推しの水神   作:八重堂の小説家

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第6話

 

 タルタリヤの行方を探すべく聞き回ったが。

 いまだ有力な情報は集められていない。

 

 まだ日が浅いうちに行方不明になっただけでなく、意外と大人しくしていたらしい。そのため、そもそも彼を知っている人が少なかった。鉄拳闘技場でさえ、彼を楽しませてくれるような実力者がいなかったのだろう。

 

 最近は蛍ちゃんとパイモンは生産エリアでの仕事もあるため、俺は付いていっていない。しかも俺はリオセスリから仕事をいろいろと追加されていて、今日の早朝は荷物の運搬、昼まで調理手伝い、午後からは片付け、そして深夜は警備だな。

 

 普段なら休みの人が出た場合は、たとえ囚人であっても特別許可券で代員を出すらしい。だが、その指示を出すリオセスリたちは早急に片付けるべき案件があるようで、そこで便利なやつがいるじゃないかと。

 

 まあ年齢は普通の人間より重ねている。

 だからそれなりにできることは多い。

 

「チロルおじさん、これくらいでいい?」

 

「そうだな。具材よりスープをたっぷり盛り付けてくれ」

 

 トマトスープに野菜が浮いているのだが。

 本当にこれはラタトゥイユなのか。

 

 まあ特別許可券のいらないサービス食の予算としては、こういう料理系統が限界か。しかも限られた食材で50食分ともなると、1人あたりの量はどうしても減ってしまう。

 

 ラノールちゃんにはいつか本当のラタトゥイユを食べさせてあげたいものだ。このメロピデ要塞で生まれたこの()には年齢的に労働の義務がないとはいえ、補助で貰っている以上の特別許可券を求めるのならお手伝いが必要になる。

 

 彼女はウサギが刺繍されたエプロンを身に着けていて、たぶん外で売っているものだと思うが、一体どこの公爵さんが取り寄せたのだろうね。

 

「キャタピラー、後は任せていいか?」

「ええ。ラノールとやっておきます」

 

 少しブカブカなコック服を着たキャタピラーも手伝ってくれている。ラノールちゃんの保護者であってお兄ちゃんらしく、見た目は少年だが。

 しかし人間以上には年齢を重ねているようだな。

 

「……あなたはこういったことに慣れているのですね」

「いろいろな方面に手を出しただけで、器用貧乏なだけだ」

 

 彼もその爪を隠すべく調理用手袋を身に着けてもらったが、彼は人間の世界に混じることはあまり気が進まないらしい。ラノールちゃんの教育の一貫として、こういった業務手伝いにはたまに来る程度のようだ。

 

 別に、ボロンゴとして決闘代理人の服を、プックルとして制服を、チロルとしてコック服を、そうやって意外と人間の中に紛れこめるものだ。堂々としていれば正体や名前や出自を尋ねられることは少ない。

 

「人生長いんだ。楽しんだもの勝ちだぞ」

 

 フリーナ様と過ごしていると本当にそう思える。

 キャタピラーももう少し楽な生き方をしてほしいが。

 

 今は仕事を楽しもうか。

 

「さて、と」

 

 我らが料理長殿が、特別許可券のための料理場から余った食材を持ってきてくれたが、これまた少ないな。

 

「チロルさん、次はこれでどうですかな?」

 

「分かってて持ってきているだろ、ウォルジー?」

 

 いわゆるネギトロの作業をやれってことだ。

 しかも大体30人分か。

 

 お互いまな板の上に、魚の切り身を置いて、スプーンで身をすいていく。アラというやつだが(すじ)が多く、それでいて魚特有の生臭さもひどい。さらにフォンテーヌではあまり魚の生食は好まれない。だからどうしても、こういった部位は捨てられてしまうことは多い。

 

「この作業は別にいいが、さっきのラタトゥイユもどきはどうにかならないのか。あれトマトスープだろ」

「あれはパンが食べやすいと、サービス食の中でもなかなか好評なんですがね」

 

 ていうか作業が単調すぎていろいろ話しながらじゃないとやってられないな。

 

「ならもうポトフにしろよ。もっとビーフを入れよう」

「ビーフはめったに仕入れませんよ。たとえ訳あり商品であってもね」

 

 サービス食の予算のほとんどが、大体パンで消えているというから仕方ないか。予言の水位上昇による不安からなのか、どうにも物価が上昇している。

 以前の体制では、特別許可券がなければ食事だってできなかったらしい。リオセスリがヌヴィレット様に進言してようやく明るみになったくらいだ。まるで鎖国状態なメロピデ要塞も、革新的に変わっていい時期かもしれないな。

 

「あれなら買えるだろ。ホルモンとか牛スジとか」

「そういった部位も意外に高値でして」

 

 フォンテーヌの人々はやっぱり、ステーキとはまた別でそういうのを食べたくなるものだろうか。いや確かに、街の西の砂浜で焼き肉パーティーを開催したら意外に評判が良かったし、行きつけの店では牛スジ煮込みを引き続きメニューに使ってくれているようだし。

 

「俺も料理人の端くれですが、フリーナ様とボロンゴさんのグルメ本はとても参考になりますから」

 

 たとえ名前や服装を変えても、気づかれるものか。

 

「ああ。あの本に掲載された料理店は行列ができるくらいだからな」

 

 それくらいフリーナ様の影響力はすごいってことだ。

 国民的アイドルだろ。

 

「そろそろ揚げていくぞ」

 

 すりつぶした魚と葉物野菜を合わせて、団子状にしたものを油で揚げる。

 

 カラカラカラ と油が奏でる音

 あちこちに広がる香ばしい匂い

 

 通りがかった看守たちはごくりと息をのんでいる。

 

「あら、いい香り」

 

 そしてそんな可愛い声と、ぴょこっとウサ耳のような触覚が見えた。

 

「あっ! シグウィンちゃん!」

 

「こんにちは、ラノールちゃん」

 

 ラノールちゃんはまるで同年代の友達のようにとても懐いているようだ。目線が近い2人でキャッキャしている。

 

 メリュジーヌであるシグウィンの背は子どもくらい小さく、ウサギや妖精のような見た目をしている。それに加えて、医務室で彼女の仕事を手伝う機会もあると聞く。

 こうしてみると、少女にとっては最高の先生が周りに3人揃っているわけだ。

 

「よいしょっと」

 

 シグウィンはキッチンに木箱を置いてから、彼女用の作業台を持ってきた。

 

「あー、ラノールとキャタピラー、そろそろ上がっていい。2人でサービス食を食べてくるといい」

 

「ええ。そうします」

「? じゃあいこう、お兄ちゃん」

 

 ウォルジーにお弁当やパンを持たされて、2人はキッチンから出ていく。さすがにまだラノールちゃんには刺激が強いということか。

 

 まな板に置かれたのは、青くてぶよぶよした塊だが。

 

「……あれは何の肉か分かるのか?」

「……確か深海魚だったはずだ」

 

「どうして小声で話しているのよ?」

 

 『いえ何も!』と俺たちは料理に戻る。

 

 メリュジーヌが好きな飲み物の作り方くらいは俺も知っているが、その食材は今でも独特だと思う。シグウィンは手先が器用なのだが、メリュジーヌという種族らしく豪快にお鍋で煮込み始めた。

 そうすると、なんともいえない匂いが厨房内に漂うこととなる。

 

「まさか新入りが特別許可券を欲しいがために、3連勤でもしたんじゃないだろうな」

 

「連勤? どういうことだ?」

 

 ウォルジーによれば。

 

 メロピデ要塞では基本的にハードな仕事が多い。そのため、特別許可券で休みを得ない限り、毎日一定時間は必ず出る必要があるが、それ以上働くかは自分で決められる。だから、たまに始業から終業まで働き続け、さらにそのシフトを数日間し続けるような人がいるらしい。

 

「真面目な子たちと思っていたけど… あんなに頑張るなんて思わなかったのよ」

 

「やれやれだな」

「まったくだ」

 

 疲れた時にはちゃんと疲れたーって言ってくれるフリーナ様を見習ってほしいものだ。特別許可券は確かに食事や嗜好品など、様々な用途に使うことができるが、一体どれだけ欲しかったのやら。

 

「じゃあ、その子たちの今日の食事は、シグウィンのスペシャルメニューになるわけだ」

 

「うん。これを食べればすぐに元気になるのよ」

 

 そう言って、お弁当箱に煮物を詰めていく。

 なんだったんだろうあの青いキノコ。

 

「私はそろそろ医務室に戻らないといけないから、2人に渡しておいてくれる?」

 

 『金髪の女の子と、白髪でふわふわした女の子なのよ』ってウォルジーに伝えているが、いやまさかあの()たちじゃないだろうな。そこまで特別許可券を求めていた印象はないが。

 

「それと、あなたもちゃんと食べるのよ。また働きすぎているみたいだし」

「えっ、俺も? いや、別に疲れてはないが」

 

 ルビーの宝石のような瞳で念押しされ。

 シグウィンはフリフリと手を振る。

 

「またね、ボロンゴちゃん。無理しないで休めるときはちゃんと休むのよ」

 

「あー、俺はチロルだが……どうも、シグウィン看護師長」

 

 やっぱり、あの人には頭が上がらないな。

 リオセスリに頼んで明日は休みにしてもらうか。

 

 

 

 ちなみにシグウィン特製お弁当は、なかなか珍味で個人的には美味しいと思った。後味も悪くはなく、栄養満点で健康にも良さそうだし。

 最近お疲れ気味のフリーナ様にも食べてみてほしいな。

 

 

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