推しの水神   作:八重堂の小説家

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第2話

 

 ミートソース、カルボナーラ、ペペロンチーノ、どれも茹でたパスタにソースをかけるだけで1食分が完成するレトルト食品なのだが、こうしてみると全体的に値段が上がっているな。

 あんな災害の後だから無理もないと思うが、こうしたところにもまだ影響は残っているままだ。

 

 さてどうしたものか、今のフリーナに俺がいないところで、火を使った料理をしてもらうのはやはり心配だ。しかしいつも菓子パンやスープを中心とした作り置きというのも味気なく、温かい料理というのは心が休まるものだし。

 

 こういうときに電子レンジという偉大な発明が欲しくなる。いくら知識として知っていたとしても、マイクロ波なんてどう科学者に説明すればいいんだよ。

 

 なんて、買い物途中にあれこれ考えていたら。

 

「やっぱり、ボロンゴなの?」

 

 そう背中から声をかけられたが、振り向けば金髪の美少女とフワフワと浮かぶ少女がいて、どちらも白色が似合っている。

 

「いや? 俺はプックルだ。よく似ていると言われるが」

 

「またそれか。サングラスで黒手袋のやつなんて目立って…… わぷっ!」

「ごめん、人違いだったみたい」

 

 まるでぬいぐるみのようにパイモンを抱えて、彼女の口を蛍ちゃんが塞いだようだが、こちらの事情を察してくれたらしい。

 

 一度商店を出てから、2人を連れ添ってカフェに向かうが、その道中でもこの2人はとても目立つな。さすがに記者や野次馬が追いかけてきた様子はないか。

 

「それで? 一体どんなご用件だ?」

 

 先に席へ座るように言っておいて、3人分のコーヒーを購入してきた。いくら金がないといっても、年下の少女たちに奢らせるわけにもいかない。

 

「えっと、お前とフリーナのやつ、元気してるかな~って」

 

 砂糖とミルクをドバドバいれながら、申し訳なさそうにフワフワしている。確かに彼女にとってこのテーブルと椅子の組み合わせでは高いと思うが、ずっと飛んでいると疲れないのだろうか。

 

 なんて別のことを考えてしまった。これだけ生きているからか知らんが、どうにも考え込んでしまう癖があるな。

 ミルクだけ入れてコーヒーを飲んでいる蛍ちゃんも申し訳なさそうな表情をしているが。

 

「そうだな。あれから何も言わず消息を絶ったのは、2人には失礼だったか。申し訳ない」

 

「いやいや! あんなことがあったんだから、仕方ないと思うぞ」

「あの時、私たちはフリーナをさらに追い詰めてしまった。彼女の心はもう限界だったとも知らずに」

 

 『偽りの水神』である罪人が審判される、いつかそうなる運命だったのだろう。

 告発をする者が心無い言葉を浴びせるような相手ではなく、できる限り傷つかない方法を選んでくれる人たちというのはマシだっただろうが。

 

 たくさんの苦痛を味わい、少女が涙を流したことは事実だ。そして『隠し通せなくてごめんなさい』と呟き、最後まで自分の感情より民の未来を優先するほど、彼女は『いい子』すぎた。

 

「……状況が状況だ。今回の件は、『相手』が悪すぎた」

 

 だがこの憤りをこの少女たちにぶつけることは、ただの八つ当たりに過ぎない。俺もフリーナも、誰かの謝罪を求めているわけではないしな。

 どちらかと言えば、結局何もできなかったことの無力感が強い。

 

「そう、だな……オイラとしてもスケールが大きすぎて、まだ理解が追いつかないところだらけだぞ」

「多くのフォンテーヌの人たちが予言はデマだったと言っているけど……あの運命を乗り越えられたのは、フリーナと彼女が本当の英雄だったから」

 

 最近とても晴れている時であっても。

 ポツポツと、たまに雨が降る時がある。

 

 ヌヴィレット様もあまり多くは語らなかったが、あの女性の声はもう聞くことはできないのだろう。

 

「ああ。もしこの国に水神がいなかったとしたら、予言通りフォンテーヌ人は皆、水に溶けていただろうな」

 

 少なくともポアソン町の被害を考えれば、何百年も立てた僻地の避難計画なんて、まさしく水に流されてしまっていたことだろう。

 

 それにしても、英雄か。

 フリ―ナの望みには適した言葉ではあるが。

 

 俺はそう言って、すでに冷めているブラックコーヒーを一気飲みした。

 

「よしっ、フリ―ナに話しておこう、2人が会いたそうにしていたって」

「ああ! よろしく伝えておいてくれ!」

「美味しいケーキ、持っていくね」

 

 やっぱりこの2人ならば、フリ―ナの友達になってくれるだろうな。少し残念なのは、フォンテーヌに住んでいるわけではなく、やがてこの街を離れていってしまうことだが。

 

「2人は旅人だったはずだが、まだフォンテーヌにいるつもりなのか?」

 

「そうだな。お前やフリ―ナのことが気がかりだったこともあるけど、タルタリヤのやつも探しているんだ。最後に見た時はボロボロだったんだ。……師匠にあんな扱いされてたけど」

「それに、神の目を返さないといけないから。リネが言うには、壁炉の家で療養しているらしいけど」

 

 そう言って、目の前の女の子は心配そうな表情を見せた。

 その神の目の貸し借りを、もう一度会う口実にしているのは、どっちもどっちというわけか。

 

「見舞いもそれはそれで喜ばしいが、男ってやつは女子の前でカッコつけたい生き物なんだ。あいつならそのうち元気になって、決闘代理人にナンパしているさ」

 

「それは言えてるぜ。お前もフリーナがいる時、もっとカッコつけてるもんな」

「うん、信じて待ってみる。ありがとう」

 

 そうだ、と蛍ちゃんは思い出したように微笑んだ。

 

「フリーナの心の世界を見た時、貴方が彼女を守るように立っていたよ」

 

「あー、なんだ、カッコつけてるところを女子に指摘されると、男は恥ずかしがるってことも知っておいてくれ」

 

 フリーナの心の世界ではどんな姿だったんだろうな。

 

 追加でケーキやコーヒーを買えるくらいのモラを残してから、先に俺は席を立つ。そして2人に別れを告げ、追手が来ないように一旦路地裏へ入った。

 

 記者にもいろいろいるわけで、毎日住居の周りをうろうろされても困るからな。

 

 といっても賃貸マンションであるから、いつバレてもおかしくないし、セキュリティが整っているわけでもない。比較的パレ・メルモニアに近いから、警察の巡回が多くなる場所ではあるがな。

 

 コンコン、コンコンコンと、その特徴的な音で玄関を叩く。許可の声も、開けてくる気配もないので、いつも通り合鍵を使って出入りさせてもらう。

 

 一応男女ということもあって2部屋借りたのだが、衣食のサポートの面で1部屋に同棲している現状は、お互いに依存が強まってしまっていると感じる。

 

「ただいま」

「……おかえりなさい」

 

 買い物袋をキッチンへ置いて片付けようとしていると。

 

 水色のパジャマを着た少女はベッドから立ち上がって、腕を回してギュッと抱き着いてくる。身長差からすっぽりと埋まるので、その綺麗な銀髪を整えるように頭を撫でる。

 

 過ごしやすいようにと、腰に届くほど長かった髪はバッサリと切って、今はショートカットになってしまった。まあどんな髪型でもフリ―ナであることには変わりはないが。

 

 今までが背伸びするように張り詰めていたこともあって、最近は幼い子どものように甘えてくるようになっている。たくさん頑張ってきたんだ、たくさん休んでいい。

 

「今日、蛍ちゃんやパイモンと話した」

「ぅん……」

 

 2人がフォンテーヌに入った直後に出迎え、

 マジックショーで起きた事件の意見を交わし、

 連続少女失踪事件の結末を共に見届け、

 召使との対談では隣にいてくれて、

 予言を乗り越えるために立ち向かってくれた。

 

「会いたいってさ、友達だから」

 

 2人をお茶会に誘うんだって、まだ達成できていなかった気がするしな。

 

 肩を震わせ、恐らく泣いている少女は迷う。

 友達と言ってくれて嬉しい気持ちもありつつ、今の姿で会っていいのかという不安もありつつ、といったところだろうか。

 

「期待に応えないと、だとか、友達ならそういう遠慮がなくていい。もしまだ会いたくないなら俺から言っておくし」

 

 フリ―ナの残りの人生は自由なんだ。

 もっと気軽にワガママでいいんだ。

 

「フリーナ自身がどうしたいか、ゆっくりな」

 

 安心したように、こくりと頷いた。

 

 

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