推しの水神   作:八重堂の小説家

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第3話

 

 審判の準備はすぐに進み、数日も経過すれば、法廷にスネージナヤの青年の姿があった。

 かなり整った容姿の好青年でありながら、引き込むような瞳は闇を感じさせるようで、その纏う雰囲気からも、観衆は誰も口を開くことはない。

 

「ではタルタリヤ殿、連続少女失踪事件の容疑について、告発を承認して頂きたい。」

 

「告発されるようなことをした覚えは、まだないよ」

 

 今も告発人が立つ場所で、余裕そうに腕を組んで展開を面白がっているようだ。

 ヌヴィレット様の言葉にも全く緊張していないし。決闘代理人であるクロリンデが側で見張っているが、彼女の睨みすら意に介していないな。

 

「正直、キミたちの複雑な審判の手続きも、どうして俺に訳の分からない罪を着せようとしてるのかも、こっちはよく分かってないんだけど」

 

 元々押収するしきたりもないが、ファデュイ執行官でありながら、神の目を所持していないらしい。それでも、いつか街ですれ違った時に感じたように、強者という雰囲気が溢れている。

 

「無論、告発を受け入れたからといって、すぐさまタルタリヤ殿へ有罪判決を下すわけではない。今行っていることは、容疑を晴らすためにも必要だと理解していただきたい。」

 

「おっと、形式上必要だって分かってるさ。お役所仕事ってのも肩が凝って大変そうだ」

 

 ただ茶化していただけで、戦闘面の高さだけでなく、頭の回転だって早いらしい。

 

 だが、どうせこのまま審判が進んでも、アリバイは山のように出てくるだろうな。戦士のような態度からも、原始胎海の水を使って、暗殺を(たくら)むような人物ではないと伝わってくる。

 それになんとなく彼は、子どもや女性には優しそうだ。

 

「さて、告発を受け入れる話だっけ?」

 

 だからこそ、わざわざ犯人に仕立てあげようとしたやつがいるはずだ。ファデュイの印象や肩書きを利用して、彼の犯行に関する目撃情報を出したのは、事件の真犯人だろう。

 

「ああ。先ほど説明した通り...」

「そうだ、思いついたことがある。手っ取り早い方法があるじゃないか」

 

 ヌヴィレット様に言葉を被せたことで、再びタルタリヤへ視線は集まった。

 

「告発を受けた人は、決闘に勝てば、身の潔白を証明できるんだろ?」

「……ああ。キミの意志で、決闘を選ぶことは可能だ。だが」

 

 ニコニコと決闘を選ぼうとするとか、まさしく戦闘狂の彼らしい。剣を見せずとも剣士だと感じさせるのは、蛍ちゃんもそうだが、彼女とは違って強さに対する渇望を感じる。

 

「ハハッ、実に有り難い申し出だ!」

 

 ヌヴィレット様も内心は選んでほしくないように、世間に自分が有罪だと示す行為になりかねない。

 それは、ナヴィアさんの父であるカーレスが審判や弁護の全てを拒否して、決闘を選んで亡くなり、真実が隠されてしまったように。

 

「誰でもいいけど、どうせなら強いやつがいい。こちらの決闘代理人クロリンデ、彼女を指名することだってできるのかな?」

 

 彼が望むのなら、最高審判官としてヌヴィレット様はその意思を尊重するしかないが。

 

「ふん、キミはまだ容疑者なんだ。 もう少し態度に気をつけたほうがいい。この法廷はキミが喧嘩するためにあるんじゃないんだからな!」

 

 水神であるフリーナ様なら、審判に口出しをすることだって可能だ。前回の審判と違って、神座(かむくら)を背中にして、まるで子どもを叱るように、タルタリヤの笑い声を止めた。

 

「へぇ? どうやら水神様は、この国のルールってのを教えてくれるらしい。でも、俺は戦闘の中で勉強するほうが、得意でね?」

 

 わざと挑発と受け取ることにしたのか、こちらへ殺気を向けてきた。といっても、さっきよりはまだ、茶化している感じだが。

 

 水神へ武力で挑もうとする人間が、ここ最近で2度目だからか、観衆は盛り上がり始めている。

 世間ではフリーナ様の実力が、人間のそれより圧倒的に高いとされるも、いまだ力を振るったことはないからな。フリーナ様の武力が気になる人も多いらしい。

 

「今は信頼できる人に、神の目は預けているんだが、俺も水元素力を扱うのさ。だから所持者としては、水神様の実力が気になって仕方がないんだ」

 

 水元素の所持者はみんな、優しいけど怖いとこもある、あると思います!

 

 さて冗談は置いておいて、彼は弓も扱えるらしいが、武器を見せた時点で、クロリンデが刃を抜くだろう。それでも何をしてくるか分からない恐怖はある。

 

「そ、それは…… こほん! キミなんて僕のボディーガードで十分だよ、うん」

 

 フリーナ様は身震いしたかのように、本能で一歩下がろうとしたので、盾になるべく俺が一歩前へ出る。

 

 といっても、勝てる気がしないんだが。

 殺されはしないよね、うん。

 

「あれが水神様のボディーガード……確かボロンゴという人だったね? ねぇ、キミと彼はどっちが強いの?」

 

「フリーナ様がおっしゃった通り、ここは貴殿が望む戦闘の場ではない」

 

 こっちにもあっちにも喧嘩を売っていて、このファデュイ執行官は完全悪ではないが、別の意味でトラブルの種だな。

 クロリンデからすれば、『貴殿が決闘を選ぶのなら、私が受けて立とう』って、もうあの場所ですぐさま感電反応が起きちゃうって。

 

 トンと、杖で床を叩いてヌヴィレット様が、場を落ち着かせた。

 

「今一度説明させてもらおう。この審判の目的は、連続少女失踪事件の真犯人を見つけ出すことであり、是非ともタルリルヤ殿にも協力していただきたい。」

 

「いいよ。といっても、俺は休暇中の身だ。友人と再会したり、あちこち観光したり、決闘代理人に手合わせをしてもらったり、本当に事件のことは何も知らないけどね」

 

 ヌヴィレット様の命令には従うようで、ちゃんと格上の強者には敬意を払うって感じがするな。それでいて、自分と同等程度であれば、友達感覚だな。いや、戦闘狂の友達とか、誰がなりたいんだ。

 見た目や声がイケメンだからって、付き合う女子は苦労するぞ。

 

 『では、告発を……』とヌヴィレット様が言い始めた時、歌劇場の扉は大きく開けられた。

 その音で観衆は後ろを振り向いた。

 

「その件は彼と関係ないよ、犯人は別にいる!」

 

 ナヴィアさんが付き人を引き連れて入ってきて、そう高らかに叫んだ。

 

「……ナヴィアさん、これで二度目だ。前回は重要な証人を連れてきたがゆえに、その行為を見逃したが、決して、それは秩序に則ったやり方ではない。今ならば、キミを審判侮辱罪で裁くことも可能だと知れ。」

 

 もしこういった審判において、一般観衆が自由に口出しができるのであれば、それは『秩序』がないものとなる。感情に任せて野次が審判を左右し、多数決の『正義』で審判されるなんてことが、起こりかねない。

 

 ヌヴィレット様は『公平』であるからこそ、決してその権威が揺らぐことなく、最高審判官として何百年も君臨している。

 どんな時でも、彼はあの事件の時だって、たとえ観衆が感情論で無罪を主張するも、復讐を行った部下へ有罪の判決を下した。

 

「見たところ、まだ何も始まってないんでしょ。だったら、あたしが連続少女失踪事件の真犯人を今から告発してあげる」

 

 今度は真犯人を見つけたからいいのか?

 諭示裁定カーディナルは確かにまだ起動していないからいいのか?

 

 俺含めて、なんならフリーナ様も、『いいの?』ってヌヴィレット様へお伺いを立てる。彼はナヴィアさんを真っすぐ見つめていた。

 

「ではナヴィアさん、告発したい者を述べよ。だが、その審判において、仮にその者へ有罪判決が出なかった場合、キミには()告罪が科せられるが...それでも」

「分かってる。覚悟の上よ」

 

 ヌヴィレット様の言葉を遮り、ナヴィアさんは『カブリエール商会の会長のマーセル』を告発することを宣言した。

 

 やめるのなら今しかないと忠告を受けたが、ナヴィアさんには相当の自信があるようで、彼女は付き人を連れて告発人の席へ向かった。

 

「これは俺の出番がなくなったってことで大丈夫かな、大審判官閣下?」

 

「しばし、観客席に座っているといい。だがタルタリヤ殿、いまだ審判はされておらず、容疑者から外れたわけではないことを、ゆめゆめ忘れぬよう。」

 

 ヌヴィレット様はクロリンデに目配せをすると、彼女はタルタリヤを引き連れてその場所を離れていく。

 

 次に、その場所へ警察隊員と現れたのは、眼鏡で初老の男性だった。

 

 なんなら、棘薔薇の会(スピナ・ディ・ロースラ)と親密で、あの商会って香水や衣服とか、そういう日用品を扱っているところだった気がする。確かにその会長ともなれば、20年前にはすでに成人していて、長期的に連続少女失踪事件の首謀者となっていてもおかしくはないが。

 

「……双方、審判に当たる人員が揃った。さて、原告側から主張を述べたまえ」

 

 そんなことを考えていたら、どうやら連続少女失踪事件に関する審判が始まったようだ。

 

 たぶん蛍ちゃんたちを探してキョロキョロしていたフリーナ様は、少しため息をついてから神座(かむくら)へ座って、その真っ白な足を組んだ。

 

 審判を観るのは、もう何度目になるか。

 1000回だって余裕で超えていると思う。

 

「カーレスの審判、どこまで覚えている?」

「3年前だろ。結末くらいしか覚えてない」

 

 貴女が求めているような劇的な審判は1度も起こっておらず、1つ1つの審判を記憶することはできない。

 

 ワクワクするような歌劇と違って、必ず不幸になった人が誰かいて、そして、そのような事件は当事者たちで起こった現実だ。彼ら彼女らからすれば、たった1つの審判がとても重要なことだろう。だが、俺がたとえその場面をしたとして、どんなに同情をしたとしても、他人事なのだ。

 

 起きてしまったことは、変えられないのだから。

 

「うん。僕も同じさ。でもヌヴィレットは多くの審判を憶えているみたいだね」

 

 まさしくすべての『歴史』を代表する。

 彼以上に、このフォンテーヌの最高審判官に相応しい人物はいない。

 

「僕は、この国のために何かできたかな……」

 

 そう言って、ほんの少し俯いた。

 今は、観衆の誰もが審判に夢中か。

 

「口下手な彼ではできないことを、貴女は行ってきましたよ、フリーナ様」

 

 これだけ歌劇が盛んで、そして科学や文化が発達したのは、楽しいことが好きなフリーナ様のおかげだと思っている。 

 フリーナ様とのお茶会でも、何世代も重ねた一族が代々来てくれて、今でも語り継がれているくらいだ。稲妻はようやく鎖国が終わり、文明開化だってこれからだって時だから、フォンテーヌの娯楽文化は世界一ではないか。

 

「これには説得力がある。なぜなら、2人がそれぞれの得意分野で、フォンテーヌのために頑張っている姿を、近くで俺は見てきたからな」

 

「キミも頑張ってきてくれたよ」

 

 そう言って、黒い手袋の指で、ツンってわき腹をつついてくる。

 再び今も聴かせてくれるように、『舞台上でも舞台裏でも、仕事をした全員が認められるべきさ』って皆に言い聞かせてきてくれた。そういうフリーナ様だから、たくさんの人に好かれている。

 

「なんたってキミは、この水神である僕が唯一付き人と認めている者だからね」

 

 そう言って、とても優しい神の笑顔を見せた。

 

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