これはことあるごとにシャーレに顔を出す前の時期。
その日イオリは連日連夜のカタカタヘルメット団相手の任務にようやく決着がつき、現場を回収班に任せてゲヘナに戻るところだった。風紀委員会として自分の実力を高く評価されていることも、自分でも多量の経験を積んでいることに誇りを持っていても、やはり連日の戦闘は身に応える。
ワンショットワンキルを意識して銃を振るうも、長期でしかも集団戦となるとそう上手くはいかない。最低でも敵対人数と同等もしくは近い数の弾は必要になるし、前に出るのであれば補給はある程度自前で用意しなければならない。
結論、体の至る所に物資を忍ばせることになるが、それはまさに少年漫画でよくあるような重量トレーニングのような感じで、敵対相手とタイマンでやり合うよりもよっぽど疲れる。それが嫌でさっさと銃弾を使い切ってしまわんとばかりに敵陣に切り込んだこともある。
集団に突っ込んで大立ち回りをするのは嫌いじゃないからこそやるんだけど、あまり酷いとチームの統率が乱れるし、最悪始末書を書かされることもあるから要注意な戦法。
そう、その最悪に両の足突っ込んだのがまさにこの日だった。中々攻めきれずにじりじりと体力が削られ、前日からの疲労蓄積もピークで、攻めより現状維持なスタイルにストレスも蓋から溢れんとする程のギリギリだった。そんな中でも現場指揮としての責任だけで冷静に努めてようとしていた瞬間。
ちらりと敵陣に目をやった、そんな数刻。流れ弾、偶然中の偶然、奇跡の一投、他になんと形容もできない一発のバラベラム弾が眉間にぶち込まれては、いかなイオリでもバランスを崩すのもやむなしというもの。気づけば姿はそこになく、前を見れば残弾の少ないSRを両手に敵陣に突っ込む隊長の姿を見た。風紀委員会メンバーもここぞとばかりに便乗し、乱戦に混戦を極めた現場は双方被害拡大となりながらも風紀院会は敵アジトの壊滅を成功させた。
予定よりも数時間早い出動で回収班がアタフタしていた中、ある生徒が敵陣の真っ只中で硝煙に塗れながら、リーダー格と思われる生徒を足蹴にして佇むイオリの姿を見た。持ち込んだ2丁のSRのうち1丁はその場に突き刺さり、右手でフォアグリップを握られたもう1丁はグリップがひしゃげて、取り付けられたアタッチメントがまるで鋸かのように牙を顕にしていた。風に靡いた銀糸から覗く据わった眼と、次の獲物を探すように揺れる尻尾はまさしく悪魔だったとその生徒は語る。
そんなこんなで大舞台を繰り広げた結果、当初の作戦が遅れ気味であったとはいえ部隊に甚大な被害を与えたことは行政官が目を瞑るには少しばかり難しかったようで。
「だからって”反省も兼ねて歩いて帰ってきなさい!“はないよアコちゃん…。」
ところどころ破れた制服を羽織って、ぱんぱんに膨れた足を一歩づつ動かす。機能していない信号を幾つか過ぎて、たまに立ち止まる。心は早く早くと急いているのに体が追いつかない。ようやく走る車を見かけるような場所に着いたのは夕日も暮れて、まばらに暗くなりかけている頃だった。
はぁ。ここから駅行きのバスに乗って、それから電車に乗り換えて、それから。
内心うんざりして携帯で時刻表を確認したとき、目の前を白のワゴン車が通りかかった。なんとなしに横目で眺めていたら、そのままバス停前を過ぎたくらいで不自然に止まった。
(なんだこの車、なんでこんなところで止まるんだ。)
携帯に顔を落としたまま腰に手を回すふりをしてサブアームに手をかける。降車にしてはここは駅前でもないし、乗車にしたってこの辺は私以外に人がいないのは数分前から知っている。もしかして狙いは私か、などとそんなことを考えるうちに車から一人、白いスーツに身を包んだ男がでてきた。
「あの」
素性も知らない異性(しかも明らかに年上)に声をかけられて「はい、大丈夫です」と答える奴がいると思っているのかこの不審者は。腰の手をそのままに「何か用ですか。というかどなたでしょうか」と問い返す。
問い返しに対してぽかんとした不審者は、少し笑って首から下げるプラカードを取り出した。
「これは申し訳ない、私は連邦捜査部S.C.H.A.L.E、その担当顧問として赴任した者です。名目上は先生ということで通ってます。こんなところでこんな時間に一人で、しかも随分と足が重そうに歩いている生徒を見つけたので声をかけさせてもらいました」
首から下げるプラカードを覗き見るにどうやら本物らしい。そういえば車のドアにもそんな風な刻印があったような。とりあえずの身元が知れて、サブアームから手を離す。
ていうか待って、よくよく顔を見てみればなんとなしに見覚えがある。…いやそんなレベルじゃない。忘れようにも忘れられない。実際には顔は見えていなかったけど雰囲気ですぐに分かった。この人が
「私の足舐めた変態だ!」
「やはり銀鏡さんでしたか。それと、それは事実ですが言い方がよくない。あれは不可抗力です。私だって舐めたくて舐めたわけでは決してないんですよ」
「嘘つけノータイムで舐めにきたくせに!あの後しばらく委員長に詰められたり委員会内で変な噂立ったりしてホントに大変だったんだぞ!!」
「それは大変申し訳ない。ですが発端は銀鏡さんの発言からです。これからは控えるように頑張りましょう。でないと今度はもっと大事になりますよ。例えばそうですね。落とし穴に落ちた写真を取られるとか、知らないうちに卒アルを回収されるとか、はたまたローアングルで覗かれたりするかも知れません」
「そんなことある?!ないでしょ流石にさぁ!」
「絶対にない、とは言えないのが怖いところですね」
「なんで?!」
ああだといえばこうだと言う。なまじ正論をついて来るかと思えばお巫山戯に混ぜっ返されるのだから反論の言葉に詰まる。
それを見計らってのことか「さて」と先生から口切られる。
「顔も思い出していただいた様ですし。銀鏡さんは任務の帰りでしょう。近くまで送りますよ」
任務という言葉にぴくりと長い耳が跳ねて、気持ちが切り替わる。
挑発する様に腕を組んだ。
「はっ、ただの先生に一体何がわかるって––」
「わかりますよ。この先で行われていた大規模鎮圧作戦に参加されていたでしょう。しかも前線で暴れましたね。遮蔽物を使わないと言うのは清々しくて好きですが、それで被弾が三割強増えるのは見逃せません。しかも単騎突入だなんて。大きな怪我がなくて運が良かったですね」
こちらの言葉尻を予見していたように一息にまくし立てられて、なのに「それと」とまだ続ける様子に若干引いた。まるで見てきたかのように語る先生の姿は、“生徒を心配する先生”というよりも“状況分析するマシーン”のようだ。息継ぎが必要なところ以外は。
「…なんで分かったの」
自分でも意識していたところを指摘されて、内心びくびくして無難な答えに落ち着く。
「ふぅ……理由として二つあります。一つめ、その作戦の指揮は私が引継ぐ予定だったから。ゲヘナ学園からの正式な依頼でね。いざ向かえば両者壊滅という形で終了していましたが。そして二つ目」
笑顔を貼り付けた顔で右手をピースサインにした先生は私を眺めて、息を整えるにしては長いくらいに溜めた間を破る。
「自分の服装、少しは気にした方がいいですよ」
「?…あっ」
咄嗟に組んでいた腕で胸元を覆う。別にそこを露出していたわけではないが、その一言で急に不安に恥ずかしくなった。とにかく、と続ける先生の目はすでに私に向いていなくて、代わりに差し出してきたのは上着だ。白が基調のシンプルな。しみ、汚れひとつない。
「こんな時間に一人で歩き回るのは感心しません。家まで送りますので車に乗ってください」
「いい、一人で帰れる」
「できるできないの話ではなくて–––」
「いいって言ってるだろ!」
無愛想にそう返して、しかしと言い淀む先生に追い打ちをかける。
「先生が生徒に対して“俺の車に乗れ”って強引に言う方が感心できないんじゃない?」
「…そういわれると私はこれ以上何も言えませんね」
「くれぐれも気をつけて帰宅するように、寄り道はいけませんよ!」
散々に繰り返された言葉になかば適当に頷いていると、窓から顔を出した先生の車が遠くなっていった。そのうち交差点の角を曲がって見えなくなりそうな所でまたも車は止まった。開けっぱなしの窓からハンドルを握った先生の姿が見える。
「本当に乗って行かなくていいんですか!!」
「まだ間に合いますよ!」
いい加減にしつこいというか、お節介というか。軽く手を振って“あっちへいけ”と仕草で返す。そうして車は窓を閉めるのも忘れて、ついに見えなくなった。
本当は乗っていきたかったが、そんなのはあの変態に負けを晒すような感じがして、「はい」なんて返事ができるわけもない。
別に先生が嫌いなわけもはない。後から聞けば切羽詰まっていた状況だったらしいし、あの問答ですら時間が惜しかったのだろう。第一印象は下の下の下の下だけど、根は悪い人ではないことくらい今のやり取りでもわかる。
そんな相手に言い方がキツくなったのは申し訳ないとは思うが、そこは十七の乙女心をわかってほしい。
「はぁ、いくか」
これだけでもと手渡された真っ白な上着を緊張しながら制服の上から羽織ると、サイズ差も相まって白衣みたいなシルエットにほんの少し気分が上がった。
アニメ6話、イオリがとてもよかったですね