あるけみすとの世界で   作:宝来ユキ

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漂着、到着

 顔をくすぐる刺激で目を覚ますと、そこは一面の緑だった。

 

 感覚としては1分弱。まどろみつつ上半身を起こすと、抜けるような晴天の空、そして、見渡す限り草原が広がっている。

 爽やかな風が髪をそよそよと揺らす。今まで見たことがないくらい綺麗だ......

 

 だけど、そう思えたのはほんの一瞬。底なしの闇に足を踏み入れたみたいに、違和感とともに警戒心が高まっていく。

 ここはどこだ、えっとなんで私はここに? 疑問だらけの頭をフル回転させて考えても、何も浮かばない。なのに......

 

 同時に、まるでそんなことに「慣れすぎている」と言わんばかりに冷静な判断をする自分がいることに気がつく。

 

 なんだ、まだ身の危険はないじゃないか。というように。

 

 全くパニックを起こさず、不安にもならない不気味な自分を自覚していく。この尋常じゃない「場慣れ感」と、驚異的なメタ認知に笑ってしまいそうだ。

 

 ひとまず落ち着いてから整理しよう。一度白いスカートを――まるで死装束のような白い着物の袖だった――を揃えて座る。

 

 1つ深呼吸してから、考える。

 多分、この湧き上がってくる警戒心の理由は「空気感」が違うから。私が知っているの草原は、こんなにむせかえるような青い香りはしないし、空気に何かが混じっているような気がすることもない。

 しかも、先程から、体に力が張るような感覚だってする。まるで祭壇にいる時みたいな......

 

 「これ......もしかして魔力......?」

 

 宙を掴むように触ると、わずかにぷるぷるとしか感覚がある。魔力、私が呼びやすいように適当につけた名前。魔法やら魔術やら、そういった類の力の源はそう呼ぶと相場が決まっている。

 こんなに満ちているなら、少しは簡単に魔術を扱えそうだ。

 

 手慰めにまた使ってみるのもいい、今はとても体が楽だ。......体が弱ってからは使ってなかったから。

 

 そして、はたと気がつく。なんで私がどんどん不安になっていったか。

 

 「何にも......思い出せない......?」

 

 目眩がしてくる。なんで私はこんな事を知っているのか。魔術......は何を使ってたんだっけ。そもそも現代人はこんなイレギュラーに慣れたりはしない。

 現代人ってそもそもなんだ。何を指す現代なのか。

 そもそも私は誰だ。

 

 「わた、しは......」

 

 パッと思い浮かぶ。宝来、ゆき......? 雪? 由紀?

 

 「宝来.........えっと、どの字、だろう......」

 

 なんだこれ。音だけ覚えていて字が思い出せないという器用な忘れ方をしている。

 

 面白すぎる。自分のことながら笑ってしまう。なんて器用に忘れてるのよ、自分の名前でしょ。

 

 少し笑っていると、いつの間にか、目眩はなくなっていた。いつの前かわからないけど、体の重苦しさがなくなっているような気がする。いや、心まで軽くなった気がする。

 

 「まぁ、記憶もなくなって頭も軽くなったわけだし......」

 

 そう、こんな独り言でツッコミを入れられるくらいには、気分スッキリ、爽快。

 

 ゆっくりと立ち上がって、草を払う。白い着物だから、土や草の汁の汚れが目立っている。

 どこかで着るものを探さなきゃ。

 いや、雨風を凌ぐ場所、そして食料。探す必要があるものはたくさんある。

 

 「時間は......」

 

 空を見上げると、太陽は頂点から3〜40°ほどずれている。

 えーと、おそらく3時ごろ? 

 私の予想が外れたら、ここは違う世界だと分かる。ひとまず太陽の位置を覚えておく。

 

 土地の位置関係も覚えておきたいと思って見回すと、目印があった。

 ......というか、普通に大きい建物が今まで背を向けていた方に建っていた。

 

 それほど遠くないし、とりあえず、あてもなく歩き回っているうちに力尽きる心配はなくなった。

 まずは、服。いや食べ物かも。

 そんなことを考えながら、その建物の方、あえていうなら、私にとっての「はじまりの街」へ歩き出した。

 

 

 

 街にたどり着いたのは、太陽が沈む少し前くらいだった。

 

 裸足で草原を歩くという体験は、記憶がある頃の私も初めてだったようで。

 なにがあるかわからないところを裸足で歩くというのは、すごく気疲れするものだった。この場所の公衆衛生や、医療の質が分からない以上、足を怪我することは致命的になる事もある。だから、どうしてもおっかなびっくり歩くしかなかった。

 

 そしてもう1つ、私は、この体は予想以上に体力がない。10分も歩けば息が切れてきて、ベタつくくらい汗が出てきた。

 

 「わた、し、寝たきり、だったの、かしら......」

 

 3日徹夜しても元気に動けていたはずなのに、という私の考えが降りてきたけれど、私、それは流石に見誤りすぎでは......?

 

 休憩を挟みながら、ゆっくりと歩いた結果、そう遠くない距離だったのに、かなりの時間がかかってしまった。

 休み休み歩いたおかげか、この場所で使われているであろう硬貨が入った袋を拾えたのはまぁ良かった。

 「いや、絶対さっきまでなかったってそれ!」という頭の中のツッコミはとりあえず無視しておく。

 

 ヘトヘトになりながら着いた街は、予想よりも活気のある場所だった。

 感覚的に、私が生活していた時代よりも、様式が何世紀単位で古いように感じる。でも、こういった都市の文献で見かける、不衛生さや、臭いはあまり感じない。これはとても嬉しい。臭いがひどかったらすぐに回れ右をしていたかもしれない。

 

 街の中央通りを歩く人の格好を覗いて見る。当たり前だけど私の格好はかなり浮きそうだ。

 なんの情報もない状態で目立つのは危険すぎる。そう判断して、私は路地裏の入口あたりに身を潜めることにした。

 

 そこは通りからは見えにくい建物と建物の隙間。木箱がいくつか平置きされた場所だった。尖った箇所や釘なんかがないことを確認して、木箱の上に座った。

 

 しばらく休むと、呼吸が落ち着いてくる。だんだん頭が回ってきて、いろんなことを考え始める。これからどうするか、どこかの店にでも入るか。

 でも言葉がわからないかもしれない。そうすると相当やっかいだなぁ、まだこの場所の文字も見ていないし。

 何かあったら、体力も力もなさそうな自分では、ろくな抵抗も出来なさそうだ。

 

 「命取られるのだけは嫌だねぇ......」

 

 「どうかしましたか?」

 

 ぽっと出た言葉に被せられた声。どきりとして顔を上げると、そこには黒いローブ、いやこの場所の礼服?を身につけた......えーと、背の高い人がいた。声的には低めの女性、だろうか。

 

 表情を整えて、平然を装う。

 この人は普通の町人ではない。明らかに衣類の質が違う。素材からして上質だし、細かな刺繍に、錫杖のようなもの。これは大まかにくくればなんらかの実力者、街の有力者あたりだろうか。

 そういえば、「どうしましたか」と理解できたが、確実に発音が違う。これで何か不思議なことが起こってることが確定した。ウェルニッケ野に作用する何かが。

 なら、私が話すとどうなるか。

 

 「ええ、ちょっと逃げ出してきまして......」

 

 一瞬意識と取られ、表情を忘れていた。合わせてて焦りや恐怖を貼り付ける。

 どうやら、自分の発音も違うらしい。口に出した時に不自然に発音が変わるこの感覚、ブローカ野、いや、言語にまつわる部分全てに影響が出ているようだ。

 とりあえず、コミュニケーションの壁はなさそう。いや、文化的タブーなんかに引っかかる可能性はあるけれども。

 

 私の返答に、少しだけ困ったように相手の表情が曇るのを見て、私は続ける。

 

 「着の身着のままで来たので、代わりの服がありませんの、なにか持っていないかしら?」

 

 どう伝わっているか分からないが、これでどこかの貴族階級や士族あたりだという印象を持たせられればいいのだけれど。

 

 「あぁ、えーと、こちらのローブなら......80マーでどうです?」

 

 綺麗に畳まれたローブを......って、待って待って、なんかそのローブ煌めいてる!? 魔力が光ってる!? なにこれ!? 80マー、桁が二桁だからそんなに高価なものではないと思っていたけど、もしかして大金なのか。

 

 「っ......いいわ、80マーね」

 

 驚きまくっているけど、違和感を感じさせないように巾着から硬貨を8枚、確認ももせずに渡す。印象としては、気丈に振る舞う世間知らずのお嬢様か。金払いに慣れていると思われてもいい。どちらにせよ、この場合はおいしい。

 

 「80マー、確かに受け取りました」

 

 試されている可能性も捨てきれないけど、金額はあっていたらしい。そう安心していると、次なる謎が降ってきた。

 

「では、私が周りを見ておくので、ささっと着替えてください。この時間なら......いや、酒場にご案内しますが、どうしましょう?」

 

 え? どういうことなの......?

 「着替えたらどうですか」まではわかる。でも、その後にご案内されるのが酒場なのか分からない。やはり金額か足りなくて、稼ぎが必要だから酒場で給仕しろってこと? それとも、酒場という単語に別の意味がある? 

 

 聞いてみたほうがいいかなと思いながら、白い着物を脱ぎ、魔力で光り輝いているように見えるローブを纏う。今まで着ていた着物を畳んで両手で持つと、黒い服の女性――のちに聞くと、みかんという発音の名前を持つ、この世界の大英雄の1人――の後をついていった。

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