推しの水神   作:八重堂の小説家

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3章1話

 

 連続少女失踪事件が解決したことで、数日のうちに組織メンバーは逮捕された。首謀者だったマーセルは、自分の目が届く範囲で、ロシの販売以外は少人数で行っていたことも大きいだろう。

 

 ただ、そのマーセルは、『審判の当日にショック死した』と報道されているが、俺やフリーナ様は、ヌヴィレット様たちへ詳細を尋ねることはしなかった。

 

 理由の1つは彼らが忙しかったのもあるし、もう1つは俺たちだってやるべきことがあるからだ。

 

 フォンテーヌの民も事件は解決したことに安堵しつつも、もしその凶器が自分たちへ向けられるのではないかと、不安は募るばかりだろう。すでに原始胎海の水によって、何人ものフォンテーヌ人が溶けた以上、それはまさしく予言の兆候に思える。海面上昇と合わせて、どれくらいの規模になるかは分からないが、津波レベルの災害は起こりうる。

 

 この街ならば、一定レベルの津波までは抑えることができるが、ポアソン町や科学院のように、フォンテーヌのあちこちに人々は住んでいる。おそらく半年以内、しかしいつ起こるか分からない災害に対して、街に避難を働きかけるということは難しい。だから今は、『緊急の際には3日で全ての民を避難させるように動く』、ということで会議を終えた。

 

 水路の定期便をいつでも臨時のものに切り替えることができるように、また、距離があるなら飛行船で移動できるように、他にも食糧の備蓄の最終確認など、ここ数日は枢律庭や共律庭も、執律庭とは別の仕事で慌ただしい日々だった。

 

 そして科学院の上層部には、極秘に原始胎海の水のサンプルを渡して、その研究をしてもらう。これは警察隊の調査が入る前に、蛍ちゃんたちが見つけた場所に行ってくることで入手した。

 ただ、俺が実体験したように、フォンテーヌ人以外には適量ならむしろメリットを与えるくらいで、進捗は(かんば)しくないようだが。

 

「……美味しい」

 

 フリーナ様は不安を感じるとき、あまり食欲がなくなる。

 付き人としてではなく、男として女子のそのような姿は心配になるので、美味しいものを食べてもらうべく、こうして個室のあるレストランへ連れてくるわけだ。

 

「うん。やっぱりこのお店は、何年通っても、飽きることがない場所だ」

 

 少しずつ元気が出てきたようで、再びオムライスを食べてくれる。その量も決して多くはないが、フリーナ様は少食で、いろいろなものを食べれる日替わりランチセットというのは、お気に入りの部類だ。

 

「元々は、キミがリクエストした料理を作ってくれる夫婦がいて。そんな2人の小さなお店だったのにね」

 

 そう言って、ナイフとフォークに持ち替えて、器用に小さなハンバーグを切り分けて、彼女は自分の口に入れた。俺しか見てないのだが、そういった食事のマナーを守るのは、もう癖だからなのだろう。

 

 俺も、大盛りオムライスを食べる手を止める。

 

「さすがに毎日パンってのも、ちょっと味気ないと感じていたからな」

 

 食べたいものを食べようとする、今では当たり前のように思える。しかしあの時期は失っていたもので、このフォンテーヌで、生き方というやつに余裕ができたからなのだろう。

 

「僕はパン派で、キミはライス派、どれだけ時間が経過しようと、そこだけは相容れなさそうだ。ま、たまにはいいけどね」

 

 ナイフとフォークを1度置いたフリーナ様は、水元素のマークが描かれた旗をクルクルと回しながら、ニコニコとする。

 お子様ランチというやつは、やっぱり旗に限るな。

 

「朝からケーキってのも、たまにはわるくないと思っている。しかしそれだとサラダとの食べ合わせが、だな」

「いいじゃないか、朝くらい。ほんと昔からキミってやつは、健康的すぎるよ」

 

 笑い合って俺たちは再び、スプーンを握って、オムライスを食べ始めた。

 

 こうしてフリーナ様はデザートのプリンまで完食してくれて、少し食休みをしてからレストランを出る。

 

 すでに空は暗いが、街灯が明るく照らしていた。

 後ろ手を組んでルンルンと歩いている背中を、俺はゆっくり追いかける。先程まで思いつめた表情だったが、満腹になったおかげか、少しは気が楽になってくれたようだ。

 

「おや? おチビちゃん、こっちにおいで!」

 

 ニャ、と猫が警戒する。

 両手を広げる姿は、猫からしたら怖いかもな。

 

 俺からしたら、羨ましい限りだが。

 

「むぅ~  ねぇ、何か食べ物は持っていないかい?」

 

「そうやって餌付けすると、なつかれるぞ」

 

 街に野良猫がいるというのも珍しく、たぶん街の外から迷い込んでしまったのだろう。大体の場合は、自分で器用に街から出ていくのだが、よく警察隊が街の外へ運んでいる姿は見られる。メリュジーヌたちが、よく猫を見つけてくれるしな。

 フリーナ様もそれを知っていて、どうにかして、運んであげたいのだろう。

 

「街に住みついても、毎日食べ物があるとは限らないからな。危険とはいえ、外のほうが仲間だって多い」

 

「……それもそうだね。誰かさんと違って、仲間がいるわけだ」

 

 水神として孤独を知っているからこそ、昔から貴女は優しかった。

 

「ほら、おチビちゃん、仲間のところへ連れていってあげるから」

 

 フリーナ様は諦めることなく、(かが)んで、少しでも猫と目線を合わせようとする。

 この優しい神のおかげで、俺が前世で持っていた威厳ある神のイメージなんて崩れ去ったな。

 

 そんなフリーナ様だからこそ。

 歩み寄ってきた。

 

「うん、いい子だ」

 

 ニャ―、と猫はフリーナ様の腕で抱え上げられた。

 

「ん~ かわいい。許されるのなら、飼いたいくらいだけど」

 

 黒と白の毛がふさふさしている猫は、さっきまで警戒していたというのに、まるで母親へ甘える子どものような姿だ。

 そして、フリーナ様もその姿が(さま)になっている。

 

「猫屋敷になりそうだから、却下だ。それに、さっき言った通りだ」

 

「むー ケチー ……まあ、仲間がいるのなら、そのほうがいいよね」

 

 すべて終わったら余裕ができて、いつか誰かに恋をする。

 いつか、その誰かと結婚して、子どもを産むのだろうか。

 

 フリーナ様とヌヴィレット様とか、お似合いだろうな。

 

 予言を乗り越えたら、たぶん俺はまた旅に出る。

 

 もし神と人間だったなら可能性があったかもしれないが、俺はこんな身体だ。俺はこの手袋がなければ()れることすらできず、サングラスがなければ街を共に歩くことはできない。

 

 そうだ、この感情には蓋をするしかない。

 

「ニャ~  ニャ?」

 

 猫語で会話しようとするところが可愛くて。

 優しく抱きかかえる姿が美しくて。

 

 真剣になるべき時はカッコよくて。

 調子に乗る時は子どもっぽくて。

 舞台に上がるときは大人っぽくて。

 不安になる時の表情は(いと)おしくて。

 

「……ニャ? おや、どうしたのかい?」

 

 そんな貴女が好きで、愛しているから。

 ちゃんと幸せになってほしい。

 

 だから。

 少しでも貴女の力になれるから。

 この身体に転生したことは後悔していない。

 

 

「えっ……な、何をする気だい?」

 

 猫は本能で何かに警戒していたが、フリーナ様は気づいていないらしい。これだけ殺気を隠せるとなると、相当の実力者なのだろう。これだけ近づかれるまで気付かなかった、俺の責任は大きい。こんな実力で唯一のボディーガードを名乗っているだなんて、ヌヴィレット様に申し訳ないな。

 

 フリーナ様を逃がす時間はなく。

 片手剣を準備する余裕もない。

 

 これはもう。

 どんな結末になろうと、本気でいくしかない。

 

「巻き込まれるぞ! 下がってろ!!」

 

 襲い掛かってくる敵に対して。

 俺は『仮面の化け物』として飛びかかる。

 

 フード付きマントを羽織っていて、目元だけを仮面で隠した暗殺者が、建物の暗闇から飛び出してきた。化け物の姿に動揺すら見せず、むしろ嗤っている暗殺者は、素手でこちらへ向かってくる。

 

 なめられたものだな。

 

殺し合おうか、ファデュイ!

 

 『大鎌』は獲物を狩るために、『強靭な肉体』は敵を捻じ伏せるために、『この身に宿した水元素力』は身体能力を高めるために。そして、数百年鍛え上げた『戦闘技術』は必ず貴女を護り通すために。

 

 

 

 強くなったはずなんだけどな―――

 

 

 

彼を殺さないで……お願いだから……

 

 

 

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