叩きつける。意外にもその一撃はニコラス少佐の外装にダメージを与えた。ニコラス少佐は片腕で、叩きつけられたパルスライフルを掴んだ。切り裂かれた体表が痛む。これ以上の攻撃を許すと、体内の機関に深刻なダメージを被る恐れがある。

 

その女は素早くパルスライフルから手を離して逃げた。パルスライフルが不正使用を検知して警告音を鳴らす。もしも女がライフルを握ったままであれば、ニコラス少佐の怪力でそのまま床に叩きつけられていただろう。ニコラス少佐は手に入れた獲物を検分する。

 

「・・・銃剣として、電磁ブレードナイフを使ったのか。」

 

当然、敵である彼は認証が通らずこのライフルは使えない。彼は壁に向けて槍のようにパルスライフルを投げ捨てた。貫通してパルスライフルが壁にのめり込む。これで簡単には抜けない筈だ。敵の得物を一つ奪った。

 

「さすがサイボーグって頑丈ね。一撃で仕留められないとは。」

 

そう言いながら、再び女はニコラス少佐の間合いに姿を見せた。ニコラス少佐目掛けて殺到しようとする部下を手で制止している。その振る舞いは配下の兵の被害の拡大を嫌った為だろう。そして腰から古風な造作の剣を引き抜いた。

 

「この魔剣の一撃には、その機械の身体でもきっと耐えられないと思うわ。」

 

ニコラス少佐は女の新たな得物を目で確認する。彼女が腕を一振りすると、その武器は本物の魔剣のように光り輝く。異世界風の奇妙なギミックだった。性能はきっと電磁ブレードナイフを大型化したものだろう。現物をこれまで見たことは無いが、それならサイボーグ宙兵の装備としても検討はされていた。

 

「さすがは未開の惑星の出だ。驚くほど白兵戦に手慣れているようだ。」

 

ニコラス少佐は腰を落とし、両腕を構えて戦う体勢を取る。

 

「貴方だって、そう悪く無いわよ。」

 

女はバックステップして空間を確保すると、ニコラス少佐が予期せぬほどの速度で突き掛かってきた。とても人間業とは思えない。その速さときたらサイボーグ宙兵でさえ実行不可能なほどだ。

 

ニコラス少佐は、女が剣を手にした時からまともに相手して戦う意思はなかった。サイボーグの身体を切断する長剣をこの手練れが手にした以上、簡単に勝てる筈がない。彼の目的は艦橋への到達であり、この敵に勝つことではない。だから敵が剣を抜いた瞬間に諦め、逃亡する術を探っていた。

 

ニコラス少佐は手を打ち合わせると、床に向けて両椀の内蔵武装を解き放つ。光と爆風が周囲を覆った。ニコラス少佐を囲むアレスの宙兵は思わず後退し、ニコラス少佐の姿を見失う。

 

「・・・電子熱線砲を、近接特化で腕に仕込むなんて。」

 

熱風から腕で顔を庇いながら、ニコラス少佐と対峙していたシャロンが床の大穴を見て呟いた。既にニコラス少佐は、床に開通した大穴から姿を消していた。まず間違いなく、艦橋を押さえに回ったのだ。

 

「何をしているの、追撃を開始しなさい。」

 

そう言い置くと、率先してシャロンは穴に飛び込んで追跡を開始した。指揮官に促され、アレスの宙兵隊も続々とシャロンに続いて追跡を開始する。

 

「モロに食らっていたら、被害は免れなかったわね。」

 

不意をついた事もあり、これまでサイボーグ宙兵の排除は順調だった。両腕にこのような電子熱線砲を内蔵するのは指揮官クラスだけなのかもしれない。優れた装備を与えられる程、優秀な軍人なのだろう。

 

(セリーナ。ごめん、逃したわ。指揮官の一体がそちらに向かった筈。両腕に電子熱線砲を装着していて、床をぶち抜いて逃げたわ。)

 

(この艦の床をぶち抜いたの!? 了解したわ。)

 

驚くセリーナの返答がシャロンに伝わる。

 

(油断しないでね、相当手強いから。)

 

(了解、任せてくれていいわ。)

 

その返答にシャロンはやや安心する。セリーナが上手く対処することを願いつつ、シャロンは艦橋へと急いだ。

 

 

 

 

 

(ウラジミール、ペドロ、ゴルビー。誰かいないのか?生存者は応答しろ。)

 

複雑な艦内の構造を利用して艦橋を目指して直走っているものの、ニコラス少佐の呼びかけに反応する者はいない。『貴方以外のサイボーグも全て排除した。』そんなあの女の言葉が蘇る。

 

(やはり、もう全員排除されたのか。)

 

ニコラス少佐には自爆する意思も自決する意思もない。逃げ場がない以上、報告を済ませれば後はどうなっても良かった。だが報告完了までは捕まるわけにはいかない。

 

艦橋に向かう通路の曲がり角で、こちらの位置を知っているかのように正確に剣が突き出された。それは絶妙のタイミングで、何も予期せぬニコラス少佐は回避できない。走るニコラス少佐に振り下ろされた剣は、二撃目でそのまま標本箱にピン留めされた虫のようにニコラス少佐を床に縫い止める。見上げると、一杯食わせて置き去りにした筈のあの敵の女がいた。そして何度も何度も全身を貫く痛みにニコラス少佐は絶叫した。別の武器で背後から更なる攻撃を浴びせられているようである。

 

「女、どうしてここいる。先回りする余地など無かったはずだが。これは魔法か?」

 

臓器に傷を負ったニコラス少佐の口から血が吹き出した。やはりとんでもない切れ味の剣だった。突進するサイボーグの装甲を紙のように切り裂いて見せたのだ。あの時に女が後ほんの少し力を入れて捻りさえすれば、ニコラス少佐の体は流れるように2つに切断されていただろう。

 

「本物の魔法を見せてあげたかったけれど、意図しないトリックで残念ね。私達は単に双子というだけよ。私の名はセリーナ、最初に貴方と戦ったのは妹のシャロン。」

 

セリーナと名乗った女はニコラス少佐から剣を引き抜き、刀身を濡らすニコラス少佐の血を拭うとその魔剣を鞘に収めようとした。

 

「まだだ、油断するにはまだ早いぞ。俺はまだ戦える。」

 

「・・・その姿で動くのは、お勧めはしないわ。」

 

斬撃の衝撃で転倒し、床に這いつくばっていたニコラス少佐は尚も体を起こそうとした。しかし、今度ばかりは身体が思うように動かなかった。

 

振り向くとニコラス少佐の両足には、宙兵のパルスライフルが槍のようにして何本も突き立てられていた。それがニコラス少佐の体を床に縫い留めている。先ほどと同様に、電磁ブレードナイフが銃剣のように用いられているのだろう。貫通した穂先が床に食い込んでいる。セリーナと名乗った女が剣を抜いても、ニコラス少佐が立ち上がれないのはそういう訳だった。

 

そして背後には最初に交戦をした女シャロンが魔剣を構えていた。何かアクションを起こせば、即座にニコラス少佐を切り捨てる構えだ。セリーナの剣でニコラス少佐が床に打ち倒された後で、シャロンとその部下が背後からの攻撃でニコラス少佐を床に縫い止めたのだろう。

 

セリーナがニコラス少佐の前に立って宣言した。

 

「次に動けば、容赦なくその首を落とすわ。私達の剣は、貴方が動くよりも遥かに速い。もう降伏なさい。悪いようにはしないから。」

 

ニコラス少佐を見る彼女の目は氷のように冷たかった。少しでも抵抗をすれば、本気で彼を殺すつもりなのだろう。ニコラス少佐は覚悟を告げた。

 

「部下は俺に従っただけだ。出来れば許してやってくれ。だがお前たちの首領が俺を許しても、その更に上の元首が反乱の責任者の俺まで許すはずがない。だからこそ、俺はここで全ての責任を取らねばならん。」

 

決意を込めたニコラス少佐がセリーナを見る。

 

「そう、残念ね。」

 

セリーナが腰の鞘に収めかけた剣を再び構え、振り上げる。ニコラス少佐は目を瞑った。

 

「もうやめて!」

 

ニコラス少佐の背後から声が聞こえたのはその時である。背後は見えないが、声に聞き覚えはある。ブルワジットだ。敵兵の方位が緩む。この敵はブルワジットが接近するのを許した。彼女が、アデル政府の人間であり元首の補佐官だと知ってるのだろう。

 

「彼女を近寄らせないで、人質にされかねないから。」

 

シャロンがそう指示すると、シャロンの部下達が左右から彼女の腕を掴みブルワジットを拘束する。裸身に男物の制服の上着を羽織っただけの姿で、乳房が揺れる様子を見て腕を掴んだ兵が慌てて目を逸らす。

 

「・・・虜囚である彼女を凌辱したの?」

 

セリーナが怒り、放つ気配が変わる。手にした剣が振り上げられるの見て、ニコラス少佐は目を閉じた。この相手ならば一撃で決めてくれる筈だ。長引かせられ苦しめられるより、よほどいい。

 

「違う。私たちは、ただ愛し合っているだけなの。」

 

その言葉を耳にしたセリーナの動きが止まる。ブルワジットは左右の兵を振り解くと、ニコラス少佐の身体に背後から縋り付いた。

 

「酷い。大勢でよってたかって、こんな酷い仕打ちをするなんて。」

 

縋りついて泣くブルワジットの言葉に、ニコラス少佐は自身の背中や下半身がズタボロにされているのだろうと感じる。少し後ろめたさを感じたのか、セリーナがそっとニコラス少佐から視線を逸らした。

 

「・・・それだけ危険な男なのよ。私達は元首の依頼でここにいます。貴方からも、彼が降伏するように説得して。」

 

そう諭すシャロンを、ブルワジットが睨みつける。

 

「それなら、まず先に彼を解放して。こんなの人間に対する扱いじゃない。私は元首補佐官です。これは元首からの命令よ。」

 

セリーナは答えた。

 

「残念ね。私達はアレスの者なの。今は人類銀河帝国とは異なる別の国。法的にもそう認められている。だから、その命令に盲目的に従う事はしないわ。私達と貴方の安全を優先します。」

 

ブルワジットの指示を拒否したセリーナは、包囲を兵に任せてニコラス少佐とブルワジットから離れた。シャロンと短く言葉を交わす。

 

(・・・これ、どうする?)

 

(イーリスお姉様は権限を上書きして強制停止可能だと言っている。けれど、そんな能力を行使する所を見られるのはマズいわね。)

 

(どれだけ殴っても気絶してくれないだろうし、いざとなれば両方の手と足を切り落とすしかないか。)

 

セリーナの発案にシャロンがたじろぐ。

 

(それをしたら、回復魔法(ヒール)で治しても確実にこの元首補佐官には恨まれるわ。)

 

その時、背中でブルワジットの涙と温もりを感じていたニコラス少佐がついに折れた。

 

「・・・分かった。俺も降伏する。」

 

「それは航宙軍士官としての誓いの言葉ですか?」

 

セリーナが降伏を受け入れてしまう前に、素早くシャロンが相手に問いただす。

 

「航宙軍士官として誓う。降伏して以後はそちらの指示に従う。抵抗も逃亡もしない。」

 

「その降伏、受け入れましょう。」

 

セリーナがようやく剣を鞘に収めた。そしてシャロンが兵達に突き刺したライフルを引き抜き回収するよう指示を出す。ブルワジットは泣きながらニコラス少佐の頭を抱えて頬擦りしていた。そんな恋人達の様子を見守りながら、セリーナはニコラス少佐に告げた。

 

「貴方と部下の進退はアイローラ提督が判断する。悪いようにはしないようにと、私達から上官のコリント少将に上申しておくわ。だから貴方の今の誓いを、決して忘れる事はないようにね。」

 

 

 

 

 

 

ケンジントン技術大尉は驚愕していた。部下と共に造船所からの脱出の為に乗り込んだ上陸艇(エアシップ)のGを感じさせない滑らかな加速にである。この上陸艇(エアシップ)に用いられているテクノロジーは、明らかに彼の知っている技術とは次元が違っていた。

 

「凄いじゃないか、バールケ中尉。この上陸艇(エアシップ)に採用されている技術について是非とも詳しく教えてくれ。」

 

上陸艇(エアシップ)を飛ばすパイロットにそう声をかける。彼女もまた異質な存在である。

 

「それでは艦に戻り次第、イーリス大尉をご紹介しましょう。大尉と気が合えば、コリント少将に話を繋いでもらえる筈ですから。」

 

操縦しながらそう答えるルート・バールケ中尉は明らかに士官としては若すぎる。士官候補生どころか士官見習生でもおかしくないように幼く見えるのだ。

 

そんな幼い外見の彼女が中尉を名乗るのはケンジントン技術大尉としては「航宙軍の人員不足極まれり」と言いたいところだ。アイローラ提督から事前に連絡を受けていなければ、なりすましと断定していただろう。

 

「そうか。それは楽しみだな。」

 

そう言ったところでケンジントン技術大尉はあんぐりと口を開けた。瞬時にして目の前の景色が切り替わったからである。眼下に広がる惑星と造船所は消え失せ、代わりに巨大な天体が目の前にある。

 

「おい、あれにぶつかるぞ。」

 

パイロットに警告を発するが、彼女はいたって平静だった。

 

「安心してください。あれが我々の艦です。」

 

ケンジントン技術大尉は、目の前の天体を眺め直した。どう見ても、聳り立つ岩の壁だ。この位置からでは果てが見えない。月が突然目の前に出現したようなもので、人工物とは思えない巨大さである。

 

「なんだって?行き先はスター級重巡洋艦の〈アイネイアース〉ではないのか?」

 

「それはアイローラ提督の現在の座乗艦です。提督はスター級ごと、あのギャラクシー級戦艦〈イーリス・コンラート〉の中にいらっしゃいますよ。」

 

上陸艇(エアシップ)は速度を緩めずに人工惑星の突入口に飛び込む。高速で過ぎ去る大質量の壁をケンジントン技術大尉は驚愕しながら目で追う。宇宙を航行する上陸艇(エアシップ)でこれだけの飛行時間を要するのだ。とんでもない厚みである。

 

上陸艇(エアシップ)が広い空間に飛び出すと、そこは天に人工太陽が輝く再現された惑星環境が広がっていた。重力の方向が瞬時に変わるが、パイロットを補佐する適切な補助プログラムが存在するらしい。ルート中尉は難なく上陸艇(エアシップ)を着地させてみせた。駐機場と思しき湖には、既にスター級重巡洋艦が停泊している。

 

乗組員(クルー)が出歩けるように無重量セクションではなく重力セクションに停泊しています。ご面倒ですが、ここからは徒歩で〈アイネイアース〉へ移動してください。」

 

上陸艇(エアシップ)のハッチからケンジントン技術大尉と部下達は転がり出た。先程まで宇宙を飛んでいた彼らには不思議だったが、そこには重力がある。間違いなく惑星の上に降り立っていた彼らは、自分達の足の下の大地の感触が信じられなかった。

 

「・・・こんな、まさか信じられん。」

 

造船所から上陸艇(エアシップ)で飛んで数分の距離にこのような巨大な天体が存在していて、内部に空気も重力も太陽もある。海と陸さえも用意されていて、惑星上にいるのとなんら変わりがないのだ。

 

「今すぐイーリス大尉に会わせてくれ。今すぐにだ。」

 

興奮したケンジントン技術大尉は、上陸艇(エアシップ)から降りてきたルート中尉の腕を掴んで離そうとしなかった。装甲服の上からではあったが、腕を掴まれて激しく揺すられているルート中尉は迷惑顔である。

 

「・・・しかし、アイローラ提督への報告のために出頭せよとの指示が。」

 

「提督は今は奪還作戦でお忙しいだろう。すぐ我々とお会いになる事はない。それよりも、この〈イーリス・コンラート〉の素晴らしい技術についてイーリス大尉とすぐに話がしたい。」

 

そこまで口にして、ケンジントン技術大尉は『イーリス大尉とは艦載AIである』と気がついた。それならばなお都合がいい。

 

「今すぐイーリス大尉と話をさせろ。部下と共にどこにだって行く。それに仮想表示なら、即座ここに呼び出せる筈だ。」

 

「・・・はぁ」

 

ルート中尉は小さくため息を吐くと、イーリス大尉への通信を開始した。

 

(イーリス大尉、実は大尉とお話ししたいという人がいるんですが・・・)

 

 

 

 

 

 

『・・・以上で作戦完了です、お疲れ様でした。それでは、撤収しましょう。』

 

カーヤ中尉は特殊部隊の面々にそう通信を入れると、率先して部下を上陸艇(エアシップ)に戻し始めた。部下達は真空にも無重量にも不慣れである。あまり長居はしたくない。部下が何か失敗すると元首の兵に見られてしまうし、カーヤの出世の道にも響きそうである。

 

しかし特殊部隊の面々はそれどころではなかった。アレスの宙兵の見せたポテンシャルの高さに驚いていたのだ。展開した狙撃銃を回収しながら、射手のレオナルド中尉は観測手で相棒のワドナー中尉に話しかけた。

 

(・・・記録は取れたか?)

 

(ああ、映像配信された分も含めて全て記録した。)

 

(それなら、先の作戦でガリクソン少佐が失敗した言い訳くらいにはなるよな。)

 

(単純に相手の力量が想定以上だったのだ。仕方あるまいよ。)

 

(敵味方共に損失ゼロで作戦終了か。いやはや魂消たな。)

 

サイボーグ宙兵は対バグズ戦を想定して新設された。まだ数が少なく貴重な為に前線には配備されていないが、接近戦を好むバグスへの対抗策として期待されていた。人類銀河帝国が総力を上げて白兵戦に特化した一つの到達点である。パワードスーツを装備していたとは言え、こうもあっさりと倒されるとそれはそれで面白くはない。彼ら特殊部隊は、対サイボーグ宙兵戦を想定して用意された存在でもある為だ。

 

サイボーグ宙兵は敢えて長射程の装備を与えられていない。役割の明確化が主な理由だが、最大の理由は不得手な射程を設定して長射程特化の兵科を弱点とする為である。その為に特殊部隊はサイボーグ宙兵の装甲を貫通可能な大出力の狙撃銃を配備されている。

 

元首が特殊部隊を参加させたのはコリント少将への牽制の意図もあるにはあるが、『サイボーグ宙兵に対抗するには特殊部隊を活用する以外にない』という常識に基づく措置だった。レオナルド中尉もワドナー中尉も、今回の作戦で活躍の機会が来て汚名返上出来る事を確信していたのだ。それが予備兵力として配置されたものの、腕前を見せる機会もなく終了した。

 

(俺たちの出番はなかったな。完全にお客様扱いだ。しかし、凄い手際の良さじゃないか。)

 

(兵の数も多いし練度も高い。これは敵にしたら厄介だぞ。)

 

(ああ。まさかサイボーグ宙兵に奴らが得意な接近戦で勝つとはな。)

 

一度失態をみせた特殊部隊としては、アレス宙兵への対策も早急に練らねばならない。監視の失敗は、手の内を知られている味方同士であれば見当がつく内容であるとは言えた。しかし今回の戦いぶりを見るに、特殊部隊を総動員しても勝てるかは怪しい。気が付かれないように監視というのも、専門部隊でなければ厳しいのではないか。

 

(質もそうだが、数が厄介だ。集団戦に特化したスタイルは強いな。)

 

(何、バグスより数を確保出来るはずがない。バクスと遭遇すれば大いに人数を減らすだろうさ。)

 

能力ある兵の数を集めるのは容易ではない。損耗を減らす前提に立つと、特殊部隊のような狙撃を重視するスタイルに落ち着く。だがそれには適正の高さが要求される。ナノムを注入してさえ、誰にでも習得出来る技術ではないのである。

 

(やはり未開惑星の人類の生命力は凄い。)

 

(確かに、惑星住人の身体能力が高ければ兵の補充は早そうだ。)

 

そういう彼らも地球という後進惑星の出身である。多少未開な惑星の方が、数が多く生命力に溢れて兵士の適性が高い。地球出身の兵は、航宙軍ではそれなりの数に達しつつある。

 

(帰還までに報告書を書き上げねばな。)

 

(それも移動時間は一瞬と来ている。全く、嫌になるな。)

 

上官が叱責されたばかりなのだ。今回は何も失態をしていないとはいえ、戦果が事実かどうかを把握する為にも事情聴取は念入りかつ入念に行われるだろう。勝ち戦でも、惑星アデルで待っているものを考えるとレオナルド中尉もワドナー中尉も憂鬱であった。宮仕とは実に過酷なものなのだ。

 

 

 

 

 

 

アイローラ提督はコリント少将を伴い〈エーテルゼルダ〉に降り立った。それは今回の作戦の結果を見届ける為である。アレスの宙兵が列を成し、アイローラ提督とコリント少将を出迎える。精強な彼らは人類銀河帝国というよりはコリント少将に忠誠を誓う存在とアイローラ提督も承知しているが、こうして通路に列をなして出迎えられると悪い気はしなかった。なんといっても、彼らは自分達の血を流して彼女の艦を取り戻してくれたのだから。

 

「提督、お耳を拝借してよろしいでしょうか。」

 

艦橋に到着した際、待ち構えていたアレス宙兵の指揮官が許可を求める。双子というかクローンなので判別がしづらいが、セリーナと呼ばれる方であるとアイローラ提督は認識した。

 

「ああ。構わない。」

 

「・・・・・」

 

背後では〈アイネイアース〉から引き連れてきた宙兵が警戒する中、セリーナがアイローラ提督に耳打ちで報告を終える。アイローラ提督はため息をついた。

 

「二人ともこの場に連れてくるように。早く決着をつける方が、お互い気分がいいだろうからな。」

 

セリーナの合図で、シャロンが控えさせていた恋人同士の二人を艦橋に入室させる。

 

「ニコラス少佐、それに元首補佐官のブルワジットか。久しいな。」

 

ブルワジットは流石に拘束されてはいなかった。彼女は反乱に加担した訳ではなく、今も元首補佐官の地位にある。単に本人の希望で、ニコラス少佐に付き添っているのだろう。ニコラス少佐は手錠のみ嵌められている。サイボーグである彼はそんなものは簡単に引きちぎれる筈だ。アレスの宙兵も、それを承知で手錠をはめているのだろう。手錠を裂けば、航宙軍士官としての誓いに背いたと見做される。

 

これはつまり拘束すると言うよりも、信義を示す為の鎖なのだ。力に任せて引きちぎった際は、より過酷な対応をとる構えなのだろう。同じ航宙軍士官としてニコラス少佐の誓約を受け入れつつも、破られても阻止する実力があるとアレスの宙兵達が誇示しているかのようだった。

 

(これでも、一応はニコラス少佐を紳士的に取り扱っているという事か。)

 

見ればニコラス少佐の足も、傷のある様子はない。一瞬、あの戦闘がトリックやまやかしだったのかとアイローラ提督は考えた。だが、すぐ疑う気持ちを否定する。

 

単にアイローラ提督を嵌めるためにそんな手の込んだことはしないだろう。そういえば『治療の回復魔法は済ませた』ともセリーナに耳打ちされていた。回復魔法の真意は分からないが、サイボーグ用の高速な肉体修復を指すのだろう。確かにナノムの治療でも不可能な早さで、ニコラス少佐の肉体は修復されているように見える。

 

それより今の本題はこの二人の道ならぬ恋愛関係の方である。艦橋で出迎えてくれた乗組員(クルー)達も、この二人がどうなるのかと注視し静まり返っている。アイローラ提督は息を吐き、話し始めた。

 

「既に聞いていると思うが、私とコリント少将は帰順した航宙軍士官を赦免する特権を元首閣下より得た。『速やかな事態鎮静化の為の唯一の策だ』と、コリント少将から強い働きかけが為された為だ。元首閣下も、この提案を喜んで受け入れられた。」

 

アイローラ提督の言葉に、ニコラス少佐とブルワジットが目を丸くして『信じられない』という表情を浮かべた。

 

「コリント少将、ニコラス少佐については個別に罪に問う事案は何かあっただろうか?彼に対する君の評価を聞かせてくれないか。」

 

アイローラ提督に話を振られて、それまで沈黙を守っていたコリント少将が口をひらく。

 

「はい。彼の捕虜の取り扱いは適正なものでした。戦いぶりでも、人的被害を最小に留める公正さを見せました。こちらは奇襲した上で大人数で仕留めましたが、そうしなければ拘束できなかった程に優秀で戦闘力も高い。人格的にも能力的にも航宙軍に資する士官であるとそう考えます。」

 

思いがけず好意的な評価に、ブルワジットの顔が期待で輝く。アイローラ提督はニコラス少佐に向き直ると、慎重に言葉を紡いだ。

 

「君達の事情は耳にしている。ニコラス少佐、君と希望する部下を受け入れる用意はある。どうだろう。我々と共に働いてはくれないか?」

 

ニコラス少佐の顔が歪んだ。裏切り者として断罪されると予想していたのだ。勧誘されるとは思いもしなかった。

 

「・・・俺がこれまで通り十人委員会に忠誠を果たす事はないと、どうしてあなた方はこの俺を信用できるのですか?」

 

コリント少将が答える。

 

「我々は、君が航宙軍の士官としての資質があると認めた。そうであるならば、後はただ君の航宙軍士官としての誓いを受け入れるだけだ。」

 

その言葉には、航宙軍士官に対する誇りがあった。誇りさえあれば、人は困難な時にも道を見失わないものではないか。そこにはそんな信念が秘められていた。アイローラ提督も説得の言葉を重ねた。

 

「政府が分裂していた今回の事態は、我々が終わらせる。バグスを前にして人類が分裂する余裕はもうない。君以外の航宙軍士官にも、同じ処遇を行おう。」

 

続くアイローラ提督の発言は、静かな決意に満ちていた。

 

「航宙軍は、またここから始めるのだ。どうだ、少佐。」

 

アイローラ提督の問いかけに、俯いたまま逡巡していたニコラス少佐が長い沈黙の後でようやく言葉を絞り出した。

 

「・・・こんな自分でも、よろしければ。」

 

心配していたブルワジットが緊張の糸が切れた様子で静かに泣き始める。ようやく彼女とニコラス少佐は、同じ陣営に身を置ける関となるのだ。

 

「彼の手錠を外してやれ」

 

コリント少将の指示に、セリーナが素早くニコラス少佐に駆け寄り手錠を外す。ニコラス少佐は信じられない思いで腕をさすった。銃殺されるとさえ、予想していたのだ。アイローラ提督がニコラス少佐に近付き、その肩にそっと触れた。

 

「航宙軍には辛い時代だが、よく戻ってくれた。ニコラス少佐、君には我が〈エーテルゼルダ〉の副長となってもらう。」

 

驚きつつも、ニコラス少佐は誓約した。航宙軍士官である彼には、もとよりこの道しかないのだ。

 

「・・・・はい。今度こそ全身全霊をかけて忠誠を尽くすとお約束します。」

 

アイローラ提督の属する人類銀河帝国とコリント少将の人類スターヴェイク帝国は今は同じ国家ですらない。単なる同盟関係を標榜しているに過ぎないが、彼らはこの瞬間においては確かに同じ航宙軍としての理念を共有していた。




ニコラス少佐とブルワジットの話をようやくかけました。アイローラ提督とコリント少将の下で再始動した航宙軍も形を見せ始めます。

今回は敢えて敵目線でセリーナやシャロンの仕上がりぶりを表現してみました。あの2人を従えているアランは、客観的に見てそれだけでかなり怖い存在でしょうね。

本当はサラッと終わらせて次の話に進もうかと思っていたのですが進ませてくれませんでした。結果として話はうまく纏まったと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。