推しの水神   作:八重堂の小説家

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第7話

 

 住めば都という言葉があるが。

 

 メロピデ要塞の生活に意外と馴染んできていた。日光を浴びることはできないが、電灯や人が歩く音で朝だと判断することもできる。特別許可券さえ支払えばステーキやケーキだって食べられる。

 

 同僚の看守たちとも仲が良くなり、宿舎では雑談を交わすほどだ。

 

 だがリオセスリが来てからかなり良くなったとはいえ、まだまだ問題は多くあるようだ。

 そんな直属の上司はようやく怪しい組織の尻尾を掴みそうなところで忙しいらしい。俺は彼から言われた通り、子どもたちを見かければ声をかけるつもりだが、どうにもリネ君たちには避けられてしまう。

 

 フレミネって少年には作業工程を教える程度には関わるが、まだ心を開いてくれていないようだし。

 

「端的に言えば朝昼晩うろうろしたけど収穫なしってことだ。なんならメロピデ要塞ライフを満喫していた」

 

「お前の適応力は蛍以上かもな…」

「結構楽しいところなのは分かる」

 

 蛍ちゃんやパイモンと情報交換をしているが。

 いまだ最大目標としている『タルタリヤの捜索』はほとんど進捗がない。たぶんもうこの要塞にはいないということは分かる。ちなみにここは2人の自室ね。

 

「うーん、あんなに目立つやつがここまでいないとなると、やっぱり出ていっちゃったんじゃないか?」

 

「でも、そんなに脱獄できるところかな」

 

「いくつか地下道はあるようだが、どこも看守が見張っているみたいだ。しかもここは海の下だ」

 

 そう言ってみたものの、その程度の危険度ならタルタリヤは余裕で出ていきそうか。

 

「しかし意外と大人しくしていたらしいから目撃情報がない。買収でもされていなければな」

 

「北国銀行に関わっていたから。タルタリヤなら稼ぎそうだけど」

「鉄拳闘技場で頻繁に稼いでたこともないしな。あいつに脅されたやつもいなさそうだぞ」

 

 腕っぷしも強くてイケメンで、それでいて文武両道なのかよ。まあ稼ぎ方はずいぶんと物騒なのだが。

 

「そうだ。お前は何か怪しい噂は聞いたことがあるか? 例えば… 禁域とか?」

 

 パイモンがコソコソと話してきたが、『きんいき』なんて聞いたことがない。そもそも場所のことなのか、誰かが起こしたグループの話なのか、思い当たる節はない。

 

 そう伝えると、蛍ちゃんは何かを決めたように頷いた。

 

「内緒にしてほしいことだけど。リネたちはメロピデ要塞の秘密を探っている」

 

「特にリオセスリのやつに内緒にしてくれよ」

 

「へぇ。そのためにリネ君たちが来たのか」

 

 リオセスリはそんな警戒されているのか。

 あいつがわざと泳がせているところもあるが。

 

「メロピデ要塞も諭示裁定カーディナル同様、俺がフォンテーヌに来る前からあったものだ。ここの建造目的は知らない。そしてその秘密は……どれだ?」

 

「おい! 話してくれるのかと思ったぞ!」

 

 そう言われてもだな。

 

「フォンテーヌ、特にメロピデ要塞の歴史なんていろいろあって何から話せばいいか。ここには出入り禁止の場所はかなりある。例えばアルケウムの採掘をしていた炭鉱が封鎖された話とか」

 

「それはそれで気になるけど」

「オイラたちやリネたちが調査していることと関係なさそうだな」

 

 数百年も生きたお爺さんの話は長くなっちゃうぜ。

 

「えっと、じゃあ神の心は……ここにないだろうって言っていたし、そうだ、ここの隠しルールについてだ!」

 

「タルタリヤ以外に誰かが消息不明になった、ということはある?」

 

 リオセスリが探っている件についてだろうか。

 それならば話せることはあるな。

 

「内緒にしてほしいことだが、怪しい集会で人がいなくなっている話は聞いたな」

 

「ひぃ! じゃああれって本物なのか!?」

「それは……食堂や闘技場と関係はある?」

 

 なぜその場所が出てきたかは分からないが、食堂も闘技場も特に問題が起きたとは聞いていない。俺からすれば、料理の栄養バランスを考え直したほうがいいが。

 

「食堂は確実に関係ない。最近手伝うことが多かったからな」

 

「確かに、ウォルジーも普通だって言ってたけど…」

 

 なんかいろいろメロピデ要塞の出来事が絡み合っている気がする。とりあえず主題に戻すべきだな。

 

「タルタリヤが脱出するなら夜だと思う。やっぱり脱出ルートを考えるべきじゃないか」

 

「でも夜はオイラたち、部屋の外へ出れないからな」

 

「看守さんなら夜もパトロールしている。何か気になることはあった?」

 

 同じ帽子を被った人が抜け出そうとしているのを止めているくらいだな。それはおそらくリオセスリが管轄していることだから、個人的にはあまり詮索もしていないが、たぶんこれも関係はない。

 

 ここは、『もし俺がメロピデ要塞を脱出するならば』という仮定から考えてみるか。やはり泳いで脱出することにはなるが。

 

「同僚から聞いたことがあったな。パイプ清浄日の夜は怪しいことが起こりやすいってな。この後はパトロールついでに、その確認でもしてこようか」

 

 あのパイプなら分かりやすい場所にはある。

 ただ誰も海上まで泳ごうとはしない。

 

「ちなみに冷却水を海へ排水するためのパイプで、その点検がされているなら人も通れるんじゃないか?」

 

「ふむふむ。何か手がかりが得られるかもしれないな」

「そうだね。今夜は私たちも同行していいかな?」

 

 その提案に俺は頷いた。

 

 彼女たちも多くの戦いを生き抜いてきたから、仮に危険なことがあったとしても大丈夫だろう。それに、誰かを護ることについては慣れている。

 

「なら、少し眠るといい。大体3時間は眠っておけるからな」

 

「ふわぁ~ そうだな。今のうちに寝だめしようぜ」

「時間になっても眠っていたら起こしてほしい。ソファは使っていいから」

 

 そう言って、蛍ちゃんとパイモンは作業服の上着やズボンを脱ぎ始めた。

 

「……ふむ」

 

「よいしょっと」

「今日も疲れたぜ~」

 

 Tシャツと短パンなラフな姿になって。

 2人揃ってベッドへ横になるが。

 

「おやすみ~」

「おやすみ」

 

「……おやすみ?」

 

 いや、えっと、俺はどうすれば。

 男がいるのに警戒心ゼロじゃないか。

 

 よほど疲れが溜まっているのか、すーすーともう寝息を立て始めた。その寝顔は見た目通り幼い少女のもので、剣を振るっているときの強さを感じさせない。

 

 やることもないので腕を組んで3時間ほど待つこととした。こういうリラックスして何もしない時間というのはいろいろと考えてしまうな。

 

 フリーナ様もちゃんと眠れているといいが。

 

 

 その後、起床した蛍ちゃんはタルタリヤの夢を見たと、俺やパイモンに説明した。彼の神の目を通して、パイプらしき場所で誰かと会っていた光景が見えたらしい。

 

「よしっ、そろそろ行こうぜ!」

 

「看守さんもいるから隠れなくてもいいね」

 

「いろいろ面倒になるから隠れていこうな」

 

 俺たち3人は排水パイプへの道を歩いていくと、やがて久しぶりに土の感触を踏んだ。確かこの先に排水設備があるらしいが、そこへ行く前にコソコソしている3人組を見つけた。

 

 今は看守をやっている俺がいることもあって警戒しているようだが、蛍ちゃんが前へ出る。

 

「『何かが俺を呼んでるんだ。行かないと』」

 

 少し彼らしい声でそう告げた。

 

「なんだって?」

「それって兄貴が離れた時に言ってた」

「俺たちの兄貴のことを知ってるのか?」

 

 どうやら彼の神の目が、この秘密まで導いてくれたみたいだな。

 スネージナヤのファデュイ執行官であることや、蛍ちゃんの知り合いであることを説明すれば、3人組は感嘆の声を出す。彼らと親しくしていても、あまり素性については語らなかったらしい。

 

 最初は新人いびりをしていた彼らだが、タルタリヤの作業における根性や闘技場での実力に魅せられたらしい。もし彼がもっと長く滞在していたなら、そのカリスマでさらに子分ができていそうだな。

 

「私たちは、彼の身に起きたことを調べにきた」

 

「兄貴のためにメロピデ要塞までやってきたのかよ」

「さすがは兄貴の女だ。度胸がある」

「お嬢はそこの看守を子分にしたわけだ!」

 

「この看守さんは、子分じゃなくて仲間」

 

 そんなことを言ってくれる蛍ちゃんに、3人組からの評価はうなぎ登りだった。このまま蛍ちゃんに任せれば、いろいろと話してくれそうだな。

 

 ていうか、蛍ちゃんは『兄貴の女』って意味をよく分かってなさそう。

 

 まあともかく、彼らの警戒を解くべく蛍ちゃんが示した言葉は、ここから逃げる直前に彼らへ告げた言葉そのものだったらしい。

 

 看守や他の人を遠ざけるためいろいろとデマを流しつつ、そこまでして彼らはここへ集まることを優先した。その理由はやはり兄貴のためなのだと。

 

「確かに兄貴はここを通っていった。だがパイプは出口とは言えなくて、行き止まりになっている。仮に海へ逃げ込めたとして、海面まで生きてたどり着くのは困難な距離だ」

 

「これは囚人たちの中でも有名な話さ。脱獄なんて考えるやつはいない」

「あれだけ強い兄貴なら、もしかしたらって信じているけどさ。やっぱり心配なんだ」

 

 おそらく何日も経過しているだろうに、もし仮に引き返してきた時に救うべく、排水パイプへ通っているのか。

 

「タルタリヤなら無事だよ」

 

 蛍ちゃんはそう言って、彼の神の目を見せた。その輝きは失われておらず、今も生きている証拠だ。それ以上に、確信めいたものもありそうだけどな。

 

「なら、兄貴は本当に外へ出れたんだろう」

「くぅ~! さすがは兄貴だ!」

「神の目を預けるなんて、お嬢をどれだけ信頼しているのか!」

 

 眼鏡をかけたインテリ系の男ですら、笑顔を隠しきれていないな。

 

「……なあ、ここは一応メロピデ要塞内部だよな。元々、あそこは水没してたか?」

 

「ほんとだ。パイプが水漏れでもしているのか?」

 

 俺がその場所を指差してそう聞けば、パイモンがフワフワと近づいていく。

 

 リオセスリも把握しているだろうが、こういった水漏れはすぐに修理するだろう。ならば、これは排水関連であって、海の水位上昇が影響しているはずだ。

 

「半月くらい前の話だな。また水が増えている気がする」

「兄貴はその下を通っていったんだが、よっぽど泳ぎが得意じゃないと海にだって出れないだろう」

「お嬢、あまり近づくと濡れますよ」

 

 俺は靴が濡れることを気にせず入っていく。

 

 膝を曲げて確認するが、別に特有の輝きはないな。万が一のことがあれば、このメロピデ要塞は最も危険な場所になりうる。仮に全て沈んだとしても、ここは安全な構造をしているはずだが。

 

 ファデュイ関連だけでなく、海の上で事態が悪化していないことを祈る。

 あと2週間経過すればすぐに戻るべきだな。

 

「何かあったか?」

 

「いや、今は大丈夫だろう」

 

 俺たちは水没している場所から離れる。

 

 兄貴の無事を喜ぶ3人組。

 調査が進んだことを喜ぶ2人。

 

 俺は焦りを感じていた。

 

 

 

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