謀略
甚爾が禪院家を出奔し、義爛と契約を結んでから一年が経った頃の話だ。
甚爾の噂は裏社会に既に広まっており、性別が男であることとおそろしく強いこと、そして義爛伝手でしか連絡を取れないことは、ある程度の"深さ"に踏み込んでいる人間であれば誰もが知る話となっていた。
そうなると当然殺しの依頼は大量に殺到するようになるのだが、だからといって毎日が仕事漬けになるのかと言われると否と言えるだろう。
甚爾は気まぐれであり、依頼を受けるも受けないも気分次第、あるいはその懐事情によって変わる。そのため、依頼を請け負わない期間も生まれるわけで、意外と休日と呼ばれる時間は多く存在していた。
無論、その分ヘイトを買うこともあり、存在を知られている義爛が命を狙われることになったりするのだが、甚爾としては何処吹く風と言ったところだ。ただ、義爛の優秀さは甚爾も当然理解しており、義爛から連絡が来た際にはしっかりと助けに行くのだが(当然金は取る)。義爛の胃が痛む。
そんなわけで、義爛のストレス事情など知ったこっちゃない甚爾は、競馬場へと訪れていた。
"個性"が生まれて以降、一時的にギャンブルという娯楽自体が風前の灯になった。未来視や心を読む"個性"などが生まれ、賭け事が成り立たなくなったからだ。
しかし、それも昔のこと。今では法の整備や科学の発展により、それらを防ぐことが出来るようになっており、段々とかつての盛り上がりを取り戻してきていた。
甚爾は賭け事が好きだ。
勝つか負けるか。大金を得るか失うか。それに追随して、目の前で巻き起こるドラマや伝説を見て、熱が灯る。このひりつく感覚は、普段請け負っている任務では得られないものだ。
甚爾の研ぎ澄まされた五感でも予想だに出来ない未来は、脳汁という脳内麻薬を生み出し、天与の暴君の脳を焼いてしまっていた。
しかし、甚爾はギャンブルで勝った試しはない。
いや、正確に言えばやり始めたばかりの頃は勝利していたのだが、一度得た快感を忘れられなかったこの男はズブズブと沼にハマっていき、今ではただ無駄に金を賭場に振り込むダメ男と化していた。
「……マジか」
甚爾の賭けていた馬が、ゴール手前、僅かな差で差し抜かれ2着へと落ちていく。周囲はどちらが勝ったのかと騒めいているが、彼の視力は二頭の勝敗をしっかりと見極めていた。
「オマエは楽して稼ぐのに向いてねーよ」
「……」
ため息を吐く甚爾の背後に立っているのは、専属仲介人の義爛だ。
どうやら義爛はきちんと的中させていたようで、ニヤニヤと笑みを浮かべて甚爾に馬券を見せびらかしていた。
端金を賭けてはいないだろう。
大体、裏社会にいる社会の澱どもが賭け事をする場合、破滅しない程度の大金か、破滅するレベルの金額を賭けることが多い。良くも悪くも金銭感覚が狂っているからだ。
義爛もそのうちの一人。馬券を見れば、一般人が度肝を抜かれるような金額を賭けていることだろう。それでも、コイツにとっては消費しても問題のない値だ。
「何の用だ?」
「オマエに会いに来るなんざ、仕事以外あり得ねーよ」
「それもそうか」
甚爾と義爛は仕事以外では一切の関わりを持たない。
プライベートで関わったことはこれまで一度もなく、そして今後もそのような機会が訪れることもない。
煙草をふかしながら、義爛は言う。
「俺はな。オマエに付き合うのは仕事か地獄だけって決めてんだ」
甚爾も義爛も、互いに使えるから利用し合っているだけ。
必要なくなれば捨てるだけのこと。
少なくとも甚爾は、義爛が使えないと判断すれば処分する腹積りでいる。
「とりあえず、受けるか? 今回のはかなり金払いがいい。1は出る」
「乗った。内容を教えろ」
「がめついねえ。ほらよ」
そう言って渡されたのは、USBメモリだ。
勿論、これはただのメモリではない。
かちり、と接続部を押し込むと、甚爾の視界に今回の依頼内容が映り込む。
これは盗み見防止用のアイテムであり、直接眼球に光を当てることで保存されてあるデータを視界にインプットするという代物だ。裏社会にも流行りというものがあり、最近流通しているのがこのアイテム。おそらくあと半年程度は使われるだろう、と義爛は推測しているようだ。
(脱走した実験動物の処分、ね。非合法的に作られたか薬品漬けにされたバケモノが相手ってとこかな)
標的の詳細を確認し終えた甚爾は、USBを義爛へと返却する。
「一応聞いとくが"洗ってる"んだろうな?」
「当たり前だ。公安の罠なんぞに俺が引っかかると思われてるのなら、心外だね」
たまにだが、裏の住人を釣るためにヒーローや公安が偽の依頼を寄越してくることがある。それを精査するのも義爛の仕事だ。
「分かってると思うが、向こうも焦っているようでな。早速明日から向かってもらうことになる」
「問題ない。ちょうど久々に体を動かしたかったところだ。いいタイミングで来てくれた」
「……」
どの口がほざいてやがる、と口から出かけた言葉を義爛は飲み込む。
この男の気まぐれにも慣れてきてはいるが、その尻拭いをするのは毎回自分だというのを理解しているのだろうか? 理解してるんだろうな。知っていてもなお、態度を変えないのが禪院甚爾という男だ。
義爛が甚爾の態度に文句を言えど深く咎めないのは、彼の希少価値を理解しているからだ。
憶測ではあるが、禪院甚爾は平和の象徴と比較しても何ら遜色のないポテンシャルを持つ。オールマイトを殺すことが出来るとするのならば、甚爾か都市伝説の魔王くらいのものだろう。
(その魔王も、今や生きてるかは定かではないけどなぁ)
そのレベルの実力者を金で雇えるというのだ。その異常性を理解していない人間は、甚爾や義爛に怒り牙を向き、そして命を落とすこととなる。
裏の世界で生きていくコツは単純だ。
触れてはならない竜の逆鱗に触れないこと。
甚爾からしてみれば、他人なんぞ触れたら崩れる土塊以下の存在でしかない。下手に刺激するのはバカがやることだ。
「人間じゃねぇ相手は初めてだが、いけるのか?」
「さぁ、どうだろうな。案外あっさり死ぬかも知れねぇな」
「オマエが死ぬんなら、オールマイト以外はくたばっちまうだろうさ」
義爛は甚爾の実力を信用し、信頼している。
もしも甚爾を殺せるような実験動物を人工的に作れるのなら、この国の人間全て終わりだろう。
「移動の手配は向こうがしてある。遅刻すんなよ」
◆◇◆
翌日。
指定された場所に行くと、事前に聞かされた通りに白のトラックが駐車されてあった。荷台に近づくと自動で扉が開き、颯爽と乗り込む。
中には椅子やテーブル、タンスなどの複数の家具が置かれてあり、あり得ないことだがもしも取り締まりを受けた際に誤魔化せるようにしているようだ。義爛が用意した偽の身分証もあるため、警察やヒーロー程度であれば誤魔化しは聞くだろう。
トラックの乗り心地は意外と快適といってよかった。荷台は揺れないし、置かれてある椅子はそれなりの値段のするものなのか、座り心地は悪くない。普段から乗り慣れている使い捨て用のバンの座席とは雲泥の差だ。
箱の中を漁ってみると、ミネラルウォーターや軽食用のスナックなどが詰め込まれている。予めトラックの中にあるものは自由に扱ってもらって構わないと義爛づてで連絡はされている。
ペットボトルの蓋を開け、匂いを嗅ぎ、その辺に少量をばら撒き、安全を確認する。100%安心というわけにはいかないが、この世界では警戒に警戒を重ねるに越したことはない。
尤も、この肉体には毒の類は一切通用しないのだが。
行き先は知らされていない。どうやら目的地の正確な場所を知られたくないようだ。
とはいえ、そこに対して甚爾が別段思うことは何もない。そういった秘匿主義の依頼人は割といる。甚爾は依頼を受けたからといって、仲間になるわけではない。なるべく開示する情報を減らすのは裏に生きる人間にとっては当然の行為のように思える。
寧ろ、そういったタイプの方がスジを分かっており、トラブルが起きにくく助かる。
(まぁ、今回は少しばかりきな臭いところがあるが)
今回の標的は人工的に作られた実験動物。様々な動物のDNAを合成し、更にその中に個性因子を注入させることで"個性"を持った生物兵器を作ろうとしていたらしい。
明らかにこの国では違法の産物。問題はそこではなく、逃げられることを想定した予防策を用意していない点だ。
街中に被害が出ればヒーローが勘付き、足が付く。兵器に知能がなくとも、最初にカメラに映った場所を確認されれば、そこから捜査され位置を特定される。
そういう場合、基本的に脱走の策としいつでも殺処分出来るように細工をしておくはずだ。
研究成果が惜しいのかと思えば、そもそもの依頼は殺害だ。
ともすれば、細工していたその生物兵器に予防策が効かなかったのか。
あるいは──。
そこまで考えた時だった。
思考を止めた甚爾は、ふと天井を見上げた。
目を細めた彼は、トン、と軽く後方にステップし離れた──その瞬間。
ズンッ!!!!
天井が割れ、
甚爾は無理矢理空けられた天井の穴からトラックを脱出し、運転席の真上へと飛び乗る。
周囲の環境を確認した甚爾は、僅かに目を細めた。
「ああ?」
視界に広がっているのは、辺り一面を埋め尽くす森林。
何処かの樹海かと考えたが、即座にそれを否定する。
数百メートル先に見えるのは、砂浜と青い海。
襲撃者から意識を逸らさずに周囲を見渡せば、この森林を囲うようにして、海が広がっている。
(……ああ、そういうこと)
トラックに乗っていた時間は1時間にも満たない。
そもそも、車では橋や海底トンネルなどを使わなければ離島へ行くことなど出来やしない。
周囲に橋は見当たらないし、海底トンネルも辺りに島が見えないことからその可能性を否定出来る。
(ワープ系の"個性"がトラックごと俺を無人島に転送させたってところか)
そういうことは最初から伝えておけ、と言いたくなかったが、戦闘に支障はない。寧ろ、ヒーローが介入してくるリスクが格段に減ったと考えれば非常にやりやすくなる。
ただ、同時にきな臭さが甚爾の中で益々と増してきたのだが、今はそれを考える必要はない。
ガンッ、と割れたトラックの天井から何かが這い出てくる。
襲撃者。
十中八九、今回の依頼の標的。
その姿が顕になり、甚爾は大きく目を見開いた。
皮膚は青黒い。顔は破られた袖口のようになっており、その奥に大きな口と瞳が存在している。4本の手足を力強く地面につけるその様子は、獰猛な獣を彷彿させる。
予め渡されていたデータではゴリラに翼が生えた化け物だった。類似点はあるが、明らかに別個体である。
(話が違う──わけじゃねぇな)
現れた怪物からは獣の血の香りがする。
つまり、甚爾が来るよりも先にコイツが標的を始末した、ということだろう。
『オ、オ、オマエ、ゼゼゼ禪院甚爾だナ?』
(人語も解す──厄ネタ確定だな)
ひたすらに面倒臭い。
ため息を吐く。
ポケットから円筒上の機械を取り出し、変形機能を使用する。形が切り替わり、甚爾の手には青竜刀が握られた。
天与の怪物と異形の怪物。
両者共に、ルーツは違えど個性社会の悪意から産み落とされた者たち。
二人が"それ"を口にするのは同時であり、奇しくもそれは同じ言葉だった。
「──殺す」
「──コ、コココ殺ス」
刹那、怪物たちを中心に激震が迸る。
◆◇◆
そんな人知れず行われた怪物たちの殺し合いを、遠くから眺めるものがいた。
辺りに設置された医療用の電子機器の灯にのみ照らされた仄暗い部屋。
優雅に椅子に座るその男は、愉しそうに口元を歪ませながら、モニター越しに映像を見ていた。
「禪院家。昔から鬱陶しく感じていた羽虫だった。特に禪院直毘人が当主だった時代は、僕もほんの少しばかり手を焼いたものさ。まぁ、その後、禪院扇が当主になってからはただの権力を持っただけの烏合の衆に落ちたがね」
平和の象徴が台頭し始める少し前、
「あの狸め。存在を秘匿していたな? 確かにあの時代に僕がこの男の存在を知っていれば、確実に手を出していた」
禪院家はその排他的な性質上、スパイを送り付けることは非常に難しかった。それ故に、あらゆる闇に精通していたこの男でさえ、禪院家の本質を知ることは出来ても、より深い内情までは知ることができなかった。
ただ、禪院直毘人の死後、扇が当主になったのが間違いだったといえる。扇は彼を秘匿するどころか暴走させ、
それにより、禪院直毘人が秘匿していた"モノ"を男は掴むことが出来た。
ヒーローたちにとっての不幸中の幸いだったのは、禪院家が壊滅する少し前に男が重症を負い、一時的に裏への影響力を落としていたことだ。
「つくづく鬱陶しいなぁ、オールマイト。君さえいなければ、今頃は全て僕の手中にあったというのに」
平和の象徴、オールマイトとの激突──そして、敗北。
こちらもオールマイトに対して致命傷を与えたのだが、結果だけを見ればこちらは大きく勢力を削られ、オールマイトは犯罪の抑止力として今もなお健在だ。
あの憎たらしい笑みを思い出すだけで古傷がじくじくと疼いてくる。
そんな彼に、近づく影がひとつ。
「"個性"という超常の獲得という人類の進化とは別種の進化系統、か。かつて、"個性特異点"を提唱していたワシが聞けば卒倒しておったじゃろうな」
「ハハ、ドクター。やはり君も興味が湧くかい?」
「無論じゃよ! 異能の獲得ではなく、
興奮したように大声を上げるドクターと呼ばれる老人。
男もその興奮は理解出来る。
マスターピース──無限の力を持つ超越者
いずれその力を手中に入れるつもりであったが、まさか人工的にではなく、それに匹敵するやもしれない存在がこうして自然に生まれてくるとは予想だにしなかった。
「しかし、僕から頼んでおいてなんだが良かったのかい?
「構わんさ。殺されても有益なデータが手に入り、生き残ればなお良し。もし打ち勝てば計画を大いに進められる。どう転んでもワシらには得しかせんよ」
「君が良いなら、これ以上僕も言うことはない」
ハイエンド。
彼らが現状用意出来る最大の実験動物。
数年前はオクロック等にしてやられてしまったが、そこから調整を重ね、実用段階に持ち込むことが出来た。オールマイトには敵わずとも、少なくとも以前のような失敗は
「さぁ、禪院甚爾──君が"器"に相応しいか、その実力、是非見せていただこう」
まるで子供が大好きな特撮番組を観るかのような、そんな純粋な興奮を胸に秘めながら、甚爾の名を口にした。
【登場人物紹介】
・禪院甚爾
案の定、競馬で負けていた。
・義爛
ギャンブルはめちゃくちゃ上手い。
非常に優秀で、甚爾という台風の目を手にしたことで、AFOすらその足取りを掴むのに手を焼く(出来ないとは言ってない)程の隠密能力を手にした。
・魔王
オールマイトにしてやられたため、隠居してる魔王。
パパ黒とかいう天然のマスターピースを目にし、目を輝かせている。
・ドクター
パパ黒とかいう天然のマスターピースを目にし、興奮しまくっている。
・ハイエンド
ヴィジランテでオクロックと交戦した個体。あれ以降、更なる調整が加えられ、エンデヴァー戦時には劣るものの、精神面や肉体面の不安定さは落ち着いてきている。
なんか書いてほしい話あったら教えてください
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原作突入しろや
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青龍刀とかの武器を何処で手に入れたかとか
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オバホとの関わり
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その他(メッセで)