10月31日 今日はハロウィンだ。元々は収穫祭だったらしいがどこが発祥なのか、どういうお祭りだったのかを知っている人は誰もいないだろうし、誰も知ろうはしない。ただ、はっきりとしていることが一つある。
「先生、流石にこれは…」
「これ似合うんじゃないかな〜!イオリはどうかな?」
等身大の鏡越しに映される自身。隣に映る先生はコートラックからガチャガチャと服を取りだしては、あーでもないこーでもない独り言を呟きながら私の身体に重ねてくる。
そう、今日は先生に好き放題されるってことだけだ。
「は〜〜かっわい〜〜。イオリは狼耳も似合うね〜」
「狼耳なら服は和装…巫女服なんてどうかな。あ、なんならガッツリ和装もあるよ!着付けなら任せてね。」
「はぁ…」
それもこれも原因は今朝のアコちゃんの一言だった
———
「今日は風紀委員全員で仮装した状態で業務を執り行います。」
「委員長にも季節のイベントをほんの少しでも楽しんでいただかなければ!」
「なので、まずは外堀から埋めます!これは命令です。皆で仮装をして本日の業務を執り行いなさい」
当の本人が委員長の魔女っ子コスが見たかっただけでしょ、と執務室にいた誰もが思った。しかしあんな形相で指揮を取られてはなかなか反論なんてできるものじゃない。結局私もチナツも流された結果、魔女モチーフの鍔の広い三角帽子をかぶっての業務となった。
いつにも増した銃撃の喧騒と雑踏。それらを鎮圧しながら町中をパトロールする。
大声を出しても気にならないのは幾分か気持ちよかったけど、律儀に三角帽子を被っての業務はなんだかいつもよりやりづらい。鍔が深くて前が見えづらいし、何よりふと窓に反射する自分に気づいて恥ずかしさが込み上げる。
そんなこんなでシャーレの近くまできた時には
逃げ込むように飛び込んだのだ。
***
今日は朝から少し忙しかった。お菓子の準備をしたり、移送の準備をしたり。何せ各校に対して用意するとなると数ヶ月前から用意しなければならない。手作りは難しいから業務用のものに自分でラッピングを施した程度だが、皆受け取ってくれるといいのだけど。
ハロウィン
前日から学園全体の空気が温まっていたのは感じていたし、私のモモトークに「どうですか?先生」なんて一言が添えられた自撮り写真を送ってくれる生徒もいたくらいだ。とってもお洒落で似合っているよ、と返すと花が咲いたように喜んでくれて、私もついつい楽しい気持ちになってくる。中には際どい格好をモモトークに晒す生徒もいたが、それはまた別の話。
そんな中、午前4時から進めていた準備と移送を終えて時刻は午前11時。
徹夜ではなかった。けれども睡眠時間は多くは取れなかったから眼がショボショボする。
(さて、通常業務に戻らなきゃな。)
下の階の自販機でコーヒーを入れているところだった。シャーレ玄関の自動ドアが開き、残暑を飛ばす涼しげな秋風が吹き込んでくる。空気が凪いだ頃、ちょうどコーヒーが入り終わったので片手に持って玄関を見る。今日は来賓の予定は無いはずだ。熱めのコーヒーに口をつける。
玄関の階段を上がる生徒と眼が合う。
「あ、せ、先生。その…」
「——-おはよう。」
鍔を持って深々と顔を隠したイオリがそこにいた。
思考が停止する。今日はおそらく忙しいと思うから会うことはないだろうと思っていた。
それに彼女はこの手のイベントに積極的な方ではないと思っていた。しかし現実に彼女は魔女のものと思われる三角帽子を被って目の前にいる。
いけない、キャパオーバーだ。
寝不足な頭は疲労感と相まってぼんやりとした感覚がじんわりと広がる。そこに加えて予想外の来賓と予想の斜め上を貫く服飾。口内を火傷するくらいの熱めのコーヒー。彼女の仕草。
頭の中ではこれら全てが整合性を保てず脳の処理が追いつかない。
私はもじもじとしている彼女を前にただただ立ちすくむしかなかった。
***
それで今に至る。鍔で顔を隠していたら急にばしゃりと音が鳴るものだから、顔をあげてみたらコーヒーをこぼして立ちすくむ先生の姿があった。
「お、おい先生!大丈夫か?!」
「ーーーーーーーーー^^ーあーーーーーーーーーーーーー」
一度こちらに対して目を向けたかと思ったら顔を両手で覆って大きなため息と同時にしゃがみこむ先生。なんだどうしたと慌てたけれど、本人が
“イオリがかわいすぎてむり、もっと色んな着せ替えさせてくれたら元気でる”
なんて死にかけの顔で言うものだからつい二言返事でokしてしまった。
そしたらこれだ、元気になったのはいいけどさっきから服を着替えては写真を連写するのは…ちょっとやめてほしい。
「ふぅ、一通り試してみたけど全部似合ってたね。ありがとうイオリ。」
「満足したか、先生。」
「ああ、おかげでもう元気いっぱいだよ!」
コーヒーで濡れたヨレヨレのシャツを着た大人に元気があるのかは甚だ疑問だけど
「まぁ、元気になってくれたなら良かったよ、それじゃ」
ここにきた時に被っていた三角帽子を被り直し、先生へと両手を向けてがおーっとポーズを作る。
「今日はそう言う日だから!……と、Trick or Treat」
「ふっふっふ、そう言ってくることはお見通しだよ」
先生はここぞとばかりに後ろ手に隠していたであろう小包を渡してくる。中身はラスクか、それに近しいものだろうか。バターの甘く香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「ありがと先生。じゃあ」
「あと10個は用意してもらおうかな」
手渡された小包を受け取り、そのままポケットの中に仕舞う。
「え“」
すっとんきょうな声が聞こえたが、そんな先生なんて知らんぷりで私は続ける。
「だってそうだろ。先生が私を着せ替えた回数はおおよそ10回。」
指を折って数えてみる。衣装を着替えた回数だけでも10回はくだらない。悪魔のコス、メイド服、シスター服、妙に背中と脇がスースーする白基調の服などなど。カチューシャや尻尾のアクセサリまで含めれば20回はゆうに超えるだろう。本人は楽しすぎて数なんて数えていない様子だけど。
「最初の私の仮装と合わせても11回、私はTreatを要求できることになると思うけど?」
「うー、ん?確かに?」
「Trick or Treat」
再び発せられた言葉、今度は甘く、誘惑するように。
「…Trickで」
「はい。じゃあしゃがんで、目を瞑ってて」
「ーー」
クマが深い先生の顔に徐々に近づき…
いつものお返しと言わんばかりに、先生のほっぺたを摘んで伸ばしてやる。全然伸びない頬肉。
ざらっとした髭の剃り残し、どうせまた整える暇もないくらいの時間から仕事していたのだろう。グリグリと少し強めに引っ張ってやる。
「これで9回分」
十二分に気分が晴れたところでパッと手を離す。
頬をさする先生に間髪を与えずに胸元を掴んでぐいっと引き寄せた。
先生は意を突かれたように慌てている。ふん、不意打ちされるのは苦手みたいだな。
三角帽子の深い鍔の中で2人の顔が近づき、私は先生の耳元へと口を運ぶ。
「任務の後になるけど、今日は外ではパレードなんかもするらしいし」
「これが10回目、最後の
時間にしてわずか4.5秒程度、そんな永遠のような時間が過ぎる。意を決して私は
先生の体から手を離し、ターンを返して先生へと振り向く。
「どう、先生?一緒に、外に出てみない?」