イオリと先生   作:じーYA

13 / 27
明けましておめでとうございます。
本年度も銀鏡イオリと先生のお話を紡げればと思います。
更新頻度はわかりませんが
皆様今年もよろしくお願い致します。


pixivにも同様のものを投稿しています


体温

“おはよーございまーす”/“おはよー先生”/“ごきげんよう先生”

 

「はい、みんなおはよう。今朝も寒いから足元に気をつけてね」

 

“はーい”/“またね先生〜”/“ありがとうございます、先生もお気をつけて”

 

街路樹に銀華が花咲く季節は、シャーレ前の交差点に先生がいる。

時刻は大体7〜8時半くらい。

大型の交差点は鉄道、バスの通りもよく生徒の通学路として使用されている。

 

ただ、それは数ヶ月からの話だ。

去年までは大雪が降れば道は埋まるわ除雪はされないわで、わざわざ生徒が通るような道ではなかった。

せっかく整った交通機関も乗車する人間がいなくては意味もない。

 

しかし今年の冬、つまりはシャーレが発足され先生が配属された年。

例年の如く通学路が麻痺する中、シャーレ前の歩道が除雪されていたのだ。

しかも先生の見送り付きで。

その日偶然通りかかった生徒の一言をきっかけとして、いつの間にか噂が伝播し

 

“どんな大雪が降ってもシャーレの前は雪がない“

”シャーレにだけ雪が降らない“

”しかも先生に見送られるおまけつき“

 

となり、そして今に至る。多くの生徒は通学路として使用しているが先生との触れ合いを求めて遠回りになるこの道をわざわざ使う生徒もかなり多いと聞く。実際今も信号待ちの時には多くの生徒が先生と談笑している姿が確認できる。

 

…談笑目的で信号を渡らない生徒が続出して問題になったのはまた別の話。

 

信号はやがて青になり、先生の傍に屯していた生徒たちも流れていく。

私もその中に混ざって先生の横を通り過ぎる。

 

「おはよう先生、今日もやってるんだな。」

「おはようイオリ。もちろんさ」

 

銀色の髪を靡かせる姿は朝日が反射して眩しくも美しい。

信号機の青の時間は長く、止まることを許してはくれない。

 

「いってきます。」

「気を付けていってらっしゃい。」

 

停止中の車のエンジン音の中でもはっきりと聞き取れる先生の声。

顔を合わせた時間はたった5秒もないだろうけど、イオリが今日も1日頑張るにはそれでも十分だった。

 

***

 

「う〜〜寒い…」

 

雪が吹雪いて前が見えない中、傘もささずに足早に歩を進める。

長い耳は冷えすぎて痛い以外の感覚をがないし、尻尾は腿に巻いてなるべく体温を奪われない様にする。

防寒着を着ているとはいえ深夜も過ぎた時間、立ち止まって目を瞑ったら疲労で意識が溶けそうになる。

無意識的に足を動かしていたものだから、交差点に差し掛かったことにも気付くのが遅れた。

 

危ない。赤信号で立ち止まる。

ぼうっとする眼をかじかんだ手で擦り、眠気を追い払うように信号の先へと目をむける。

 

ん、あれ

 

誰か、いる…?

 

ざく ざく と掘る音が聞こえる。

目を凝らすとオレンジの街灯に形取られた人影があった。

両手で掲げているそれは銃ではなく、縁の広いプラスチック製のシャベル。

人影は歩道に積もる雪を必死にかき分けている。

人影までの距離は信号を挟んでおよそ15m、幅1mくらいでかき分けられた歩道の横には高く積まれた積雪。

 

信号が青になった。

膝からかくりと落ちそうな、ふらついた歩みで襖雪に型取られた横断歩道を渡る。

人影の正体はよくわからないけど、今は一刻も家に帰りたい。

ちょうどかき分けられた歩道から見えるアスファルトに足をつけると、ふぅと息をつき、額の汗を拭う彼の横顔が私を捉える。

額に汗をかき赤く染まった頬が上気している。

 

やっぱり

 

「あれ、イオリ?」

「…」

「どうしたのこんな時間に…って雪?!積もってるよ!?」

 

小走りで近づいてくる先生に名前を呼ばれ、その場で足が止まる。

スキーに使うような厚めの手袋を剥ぎ取った先生の手が私の頭の、肩の、服の雪をはらう。

 

「先生…」

「そうだよ。イオリ、ちょっとだけごめんね」

 

一言そう付け加えて、先生の掌が私の頬から首筋に触れる。汗ばんだ肌が冷えた体躯を濡らす。

凛凛たる夜気に当てられた私の肌に、先生の手は暖炉の熱を思わせるような優しい熱を発していた。

 

「冷たい。これはーー」

「ごめ…先…」

「えっ、ちょっとイオリ?」

 

それは不意に訪れた。寒さと疲労、歩き続けることでなんとか保っていた意識、そこに先生の暖かい手。全部重なった結果、限界ギリギリまで注がれたコップから眠気がどろりとこぼれた。先生のガサついたナイロンの防寒着に頭から飛び込み身体を預ける。寝具のような確かな手応えに安心した私は、どろついた眠気に身体を絡め取られた。

 

「…まずいなこれは」

 

何か聞こえたような、聞こえないような…

 

***

 

(あれ、私…寝てたのか)

 

欠伸を一つこぼして、頭に響く気だるさを無理やり片隅にしまいこむ。

確かヘルメット団の深夜取引の現場を抑えて、その帰り道に吹雪かれて、それで…

 

どうなったんだっけ。ええっと…

目を瞑り昨夜のことを思い出そうにも、吹雪いた目の前の掠れた街灯しか浮かばない。

何かを見た気がするのだが、それがどうにも思い出せない。

 

(…)

 

思い出せないものはしょうがない。頭を切り替えて今の状況の把握に頭を切り替える。

背中が何かに触れていて、ぴたりとくっついて離れない。

妙にがっしりとしていて、抱き枕には相応しくない感触

なのに指を押し込むと確かな弾力に返される。

そういえば腰回りにも何か湯たんぽみたいな、熱っぽい。

足も絡められていて、肌の触れたところが心地いい。

 

ーーーうん?

肌の感触が心地いいけど、流石に感じる面積が広すぎる。

それに背中が変な感じ、さすられているような、撫でられているような。

ぐるりと後ろへ首を回して気づいた。

ちがう、さすられていたのではない。

 

先生の呼吸で浮き沈みする胸が私の背中にふれている。

 

えっ先生…?

 

どうしてっ…ていうか私服着てない?!

 

えっえっなんで

 

薄い毛布に包まれた体は生まれたままの姿で、その後ろから先生に抱きしめられている。

その上から布団をかぶっている状態だ。

腰に回されたあたたかい手は離せそうにない。

足も絡められていて抜け出せない。

いや、正確にいうなら抜け出そうとすると先生の…アレに触れそうになる。

 

「このっ…!」

 

握り拳を振り上げる。

今まで足を舐められたりもしたが、意識のない状態で同衾に持っていくのは度が過ぎている。

振り上げた手を下ろそうとして、気づく。

先生の顔、肌はガサついてほんのり赤い。まるで長時間寒空にいたときのようなーー

 

「…あっ」

 

思い出した。帰り道で先生に会って、そこで意識を失ったんだ。

そこまで思い出せばこの状況も多少は理解できる。

つまり 冷えた身体を人肌で温めた という漫画の中でしか見ない状況だということだ。

 

「はぁ…」

 

行き場のない拳を胸元へ戻す。

そうだ、確かにあの時先生の顔をみて気を抜いた瞬間に崩れた覚えがある。

だんだんはっきりと思い出してきた。

 

しばらくして、覚悟を決めた。

 

握られた拳を開く。ごそごそと毛布の中で四苦八苦し、先生の方へと向き合うように移動した。

1分ほど葛藤し、観念したかのように左手を胸元へ、右手は先生の脇を通して抱きしめるように這わせる。

肌はひんやりとしていて、毛布をかぶっている自分の方が1度も2度も高い。

思っていたよりも先生の身体は厚く、片手では半分ほどしか支えられなかった。

毛布越しに肌が擦れる。薄いとはいえ大丈夫だよな…?

 

「これはお礼、お礼だから…たぶんそう。お礼になるはずだ、先生なら。」

 

自分に言い聞かせるように呟きながら、先生が起きるまで身を寄せた。

 

***

 

下手に血流を良くしたり手先を温めるのはかえってダメだと読んだことがある。

確か体の芯を温める必要があるとかないとか、どうすればいい。

意識がない彼女に食事などは無理だろう。風呂も同じく意識がないうちには避けたい。

となると何かちょうどいいものでゆっくりと温めるしかない。

今すぐに用意できるものであればーーーー

 

あるにはある。

今すぐに用意できて、それでいてある程度雑に扱っても問題ないものが。

 

しかし

 

それはさすがに、と胸中で呟く。

普段から変態な行動を取ってはいたが、全てはある程度のオチで済むことを見越してのことだ。

生徒を傷つけずに距離感を合わせて応対できるよう、細心の注意を払ってきた。

 

だからこそ先生と生徒として超えてはいけないラインははっきりと理解している。

一歩間違えれば思春期の彼女たちへの枷へとなりかねないし、それは私も望むところではない。

それに今まで積み重ねてきた関係に日々を入れるのは、ひどくおそろしく感じた。

 

「うぅん…」

 

意識のない彼女が漏らす細い声。

彼女の手を握ると冷たい感触。

触れ合う指先は赤くかじかみ、内側から冷えていることがよくわかる。

 

「ーー命に関わるかもしれないんだ。」

 

何を一瞬でも迷ったのか。生徒にどう思われようとも、今後一生顔を合わせることが出来なくなろうとも、生徒の未来を一番に考えなければ。自分にできる最大限のサポートをしなければ。後のことは後で考えればいい。

 

どちらにせよ彼女の体は濡れている。

つまり服は脱がせる必要がある。

 

「ーーーどうか起きた時に無事でありますように。ナムサン」

最悪私にはザ土下座がある、なんとかなれ

 

彼女の体に手を回し、祈る様にそう吐いた。

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