【イオリと徹夜先生】
「先生ー、いるかー」
ノックしても反応がないから、扉を開けて声をかける。
シャーレの仕事部屋はガラス張り、大きな窓から朝日が入り込んで眩しい。
「せんせー?」
席へと向かってあたりを見渡す。机の上には空瓶になった栄養剤がいくつか倒れているし、カロリーバーのゴミが床に散乱している。
「あ“〜〜〜お”は“よ”う“イ“オ”リ“」
「えっ、どこだ…ってうわっ?!」
床から這いずり出てきた先生の姿はこの間テレビで見た映画そっくりだ。
なんだったか、吸血鬼かゾンビか。もともと白皙な顔には血の気が薄く、ますます白い。
「ちょ、ちょっと何してるの先生?」
「いや〜、眠気覚ましに立ち上がったら転けてそのまま立てなくなっちゃって。」
そのまま寝落ちしちゃった、と言いながらにへら〜っと笑う先生。
いつか本当に知らないところで死ぬんじゃないかこの人…。
先生の隣にしゃがんで、肩を貸す。
華奢な先生の腕を持つと、大人とは思えないほど軽い。
銃の方が重い気がする。
「…実は悪いことばかりでもないよ」
「何?」
「怒らないで聞いて欲しいんだけどね。」
「?。うん。」
「ーーーパンツ見えてた。白はいいね。」
「………!!!!!?」
ドバァン!!
鈍い音がシャーレに木霊する。先生の体が再び床に転がった。
先生が変なことを告白するものだから、貸した肩を軸にしてそのまま投げてしまった。
先生の視線を確認しながら、両手で膝上のスカートを抑える。
「いだいイオリ、いだい」
「ばか!ヘンタイ!」
「もう!心配して損した!!!!」
こっちは本当に心配してたのに。なんで先生はいつもいつも…!!!
「いやでも今のでちょっと不味くなったかも」
「自業自得だばか!」
「ごめんなさい、ほんとに助けて欲しい…です」
仰向けに転がった先生は大の字に伸びながら口元を抑えている。
白いを超えて青ざめた顔を見ると流石にやりすぎたかと反省する。
「…目、瞑ってて。」
***
「生徒にお姫様抱っこされる先生って、情けなさに涙が出ちゃう。」
「これなら先生の顔も手も視界に入るから、変なことしないか監視できる。」
「信用がないわね。」
「さっきの自分の言葉を思い出せ、ヘンタイ。」
「返す言葉もございません。」
「ほら、ついたぞ。」
「ありがとう。本当に助かるよ。」
一糸乱れぬベッドに先生を下ろすと、ずりずりとシーツの間に潜り込む先生。
一応今は朝なんだけどな。
“アロナ、2時間後に起こしてもらえるかな。”
ごそごそと独り言を呟いて、こちらに顔を向けてくる。
「そういえばイオリはどうしてシャーレに?今日当番じゃなかったよね」
「……いや、ただの偶然。」
「そう?でも朝一番にくるなんてーー」
「偶然ったら偶然。ほら、早く目を閉じて。」
かけっぱなしのメガネを外してあげると、縁に隠れたクマが顕になった。
ベッドの淵へと腰を下ろし、グローブを外して先生の目元へと手を伏せる。
「うわぁ、前が見えない。でも暖かくて気持ちがいい…ね」
「そうだろう。私体温は高いんだ。」
「あとなんかいい匂いする。なんだか興奮してーーー」
「このまま目を潰してあげようか先生♪」
「うわーいおやすみなさーい」
***
しばらくして呼吸音が整ってきたのが聞こえる。先生の目元から手を離す。
多分風呂にも入れてないんだろうな、指先を擦り合わせると若干手がベタつく。
ま、あの机の上と目のクマを見たら想像つくんだけど。
アルコールティッシュを取り出して、手を拭いてからグローブをはめ直す。
「無駄になっちゃった…かな」
バッグの底から丁寧に梱包された箱を取り出す。
お弁当、先生の食生活が壊滅的なのは当番をやってる生徒皆が知ってることだったから、ついでに作ってきたけど。あくまで“ついで”!
さて、それにしてもどうしようかな。
捨てるのは嫌だな、せっかく作ったのに食材が勿体無い。
机の上に置いておくのは露骨すぎる気がする。
何より他の生徒に見られるのはなんだか恥ずかしい。
それを言うと冷蔵庫もちょっと危ないか。
うーーーん…
…今回は持って帰ろうか。チナツかアコちゃんにでも渡そうかな。
「残念だったな先生、私の手作り食べられなくて。」
おでこをつんとつついて、私は部屋を後にした。
機会はまだまだあるのだ。急ぐ必要も特にない。
それに
「私はイチゴは最後に食べる派なんだ。」
静かに扉を閉めて
学校に遅れないように廊下を走った。
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【お昼ご飯】
固まった肩を解す様に背を伸ばすと、きんこんかんと待ちに待った鐘が鳴る。昼を知らせる鐘は今も昔もこの音らしい。
「ふぅ、もうお昼か。」
「お疲れ様。」
息をつく頃に、ドア1枚を隔てた廊下で楽しそうに雑談を交える事務員の声が聞こえる。どうやら今日のメニューは唐揚げ定食が人気だと。
「先生、今日の昼ごはんの唐揚げ定食ってどうなの?」
「お、今日唐揚げなんだ。」
手元の書類を整えて引き出しへと仕舞い、代わりに取り出した眼鏡をすちゃりとかける。
「ふふ、シャーレの唐揚げ定食といえば、それはもう大人気だよ!」
シャーレのご飯はなかなかに美味しい。まさに今日の唐揚げなんかは絶品で、やや硬めに2度揚げされた衣に歯を立てると、ざくりざくりと心地よい破砕の感触が口内を踊る。香ばしさが口いっぱいに広がれば主役の肉が顔を出す。
衣とは対極なふわりと柔らかい肉は噛んだ端から肉汁があふれ出て、それにご飯を合わせて食べるともう最高なのだ。
「そうなんだ?」
「そうなんだよ!」
ぐいっと身を乗り出した先生の思った以上の熱弁に、イオリは圧倒される。
「年々油物がきつくなる私でもペロリと平らげてしまうくらい!」
こうしちゃいられない!と今にも走りだそうな様子の先生に少したじろいだ。
「———イオリ、どうかした?」
「その、実は…」
スンと黙ってしまった彼女の様子を察してか、先生が心配そうな顔でイオリの顔を覗き込んだ。彼女はバツが悪そうに体をもじもじとさせてから一瞬あった双眸をぱっと伏せてしまう。
しばらく立ちすくんだままだった二人だが、イオリが後ろ手に結んでいた両手をおずおずと目の前に差し出す。それはスマホよりも一回り大きいサイズの弁当箱だった。
「いつもデスクで食べてたから、お弁当。作ってみたんだけど。」
「…もしかして、手作り?」
「そうだけど何」
改めて明言されると照れよりも恥ずかしさが勝って、褐色肌の長い耳先が赤く染まる。
「文句あるの?もういいじゃん私が食べるんだし!」
差し出した弁当箱をそそくさと仕舞まおうとするイオリの手に、先生の手が重なった。
「あ、ちょっとー!」
「すーーーーっごくうれしいよ!ありがとうイオリ」
「今開けてもいいかな」
ニコニコと笑顔を向ける先生にどうぞとジェスチャーを進めると、先生はゆっくりとその青い布をほどいて、弁当箱の蓋を外す。ぎゅう―—と詰められた唐揚げがこれでもかと言わんばかりに姿を現し、周りには卵焼き、トマト、レタスと彩りが施されている。
「すごくおいしそうだね!ありがとう。」
「どういたしまして」
顔が熱くってまともに先生のほうを向けない。でも受け取ってくれたことは嬉しかった。それにおいしそうだって。そういってもらえたなら、渡せてよかったかな。
気分を落ち着かせて、改めて先生のほうを見れば鼻歌交じりに弁当の布を閉じなおす姿が見える。
「よーしじゃあ食堂に行こう!」
「? ここで食べればいいだろ。」
「だってイオリ、自分のお弁当持ってきてないでしょ。私のおすすめの唐揚げ定食も食べてみてよ。」
バレてた。適当に外で買ってこようと思ってたのに。こういうところが目ざとくて嫌いで、それで
「何より私がみんなに自慢したい。”いいでしょう?生徒の手作りなんですよ”って!」
「やめて?!ねぇ?!恥ずかしいから!」
こういうところが本当にもう大っ嫌いだ。
「やだもう返して!」
「ダメで~す。もう貰ったから私のもので~す!」
「あコラ走るな!おい先生!!」
その日、お昼が終わりにすらりとした足からきつい一撃を貰ったが、その後はどこか嬉しそうに尻尾を寄せてくるイオリだった。