推しの水神   作:八重堂の小説家

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第5話 

 

 フリーナ様の『寸劇』によって、連続少女失踪事件の真犯人を突き止めるため、観客も真剣な表情を見せるようになった。中には失踪した少女や女性の関係者もいるらしく、神へ祈るような仕草をしているのは、主役たちに期待しているからだろう。

 

 しかし、告発人となって立っているマーセルはこの状況でもいまだ表情は変わらず、もし仮に無罪となったなら、ナヴィアさんに対してぺナルティが課せられる。それでも、ナヴィアさんは臆することはなさそうだ。

 

「では原告側に、ジャック殺害事件と、連続少女失踪事件、その2つの事件の関係性を述べてもらおう。」

 

 ヌヴィレット様は公平に審判を進めるため、冷静にナヴィアさんへそう尋ねた。確かに、ジャック殺害事件が原始胎海の水が使われたからと言って、連続少女失踪事件の首謀者とは限らないか。

 

 俺も流されそうになったが、相変わらず冷静な人だ。

 

「それはタイミングよ。黒幕は口封じに、原始胎海の水を使っているの。たとえ急所に当たらずとも、確実に殺せるような武器をね」

 

 ナヴィアさんの言う通り、3年前のパーティーでも、リネ君のマジックショーでも、確かに実行犯や協力者に対する口封じが早すぎるな。あの時捕まった男はいまだ黙秘を続けているらしいが、黒幕からすれば、まさしく目の上のたん瘤というやつだろう。

 

「そんな慎重な男だからこそ、すぐに命令を出せる現場にいたのよ。だって、普段は歌劇場に通わない男が、マジックショーに来ているんだもの。見かけた時は気まぐれだと思ったけど、わざわざチケットまで買ったんでしょ?」

 

 席が決まっている以上、マーセルがあの場にいたことは言い逃れできないか。

 

「マジックショーの時も、今回も、ファデュイを利用して、捜査を攪乱しようって魂胆もあるでしょうね」

 

「ハハッ! 真犯人のヤツは、俺たちへ喧嘩を売りたいのかな!」

「タルタリヤ殿、まだ原告側が話している最中だ。」

 

 ファデュイ執行官に罪をなすりつけようと行動を起こしたのも、あの時捕まった男がいつ自白してもおかしくはないからか。どう見ても、タルタリヤが小細工に興味なさそうだったのは、誤算だっただろうがな。

 

「以上よ、最高審判官様?」

 

「では。被告人、反論はあるかね。」

 

「いえ、反論といっても……しかし、なんだね、そんな理由で私を疑っていたのか?」

 

 マーセルは反論の機会が与えられたが、告発されたことに関して、いまだ理解が追いついていない演技を見せる。更には、まるで(めい)に接するように、ナヴィアさんへ話しかけ始めた。

 

「やれやれ、ナヴィアは小さい頃から衝動的になりやすかった。感情に振り回されやすく、まあ、それもまた可愛いところではあるがな」

 

 多くの歌劇を観てきた俺やフリーナ様にとって、あれを演技でやっているのは分かるが、ちょっと寒気がするな。さすがに20年も真相を隠してきただけはあるか。

 

「ふむ。しかし私以外にも、2回とも現場にいた者がいるはずだ。たとえ現場にいなかったとしても、遠隔による監視手段がないとも言い切れない」

 

 刺客を別に送ったり、警察隊員のボーンを脅したり、すぐに口封じしたり、自分が現場にいるくらいの慎重派だと思うが。

 しかし、その反論には一理あるのが困るな。

 

「それにだ、私は商人で会長であるのだから、商会全体の信用問題に関わるわけがない。少女を失踪させる動機なんてなく、リスクしかないじゃないか」

 

 『そして、ナヴィアの推理には重大なミスがあるのだ』と、マーセルは語り始めた。

 

 1つ目、若い頃にスネージナヤを出て、ポワソン町に商売をするためにやってきた。

 2つ目、カーレスさんの支援のおかげで、ようやく軌道に乗った。

 そして、カーレスさんやジャックの暗殺事件が起きてしまった。

 

「つまり、私が商売を始める前には、少女失踪事件が起きていた。私はそれまでスネージナヤにいたというわけだ」

 

 あの国となると、さすがに骨が折れるな。

 20年前、個人がいたか確認できる保証はない。

 

「さて、まだ何か言いたいことはあるかな。営業申請の日付と、最初に失踪事件が起きた日、見比べてみるか? 入国記録を見てもいいぞ?」

 

 ナヴィアさんには証拠品がまだない状況で、相手が証拠品を出してきたか。

 

 犯人が見つかっていない以上、俺もフリーナ様も、失踪事件は概要までしか知らない。ただ、ヌヴィレット様と、その直属の警察隊が、一連の事件と言っているからには、模倣犯ではなく同一犯だと思う。ただ、マーセルが最終手段として、元から用意していたアリバイってわけか。もしそれが本当であるのならば、主犯としての容疑は晴れるし。

 

 『ウソをついているように見えるから』なんて直感は、証拠にはならないしな。どうしたものか。

 

「それについては後程確認しよう。原告側はこれについて反論はあるかね。」

 

 『いいえ。でももう1人、カギとなる人物がいるわ』と、ナヴィアさんは、佇まいを崩すことなく、口を開き始めた。

 

「連続少女失踪事件に関わった人は、何も被害者だけじゃない。遺族や恋人だっているのよ。もしかすると、もう1人、事件に巻き込まれたのかもしれないけど、どうしても見つからなかった」

 

 逆に見つからないことが怪しい。

 そうか、まだ1つ、手がかりはあったか。

 

「私たちは、とある人物を探していたの。ねぇマーセル、『ヴァシェ』って聞いたことある?」

 

「っ!?」

 

 それは俺も聞いた名だな。

 だが、マーセルの動揺は非常に大きかった。

 

「初めて動揺を見せたわね」

「いや、なに、急に知らない名前を言い出すから、驚いただけだ」

 

 誤魔化したものの、それが(かえ)って怪しい。

 だが、動揺したとしても、証拠にはならない。

 

 おそらくナヴィアさんに、これ以上は追い詰める武器がなさそうだが、それでも攻勢を緩めるわけにはいかない。

 

 そんなとき。

 歌劇場の扉は再び、大きく開かれる。

 

「ナヴィア、待たせたな!」

「遅くなった。まだ間に合う?」

 

「さすがあたしの相棒! タイミングばっちし!」

 

 白いドレスのような衣服を着た金髪の少女と、ふわふわ浮かんでいる白い衣服の銀髪の少女、そんなコンビが鞄を抱えてやってきた。ナヴィアさんにとっての相棒がこの場にいないのは、証拠品を探しに行っていたためだろうな。それを信じて待つのは、かなりの賭けだろうに。

 

 信頼ってやつだろうな。

 

「やあ、蛍とパイモン! 元気そうだね!」

「あいつ、最前席から手を振ってきているぞ……」

「容疑者になっても。タルタリヤはいつも通りだね」

 

 蛍ちゃんへタルタリヤも明るく話しかけているが。

 

 蛍ちゃんたちの交友関係は本当に広いな。

 行く先々で友達ができていそうだ。

 

「……」

「言いたいことは分かるよ、ヌヴィレット。でも旅人たちは、さぞ決定的な手がかりを見つけてきてくれた様子だよ?」

 

 フリーナ様に発言は止められて、今回は注意を省いて、ヌヴィレット様は蛍ちゃんたちへ証拠品の提出を促した。

 

「それで、旅人たちはどこまで行っていたのかな?」

「それは―――」

 

 彼女たちによれば、海中の洞窟から見つけてきてくれたらしい。

 原始胎海の水が入った試験管、それを薄めたロシの作り方が書いた紙、ジャックを殺害した刺客とやり取りが書かれた手紙、さらには黒幕の日記まで。

 

 他にも多すぎて全ては持ち帰らなかったが、数十人分の少女や女性たちの遺留品が、衣服を中心として大量に保管されていたらしい。

 

「1つ1つ、名札をつけた箱だったぞ……」

「その場所には、もう誰もいなかった……」

 

 それを聞いた観衆のうち、何人も表情が暗くなる。失踪した女性たちがもう帰ってはこないと分かったのか、涙を流した人たちが大勢いた。連続少女失踪事件の黒幕は犠牲者を出しただけではなく、これほどまでに多くの悲しみを生み出したわけだ。

 

 審判が中断している間に、全ての民から睨まれているマーセルだが、彼は本性を現したかのように、逆に怒っている様子が見て取れた。

 

「……全て鑑識に回し、急ぎ筆跡鑑定を行っているが、この証拠品だけでも結論づけるには充分だろう」

 

 警察隊によって手際よく筆跡鑑定が終わった日記を一読したのか、ヌヴィレット様は検察官へ手渡した。

 

「これより。検察官から、新たな証拠品の調査結果を述べてもらう。」

 

「はい。それでは私から述べさせていただきます。被告人マーセルには恋人がいて、その女性はヴェニールというフォンテーヌ人です。20年以上前に、原始胎海の水に触れてしまい、彼女は水となって溶けてしまった」

 

 そこまで聞けば、マーセルも被害者の関係者のようだが。

 

「そして被告人は、ヴェニールを取り戻す方法がないかと模索したようです。彼女と同年代の女性をターゲットとして誘拐した後、原始胎海の水がどのように作用するのかを研究を続けた。そのため、被告人は20年間に渡って、人体実験を行っていたと思われます」

 

 それが、連続少女失踪事件の動機か。

 たとえ恋人を取り戻すための『正義』だったとはいえ、何十人もの少女や女性を犠牲にしたわけだ。

 

「ロシの販売にも関わっており、また、こちらの日記はヴァシェという人物のものですが、マーセルという偽名を使うこととしたようです。そのため、被告人がフォンテーヌへ滞在した時期と、入国記録は一致しないでしょう」

 

 『……以上です』と、検察官は感情をできるだけ抑えて、冷静に述べてくれた。

 噴水で聞いたヴァシェという名前は、もしかするとヴェニールという女性が呼んでいたのかもしれないな。

 

「……被告人、反論はあるかね」

 

 商会のメンバーですら、会長を擁護することはないだろう。

 凛として顔を上げているナヴィアさんもそうだが、今までずっと騙されてきた。数々の女性を誘拐し、更には父親を殺人事件の犯人と仕立て上げた男が、先程見せたように親しい人物として接してきたのだ。

 

「聞いていれば! お前たちは、私の苦しみを経験したことがあるのか!?」

 

 ヌヴィレット様から最後の機会を与えられたが、マーセルは感情的に叫び始める。

 

「最愛の人が、目の前で溶けていく光景を! それを見ていることしかできなかったんだぞ!」

 

 その苦しみをお前が、実験対象にした女性たちの、家族や恋人や友人たちにも経験させたんだろうが。

 

 観客席を見れば、彼ら彼女らの背中からも、悔しさや悲しみといった感情が伝わってくる。たとえ溶けていく場面を目の前で見ているかどうかなんて関係はなく、愛する人を失って苦しんでいる。もしこの国にもっと秩序がなかったのならば、すぐにでもマーセルに向かって、誰もが自らの手で処罰を与えたいだろう。

 

「20年前、警察隊にも説明したさ! だが誰も私を助けてくれず、信じてもくれなかった! 『人が水に溶けるなんてありえない』とな!」

 

 確かに先日まで誰も実感できなかった。

 ヌヴィレット様も目を閉じて、彼の怒りを受け止める。

 

「すべて貴様らのせいだ! こんな見栄を張るだけの審判で、正義を追及して茶番を求める。貴様らは、人間の苦痛をまるで見向きもしない!」

 

 なら、外の豪雨はなんだっていうんだ。

 腕を強く掴んでくる手はなんだっていうんだ。

 

 不器用ながらもとても優しく、責任感があって、数百年間に渡って、その職務に就いている。ヌヴィレット様もフリーナ様も、名誉など求めておらず、どこまでも単純明快な『正義』であって、『少しでも多くの人々を救いたい』という願いのためにその身を捧げている。

 

 審判を中断させるように、諭示裁定カーディナルの天秤はじっと動きが止まり、水元素の光は穏やかに周囲を照らし続ける。

 

「ヴェニールが死んだんだぞ! 彼女と約束したのにだ……どこへ行こうとも一緒だと約束したのに……」

 

 『私はフォンテーヌ人じゃないから、溶けないんだよ……』と、マーセルは涙を流して訴える。その涙は、どこまでもヴェニールという女性を愛していた証拠に見えた。もし水に溶けることが選択できるのなら、彼はすぐに後を追っていたことだろう。

 

「私は溶けない、どうして溶けて、会いに行くことが赦されないのだ…… なら、取り戻すしかないじゃないか……」

 

「……この審判も結果が出たようだ。次の段階に進めようと思う。」

 

 目を開いてヌヴィレット様は、真っすぐと前を向いた。

 

「では、連続少女失踪事件の全貌を振り返る。」

 

 その1、被告人マーセル(本名ヴァシェ)は、恋人ヴェニールと冒険者としてフォンテーヌへやってきた。

 その2、水中洞窟の探索をしていた際に、ヴェニールは原始胎海の水へ触れてしまったため、彼女はヴァシェの目の前で溶けてしまう。

 その3、ヴァシェはフォンテーヌ人ではないため溶けず、ならばヴェニールを取り戻すため、女性を拉致して研究を始める。

 その4、犯罪者としての身分を隠すため、マーセルという偽名を名乗って、ポワソン町で商売を行った。原始胎海の水を希釈すれば、人を高揚させる効果があると気づき、『ロシ』の密売を始めた。

 その5、連続少女失踪事件及び、密売において、棘薔薇の会との間に衝突が起きたため、3年前にカーレスの暗殺を計画した。だが計画には失敗したため、彼は実行犯を溶かして、さらにカーレスへ、ジャックを殺人した容疑を被せた。

 そして、つい先日のマジックショーにおいて、真実を隠すため、彼は似たような手口で、魔術師リネに罪を着せようとした。

 

「その計画は失敗したため、原始胎海の水の効果も露呈することとなった。これが、20年間の連続少女失踪事件の真相だ。」

 

 その後、諭示裁定カーディナルへ最終的な判決が委ねられ、水元素力の輝きが歌劇場を満たす。ヌヴィレット様が判断した通りの審判結果と一致することを、警察隊と確認しているが、今まで違ったことはない。

 

「被告人ヴァシェは、有罪……メロピデ要塞行きとする。」

 

 たとえ何十人の命を奪っていても、あの砦で贖罪の機会が与えられたか。さすがに刑期は、無期限なものとなるだろう。

 

 項垂れたヴァシェは警察隊に連行されていき、見物に来ただけの観客たちは帰っていく人も多い。だが、残っている人々は、もう失踪した少女や女性たちが(かえ)ってこないという現実を思い知って、悲しみに暮れていた。

 

「……すまない」

「たとえ神でも、全ての責任までは背負うなよ」

 

 20年という時間で失った命は多く、フリーナ様もとても悲しい瞳を見せていた。だが、たとえ神であっても、この世界の全てをハッピーエンドにできるわけじゃないと、俺は歴史から実感している。

 

 ナヴィアさんも今は、顔を手で覆っている。

 カーレスも天国から見てくれているといいな。

 

 

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