ジリッリリリリリリッッリリリリリリ
「…んぅ」
ジリリリリッッッリリリリリリッッリリリ
「ん〜!」
目を瞑ったまま、枕元で耳障りな音を奏でる物体目掛けて乱暴に手を下ろす。
鈍く硬い音を感じると同時に目覚まし時計は止まり、静まる。
(…ぃたい)
目覚まし時計の置き土産を手の甲に感じながら、寝ぼけた上半身を起こす。清潔にされたベッドの上で、白いシーツにはレースのカーテンを通して薄らと朝日が差し込む。寝起きには眩しく、そして心地よい温もりを感じる状況に半開きの両目を瞼が覆う。起こした上半身は力無く横になる。
(あ〜…そういえばーー)
意識を手放す寸前で閉じかけの瞼を開く。ベッドの隅に目掛けてごろりと体を転がせて、昨晩から充電していた携帯端末に手を伸ばす。
画面の明るさに顔を顰め、欠伸を交えてロックを外す。
(今日はシャーレの当番、だっけ…)
目を擦りながら携帯端末から予定表を確認し、今度こそ体を起こす。顔に張り付いた前髪がはらりはらりと宙を舞う。ベッドから床へと足を伸ばし、ナイトキャップを外す。寝る前に結んでいたシュシュに手をかけ、束ねていた銀髪を解く。腰をも超えてなお余りある長さを持つそれが、ベッドの上へと投げ出される。
(ん〜…よし、やるか)
背伸びをしてから携帯をベッドに放り投げて立ち上がる。フローリングの冷えた感触が徐々に頭の靄を晴らしていく。
◾︎
(洗顔よし、メイクよし、あとはヘアセットだけか)
ベッドのそばの椅子へちょこんと座る。サイドテーブルにまとめてある棚から櫛を手に取り、鏡を前にして毛先の方から優しくブラッシングしていく。丁寧に慣れた手つきで毛先から襟足へ、旋毛へと広げていく。私はこの時間が嫌いじゃない。櫛が髪をすいすいと流れていくのは気持ちがいい。
(よし、綺麗にまとまったな)
時間は掛かったがなんとか終わった。元々髪の癖が強いわけではないし、寝る前のケアも怠らなかったおかげだ。寝起きとは違う、滑らかな質感を持ったそれを丁寧にまとめ、傍に用意してあったロングタオルを持って寝室を後にする。次は台所だ。
(つめたっ)
水道から流れる水は体温を容赦なく奪っていく。手に持っていたタオルをしっかり濡らしてから水が垂れない程度に絞る。絞ったタオルははそのままレンジへ入れて1分でセット。待っている間に手を拭き、冷蔵庫から朝ご飯としてゼリー飲料を手に取り静かに啜る。最近当番の日はもっぱらゼリー飲料で小腹を満たす。これにも理由はあるが…。
チン
吸いかけの容器を口に咥えてガチャリと開く。
(あちち)
指先で摘んだ蒸しタオルを広げ、髪を覆っていく。ほどほどに熱いが頭がポカポカして気持ちがいい。ほうっと、思わず息が漏れる。髪を濡らしている間に荷物をまとめていく。キーケース、財布、腕時計、保湿クリーム、その他小物にスタングレネード、サイドアーム用にパラベラム弾も一応。一通りを机の上に用意して丁寧にバッグに詰めていく。
(最後はっ…と)
愛銃であるクラックショットのボルトを引き、クリップを差し込んで実包を押し込む。ボルトを前進させてコッキングハンドルを戻し、後端部のセーフティを掛ける。そのままガンラックに立てかけ、溢れたクリップを拾い上げて机の上に置く。
◾︎
そんなこんなで数分経過。髪もいい感じに濡れてきたのでタオルを外す。微温くなったタオルを畳みながら目の前の鏡を見る。嵩が減った濡れ髪は、朝の雰囲気も相待って妙な艶かしさがある。
(…先生が見たら喜びそうだな)
ふん、と鼻を鳴らして携帯を傍におき、洗い流さないトリートメントを髪に馴染ませていく。濡れた髪がしっとりと潤いを取り戻していく。全体的に馴染んだところでドライヤーで上から順繰りに、癖がつきやすい前髪も軽く引っ張りながら毛先までしっかりと乾かす。ふわりといい香りが鼻腔を擽る。
最後の仕上げの前にブラッシング、髪の中までしっかりととかしていく。ここまで来ると後少し。
ヘアオイルを手に取り銀髪にコーティングを施し、いつものツインテールまでのセットを終える。
風紀委員の活動でどれほど硝煙と土埃に塗れると理解していても、銀鏡イオリは髪の手入れを欠かすことはない。乙女の武器と誇りをそう易々と無下に扱うことはできないのだ。
◾︎
(ーーよし、変なところはないな)
等身大の鏡の前で首を振り、ゆっくりとターンする。膝より上のスカートがふわりと持ち上がり、ツインテールの端が円弧の軌跡を残す。
スカート裏に隠れたすらりとした褐色の足は健康的な張りを保っている。
ターンの慣性のままベッドの端に腰を落とし、ぼすりと沈み込む。そのまま片膝を立てる。華奢そうに見えるその足は、ぐっと力を入れるとしっとりとした肌理細かい肌が指の腹に吸い付く。爪先から鼠蹊部まで、一通り肌の質感をチェックしハイソックスを潜らせる。両足が終わる頃には時刻は7時半を超えたくらいだった。
◾︎
玄関に据え置きの端末から先生に電話をいれ、ツーコールで切る。これが当番の日の連絡がわりだ。普段だと先生はワンコールでも電話に出るが、今日はそうでなかったところを見ると恐らくはまだ寝ているのであろう。バッグを左肩に掛け、ガンラックの愛銃を携える。
シャーレの下のコンビニで何か買って行ったほうがいいかな。きっと声をかけるまで寝ているだろうし。
玄関に掛けてあるグローブを身につけ、腕章をバッグにしまう。
ドアノブに手をかけ、入ってくる光に目を細める。
「いってきます」
返事の返ってこない部屋へと挨拶をすませて、後ろ手にドアを閉める。
オートロックが閉まるのを確認して階段へと向かう。
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「ーーうーん出ないな。」
何度かかけてみたが一向に出る気配がない。時計の時針はすでに8を半分ほど過ぎている。
いつもならもうシャーレには着いていて、朝ごはんを一緒に用意している頃だ。
(もしかして何あったのかな?)
7時半頃にコールがあったのは確認している。寝ていたために反応できなかったのが悔やまれる。
イオリは風紀委員として、その容姿も相待って良くも悪くも認知度が高い。
もしかしたら朝のタイミングでヘルメット団が動いたか?それとも温泉開発部に巻き込まれた?
真面目が故に搦手にかかりやすい生徒だ、もしかしたら…
嫌な汗が額に流れる。椅子にかけてあるシャーレの上着を掴む。
万が一ということもあるかもしれない、キヴォトスでは護身にもならないが…銃をホルダーにしまい、シッテムの箱を携えて部屋を出る。
大事なければそれでいい。
誰もいない朝がたの廊下に、リズムの速い足音だけが響いていた。
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…家を出てしばらくしたのち…
「ーーーーあっ?!携帯!!」