「いらっしゃいませ。
「……はい」
扉を開けるとすぐ、プロレスラーじみた巨漢の黒服が店の奥へといざなう。
「お連れ様がお待ちです」
頭二つぶん高くから見下す冷たい目線を、余裕の微笑で受け流し、その広すぎる背を追って店の奥へと歩を進めた。
狭い通路には、甘ったるい芳香と煙草の匂いが混じりあい充満している。その先、薄暗い照明に照らされた広い店内には、いくつかのボックス席とバーカウンターが現れた。
「こちらです。──それでは、ごゆっくり」
案内されたのはフロアの中央、椅子もテーブルもなく不自然に──
そこからゆっくり周囲を見渡す。確かに「隠れ家的なお店」には違いないが、ここはお酒と共に着飾った女性たちが接客する、会員制の高級ラウンジ的なそれじゃないかな。
ただし今は、数人の男たちがまばらに席についているだけだった。女性は中央に立つ私と、フロアの正面奥に玉座みたいに据えられた大きなソファから、
そして
「どうも、ごぶさたです」
「よく来たな。ちなみに、お前を呼んだのは俺だ」
でしょうね。種明かしせずともわかり切ったことをドヤ顔で言っちゃうのは、いかにも三流悪役キャラめいて、すごくカッコ悪いですよ。などとアドバイスしてやる気も起きない。
「うちの可愛い後輩を返してもらえます? もう、部外者ですよねあなた」
なので
「お前は……俺にッ、指図をするな……!」
よほど腹に据えかねたのか、グラスを床に叩きつけて粉々にすると、革靴で何度も踏みにじる。私はそんな彼の醜態を、ただ無感情に見つめていた。
「ふん……まあ……いい。これからが、
しばらくしてようやく私の視線に気付くと、我に返ってそう宣言する。
その言葉が、合図だったのだろう。
店内に座っていた男たちがゆらりと立ち上がり、私の四方を隙なく、逃げ道をふさぐように取り囲んでいた。十数人、いやもっと多いか……。
彼らは全員、頭部をすっぽり隠す黒い覆面をかぶっている。目鼻口の周りだけ白く縁取りされた穴の開いたそれは、言わずと知れた、日本で最も有名な
「お前、この手の
にちゃりと
「お前に、たっぷり教えてやる。現実には正義のヒーローなんていないってことをな」
──なるほど。
ふつふつと沸き上がる怒り。反比例するように、頭は冴えてゆく。
周囲からは、戦闘員たちの荒い息がいくつも重なって聞こえていた。覆面から覗く目は真っ赤に血走って、中には半開きの口元から涎をたらす者もいた。
この様子、昨今ネットで存在を囁かれている
「もしかして、これ……」
出所不明のまま裏社会に蔓延りつつあるというそれは、高い中毒性はもちろん、身体能力を向上させながら攻撃性を増すというステロイド的傾向を強く持つ。どんな紳士も草食男子も、たちまち好戦的に変えてしまうという。
「知っているなら話が早いな」
何より危険視されているのが、理性や自己判断力を鈍らせて他者への依存性を高め、薬物の提供者に従属させるという特性だ。
まるで「強くて忠実な兵士を生み出す」ために作られたようなそれは、使用した半グレ集団同士の抗争を加速的に激化させ、すでに死者も何人か出ているとニュースが報じていた。
「こいつらには、『
それが、薬物に付けられた名前だ。帝国の紅き魔鎧兵と同名なのは、偶然だろうか。
「いいことを教えてやろう。
少しでも精神的優位に立ちたいのか、聞いてもいないことをべらべら喋る。しかし言われてみると、彼は在職中よくわからない名目での海外出張を何度かしていた。
胸ポケットから取り出した小袋を自慢気にひけらかす指には、趣味の悪い金の指輪が並んでいる。そして、そこまで聞かせるということは、どう足掻いても無事に帰してはもらえないのだろう。詩織ともども。
それでも、私は彼の姿を冷ややかに見やりつつ、ゆっくりと右腕を掲げ、てのひらを額の前にかざした。
透けた静脈に、どくんと熱が灯る。その周囲の大気中から、淡く光る紫の粒子が滲みだし、手首を囲む光の輪になって凝結すると──そこに、見知った黒い
「……なんだ、その
「そうね、とっておきの
そして、私は言い放つ。
「──
静かに、力強く言葉を噛みしめて。輪具から溢れた紫の炎に、全身を包みこまれる安心感のなか、
周囲の男たちは、ざわつきながら少し後ずさる。理性が薄れていても、本能がそうさせたのだろう。そして元上司は、呆然とこちらを凝視していた。
紫炎から形成されてゆく漆黒の
鏡張りの天井に映った自身の姿を、見上げる。
悪魔の如き
──より
「なんなんだ……それは……」
元上司が、放心気味に問いかける。隣で詩織も呆然としている。まあ、無理もない。
いわく。私の意識を元の体に戻す際に、両断された
目覚めたとき腕に残っていた感触は、気のせいではなかった。
そこに
──夢うつつに、優しく凛々しいダンケルハイトの声がそれらを語りかけてきたのは、ほんの数日前の真夜中のこと。
想定以上に時間が掛かったと詫びつつ、今回も一方的に言いたいことだけをすらすらと喋りたおす。ちなみに魔鎧の新デザインは、私の部屋のヒーローフィギュアを少し参考にしたらしい。どうりでカッコいいわけだ。
そして最後に、
『願わくば、この
最後に、そう言い残して──。
魔鎧を作り上げ、炎は散った。漆黒と紫をまとった私は優雅に腕を組み、両足は肩幅に開き、視線を斜め上から挑発的に
「その名は
──せっかっくなので、
「だからなんなんだ! いや、もうなんでもいい! お前らさっさとやってしまえッ!」
現実への理解が追い付かない、その苛立ちをあらわに唾を飛ばしながら彼は戦闘員たちに号令をかける。
普段から特撮を観ていたら、この程度の
そして周囲の戦闘員から殺到する
「ひとつ、憶えておきなさい──」
天に掲げた、右の二の腕から手刀の
「──
左手で、呆然自失の詩織の腕を優しく引いて抱き寄せる。そして、口と両目をぽかんと開けて見上げる元上司に、私は
「
紙を切るように何の抵抗もなく、光刃は対象を
「倉城先輩……ですよね……?」
我に返って腕の中から私を見つめる彼女の瞳は、
──いやでもわかる。めちゃくちゃかっこいいもんねレイジョーガー。
しかも
そう、
エリシャが繋いだ縁だから、大切にしなくっちゃ。ちなみに今度、奈津美との
視界の端に背後から
中央がガタンと落ちて斜めになったソファから、情けなくずり落ちかけた元上司を私は見下ろす。詩織には、ソファの背もたれの陰に身を隠すよう指示した。
「……くそッ、よく聞け……あいつらには、お前がいくら謝っても命乞いをしても、俺が止めるまでなぶり続けろと言ってあるッ!」
震え声でのたまう彼の胸倉を、黒い装甲で覆われた悪魔の右腕でつかみ、軽々と持ち上げる。
「俺を殺したら、もうあいつらは止められないぞ……!」
必死に脅し文句を絞り出すが、浮いた足元からぽたぽたと滴る
「──ていうか」
すべてを黙殺して、部下だったころから我慢していたことをひとつ、私はいちばん最後に伝える。
「
同時に、背後の戦闘員たちの方へ彼をぶん投げていた。
情けない悲鳴の尾を引き、
成人男性の体重をあっさり受け止める、たしかに身体能力は強化されているようだ。
「
よろめきながらも立ち上がる。痛みと羞恥と恐怖と怒り、あらゆる感情に表情をぐにゃりと歪ませながら、震える指先を私に向け、唇の端から泡を飛ばす。
「いいや、もういい! そうだ、もう殺してしまえっ!」
──だが。
「うるッ……せえッ!」
「──えっ?」
ぼごり。鈍い音が響いて、元上司の顔面にひとりの戦闘員の拳がめり込んでいた。
「えらッ……そウにすんな……おッさんがァ……!」
彼だけではない。他の戦闘員たちも、全員がその状態だ。
この状態、おそらく
──ダンケルハイトは、魔鎧の件と別にこんな話を残していった。
これは、本来なら微々たる影響しかなく、いずれ修正力によって修復されるものだが、
そうなった場合、
──いやいや修正力さん、ちゃんと仕事してよ。私にはあんなにしつこかったくせに。
この状況。
元上司の姿は、
「だいじょうぶ。これでも私、
背中越し、ソファの陰に縮こまる詩織を安心させるよう囁いて。
眼前に迫っていた巨漢の戦闘員──おそらく店の入口から案内をしてくれた黒服の、剛腕の一撃を無造作に掲げた右の掌で受け止め、するりと手首を掴む。
そのまま右腕を振り上げ、振り下ろせば、彼の巨体はふわりと浮かび上がり、次の瞬間には顔面から床にしたたかに叩きつけられていた。
殺到していた
「さあ、
(完)
──エリシャと衿沙の物語、これにて終幕とあいなります。
最後までお付き合いありがとうございました。
皆様の評価とお気に入り、感想やここ好きが創作の何より励みになっております。
また番外編など追々やれればと思いますし、別作品も構想中です。いずれどこかでお目に掛かれたら幸いです。
(……調整が間に合えば、クリスマス向け番外編……)
それでは最後に改めて、お読みいただき誠にありがとうございました。皆様と物語の良き出会いをお祈りいたします。