推しの水神 作:八重堂の小説家
爆睡中のフリーナ様を起こしたのだが、今日は朝からうーうーしていた。
自分からサラダを食べるし、スープとパンもしっかり食べてくれるし、なんていうか、普段よりワガママが少ない。
今日は別に休日でもないからスムーズでいいのだが、髪だって自分で整えるっていうから、やることがなくて暇だった。
「それで、今日の予定はどうだい……あっ」
「今日の予定、ねぇ……」
今の服装だって、街中でご令嬢がよく着ているドレスなのだが、そういうのはめったに着ない。どうにも距離を置こうとして煮え切らないような、つまり態度がよそよそしいし。
まあ俺も今更、急に接し方を変えることはできないので、普通に答えることにするか。服装が変わるだけで、普段より大人びて綺麗に見えるが、寂しさは感じてしまうものだ。
「まずはヌヴィレット様との話し合いだな。そういった内容の手紙が届いていた」
昨日、審判のパレ・メルモニアへ戻る前に入れていったのだろう。彼は寝る間も惜しんで、すでに密売組織の対策に動いているはずだ。自己管理ができない人ではないが、周りが放っておいたらずっと仕事をしているかもしれない。
「そう、か……そうだね。昨日の審判のこと、それに原始胎海の水のこと、たくさん話すことが残っているね」
何かの決心は先延ばしすることにしたらしく、まるでスイッチが入ったように、フリーナ様も仕事モードに入ったようだ。
俺を連れ添って屋敷を出れば、メリュジーヌも人も入り混じって、警察隊が捜査で慌ただしく動いていた。俺だって早朝は聴取を受けていたが、数時間休まず、歌劇場の事件の処理をやってくれている。
残骸を片付けるまでは、歌劇場前は観光地として機能しないな。
俺たちが暴れすぎたせいもあって、いや、兵器型マシナリーを使って襲ってきた張本人に全責任があるな、うん。
「あれは何かあったのかい?」
「ヌヴィレット様を
蛍ちゃんたちや、
「襲撃……」
「怪我人もいませんよ。俺やクロリンデにとって、護衛ロボを改造したマシナリー程度なら楽勝です」
そう言いつつ、船のエンジンをかける。
そういや、フォンテーヌに張り巡らされた水路の1つは『ナヴィア線』って、彼によって名前がつけられていたな。ああいう水路を進む巡水船に、我らが水神様が乗ろうものなら、その便は貸し切りになってしまう。そうすると、通勤する民に悪いしな。
「キミは……キミも戦ったのかい?」
簡単すぎる運転なので、風景を見ながら ぬぼーっとしていたら、そう話しかけられた。お互いおしゃべりだが、別に静かにしていても苦には感じないから、意外と時間は経過していたらしい。
「ああ。水元素までは使った。蛍ちゃんたちだけならともかく、ナヴィアさんやクロリンデにまで見られたな」
ポケットから出した神の目を後ろへ見せるも、神または所持者なら、それがガラス玉ってすぐ分かるだろう。さすがに元素チャージで光る機能までは付けていないし。
俺が扱える水元素力を、水神から与えられた力として偽っているので、審判にかけられたっておかしくはない……なんてな。
「っ! やっぱり、キミは戦うべきじゃないよ」
「潮時がくれば、迷惑をかける前に貴女達のところから去る、そういう口約束だろ」
俺に適するポジションなんて、最前線でファントムハンターをやることだったと思う。今だって警察隊員として使えばいい。原始胎海の水で溶けないから、密売組織に近づくことに最も適した存在だと、賢い2人なら思いつきそうなものだが。
貴女は『やっぱりダメだ』と叱るだけだ。
「キミはせめて終幕を見届けるまでは、僕の側にいろ。分かったな?」
「……了解」
逆らえないって、分かって言っているな。
それにしても。
まるでカッコいい告白みたいなセリフだった、なんて歌劇と娯楽小説の観すぎか。
「そろそろ着くので、船に忘れ物がないよう、身の回りをなんとかかんとか」
「そっ、それくらい分かってる!」
貴女がそうなら、こっちだって動揺する。
だがこのまま一方的では男が
船を停泊させて、俺は先に降りる。
そして、お姫様へ向けて手を差し出す。
「どうぞ、フリーナ様」
「う~ う~~!」
やっぱり今日は、フリーナ様がうーうーする日だと思った。
パレ・メルモニアの街まで歩けば、自然とお互いにいつも通りの姿を見せる。
新聞には昨日の審判のことが書いているはずだし、旅人が水神様に勝利したということが話題になっているのだろう。新聞記者が取材をするべく、何人も押しかけてこようとしているが、そういう場合でもない。
急用があることを告げれば、記者はお互いの顔を見て、落ち着いて了承してくれた。
それに。
「さっきまで晴れていたのに、雨か」
「そのうち
雨が降り始めて、フリーナ様を囲うように集まっていた人々は、散り散りに雨宿りへ行った。
『水龍、水龍、泣かないで』と子どもたちがあちこちから叫ぶが、まさしく感情豊かな彼が原因だから合っている。誰が使い始めた言葉かは知らないが、何百年も前から、なんなら俺がフォンテーヌに来る前から使われていたはずだ。
俺は鞄から折り畳み傘を出して、伸ばした持ち手のほうをフリーナ様へ向ける。
「……ごくろう」
綺麗なドレスが雨で濡れないよう、むすっとしたフリーナ様は受け取った傘を使ってくれた。
パレ・メルモニアまで着けば、またセドナがあちこち走り回っていた。ただ先日と違うのは、彼女が慌ただしく資料を運んでいることだ。警察隊員は、人もメリュジーヌも総出で、恐らく過去の連続少女失踪事件について捜査し直しているのだろう。
誘拐したのではなく人が溶けた、ともなれば、今まで不可能だと思われていたトリックが分かるかもしれないからな。
「フリーナ様、先に行っておいてください」
「え……こほん 慈悲深い僕は、キミが数分待つくらい
といって、更衣室の中まで付いてきた。
ここ男子用なんだが、神ならいいのか?
「あっち向いておいてくださいよ?」
「うんうん、分かってるよ」
どこかうきうきしているフリーナ様に、俺は背中を向けて予備のロッカーを開ける。
いつも通り決闘代理人の制服をレンタルするが、だってこれ着心地がいいし、洗濯もしてくれるし。それに、フリーナ様がデザインに口出ししているから、カッコいいし。
「別に数分もあれば、追いつくのですが」
モテようとしない男の準備なんてすぐ終わる。
濡れた衣服を脱ぎ、タオルで身体を拭いていく。
「そ、そもそも、キミが自分用の傘を持ってくるか! それより、ごにょごにょ すればいいじゃないか」
「……あー、傘を使う気がどうにもね」
どうにも傘を使わない時期が長くあったら、濡れてもいいやって思うんだよな。フォンテーヌの民もなぜか、傘を使わない人が多いから、どこの飲食店にもタオルが玄関にある。折り畳み傘の開発のスポンサーとしては、売上がもう少し伸びてほしいものだが。
制服に着替えるのも手慣れたもので、手袋は撥水加工しているし、蒼い短髪も乾くのが早いな。
「お待たせしました」
「うん、そうか! じゃあ共に、ヌヴィレットへ会いにいこう!」
なんだか満足そうなフリーナ様だが、更衣室の扉まではスキップするかのようだった。
そんな少女らしい明るさも。
仕事モードになれば水神らしく戻る。
彼の部屋の扉をノックをして、許可を得て入室すれば、窓から見える景色はもう雨は
「やあ、ヌヴィレット、話し合いたいことってなんだい?」
まるで歌劇のセリフを読むかのように、フリーナ様は立っている青年へ話しかけた。彼は振り返り、身長差はあれど、しっかりと目線を合わせてくるのは、信頼というものを感じさせてくる。
「フリーナ殿、それは、連続少女失踪事件についてだ。警察隊に、今までの事件を再度調査してもらっているが」
「うん。じゃあ、捜査を続ければいいね」
しーん って。
最近この2人の会話って続かないよな。
おしゃべりなフリーナ様から話しかけなくなったことで、会話は受け身になりやすいヌヴィレット様から話しかけてこないから。
「旅人たち、そして
「キミの証言はすでにこちらへ報告が来ている。そしてキミが久方ぶりに元素力を扱って戦闘を行ったとも聞く。クロリンデ、並びに旅人たちにはキミについて詮索をしないよう依頼した。」
俺は事務的な報告を受けたが、いやそれ、怪しんでくださいって言っているようなものでは。いや、挙げられた人たちは、知り合いが不利になるような発言はしないか。
「おや? 旅人に会ったのかい?」
「ああ。先程、ナヴィアさんに同行し、連続少女失踪事件に関してヴァシェという名前について調べてほしいと依頼された。私の記憶にはない名前だが、フリーナ殿はあるかね?」
『ないね』と、まるで無責任さを感じさせるかのように、フリーナ様はそう答えた。知らないものは知らないと言い、余計な情報を増やさないことが、ヌヴィレット様は好むしな。
「あのカーレス氏の娘か……さぞ聡明な女性になっていそうだね」
「同感だ。」
とある殺人事件で被告人として告発された際、審判を全て拒否して決闘を選び、死亡した。だから彼は罪を認めたのだと、罪人として世間は扱っている。
しかし、水路建設にも尽力してくれ、郊外の自警活動も主導してくれた人だ。そんな彼が審判を拒否したことには理由があるはずだ。といっても、いまだ真相は闇の中ってやつだ。
「だが、キミ程ではないが多くの審判に立ち会ってきた、この僕でさえ知らない名前だ。ナヴィアは、そのヴァシェという人物が事件の真犯人とでも言うのかい?」
「いや、いまだ容疑者であるかは不確定で、事件の鍵となる人物でしかないだろう。被害者の遺族、または事件の関係者にいるか、警察隊に調べてもらう予定だ。」
『うん、それがいいね』と、まるでヌヴィレット様に一任するように、フリーナ様はそう答えた。
「……」
「……」
仕事の話ですら、こんな沈黙になるか。
確かにフリーナ様は1人で来たくないな。
ヌヴィレット様は、フリーナ様が主演の歌劇のファンだし、『水』のことだって早口で語るし。
フリーナ様は、最高審判官として信頼しているし、歌劇の感想をよく語り合うし。
予言のことでギクシャクさえしてなければ、数百年付き合ってきた友達であり、同僚として共にフォンテーヌを盛り立ててきたんだがな。
だが最近は隠しごとが目立ちすぎている。
ヌヴィレット様は目を細めた。
「……フリーナ殿、原始胎海の水の効能に関して、何か知っていることはあったか?」
「いいや、昨日のことは、心の底から驚いたよ」
その言葉が本当か嘘か、彼なら伝わるだろう。
険しい顔だった彼は頷き、柔らかい表情を見せる。
「ふむ。ならばなぜフォンテーヌ人のみが溶け、それ以外の民は溶けないのか。原始胎海はかつて星の表面に存在しており、生命を創造していたというが。キミたちはどう思う?」
「え! それは、えーと、わざわざ原始胎海の名前を使ったとか?」
「俺や旅人からすれば、水元素の力を強化するパワーアップアイテムに感じましたが」
と言ってみたものの、いまだ確たる証拠はないな。
ただ、モンド人は少なくとも、1人溶けていない。
「キミは昨日の法廷で浴びたのだったな。詳しく説明してほしい」
「例えばルキナの泉、そこでヴァシェと誰かを呼ぶ声を聞いたのもそうですが、それより昨晩の戦闘において水元素力が強まっていたことを感じました」
あと、戦闘に対する高揚感だな。
それは俺だから影響してそうだが。
「どうせだから、試しましょうか?」
「おい! キミはいつもいつも!」
「あの水はいまだ未知の成分を含んでいるかもしれない。キミは、自分自身のことになると賢明な判断ができなくなる。それをそろそろ理解してほしいものだが」
腕をブンブン振ってフリーナ様に怒られるし、ヌヴィレット様からは耳にタコができるくらい叱られる言葉だし。
「へいへい、やめておきますよ」
「ホントだな? キミって見ていない間に何をするか分からない」
「
ばればれじゃん。
『いやだって、パワーアップアイテムとして使えるなら欲しいし』なんて伝えれば、かなり心が広い2人ですら、ガチギレさせそうなのでやめておこう。
「調査を見直せば、
「そうとも! どんな組織かは知らないが、フォンテーヌを脅かすのなら、たとえファデュイだって、この僕が裁いてみせよう! だからキミたちは安心して捜査を続けるといい!」
ヌヴィレット様をちゃんと応援をするように、高らかにフリーナ様は場を盛り上がらせる。こういうのが、フリーナ様らしさで、俺もヌヴィレット様も笑顔を見せた。
「フッ、フリーナ殿がそう言うのなら、たとえ国外の者の審判となろうとも……」
そんなとき。
『ヌヴィレット様!』ってセドナの声が聞こえた。
ヨイショヨイショと両手で大きな扉を開ける姿はかわいい。『お取込み中でしたか』とフリーナ様とヌヴィレット様に慌てて謝っているが、2人とも気にする様子もなく、彼女の報告を促した。
「ファデュイ執行官『公子』が、目撃情報により、事件の容疑者として逮捕されたのことです!」
「はい?……はっはっはっ! そうか、やっぱりファデュイの仕業だったんだな!」
フリーナ様がドレスの両腰へ手を当てて身体を震わさせているが、有罪か無罪かはともかく、まさか本当にファデュイが審判に関わってくるとはな。
ていうか、執行官が召使以外にいたとか、どれだけ『神の心』が欲しいんだ。
予言のこともあって、フォンテーヌとスネージナヤの外交関係を気にしている場合ではないのだが。
「さ、さあ、最高審判官ヌヴィレット、審判が始まるぞ?」
「ああ。
ヌヴィレット様は力強く踏み出した。
公平に、真実を明らかにするために。