「先生 寝てるのか?」
空調がきいた室内で日差しが気持ちのいい午後3時。シャーレの近くまで来たから顔を出してみたら先生が机に突っ伏して寝ている。お決まりのように片腕を組み顔をうもらせている。
仕事中だと思ったから差し入れ買ってきたのに…
下の階で購入した2人分のカフェオレを机の上に置く。あまりに静かなので死んでいるのではないかと疑ったが、肩が上下しているので生きているようだ。少し安心した。
水滴で濡れた手をそのままに先生の頬を突いてみるが、特に反応は貰えない。
むぅ、せっかく顔を見にきてやったのに反応がもらえないのは何か損した気分だ。
いつも足を舐めにくるくらいに私に構ってくるくせに。
暇潰しにすやすやと気持ち良さそうな先生を観察してみる。上着は椅子にかけられており、寄れたシャツは第一ボタンが開かれている。片手にはペンが握られているが、書類は先生の身体でくしゃくしゃだ。首元が若干汗ばんでいるところを見ると、おそらく外周りから帰ってきたらそのまま疲れて…と言ったところだろう。
そうだ、良いことを思い付いた。
いつも揶揄われている仕返しでもしてやろう。
「せーんせ...♪」
猫を被った声で囁き、ふぅっ と耳元へと優しく息を吹きかける。先生は体を揺らすだけで息に乱れもなければ起きる気配もない。なんだか恥ずかしくなって直ぐに顔を離す。
ほんとに寝てる...のか?
(ーーーこんなに無防備に…?)
一瞬、周囲の時が止まる。
胸がざわめく。部屋には私と先生だけ。
側には当番の生徒の姿も見えない。
意識したとたん、とくん と心臓の音が聞こえた気がした。それはだんだんと気のせいではなく、体温の高まりで感じることが出来る。空調はごうごうと部屋を冷やすが、いまの自分にはそれを感じることはできない。
いや、だめだ。一旦落ち着かなきゃ。
外の空気でも吸いにいこう。そう思って入り口へと歩を進めてドアに手を掛ける。もう一度振り返るが先生は相変わらず机に突っ伏して微動だにしていない。無防備な背中だけが上下する。
※※※
そのまま一体どれくらい経ったろうか。私は極めて冷静に、開けっぱなしにした入り口のドアを閉め、後ろ手に鍵をかける。
ガンラックへと銃を預け、うるさい鼓動を耳で感じながら音を立てないように静かに足を進める。
ほんの数メートルの距離なのに、まるで全力疾走のように息使いが荒くなる。
先生の隣へと立ち、辺りを見渡してからゆっくりと先生の首元へ震えた手を伸ばす。ジワリとした汗ばむ肌が私の指を吸い付ける。触れ合った部分が熱を持っていくのが分かった。
そのまま汗で摩擦が少なくなった指の腹をつつりと襟首に沿わせていく。
「んん…ぅ」
先生は少し反応を示したが起きる様子はない。よほど疲れているのだろう。
あたりを見回す。午後から外回りだったからだろうか、ホワイトボードの当番の報告欄には“午前上がり”と書かれている。つまりこの部屋この時間、シャーレには私と先生しかいない。
胸の鼓動が辺りの音を飲み込んでいく。高まる体温で乾いた喉を潤すように、ごくりと唾を飲み下す。
いつもいつも先生からやってきてるんだから
熱い吐息が長く細く漏れる。尻尾が先生の内股へと絡み、赤く上気した顔が吸い寄せられるように先生の肌へと近づいていく。
「先生が先に手を…いや舌を か。なんにせよ」
口角が上がる。
「やったからにはやられても…文句は言えないぞ?」
机の上のカフェオレがかいた汗は
受け止められることなく床へと滴り落ちた。