推しの水神   作:八重堂の小説家

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第10話

 

 審判はもう終わってしまうのか。

 フリーナ様の演技によって、天秤は傾く。

 

 蛍ちゃんたちは協力して頭を悩ませ、ヌヴィレット様は逆転を待つしかない。あまり賢くはない俺なんて、ここまできたら暴力で審判を有耶無耶にする方法しか思いつかない。

 

 そんなとき。

 

「みんな、ちょっと待って! あたしの話を聞いてちょうだい!」

 

「……お嬢さん、審判では秩序を守っていただきたい」

 

 女性の声に、ヌヴィレット様は目を開いた。

 

「まあまあ、あたしが口を挟んだのは、それなりの理由があるんだからさ」

 

 観客席の中心に立って、彼女は全員の注目を集めた。

 

 黒と黄土色のドレスを着ていて、まさにお嬢様といった感じだ。基本的には観客がどれほど意見を出そうと、審判に大きな影響を及ぼすことはない。しかし、事件に関する新しい証拠を提出してくれるのなら、その限りではない。

 

 だからヌヴィレット様も、口を挟むことはない。

 

「消えた少女をもう一度出現させるマジックショーってとこかな。じゃお願い、リネ?」

 

 その言葉に、『こんな時に冗談を』といった視線を向けられるも、その女性の瞳は本気だと伝えてくる。

 

「がっかりさせるかもしれないけど、そういう奇跡をゼロから創り出すことは、いくら僕が魔術師でもできやしないよ」

 

「マジックで重要なポイントは、人を惑わすことなんでしょ。いつも真実を隠し、面白く、そして偽りの事象だけを見せる」

 

 でもね、と言葉を紡ぐ。

 

「偽りの事象ってのが、真実だと思った瞬間、どんなマジックも、真実として映るんじゃない? そんなマジックこそ、1番素晴らしく、今日のフィナーレに相応しいと言えるでしょ?」

 

 黒服の男性たちが、ステージへマジックボックスを持ってくる。その光景はまさに、昨日のマジックショーの続きのようだ。本来はあの箱の扉が開けば、たった60秒で観客席側から少女が瞬間移動したように思えるというマジックだったが。

 

「さあ、リネにリネット、もう1度やってみて。安心して、棘薔薇の会(スピナ・ディ・ロースラ)は悩めるあんたたちのために、もう準備は整えてあるから」

 

 商業だけでなく、傭兵稼業から、お茶会の準備まで、様々な分野でも問題を解決してくれる民間組織だな。数年前の事件の影響があるとはいえ、その理念は今も続いている。そんな彼女たちが、いまだ幼さが残る若きマジシャンたちのために、力を貸してくれるらしい。

 

 女性は一度、こちらの様子を見てくるも、恐らくフリーナ様は表情を変えずに、状況を見守るだけだ。

 

「昨日のマジックショーは見事なものだった。だから、スポットライトを浴びるべき存在はあんたたちで、最後のショーも主演はあんたたちが務めないとね」

 

「……さあ皆様、ステージをご覧ください!」

「じゃじゃーん」

 

 リネ君とリネットちゃんは感謝を込めるように大きく頷いて、2人で同時に指をパチンと鳴らした。

 

 そして。

 マジックボックスの扉が開き。

 

「ど、どーも?」

 

 確かに、少女の姿が現れた。

 そして間髪入れず。

 

「コホン なんと! 彼女はまさしく、あの時マジックボックスの中へ消えた少女! ホールジーではないか!」

 

 できるだけ仰々しく、人々の疑念を払拭するように、フリーナ様が高らかに驚いて見せた。棘薔薇の会の女性が、嘘をついていないのだと確信があったからこそ、即興で台本を組み上げたのだろう。まあ喜びの感情を隠しきれていないくらい、声が浮ついたもののようだったな。

 

「ホールジー殿、事情を説明してもらってもいいだろうか」

 

「はい。最高審判官様。さっきまでずっと、この裁判を聴いておりました。あたしが審判されるんじゃないかって、不安で怖くて……」

 

 その暗い表情から、本当に彼女は巻き込まれただけなのだろう。

 

「正直なことを言えば、このまま罪から逃げようと思っていました。でも、この人たちに、それでいいのかって言われちゃって」

 

 罪を告白するために、ヌヴィレット様を見上げた。

 

 1つ目、本名はリリア、モンド出身であること。

 2つ目、スリの常習犯で、チケットもそれで得たこと。

 3つ目、抽選機に選ばれて喜んでいたところに。

 なぜか、箱に入ったら水をかけられ、そうして地下道で慌てている不審者に襲われたこと。

 

「私を箱へ入れようと、その男は必死だったの。でも捕まるのなんてゴメンだからさ、そいつを気絶させて、箱に入れてやった。それからは想像通りの展開ってわけです……」

 

 つまり、溶けていないことにコーウェルは焦ってしまい、ステージ側の事故に見せかけて殺人をする方針へ切り替えたわけか。ただ彼にとって誤算だったのは、身長差をものともせず、まさしく反撃されてしまったことだ。

 

「他に協力者がいれば危険だから、私はそれから服を着替えて衣装ケースに隠れていました。そんなとき、上から聞こえてきた声で、私が殺人をしてしまったのだと思い、急いで通気口から逃げ出したんです」

 

 ヌヴィレット様は優しい瞳で頷いた。

 リリアは前のめりになって告白を続ける。

 

「誓って、水槽が落ちてくるなんて知らなかったんです! 絶対に!」

 

「勇気を持って自白してくれたこと、感謝する。おかげで、この事件は解決するだろう。双方、彼女の状況説明に異議はあるかね。」

 

「「「「異議なし」」」」

「僕もないよ」

 

 この事件に終止符を打つべく、蛍ちゃんたちも、そしてフリーナ様も大きく頷いた。

 

「では、フォンテーヌの最高審判官である私が、この事件の一部始終をここで振り返らせていただこう。」

 

 その1、少女失踪事件の真犯人であるコーウェルは、観客リストからターゲットを選ぶ。抽選機にあらかじめ細工をしていれば、必ずその少女は選出されるからだろう。

 その2、さらに地下では花瓶を、ステージでは水槽を用いて、溶けた後に残る『水』という痕跡を隠そうと画策する。吊っているロープに細工し、ショーに打ち上げる花火を利用したのだろう。

 その3、風船の1つを『原始胎海の水』が入ったものに変え、フックを用いて少女に浴びせる仕組みを整えた。参加型マジックショーが始まれば、実際にかかってしまったが、しかし。

 その4、本名リリアがフォンテーヌ人ではないからか、そもそも『原始胎海の水』が効果がなかったか、どちらにせよ、少女が溶けることはなかった。箱から出る際に大きな物音が鳴ったが、花瓶を割るためにやってきたコーウェルと地下道で出会ってしまった。

 その5、コーウェルはリリアから返り討ちにされ、ステージ側へ向かうマジックボックスに入れられてしまう。そうして最終的に、真犯人である彼自身は被害者となったわけだ。

 

「リリア殿は、この事件に関しては正当防衛として処理できるだろう。盗みの常習犯に関しては、後日改めて審判を行うが。」

 

 リリアはほんの少し安心しているが、まあスリの罪は認めてもらい、メロピデ要塞で更生してもらうことがいいだろうな。刑期が終わって、あそこから出ようと思うかどうかは、自己判断だが。

 

「魔術師リネ、並びに存命している魔術団メンバーについては、これでその全員の無実が証明されたわけだ。本一件はもう、諭示裁定カーディナルに最終判断を任せようと思う。」

 

 彼へ頷くように、天秤の水元素の力が光り輝く。

 

 正義への信仰心は、律償混合エネルギーとして貯蔵されていき、フォンテーヌのマシナリーはその多くがこれを資源として動くのだ。蛍ちゃんやパイモンはこの光景を見ることが初めてだろうから、キョロキョロしている様子が見れた。

 

 ヌヴィレット様は手元に現れたカードを読むが、彼と諭示裁定カーディナルの判決は、今まで1度も違ったことはないと聞く。毎回一応は、警察隊の隊長と、形式的な確認をしているとはいえ。

 

「よって、これにて判決を言い渡す。存命している魔術団全員を無実とする。」

 

「やったぜ!」

「うん、よかった」

「ほら、お兄ちゃん」

「皆様に、心からの感謝を。」

 

 冷静な台詞を言っているリネ君もリネットちゃんも、年相応に喜んでいる声色が隠しきれていないな。

 

 フリーナ様も安堵の息を漏らす。

 同時に、どこか残念そうでもあるが。

 

 観客の多くも、彼ら彼女らの無実を素直に受け入れ、この審判の結果に安心した表情を浮かべる。

 

「フフ、今回は僕の負けのようだね。どんな不利な状況であろうと、彼ら彼女らの無実を願う人々が多かったということが、運命を(くつがえ)したのだろう。まったく、これだから人間は面白い」

 

 フリーナ様がそうアピールしているが、観客にとって歌劇のような審判だったということも、この大きな拍手に影響しているのだろう。確かに、有罪と無罪で傾く天秤というものは、ドラマ性があったようにも思えるが。

 

「再びキミたちと審判で対決する機会はある気がするよ。その時は旅人、キミ自身が被告人として立っていないといいけどね?」

「トラブルに巻き込まれやすいだけで。私はそんなことしないよ。」

 

 あの水神に勝ったということで、明日から新聞記者に追いかけ回される日々にはなりそうだな。まあそこはリネ君たちが付いていれば、ほとぼりが冷めるまで、いい隠れ場所でも教えてくれるだろう。

 

 満足した観客から次々と席を立って帰っていくが、それにしても喧騒は騒がしいものだ。律償混合エネルギーに資源を依存していることもあって、審判にはどうしてもああいう観客も必要なのだが、秩序があるとは言い難いのがなんとも って感じだよな。

 

 

 観客が帰ったタイミングを見計らって。

 

「……しかしまだ追及しなければならないことがある。警察隊員ボーン殿、説明してもらおうか。」

 

 背中を突き出されるように、その警察官は姿を現した。まだ棘薔薇の会(スピナ・ディ・ロースラ)の女性たちが残っているが、彼女たちもこの結末まで見届けていいだろう。リネ君や蛍ちゃんたちも、そして俺たちやフリーナ様も、ステージに上がってきてから、怯えている男性に視線を向ける。

 

「キミはどうやって、リネ君の荷物から、『原始胎海の水』を見つけたのだ」

 

 ヌヴィレット様は彼を見下ろすが、少し優しい声色でそう質問した。

 

「どうすれば罰が軽くなるか分かっているはずだ」

「ほら、さっさと吐け。メロピデ要塞行きは(まぬが)れないが、あの安息の地は、キミを粛清から守ってくれるさ」

 

 一時期は荒れていたが、ここ最近はあの管理者のカリスマが凄すぎて、むしろ出たがる者が減ったくらいだからな。

 

「その、コーウェルがまさか殺されるなんて、予想外のできごとでした。俺、いや私は、あれは組織の口封じなのかと思ってしまい……」

 

 何かを気にする様子を見せているが、そう命令されたのは、まさか昨日今日の話か。

 

「リネに連続少女失踪事件の濡れ衣を着せ、ファデュイに容疑を被せる絶好の機会だと……そう、上から言われて! 原始胎海の水を……」

 

 彼もまた、救いを求めるべく、ヌヴィレット様を見上げた。

 

 周囲の警備を行ってくれていたクロリンデや、他の警察隊も警備にあたってくれている。だが、彼ら彼女らもフォンテーヌ人であり、メリュジーヌにも、もしかすると『凶器』の効果はあるかもしれない。万が一の覚悟はあるだろうが、早く大元を取り締まらなければならないな。

 

「原始胎海の水に、人を溶かす効果があることは、首領(ドン)が気づいたって言われています。それに、限りなく薄めて飲むと、フォンテーヌ人は気分が高揚するんです、それはもう病みつきになるくらいに……」

 

 彼も恐らく、服用を続けているようだ。

 

 近年、中毒性のある薬が密売されている噂があったが、それの原料でもあったのか。現段階では副作用が見られないとはいえ、出処不明の薬であったため、ヌヴィレット様が禁止令を出している。だが、もし摂取許容量を超えれば、溶けるかもしれないと思うと、ゾッとするな。

 

「これの密売も、それと、連続少女失踪事件も首領(ドン)が計画したと言われていて、えっと、その名前は……」

 

「っ! 避けろ!?」

 

 彼が言い淀んだとき、殺気を感じた。

 俺はステージの床を力強く蹴るが。

 

「ひぃ!?」

「まさか……原始胎海の水!?」

 

「そんな……」

 

 間に合わなかったか。

 

うわああああ、死にたくな……

 

 ボーンという若い男性がうずくまるように叫ぶ。

 

 まるで沸騰するようにブクブクと泡を立て、やがてステージ上に水として飛び散る。残ったのは衣服だけで、たった一瞬で溶けてしまい、遺体だって残らない。そもそも本当に彼がそこに立っていたのかどうか、疑ってしまうほどだ。

 

 だが確かに、彼は撃たれた。

 

「あいつだ!」

「最悪の水鉄砲ってわけ」

「2人は下がってっ!」

 

「あいつを捕まえないと!」

「お嬢様いけません!」

「お下がりください!」

 

 リネ君はリネットちゃんを庇うように仮面の男を睨みつけ、さらに2人を守るように、蛍ちゃんは片手剣を構える。かなり距離はあるが、自分たちのお嬢様を守るべく、2人の黒服の男たちも前へ出た。

 

「ちっ、旅人か」

 

 対して、牽制しつつ後ろへゆっくり下がっている仮面の男は舌打ちしながらその銃口を、警察隊へ向けた。

 

「まだ罪を重ねようとするか。」

 

 すかさず、ヌヴィレット様が瞬間移動をするように、フォンテーヌの人間やメリュジーヌの前へ降り立った。その程度の凶器では、彼には通用すると思えないほどの威圧感だったからか。

 

「くそっ!」

 

 ならばと、本能的に少女を狙ったか。

 

「ひっ……」

「往生際が悪いぞ」

 

 銃の射線上に割り込み、拳を握り込んだ。

 俺に水がかかるが冷たいって思うくらいだな。

 

「ぐはっ……」

 

 こいつが自害なんてやらかさないよう、仮面の男を一撃で気絶させるよう ぶん殴ってやった。

 

 手に持っていた銃を蹴り飛ばすと、滑っていった先にはヌヴィレット様がいて、彼は屈んで拾う。鋭く目を細めているが、フォンテーヌ人にとって、原料さえあれば簡単に製造できて、最悪な凶器だろうな。

 

「フリーナ様が手を出すまでもないですね」

「あっ、そ、そうだな!」

 

 顔を真っ青にして駆けつけ、震えながら俺に手を伸ばそうとしてくる。だが、濡れた決闘代理人の服に触れないように、俺は手で制しながら彼女から少し離れた。

 

「どうやらフォンテーヌ人にのみ、効果があるみたいだな。まあ、リリアさんの証言通りだが」

「……結果的に、だよ」

 

 ほら、モンド人だけ無効ってのもあるかもだし、神にだって効くかもしれなかったし、万が一ってことがあったらいけないからな。

 フリーナ様はツーンって感じで声が低いけど、何か怒らせるようなことしたか。

 

「お前まで溶けるんじゃないかって焦ったぞ」

「ボロンゴは、フォンテーヌ人じゃないの?」

「別に聞かれなかったからな」

 

 そう言ってみれば、蛍ちゃんやパイモンからジト目を向けられるが、誰かさんを思い浮かべていそうな気がする。

 てか俺だってこんな事態になるまで、フォンテーヌ人かそうではないかが、重要になってくるなんて思っていなかったぞ。

 

「ボロンゴさんには効かなかったけどね」

「口封じってやつ」

 

 リネ君やリネットちゃんは、ステージへ残っている『水』を見つめた。フォンテーヌ人が溶けるという現実を、目の前で見せられたのだから、事の重大さを再確認したことで、全員の雰囲気が重い。たとえヌヴィレット様でもフリーナ様でも、もう元の人間へ戻すことは不可能なようだし。

 

 今回の事件はともかく、予言については、それ自体を防ぐことでしか、解決策はないのか?

 

「仮面の男を取り押さえよ。彼の供述が今後必要となってくる。先程のようなことが起こらないよう、私も付いていこう。」

 

 警察隊は深く頷いて、ヌヴィレット様の横を通って、男を連れていく。

 ただ腕利きで忠誠心もありそうだから、そう簡単には口を割りそうにはない。これはまた、別の線からも捜査していくしかなさそうだな。

 

「ヌヴィレット、あとは任せていいかい?」

 

「キミの付き人を連れていくことは構わないが、着ている制服は後程(のちほど)、証拠物品として提出してもらいたい。それと彼の経過観察に関しては、メロピデ要塞から……」

 

 フリーナ様は『もー! わかってるから!』って、ぷんすかしながら、腕をブンブン振った。

 そんな可愛い仕草に、周囲は驚きが強いようだが。

 

 俺やヌヴィレット様が笑っていることに気づいて、頬をプクプクさせた少女はクルッと振り返る。

 

「ほら、行くよ!」

「はい。あっ、健康そのものなんで、わざわざ呼ばなくていいですよ~」

 

 問題も山積みであり。

 フリーナ様の求める審判でもなく。

 

 フィナーレも何とも締まらない形になったが、最推しが涙を流していないことは嬉しいものだ。

 

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