推しの水神   作:八重堂の小説家

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第2話

 

 パレ・メルモニアは今日も慌ただしく、普段通りヌヴィレットは警察隊や特巡隊の統括を行っていた。

 

 連続少女失踪事件やロシの密売に関する捜査に加えて、すでに解決されたとはいえ、新たな事件が起きてしまった。

 昨晩街へ迷い込んだヒルチャールの1体が、『水神様の手によって拘束された』件について、今はその事後処理を行っているが。これには多くの意味がある。

 

 まずは形式上、街の警備体制を見直さなければならない。

 

 ヒルチャールとは、歴史書を紐解けば1000年以上、その多くは500年前にテイワット全域に分布するようになった原始住民たちだ。

 2足歩行や生活形態はまるで人間のようだが、常に仮面を身につけていて知能は低く、意思疎通が取れない個体がほとんどで、物資を狙って人々を襲うこともある。このフォンテーヌでも集落を作ることがあり、その部族が人々へ被害を出すようなら、冒険話協会によって討伐依頼が出されるのだ。

 つまり多くの人々は、ヒルチャールとのコミュニケーションを諦め、彼らのことを『ただの言葉が通じない魔物』としか見ていない。

 

 さらに今回、街へ迷い込んだのは『ヒルチャールレンジャー』と識別される個体だ。はぐれヒルチャールのようなもので、その1体だけで十分な脅威となりうる。その多くはスメール国土の砂漠に生息しているため、なぜ突然街に現れたのか、今朝からそのような話題で持ちきりだろう。

 

 どう鎮めていくいくべきか、そのことを考えていたとき、トントンと控えめなノックの音がヌヴィレットの耳に入る。

 

「その……ヌヴィレット、少しいいかい?」

「構わない」

 

 フリーナが入室してきた途端、彼女の張り詰めた雰囲気が弱々しいものへ変化した。

 ヌヴィレット本人は無自覚だが、メリュジーヌたちを見るような瞳となって優しい声で、ソファへ座るように促す。

 

 どうやら化粧で隠しているようだが、あまり快眠できたわけでもないのだろう。付き人である彼が重傷を負ったことは、よほど彼女にとって深刻な問題のようだ。フリーナと自分が交流した時間は、人の感覚から見れば十分に長いだろう。しかし私生活をサポートしている彼と比べれば、ほんのわずかにすぎない。

 

「えーと……今日も忙しいみたいだね」

 

 フリーナは机の上にある書類の束を見て、そう呟いた。

 

 ヌヴィレットがボトルを持った手に、すべてを包み込むような強大な水元素の力が輝く。そして美しい所作でそのボトルから、最高品質の水をカップへ注いで机に置いてくれた。

 

 フリーナはカップを手に取って喉を潤す。

 まあ水の違いなんて今でも分からないけど、美味しくはあって、気持ちが伝わってくる。数百年前に出会った頃と違って、こういったことをしてくれるくらいには、この青年はとても人間らしくなっている。

 

「キミが聞きたいことは、彼の処遇についてだろう。先程、簡単な応急処置を済ませたため、特巡隊がメロピデ要塞へ護送したところだ」

 

 あの場所にはシグウィンがいて、たとえ見た目がヒルチャールであっても快く治療を行ってくれる。そして自治状態にあるため、身を隠す場所には打ってつけの場所だ。定期的に健康診断で通うため、すでに彼とリオセスリは友人関係となっているとも聞く。

 

「そ、そうだね。たとえヒルチャールであろうと、このフォンテーヌでは審判を受ける権利があって……あぁ、すまない」

 

 フリーナは神として気丈に振る舞おうとするも、ヌヴィレットも彼の事情を知っていて、単刀直入に話してくれている。真剣に向き合って本題に入らないことは、失礼なことになるだろう。

 忙しい彼がこうして時間を取ってくれていることですら、申し訳ないと感じるほどに、本来の彼女はネガティブ気質なところはある。

 

 今は、彼の血戦を水の泡にしないためにも、自分ができることをしなければいけない。そう奮起してから、フリーナは対面に座るヌヴィレットをちゃんと見上げた。

 

「単刀直入に言うよ。僕の見立てでは、今回の襲撃者はファデュイ執行官だ」

 

「……やはり彼が正体を隠す余裕がないほど、本気で挑まねばならない相手だったということか」

 

 目の前のフリーナが傷1つ負っていないところを考えれば、彼は付き人としての職務を果たしたとも言える。普通に考えれば、その襲撃者はフリーナ自身で撃退したことになるのだろうが。

 だがヌヴィレットでさえ、この数百年の間で彼女の戦闘場面はおろか、水元素力を使う場面すら見たことはない。舞台上で剣術を扱っている姿は何度も見たとはいえ。

 

 フリーナはその襲撃者を告発する気はないらしいが、当時の詳細を聞いておくに越したことはない。ヌヴィレットがそのことを尋ねようとする前に、彼女はカップを置いた。

 

「タイミングよく、召使は僕に対して面会を申請してきたんだ。はてさて、昨夜の襲撃のお詫びか、それともタルタリヤの件かは知らないけどね」

 

 そう言って、ギュッと腕を組んで目を逸らしたが、怯えた瞳は隠しきれていなかった。

 それもあってヌヴィレットは。

 

「あくまで私の意見だが、断ることを真剣に勧める」

 

 詳細な報告は出す予定だったが、タルタリヤをフォンテーヌ側で裁いたことは、スネージナヤ側にとって決して面白いことではないだろう。

 フォンテーヌにおける『神の心』の所在はヌヴィレットも知らないが、最近のファデュイの動向を考えれば、今後もフリーナに対して外交的な圧力をかけてくることは間違いない。

 すでにモンド、璃月、稲妻、スメールの4つは回収されているのだから、残りはナタと、このフォンテーヌだけだ。

 

 そういった理由をフリーナへ話すが。

 

「僕は今回の面会を受け入れるべきだと思う、から……」

 

 彼女はまるで『お願いごとを言い出しづらそうな子ども』のような視線を向けてくる。立場からすれば彼女は上司で自分は部下で、命令してもらえれば従うのだが。

 

 なんだかヌヴィレットは知らない感情が芽生えそうな気がした。

 

「ほら、だってその、元々筋を通していないのは僕たちじゃないか。面会を先延ばしにしていたら、スネージナヤとの関係はどんどん深刻になるかもしれないよ」

 

「一理ある」

 

 『他国の神だって裁く』といった普段の言動とは真逆の安定志向だが、フォンテーヌとスネージナヤの外交関係は決して悪いものでもないが、良いとは言えない。もし仮に国同士で敵対したとなれば、武力的な意味でも経済的な面でも、民に多くの被害が出ることになるだろう。

 フリーナが今回の襲撃事件に関して告発する様子を見せないことも、よほど慎重になっているからかもしれない。

 

「え-と、それでヌヴィレット?」

 

「承知した。外交面はフリーナ殿の管轄なのだから、最終判断は任せよう。私は万が一のため、面会当日の護衛については選りすぐりの者を派遣することとしよう」

 

 タルタリヤの実力以上と踏まえれば、クロリンデとシュヴルーズを中心とした精鋭の小隊を組めば、執行官1人ならば対処は可能だろう。

 しかし、もしタルタリヤのように魔王武装という物を扱うことができ、彼女たちでも敵わない状態となるならば、その時はヌヴィレット自身が介入する予定とした。

 

「あ、あれ? そこまで重大に考えなくていいんじゃないか? これがパーティーならまだしも、お茶会で睨み合っていてはせっかくのケーキを味わえない」

 

 ヌヴィレットはいつも通り、彼女が端的にまとめることを待つ。

 

「えっと、つまり言いたいのは、面会の時はヌヴィレットが立ち会ってくれさえすればいいということで……」

 

 あまり警戒しすぎて、ファデュイを刺激することは得策ではないだろう。現時点では戦争相手というわけではないから。

 

「ふむ…… 法廷以外の場における人との交流は、私の得意分野ではないのだが」

 

 しかし、とヌヴィレットは大きく頷いた。

 うるうると子犬のような瞳をしていることだ。

 

「フリーナ殿の付き人である彼が療養中なのだ。私でよければ、当日はその代役を務めさせていただこう」

 

「よ、よしっ! じゃあ、面会の手配はしておくから、当日のスケジュールは空けるようにしてくれ」

 

 少し安心した表情を見せて、フリーナはカップの水を飲み終えてから立ち上がる。

 

 そして、途中で振り返って『その……ありがとう』と幼い声を残して部屋を出ていったが。

 込み上げてくる感情が何かについて、今は考える時間もなくヌヴィレットは再び職務へ戻る。

 

「さて……」

 

 彼が療養している期間、護衛及び執事とメイドのシフトを、迅速に作成しなければならない。

 

 

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