「先生。頼まれてた資料、アップしといたから確認お願い。」
斜向かいに座る先生に聞こえるように椅子から立ち上がる。先生は齧り付いていたパソコンからぱっと目を離し、こちらを向く。
「もうできたんだ。相変わらず仕事が早くて助かるよ、ありがとうねイオリ」
破顔させた先生の雰囲気と真逆な深いクマが見える。一体どれだけ寝ていないんだ。
思わず眉を顰める。
「礼はいいから手を動かして。あと他にこっちで処理できるものがあったら回してくれ」
「あはは、相変わらず手厳しい。」
「でもありがとう。それじゃ次はこっちの書類を…」
先生が厚い書類を片手にこちらの机に回ってくる。呼べば私からそっちにいくのに。相変わらず行き過ぎた気遣いというかなんというか。
時刻は6時を過ぎた頃、シャーレの開けた窓からは夕日が綺麗に見える。茜色の光はレースのカーテンを超えて部屋をハイライトに染め上げる。
それに照られた先生の横顔はなんだかいつもよりキリッとして、それなのにくたびれた首元のtシャツが、ちょっと雰囲気が出てかっこいい…かも?
「—って感じなんだ。ベースの資料はこれ。分からない箇所があったら何でも聞いてね」
「あ う、うん。任された」
横顔に見惚れていた私は、声をかけられて意識を手元の書類に戻す。
「大丈夫?なんだかぼうっとしていたみたいだけど…」
先生が顔を覗いてくる。先程まで見つめていた顔が近付いてきて、咄嗟に書類で顔を隠してしまった。先生は一拍置いて ああ と合点がいったように。
「今日は朝からずっと一緒にデスクワークだったから…疲れてるよね。」
ごめんね、両手を合わせながら申し訳なさそうな顔でこちらを見る。
はぁ?
想像していた言葉とは180度違った回答につい心の中で聞き返してしまった。
いや別に疲れた訳じゃないけど。でも「先生を見てて話を聞いてなかった」なんて、口が裂けても言えない。
「別に疲れてない。書類の件はわかった。」
「そう?ほんとに疲れてない?足舐めようか?それとも—-」
「疲れてないったら!というかそう思うなら足を舐めようとするなヘンタイ!」
妙にぐいぐいと来る先生を両手で押して無理やり距離を作る。
「でもさっきまで顔も耳も赤っぽかったから。熱がありそうなら無理はしないでね。」
「ッ!」
私に押し戻された先生は、そのまま席の方に戻っていく。
よく見ている。
ほんとに余計な気遣いだ。
「—違うから。顔が赤かったのは夕日のせいだし。」
ボソリと呟く。
空調の効いた適温の部屋で、もうそこまで熱をもたない夕日に背を向けて
机の上の書類に目を通す。
うるさい心臓の音を掻き消すように、乱暴にキーボードを叩いた。