前日談 は 純正100パーセント の前日という設定です。
[前日談]
ヴーンと言う音がなりやんだ。
ミトンを付けて、中に鎮座するトレイを取り出す。
良い香りが部屋に広がる。よし、あとは冷ますだけだな。
トレイを机に置き、後片付けをはじめる。
気になって調べてみたけど案外簡単なものだ。包丁も使わないし、材料が分かり易いものばかりだから分量さえ間違えなければ味も保証される。これなら問題ないだろう。
であれば
問題はタイミング、それとラッピング。
水に浸けてあった容器を軽くすすぎ、汚れを落としていく。
タイミングは考えてある。明日午後はシャーレにいるはずだだから、パトロールついでに休憩に寄った風を装えば良い。大丈夫、私が変に意識しなければここは大丈夫。
問題はラッピングだ。自分でお店を回ってみたり、給食部の部長からいくつか借りてきたものもあるが…。
難しい、本当に。
重いと思われたくないから。だからといって無地ビニールだと味気が無さすぎる。
私からの手作りなのだから少しは意識してほしい。
私のイメージ、イメージ。
風紀委員会での活動の場が多いから、やはりそちらのイメージのほうが先生には強いだろうか。
であれば靴墨の容器でも使うとそれっぽいかな。可愛くないけど。
考えながら、机の上で程よく冷めたそれを口の中に放り込む。
!!!!
えっなにこれしょっぱ!!!!
味覚が盛大に刺激され、舌先がしびれる感じがした。
その衝撃は舌を通じて喉奥まで通じる。
思わぜ大きくむせ、体がくの字に曲がり、膝を折る。
想像していた味を裏切られるとこうも体が受け付けないものか。
そばのコップで水を汲み、口内の刺激物を何とか喉奥へと流し込む。
一息ついて、机の上のそれに再び手を付ける。
見た目は普通だ、普通のクッキー。チョコレートの塊がしっとりとしていておいしそう。
今度は覚悟を決めて、小さく一口かじる
「・・・・・・」
見た目とは裏腹な、脳天を突き抜ける塩辛さ。チョコレートがあってもこれはなかなかにショッキングな体験。
やらかした。なんと言う初歩的なミス。
初歩的というか、なんというか。テンプレのような間違い。
なめて掛かったツケとも言うべきか。
ずらりと列をなすクッキーに目頭を抑える。
いっそこれはロシアンルーレットとして混ぜてみようかな。
---いや、やめておこう。あとで自分で処理しよ…。
はぁ、もう一回作るか...
どうやらそううまくはいかないらしい。
綺麗に片付け終えたキッチンを眺めてため息を浸いた。
[今年も隣で]
鏡の前で写真を一枚、横から二枚、最後に後姿を一枚。
もう午前中も終わろうかというところ、すでに何回も繰り返しては、こうじゃない、ああじゃないと理由を付けて削除する。締め上げるように着付けしたせいもあって、布の厚みでジワリとかいた汗を拭う。
「あー…もう。何やってんだろ私。」
溜息一つ、そばのソファにぎこちなく座り込む。着なれない服装ではゆっくりと寛ぐことも難しい。
この振袖をレンタルしてきて、着付けも手伝ってくれて、私よりも異様な気合の入り方で髪型をセットして、小物まで選んできた当の本人が今はいない。師走を超えて一月一日だというのに多忙さは留まるところを知らないらしい。
(…暇だな。)
手元のリモコンでテレビをつけると、どのチャンネルでも「初詣が~」とか「参拝客が~!」という声でいっぱいだった。ゲヘナもトリニティも、そのほかの学校でも普段の喧騒は形りを潜める。
(…)
テレビの時計が示す時間を確認してから壁掛け時計に目をやる。うん、時間はあってそうだ。
(…)
(……)
(………)
携帯の画面の時計は先ほど確認してから1分も経過していない。モモトークを開いてみても、最終既読はすぐ付いたがそれきり連絡なし。この後は初参りに行く予定だったが、たぶん無理だろうな。
「あーあ、こんなことなら委員会メンバーと一緒に行けばよかったかな。」
委員長は難しいだろうけど…いやでもアコちゃんならどうにかして連れていくかも。委員長の正月ってちょっと気になる。案外ジャージとか、寝間着とか、そういうので一日過ごしてたりして。
「ふぁ…うぅん。」
何でもないことを考えていると大きなあくびが零れた。普段なら慌てて口を閉じるところだが、部屋には私一人。なんの気兼ねなくだらけることができる。
そばのクッションを抱きかかえて、もう一度テレビの時計を見る。先ほどから3分が経過した時刻。壁時計の針は同じスピードで刻んでいるはずなのに、どうにも遅く見える。
「ふぁ…あぅ。」
瞼が下りてきて、頭が舟を漕ぐ。着付けに時間が掛かるからと言って早めに来たのが良くなかった。昨日は紅白見て、そのあと友達と夜通し通話して、それから軽めにご飯を食べて此処に来た。振り返ってみると睡眠時間を取った覚えがない。切れた緊張感の代わりに強い眠気が体を支配する。
そのうちテレビの音が聞き取れなくなって、クッションに頭を預けて眠りに落ちた。
「…ぁう」
「あ、起きた?」
目が覚めた時、先生の顔が目の前にあって少し驚いた。彼の膝から起き上がる。どのくらい寝ていただろうか。口元の涎を確認して問いかけた。
「いつから来てたの。」
「ついさっき戻ってこれて…はい。」
”ごめんなさい”と言いたげな顔を見せられては何も言えない。
「そう。じゃあ今日はどうする?もう夕方だけど。」
「一応夜でも屋台とかやってるっぽいから、イオリが良ければ一緒に。」
あ、もちろん私が全部出すよ!——なんて。私は別にいいんだけど、そういうなら甘えよう。
「いいよ、一緒に行く。」
「やった!あ、じゃあその前に…」
「何?」
「髪、少し崩れちゃってるから直させてくれないかな。」
「いいけど…」
そういえば頭の重心に違和感がある。ソファで寝たせいだろうか。髪留めが解けられ、長い髪に丁寧に櫛を入れられる。目を閉じて、髪先で感じる心地よさに頭を預ける。
「なぁ先生」
目を開けて、鏡越しに先生と目が合う。
「ん、何?」
「今年もよろしく。」
「こちらこそ。今年も大いに頼ってね。」
数秒、それだけ言葉を交わして再び目を瞑った。