推しの水神   作:八重堂の小説家

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第8話

 

 作戦決行の日となった。

 

 パイプ清浄日が近づいたタイミングで、俺はフレミネ君と行動すればいいらしい。どうにも蛍ちゃんやリネ君たちは別の作戦があるらしく、『禁域』に関する調査で忙しいのだろう。

 

 実際に行うのはリオセスリの隠し事を暴くことらしいが。

 そんな要塞ボスの内通者として、俺に対する疑いもあったようだが、あいつはあいつで忙しい上に俺も口が堅いほうだ。蛍ちゃんのおかげで作戦に参加することばできた。

 

 それに俺個人としてもファデュイとのいざこざは早く片付けたいから、タルタリヤの行方は調べておきたい。なんなら彼が心配な蛍ちゃんのためにもなるし。

 

 それでフレミネ君とコンビを組んだが。

 とはいえ。

 

「こりゃあ長丁場になりそうだ」

 

「そ、そうですね…」

 

 水没した場所からパイプの中を泳いだ先には、また同じような景色の通路が続いていた。土が溜まっていて草が生い茂っているから、何十年も前に廃棄された場所なのだろう。

 

 2人でそこを歩き続ける。

 

「魔物が出るわけじゃあるまい。暇だから話し相手になってほしい」

 

 フレミネ君は少し長い金髪ということもあって、女子をナンパしている気になってきた。こういう草食系男子って年上女子からモテると思います。

 

「じゃ、じゃあ、好きな食べ物、とか…」

 

「ステーキ、カレー、ハンバーグ、いろいろ好きだな」

 

 料理を思い浮かべると食べたくなってしまうな。今は3日分の保存食しか持ってきていないが、干し肉っぽいのもあるから、やっぱり肉は欠かせないな。

 

 ずっと後ろを付いてきている少年に向かって『フレミネ君は?』と言葉のキャッチボールを返す。あまり身内以外とのコミュニケーションが得意ではなさそうだが、気楽にしていい。

 

「シーフードスープ…えっと、潜水士の仕事のとき…よく作るので」

 

「料理ができるのはポイント高いぞ。それにしても魚も食べたくなってくるな。俺からすれば、もう少し生食文化も浸透してほしいが」

 

 いくらフォンテーヌが綺麗な淡水といっても、刺身なら海水魚がいい。しかしスメールでも聞かないので、稲妻に行くことが手っ取り早いか。

 

「ケーキやお菓子は食べるのか?」

 

「ええ。よくみんなに誘われて」

 

 そうして、リネ君やリネットちゃん、エミリエって子のことを話し始めると、緊張が解けてとても生き生きとしている。

 あそこはファデュイ管轄とはいえ、孤児院として良い場所のようだな。

 

「そういえばそろそろ千霊祭の時期か」

 

 いわゆる建国記念日みたいなもので、子どもたちも楽しめるようなものになっている。だってお菓子を配ってもらえるからな。

 

「千霊ムースを作って、壁炉の家へ配りに行こうか。フリーナ様も連れてな」

 

「楽しみにしておきます。フリーナ様にお会いしたいと思っている人もいますから」

 

 いつぞやにハロウィンの話をしたらフリーナ様も食いついた。たぶんフリーナ様自身も立場を気にしないなら、お菓子を求めて街を歩き回りたいと思う。

 

 そうしてあれこれ雑談を交わしていたら、やがて大広間に出た。

 

「これは…」

「当たりだな」

 

 誰が設計したのか知らないが、複雑なエレベーターだな。フレミネ君も気づいている通り、最近誰かがここを歩いて、あちこちのマシナリーを操作した形跡があった。

 

「歩けるのはここまでですね」

 

 その先の通路にはまた水没したところがあって、俺とフレミネ君は頷き合ってから水へ潜った。

 

 さっきと違って海藻が生えていて、しかも水が綺麗だから、ここは海に通じていることがわかる。だが静かすぎてどこか不安を感じさせる。

 

 たぶん期待感もあって、フレミネ君はまだまだ若いのにスイスイと前を泳いでいってしまう。

 

 そうして、彼に続いて、俺も曲がり角の先を確認できたが。

 

 その虹色のような光沢は

 

 手を伸ばしてブクブクと叫ぶが、水の中では声が届かない。

 

 フレミネ君も身体に異常を感じたのか立ち止まったが、今まさに原始胎海の水がこちらへ向かってきているようだった。あと数分でも潜るのが遅かったのなら、水面を見た時に気づけただろうに。

 

 それにしても、原始胎海の水が海水に混じったとしたなら、予言はつまり… いや、今はフレミネ君の安全が優先だ。

 

 仕方ない。

 俺は擬態を解いた。

 

「っ…!? 」

 

 苦しそうに泳ぐ少年は驚いて目を見開く。

 俺はヒルチャールの腕で抱え込んだ。

 

 まだ溶けてはいないが、すでに症状は出てしまっているようだ。魔物だと思って逃げようとするも、彼の小さな手にはほとんど力が入っていない。

 

 俺は水元素の力を足元に集めて一気に解き放つことで、その場から急いで離れた。

 

 ザバーンと水面から出たが。

 まるで虹色の光沢は追ってくるようだ。

 

 それに、さっきよりほんの少し水面も上昇したか。

 

「チィ!」

 

 仮面の下で舌打ちをしながら、手に生み出した大鎌を投擲する。

 

 それが当たったレバーは降ろされて関門が閉じようとするので、すぐに来た道を引き返し始めた。

 

 これを想定していたのか知らないが、通路にも何度か関門があった。あまり水の勢いはないだろうが、全て閉じておくことに越したことはないな。

 

「…ゲホッ」

 

 抱えたフレミネ君は飲んでしまった水を出してくれたようだが、意識は失っている。発熱症状が出ているようだな。

 

 応急処置をしようにも、原始胎海の水で誰かが溶けた場面しか見たことがない。

 いや、薄めた水を飲んだ時、いわゆるロシを飲んだ症状に似ているのだろうか。それならシグウィンは治療できるかもしれないな。

 

「俺たちが助けるからな」

 

 俺は少年を抱えて全速力で駆けた。

 

 

 

 数時間かかって来た道を戻ってから、要塞に入る前に再び擬態しておく。

 ちょうど見慣れたカップル研究者がいたのでシグウィンの所在を聞けば、今はリオセスリの部屋にいるらしい。

 

「ちょっと失礼!」

 

 俺は重厚な扉を押し込むように開ければ、目的のウサ耳が視界に入った。

 

「フレミネ…? 一体何があった!?」

 

「お、落ち着けって」

「もしフレミネに危害を加えるなら。ここには連れてこないでしょ」

 

「ロシを飲んだ時の症状に似ているだろう。診てもらえるか?」

「分かったわ。ソファに寝かせて」

 

 あとは、彼女に任せるしかない。

 

 さて周りを見れば、とても焦った表情のリネ君が膝をついていたが、蛍ちゃんやパイモンが彼を立たせて、フレミネ君のところまで支えて連れていっている。

 

「あんたがフレミネ君に付いていてくれてよかった。後から追いかけて危険地帯から呼び戻すのは、簡単じゃないだろうからな」

 

「その… フレミネは原始胎海の水を、もしかして海から?」

 

 リオセスリが発言しているからか言いづらそうだが、瞬時に思考できるリネ君って聡明だな。

 

「そうだ。いや、申し訳ない。最悪の可能性を考えれば、俺だけで行けばよかった」

 

 俺は謝罪を込めて頭を下げると、リネ君は首を振った。

 

「いえ、僕はフレミネが行くことが最善だと思っていた… だから僕に責任があります。ボロンゴさん、フレミネを助けてくれてありがとうございます」

 

 そうして、彼は感謝の気持ちで頭を下げてくる。

 

「ごめん…なさい… 僕が少し先走っちゃったせいで」

「今回の調査で俺たちはコンビだった。それなら連帯責任だな。大丈夫そうか?」

 

 俺がそう言えば、シグウィンも笑顔で頷いてくれた。リオセスリのやつ、最悪の事態にはならないよう、あらかじめ治療道具を持ってくるよう指示していたな。

 

「お兄ちゃん! フレミネが運ばれていたって聞いたけど」

「リネット! 君も無事でよかった」

 

 リネットちゃんも焦って部屋に入ってきたことで、3人はお互いの無事を嬉しがっている。ファデュイの裏稼業を務めていたとしても、この子たちにはあまり合ってなさそうだな。

 

 さて、そんな子たちとどんなトラブルがあったか知らないが、上司に業務報告はしないと。

 いやその前に。

 

「タルタリヤはたぶん海に出た。誰かが通った形跡が確かめられたのは調査としては成功だな」

「うん。調べてくれてありがとう」

 

 蛍ちゃんは神の目の輝きを確かめて、笑顔を見せた。

 

 リオセスリからすれば、二の次だろうけどな。

 

「それで、どの辺りだった?」

 

「海に通じている水面に入ってから、数分しか泳いでいないところだったぞ。これヤバくないか?」

 

「なあ、オイラたちにも、分かりやすく、丁寧に聞かせてくれよ」

 

 パイモンがぷんぷんしているが、リオセスリはいろいろと話し始める。

 

 リネ君たちが行った調査について、ほとんど何も動かなかったらしい。むしろ気になっていたタルタリヤの行方を調べてくれるから、『どうぞ勝手に』というスタンスだった。

 

 なるほど、その風貌からみんなに怖い男だと思われやすいが、リネ君や旅人たちには嵌められたと勘違いされたらしいな。

 

「状況が変わったのは、メロピデ要塞周辺の海水に変化が起きていて、それが想定以上に顕著だったことだ」

 

「海水ってまさか!」

「もしかして原始胎海の水が?」

 

 パイモンや蛍ちゃんがそう聞き返すが、リオセスリはグイッと親指を奥へ向けた。

 

「リネ君たちは『禁域』という場所が知りたかったんだろう?」

 

「正しくは立ち入り禁止区域、いつの間にか呼び方が簡略化されていたのよ」

 

 リネ君たちは、神の心の隠し場所かどうか確かめようとしていたのだが、そんなトラブル発生アイテム、やっぱりリオセスリは受け取らないだろうな。

 

「確かに混乱を避けるため囚人に隠しているが、あんたらはもう察してしまったわけだ。見ていくかい?」

 

「そんな簡単に…」

「頼めば見せてもらえたのかも…」

「取り越し苦労ってやつだね…」

 

 リオセスリってジョジョにもいそうなオラオラ系だが、シグウィンたちメリュジーヌに好かれるくらいに優しいからな。

 

「だが、目を背けたいものかもしれない。それでもいいなら、ついてこい」

 

 この場にいる全員が少しも迷うことなく、その背中を追った。

 

 階段を下りた先に、さらに隠し階段とエレベーターがあって、俺たちはその先の地下通路を歩いていく。

 

「すっごいデカい扉だぞ!」

 

「これが3重にもなっているのよ」

 

 まるで何かを防ぐような関門だが、シグウィンの話のような構造なら、この先は最も危険な場所だろう。入った者の安全面が保障されないからこその『禁域』なんだろうな。

 

「ここを開ければ怪物が飛び出すかもしれない。引き返すのなら今のうちだが…… あんたらに脅しは通じないようだな」

 

 リオセスリが威圧感を込めた声を出したが、蛍ちゃんたちも覚悟はできているだろう。

 

 その関門が次々と開き、奥には大広間があった。そこには、たった1つの装置が真ん中にあるだけだ。

 

「1年前まで、このゲートのメーターが動いたことはなかった。しかし」

 

 カタカタと音を立ててメーターが赤く光る。

 もう限界なのだと告げているように。

 

「科学院で定期的に調査されていることがある。だから俺も海面上昇を測定するメーターだと最初は思っていた」

 

 俺やフリーナ様が何百年も続けるよう指示していたからか、まるで文化みたいになっていたな。

 

「だが先日、歌劇場でとある事件が起こったらしいじゃないか」

 

「ええ。ちょうど、僕たちもそれを目にした」

 

 連続少女失踪事件の口封じで青年が溶けてしまい、それで原始胎海の水が明るみになった。リネ君やリネットちゃんは自らのマジックショーで事件に巻き込まれた。

 

「昨日の朝からメーターの振れ幅がとうとう異常値を示した。しかし海の上で海面上昇はそこまで急激には起こっていないらしい。なら、これは原始胎海の水の濃度だと確信に至った」

 

 リオセスリは腕を組んだまま、苦い表情を見せた。

 

「ちょうど、フレミネたちが出発した日だったわけか」

 

 リネ君は顎に手を当てて、納得した表情を見せた。

 

「もし…ボロンゴさんに助けてもらっていなかったら…」

 

 フレミネ君は魔物の姿を見間違いだと首を振ってから、怯えた表情を見せた。

 

「ロシに近い濃度だったのは本当にギリギリだったのかもしれないわね」

 

 顎に指を当てて呟いたが、シグウィンは冷静なままだ。

 

「ヌヴィレットですら、原始胎海がどこにあるか知らないって言っていたけどさ」

 

 パイモンは、急激に悪化している事態に焦っていて。

 

「それがこのゲートの向こう」

 

 リネットちゃんは少し不安な表情で、内心は焦る兄を見る。

 

「この先に原始胎海があって、それが漏れ出ているということ…」

 

 蛍ちゃんは真っすぐ現実に向き合った。

 

 

 その後、リオセスリが洪水対策の巨大な方舟を見せてくれた。

 

 リネ君たちが引っ越し用にマジックポケットを配っていた。つまり大なり小なり、予言に対して現実的な対策を続けていた者というわけだ。

 彼ら彼女らのお父様である召使も予言に向けて動いているらしい。『最大目標』を共有して、互いに協力するのはそう時間がかからないだろう。

 

 

 さて、俺がやるべきことは…

 この防衛ラインの1つを守るか、フリーナ様を護るために戻るか、どっちがいいんだろうな。

 

 

 

 

 

 

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