【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 96話 【内戦篇③】 外交使節
▫️〈エーテルゼルダ〉艦内▫️
「それでは、私からご説明します。」
ケンジントン技術大尉が声を張り上げる。アサポート星系に帰還した〈エーテルゼルダ〉には、多数の航宙軍関係者が詰めかけていた。
今ここでケンジントン技術大尉が提案しているのは、惑星アレスの重力制御技術に基づいた高機動制宙戦闘機である。そしてこれから行われるのは、予算確保に向けた航宙軍内部の一種のプレゼンテーションだった。
今回披露する計画のベースは以前からアレスで温めていた我々の技術に興味を持ってイーリスに接触してきたケンジントン技術大尉が、そこに加わった。航宙軍で屈指のエンジニアの彼の助力を得だからこそ、停滞していた計画が一気に進展する事になったのだ。
「・・・これはプロトタイプです。」
大映しされているのは古風なデザインにも思えるスターファイターだ。主兵装として
「これまで本機のようなスターファイターが航宙軍では用いられて来なかった理由、それは至極明快であります。『人体の耐えられる加速』、これが艦艇の機動の上限であり足枷となる為です。回避に必要なだけの高機動性を確保できない場合、大型艦を運用する方がエネルギー出力や搭載火器そして装甲と言った面で有利だからです。」
今の航宙軍における最高速度は、加速度に応じて人体にかかるGが限界となる。推力的には更なる高速化が可能でも、中の人間が耐えられなければまるで意味がないからだ。ミサイルでは実現できている程度の回避行動でさえ、パイロットへの負荷が高過ぎてスターファイターでは実行不可能である。小型機は狙い撃ちされるし、そうなるとまず逃げられない。
そうであるならば装甲や火力に優れる大型艦の運用の方が賢明である。ある程度の大型艦であれば瞬時に到達するレーザー砲塔に対しては予めシールドを展開して被害を軽減する事も可能だし、ミサイル類の迎撃も可能だからだ。そもそもの火力が段違いな上、直撃を回避できずとも軽減ないし迎撃することは可能という訳だ。
「しかし、アレスの新技術によってGの低減が可能ならどうでありましょうか。スターファイターの戦力化が視野に入ります。」
ここまでは元首に召集された際に聞かされて、皆知っている内容である。だから今の時点では参加者には驚きもないのだろう。話の展開を待っていた、とばかりに質問が入る。
「既存のサテライト級駆逐艦に対して、このスターファイターはどの程度有利となるのかね?」
航宙軍の高官と思しき主計科将校から質問が飛んだ。彼らは艦隊勤務者ではなく艦隊本部で予算編成する裏方だ。航宙軍という巨大組織を運営する為に、バックヤードの人材も多いのだ。
「素晴らしいご指摘、ありがとうございます。」
ケンジントン技術大尉は一礼する。へり下りすぎにも見えるが、予算権を握る相手にはそれが技術将校の普通なのだろう。
「空間戦闘では、3対1と見ております。3機のスターファイターでサテライト級駆逐艦1隻と同等の戦力です。」
初めてどよめく声が起きた。ケンジントン技術大尉が手を挙げて静粛にとジェスチャーする。
「驚かれるのも無理はありません。しかしながら、スターファイターが実用化されてもサテライト級が不要となる訳ではありません。」
航宙軍の実働部隊のトップとしてアイローラ提督が口を挟む。
「サテライト級の現在の主任務は長期航海に従事して艦隊の一翼を担うだけでない。任務は単独での偵察・監視と惑星軌道からの爆撃など多岐に渡る。ケンジントン技術大尉、これらの目的にスターファイターは利用可能かな?」
「まず、長期任務には全く適してはおりません。パイロットの衣食住に補給など全てを母艦に依存する為に単独作戦可能なのは二日間程度が限界といえます。装甲や熱や放射線などの宇宙環境への耐性も低い。また軌道爆撃においても、サテライト級とは
アイローラ提督はケンジントン技術大尉の回答に満足げに頷いた。
「だが、艦隊戦力の拡張策としては悪くない。多数のスターファイターを展開すれば、バグスを圧倒する火力を得る。瞬間的な攻撃力の増大案としては申し分ない。空母エーテル級の真価を発揮できると言うわけだな。」
「はい。エーテル級の
「サテライト級が一〇〇隻相当か。・・・だが、もう少し積めるだろう?」
ケンジントン技術大尉はその欲深い質問への回答を躊躇った。しかしアイローラ提督はそんな逃げを許さず、更に詰め寄る。
「これは予算感に直結する話題だ。想定可能な最大数を言いたまえ。予算は、費用の上限を知らなければ決められないものだろう。」
「・・・AIの計測値をそのまま信じるなら、現状でも四二〇機まで搭載可能です。簡単な拡張工事を行えば、最大五一〇機は搭載できます。」
「三〇〇機だ五〇〇機だとは、これはまた途方もない数を出してきたな、アイローラ提督。流石にサテライト級に換算して一〇〇隻以上の戦力を一度に補充しようとは欲が深すぎはしないかね?」
それまで黙って話の成り行きを見守っていた艦隊本部長が口を開く。トラップ大将は実戦経験はほとんどないが、後方業務を一手に仕切る裏方として航宙軍トップの艦隊本部長にのし上がった人物である。政財界へのパイプも太いそうだ。航宙軍にはなくてはならぬ主計の要なのだという。
「この後は性能が良いだけでなく、調達コストも安いという話になるのだろう。だが、これだけの大事業だと生産ラインの調整の方が問題だ。当初の調達数は一〇〇機もあればまず十分ではないかな。」
トラップ大将の言葉に部下達は頷いている。彼らにとっては要求数量から見直して予算を削減する方が受け入れやすいのだろう。『それでも大盤振る舞いしている』という態度だった。
「お言葉ですが、生産体制については問題ありません。作業の大半を惑星アレスに外注します。ただ、初回はこの生産数量での発注を承認してくだされば良いのです。」
「な、外注だと?」
「惑星アレスとは軍事同盟を締結し、人類銀河帝国に加入申請中の間柄です。そもそもこの構想を実現可能としたのは、アレスのもたらした重力の緩和装置ですから。」
「しかし、しかしだな・・・。」
トラップ大将は苦々しい顔をしている。しかしアイローラ提督は相手の様子にまるで頓着していなかった。
「こちらで作れないものは、同盟相手に任せるよりほか仕方がないでしょう。」
冷たくアイローラ提督は言い放つ。彼女は既に元首の内諾を得ている。である以上、製造機体数の削減を受け入れる気などさらさら無い。どうせ各方面から『こちらに回せ』という話が回る事は見えていた。評価が固まった後は奪い合いになりかねない。それに損耗率を考えると、何機あっても足りない可能性を考慮しなければならないだろう。ならば、初回で可能なだけ確保するのみである。バグスとの戦況がさらに悪化すれば、次の機会が得られる保証はないのだ。
「軍需産業は、継続的な受注を与えて守らねばならん。外注部品があるにしても最終調整はこちらでやるべきだし、部品の内製化は進めるべきだろう。」
渋々という感じでトラップ大将が本音を漏らす。察するに艦隊本部の意図する生産とは、航宙軍の工廠で組み上げるものなのだろう。それは航宙軍士官として、俺には一定の理解できる考えではあった。性能や作り手に対する信頼の有無に加えて、兵器とは安定供給が大前提なのだから。
「・・・コリント少将、その点はどうか?」
『初回生産数が守れるのなら、他の条件では譲歩しても問題ない。』とそう顔に書いてあるアイローラ提督に俺は発言するよう指名された。
「アレス政府の代表として申し上げますと、こちらもまたスターファイターの全部品の生産は不可能です。アレスで生産可能なのは、重量制御の装置をユニット化と機体フレームの作成でしょうか。エンジンや推進装置、その他の伝送関係やパイロットの生命維持関連。内部装飾・索敵・通信装置全般の調達はお願いできればと。最終組み立てはどちらでも構いませんが、初回のみはこちらで担当してはいかがでしょうか。」
「む、そういう事ならば・・・共同生産という道はあるか。」
トラップ大将が腕組みして考え込む。製造の得意分野同士を結合する方式は彼のお眼鏡に適い、最初の関門は抜けたようである。
「機体コストの分析をこちらで行い、部品調達を主とした生産計画を策定した上で判断する。今の段階では実現性はある、とだけは言えるな。一度、持ち帰り検討させてくれ。」
渋々といった感じでトラップ大将は、提案を持ち帰ると宣言した。しかしアイローラ提督は、逃す気はなかった。戦況は予断を許さず、艦隊戦力の拡充は必須である。パイロットの養成にも時間がかかるだけに、即座に進めなければならない話だと彼女は承知していた。このまま主計科に任せきりにすれば、原案通りの採択は難しいだろう。
「コストの算出計算をして頂くには及びません。ケンジントン技術大尉。」
「はっ」
ケンジントン技術大尉が用意した機体コストの算定書を提出する。
「人類銀河帝国が用意するのは既存の
「一機あたりで約三十分の一であります。」
トラップ大将の部下達はケンジントン技術大尉から資料を奪うように取って読み始めている。
「三機で一単位と判断しても予算感としてはサテライト級の十分の一だな。となるとサテライト級一〇〇隻の戦力が一〇隻分の予算で可能か。」
製造コストの見通しを聞いてトラップ大将が食いつく。トラップ大将は必要な駆け引きは行うが、本質的には予算に見合った戦力の創出が本分だ。黙ってはいられないのだろう。彼は真っ先に資料を確保して指で追って数字をチェックしているが、ケンジントン技術大尉の作成した資料は正確なようだ。
「スターファイターの建造数は五一〇機です。数字はサテライト級換算でキリ良く一七隻ですか。」
「むむむ」
唸り声を上げて、腕組みしたトラップ大将が考え込む。恐らくはナノムを使用して部下達と内輪で討論しているのだろう。それを邪魔をするのは不粋というものである。
「まだまだ検討にはお時間がかかるようですね。せっかくですので、お茶を用意しましょうか。」
サーラ艦長が立ち上がる。彼女はサテライト級駆逐艦〈アイネイアース〉からの横滑りで〈エーテルゼルダ〉の艦長に就任していた。エーテル級の艦長という地位に就いても、主婦のような気働きができる。相変わらず新ママと言った柔らかい雰囲気で、武人らしからぬ風貌のままだ。
サーラ艦長は軍人としてブランクがあり経歴的に華々しさはまるでない。アイローラ提督がサーラ艦長を選択した決定に、周囲から文句が出なかったのはサーラ艦長の功績が隔絶していたからだ。
まず艦隊が委員会に牛耳られる過程において、アイローラ提督を受け入れ匿った事がサーラ艦長の功績の元となった。更にはノヴァミサイル迎撃に奮闘しほぼ単独で成功したという事実が、他のエーテル級の艦長候補者を推す声を沈黙させたらしい。
「差し入れは助かる。今日この場で結論を出して欲しいのだろう? 長くなりそうだから、軽食も頼む。」
トラップ大将が早速サーラ艦長に注文をつける。昇進したとはいえ、サーラ艦長は従順だった。まあトラップ大将は主計科の首座どころか航宙軍の首座にある。彼の命令に従うのは当たり前ではあるのだろう。
「承知しました。」
サーラ艦長は恭しく承ると、艦載AIのアイネイアース少佐を呼び出して手配を進めていた。軽食は元々用意されていたのかもしれない。すぐに箱入りのサンドイッチが運び込まれ、参加者に配られる。
なぜか艦隊本部の人間からは歓声が上がる。高級士官揃いなのだから、軽食など食い飽きているだろうに。妙に盛り上がる彼らの様子を眺めるくらいしか役割がない手持ち無沙汰な俺は、なぜかアイローラ提督に肩を掴まれた。
「コリント少将。見たまえ、彼らを。だいぶ痩せているとは思わないか?」
俺の肩に手を回し、そう囁きかけるアイローラ提督に促されて主計科の士官達に目をやる。早速用意されたサンドイッチにパクついている艦隊本部の人間を見ると、確かに些かシルエットが細い。
「・・・まさか、食料事情の悪さがそれほど?」
艦隊本部の人間が飢えるなら、アイローラ提督の指揮する艦隊も当然ながら干上がっているだろう。
「そのまさかだろう。我が艦隊は君から食料供給を受けた。お陰で皆健康だが、惑星の食料事情は悪いままのようだな。」
「それ程ですか。それは正直、食糧危機は私の認識を超えていたようです。」
「今、サンドイッチで喜んでいる彼らに食料を提供したら大いに感謝されるぞ、疑う余地なしだ。」
俺はアイローラ提督に利益供与を指示されているのだろうか。慎重に確認する必要があるだろう。俺が突っ走って航宙軍内で不利益を生じさせるのは御免被りたい。
「・・・それは用意はできますが、トラップ大将は潔癖な方のようですが。」
俺は慎重に答えた。余計な事で、スターファイター計画が頓挫する理由となれば目も当てられない。
「物を用意してくれるのなら、後はこちらで責任は持つ。話は私がつけるから、見ていてくれたまえ。」
アイローラ提督は俺にそう言って微笑みかけると、2つ目のサンドイッチの箱に手を伸ばすトラップ大将の元に近寄った。大将に続き、他の連中も2つ目或いは3つ目の箱に手を伸ばす。本当に彼らは腹を減らしていたようだ。差し入れたサンドイッチが大いに効いたようで、彼らの会議は無事に結論に至ったようだ。雰囲気が些か和やかなものになり、食事を楽しむ猶予が生まれているようだった。
「製造計画承認については、いかがでしょうか?」
頃合い良しと見て、アイローラ提督が尋ねる。
「この内容なら実現可能と認める。コスト算出も概ね適正なものだった。」
飽食して満足そうな口ぶりで、トラップ大将が回答する。
「ありがとうございます。」
「後はメーカーの選定や生産ラインの割り当てというところだな。これは数日見てくれれば良い。」
「やはり、部品メーカーの選定まで行うと時間がかかりますか?」
トラップ大将は機嫌良く答えた。
「ああ、だが早急に完成品を寄越せというのだろう。必要なだけ、ここにとどまるさ。何、こんなような軽食さえ用意してくれればいい。後はこちらで作業するのでな。」
「それは困ります。」
アイローラ提督は大袈裟に困った顔をして見せた。
「我々も忙しいのです。いつまでもこの場に拘束されているわけにはいきません。それに閣下に、こんな会議室で寝て頂くという訳にもいきますまい。」
「軽食さえ用意してくれればそれ以上は望まんよ。それとも今すぐ全ての手配をおえろとでも?流石にそれは無理だろう。」
些か気色ばむトラップ大将を、アイローラ提督は手際良く宥めにかかる。
「必要な作業を万全の体制でやっていただきたいのですよ。艦隊本部の方が何かと作業が進捗されるのでばないですかな。」
「ん、まあ。しかし、だな。」
本部への帰還を渋るトラップ大将を見るに、やはり食料事情はこの艦隊の方が良さそうである。最初は帰る気でいたのに、実際に食べてみて艦隊の食糧事情の良さに気がついたのだろう。
「コリント少将が艦隊本部に食料の供給を行ってくれるそうです。皆様は、ご自身の専門に集中して頂ければそれで良いと。」
「おいっ。君、それはリベートではないのか?」
アイローラ提督はそんなトラップ大将の言葉をいなしてみせた。
「我々は同じ航宙軍の士官なのですよ。食事くらいの事で利益供与などと、なんと人聞きの悪い。今ここで出した軽食となんら変わりないでしょう。それに互いの部署で招きあっての親睦会など、よくある事ではないですか。」
「む。まあしかし、な。」
既に食べてしまった軽食と同じと言われては、トラップ大将も些かバツが悪いのだろう。それに食料の提供は、確実に艦隊本部の人間の気を惹いていた。耳をそば立てて、2人の会話を聞いている。トラップ大将もそんな部下の様子は把握しているだろう。アイローラ提督は、何も気づかぬ素振りで話を続ける。
「艦隊も惑星の食糧事情は把握しています。不足した品の融通を部署間で行うなどは当たり前でしょう。何、後で返して頂ければ良いのですよ。年度内にこちらに同等品を返すよう処理頂ければ、それで問題ありますまい。」
部下達の視線がトラップ大将に集中する。彼とて、部下を飢えさせるのは本意ではないのだろう。トラップ大将はしばし悩んでいた様子だったが、ようやく結論を出した。
「・・・それならば作業は持ち帰らせてもらおう。こちらは借りとは思わんぞ。それで異論はないな?」
「ええ、それはもう。」
アイローラ提督はニンマリと笑って見せた。
「人類の苦境を乗り越える為の完璧な生産計画を準備頂けると、小官は信じておりますので。」
▫️ラーダ星系▫️
「バグスの巣穴に突入をすると?」
ラーダ星系に送り込まれたサテライト級駆逐艦〈パイオーン〉のシェアリング艦長は、通信相手の宙兵隊の指揮官ユーミ中尉の発言に困惑していた。
そもそも彼は『ラーダ星系の地表からバグスは駆逐された』と聞いてここに来た。今回の派遣は残留した宙兵隊と避難民の保護の為である。もしバグスの再侵攻が行われるようなら、
「ドローンの偵察で、内部に生存者が複数存在している証拠を得ました。」
そう
「しかし、だからと言って内部突入は危険だろう。コリント少将に預かった戦力を無闇に危険に晒すのはいかがなものか。」
懸命に突入を訴えかける宙兵隊の指揮官に、シェアリング艦長は慎重な口ぶりになる。階級は彼の方が高いが、現在の彼はコリント少将の麾下に貸し出されたような立場だ。その上で『コリント少将には出来る限りの協力するように』とも元首補佐官やアイローラ提督からも言い含められている。所属国からして異なる相手である。頭ごなしに否定も出来ず、外様として慎重な口ぶりにもなる。
「しかし、巣の内部に助けを求めている人がいるかも知れないと考えると、ここが苦しくなるんです。」
宙兵隊の指揮官であるユーミ中尉は自分の胸を叩く。ユーミはかつては孤児だったからこそ、救われない身の辛さがよく分かる。セリーナとシャロンに拾われた恩を返せるとしたら、普通なら諦めるであろう相手を救い出してこそであろう。
「アレスの宙兵隊は、対バグス戦の戦績は良好です。あの程度の巣の対処など、問題なくやれる筈です。」
アレスの宙兵隊は、元は樹海の開拓民や難民の寄せ集めである。最初は全員が魔物を恐れて暮らしていたが、いつしか魔物を狩る側に回った。コリント卿に導かれて教育と装備で魔物を克服したのだ。
そんな成功体験を積んできた彼らにとって、バクスも魔物と同じ恐れを克服した範疇の中にある。人を喰う怪物ではあるが、バグスは技術と装備で倒せる相手と認識しているのだ。
「部下は全員志願してくれました。コリント少将の許可を得ています。支援をお願い出来ますか。」
「・・・喜んで協力しよう。」
シェアリング艦長は遂に折れた。コリント少将の把握する話なら反対する理由もない。そもそもこの件では彼の部下は巣穴に突入する訳ではない。〈パイオーン〉の作戦参加は上空からの支援のみだ。
『そこまでいうのなら、アレスの宙兵隊がどこまでやれるのか実際にやらせてみよう。』そんな相手を試すような気持ちがないといえば嘘になる。だが民間人の為に進んで危険に身を晒せる宙兵の存在に、シェアリング少佐は内心では感銘を受けてもいた。
「・・・コリント少将の部下は、案外と質がいいな。」
艦橋
「ええ。最大限の支援を行いましょう。副砲の出力を絞り収束させれば、いい感じの威力の対地攻撃が可能な筈です。」
「よし。それを頼めるか。」
「はい、喜んで。」
ガードナー中尉が力強く答える。ガードナー中尉は若く人格が練れていない。だから衝突する事も多々あるが、根がまっすぐで気持ちの良い男なのだ。シェアリング艦長とガードナー中尉の2人は支援策を練った。惑星軌道上にいても、宙兵隊を支援する方法は案外と多い。彼らはきっと、宙兵隊の作戦遂行の助けとなる事が出来るだろう。
バグスの巣穴の前では、アレス宙兵隊の先遣隊が突入の機会を窺っていた。ラーダ星系の残留組に士官は2名しかいない。指揮官のユーミ中尉と、
この為、この先遣隊は軍曹が指揮する事になっていたた。そんな指揮官役の軍曹を捕まえて、宙兵の1人が泣き言を述べていた。
「ハロルドの兄貴、バケモノの巣穴に潜るなんて今回ばかりは危険なんじゃ。」
「どうしたリッツ一等兵。俺の事はハロルド軍曹と呼べ。」
「そうだぞ、リッツ。俺らはもうコリント卿の宙兵隊なんだ。兄貴の言う通りだぜ。」
今となっては大昔のようだが、ベルタ王国の護国卿となったコリント卿は王都で樹海を開拓する為に開拓民を募集した。その時は技能を持つ職人が優先されたのだが、当時大司教に昇格したばかりのゲルトナー枢機卿が孤児を同行するように特別にコリント卿に頼んでくれたのだ。
そこでコリント卿の一行に参加した孤児院育ちの兄貴分がハロルドで、彼は既にDランク冒険者稼業で自立していた。当時Fランクの駆け出し冒険者だったのがリッツとラスターで、そのあと子供扱いされてアレスで学校に通わされたりした。幸い冒険者としての経験が評価されて、早い段階で宙兵隊員の募集に参加できた。
それ以来、ユーミ隊長の下で宙兵稼業に励んできたのだ。しかし宇宙の僻地に取り残され、バグスという人喰いのバケモノの巣穴に潜るとは聞いていなかった。
「総司令たるコリント卿は間違いなくお強い。今はお妃様となったセリーナ将軍とシャロン将軍も凄い。少佐にして副長なのも納得だ。しかし、ユーミ隊長を信じてついて行って大丈夫かな?」
一等兵のリッツが身も蓋もない疑問を呈する。
「孤児上がりのユーミ隊長のことは、同じ孤児上がりの俺らが支えて守るんだ。それでこそ宙兵隊だろう。」
ハロルドが力瘤を作って見せる。魔石パワードスーツを着込んでいるので力瘤まで見えはしないが、その意図は2人にも伝わった。
「・・・ハロルドの兄貴は、ユーミ隊長に惚れてるもんなぁ。」
士官学校を卒業して中尉にまで昇進したユーミ隊長も、元はベルタ王都の出身で同じく孤児で出である。当初は面識はなかったが、同郷の人間だし共通点も多い。年齢はハロルドの方が上だが、階級の差がなければまずまず釣り合いの取れた間柄だと・・・・・少なくともハロルドはそう考えている。
「俺は下士官になれたんだ。このまま曹長・准尉と出世してやる。もしも士官にまでなったら、ユーミ隊長に交際を申し込むんだ。」
「・・・やれやれ」
「・・・これはもう、行くしかないか」
ラスターは呆れたように目をグルリと回し、リッツも腹を括った。二人は顔を見合わせ、『やるぞ』と頷き合った。
「アレスに戻ったら俺がたらふく酒を奢ってやる。だから励め励め。」
ハロルドが二人の肩をバンバンと叩く。なんだかんだ言いながらも、彼らは作戦の成功を信じて疑っていなかった。
宙兵隊の先遣隊の上空にはコリント卿が差し向けたサテライト級が展開している。頭では近衛の中核である
「トンネルを飛び出せばバグスの追撃は避けられるはずだ。上空でサテライト級が張っているからな。」
軍曹であるハロルドが部下達にそう説明する。現地にいる宙兵と連携したサテライト級のレーザー狙撃は精密である。上空からだけでは判別が難しい個々の対象について識別可能となる為だ。今回のように直掩についてくれる事はまずないが、そこがコリント卿の計らいというやつであった。
「通常、トンネル内の高さは立つのがやっとだそうだ。だが我々には魔法による支援もある。」
現在は魔素をトンネル内に注入している。魔素の濃度が高まればトンネル内部でも魔法が使える。士官と異なり宙兵は魔法教育を受けている訳ではないが、いざとなればユーミ隊長の回復魔法が発動すると分かるのは心強かった。
「さあ、行くぞ。」
ハロルド軍曹の掛け声と共に、先遣隊に参加する宙兵達は巣穴目掛けて飛び出して行った。
巣穴の表面を塞ぐ蓋のような構造物を火炎瓶で破壊する。周辺警戒や内部から飛び出すバグスはパルスライフルで狙うまでもなく、上空からの支援で蒸発する。
宙兵隊とサテライト級の連携支援は完璧だった。本来、宇宙からの視界は平面的であり真上からの映像は対象の判別をつけ難い。それを補うのが現地の宙兵隊の目だ。偵察用ドローンを駆使する事で、対象の認識を立体に直す。その制御を行うのが宙兵隊の情報小隊だ。
コリント少将は元々宙兵として情報小隊を担当していた。この為、専門領域に対する理解度が極めて深い。その発想で再構成されたアレスの情報処理体系は、コリント少将がこだわり抜いた為に対惑星支援としては画期的な出来である。
「これは・・・宙兵支援の為の理想的なツールですね。」
操作を担当するガードナー中尉が感想を述べる。シェアリング艦長も同感だった。
「ああ。現地からの付属情報があると解像度が段違いで上がる。これはサテライト級の運用が変わるな。」
軌道爆撃は威力抜群で効果的だが、投擲したら後は重力任せの荒々しい方法だ。今回のように仕損じた敵も出る、対して対地精密レーザー狙撃は威力こそ控え目だが、射程内のバグスを確実に殲滅できる。宙兵が作戦展開するにあたって有難いのは、やはり精密射撃の方だろう。
「・・・いよいよ内部に突入か。」
「逃げるにせよ、救出に成功するにせよ、飛び出すバグスは俺が始末します。」
いつになく熱心な口調のガードナー中尉にシェアリング艦長は驚いた。
「そうか。頼んだぞ。」
(そういえばガードナー中尉はこんな熱いやつだったな)改めてそう気が付かせられる。普段は熱意ゆえに空回りしてばかりだが、賛同できる内容には力を尽くすタイプなのだろう。一言で言えば、まぁよくいる若者ではある。
(それだけ今の航宙軍には、若者が無力感を味合わされる事が多かったという事か。出来上がるのは俺のような気力を削られて年ばかり食った中年だものな。)
得意なものは身を助ける。かと言って得意な領域に拘泥していては本質を見失う。様々な経験を積んでこそ、物事の輪郭を掴む事が出来るのだ。苦労はしないに越した事はないが、苦労する価値があるとしたらそれは人間性を広げる為だろう。無駄な苦労は人間性を損ない効率を下げる。航宙軍での任務が無駄な苦労にならないように導くのも、きっと自分のような無意味な苦労はさせない為の先輩士官としてのシェアリング少佐の務めなのだろう。
燃え尽きた巣穴に蓋を乗り越えると、魔石グレネードを投擲する。一応の安全を確保してから、宙兵隊は武器を構えてトンネル内を降りていく。最前列の宙兵がこの時の為に誂えたのが、〈パイオーン〉の工作室で製作された
パワードスーツに最適化されたデザインとなっており、武骨で重い。これを正面に構えてどこまでも突撃するのだ。バグスは白兵戦を好む。トンネル内であれば、まず獲物に喰いつき飲み込もうとする。
斧を前に構えるメリットは、バグスが容易に宙兵に噛みつけない点にある。鋭利な刃とその重量が威力を担保するので、あまり振り回さなくてもいい。バグスが素早く噛み付く時にひょいと戦斧を向けてやると、簡単にバグスが頭から切断されて転がった。
「奴ら、あまり目が良くないな。」
「うん。まず、齧ってから考えるって感じだ。」
先頭に立つリッツとラスターはそう言葉を交わしていた。パワードスーツの装甲が彼らを守ってくれていた。戦斧がいかに重く鋭いとは言え、単なる金属の塊であり切れ味については魔剣ほどではない。生身ならバグスの勢いに押されて自分達が傷つきそうな局面でも、魔石パワードスーツの装甲が防いでくれた。そうと分かれば、こちらに噛みついてくるバグスなど鴨でありそう怖くはない。
「後列はスクラムを組んで、先頭を押すんだ。斧がそこにありさえすれば、接触したバグスは耐えられん。開けた空間ではパルスライフルと銃剣だ。」
ハロルド軍曹が指示を飛ばす。彼らは早くもトンネルを降り切りつつある。この先がバグスの居住空間であり、攫われた民間人がいるとしたらこの奥だろう。
「あんたら、宙兵なのか?」
弱々しい声が発せられたのはその時である。通路の壁にもたれるようにして、一人の宙兵らしき男の姿があった。
「生存者です、生存者発見!」
リッツ一等兵が声を上げる。
「素早く囲い込め、後列は外に運び出して治療してやれ。」
ハロルド軍曹が指示を出す。
「大丈夫だぞ、気をしっかり持て。」
その宙兵は両手の肩から下と両足の膝上から下がない。だが、ナノムが修復するので彼の傷口がゴム毬のように丸い。
「生きて、この地獄を出られるなんてな。」
救い出された宙兵は感慨深そうに述べた。
「ここにはアンタだけかい?』
「俺だけだ。俺は奴らの食糧庫から連れ出されたんだ。俺は見張りがちょっと摘み食いするためのスナックって扱いだったな。」
自分の事ながら、その宙兵は凄まじい経験を語る。そして他の生存者の位置を指し示すと、その生存者は地表を目指し担がれていった。巣の構造はやはりドローンの偵察した内容と一致しそうである。
今いる長いトンネルの出口は居住空間であり、少し広くなったそこには多数のバグスが待ち構えているだろう。
「ここ開口部で踏ん張れ、広間の中に引っ張り込まれなよ。囲まれれば、パワードスーツといえど保たんぞ!」
宙兵隊の先遣隊はハロルド軍曹の指示の下、その入り口を取り囲んで円陣を組んだ。先頭には
「後列はパルスライフルを構えろ。飛んで何かしてきそうなビートル種から潰せ。」
ハロルド軍曹の怒号が響く。居住空間まで至った事を察知されたのだろう。猛るバグスのギチギチという耳障りな咆哮がトンネルに響く。或いはそれは、新たな餌を喜ぶバグスなりの歓喜の声なのかもしれない。
「来るぞ、声を出せ!」
「「うぉぉぉ!」」
敵に呑まれないよう、ハロルドは部下に叫ばせる。彼らは生身ではない。パワードスーツと仲間たちに守られているのだ。待ち構える宙兵に、巣穴の各所から集結したバグスが一斉に襲いかかった。
「・・・始まったわね。」
ユーミ中尉は少し離れた場所から戦況をモニターしていた。本当なら先頭に立ちたかったのだが、彼女にはやる事があった。偵察ドローンを駆使しての人質の居場所の特定と救出である。それも正面からでは難しい。やるのなら裏口からだ。
「全ての目標のマッピングを完了。静かに動くよ。」
ユーミ中尉が土魔法を発動する。これまで用意した横穴の最後の区間が開通した。ユーミ中尉に指揮された宙兵の本隊がなだれ込む。バグスの意識がトンネルの入り口に限定されている今、後方の警戒は手薄だ。バグスの意識はどこかに集中すればするほど、他が疎かになる。その傾向は人間よりも強い。バグスはマルチタスクでは無いのだ。
(こちら2名発見!)
(こちらは3名です。)
「こんな小さな子まで、奴らの餌食に。」
ユーミの横では冒険者上がりの若い女性宙兵が、小さな子供の死体を見つけて立ち止まっていた。その瞳からはポロポロと涙が溢れている。
(息がある者だけ救助を。死者は諦めます。彼女は下がらせて、前に留めたままだと危険だから。)
ユーミの指示を受けて女性宙兵が両脇を抱えられて後方に下げられる。救出部隊の到着に捕えられた民間人が気がつき、活気付く。静かにするように注意していても、「地獄に仏」を迎えた民間人達の興奮した騒音は広がる。
(間違いなく、音でバグスに気が付かれたわね。戦闘体形を取ります。生存者を運び出すまで時間を稼ぐわよ。)
ユーミの指揮する宙兵は、後方からの民間人救出を目的としていた為に
ユーミ中尉の視界の隅で黒い影が広がっていく。遂にこちらの存在に気がついたバグスが、こちらにも押し寄せて来たのだ。
「
ユーミは短く神に祈りをささげた。この地は
「さあ、やるわよ!」
「応!」
巨大なファイアーボールを掲げてユーミ中尉が叫ぶ。敵の前衛の攻撃に晒される彼女を守るように、後列のパルスライフルの閃光が炸裂する。ユーミの周囲に少しだけ空間が開ける。ユーミはその隙間を縫う様にファイヤーボールを打ち込んで、奥から迫るバグスの群れの一つを一網打尽にする。そして魔剣を引き抜くと、ユーミは先陣を切って最も大きなバグスに挑みかかっていった。
「ハロルドの兄貴、敵が退いているぜ。」
ハロルド軍曹は条件反射でリッツ一等兵を叱責しようとした。兄貴と呼ぶのを止めさせようとしたのだ。その時初めてハロルドが耳にした言葉が脳にまで届き、思考が追いつく。敵が退くとは、一体どこに敵は行くのだ。その時、爆裂音がトンネルに響いた。間違い無い、あれはファイヤーボールだ。
「・・・ああ、ユーミ隊長が狙われているのか。」
ハロルドは素早く決断した。ここはもう大丈夫だろう。ならば惚れた女を救援しにいくしかない。階級が下の男は、命を救うくらいの貢献を見せないと相手に振り向いてはもらえないだろう。
「全員後退しろ。俺はユーミ隊長の救援に向かう。お前らはトンネルの入り口を封鎖して、地上に戻ったらユッタ中尉の指示を聞け。」
そう言ってから、ハロルドは走る為に
「ユーミ隊長には、俺とコイツが必要だ。」
そう言ってカッコをつけるとハロルドは味方の円陣から飛び出した。部下は皆優秀だ。特に逃げ足の速さとしぶとさの面では全面的に信用が出来る。
「兄貴、俺も行くぜ。」
リッツが駆けるハロルドの横に並ぶ。ハロルドが飛び出した瞬間にリッツも飛び出してついて来たのだ。
「そうそう、死なないように俺らがついてないとな。」
ラスターもリッツと共に飛び出していた。二人は、ハロルドは必ず無茶をすると踏んでいたのだ。その時は一人で行かせるより三人の方が勝率は上がる。三人で力を合わせれば、この窮地からも生きて帰れるかもしれない。
「・・・お前ら、無茶しやがって。」
「「兄貴には言われたくねえよ」」
三人は一塊になると、巣の奥底に戻るバグスの群れの背を追いかけた。
ユーミは懸命に剣を振るっていた。しかし続々と迫るバグスの群れに彼女にも部下にも些か疲れが見えた、そんな時である。
(隊長、お待たせしました。)
ハロルド軍曹の声と共に、バグスの群れの中央が消し飛んだ。中から現れたのは
「・・・このまま右に逸れてバグスを叩く。味方を傷つけないように俺らがしんがりだ。」
「「了解!」」
ハロルドに指示されながら三人は
「隊長、殿は俺らが務めます。」
「良くやったわ!」
ユーミは身を翻すと部下と共に後退して空間を確保した。
「パルスライフルでハロルド達の支援を、手の空いている者はどんどん後退して!」
ようやく引き上げが始まった。遅れてハロルド達がユーミの開通させたトンネル、今は脱出口にたどり着く。ここからは撤退戦である。
「もう、手順が全て滅茶苦茶になったわ。」
ユーミは口には出してそう文句を言ったが、ハロルド達に救われた事はよく分かっていた。民間人の救出に時間がかかり過ぎたのだ。予想より多かった為でもある。バグスはすぐに戻る。そう分かっていた筈なのに備えが足りなかった。
ハロルド達三人が
「兄貴、この
リッツの声に、ハロルドは短く答えた。
「捨てちまえ、俺とラスターの二人が殿だ。」
「兄貴、俺の
今度はラスターである。ハロルドは自分の斧をよくよく眺めてみた。彼の
「・・・よし。合図したら一斉に走って逃げるぞ。」
「「了解」」
「いち、にい、さん、今だ!」
ハロルドは
「お前ら、速すぎるだろうっ!」
「兄貴が遅いんだよ。」
「そうだ、兄貴が遅いんだ。」
二人に追いつこうとハロルドは全力を出す。背後にはバグスの追跡してる気配がある。もう後ろを振り向く勇気がなかった。
「下がりなさい。」
少し広くなった辺りにユーミ隊長が居た。後続の兵が逃げ切れるように待ち構えてくれていたのだ。焦ってハロルドは声を出す。
「隊長、もうすぐ後ろにいる。噛み付かれそうだ。」
「大丈夫よ。」
ユーミはなけなしの魔力で土魔法を使用した。辺りの土が盛り上がり、追って来たバグスを生き埋めにする。中央までは塞いでいないが、迫るバグスは両脇から埋められて狭い穴でもがく形となる。
「やった!」
その様子を眺めていたラスターが快哉を叫ぶ。
「あれはそんなには保たない。すぐに地上まで逃げるわよ。」
ユーミは率先して逃げにかかる。再びハロルド、リッツ、ラスターは必死でユーミ隊長を追いかけることになった。
「隊長、バグスがあれだけいたら再び地上に侵攻して来ますかね。」
ハロルドはユーミに並走しながら尋ねた。
「そうはさせないわ。」
ユーミに続いて三人は地上に飛び出した。すぐにバグスも巣穴を飛び出してくるだろう。
「注入開始!」
ユーミの指示で用意されたポンプが轟音で唸り、水の抽送を開始する。今頃は同じようにユッタのいるトンネルの入り口もポンプを始動させた筈だ。
「水を流し込め、奴らを溺れさせろ!」
トンネルの上から大量の水を注ぎ込む。簡単だがバグスには効果的な対策だった。トンネルの入り口までキッチリ水で浸せば、中のバグスは全て溺れ死ぬだろう。もし水が縁に満たなければ、どこかに横穴がある。そうしたら探し出して、逃げたバグスを叩き潰すだけだ。
圧倒的な水量の水が滝のようにトンネルを滑り落ちる。このトンネルを上るのはウォータースライダーを逆走するようなものだ。普通のやり方ではまず無理だろう。
「・・・どうにかなったかしらね。」
やれやれ、と怪我していないかを確認しながらユーミが口にする。
「やった!」
「俺達、生きてるぜ!」
ラッツとリスターは抱き合って喜びを表現している。気がつくとゼイゼイと荒い息を吐くハロルドの傍にはユーミ中尉がいた。
「ハロルド軍曹、先程は助かったわ。」
ハロルドはユーミ中尉にそう声をかけられる。ハロルドは無理をして呼吸を整えると、とっておきの笑顔で言った。
「俺はいつだって、ユーミ隊長の危機に駆けつけますよ。覚えておいてくださいね。」
「そう、次も期待しているわね。」
全力のアピールだったが、ユーミには軽くあしらわれる。それでも、目的を全て達成したハロルド達は達成感に溢れていた。
軌道上から状況を注視していたガードナー中尉は、作成成功の様子に口笛を吹いた。サテライト級駆逐艦〈パイオーン〉の艦橋は宙兵隊の見せた快挙に沸いていた。
「見事な手際だったな。あそこまで上手くいくとは。」
シェアリング少佐もそう言って賞賛する。
「この戦術は使えますよ。基本戦術に組み込めそうだ。」
ガードナー中尉が夢中になって述べているのは、サテライト級の上空からの支援と宙兵隊の水攻めの組み合わせだろう、とシェアリング艦長は理解する。
今回バグスの巣穴に潜ったが、それは危険な救出任務の為だ。あれを成功させたのはアレスの宙兵隊の優秀さを示しているが、普通はあんな芸当は難しい。しかし今回の作戦成功で、バグスの巣穴に対するデータが得られた。バグスの巣穴の保水力などは重要なデータだろう。
トンネルの入り口の敵を排除してから、ポンプで川や海の水を流し込む。これはサテライト級が上空から支援すれば、現地の義勇軍などでも実行可能だろう。対処法の手順が確立されると、人類はそれを活用する術に長けている。少なくとも、バグスの巣穴の対処で悩まされる確率は今後はだいぶ下がるだろう。
「それは重要な視点だな。対地支援を担当した中尉の意見を報告書としてまとめてくれ。艦長としての私の報告書と共に提出しよう。」
「了解しました。」
シェアリング艦長はやる気の満ちた返答をしたガードナー中尉にウインクしてみせた。若手のやる気は大歓迎である。ユーミ中尉やガードナー中尉のようなやる気の溢れた若手士官が、今後の航宙軍を牽引してくれるだろうからだ。
▫️〈エーテルゼルダ〉艦内▫️
アイローラ提督は意外な客人を艦内に迎え入れていた。
「閣下がお忍びで本艦にお越しとは、実に驚きましたよ。人払いはしてあります。」
トラップ大将はアイローラ提督に頷いてみせた。
「君とは少し腹を割って話しておきたくてな。コリント少将はもう出発したそうだな。」
「ええ。スターファイター生産の手配とアサポート星系支援の食料の積み込みの為に惑星アレスに戻らねばならないと。その前にラーダ星系で部下を回収するそうですが。」
「そうか。
アイローラ提督は黙ってトラップ大将を自室に招き入れた。
「スターファイターの生産計画承認、ありがとうございました。」
アイローラ提督は来訪予告と同時にスターファイター生産計画が承認された連絡を受けていた。つまり今回の用事は、スターファイター生産計画とは別の内容になる。
「あのスターファイターは、航宙軍に必要な装備だと我々も確信している。些か規模が大きすぎるだけでな。それを許容したのは、我ら一同のノヴァミサイル迎撃成功に対する感謝の念からだ。」
「それはそれは。」
トラップ大将はそれなりに義理堅い人物なのだろう。組織の長は少なからず貸し借りを意識しないと務まらないのかもしれない。
「さて、今日来たのはコリント少将の件だ。」
「やはり気になりますか、彼が。」
トラップ大将用と自分の為の2つのグラスにウイスキーを注ぎながら、アイローラ提督はそう返答した。
「コリント少将は人類の希望であり、同時に潜在的な脅威であるというところだな。バグスを相手にするのにはあのような人物が必要だ。だがな。」
「・・・やはりアデル政府にとっては、彼の持つ力は強すぎると。」
「それはそうだろう。今回のスターファイター計画一つとっても、コリント少将がいなければ完成していない。我々が委員会に持ち去られた艦隊戦力を再建できるとしたら彼の力によってだろうからな。」
「ええ、その通りですね。」
アイローラ提督はそう言いながらウイスキーの入ったグラスをトラップ大将に差し出す。航宙軍の艦隊主力は十人委員会に連れ去られた。それに匹敵する戦力を拡充するまで数年は要するだろう。
そしてそれまでノヴァミサイルを撃ち込むような敵がアサポート星系を放置する筈がない。コリント少将の〈イーリス・コンラート〉の戦力は大いに当てにしているが、人類銀河帝国独自の戦力は維持しなければならない。その為のスターファイター計画である。
「君の方で、彼の手綱を握り続けていられるのかね?」
グラスを受け取りながら、トラップ大将は肝心の質問を発した。
「今は良い関係を築けています。このままであれば、彼は善良な航宙軍士官で終わるでしょう。」
「本当に、そうならばいいんだがね。」
トラップ大将はウイスキーのグラスを傾ける。一息に半分ほどのウイスキーが飲み込まれる。続く一息で残りのウイスキーも飲み込まれた。
「あの、お代わりは?」
「・・・頂こう。」
このままトラップ大将がここにいれば、秘蔵のウイスキーは飲み尽くされそうである。しかし航宙軍のトップと艦隊のトップが腹を割って話すなど、逃すべき機会ではない。アイローラ提督は再びグラスを満たした。量はやはり少な目にしてある。このウイスキーは少しずつ楽しむような高級品なのだ。
「君はどうするんだ?」
少し酔いが回った口調でトラップ大将はアイローラ提督に尋ねた。
「どうする、とは?」
アイローラ提督は再びトラップ大将にグラスを渡しながら尋ね返した。
「コリント少将との事さ。彼を受け入れるのか、それとも抵抗するのか。」
「質問の意味が、ああ、元首閣下からは男女の仲になるようにとけしかけられていますが。もしかして、そういう意味でしょうか?」
デリカシーを欠いた質問でしょう、という憤慨をアイローラ提督はその口調に滲ませる。
「必ずしも、そういう事だけでは無いんだが。まあ、君の置かれた状況は伝わったよ。」
トラップ大将は再び二息でウイスキーを飲み干す。
「私が言いたいのは、だ。我々は共にコリント少将につくべきだろうという事だ。」
「・・・・」
アイローラ提督は沈黙した。迂闊に返答出来ぬ内容である。
「そんな選択肢が来ないに越したことはない。だが、いずれ来てしまう時が来ると私は恐れている。そんな時には、人類を救ってくれそうな男に我々は賭けざるを得ないことになるだろう。」
「では私ではなく、コリント少将に直にそのお考えを伝えられてはいかがですか?」
「これは本人に言うような話ではないだろう。それでは彼の関心を惹く事を願うだけのただのおべっか使いだ。そうではなく、君にこそこちらの腹を知っておいて欲しい。いずれその時が来た時、互いの思惑を思い悩む必要がないようにな。」
トラップ大将の優れた知能は、きっとアイローラ提督よりも詳細に未来を予測しているのだろう。アイローラ提督は言葉を絞り出した。
「・・・なるほど、承知しました。」
トラップ大将は、まだ未練がありそうにアイローラ提督の抱える酒瓶を見ていた。
「あの。もし宜しければ、お持ち帰られますか?」
「いや、せっかくのお申し出だがやめておこう。これ以上は明日の仕事に差し支えるから、な。」
そう答えると、トラップ大将は引き上げていった。アイローラ提督はトラップ大将を見送りながらも、どこか上の空で物思いに耽った。
コリント少将はいつか独自の勢力を築くのだろうか。いや考えてみれば、すでに彼のよって立つ勢力は既にそうなのだ。だがその割に、彼は余りにもアイローラ提督の指示には従順である。だからこそこれまで考える必要のない、敢えて考えないようにして来た問題であった。
しかしコリント少将がこのまま真っ直ぐに進んでいけば、いずれどこかでアイローラ提督も選択を迫られる。それはトラップ大将のような優れた視点を持つ人物には、もう起こりる未来としてありありと思い描かれている範疇の中にあるのだろう。
▫️惑星アレス▫️
「アラン、貴方の祖国では何か成果はあったのかしら?」
俺は惑星アレスに帰還すると、まず最初にアラム聖国のルミナスの元を訪れていた。妻や婚約者達の事は順番に訪問するつもりだったが、今回のルミナスとの会談には特別な目的がある。
「俺の航宙軍士官としての地位はアデル政府より追認された。惑星アレスの人類銀河帝国への加盟もまずまず上手くいきそうだ。」
「あら、そう。良かったわね。」
興味なさそうにルミナスが返答する。彼女の関心は俺との会話より、俺が持参した土産品に集中している。
「惑星アデルに戻った際に入手出来た、最上等の珈琲とチョコレートだ。この品々は、君にこそ相応しいだろう。」
「・・・頂くわ。」
ルミナスが小箱を一つ指し示すと、その意思を受けて控えていたコンスタンスが進み出る。コンスタンスは女神の侍女というより、ルミナスとほぼ変わらない装束を纏っていた。普段からルミナスの代理を務めさせられているのだろう。
アラム聖国は観光・・・というか聖地巡礼が盛んらしく、信徒に囲まれて拝まれながら悠然と珈琲を飲むルミナスとコンスタンスを何度か目撃した事がある。ルミナスが自虐的に『私達は動物園の動物よ』と話すのもむりからぬ光景だった。
「コンスタンス、まず貴方が毒味をなさい。」
積み上げられた小箱の中で、ルミナスの指し示したまさにその一つをコンスタンスが手に取る。小刀を取り出し、包装を開封する。中のチョコレートを一つ指でつまみ、匂いを嗅いでから口に入れた。そこまでスムーズだった動きが止まり、コンスタンスの目が丸くなる。
「とても、不思議な味です。」
チョコを頬張るコンスタンスの小動物じみた姿に、ルミナスがコロコロと笑った。
「気に入ったのね、この子。私と好みが同じだもの。きっとクレリアも気にいる筈だわ。」
そう言ってチラリと俺の反応を確かめると、ルミナスは手を伸ばしコンスタンスの手にした箱の中からチョコをつまむ。チョコを口の中に入れ、目を瞑る。そしてルミナスはチョコを噛まずに、口の中でチョコがひたすら溶けていくのを味わう。
「・・・美味しいわ。」
彼女はきっと、毒味という形であれ良く働くコンスタンスに褒美を与えたかったのだろう。そしてその反応を楽しんだのだ。色々と誤解されやすい面はあるが、ルミナスはこれで身内には甘い性格なのだ。
「これらの品々は、今後は自由に手に入るのかしら?」
「その筈だ。あちらは戦争でやや流通が不安定だが、それもいずれ鎮静化するだろう。」
コンスタンスはルミナスがチョコを味わう間に珈琲を用意していた。コンスタンスには、ルミナスなら間違いなくこのタイミングで珈琲を欲しがると分かっているのだ。この2人はすっかり阿吽の呼吸が染み付いているな。
「そう、楽しみね。」
ルミナスがコンスタンスの淹れた珈琲に手を伸ばし、クリームを入れる。俺もコンスタンスに差し出されたカップに手を伸ばし、珈琲を口に含む。ルミナスに良く仕込まれたのだろう、味も完璧だった。
「もう一つ、君との婚姻に際して本日は贈り物を持参した。厄介な話かもしれないが、ぜひ君に受けてほしい。」
俺の言葉にルミナスの眉が上がる。
「あら、アランにしては珍しく気を回したお申し出だけれど、まさかチョコレートや珈琲が私との婚姻の贈り物とは言わないわよね?」
「勿論違うさ。」
俺は珈琲を片手にこの瞬間を楽しんだ。ルミナスは俺より遥かに経験豊富だ。彼女を驚かせ不意を突くのは、そうそう簡単な事ではない。
「ルミナス。君には人類スターヴェイク帝国を代表してアサポート星系に行ってもらいたい。それは、全権代表の外交使節としてだ。」
ルミナスが俺の提案に面白そうな顔つきをする。
「考えたわね、アラン。確かに貴方を除いて、私だけがこの星とは異なる文明の記憶を有している。政治の場にも慣れているわ。だから適任だと思ったのかもしれないけれど、私には退屈な政治の話にはまるで情熱が湧かないわ。」
「人類銀河帝国は今内戦の危機にある。そして俺が交渉相手とした元首と敵対する勢力は、ノヴァミサイルを使用したんだ。」
ルミナスの顔が余裕をなくし、頬にサッと赤みがさす。
「・・・アラン、貴方は今なんて言ったのかしら?」
そっとカップの持ち手をつまんでいるルミナスの指先は白い。それだけ強く力が込められているのだ。
「君の願いは知っている。祖国を滅ぼした者を知りたいという強い想いだ。その想いは、今もノヴァミサイルを保持する者達の正体を暴く強い動機になり得る。」
「・・・そんな話を、私はアランにしたかしらね。」
実際にはルミナスではなく、イザークの見せた行動原理が復讐である。ただ、ルミナスも復讐心を含めた複雑な思いを抱えてはいるだろう。ルミナス自身は必ずしも復讐心だけに囚われてはいないが、真相究明はサイヤン帝国の遺民に共通する願いだろう。真相が現在も残されているとしたら、嘗ての戦勝国であるアデル政府の中にしかない。
「君の祖国を滅ぼしたノヴァミサイルが、実に二千年ぶりに使用されたんだ。ルミナス、君には我が国の代表としてアサポート星系に行き、密かにノヴァミサイルの謎を追って欲しい。」
滅亡したサイヤン帝国と人類銀河帝国はノヴァミサイルという線で繋がっている。これまで詳細が伏せられていたノヴァミサイルが実は稼働状態で保管されて使用された以上、同じ所にサイヤン帝国の滅亡についての記録が保管されている可能性は高い。
関連する秘密は同じ場所で管理するだろう。だからこそ、事実を突き止められるのはルミナスだけだという確かな予感が俺にはあった。復讐心以外にも、ルミナス達には真相を知りたいという願いがある筈なのだ。そして彼女ならば、隠されている真実に近づく正当な理由がある。
「本当にアサポート星系に、滅亡したサイヤン帝国なんてそんな大昔の情報が残されているのかしら?」
「必ず痕跡はあるだろう。イーリスのライブラリーにはサイヤン帝国の歴史や技術が残されていた。アデル政府のあるアサポート星系のどこかには、それを上回る情報が残されている事は間違いない。」
それは考えてみれば奇妙な話ではある。普通の軍艦に、そのような技術は無縁なのだ。しかしイーリスがクローン技術を簡単に再現して見せたように、ライブラリにサイヤン帝国の記録はあった。ならばまだある筈なのだ。
ルミナスがこの会話に集中しているので、珈琲は冷め始めている。普段のルミナスなら冷める前に珈琲を飲み切っているだろう。しかし今の珈琲は、ルミナスに指で持ち上げられ宙に浮かんだままだった。
「しかし、分からないわ。なぜ彼らは自分達の星にノヴァミサイルを使用したの?」
「不都合な過去を全て葬り去り、アデル政府を掌握する為の手段だと元首は言っていたよ。星系ごと吹き飛ばそうとしたのだから、そこには何か隠蔽しようとした情報は残されているかもしれない。まぁ、敵対する派閥の政府要人をまとめて滅ぼす為という方が理由としては大きいんだろうが。」
「アランは、私を頭のおかしな人達の群れの中に押し込めようとしているように見えるわ。政争で互いに相手を吹き飛ばそうとする人の中に行けというのね。」
「これが貴重な機会だからだよ、ルミナス。アサポート星系はアデル政府の本拠地だ。委員会の関係者も多数居残っている。サイヤン帝国が滅ぼされた際の記録もある筈だ。これはサイヤン帝国に実際に何があったかを知れる、最後の機会になると俺は思う。」
「でも、外交使節に調査権はない。他の誰よりも強い動機が私にあったとしても、それを知る手段がないわ。」
「君は俺の妻であり、外交代表でもある。アデル政府と直に取引できる立場だ。君の行動は外交特権に守られ、元首からの配慮を受けられるはずだ。武力が必要な際は俺も兵を派遣できるし、謎解きも交渉もイーリスが手助けする。本心を隠して欲しい物を手に入れる交渉こそ、君の一番得意とするところだろう。」
「・・・このお話、本当にサイヤン帝国を滅ぼした者へと繋がるの?」
「流石に時が経っている。それでも何らかの情報は得られるはずだ。人類銀河帝国の成り立ちを考えると、サイヤン帝国に災いを為した存在の後継者というところではないかな。」
「・・・これが贈り物という事は、私はその相手に復讐を楽しんでも良いのかしら?」
悪戯っぽい表情でルミナスが切り出す。しかしその目は笑っていなかった。
「ああ。法に則った穏当なやり方が好ましいが、罰する事に異論はない。」
俺はルミナスの願いを肯定する。今回ノヴァミサイルを使用した存在は、明確な大量虐殺を企図した者であり人類の敵だ。その点は揺らがない。そしてこの話は元首と共同で彼の政敵を排除する話であり、政治的にも支障がない。
「元首と彼に与するもう一人の委員を除き、八人の委員は敵だ。その八人の関係者も、元首の陣営からは敵と見做される。実にアデル政府の八割だ。もしそれら八人の委員会関係者が君や俺に敵意を向けるようなら、殺しても構わない。殺すならそう判断した根拠は明確にして欲しいし、最低でも死体は残して欲しい。何より情報を優先する為に、君は安易に始末しないと俺は信じているが。」
「残る二人、元首ともう一人の委員には手を出してはダメなのね?」
「流石にアデル政府の全てを敵に回すわけにはいかない。協力者は俺にも君にも必要だ。ただ、こちらに害意があるようなら検討はしよう。」
「分かったわ。」
ルミナスは決意を示す。
「アラン、貴方からの結婚の贈り物を受けましょう。私は、我が配下とその配偶者を連れて行く。」
配下というのは、四駿四狗だろう。まだ見つかっていない存在があるので欠員はいるが、いずれも一騎当千の者達だ。それぞれ宙兵隊員よりは強いだろうし、騎士や貴族としての地位を持つ。ルミナスの随員としては相応しい顔ぶれだった。
「・・・配偶者というのは?」
「セシリオのルージとかいう王子よ。彼はなかなか優秀とロベルタから聞いているわ。」
俺はルージ王子の顔を思い浮かべた。彼は優秀だろうか。無能ではなかったと思うが、ウルズラが毛嫌いしている。その為、深く話した事はない。
ただ、ルージ王子はウルズラの叔母にあたるロベルタの配偶者である。更に言えば、彼等の子供は次期セシリオ国王だ。使節団の中に入ってもおかしくない人選ではある。
「ルージ王子を連れ出して、一体何をさせるつもりだ?」
「社交界ではね、中身のない話をひたすら続けられるお馬鹿さんって実に重宝するものなのよ。」
俺はルージ王子の様子を思い浮かべた。なるほど。宴席で輪の中心に座りひたすら話し続けていた記憶がある。それを精力的に行える地位と能力、そして何より意欲を兼ね備えている人物は稀有なのかもしれない。話好き酒好きでないと、出来ない役割ではあるだろう。
「・・・なるほど。ルージ王子の参加は本人の気持ち次第だとロベルタに伝えて欲しい。強制ではないとも。」
ルミナスはきっとルージについてロベルタより聞かされていて、ロベルタの婿として目を掛ける意図があるのだろう。それにルージ王子は傍若無人に振る舞える生粋の王族だ。それくらいタガが外れている方が、諜報活動で探りを入れる場合の目眩しには良いのかもしれない。
「分かったわ。それにもう一人二人、貴方の副官級もいたでしょう。実務はそちらに任せるわ。」
マシラの婚約者はアダーであり、オレの副官としては最も切れ者だ。また、カレイド卿を娶ったのはヴァルターだ。彼も信頼する部下である。
「分かった。彼等がいなくなると後が大変だが、それなりに後進も育っている筈だ。彼等のハネムーン代わりとして、ここは費用も大盤振る舞いするとしよう。」
スターファイター計画が発動し、エーテル級は本格空母の道をあゆみ出しました。
ラーダ星系ではユーミが奮闘してバグスの巣穴を破壊します。このシーンに登場する、ハロルド、リッツ、ラスターは本文中にあるように原作WEB小説版の登場人物です。(ゲルトナー司教が開拓民として送り出す孤児)
登場がだいぶ遅れたのですが、ユーミが指揮官として一本立ちするまで待つ必要があったので今回の登場となりました。巣穴のシーンは書くのが難しく、他のストーリーと両立が困難だったので後回しになった経緯もあります。書いた感想として、リッツとラスターはいいコンビだと思っています。
トラップ大将は航宙軍のトップとして作成しました。彼は指揮官型ではなくて、政府と航宙軍の橋渡し役でありその能力は航宙軍の戦力維持に注がれています。実際に航宙軍の組織の巨大さを考えても、提督ではなく調達の専門家がトップの方がしっくり来るかなと。
最後にルミナスですが、ようやく彼女が本気を出す局面が巡って来ました。ルミナスが形を変えた人類銀河に「帰還」するのは予定していました。彼女はいわゆる探偵役の性格ではありませんが、真実に至る動機を持つ彼女こそが人類スターヴェイク帝国を代表してアデル政府と対峙するのに相応しい人物になる、筈です。ただルミナスは気まぐれなので、どうなるかは分かりませんね。