イオリと先生   作:じーYA

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純正100パーセント

ノックが3回と蝶番の音。

コツコツと小気味のいい音を立てて近づいてくる生徒がいた。

 

「イオリかな」

 

カタカタとキーボードを鳴らす大人がそこにいる。

 

「あ、うん。こんにちは先生。」

「やっぱり。こんにちはイオリ。」

 

背中から声をかけると、丸めた背中を伸ばしながら後ろに目を向ける先生の姿があった。

相変わらず目の下は黒く制服の袖口がよれている。髪は少しテカっているし、青髭がうっすらと見える。

 

目線の先の机の上には、ストローの刺さった妖怪MAXと栄養ドリンクが並べられているのに、すぐ隣には書類のツインタワーが形成されていて何とも形容し難い密度感だった。

やっぱり、来て正解だった。

 

「よくわかったな、私だって。」

「まぁね。よく来てる生徒は足音とその歩幅で大体わかるようになってきたよ」

 

地面を駆けた椅子が私の前でくるりと回る。

 

「ちなみにイオリの歩幅はドアに入ってから1歩目が少し小さくて、2歩3歩で調節してるね。」

「あと靴と床の接触音とか、軋みとかで体格と装備の判断がつくかな?」

 

ふっふーんと鼻を高くしている先生。意識していなかったがそうなのだろうか。

足音を消したり衣擦れを抑えて移動する訓練はしてきたけど、歩幅は考えたことがなかったな。

今後の任務内容によっては習得しておいた方がいいかも。というかそこまで把握してるのってなんだか…

 

「気持ち悪い特技だな…」

「生徒のことをよく見ているって言ってくれない?!」

 

泣くよ?! と大袈裟に顔を覆ったって無駄だぞ。その手はもう何回もくらったからな。

気持ち悪いというのは言い過ぎでもなんでもなく、そのまんまじゃないか。

足音とかはともかく、床の軋みで判断されるのは身体情報を握られているみたいでゾクッとした。

 

泣き落としは効かないとみて、

すぐさま顔を上げて椅子を用意してくれた。

 

「ところでどうかしたの?何か問題でもあった?」

「問題がないときちゃいけないのか。」

「まさか。会いに来てくれるのはいつだって大歓迎だよ。」

 

ふん、都合のいいことばかり言って。

用意された椅子にゆったりと腰を下ろしてスカートを正す。

 

「実は風紀委員会のコーヒーを少しもらってきたから、休憩でもしようかと思ったんだ。」

 

小さいバッグから魔法瓶を取り出す。

だから、そのーーー髪をいじるのが止まらない人差し指をそのままに、1人でもよかったんだけど と、きちんと注釈を入れて続けた。

 

「どうせ先生休憩なんてしてないだろうと思ったから。誘いに来た。」

「それって…デートのお誘い?」

「休憩だっていっただろ?!曲解するな!!」

 

かぁっと耳が熱くなった。

にやにやしてもう、こっちの気も知らないで好きなことを…!

 

「もういい、私は1人で休憩に行くからな。」

 

ガタリと椅子から立ち上がり、目線も合わせず隣を抜ける。

 

「待って待ってゴメンよ。」

 

大ぶりな右手の袖を掴まれて、ぴたりと動きを止める。

掴まれた袖をそのままに、後ろを向けば先生に手を離される。

 

「来てくれたのが嬉しくって調子に乗っちゃった。ごめんね。」

 

すぅっと息を吸って、襟元を正した先生が言う。

 

「ぜひご一緒させてくれると嬉しい。休憩は取らなきゃいけないと思っていたんだ。」

「…最初からそう言えばいいんだ。」

 

***

 

「へぇ、シャーレに置いてあるインスタントのコーヒーよりも美味しい気がする。」

「そうだな。豆から挽いてるみたいだから、味の深みはインスタントの比じゃないな。」

 

一度シャワーを浴びて体を綺麗にしてから、ソファに腰までずしりと埋めて、イオリの隣でゆったりと休憩を満喫する。

デスクの椅子以外に座ったのはどれくらいぶりだろうか。

最近デスクで生活していたから腰がガタガタで、立ち上がることすら億劫だった。

休憩に誘ってもらわなければ救護騎士団か、救急医学部か、それとも民間の医療期間にお世話になっていたかもしれない。

コーヒーの酸味と苦味をダイレクトに感じながらそう考えていた時、不意にイオリから声をかけられた。

 

「そういえば。ここにくる途中でコーヒーに合いそうなの買ってきたんだ。」

 

イオリの手から机を介して現れたのは四角形で、金属の缶。

すでに開けられていた蓋を取り外すと、中には個包装されたお菓子が包まれている。

1枚1枚が丁寧に個包装されているところを見ると、中々お値段したのではないだろうか。

店舗でのお菓子に関してはそこそこ詳しくなってきたと思うけれど、こういうものに関してはまだまだ疎い。

1枚を取り出してまじまじと見る。

 

「クッキーかな。すごく美味しそうだね。」

「そうだな。」

「いただいてもいいのかな。」

「その為に買ってきたんだし、私も食べるから。」

 

手に持っていた1枚をイオリに渡し、新たに1枚取り出す。

個包装を開けるとバターのいい香りがした。糖分を求める脳が我慢できずに一口に放り込む。

サクリと出来立てのような感触、かちりとナッツの食感。

ほろりと欠片が舌の上で解ける。疲れた体に沁みる甘み。

先ほどまでのコーヒーにもよく合う。

 

「すっごく美味しい。なにこれ食べたことないかも。」

「そうか、それはよかったーー」

「これ結構お値段したでしょ。お金は私が払うよ。」

「大丈夫だ。誘ったのは私だから。」

「いやでもこれーーー」

「いいってば!」

「そ、そう?そこまでいうならーーーー」

 

こうも押し切られてはなにも言えなくなってしまう。

 

「じゃあ代わりに1つだけ教えて欲しい」

「これどこで売ってるやつなのかな。私も個人的に欲しくなったのだけど」

 

***

 

その日の夜、いつもより幾分か頭が冴えた状態だった。

 

結局どこで売っているのかは詳しくは聞けなかったし、残りの分も私が貰ってしまった。

なんでもそこの店の店主がきまぐれで作る商品で、決まった日に出していないのだとか。

缶も回収されてしまったので店名もわからない。

 

個包装を破り、今度は一口で食べてしまわないよう慎重に口に運んだ。

「…やっぱり美味しいな」

 

味わって、残りの個数を数えて、あと数口しか味わえないことを残念に思う。

一体どこの、誰が作ったものなのだろう。

 

ぐびりとインスタントのコーヒーを呷る。

大量買いしたコーヒーの安っぽさで、いい感じに舌がリセットされた。

手に残されたもう片方の欠片を頬張る。

 

バターと砂糖と、ナッツと小麦粉と、それとあと何か。

何かがあると思うのだが、引っ掛かりはすれど浮かんでこない。

なんだったろうか、よく知っているような。

 

やっぱり明日イオリにもう一回聞いてみよう。

気になって仕方がない。

 

いつのまにか手を伸ばしていた個包装を破く。

甘くて、優しくて、どこか楽しい匂い。

 

あと少しだけの焦げた匂いもした気がした。

 

 




先生は足音で分かるとかいってますが本当に分かるのはイオリのものだけ。
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