それは大災厄の前、
王国に潜伏していたジブリールは、建国にまつわる伝説を知っていて、あえてその名を──ファヴニールを冠したのだろう。伝説の底から蘇った、王国への復讐者とでも言いたいのか。
「──で、諦めないのはわかったが、どうするんだ?」
アズライルが無神経に問いかけてくる。それをいま必死に考察してるんだから、ちょっと黙ってなさい。
……もしかしてこいつ、味方(?)になった途端に
などと軽く落胆する私の視界のなかで、上空の
ざわり、嫌な予感に胸が騒ぐ。それを裏付けるように、光は点から球体に、輝きを増しながら膨張していった。
「──ヤバそうな
「まあ、ドラゴンが口のなかに溜め込むものといえば、
伝説における
機能停止寸前の
王城はおろか、人口の集中している王都の中心部まるごと、一瞬で焦土と化すだろう。
視線を地上に戻す。迷宮口の攻防は決着していた。
自分たちごとすべて消し去ろうとする
その隙を逃さず、王妃様は無事アリオスに──かつての同級生の腕に託された。
迷宮が
王城敷地内や学園には他の迷宮脱出口が複数あり、その情報はユーリイに流してある。
彼の有能さを信じるなら、すでに非戦闘員の退避は完了しているだろうし、城の守りについていた兵たちも、今まさに地下へと駆け下りているところだろう。
──それでも。
このままでは、王城周辺に住まう幾百の命が、一瞬で焼滅させられてしまう。
『エリシャ様、急いで
耳元で鳴った影狐の風話の声は、懇願のようだった。彼女もきっと理解しているのだろう。自分の願いが、決して聞き入れられないことを。
「ごめんなさい。影狐──ミオリがいつもそばにいてくれて、本当に心強かったし、楽しかった。これまでありがとう、お姉ちゃん」
私の声は、きっと忍術で聞き取ってくれるだろう。その証拠に耳元で、いろんなものが入り混じった筆舌に尽くしがたい吐息がひとつ、漏れ聞こえた。
すでに機能していない
ならば着弾前──射出直後に空中で起爆させれられたなら、地上への被害を最小限に留めつつ、あわよくば
──そして、今それが出来るのは、私だけ。
纏装を解除する。魔鎧の装甲は、全てが一瞬に粒子化して霧散し、
兜に収められていた黒髪が、しゃらりと背に流れた。
お母様から受け継いだ、豪奢な紫のドレス。それは、修繕や
ところどころ
「
紫炎に包まれた右腕だけが、漆黒の装甲に覆われていく。今の魔力で魔鎧の維持はできないが、これならば、あと少しは持つ。
「おまえ、まさか──」
「あなたも迷宮に避難しなさい。大丈夫、
何かを察した様子のアズライルに、この後の身の振りかたを教示する。
実際、
「でも、その前に。まだ少しは力が残っているでしょう?」
言いつつ、私は頭上を見上げる。
龍の全身が隠れるほどに膨張した火球からは、黒い翼と尻尾だけが生えてみえる。さながら、悪魔の太陽だ。
「エスコートをお願いできますかしら、皇太子殿下」
「──ああ、謹んで」
「頼む。
そして
地上を見降ろせば、王城も周囲の街並みも見る間に小さくなってゆく。
一瞬だけ見えたマリカはもう泣いてはいなくて、怒ったような表情でこちらを見上げていた、ような気がした。
それらすべてを守るため、私は振り絞った魔力をすべて
「
視界を占拠して眼前に迫る灼熱の火球。肌を焼く熱気のなか、私は声を絞り出した。