推しの水神 作:八重堂の小説家
あれから数日後、旅人について、スメールとの国境付近の話を聞くようになった。
出かけるとなると、フリーナ様はおしゃれをするので、男の俺は一度、部屋から出ていた。
「よいぞ」
そんな威厳があるように思えて、かわいい声で入室する。
丈夫な生地の純白のスーツだが、真っ白な素足を堂々と見せるショートパンツのため、遊び心のある活発さも見せている。
「どうだ、カッコいいだろう?」
フリーナ様は、首元の黒いフリルや、宝石の雫がある胸元を、少し突き上げた。両腰に手を当てて、えっへんとドヤ顔を見せており、物語の王子様に憧れる子どものようだ。
ディズニーとか好きそう。
「似合ってますよ、フリーナ様」
海のように深みのある青色のコートの裾は、スカートのように重ねられたフリルが揺れる。夜空に輝く星のような金色の装飾品はキラキラとしており、ふんわりと整えられた銀髪をさらに目立たせ、女性としての美しさを見せる。
王冠のようなハット、ツヤツヤな靴、更には華奢な腰回りにまで、それぞれに青いリボンがほどこされており、女の子としての可愛さも兼ね備えている。
「ふふん。この僕に見とれてしまうのは仕方ないさ」
形式ばった褒め言葉だったが、どうやら本心を見抜いてきたフリーナ様は気を良くしたようで、ステップでも踏むように部屋の外へ歩き始めた。
「ええ。民もカッコいいと思うでしょうね」
推理小説でも、法廷でも、迷探偵になりやすいフリーナ様も、古くからの付き合いには鋭いらしい。今はボディーガードっぽく、真っ黒なサングラスをかけているし、光を宿さない目が泳いでいたのは気づかれないと思ったのだが。
「ま、キミも、僕の側に立つには~? 相応の恰好はしているんじゃないかな~? うん」
くるりと回転しながら、フリーナ様にそう言われて。
こっちだって、動揺するようなお年頃じゃないんだからねっ!
俺自身におしゃれセンスなんてないので、決闘代理人のデザインが良いだけだと思うと、悲しくはなるが。
さて。
俺もそろそろ行くか。
「フリーナ様、準備はできております」
今日も裁判で賑やかな歌劇場から外に出れば、クロリンデを初めとする、護衛の人たちが待ってくれていて、フリーナ様へ丁寧にお辞儀をする。中にはメリュジーヌという種族もいて、彼女たちの観察眼にはとても助かっている。
すっかり、人々の社会にも彼女たちを見かけるようになったな。俺と違って、どう見ても純粋で可愛い種族なのに。
「うむ。くるしゅうないぞ~」
フリーナ様が現れたことで、周りにいる民はきゃっきゃと喜び、相変わらず彼女は人気者らしい。女性のクロリンデも男女問わずファンが多いと聞くから、相乗効果もありそうだ。
それにしても、やっぱりでかいな。
決闘代理人の正装がぴっちぴちだぞ。
だが諸君、大きいのも小さいのも、それぞれの良さがある。ほら、フリーナ様は胸を張っているが、スレンダーで1枚の絵のような美しさだ。それに幼い姿で先導する姿は庇護欲だって湧いてくるし、可愛いは正義!
「旅人は国境に向かってきているんだよな?」
「……ええ。明日の便に乗るとの情報です」
話しているのはフリーナ様なのに、頭を下げたままこっちを睨んでくるとか、クロリンデは器用すぎないか。あの大きな胸で悠々と泳ぐだけはあるな。
「うむ。ごくろう!」
フォンテーヌでも上位の強さのクロリンデと違って。
こっちは無駄に長寿なのに鍛える効率も悪く、神の目もない矮小な存在だから、一瞬で感電させられて『海』に沈められてしまうのだが。
「ん。」
スッと差し出されたレースの手袋だが、フリーナ様はまた演劇にでも影響されたのだろうか。まさかこんな場面で、いわゆる飼い犬に対するお手でもあるまい。
プネウムシア対消滅エネルギーだか、律償混合エネルギーだか、まあ個人的にモーターボートと呼んでいる船へ先に近づいて、俺は黒い手袋の手を彼女へ差し出す。
「むふ~」
どこかホクホクするような表情のフリーナ様は、物語のお姫様のように、俺に支えられながら階段を1段ずつ進む。
ルキナの泉に訪れた民にとってはもう見慣れた光景なのだろうが、記者は相変わらず興味津々だし、他国の観光客は俺の存在に首を傾げている。正装をしているとはいえ、フリーナ様の護衛で男性というのは珍しいだろうし。
永遠に少女をしている気がするフリーナ様はともかく、こっちはおじいちゃんだぞ。今更、推しとの色恋沙汰がそう簡単に起きてたまるか。
「うへへ~」
やっべ、フリーナ様の緩みきった表情が可愛すぎる。
いわゆるクルーズ船なのか、一般的な船よりは大きめであって、パラソルのついた椅子とテーブルが設置されている。本職の執事によって、ケーキと紅茶の準備がされていた。
しかし、すぐにそこへフリーナ様が飛びつくことはなかった。
「……。」
フリーナ様はゆっくりと船首へ歩いていって、フォンテーヌの景色を見つめ始める。俺には華奢な背中しか見えないが、彼女の蒼色の瞳には一体、何を映しているのだろう。
空中に浮かぶ元研究所なのか、海中にある要塞なのか、沈んだ遺跡なのか、怪しい動きを見せる隣国なのか、それとももっと別の海なのか。
手すりにもたれかかるように、俺は腕を組む。
クロリンデの合図で、護衛の人たちは持ち場についてくれている。普段とは違い、フリーナ様の護衛なのだから、もっとリラックスしていいだろうに、職業柄か、格式というものは大事にするらしい。
フリーナ様は振り返って、張りつけた笑顔を見せて、青空へ腕を突き上げた。
「さーて、出航だ~!」
その号令で、船は海を進み始める。
海といっても、厳密には下に広がるのは淡水だ。まあ泳いでいてもどう見ても生態系が海に似通っているから、海でいいんじゃないかというのは、俺がなあなあで生きているからかもしれない。
今はフリーナ様もパラソルの下で、本職の執事から おもてなしをされているし。
暇になったな と大あくびをしていると、クロリンデと目が合った。そういえば俺や公爵に負けたくないからって、休日に部下と練習している話を聞いたことを思い出して。
俺は七星召喚のデッキケースを見せる。
「おい、デュエルしろよ」
「しない。仕事中だ。」
彼女はまだ、真のデュエリストではなかったらしい。
俺とあんたがいれば、たとえ遊んでいても異変に気づくだろうし、相変わらず仕事人だな。
何があったかは知らないが、フリーナ様の秘密と、ヌヴィレット様の隠し事にも触れない。2人への忠誠心の高さという点で、俺が最も信頼している人間かもしれない。
「へーへー、じゃあ真面目なクロリンデさんを見習って、皆様に紅茶でも淹れますよ」
この堅物って友達いるのだろうか。アルハイゼンはいるが。
俺が友達になってもいいが、誰彼構わず近づきすぎると、こっちがまた悲しくなる。遠距離で手紙のやり取りをするくらいが、ちょうどいい。
さて、炊事場でも借りるとしますか。
「手袋……」
「ん?」
ポツリと小さく呟いたその言葉だけで、確信は突いてきやがる。
他のやつはともかく、クロリンデ相手に話しても特に関係は変わらなさそうだろうが、わざわざ話したいことでもない。
「フリーナ様だって、片方は黒色だろ。最近のフォンテーヌのトレンドだ」
「ふむ。そうなのか」
こっちが話したくないことを察したのか、視線を船の後方へ戻した。
「うむ。ごくろう」
執事たちに頭を下げられたが、君らが新人の頃から働いているだけで別に威厳も実力もないと思うのだが。
まあ数百年もやっていると、さすがに紅茶の淹れ方くらいは上手くなる。それに、メリュジーヌとも交流があることもあって、彼女たち好みの飲み物を作る技術だって身についている。
ただマナーだけは身につく様子がないのは、価値観とか魂とか性根とか、そういうのが原因なのだろう。フリーナ様ですら、神としてカッコいいからという理由で身に着けたのに。
まあこうやって、人数分のカップを用意して、護衛に来てくれた人たちをもてなすというのは、前世の価値観が染みついているのかもしれない。もう記憶なんて、ずいぶんと抜け落ちているのにな。
「ほれ。お前も飲むか?」
「……いただこう。」
美人なのに、無口がもったいない。
引く手あまただろうに。
まあそんなクロリンデの推しも多いだろうな。
「だから睨むなって」
短い船旅で暇だから、もう少しは鑑賞会を続けたいところなのに。