推しの水神 作:八重堂の小説家
彼女たちの覚悟の強さを保ったまま、あのフィナーレに変化を及ぼすことが私にはできないと。
それと同時に、やはり魔神任務4章5幕はご自分で見届けていただきたいという我がままも生じました。
誠に勝手ではございますが、魔神任務終了後から執筆を再開いたします。もし不評が多かったとしても、ありのままに評価を受け入れるつもりです。
あれから1ヶ月ほど、その城壁によってある程度無事だったフォンテーヌ廷を中心として復興はだいぶ進んでいた。
予言について頭を悩まされる必要もなく、できる限り以前の生活に戻っていこうとする。
俺がそうであったように、安定志向な人々が多いのだろう。諭示カーディナルとか、水神様のこととか、まあ他にもフォンテーヌに「変化」はあったが、普段の生活が続くようなら大きく騒がれるほどでもない。
どれだけ新聞社や人々が「英雄たち」のことを語り継いだとしても、七国の1つとして混乱を避けるべく、いくつか真実は隠されたままだ。
神の力のすべてを、フォンテーヌ廷に使われる律償混合エネルギーに転換した、だったか。
今は仕事中で軽口を叩く相手もおらず、歩くだけだったためにあれこれ考えていると。
「対象がいたぞ」
「見えてるよ。別に凄腕の暗殺者が相手じゃないんだ」
まるで深海の水を人形にしたような濁水幻霊が1匹、こちらを見つけたことで攻撃性を示すように形をウネウネさせる。以前まではこちらが攻撃するまでは安全で、大体は冒険者協会の依頼で片付けてくれていたがな。
バンッ! と音を立てて小銃から発射される。
いまだこの世界の銃器は魔物の耐久性と比べれば大した威力ではないのだが、神の目を持っている彼女がその武器を使えば、それは炎の弾丸となる。
濁水幻霊はまさしく水でできた身体なので、水蒸気を放ちながらダメージを負っている。急所がないというのはやりづらいことこの上ないが、物理で殴っていたらそのうち倒せる。
彼女が次の弾丸を装填している間に突っ込んで、俺は片手剣で何度も斬りつける。
対する濁水幻霊も反撃で、水の腕をハンマーのように振りかざすのだが。
「やっぱり攻撃が単調すぎるな」
とある宝石魔術のようにトパーズを投げ込むことで結晶反応を起こし、薄い水元素シールドでその攻撃を防いだ。
「そこから動かないでくれ」
「フレンドリーファイアしてくれるなよ?」
一度俺が動きを止めれば。
バンッ! という音とともに、目の前の水の形が崩れ落ちる。
ヒュー、さすがの腕だぜ。
普通の水以外で地面に残って目立つのは絵の具のように濁った液体だ。これを瓶に集めれば鍛冶屋や科学院で売れるのだが、生憎と俺やシュヴルーズにとっては、そういう素材集めが目的ではない。
「この辺りは確認し終わったか」
まだまだ少女なシュヴルーズが両手をいっぱい広げて紙の地図を広げて呟く。
そんな可愛らしい姿を横目に、俺はお日様の下で大あくびする。確かに神の目を持っている人でないときつい濁水幻霊もいたが、それは50匹に1匹程度だ。
何が言いたいかというと、動物型の魔物と違って単調すぎて、なんというか張り合いというものがないのだ。先日の件でこの辺りの環境が荒れてさえいなければ、わざわざ俺やシュヴルーズが対応しなければならない魔物でもない。
あのタルタリヤほどの戦闘狂でもないのだが、たまには歯ごたえのある戦いというのがやりたくなるものだ。クロリンデはナヴィアさんとポアソン町付近の安全確保だし、リオセスリなんて何か用がないとメロピデ要塞に入れないし。
あれ、フォンテーヌに2人しか友達いなくね?
そんな事実に軽く絶望しつつ。
なんてな。
こんな風にあれこれ冗談でも考えていないと、いろいろと気分が沈んでしまう。
「よし、一旦フォンテーヌ廷へ戻ろうか」
「もういいんですかい、隊長?」
そう軽くふざけて言ってみると。
「隊長呼びはやめてくれ。水神様の護衛である以上、組織的には貴方の方が立場が上だった」
「へぇー、組織的にそうだったのか。まあ今は違うが」
今は特巡隊に協力しがちだが。
このまま入隊するってのも気が進まないな。
「そうだな、『特命係』ということにしよう。窓際部署で何でも屋だ」
咄嗟に考えてみたとはいえ、なかなかいいな。
今度ヌヴィレット様に掛け合ってみよう。
「ふむ。私には想像がつかないが、貴方なら上手くやるのだろう。本音を言えば、是非ともこのまま特巡隊に入ってもらいたいものだが」
そう朗らかに笑う姿は、他の隊員より年下でありながら隊長を任せられるだけのカリスマを感じさせた。
かつてフォンテーヌ廷の家のドアを隅々まで開けた泥棒や、金儲けしか頭にないボクサー、さらには彼女が直々に捕まえた大怪盗などなど、まるで口説いたようにスカウトされた荒くれ者が隊員になっている。確かに罪を犯した者たちだが、今はシュヴルーズに忠誠を誓って、フォンテーヌの正義を執行しているというのだから、人間の人生というのは何があるか分からないものだ。
「冗談だ。事情は分かっているとも。貴方はあの方の付き人を続けていたいのだろう」
「それだけで暮らせるなら良かったんだがな。屋敷も貯金も全部寄付してしまったせいで、手元にほとんど金がないんだ」
別に今の立場なんて捨ててしまえば良いのだが、他国ならともかく、今はフォンテーヌの人々の生活に混じって働く気にはなれなかった。500年以上も生きたことで理性を保つことはできるが、心無い言葉に感情を抑えられないかもしれない。
「そうか。それならば明日も引き続き頼むぞ、ボロンゴさん」
「ああ。資材運びから魔物討伐まで、いろいろやらせてくれ」
結局俺は付き人でありながら何の役にも立てなかったわけだ。
だからせめて、またフリーナが笑顔になれるまでは守ろうと決めたんだ。
あれだけの非難を受けても、それでも貴女はフォンテーヌを愛しているから。
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「これ以上でたらめを言ったって」
「」
「ああ。誰も耳を傾けはしないさ」
「」
「もうこれだけの証拠が出揃ったんだ」
「」
「……最高審判官の名において判決を下す」
「フリーナ! 」
貴女のせいで
っ!!!!!
最悪の目覚めだ。
それでいて、意識がハッキリしたことで自分がどこか喜んでいるようにも思えた。夢でたくさんの声を思い出したはずだけど、それらに向き合うためには、もう少し時間が欲しい。
そうやって、今日も言い訳をする。
汗を吸ったパジャマはまるで真っ暗な深海にいるように冷たく、震える身体で毛布を握り込む。カーテンから差し込む太陽の光が眩しく、今はうっとおしくさえ思えた。
ふと思い出したけど、スメール人は夢を見ない、という話を何度も聞いたことがある。良い夢というのを知らなければ求めることもないのだろうし、それならば見たくない夢を見ないことは幸せなんじゃないだろうか。
えっと、またどうでもいいことを考えてしまった気がするけど。
今日も雨は降らないのだろう。
人間らしくあって、僕と違ってとても強い。
「……いない、よね?」
多くの時間を睡眠に費やしたはずなのに、気怠さを感じつつ、僕は首だけを動かして小さな部屋を見渡す。眠る前に繋いでいてくれる手を、とても恋しく思ってしまう。
彼は眠らないようにしていたために、この数百年いつも朝早くから働いてくれていた。今のフォンテーヌは猫の手だって借りたい状況なんだから、僕が寝ているうちにまた出かけたのだろう。
フォンテーヌの民……、いやフォンテーヌのみんなは、今日も復興に向けて各自ができることをしているけど。
天井に向かって腕を伸ばせば、枝のような腕が視界に入る。
あの時だって結局「水神」として何もしてあげられなかった。彼ら彼女らの信仰を僕は裏切ってしまったわけだ。たった1つの役目が最初で最後であって、僕はもう何の役にも立たないんじゃないだろうか。
なんて、どんどん時間が過ぎちゃう。
彼には言いつけられているから。
「水くらい、飲まないと……」
フォンテーヌの誰もが望んだフィナーレは迎えた。
ならば、僕も自由に生きればいいだけなのだろう。
でもスメール人が夢を知らなかったように。
僕も自由であることの幸せが分からないみたいだ。