どちらかというと先生メインのお話です。
「う〜〜ん」
キーボードを叩きながらデスク上のカレンダーをチラ見する。
イオリがシャーレに姿を見せなくなってはや1週間が経過した。
何かあったのだろうか、いや何かしてしまっただろうか。
水着姿を盗撮したことかな。
写真を諜報部から買い取っていたことかな。
それともえっちなサンタコスをお願いしたことだろうか。
いや、舐めた足の味を記録してレポートをファイリングしたのがばれた?
それとも…もっとヤバいやつが知られてしまったとか。
だめだ、心当たりがありすぎる。
こういう時、自分の行動が本当に困る。
下手なことをいうと藪蛇だ。
「先生?どうかなされましたか?」
「ん?いや大丈夫大丈夫。それよりそっちはどう?業務に支障はないかな」
「は、はい!先生の方であらかた準備されていたのですいすいです!」
「いやいや私は触りだけだよ。頑張ってくれて有難うね」
隣席の生徒が心配そうに顔を覗いてくるので、笑顔で話を逸らす。
そうだ、今日の当番は初めての子だ。目の前で私が不安な様子をしていてはいけない。
そう思って席を立つ。
「よーし、ご褒美に甘いものでもご馳走しよう!といっても下のコンビニなんだけど」
「い、いいんですか…?」
「もっちろん。いま買ってくるから席で待っててね〜。」
逃げるようにして外に出た。
エレベーターの中で、油脂の残る携帯端末を開く。
トークに既読はついていないし、着信履歴にも変化はない。
ポンと1階についた音がして、携帯端末をポケットにしまう。
“いらっしゃいませー”
何かあったのだろうか。
あとで風紀委員に連絡してみようか。
真面目な彼女のことだ、長期的に休むのなら連絡入れているだろう。
でも私の立場で個人を聞き出すのはよくないだろうか。
うんうんと唸りながら店内を適当に散策する。
“ありがとうございましたー”
会計を済ませて、じんわりと熱い太陽に目を細める。
冬だというのに日中はそこそこに温度は高い。
レジ袋の中身はコンビニスイーツの箱が丁寧に積まれていて、ソラの仕事ぶりが感じられる。
そこまで来てようやく、イオリの好きなものばかり入れていることに気づいた。
しまった、やってしまった。
慌てて連絡を入れる。
『ごめん食べたいもの聞いてなかったよね?!このなかで好きなのあるかな?』
すぐに返信が返ってきて安堵する。
すぐさま、安堵した自分をひどく叱責した。
そして彼女の存在が、自分が思うより心の深いところに佇んでいることに気付かされる。
「これは、まいったなぁ」
薄ら笑いを浮かべて、汗もかいていないのに額を拭う。
午後の業務内容を確認しておこう。
今はこの状況を解決しなければ同じことを繰り返すと確信がある。
***
「え、風紀委員にも顔出してないの?」
「はい、ここ最近はこちらでは姿を見ていませんね。」
「…そう、ありがとう。」
動揺を隠したつもりだがバレていないだろうか。
ああ、それと と言葉を繋げる
「ヒナによろしく伝えておいてくれるかな。何かあったらすぐ呼んでくれていいからねって。」
「わかりました。言伝、確かにお伝えします。」
「ありがとう、面倒かもだけど宜しくお願い。」
「とんでもありません!それでは私はこれで」
背を向けて走り去る委員会メンバーを見送って外に出た。
日はすでに紅く、ちらほらと帰宅する生徒も見える。
まさか風紀委員会にも顔を出していないとは想定外だった。
ここで姿を見ていないとなると、あとは教室を当たってみるしかない。
それとも上の方では話がついているのだろうか。
足元の小石を蹴飛ばしながら帰路に着く。
昔からの癖だった。蹴飛ばした小石に追いつくように歩みを進める。
どこかで会議通知を出して確認しようか
いや、それは職権濫用だ。それに私用で無駄な仕事を増やすべきではない。
首を横に振り、邪念に塗れた案を霧散させる。
勢いよく蹴飛ばした小石が鈍い音を立てて暗闇に消えた。
日が暮れた道では、どこにあるのかもわからない。
その後管理施設を調べてBDの利用状況を確認したが、日中の授業は出ているようだ。
大きな怪我や病気ではないことを知れて少し安心した。
しかし、シャーレに顔を出していないことがひどく寂しく思えた。
***
遅い遅い昼食、夕方に店を出てシャーレに戻る最中だった。
その日は自動車やら戦車やら騒がしい大通りを一歩それて、閑静な道を歩いていた。
イオリを見なくなって2週間が経過しようとしている。
愛も変わらず空を眺めながら、どうでもいいことをブツクサと考えていた。
ふと、すらりとすれ違う灰色の人影を見た。
パーカーの帽子を深くかぶっているがあの背格好、この香り。
間違えようもない。
「あの、銀鏡さん?」
歩き去る背中に一言、ジャブを入れる気持ちだった。
足を止めたその人は、不意に走り出す
「ちょ、ちょっとまってよイオリ!ってうわッ!」
振り返りざまに両足ががもつれて、盛大にコンクリートとキスをした。
イッッッッッッッ!!!ーーーー顔面と胸に強い衝撃を受けて、たまらず声が出る。
胸の痛みと格闘しながら思う。情けない、まさか一歩も踏み出せないとは。
こんなことなら普段から運動しておけばよかった。
ぼたぼたと道路に血のシミができる。
しばらくその場で四つん這いに体を丸めている姿はちょっとした怪異だろう。
通報されなくてよかった、なんて思いながら顔を押さえながら体を起こす。
はじめに目に入ったのは黒のブーツ、そして婀娜な膝蓋骨、短めのスカート
「何やってるの先生…」
若干引いた目で見下ろされる感じ
呆れ気味に心配する声
なんだかすこぶる懐かしい気がする。
「はらのほへ、おえははも」
差し出された手を取り起き上がる。
いや全く情けない絵面だ、ずんとでかい男が女子生徒に手を借りて立ち上がる姿なんて。
「はぁーーーーちょっと見せて。」
両手で掴まれた頭が、ぐいりと引っ張られる。
彼女の力が強いのか、はたまた私の運動不足なのか。
「ほら、手。どけて」
じろじろと顔の隅々を見られている。
派手な傷があってよかった。無精髭だの隈だのを隠してくれる。
しばらくして、ぽいっと顔を放られて、思わず後ろによろけた。
「大したことない、鼻と口を少し切った程度だ。すぐ治る。」
「やっはりいほりはやはひいね」
「何言ってるのか分からないぞ。」
差し出されたティッシュを受け取って血を拭う。
やはりイオリだ。間違いない。
「…やっぱりイオリは優しいね」
***
「それにしても全然顔見れなかったから心配してたんだよ〜」
「…」
「風紀委員会に行ったり学校までお忍びで行ってみたりさ。あ、これ内緒ね?」
「…」
「ほら、てっきり私がまた何かしちゃったかなーとかさ。」
「写真とか、その他のやつとか」
「…」
「そういえば部室のレイアウト変えてさ。一回見にきてよ。きっと気にいってくれると思うな」
「…」
「最近イオリの足舐めてないから塩分不足かもしれないね。」
「…」
「あー、えーっ…と」
会話が続かない。
なんとか途中まで一緒してくれることになったが、イオリは黙ったまま隣を歩いていて、フードのせいで顔が見えない。
切り出しの話題がまずかったかな。
シャーレのレイアウトなんてどうでもいいよね、というかそれを出汁にしてる私って生徒を連れ込もうとしてる不審者みたいな扱いなんじゃ…。
「先生」
「はいッ!!!」
急に話しかけられるとドキッとするが、それを超えて彼女から話しかけられたのが嬉しくて声が跳ね上がる。努めて平静を装いながら
「何かあったかな」
「シャーレ、ついたよ」
「え、あ本当だ。」
シャーレの前を少し過ぎたあたりで2人の歩みが止まった。
いつの間にかこんなところまで来ていたのか。
どうする、ここで じゃあね なんて言えるのか。
無理だ、せっかく会えたというのに。
もうどうするもこうするもない。
「あーなんか今から散歩したい気分だな〜!でも1人だとまた転んじゃうかもな〜!」
「誰か一緒に付き合ってくれないかな〜!具体的には褐色肌で耳がツンとしてて赤い眼が綺麗な人がどこかにいないかな〜!!」
こうなったら恥も外聞もない。
今日出会えたこと自体奇跡だ。ここで離れるともう2度と会えなくなるかもしれない。
ちらりとイオリの方を見るが、やはりフードを深くかぶっていて顔色が見えなかった。
なんとかして引き止めたいと思った末の行動だが、逆に無言の時間を強調してしまう。
「あ、えっとその」
「先生」
無言の隙間。
道脇の端では車道を走る車の音すらも無い。
「…すこしでいいから時間、とれないかな。」
「!! もちろんとれるよ!大丈夫!」
じゃあシャーレの方にいこうか、と声をかけてUターンする。
よかった、と安堵のため息が出た。
あと数秒遅れていれば足元にへばりついて泣いて懇願するところだ。
足を舐めるのなんてなんのその、それ以上のことだって辞さない覚悟だった。
「ほんとうによかった…」
ぽつりとつぶやいた声が聞こえていないことを願う
***
「ちょっと黙って見てて」
「どうしたのってうわわわわなになになに」
シャーレにつき、お茶でも出そうかと給湯室に向かう前に、イオリに呼び止められた。
何かと思えば背を向けて制服を脱ぎ始めるイオリが目に入る。
指の隙間から覗くように目を向ける。
銀髪のカーテンからチラチラと覗く背中がセクシー…
「ちゃんと見て先生」
「ちょっとまって心の準備がーー」
「早くして」
イオリに急かされてしまって、ええいままよと目を見開いた。
そこにあるのは華奢というには力強く、健康的な肢体。
えっちすぎるーーーーと思考停止しなかったのは今日が初めてだった。
銀糸をかき分けられた肌に、一際目立つ陰りがあった。
前にけがを見た時にはなかった。大きな 長い 長い 影。
背中に一本、袈裟懸けの大きな跡が見える。
「これは」
「この間任務中の爆発に巻き込まれて、その時にできた傷」
食い気味に淡々というものだから脳が追いきれなかった、今なんと言ったか。
傷?これが?
その言葉ががずきりと刺さった。
目の前の傷にどうすればいいのか、何が正解なのかがわからなくて。
とりあえず具合を見なければ。
それしかできなかった。
「さわっても、いいかな?」
「…」
許可がないと動けないのか と言いたげな沈黙に、静かにゆっくりと手を伸ばす。
震える指でなぞると、目で見るよりも遥かに情報を得られる。
肌の荒れ、抉れ、不自然な隆起。
百聞は一見にしかず、しかし一見は体験に能わず。
痛々しい場面がこれでもかと頭の上をループしている。
黙って触れられている彼女の胸襟を考えずにはいられなかった。
「…」
伸ばした手を戻す。離れた指先が冷えていく。
体温が、触感が、端末上の報告では分からないことを教えてくれる。
ひどく残酷に、リアルで、今にも血が滲み出てきそうな傷痕。
「今の医療技術じゃ消えないんだって。」
***
「どうして」
「だって、こんな。見られたくなかったし」
背中の傷を見せながら、力無く笑う。
日が落ちた部屋は暖房が効いていて、上を脱いでいるのに寒くない。
そのせいだろうか、張っていた緊張感が緩んで、思いもしないことを口走る。
「いやだろ先生だって。こんな傷のある女の子なんて」
「だから会いたくなかったんだ。でもごめん、そこまで心配されるなんて思ってなかった。」
「これからは前みたいに顔出すようにするよ。だから気にーー」
「イオリ、私はね。」
先生が私の言葉を遮った。
言葉尻は強く、少し怒っているようにも聞こえた。
「実は魔法使いなんだよ」
「…え?」
なんて言ったこの人、魔法使いだって?
気が触れておかしくなったのか。
私と会えないだけで、ここまでになるのか?
先生に会いたくなかったのは私の意思だったけど、ここまで拗らせてしまうと思うと逆に罪悪感すら感じる。そんな私の空気を察してだろうか、一息入れていつものように軽い口調で。
「ーーーもしイオリが私のことを信じてくれるなら、私はなんだってできるよ」
「何いってるんだ先生…?」
振り向くと目が合った。黒くて深い、私の姿を返した瞳。
じっと見つめられて、心の奥底を写しているようで。
無理やり私を見つめさせているようで。
初めて、初めて先生のことを少し怖いと思った。
「イオリはいいの?今のままで」
「・・・」
「イオリ」
「・・・・」
「イオ」
「ッ!いいわけないだろ!」
無性に苛ついて、自分でも驚くほどの怒声が飛び出る。
「私だって。こんな傷、嫌だよ。」
「でもどうしようもないんだよ、だって、塞がらないんだからさ」
「だったら早々に受け入れたほうが楽じゃないか…。」
一度溢れた言葉は吐けば吐くほど流れ出てくる。
先生は、背中越しに黙って聞いていた。頷いたり、時折苦しそうな顔をしていて。
そんな先生の姿を見て、ますます喉元が熱くなって、それで。
***
5分が過ぎ、10分が過ぎ。
喉の渇きが声を遮ったところで、一旦止められた。
飲み物を持ってくるよと、先生はそばを離れる。
「よかった。」
マグカップを手渡されて、口をつけると向かいに座った先生が言った。
舌先に感じたのはぬるいココア、一気に喉に流し込む。
甘い粘度が喉に絡みつく。
「ずっと1人で抱え込んでいた気がしたから。一旦吐き出したほうがいいと思って」
「ごめんね、あんな言い方して。」
「いや、いい。おかげでだいぶすっきりはした。」
そこからはいつも通りの距離感だった。
私も言いたいことは言えて、頭の整理がついた。
「先生にはわからないだろうけど、多分先生だったら大怪我じゃ済まなかったかもな。」
「どうかな、私ってば案外丈夫なのよ?毎日イオリに蹴られてたからね!」
「その冗談は面白くないな。」
ふふっと笑い合って、少し会話が途切れた。
夜の静けさも相まって、もの寂しい静寂が部屋を包む。
「イオリ」
不意に先生が呼ぶものだから、床に落としていた顔をあげる。
「生徒が私を信じてくれるなら、私はなんだってできるよ。」
「生徒のためならなんだって叶えてみせる。」
ことりと、両手で持っていたカップを机の上に置く。
「イオリは、どうしたい?」
「いや」
「どうなりたいかな」
優しい顔を向けるものだから、顔が引き攣る。
見ていられなかった。
手で顔を隠すように覆い、顔を背ける。
「いや、別に。さっきも言っただろ。私は折り合いつけたんだ」
引き攣った口元をどうにか笑顔に、口角を上げてみせる
だからーーーだから
大丈夫だって、なんでもないって言わなきゃ、なのに。
言葉が出てこない、首が絞められたように、声が出ない。
口は開くのに、言葉を忘れたように言い淀む。
考えが巡る、でもどうしていいかもわからなくて。
考えれば考えるほど自分の覚悟が揺らぐのを感じて。
息ができないくらい苦しくって。
言いたいことがわかるだろうと、そう視線を送るため前を向いた。
先生の顔は変わらずこちらを向いていた。あの時と同じで、優しげな、どこか悲しそうな顔。
そんな顔、どうして先生がそんな顔をするんだ。
やめて
優しくしないで、私の覚悟を揺るがせないで。
優しくしないで、希望を持たせないでよ。
私を見ないで、こんな私を。
「いや…だよ」
長い、長い沈黙を破る
久しく息を吸った気がした。
「こんな傷、わたしだって、まだ」
頭も胸もいっぱいいっぱいで視界が涙で歪む。
歪んだ視界の端から大粒の涙がぽろぽろとシーツを濡らした。
「せんせいだったら…これ、なおせるの、かなぁ…」
もっと言いたいことがあるはずなのに、上手く言葉が出てこなくて。
ぽん、ぽんと思い浮かぶ言葉だけを紡ぐ。
嗚咽混じりに、なんとか絞り出した声。
肩を抱かれて、そのまま引き寄せられる
「もちろん。ここからは私に任せなさい。」
先生のシャツはヨレヨレで、少し汗臭かったけれど
その一言尾だけははっきりとしていた。
***
「背中をこっちに向けてもらってもいいかな?」
「あ、服は脱いで寝転がったほうが楽かも。」
誘導されて、上着を脱ぎ、下着を外した。
何も言わなくても先生は後ろを向いていた。
うつ伏せにベッドに寝転がり、枕へと顔を埋める。
先生に肌を晒すよりも、今は泣き腫らした目元を見られるのが恥ずかしかった。
「はい、じゃあ少し背中触るよ」
「…ヘンタイ」
「変なところは触らないようにするからさ」
わきわきとする手を隠してから言ったらどうなんだ。
でも、今更か。
「冗談だよ。先生なら別にどこ触られても、いい。」
「はは、そこまで言われると先生冥利に尽きるね」
「じゃあ改めて、触るね。目は瞑っていて」
「うん」
左手が腰に添えられて、上から下へと、右手がゆっくりと傷を撫でる。
手を洗ったのか、ひんやりとして冷たい手。声をあげまいと枕で口を押さえる。
何度か往復して撫でられて、最初の緊張もほぐれてきた。
先生の手はまるでカイロのような、安心する温かみがあった。
そうなるともう心地良さしか残っていなくて。
「はい、おしまい」
「うぁ…」
いけない、うとうとしてた。
「ああ、そのまま寝ちゃっていいよ。」
先生が掛け布団を被せてくる。柔らかい羽毛布団が体を包む。
「うつ伏せが嫌だったら仰向けになっても大丈夫だからね。」
「でも起き上がったり、目を開けちゃダメだよ。魔法が解けちゃうからね」
布団の上から背中をさする先生の手。
先ほどまでではないにしてもこう、安心する。
「今までもよく頑張ってたね。もう休んでもいいんだよ。」
「おやすみイオリ。」
微睡の中で先生の声が聞こえる。
でも泣き疲れとか、心地良さに軍杯が上がって。
言葉に甘えてそのまま眠りへと入った。
***
階段を駆け上がる。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
屋上の扉を勢いよく開けて、周囲を確認する。
誰もいないことを確認して、膝を折ってその場に倒れこんだ。
「すぅーーーーーー
フゥーーーーーーーーー…」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
背中が裂けるように、焼けるように熱く痛い。
熱した鉄棒で背中を掻きむしっているような、ひどく不快な感覚。
悶絶する痛みを我慢していたが、ばれなかったようで安心した。
歯を食いしばる自分に言い聞かせる
この世界で私ができることは多くない。
わたしは貧弱で、守ってもらわねば消し飛ぶような存在だ。
そんな私が賭けられるもの、差し出せるものなんてこれぐらいしかない
懐にしまったカードに手を重ねる。
こいつはすごい。
私に私にしかできないことをさせてくれる。
これほど有難いことはない。
代償なぞなんのその。
生徒たちの明るい未来と夢を守るためならば
どれだけ大きな代償があろうとも。
それが命に変わるものであっても。
いくらでも背負おう。
それが大人の責務、責任。先生の役割というものだ。
「いや〜にしても」
「カッコつけすぎでしょ、魔法使いって…」
キザったらしく言ってしまった。
考えてみればドン引き案件ではないか。
自分よりも一回り年上の異性から言われたら、なんだこいつってなるかも。
気持ち悪がられたかなぁ。
「ーーーーいや、それも存外に悪くないな」
その時私がいないとしても
イオリの将来を想像して、1人コンクリートに這いつくばって笑った。