「エリオット様、どうかお気をつけて──」
引かれる銀の
忘れもしない、数か月前の
正確には、
私にとっては、そんな感覚。
──もし私の知らない誰かが、重くて冷たいあの扉を開くきっかけを作ってくれたのなら、全身全霊で感謝をささげたい。
けれど同時にエリシャ様は、波乱の運命に足を踏み入れてしまわれた。
そして私は、侍女として忍びとして……そして姉として……命を賭してもエリシャ様をお守りする。その誓いを新たにしたのだ。
そう、私は
王国に
建国三英雄のひとり、聖女ミレイアの生まれ変わりとされる存在だ。
その「候補」として学園に特別に編入してきたのが、私の隣で栗色のふたつ結びを背に跳ねさせつつ全力疾走している少女、マリカ・マリリア。
──まあもちろん私にとっての聖女様はエリシャ様しかいないけど。
彼女は走りながら時折、白い手袋をはめた右手を心臓や太腿にあてて何ごとか小さく呟いている。おそらく自分自身に治癒魔法をかけているのだろう。
魔力を体力の予備タンクとして使うなんて無茶苦茶な話は聞いたことがないけれど、彼女の場合は少ない魔力消費で大きな効果を得られるゆえに、そんな芸当が可能なのだろう。
通路の分岐点では「こっち!」という彼女の指示に従い、走りながら壁に指先で特殊塗料の
ほどなくして私たちは第二区郭の
「影狐さんは、疲れてない?」
地上へと簡単な現状報告を済ませた私に、マリカが問いかけてくる。
「もし疲れたら
首を横に振る私を見るや彼女は、笑顔で急かしてきた。
とにかく一刻も早く先行パーティを助けに駆けつけたい、彼女の頭の中はそれだけでいっぱいなのだろう。
本当は、認めたくないことだが。
彼女と初めて出会ったあの日、村を助けに向かうエリシャ様の瞳に浮かんでいたのと同じ種類の熱を、私はそこに感じていた。
本人たちは気付いていないだろうけれど、たぶん二人の芯の部分はよく似ている。
だからこのマリカという少女は、エリシャ様の波乱の運命を支える盟友になり得るかも知れない。
ほんとうは、私がそうなりたい。けれど私にとって大切なのはエリシャ様だけ。
村を助けたのも、エリシャ様が望まれていたからこそ。
だから私ではエリシャ様の心に心で共鳴することはできないと、悔しいけれど自覚している。
そんなことを片隅に想いながら、私は彼女と迷宮を駆ける。
途中で遭遇した
特にマリカは
「この先、すごくいやな感じ……
第一、第二と同程度であれば第三区郭もそろそろ終盤に差し掛かったところ──まっすぐ続く通路を走りながら、マリカが警告を発した。
ほどなく姿を現したのは、巨大な赤黒い人型だった。
天井に頭がつかえるほどの威容を猫背に屈めながら、口元に三日月型の嗤いを浮かべて通路を塞いでいる。
ギゲゲ、ギギゲゲゲ……
それは巨大な
「さっき話した
こんな暴走娘がほんとうに聖女なのだろうかと今さらながら疑念を抱きつつも、彼女が
「行くよ!」
「応!」
足元から温かく包み込むような聖なる力の加護を感じつつ、柱の上を駆け抜けた私がその先端部を蹴って
そこに、凄まじい加速が上乗せされる。
──影狐ちゃんのスピードに、私の
いつの間にやらの
両手で突き出した忍者刀を
勢いあまって石床を滑りながら着地した私が振り向くと、大瘴鬼の背にぽっかり開いた大穴の向こう側、マリカが満面の笑みで親指を立てる。
つられて、私も親指を立て返してしまった。
本当に無茶苦茶な聖女様だが、その痛快さが胸に灯す「勇気」は確かに──この先、ほんとうに王国に危機が訪れるのだとしたら、大きな力になるのかも知れない。
願わくば、それがエリシャ様にとっての力でもあって欲しい。
私は心の奥で、そう祈るのだった。
『またタイムレコード更新……しかも
霧散する
「また何か特典もらえるの?」
『ふたつ、有用な情報を提供しよう。まずは次の第四区郭、おまえたちが速すぎるせいで、先行パーティが倒した魔物や区郭ボスの
マリカの問いに対する彼の答えは、確かに有用なもの。
それならば、このあとの
『そしてもうひとつ。先行パーティだが、さきほど第五区郭の最深部に到達した。──ああ、先刻の凡庸という言葉は取り消そう、立派なものだよ。だが、彼らを救いたくば急いだほうがいい』
それが揺るがぬ事実だとばかりに、彼は淡々と宣言した。
『──