先生の自我強め&独自解釈ありです。苦手なかたはブラウザバック推奨です。
とっぷりと日が暮れた20時30分。シャーレの業務に一旦区切りをつける。当番はもう帰る時間だ。作業中のデータを保存し終えて椅子の背もたれに掛けていた防寒着を羽織る。今は11月なかば。立冬も過ぎ、雪は降らないものの風が肌寒い。
夜はめっきり冷え込むし、そろそろタイツ用意したほうが良さそうだな
そんなことを考えながら荷物をバッグに仕舞い席を立つ。先生に挨拶してから帰ろうとする…が、席に先生の姿がない。
あれ?少し不安になって辺りを見渡すと部屋の出入り口に佇んでいる先生を見つけた。シャーレのコートを着てマフラーを巻いている。先生と目が合うと、右ポケットからチャリチャリとした何かを取り出す。
「準備できたかな。それじゃあ行こうか。」
「行くって…どこに?」
まさかパトロールだろうか。昼間から先生と各校への視察に秘書兼護衛として付き添い、いつも通り戦闘尽くしだった。先生の指揮のおかげでほぼ無傷に済んだものの体力の消耗はある。その状態でこの時間からのパトロールは流石の私でもしんどい。
「イオリとならそれもいいかもね。でも違うよ」
右手を開いて中を見せる。
「これは車のキー。」
くるくると人差し指でキーを振り回すと空中に投げてキャッチする。なかなかどうして、この人は手先が器用だ。ふふん、と得意げになっている先生が続ける。
「時間も時間だし寮まで送るよ。」
「いや子供じゃないんだし、1人で帰れる。それに何かあってもこれで余裕だ。」
肩にかけた愛銃を握りしめる。
「確かにイオリの戦闘技術があれば並大抵の不審者は撃退できるだろうけど。」
私も含めてね!と自信満々に言い張る先生。
能力をかってくれているのは嬉しいけど、それは今言う必要なかっただろ…。
「でもダメ。先生として夜中に女の子1人で帰らせるわけにはいかない。危ないし、心配だ。」
「…」
「…」
「…?」
「…女の子1人でかえーー」
「いや聞こえてるから。ちょっとびっくりしただけ。」
先ほどよりもかなり大きな声で繰り返そうとする先生を制する。
「うん。じゃあ…お願いしてもいい?」
「任された!車出してくるからイオリはゆーっくり玄関前まで来てね。」
「わかった。ありがと先生。」
「どういたしまして。じゃあまた後で。あ、鍵だけお願い。ここ置いていくから。」
小走りで部屋を出ていく先生を見送って、部屋の電気を消して私も部屋の外へ出た。ガチャリと軽い、きっと先生にとっては重く分厚い扉を閉めて鍵をかける。シャーレの暗い廊下を越えて、エレベータをスルーして、足元灯を頼りに階段を一段づつ降りる。
「…」
昔から何事も要領良くこなせるという自負があった。いずれそれは自負ではなく、ゲヘナ風紀委員会、幹部抜擢によって名実ともに表されるものとなった。あの時は自身の能力を認められたのが飛び跳ねるほど嬉しかったのを覚えている。
その後も鍛錬を積み重ねて自分を追い込み鍛え上げた。それが今の自分だ。ヒナ委員長ほど圧倒的な力はまだないけれど、並大抵の奴らなら一掃できる。
やがて小隊の隊長として、時には中隊規模の現場指揮を任せられることも増えていった。学業と委員会の両立は辛いものだったけれど、慣れてしまえばなんてことはない。
春を迎えて、新しく入った風紀委員会の後輩の模範となるように、委員会も学業もより一層励んだ。おかげさまで委員会内での関係性は良好だし、それ以外でも下級生から頼りにされることも増えた。私を目標にしている なんて言い出すやつも出てきて、嬉しかったり恥ずかしかったり。
…その反面、ゲヘナの問題児からは畏怖の対象となった、と思う。以前にも増して攻撃的な目を向けられることが増えたし、対策まで立てられるようになった。むかつく、正面からなら絶対に負けないのに。
問題児たちにどう思われても気にしないし、むしろそう思われてた方が気兼ねなくぶちのめせるからいいんだけど。困ったことに話が一人歩きして、普通に過ごしているだけで怖がられるようになってしまった。クラスメイトは私のことを知ってるから平気だけど、登校しているだけで周囲のゲヘナ生に避けられる。
そもそもゲヘナの校風も相まって、風紀委員会には風当たりが強い。仕方のないことだとしても少し傷つく。だが、それもひとえに自分のやってきたことの賜物だと、強さの証明だと思い込み、飲み込めば痛くはなかった。
それがどうだ、先生は私のことを1人の”女の子“だという。“危ない”と、“心配だ”と。
私は強い。それこそ先生よりも。キヴォトス全体で見てもダントツで弱い先生なんて銃を使うどころか指一本で制圧できる。そんな私に、私に対してその扱い。
そこにはきっと特別な意味なんてない。先生はまだキヴォトスに慣れていないのだ。自分たちの肉体強度を理解していないだけだ。だからあんな物言いをする。
“危ないし、心配だ”
頭の中で先生の言葉を繰り返す。研鑽を積んできた自分を子供扱いするところに思うところがないわけではないけど。
そんな自分を関係なく、16歳の少女として扱ってくれるのが素直に嬉しくて。そんな気遣いで浮き足立っている自分が、単純な自分が恥ずかしくって。でもやっぱり先生には生徒の1人としか思われていないんだって気を落として。
無意識のうちに尻尾が乱高下する。途中でエレベーターに乗って1階へと向かった。
***
車内を照らす明かりは、街灯が発する暖色と反対車線の車のライトだけ。稀に鳴るウィンカーの作動音。助手席の車窓からの景色は、早送りのビデオテープのように目にも止まらずに流れていく。ゴーッとなる車の駆動音と風切音以外に音はなく、単調な景色も相まって薄暗い車内は時間が止まったかのようにも感じられた。
風を切る音が緩やかに鳴り止み、信号に引っかかる。右のウィンカーを作動させて静かに青になるのを待つ。
「なぁ先生」
「んんー。どうかした。」
前を向いたままハンドルの縁をなぞっている先生。彼は運転中は必ず前から目を離さない。生徒を乗せているからだろう。今の私にとっては都合が良かった。私も窓の景色から目を離さずに。
「先生にとって私って…どういうものなの。」
「…ーーーー」
長い沈黙。定数を刻んだウィンカーの音しか耳に残らなくなるほどに。信号機が青を示してアクセルが踏まれる。曲がり角の先を見ている先生の顔はこちらを向かない。曲がる時の力で座席の背もたれに体を押し込まれ、息が詰まるような気がした。
「…私はお姫様じゃないんだな」
ぼそりと、吐息に被せた言葉は無惨にもエンジン音に切り裂かれた。
***
「本当にここまでで大丈夫?もう少し近くまでいけるけど。」
「ううん、ここまで乗せて貰えば十分だ。ありがとう先生。」
寮の前から少し離れた閑静な住宅街、その小道で車は止まる。こんな時間とはいえ、いやこんな時間だからだろう。帰宅ラッシュによって寮前の大通りは交通量が尋常ではない。そんなところに車を止めては迷惑だろう。それに、少し頭を冷やす時間も欲しかった。
ドアを開けると冷たい風が顔を撫でた。荷物を担いで温い空間と別れを告げる。
先生も外に出る。見送りなんて、いいのに。
「気をつけて帰るんだよ。お疲れ様イオリ。」
「先生こそ。仕事し過ぎて倒れるんじゃないぞ。」
振り向くたびに笑顔で手を振る先生が見えなくなるころに、私は走って帰路に着いた。
***
【自室 風呂上がり】
寝る準備を整えて、ベッドに腰を落とす。柔らかなマットが体を包むのが気持ちいい。アラームをセットしようとして携帯を手に取る。明日は休日だし、久しぶりに買い物でも行こうかな。
あれ、先生から何か来てる。
送信があったのは30分ほど前。ずらっと並んでいる通知。心配されるのは悪い気しないけど、こうも通知が溜まるほどなのはちょっと怖いな…。
上から順に読んでいくと無事に家に着いたか、などのメッセージ。いちいち返信するのも面倒なので既読だけつけてスルーしていく。
『それと1つ』
ん、なんだろ。
『お姫様は素敵な王子様と結ばれるものだ』
っ…!!
車内での一言、聞こえていたのか。恥ずかしい。
『私はお姫様が素敵な物語に出会えるように手助けするだけ。』
『そして私は王子様ではないから』
そう、か。
『だからーーー
『だからいずれイオリが お姫様 か 1人の大人 か。』
『自分のなりたい姿を選んだ時に。その時に改めて質問に答えるよ。約束する。』
『それじゃ、おやすみイオリ。良い夢を。』
「…」
端末を放り、自らもベッドに身体を倒す。枕に顔を埋めるとヘアオイルのいい香りがする。部屋の電気を消すのも忘れて、上布団を抱き抱えながら身体を丸める。風呂上がりの高い体温で溶けていく感覚に身を委ねて、瞼を閉じる。
瞼の裏にはあの人の姿、隣に並んでいるのは…
子供のままでは大人になれない。
ーー嗚呼、あといくつ
ーーあといくつ寝れば、私は大人になれるだろう。
ちなみにこの後シャーレに戻った後先生は車内に落ちているイオリの髪の毛を集めてます。気持ち悪いね。
いや別に変な意味はないです。つかったらきれいにするのは当たり前なので。
イオリはイオリで先生から思わせぶりな通知が来るわ明日は休日などが重なって誕生日の先生の手を想像して以下略。
(詳しくは「誕生日に風邪を引いた話」参照)