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【1】
私の名前は銀鏡イオリ。名字が少し難解だから、呼ばれるときは言葉につまる人が多かった。
ぎんかがみさん とか ぎんきょうさん とか。
最初こそ毎回指摘してたけど、なにせキヴォトスは巨大な学園都市。私が席を置くゲヘナ学園も最大レベルのマンモス校なのだ。そんななかで頑張っても海をコップで干上がらせようとするのと同じだ。全員に指摘するのはもう無理。
だから最近は最初から下の名前で呼んでもらうようにしてもらってる。下の名前なら三文字で覚えやすいし、なにより読みやすく呼びやすい。
風紀委員会など、戦闘に従事する委員会では現場の伝達速度が後の結果に影響してくる。その場での判断と即応性が求められるなかで、そんなときに名前の間違いで任務失敗なんて笑えない。
イオリ
短くて
分かりやすくて
親しみやすさもある
それに響きがかわいいのもお気に入りのポイントだ。父さん母さん、素敵な名前をくれてありがとう。
つまるところ何が言いたいのかというと、私にとっては名前で呼ばれるのは当たり前でーーー
※※※
ぎんきょ...いや、ぎ、ぎんかが
しろみって読むんだ。先生なのに読めないのか。
ご、ごめんね。しろみ さんね、覚えたよ。
難しかったら下の名前でいいよ。皆そう呼んでる。
えっーと、じゃあ、イオリさん。
...なんだかぞわぞわする。さんはつけなくていいでしょ。先生の方が年上なんだから。
ーーーイオリ...?
はい。これからよろしく先生。
よろしくイオリ...さん。
慣れてね先生。
慣れるかな...そうだ、お返しに私の下の名前を教えておこうか。
へぇ、先生にも名前があるんだな。
そりゃあるよ?!先生は役職名だよ?!
冗談だ。それで?先生の名前、ちょっと興味ある。
まったく...興味に沿えるかはわからない名前だけど。
私の名前はーーーー
※※※
目が覚める。
懐かしい夢を見た。そうだった、昔はさん付けだったっけ。久しぶりに聞いた呼び方、いまやそういう風に呼ばれることもない。
となりの先生の寝顔を見る。
連勤に加えて昨夜の疲れからだろうか、泥のように眠っている。昨夜も何回呼ばれたろうか。この口からいくら聞いても飽きない、求める心が鳴り止まないほど。
囁き、求め、奪い、奪われ
夢と対比するような、激しく艶かしい記憶。思い出して火照る身体を先生に身を寄せる。
「...」
"ーーーー"
小さな声で、なんでもないように呟く。
ゆっくりと顔を離して大きな枕に頭をうずめる。
まだ恥ずかしい。
でもいつかは、あなたの目の前で呼んでみせる。
だからそれまで
それまで待っててね、先生。
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【2】
かつかつと足音が聞こえる。帰ってきたかな。
ただいま
お帰りなさい先生。今日もお疲れさま。
暗い夜と対照的に、明るく朗らかに笑ってみせる先生を出迎える。
荷物貸して、運んであげるから
ありがとう。重いから気をつけてね
これくらい軽い。住まわせてもらってるし気にしないで。
手荷物の受け渡しに指先が触れる。先程手を洗って出迎えに来たところだ。多少なり冷えた指先が先生の手の甲に触れる。だというのに
冷たっ!
思いがけない低温にやけどしたかと思った。
先生の手、氷みたいに冷たいんだけど。
あーこれはね、えっと
朝手袋していったよな?
したね、うん
しかもマフラーもないじゃないか。
私に着けてほしいって散々駄々までこねてたやつ。
寒々しい首もとにはあるべきものがない。
朝の、しかも出発直前に言うものだから、すこしくしゃっとした赤いマフラー。
...
目が泳いでいる。いつもは目を合わせてくれるのに。
玄関口にたちっぱなしに、コチコチと時計の秒針だけが聞こえる
黙ってても埒が明かないか。
ため息ひとつ、先生から目を離す。
当ててあげようか。
荷物を抱えて、背を向けて廊下の奧に進む
えっ
靴を脱いで後ろに着いてくる先生
ふふ、おかしな話だ。部屋の主が私の後ろを歩くなんて。
生徒にあげたんだろ。今日は特に寒かったらしいし。
...イオリは名探偵だね。
こんな寒空に一人で外に出ているものだから、つい。
ふーん、これで何回目だっけ。4回くらいか。
ごめん。イオリが選んでくれたものなのに。
後ろを歩く音が消えた。背中越しだっていうのに先生の悲しそうな顔が目に浮かぶ。
いいよ別に。私のものではないんだし。
それに、一緒にいればまた選びにいく機会くらいある。
振り返る。目線を床に打ち付けた先生がそこにいる。
謝るかわりに、そのときは私のは先生が選んで。
それでチャラにしてあげる。
...!。ああ、まかされた!
取り付けた約束は先生の気分を戻すには充分だったようだ。顔を上げた先生。空気が変わったのを感じる。
それよりも今はこっち。
荷物を隅に置き、先生の手をとる。氷みたいに冷たい肌。だからだろうか、私の指先は吸い付いたように離れない。
そっと自分の首筋へと先生の手を沿えさせる。
どうだ?
あったかい
そうだろ
冷たくてがさがさな手。首がスンと冷えて、思わず身震いした。熱いフライパンに水に浸けるとこんな感じなんだろうか、なんて考えているうちに先生の手は血色を戻していく。
次第に私の首を撫で、喉をくすぐり、顎を滑るように上へ上へと伸びる。
頬は先生の両手に包まれて、温もりと安心感に私は目をつむる。小指が私の喉をさする。私は猫じゃないんだぞ。親指が見上げた私の髪をかきあげて、顔をあらわにする。
※
※
※
これ以上はダメ。
えっ
するりと手を抜ける。行き場のない先生の身体は前のめりにこけそうになる寸でのところで止まった。
お風呂も張ってあるし、ご飯の準備もしてある
まずは身体暖めて、それから一緒にご飯たべよ、先生
はーい...
肩を落とした先生。部屋へと入り、コートを脱いで上着をハンガーへと掛ける。くたびれた白いワイシャツはどこか哀愁が漂う。
そんな背中へと手を這わせて、身体を預ける。
びくりと跳ねる先生をよそに、耳を背中に合わせる。
あたたかい。ちょっと汗ばんでいる先生の背中。
...あとで私もお風呂いくから、ね?