イオリと先生   作:じーYA

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pixivにも同名で同じものを上げています


紙飛行機

「あいた」

 

 反射的に言葉が出るが、別にそれほど痛くない。ドアを開けると同時におでこにこつりと何かが当たった。私に激突したそれはひらりひらりと宙を舞い、床へとふわりと着陸する。

膝を折って拾い上げてみればなんのその、よくありそうな紙飛行機だった。ちょっと違うのは先が広く綺麗に曲げられていて、素早く飛ぶというよりも遠くまで飛ばすことを考えたようなフォルムをしている。目線を前にやると紙飛行機の持ち主が椅子の上で胡座に頰杖をかき、右手を前に放りだしたまま固まっている。心なしか顔が青白いのは体調不良か現状によるものなのか、分からない。

 

 それを見て私は見せつけるように拳を握りしめ、椅子横のゴミ箱へと軽く投げる。綺麗な弧を描いた紙飛行機だったものはゴミ箱のフチをこづくと、カラカラと音を立てて踊った。

沈黙を破ったのは私のほう。笑顔で。

 

「で?何か私に言うことはないのか」

 

「えと、ナイッシュー…?」

 

「先生?」

 

 笑顔を切り替えて、ぎろりと目線で訴えかける。睨まれた先生は萎縮したのか、肩をすくめる。

 

「ごめん、まさか誰か入ってくるとは思ってなくて」

 

 椅子の上で正座をして、頭を下げる先生の謝罪は映画の影響を受けているのだろうと思うが、あまりにもこの部屋に似合っていなくて逆に滑稽に映った。

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ、何で紙飛行機なんて飛ばしてたの」

 

 隣で無心に右手の判子を上下させる先生に声をかける。このご時世であれば電子印鑑でもいいだろうと思うけど、学園内でハックの可能性を考えると昔ながらの印鑑と直筆サインという物理的調印の方が都合がいいらしい。それなら当番に押させても変わらないだろうと提案すれば「それはできない」ときっぱり断るのは先生らしいか。

 

「気分転換というか、ある種のおまじない、願掛けというか」

 

「おまじない?願掛け?」

 

「そう」

 

 んー、例えばこれ。そう言って書類の束を1枚ずつ捲って渡されたものは1枚の書類、というにはその体をなしていない。先生の印はまだ無い。中身をざっくばらんに言えば「部活動での諍いの解決に協力して欲しい(武力抗争)」というもの。

 

「頼ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり困るんだよね」

 

 いややっぱり嬉しくはないかも、と申し訳なさそうに笑う先生が続ける。

 

「私に出来ることなら手伝うし、求められればドンと任せなさい、と言いたいけれど。こんな風に対立の上どちらかに手を貸すっていうのはちょっとね…立場的にも心情的にも難しいというか」

 

 先生としては『生徒の味方』というスタンスが悩みの種らしい。だからこそ誰の味方にもならないんだな、というのは皮肉が効き過ぎているから言わない。

 

「で、そういうのをこうやって紙に書いて」

 

 机上の幅広な付箋に何やら雑に何かを書き込むと、テキパキと指先を滑らせてあっという間に四角形の平面から紙飛行機を造りあげる。でも先生の折った紙飛行機は角の合わせがガタついていて、ちょっとかっこ悪い。なんだか普段の生活のようなズボラさが見て取れる。

 

「出来上がったら投げるわけ」

 

 くるりと椅子を回して持ち手から放つ。手首のスナップだけで投げられたそれはひゅうと部室内を滑空し、壁にぶつかると思えばくるりと下に旋回をして、床をぎりぎり擦りながら足元に戻ってきた。拾って中身を開いてみると”No.1245“と筆記体に書かれている。おそらく先ほどの書類の通し番号だろうか。

 

「長く飛べば解決には長期的な話になる。安定して飛べば物騒な事なく解決する。逆に早く飛べばすぐに解決する。不安定に落ちれば一波乱起きる。みたいなね」

 

「ふーん。これはどんな感じなの」

 

「んー、壁にはぶつからなかったから大きな障害は無し。着地も綺麗で早かったからスムーズに収まる…って感じかな」

 

 案外小さい認識のズレが後々響いて今になったのかもね–––そう言って開いた付箋を私から受け取ると、それは先ほどの書類に貼り付けられて別の引き出しに仕舞われた。

 

「あくまで願掛けの類だから、結果がそうだったからといって手を抜いたりはしないよ。それにこれは本当に参った時のおまじない。何かしらの指針が欲しい時に第三者の目線になれるんだ」

 

ふうん。まじまじと見つめてちょっと思った。

 

「これ。投げ方とか折り方とかで結果狙えるんじゃない?」

 

「それしちゃおしまいよ?!まぁそこまで真面目に捉えるものじゃ無いけどさ」

 

 先生が勢いよく突っ込みながら机の上のお茶に手をかける。コーヒーはカフェイン多量摂取になるからといって禁コーヒー中だ。ずずりと啜りながら思いついたようにこちらに顔を向ける。

 

「イオリもやってみる?今悩んでることとか、どうしよっかなーって棚上げしてるやつとかあれば」

 

 机の上を人差し指で滑らせてきた付箋を一瞥して、そのまま私の人差し指で返す。

 

「私は先生ほどズボラじゃ無いからな、そんなのは特に無いよ」

 

 くすくすと笑って返す私に、先生も「そんなにズボラかな」なんて頬をかいて笑う。

 

「そ れ に 」

 

 おほんと咳き込んで空気を引き締める。

 

「これ以上先生をサボらせるわけにはいかないしな」

 

「ぐえ、バレた」

 

 くるくると椅子を回して遊ぶ先生を止めて机に向かわせる。この様子じゃ今日も定時内には終わりそうにないな–––という確信があるにも関わらずそれが嫌じゃ無いのは、当番として少し不真面目だったろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボールペンの走る音、打鍵音、喉の鳴る音、電話の音。そう言ったものが時間と一緒に流れていって、あっという間に外が暗くなった。

 

「区切りもついたし、じゃあまた明日先生」

 

「はーいお疲れ様。今日も助かったよ。気をつけて帰ってね」

 

 先生は椅子を回してこちらに振り向くとすぐにデスクへと向き直った。先生は助かると言ってくれるけど、あの様子を見ると自分のできる幅の狭さに憤りを感じてしまう。扉に手をかけて、もう一度振り返る。前のめりな背中はパソコンと熱烈なキスしてしまいそうなくらいで、こちらに振り向くこともない。

 

(…………)

 

 カバンに手を突っ込んでから一枚、適当な紙を引っ張り出す。そうして私は–––。

 

◆◆◆

 

「うぅ〜〜〜っはぁっ」

 

 時計を見ると0時を過ぎていて、時間を気にした途端に眠気が体を包む。眠気覚ましに手軽なカフェイン飲料に手が伸びそうになるが、今は禁カフェ中。何度も破ってきた私が今度こそ大丈夫です!と説得して入院を拒否したのだ。それを破るとなると今度こそ雷が落ちるどころか監禁すら辞さないかもしれない。救護騎士団、救急医学部はそこまでやりかねない。

 久しぶりにしっかり寝ようかな

 仕事も順調ではないもののちゃんと目に見える程度には捌けている。リンちゃんも最近は業務都合をつけてくれることが多くなった。当番や生徒の皆のおかげで随分と楽にはなった。それでもカフェインを欲するのは「楽になったからじゃあもっと仕事しよう!」となる私のワーカホリックがよくないんだろうな。

 ああいけない本当に欲しくなってきた。

 …だめだめ今日は寝よう。

 そう決めたらもうあとは早い。パソコンの電源を落とすのは億劫なのでスリープモードに移行し、机の上の書類群はまとめて鍵付きのロッカーにしまう。仕舞う最中に山が崩れたのは見なかったことにする。幸いにも未回答書類だし、明日の朝の自分がなんとかするだろう。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁふ…」

 

 大きな欠伸を交えてデスク側のソファで横になる。休憩室もあるがそちらで寝ると朝までに起きられない可能性が高い。その点ソファであればこのゴツゴツ感でいい感じのお時間に目を覚ます。これもバレたら雷だろうけど寝てるだけ偉いということで見逃してもらおう。

 

「…」

 

 寝る前に最後にメールをチェックしようと、パソコンは閉じてしまったのシッテムの箱をソファの隙間に入れて固定する。蒼く煌めいた画面が眠気を少し醒ませてくれる。

 

「…」

 

 開いたばかりだというのにうとうとと目の焦点が合わなくなってきた。これはそろそろ寝れるな–––そう確信した私の頬に何かが落ちてくる。焦ったい、私はもう寝るんだ。そう無視しようと努めようにも、何かにさわさわと這われているようでこそばゆい。頬をかくついでにそれを雑に手に取る。

 

「なにこれ…レシートか?」

 

 手触りがツルツルとしている、それに印字からもレシートであることは間違いない。なぜか綺麗に折りたたんであるレシート。ぐしゃりと開いてみれば今朝方のものらしいが、一部で切られている。

 

「誰かが捨てていったのか…」

 

 私は今日コンビニで買い物をしていないのできっと生徒のものだろう。いつもならジロジロ見るのも気が引けるが、あいにくにも今の私の頭はそれを考えられていない。仰向けになってぼけっと何も考えずにレシートを見つめる。見つめているだけだ、文字なんて読めやしない。そうしているとあることに気づいた。透けた裏に何か書かれている。

 

 なんだこれ

 

半目でピンぼけした目を擦って、アンビグラムを読み解くように。

縦に横に

右に左に

無尽にぐるぐると動かす。

 

 

縦に上に、横に下に、裏に表に。

これは見たな、ここも見たな、これももう見た、あと何を見てないんだっけ。

何度も同じ景色を繰り返している気がする。

眠気で十分の一も頭に入ってこない。

筆跡に見覚えはあるのだ。

あと少しで何かわかる気がする。

寝てしまったら忘れてしまいそうで。

 

 

 

「––––––––––」

 

 

そのうち腕が力無くだらりと垂れて、すぅ、すぅと寝息を立てる。

動かない彼を労わるように、自動電灯がふっと消えた。

床へと投げ出された指先から、ほろりとレシート紙が落ちる。

 

それは急降下すると激突直前で弧を描いて、ゆっくりとソファの下へなめらかに潜り込んだ。

一枚の紙に書かれたたったの二文字。

それを見つけるのは、きっと遠くない未来。

 

 

Fin.

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