──空中に、縦横無尽の紅い線が描かれてゆく。
レイジョーガーの額で輝く
一瞬後には線をなぞって、アスライザーの蒼い腕から脚から鋭い打撃が繰り出される。
そのぎりぎりを避けつつ、間隙を突いて私も攻撃を放つけれど、同じようにぎりぎりで避けられてしまう。
恐らく、相手の視界にも私の攻撃を予測する線が走っているのだろう。それは傍目には、あらかじめ振り付けられた演武のように──あるいはまさしく二人の
そして互いに避けようのない線が描かれたとき、蒼と黒の拳が蹴りが激しくぶつかりあって、庭園全体に衝撃波が駆け抜ける。周囲の白砂利が舞い上がり、庭木の枝がぶるぶると震える。
「やるじゃあないか、エリシャ・ダンケルハイト」
何度目かの激突の後、距離を取って彼は言った。
「ええ、あなたもね」
私の返しは、精一杯の強がりだった。
両手両足は痺れ、感覚を失いつつある。
そして左肩の装甲には、アスライザーの拳を喰らった痕として、蜘蛛の巣のように亀裂が走っていた。さらに右の脇腹に刻まれているのは、貫手で抉られた傷跡。
その両方から、装甲を形成する魔力が紫の粒子と化し、少しずつ大気に溶けてゆく。
対してアスライザーの目立った損傷は、私の手刀がへし折った片方の角ぐらいだろう。
現状は、明らかに向こうに利があった。もしこの半年に
「──でも、負けられない。そんな
自分に言い聞かせるよう、口にする。アズライルの額に輝く、数多の犠牲の上に刻まれた忌まわしき魔紋を、見据えながら。
「その口ぶり、おまえは
「──あなたのその力のために、どれだけの犠牲が?」
アズライルの
「知りたいのか」
「え……?」
意外な問い返しに一瞬、面食らう。しかし彼は構わずに言葉を継いだ。
「百と三十四人だ。地獄の
堰き止められていたものが解き放たれたように、彼は言葉を一息に吐き出す。
「そのひとりひとりの名を、顔を、忘れはしない。だからこそ──」
どうやら、私は心得違いをしていたらしい。彼にとって、額の魔紋は決して軽いものではなかった。それゆえに。
「──俺は
彼は強いのだ、こんなにも。
帝国の内部事情は知る由もないけれど、彼が
「私は、あなたを誤解していたのかも知れない」
「妃になる気になったか?」
元通りの調子で、右手を差し出してくる。懲りない男だ。
「いいえ、まだ。だってあなたは、皇帝の言いなりのお人形さんでしょう?」
もし私がこの展開を、
それを聞いた彼は、差し出していた右手をゆっくりと下げる。
「お前は何も知らないから、そんなことが言える。
確かに、私には知り得ない事情もあるのだろう。あるいは、異母兄弟姉妹たちを人質にとられているような状況なのか。
そして、ふと思う。
彼は以前の
その尊大さは、ひとりで背負った重荷から、秘めた心を守るために纏った鎧なのかも知れない。
だとしても──いいえ、だからこそ私は。
「──私は、守りたいもののためなら
「ならば……ならば俺を倒してみせろ! 俺にさえ勝てぬお前が、
私にも背負うものがある。だから
だって、独りじゃないから。
──視界の端に
その直後。激しい閃光が、庭園を包み込む。
計画は順調のようだ。これは王妃様と入れ替わったミオリが、敵を引き付けて使う算段になっていた
このあと、脅威となり得るのは
その流れの中で「絶聖の加護」が発動してくれれば完璧──なんだけど、なにこれ?
視界の端に図解化された
しかし、そんな疑問に足を止める暇はない。
今、私が向き合うべきは、目の前の敵だ。
レイジョーガーの紫水晶の双眸は一時的に黒い対閃光
魔刀「
それが対多の
私の右腕、手刀から肘までを覆うように顕現した紫光の刃──それをアスライザーの額、
閃光が、収まった。しかし光刃は
「くだらん小細工を!」
吐き捨てるアズライル。実に見事な真剣白刃取りだった。
そして同時に私は左腕を、右横から真一文字に薙ぎ払う。
──