目覚めると、そこは
一人暮らしには充分すぎる、2DKのお部屋。
戸棚に並ぶ、愛しのヒーローたちの
なにもかも、
けれど私は、胸に穴が空いたような喪失感に包まれていた。
右腕に抱きしめていた
あれは夢? いいや、そんなはずない。それだけは、はっきりわかる。あの日々が夢なんかであるものか。
何より枕もとの電波時計の日付表示はちゃんと半年経過していたし、その間の記憶も──経験はしていないけれど──しっかりと、頭の中に残っていた。
そう、そればエリシャ・ダンケルハイトが
当然ながら、こっちはこっちで色々なことがあったようだ。
「うわあ……」
それらを
まず当然のように彼女は、
そして即、
その後なんらかの力が働いて、企画営業部に異動させられる。しかしそこでも雄弁とカリスマを発揮しまくった
──ぶっちゃけ荷が重い。けれど、今の
そういえば、なんだか肩周りは逆に軽いような気がする。肩と言うか、頭かな? ──起き上がって覗き込んだ鏡台の前で、私は固まる。
「これ、私……か……」
映っているのはもちろん、ヒロインオーディション必勝の
けれど、自分で言うのもなんだが、鏡の中にいる私は、私の知る私よりも明らかに──素敵だった。
実はずっと、髪を短くしたかった。子供のころ憧れた特撮ヒロインたち──長い髪をなびかせた
でも、短い髪が似合うのは本当の美人だけとか、知ったふうに囁くどこかの誰かの声が聞こえる気がして、ずっと勇気が出なかった。おとなしいお前は、おとなしい髪型にしておくのが無難だと。
鏡の中の私は、軽やかなショートカットがよく似合う。
それに表情のせいだろうか、それとも瞳に宿る自信の光か。どことなく、凛とした空気をまとってさえ見えるのだ。
さらには鏡台の前、メイク道具もいくつか買い足されている。髪型に似合うよう、透明感と凛々しさを際立たせるメイクを研究し、その成果をエリシャは私の記憶の中に残してくれていた。
ふと見れば、買うだけ買ってタンスの肥やしにしていた、クールなダークカラーのパンツスーツが、きれいにアイロンがけされてハンガーに待機している。
「そういう、ことか」
紐づいた記憶を
私がエリシャを守るためレイジョーガーに変身していたように、エリシャもまた、私がなりたかった私への「変身」をしてくれていたんだ。
それから私は、ダイニングテーブルの真ん中に鎮座する、分厚く重い「パラディン☆パラダイス
貼り付けられた無数の付箋で、エリシャの真面目さを目の当たりにし、口元を緩ませながら。
そして、私はあの世界で彼女の命を守り切ったのだ。胸の内側から滲むようなこの熱は、きっと誇らしさなのだろう。
とはいえ、
まずは、エリシャがミオリの面影を求めて買い漁った、見るからに
──それからの数カ月は、まさに怒涛のように、目まぐるしく過ぎ去っていった。私は私なりに、エリシャの残してくれたものを無駄にせず引き継げていた。
「パラパラのアニメ、劇場版が製作決定したの!」
金曜の退社後。テーブルを挟んで、
入れ替わってすぐのころ。突如としてパラパラ──パラディン☆パラダイスをプレイし始めた
それだけじゃなく、エリシャのどこかおかしい様子を察して、深い詮索はせずに色々と相談に乗ってくれていた。
──さすが、本業・心理カウンセラーだけある。やっぱり持つべきものはオタ友だ。
感謝のしるしに、今月の
「しかも、ゲームで未実装のエリシャ生存ルートを、エリシャ視点でやるらしいの」
「へえ、すごいね!」
細縮れ麺をすすりながらのリアクションが、我ながら
「それが、ちょっとメタ展開っていうか、世界をゲームのようにループさせて愉しんでいた神様がいて、その神様と戦うお話みたい」
おそらく、パラパラはいまも二つの世界の
わかる。
「観るでしょ?」
「もちろん!」
即答。それだけは、何があっても見届けなくては。
──ヴヴッ。
そのとき、スマホが振動して新着メッセージを報せる。職場の後輩の
生真面目がメガネをかけたような
それを知ったエリシャは、当てにできない人事部に代わって元部署に単身で乗り込み、周到に準備した証拠画像や録音データを突きつけ彼に
さすがに辞職することになった彼のその後については、なんでも怪しいネットビジネスに手を染めているとかなんとか。うん、二度と関わりたくない。
淡麗系醤油ラーメンを手早く食べ切り、奈津美に謝罪と埋め合わせの約束をして店を出る。食券制なので、ラーメンを奢るという目的は達成済みだ。
そして詩織から送られてきたGoogle MAPのリンクを辿り、早歩きで目的地へ向かう。今日は
辿り着いたのは、路地を少し入って階段を地下に降りた先の、表札もない扉。
その向こうの「ネットには載せていない、落ち着いて話せる隠れ家的なお店」で、詩織が待っているはず。
階段を降りながら、ダンケルハイト邸の地下室を──あのはじまりの日を思い出して、胸がざわめいた。
こんなときミオリがいてくれたら、どんなに心強いだろうと思ってしまう。けど、ないものねだりはしてられない。実際は私の方が
──覚悟を決めて、私は冷たく重い扉を開けた。